2018年5月9日水曜日

成節子音Rおよびヴィサルガに関する音声・動画レポート

2018年4月中にサンスクリット音韻考証の動画レポート2点を投稿した(筆者の音楽&歌声入り)。
以下に、動画2点の説明文と共に動画を掲載する。
動画2点の説明文には、いずれも共通の元ネタ記事に誘導する文言があり、元ネタ記事にも関連事項が説明されている。
http://lesbophilia.blogspot.com/2018/03/fricativization.html#vedic



①原稿の起草日: 2018年3月下旬 投稿日: 4月23日



 サンスクリットの ṛ (r̥ ऋ  kṛ = कृ)  成節子音(音節主音的な子音、音節輔音)について
Syllabic consonant "R" in Sanskrit

"kṛtaḥ (およびṣkṛtam)"と"tṛtīyaṃ"で、発音の例を挙げている。
リグ・ヴェーダ第1マンダラ14章5節c句 haviṣmanto araṅkṛtaḥ ||
およびリグ・ヴェーダ第1マンダラ13章3節c句 madhujihvaṃ haviṣkṛtam ||
サンカタナーシャナ・ガネーシャ・ストートラ2節a句 tṛtīyaṃ kṛṣṇapiṅgākṣaṃ

前者"kṛta-"は現代のインドでヴェーダを暗誦する人たちの発音であり、後者"tṛtīyaṃ"はインド在住でヒンドゥー教の学問をする日本人の発音である。
現代のインドに継承された発音を異なる人物たちが発しても、みな同様の音である。
その音は「歯茎ふるえ音(alveolar trill)の母音を伴わない状態」である。
ただし、口語・ヒンディー語では「歯茎はじき音(alveolar flap)+イ= /ɾɪ/(日本語のリとほぼ同じ)」となるようである。
कृत "kṛtá" in Vedic Sanskrit /kr̩.t̪ɐ́/
कृति "kŕti" in Hindi /ˈkɽɪ.t̪iː/
तृतीय "tṛtīya" in Vedic Sanskrit /t̪r̩.t̪iːjɐ/
तृतीय "tŕtīy" in Hindi /t̪ɾɪ.t̪iːj/
※現代ヒンディー語は単語末のア音(=アブギダ文字の性質上特記されず子音の字に含まれたア発音の母音)が脱落する。なお、ヒンディー語のア音は、普通のa アではなく[ə] (ドイツ語名称経由のシュワー Schwa、中舌中央母音)となるらしいが、その発音がサンスクリットも現代・古代で同様だとする説がある(enwp: Schwa deletion in Indo-Aryan languages hi: संस्कृत भाषा )。私はそう思わない。ア音を[ə]で発する口語話者が多いだけであろう。古代インド以来の唵 ॐ aum, 連声oṃ  (パーリ語と似た言語が用いられるジャイナ教の典籍で婆羅門を批判して「omを唱えることが婆羅門なのではない」と説かれるように2000年以上前から唱えられていた)や密教で阿字 अ を尊ぶ法門からすれば、開口の音たるア音が[ə]=中舌中央母音のような中途半端な音となると思えない。ただ、もし中途半端な音であっても中道を比喩的に象徴した音として尊ばれる可能性もあったろう。しかしそれではaiueoの母音順が成立しづらくなる。参考までに学術論文を探すと、「/a/が/ā/より狭い音でも[ə]や[ʌ]は有り得ない」とする意見の例が見られた(小林明美,1981年,注14)※

