2016年1月23日土曜日

妙法蓮華経・如来寿量品は諸経で最勝

記事の題に「諸経で最勝」と書いてある。
ここでは便宜上、寿量品の一品を一つの経、としてよい*1
本門・寿量品の勝義とは、いわゆる五重相対で「内外相対(仏教か否か)>大小相対(大乗か小乗か)>権実相対(権経か実経か)>本迹相対(本門か迹門か)」の、本迹相対までに当たる。
大聖人の本化・下種の法門にある寿量品の肝心「南無妙法蓮華経」を示すことで「種脱相対(下種か熟脱か)」というところまで究まる(教観相対という表現でも大体同じ)。

記事の題にいうところの根拠は、2016年1月10日投稿の某所質問における自己問答を以下に掲載することで、その説明としておく。

※この1月10~13日当時、まだ認識の甘い部分も多く、それから1週間以内に新たに知ることがまた多かった、回答文中、自ら「浅識」と称したが、やはりまだ不勉強である。記事下部「脚注・出典」の項に問題点などがまとまっているので、そちらを先に参照されてもよい。

※ここだけ2017年追記、この質問投稿時の2016年は小乗・権大乗を広く学び直した。法華経に寄せてその成果の一部を記録した記事がある→http://lesbophilia.blogspot.com/2017/01/hokekyo-monteigi.html




質問 2016/1/10 16:31:40

「法華経は効能書きしか書いておらず肝心の薬が無い」という「出定笑語」という江戸時代の儒学者(国学者)の書に書かれた批判*2を唱える仏教者は、取りも直さず日本の全伝統宗派を否定するに他ならないと思いませんか?
同じ理論では、利益ある真言密教も、知的な禅語(悟りを体感できる座禅)も、往生できる称名念仏もデタラメに変わりはありません。
でも、法華批判の時だけ彼らの中の賢げな人や学者は、こういった批判を金科玉条のごとく持ち出しますが、なぜでしょうか?

経文に「薬・丸薬が無い」ようであるからこそ、日蓮大聖人は妙法蓮華経文底秘沈の大法を解き明かして流布されました。
我ら凡夫が法華経を読んでも"無い"ように思えますが、ちゃんと薬は有ります。
題目を本尊に唱える、素晴らしい「良薬」がしっかり有ります。
また、「法華経は法華経自体への讃嘆=自讃ばかり」ともよく言う人がいますが、その文底秘沈の大法を讃嘆するのですから当たり前です。
それを知っている*3からこそ大聖人は、真実の説法が方便品の十如是と寿量品の久遠実成・良薬の理と最重視して、それを基盤とした教えを説かれたのです。
諸々の法華批判者よりも法華経に透徹していることは明らかです。
経自体は「月を指す指」として正確に月を指していますが、法華批判者は「月を指す指」すら正確に見えていないかぼやけて見ていましょう。

そして、「出定笑語」の批判など、江戸時代後期・幕末に流入した西洋的な合理主義や先天的な学問的見地に依れば、確かに法華経をはじめとした大乗経典は「インドに誕生した釈尊」の真説・仏説でないかもしれません。
しかし、妙法あるいは大乗仏教の理は厳然と存しているものと、私は"信じて"います。
正しい信仰と決断していきたいです。

「出定後語・出定笑語」が出た時代の日蓮宗僧侶はこう語っています。
「若し夫れ作者釈尊にあらずとも、経文に順じて釈尊の説とするに何の不可かあらん。経は作者には拘はらず唯だ其の理の勝るるを以て可なり。」
※法華経などの作者がもし釈尊でないとしても、経文によって釈尊の説いたことと見て何の問題があろうか。経は作者を問わずただその教理が優れていることをもって認めるべきだ。

「科学的」でないキリスト教*4などでさえ、深く信じる「科学者」もいるでしょう。
キリストは生まれから、生涯かけての事跡が伝わるところ押し並べて胡散臭いものですし、イスラムほか一神教の教えなど今時の小学生は信じちゃおりません。
そのような今時の小中学生、として過ごす現代的な唯物論者・無神論者であった数年前までの私(現在18歳)が、妙法に目覚めたということには確たる理由がございます。

とりあえず、あのような批判を九官鳥のように唱える人は、既成宗派の信仰をする人としてあってはならないように思えますがいかがでしょうか?
私(18)は教団に所属せず、両親もろくに宗教への関心を持たない人らですから、独自に信仰と研鑽を行っています。