ほか、kṛṣṇa (いわゆるクリシュナ Krishna)のような場合、後続の音が反舌・そり舌の摩擦音 ṣ によって成節子音 ṛ も釣られて「ふるえ音+イ」のような発音[rʲ]になる場合がある。
これは硬口蓋化現象"palatalization"との関連が考えられる。
その延長で、後世にヒンディー語の「はじき音+イ= /ɾɪ/(日本語のリとほぼ同じ)」となることも有り得る。
ただし、そういった発音は、正統的な成節子音 ṛに異なると私が考える。
※何らかの文献ではṛiという綴りがされることもあるが、それは ṛ が「そり舌ふるえ音+ i イ [ɽ͡ri]」で発せられた音を聴いて音写した可能性もあると私が判断できても、他者への説明が紛らわしくなる表記もある。一応、シクシャーにおいてはR音自体がそり舌"mūrdhan, jihvāgra"系に分類される( रेफे जिह्वाग्रमध्येन प्रत्यग्दन्तमूलेभ्यः ||2-41|| fromタイッティリーヤ・プラーティシャーキヤ)ので、ラテン文字の文献のいくつかは最初からそり舌音を表す意図で普通のr字ではなく下点付きのṛ字を用いることもあったろう。

リグ・ヴェーダ第1マンダラ2章8節は、語頭ṛの単語で始まり、語中にもṛが頻発される。
tena mitrāvaruṇāv ṛvṛdhāv ṛtaspṛśā |
kratum bṛhantam āśāthe || (5+1回)
その音声も、動画中に流される。

続いて(0:37)、私がこの歯茎ふるえ音の母音を伴わない状態で発した実写動画が再生される。
子音が前に来る語彙を選び、kṛ(行う・為す) tṛ(渡る) pṛ(満たす) mṛ(死ぬ) dhṛ(支える)を発した。
これで ṛ が母音的に用いられることが想像しやすくなろう。
※モーラ構造の言語に馴染んだ現代日本人からすると「クルル!ガルル!なんて人間的でない発音だ」と思われそうだが、古代語や部族の言語はおおよそそういった傾向があるのでサンスクリットも同様であると推して知られたい。梵語(Brāhmī)が「梵天の作った言語(brahmakṛta)」ならば、劫初(kalpāgra)などで当時の衆生のために梵天が方便(upāyakauśalya)をなさったと考えればよい。

ところで、以下のページでは、成節子音 ṛ (syllabic r)を英語で近似の例として「アメリカ英語のbetterのer」を挙げている。
https://en.wikipedia.org/wiki/Help:IPA/Sanskrit
これはあまりにも大それた説明でなかろうか?
「アメリカ英語のbetterのer」とは、IPAで[ˈbɛɾɚ]となり、シュワー派生文字 ɚ (R音性母音、アメリカ英語R=そり舌接近音retroflex approximantが混ざったシュワー)が用いられているが、当然、この発音は動画音声と似るものでない。
ɚ とは、日本人にとってなじみのある中国の数詞「イーアルサン(一二三)」のアル(er 二)=中国語普通話・官話における二・兒・爾・尔などの発音であり、とても母音的な発音である。
しかし、「アメリカ英語のbetterのer /ɚ/」という解釈は英語話者がインド・ヨーロッパ言語の古層のもの(サンスクリット、ギリシャ語、ラテン語)について理解が無い状態での便宜的理解に留まる。
もっとも、R系の音は標準的な印欧諸語のふるえ音"trill"であれ、英語Rの接近音"approximant"であれ、流音の一種である。
インドの音声学・シクシャーではラ音/l, r/のみならず、ヤ音/j/・ワ音/ʋ, w/・ヴァ音/v/がみな半母音"अन्तःस्थ  antaḥstha"であるとする(日本語・日本外来語の母音ウ+母音アがワやヴァ、母音イ+母音アがヤのようになる音韻変化が傍証)。
私は成節子音 ṛを「ふるえ音"trill"」であると重ねて主張する。
※なお、パーリ語で"kṛta, tṛtīya"は"kata, tatiya"となる(例: avyākṛta→abyākata)。他のṛ転訛例で"gṛdhra"は"gijjha"となる。パーリ語・プラークリット類の場合、前後の音の相対性によって転訛の仕方が変わると観察できる。他の例は文末のリンク先記事にも複数挙げられる。

私は私の知識と見解とで説明を終えるが、歴史的に3000年前から1000年前までの長きに渡って成節子音 ṛがどういう音で発せられてきたか(前後の音の相対性や話者のクセなどは考慮せず)は、インドの音声学・音韻論・シクシャー類にどう言及されているかを別途知る必要があろう。
※例としてはシクシャー文献のタイッティリーヤ・プラーティシャーキヤにउपसमंहृततरे च जिह्वाग्रमृकारर्कारल्कारेषु बर्स्वेषूपस ऋ हरति ||2-18|| とある。
最後に、どの学問や議論にも言えることを一つ書くと、どこにどういう事実があると見出せば論者たちは一喜一憂したり、その事実認識を証拠として論議が繰り返されるのであろうが、私は確かに掴んだ手掛かりを世俗中の頼りとし、精神的な迷いを捨てることで、世俗中の目的(現世的な願望・学問や芸術)が達成されてゆくことを期す。

当動画には、元ネタ記事があり、そちらにも別の説明がある。
http://lesbophilia.blogspot.com/2018/03/fricativization.html#vedic
※現代学問・芸術の向上を期して宗教学や言語学を研究している。こういった研究の末に文学や音楽(歌曲)に活かす目的がある。各宗教に表現された真理を考えるきっかけとなってほしくも思う。

備考1: サンスクリット成節子音には長音の"ṝ"や、L系の"ḷ"と長音の"ḹ"があるが、ほとんど理論上の存在であって記述上に用いられないために説明しない(ḷ はkḷptaなどの用例アリ)。もし音韻論として気にする人がいるならば、"ṝ" "ḷ" "ḹ"はいずれも"ṛ"と同じ半母音"अन्तःस्थ  antaḥstha"の系統である以上、母音的に用いやすいので、学習者各自の想像に任せておく。

備考2: チェコ語とスロヴァキア語に共通するフレーズに"Strč prst skrz krk (指を喉に突っ込め・二人称単数命令法) IPA: [str̩tʃ pr̩st skr̩s kr̩k]"というものがあり、母音の字を含まない。このフレーズを構成する4つの単語にはいずれも成節子音のR音 [r̩]が含まれる。4つの単語はいずれも1音節を成す。このフレーズの発音についてはenwp: Strč prst skrz krkを参照されたい(1, 2)。

両言語は成節子音がRのほかにLもあり(有名な川の名前Vltavaなど)、スラヴ語派全体ではMやNもあるという(R L=流音"liquid" M N=鼻音"nasal"はみな響音または共鳴音"sonorant"と呼ばれて母音のように響きやすい性質が看取される)。言語学では、印欧祖語に[r̩] [m̩] [n̩] [l̩]の4つの成節子音があったと想定されている。※ただし、印欧祖語の後継のスラヴ祖語における成節子音について、一部の学者は何らかの理由で否定的である(神山2000年12月24日3.5章やシェンカー2002など)。古代教会スラヴ語の文献における文字には「イェル"yers" ь"front yer" ъ"back yer" (グラゴル文字ではⰠとⰟ)」があって流音の字に連ねて(lь, lъ, rь, rъとする)成節子音を表示する文字だという見解に、スラヴ語学者たちが否定的であり、そのスラヴ語学者たちによればイ音/i/(=何らかの前舌狭め系の母音)やウ音/u/(=何らかの後舌狭め系の母音)の最短母音(超短母音・弱母音)[ĭ, ŭ]を表示するものであるという。私が最近投稿した動画では、ヘブライ文字のニクード(ニクダー)記号の一つである「シュヴァー」を説明したが、これは最短母音にも無母音にもエ音/e/にもア音/a/にも成り得るというものであり、何となく似ている気がした※