近代の真言宗僧侶(後に還俗)*5はこう歌います。
「天台教義に根拠なし、真言誤読で真言なし、念仏往生仏語なし、禅は偽作で伝燈なし」
この言葉はどうにも捉え難いものです。
表面的な意味あいもさることながら、信仰的にも小難しくあります。




自己回答 2016/1/13 12:39:18

擣篩和合の丸薬と妙法蓮華経(釈尊所説のお経とは別の、根源的な法の名称)の悟りは、「唯仏与仏」であるから、凡夫には経文の上(文上)からは読み出せない。
故に文底秘沈と名づけられ、日蓮大聖人のように透徹された覚者でないとその法義も法理も知り得ない。
「十如是」の義に見る、羅什訳法華経の創作性(梵語版にかけ離れているとしばしば言われる)云々も、法華は真説か否かの議論と同一轍となる。
十如是から敷衍したとされる「一念三千」の義も、一般に五時教判と同じく、質問末尾の「根拠なき天台教義」と見られてしまうが、やはり釈尊が説いて羅什三蔵が明文化しようと、天台大師が説いて章安大師が明文化しようと、久遠からの根源の法の派生であって、大聖人の根本法門とは名同体異である。

今「是好良薬」としての南無妙法蓮華経の題目本尊を知ったところで、信じて唱える行いをせねば「薬効」が現れない。
ここで「汝可取服」、「取って(信じて)」「服す(唱う)」べきことを知らねばならない。
私はインターネットにより仏法に目覚め、見聞がかない、研鑽が進むとはいえ、普通の人は世俗文化の情報閲覧、コンテンツ利用、ゲームや雑談などに使い、無論私もかつてはそうであったから、やはり良薬が隠され、あるいは眼前に出されるだけではまだ意味が無いことは分かろう。
そして、最近までの私は勤行をほとんど行わなかったが、今は不遜ながら略式勤行を度々している。
至心より信仰する篤信の者になれたらそれは良いものだ、とやきもきしている。

斯様に法華経の金言を恐れ多くも援用する私であるが、完全に法華経を肯定するかといえば、そうとは言い切れない。
大聖人は初期の御書(妙判)の一つとして名高い「唱法華題目抄」の末文を「但し法門をもて邪正をただすべし利根と通力とにはよるべからず」として締めくくられている。
世尊は「神通力」を用い、法華を信解する功徳として「利根」が備わることは、法華経の中に説かれてあまつさえ譬喩品では、法華経誹謗はとんでもなく恐ろしい果報を受ける、とまである。
人として生まれ変わっても外見は醜悪、身体能力は不十分、人からも蔑視され続けて悲惨な一生を過ごしてしまう、と生々しい言辞が尽くされている*6

だが、大聖人は五大部の一つ「撰時抄」の中においても「彼の天台の座主よりも南無妙法蓮華経と唱うる癩人とはなるべし」と仰せになっている。
天台宗・比叡山の座主は、正しい法華一乗を捨てながらに日本の中でも貴い位にいる。
癩病のような重症の人は、病の為に生命力が失われ、外見も醜くなって人から疎まれるが、誤った天台座主よりも、法華題目を唱える癩人の方が実際にはずっと尊い、と指南されている。
※天台大師が臨終に念仏も唱えて往生を願ったとか、伝教大師が念仏・禅を伝えて密教も学んだとかいう事跡は措いておく。
「癩病」もとい白癩の病(白斑)というものは、羅什訳妙法蓮華経やサンスクリット原本でも悪業の果報としてその名が出される。
インドでも中国でも日本でも、その症状の重い病気が古来より恐れられていた。
それでも、後生を思って南無妙法蓮華経を唱える癩人がいれば、天台座主のような貴僧よりも尊いと断言される。
とにかく末法においては、多くの法華経の理が合わなくなっており、大聖人としてもそのまま法華経の文に説かれる理が末法濁世に合うとお考えではいないことと拝察する。
だからこそ、大聖人が最も強く訴えた「お題目とご本尊」が末代の凡夫は貧富貴賎を嫌わず、受持せねばならない。
大聖人が解き明かした本化本門の法華経とを今一度、分別しておこう。