思えば、当動画の音声も詠唱とはいえm音が1音節的に伸ばされて発音されており(0:18)、m単体を1音節とみなせばヴェーダ詩の韻律が乱れるのでm単体を1音節と数えられないにせよ、音声学理論としては成節子音の事実相が窺えよう。現代日本語・日本語の歌でも「ン音=撥音 [ɴ, ɲ, n, m]」が1音節的に伸ばされて発せられる事実がある(日本語学問ではモーラの概念が音節よりも主要なので"moraic N"とも呼ばれる)。英語の"doesn't"の歯茎鼻音nも成節子音で[ˈdʌzˌn̩t]と発音する。広東語の「呉(吳)・」も軟口蓋鼻音ŋの成節子音(日本語のゴ発音と違って母音が無い)とされる。



②原稿の起草日: 2018年4月6日 投稿日: 4月10日



 ヴィサルガの古風な発音(インド音声学~日本悉曇)と現代的な発音(現代インド・ヒンドゥー教)の相違点
Visarga with phonology

ヴィサルガ(visarga, IAST: ḥ)は、ブラーフミー系文字で2000年ほど前から(クシャトラパの遺跡の柱・碑文など)、文字の右横に縦二つの点( ः )で表現されてきた(デーヴァナーガリーでの例はkaḥ→कः)。
"vi-sarga"という名称の語源説は、vi 動詞語根√sṛj (放つ)で、「開放すること・放出すること(≒されるもの)」となる。
※ヴィサルジャニーヤ(visarjanīya)という名称もあり、nīyaという語尾が未来分詞を作るとすれば、後述の「可変性」と関連するはずである。語源説は、vi 動詞語根√sṛj (創造する) nīyaで、「分けて作ること(or放出すること)ができるもの」となる。

その音価について、西洋のインド学・音声学としては声門摩擦音/h/の母音を伴わない状態であるという見解であろうし、それを受けた日本人もみな「息もれ声」といった表現で説明する。
インドの伝統的な音声学・音韻論・シクシャーの説としては、タイッティリーヤ・プラーティシャーキヤ(Taittirīya-Prātiśākhya)においてヴィサルジャニーヤという名称で同じように説明されていた(कण्ठस्थानौ हकारविसर्जनीयौ ||2-46||)。
語中や詩の句中にある場合、दुःख "duḥkha (悪い感覚=苦)"のヴィサルガは軟口蓋摩擦音[x]の音となり、कः पुनर्वादो "kaḥ punarvādo... (いかにいわんや)"のヴィサルガは両唇摩擦音[ɸ]になる(ヴィサルガ相当の音が後続の子音と同じ調音位置で発せられること)。
そういった音の変化・連声・連音・サンディ(sandhi, saṃdhi)も、調音位置に基づく名称を以てシクシャーにおいて説明がされる(パーニニーヤ・シクシャー अनुस्वारो विसर्गश्च ꣳक-पौ चापि पराश्रितौ | दुःस्पृष्टो चापि विज्ञेयो ॡकारो प्लुत एव सः ||5||)。
※ブラーフミー系文字表記でそれら連声は、ḥの「縦二つの点( ः )」のままである。しかし、-c(硬口蓋寄り無声破擦音/t͡ɕ, t͡ʃ/)の前ではś(硬口蓋寄り無声摩擦音/ɕ, ʃ/)の文字で表記されるような例もある(aḥ ca→aś ca)。主に男性名詞主格の語尾が-sであり、この-sが-ḥの音にも-śの音にも他の音にも、多様な変化をする。"duḥkha"の接頭辞は元々の語尾がヴィサルガでなくて男性名詞主格などと同じように-sが語末の形"dus"であったろう(ギリシャ語のdus- δυσ-と意味が一緒)。dus-はヴィサルガ形"duḥ-"のほかに"dur-gṛhīta"や"duṣprayukta"のような連声がある。それはその音に対応する文字がある時の文献において明確に書き分けられる。