みなさんお疲れ様でした。


最後に、ようやく質問自体と関係のある個人的見解も書いておく。
独り信仰を持つ私(浅学で平成生まれ未成年)ですら、大乗非仏説論を峻別できた。
日本の伝統的な大乗仏教の集団教団に所属いている者が都合よくあの論理を持ち出すとなれば、やはり元々中国偽作の禅宗根拠経典「大梵天王問仏決疑経」や菩提達磨の伝説はもちろん、浄土三部経も何ら根拠が無くなり、これらを所依の経典とする諸宗はインチキな存在に等しくなる。
真言も陀羅尼も誤読まみれでは、利益が最初から存しないし、ありがたい大日如来(ビルサナ~)というのも、阿弥陀仏のように崇拝されたり、あるいは仏が汎神論的に存在するとはどういうことか*7、私が浅学とはいえ、かなり難解である。
小乗とされる戒律仏教とは精神を異にしているが、これまた奈良仏教のころから日本で大仏などが作られるほど古来信仰されているわけで・・・・・・このあたりはまだ難しい。
日蓮大聖人も、本格的な真言破折の開始は佐渡流罪以後であったし、もう少し学ぶ必要がある。

ちなみに私は特定宗派の教学の影響を強く受けているが、セクト主義・教条主義ではないからこそ、このような某門流信徒たちができない高度な質問をしている。
妙法を最勝と考える私だが、学ぶ対象は妙法の教理ほか、古今東西仏教思想全般にも拡げている。
もちろん、仏教に限って言えばそうであるが、外の学問も芸術も気ままに、ね。
本当に老いやすい自分は学も仏道も成り難いことを悔いている。
願わくは三宝の加護の深遠ならんことを・・・

※添付写真は2015年5月10日、自室安置本尊(ミニ掛け軸)と簡素な数珠
http://masashi.doorblog.jp/archives/44006253.html




自己返礼 2016/1/13 13:29:29

寿量品・自我偈は諸経の中の最勝と確信する。
これを第一に弘められた日蓮大聖人の智慧と慈悲に拝跪合掌の念は絶えない。
やはり円教・了義経とは、寿量品のことを言うのであろう。
ああ然るに、仏祖の真説でないことを認めて、末弟の新説に一理あるとすれば、法理あるとも仏教ではなくなってしまわないか。
否、インド釈尊も妙法の悟りを得ていた、信心により推断する。



自我偈のおもしろいポイント

「楽(樂)」という字の音読みが3種登場する。
「遊楽(ゆうらく)・伎楽(ぎがく)・信楽(しんぎょう)」

音に備わる義として、"らく"は気楽、"がく"は音楽、"ぎょう"は楽う(ねがう)と訓読することが多い。
"ぎょう"について、厳密な意味に私は明るくないので断言できないが、「喜んで願う」というニュアンスであろうか。
これら三者の発音・意味は、広韻という書にも出ているのでご確認あれ。
「盧各切(ロ・カク)=ラク、喜楽」 「五角切(ゴ・カク)=ガク(厳密にはンガク・カ゚クという鼻濁音)、音楽」 「五敎切(ゴ・ケウ)=呉音ゲウ漢音ガウ(厳密には同じく鼻濁音)、好也(よいこと・好むこと)」



脚注・出典

*1・・・ここで元々、『例えば世間では「妙法蓮華経」の中の「観世音菩薩普門品」のまた中の「偈」を「観音経」と呼称する場合がある』という記述で、記事投稿から6日はそのような説明を掲載していたが、それは誤りがある。「妙法蓮華経」という鳩摩羅什さんが翻訳した経典の「観世音菩薩普門品」には、本来「偈」というものが無かったことを1月25日ころに勉強中たまたま知った。なぜ記事投稿直後に・・・トホホ。で、だから何か、といえば、要は闍那崛多さんの「添品妙法蓮華経」が鳩摩羅什さん参照の梵語法華経とは別の梵語法華経に載っていた観音の偈を参照し、「添品妙法蓮華経」に追加された「観世音菩薩普門品」の「偈」が、後年後世に「妙法蓮華経」にもそのまま追加されたという。紛らわしいが、それが文献学上の事実であるそう。「観音経」との呼称は、そのウロウロした「偈」と、偈のみならず長行を合わせた「観世音菩薩普門品」に対して用いるが、この「偈」は本来別の経典でもあった、という文献学上の見解がある。

*2・・・平田氏はさほど儒学ではなく、キリスト教の影響を受けた神道観を持っている国学者で、儒学者と書いた当時、どこか複数のサイトの文章の影響で思い込みをしていたかもしれない。複数あるならば、どこかを発端に類似の情報が独り歩きしたのであろう。もちろん碩学の者は神仏道儒など兼学していそうだから儒学者とも言えなくはない。ほか、法華経を「効能書き」と見た人物は、一般的に弘法大師空海であるとするが、あくまでも「薬が無い」とまで強く主張した人物は平田氏であろう。

※ほか、法華経など大乗経典を「非仏説」とする見解については他ならぬ日蓮大聖人が他宗の見解として御書に取り上げられている。法華取要抄に倶舎宗・成実宗・律宗の見解として「四阿含・並に律論は仏説なり華厳経・法華経等は仏説に非ず外道の経なり」と紹介され、大聖人ご自身が認識されていたとは予想外であった。脱帽である。日本では古来から聖徳太子が注釈した法華経・維摩経・勝鬘経や金光明経などは小乗仏教扱いの宗派でも仏説として認められていた先入観がある。しかし、やはり日本でそういった非難が実際にあったろうか、疑問が残る。そこで、この法華取要抄の創価学会による講義・解説を拝見すると、インドや中国では確かにそういった非難が起こっていたとして具体的な例を挙げてある(大智度論弘明集出三蔵記集録を参照したそう)。この「大乗非仏説論」の日本における命脈は江戸時代・18世紀前半の富永仲基さんに始まる。彼は国学者でもなく、色々と博学な思想家であり、諸宗教(儒教・神道・仏教)への批判を行う中で「平田・出定笑語」に影響を与えた「出定後語(定を出でて後に語る)」を著した。

*3・・・妙密上人御消息の末文に「法華経の功徳は讃むれば弥功徳まさる、二十八品は正き事はわずかなり、讃むる言こそ多く候へと思し食すべし。」とある。

*4・・・ここでキリスト教を引き合いに出す理由は、対比として都合が良さそうという表面的理由も然りだが、奥底には別の潜在的な思惑もある。キリスト教系の学者が「大乗経典はキリスト教の布教がインドに及んで以後誕生した」という史学的仮説を前提に、「法華経などの大乗経典がキリスト教の影響を受けて撰述されたものであり仏説ではない」とした邪説への反駁でもある。例えば久遠実成などが聖書のイエスとこう似ている、と具体的な教義面の指摘もあるが、私としては時期など偶然に重なった程度のものと看做す。だが、大乗非仏説論者にも似た日本人の中には、これを真に受ける者もいる。キリスト教にも「高等批評」という文献学的議論があるのに、それを棚に上げてイエス実語を前提にするらしい。ともかく、私は法華の信奉があるから法華を宣揚するが、キリスト教の学者の論考もまたキリスト教の正当性の「為にする議論」であるので、それを念頭に置いてこう引き合いに出した。

*5・・・真言宗ではなく黄檗宗である。これは黄檗宗の河口慧海氏を、真言宗釋雲照・興然の両氏と同一視したための誤りである。きちんと調べておくべきであった。彼の著作「在家仏教」からの引用だが、全文は国会図書館のサイトにある→http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1907681

*6・・・「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば則ち一切世間の仏種を断ぜん (乃至) 此の人の罪報を汝今復聴け、其の人命終して阿鼻獄に入らん (乃至) 地獄より出でては当に畜生に堕つべし (乃至) 若し人となることを得ては、諸根暗鈍にして矬陋攣躄(ざるれんびゃく)盲聾背傴(もうりょうはいう)ならん (後略)」ちなみに、「聾」という漢字は漢音で"ろう"と読むが、呉音では"る"説と"りょう"説に分かれる。今の中国や韓国の読みをローマ字にすると"long"であり、"ng"音だから日本の漢音"ろう"に通じている。この"ng"の音が日本語読み"う"を為す場合、「漢"う"←呉"おう"」の音韻変化は生じない。中古音・上古音で"w"が"う"相当の漢字のみこれが有り得るのだから、日本Wiktionary編集者の参照元の辞書だかで呉音が"る"となっているらしいことは有り得ない。よって「聾」の呉音は、別の古文献からいっても"る"ではなく"りょう"であると私は結論する。なお、2015年12月下書きの未投稿記事において私は音読み時"う"と綴られる漢字が中古音・上古音のローマ字化でいかなる表記をされているか概要を説明しているので後日投稿を待たれたい