日本に伝えられた悉曇文字(siddhaṃ script, siddhamātṛkā)でも、同じように縦二つの点で表現される。
日本の悉曇学・密教関係ではヴィサルガ=密教でいう涅槃点が अः (aḥ)であれば「アク・アフ・アツ・痾・噁」などと表記されてきたようである。
「アク」については、例えば密教において阿弥陀仏・観音菩薩の種子 ह्रीः "hrīḥ"を「キリク(キリーク)」と書くなど、カ行の文字(古い日本では現代のカ行=軟口蓋破裂音のみならず中国的なh音=軟口蓋摩擦音/x/および声門摩擦音/h/をカ行文字で示した)で便宜的カナ表記をした(後世に梵語発音が伝承されないためにカナ文字通りの読み方が定着している)。
ただし、信範さんの悉曇秘伝記(13世紀?)という書では、アク/*ax/が「口内」、アツ/*at, *as/が「歯内」、アフ/*aɸ/が「脣内」として、調音位置に関連付けた表記分けが示される(三内の差別といい後述アヌスヴァーラ=密教でいう空点にも適用される)。

kana nehanten visarga
日本の悉曇学・密教関係の説を参照した江戸時代の国学者・本居宣長さんは、ヴィサルガ=涅槃点が「アッ也("ッ"の文字は後述のように"ッ"そのものでない)」とし、「中国漢字音における入声音と似たもの」として説明する。
原文・漢字三音考「漢國の入聲の如く韻の急促(つま)るを涅槃の音と云て、字の傍に二圓點を加ふ(明治時代の写本より)」
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/992657/11
彼は日本のカナでヴィサルガ=涅槃点を表記する際、カタカナの「ツorッ」を崩した書き方をした。
それは元々、古い中国語の入声音(k t p といった破裂音・閉鎖音"explosive; stop"または k̚ t̚ p̚ といった内破音・無開放閉鎖音"unreleased stop")を表記する目的で「日本のカナ文字に入声音を示す字が無いので、著者=本居宣長が仮に用いる」としている。
「仮に用いる」というスタンスなので、彼が実際にどういう音を想定したかは、読者も柔軟に想像する必要がある。
実際のヴィサルガは、先述の例にしても後述の例にしても、摩擦音の類に限ることについて留意されたい。

現代日本においてヴィサルガの音は、便宜的カタカナで「ハ(小書きㇵ)」と表記し得よう。
基本はハとするが、微々たる母音か最短母音が伴うと考えられる(पूर्वान्तसस्थानो विसर्जनीयः ||2-48||)。
前の母音によって「ヒ・フ・ヘ・ホ(小書きㇶ ㇷ ㇸ ㇹ)」とするなど、相対性によって表記を変化させる。
※現代日本語の「ヒ(多くは硬口蓋摩擦音)」と「フ(多くは両唇摩擦音)」が声門摩擦音(喉の音)でないことに注意されたい。いずれにしても、後続の子音が無い場合は声門摩擦音/h/+微々たる母音とし、後続の子音があれば調音位置を考慮して発音したほうがよい。

一方、現在のインドでヴィサルガは、「ハ or ハー」などと明確に発音されており、「声門摩擦音/h/の母音を伴わない状態(および微々たる母音か最短母音を伴う状態)」や「息もれ声」という類ではない。
ガーヤトリー・マントラ(通称ガヤトリーマントラ、Rigveda 3.62.10 サーヴィトリー讃歌)の स्वः "svaḥ"(注意!スヴァハ=sva+ḥであってスヴァーハーsvāhāもとい蘇婆訶・薩婆訶・ソワカとは異なる言葉)がそのように発音される。
(動画1:22~) サティヤ・サイ・ババ(Sathya Sai Baba)さんがガーヤトリー・マントラを108回唱える音声においては、「スヴァハー Svahaaa」と長音のようにさえ発せられている。
他の音声2種(インド在住でヒンドゥー教の学問をする日本人の発音と現代のインドでヴェーダを暗誦する人たちの発音)も、句の終わりのヴィサルガが長音のように発せられていると聴こえよう。
ただし、そういった発音は句の終わりにされており、句中では「声門摩擦音/h/が母音を伴わない状態」や、「微々たる母音か最短母音を伴うような状態」が多い。

さて、そういった事項を全て知っている上で、私はヴィサルガを「声門摩擦音/h/の母音を伴わない状態」で発し、前の母音"svara"と後の子音"vyañjana"の相対性を鑑みて適宜に変えもする(他に知らないことを新たに知っても影響を受けない)。
ヴィサルガについてはインド音声学の正統な解釈に依拠しても、可変性のある音であると分かる。
ヴィサルガが文字表記において縦二つの点で表現されることは、その特殊な性質を示すものと考えられる。
例えばアヌスヴァーラ(ṃ ṁ 意味はanu √svṛ = 続いて鳴るもの)と呼ばれる音も概して鼻音(ンの類)だが調音位置は可変性があり(kの前は軟口蓋鼻音[ŋ]となる・pの前は両唇鼻音[m]となるなど)、その文字は、古くから(紀元前3・4世紀ころのアショーカ王碑文など)文字の上などに縦一つの点で表現され、後の悉曇やデーヴァナーガリーでも同様となる。
※ただしパーリ語の経典にはアヌスヴァーラ=パーリ文法でいうニッガヒータ"niggahīta (復元サンスクリット*nirgṛhīta)"が別字で表記される。saṃskṛtaと同義語のパーリ語がsaṃkhataでなくsaṅkhataという翻字がされるよう、恐らくシンハラ文字・モン文字・クメール文字・タイ文字などの原典ではアヌスヴァーラ=ニッガヒータが発音に影響された別字で表記されたろう。サンスクリットでは、可変性の立場によって統一されている。日本語の「ン・ん」もアヌスヴァーラ的に可変性があるはずで、語尾のンや伸ばす音のンは口蓋垂鼻音[ɴ]などともされるが、大概の日本人は自覚しない。
ヴィサルガとアヌスヴァーラとの可変性は、元の音が先にあって概念として想定され、言葉に説明され、文字に表れてもいるので、実際は可変性があるというと顛倒(逆転状態)であろう。

以上は、私の方で必要とした考察の概要であり、各自が疑問に思うことは検索などを以て知られたい(識者による学問情報の提示があれば乞う)。
ヴィサルガについての感想をひとこと述べると、「自然な音変化を認めて過剰修正をせず、しかし奔放に訛って失われることなく維持し続けたヴェーダ語・サンスクリット学問の素晴らしさを確認できた」。
最後に、どの学問や議論にも言えることを一つ書くと、どこにどういう事実があると見出せば論者たちは一喜一憂したり、その事実認識を証拠として論議が繰り返されるのであろうが、私は確かに掴んだ手掛かりを世俗中の頼りとし、精神的な迷いを捨てることで、世俗中の目的(現世的な願望・学問や芸術)が達成されてゆくことを期す。

当動画に関連する事項は、以下の記事などにおいて確認できる。
http://lesbophilia.blogspot.com/2018/03/fricativization.html#vedic
※現代学問・芸術の向上を期して宗教学や言語学を研究している。こういった研究の末に文学や音楽(歌曲)に活かす目的がある。各宗教に表現された真理を考えるきっかけとなってほしくも思う。





動画原稿の起草日: 2018年3月下旬(成節子音R論)~2018年4月6日(ヴィサルガ論)

2つの動画の説明文において、シュヴァーとかシュワーとかといった言葉を用いてあるが、これらはヘブライ文字のニクード記号の一つに対する名称「シュヴァー(ヘブライ語)」と、現代音声学の何らかの音声学的概念の名称「シュワー(ヘブライ語→転写ドイツ語Schwa→その英語発音=国際化)」とを分けているので、注意されたい。
ヘブライ文字のニクードの「シュヴァー  ְ 」については、ほぼ同時期に動画レポートとして投稿しているので、興味があれば参照すべきである。

https://www.youtube.com/watch?v=oB2Vfnux4is





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よって、2019年5月12日からコメントを受け付けなくしました。
あしからず。

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