*7・・・仏・如来の姿には三身(3つの形)がある。一つには法身(ほっしん)…真理の法そのものである。もう一つには報身(ほうしん)…真理の法を得た仏の身などである。更には応身(おうじん)…他へ真理の法を説くために現れた仏の身や経文などである。この三身の詳細な見解については宗派によって異なる。大日経の大日如来≒華厳経の毘盧遮那仏という仏は、その宇宙や法や真理そのもの=法身である、といった他の仏・如来では通常ありえない存在となっている。だから、汎神論的に世界に遍満している、万物が大日如来だ、といった教えも散見されている。平易に言うと「概念の擬人化・神格化(擬仏化)」といったところか。俄かには解しがたく信じがたいことである。それまでは、精神体の分身が色んなところに居る、みたいな認識であった。

なお、「報身(ほうしん)」を連濁して"ほうじん"と読むのは、「報"ほう"」は軟口蓋鼻音の"う"でないため誤りであり、類推である。このことも2015年12月下書きの未投稿記事に詳述されているので後日投稿を待たれたい

大日経は「法身説法」のスタンスらしい。奈良時代に最澄さんと論争した徳一さんが、空海さんへも刃を向けた時に疑問視した経緯がある。菩薩は心の世界で報身の説法を聞けて、二乗や凡夫は目や耳などで仏法を知るのに、法身は理論的な存在であって、法を示さない。法を示したと感じる人の信仰が、そう感じて「私は法身による説法を聞いた」と主張できるが、実際には報身や応身のうちではないか?「法身説法」が成立することは言語表現の範疇に限る。「法身」の概念の定義を「密教のもの」として新しく変えれば、それはそれで正しくなるが、普通の大乗仏教の教理では有り得ない。つまるところ、釈尊・諸仏の実在から三身の概念を示し、理論から拡大解釈して「法身説法」の謬見が成立したのだろう。


2016年1月13日水曜日

もし明恵上人が日蓮大聖人の題目御法門を知られたら

若明恵房見題目法門


明恵上人という方(1173-1232)は、華厳宗の僧侶であって中興の祖とも評されるが、実際には禅や密教の修行を多く行われた。
禅も密教も、奈良仏教・南都六宗である日本の華厳宗では本来あまり関わりがないが、明恵上人などの持戒持律の僧は宗派の別を嫌わない傾向があるためであろうか、後述するように専修念仏を弘めた法然上人のことですら、「選択集」を読むまでは慕っておられたのである。
上人のお山である栂尾(とがのお)も華厳道場から密教道場に変わった後、明治以降は真言宗に改宗してしまい、名実共に密教道場と化している。

明恵上人は法然上人の弘める浄土門「専修念仏」の義を峻烈に責めた「摧邪輪」を、法然上人の死後に著された(法然の死が建暦2年=1212年の1月で、摧邪輪は同年12月著)。
元々明恵上人は、むしろ法然上人を徳ある僧として慕っておられ、念仏の邪義については押し並べて「浅智の信者が法然上人の名を借りて言うところのデタラメ」とばかり思われていた。
法然上人の死後になり、いわゆる「選択本願念仏集」という著述作をワクワクとした気持ちで紐解き、お読みになったところ、愕然とされた。
上人はその内容に自身の理念と相反したものを読み取られ、初めて法然上人自体への軽蔑を懐き、「正しい仏法に背く邪義」としてこれを糾弾された。
法理の上からは、伝統・正統の教義を否定した邪義を摧き、更に、世間の人心を乱す悪法は悉く「選択集」から出ていることを事実の上から喝破された、というところであろうか。

私は上人の「摧邪輪」に眼福を得ない身であるため、このように勝手な想像をする。
「摧邪輪」には華厳教義がどれほどあるか、教示を仰ぐものである。



日蓮大聖人もまた、法然上人の弘めた「専修念仏」の教義を木端微塵と言えるほどに摧かんと、多くの御書において、経文などを援用した法理上からも、世間にもたらした害悪と念仏者の悪臨終(善導和尚の「自殺・七日苦しむ」臨終について疑義あり)、朝廷による念仏停止(ちょうじ)の宣旨(せんじ)などの事実上からも、徹底的に「念仏無間(地獄)」を訴えられた。
日蓮大聖人は、念仏破折の書「念仏無間地獄抄」の中で、「かかる邪道に賢者は随わない」として、「明慧房実胤大僧正(三井寺長吏の公胤)・隆真法橋(定照の書「弾選択」に加筆した人物と創価学会の講義辞典にある)」らが、書を著して論難したことを示されている。
このうちの「明慧房」はすなわち明恵上人のことである。

さて、日蓮大聖人の立正安国論など多くの御書では「聖人や善神は国を捨て去る、悪鬼は国土や寺社に入り乱れる」ということが説かれおり、立正安国論の場合は主に専修念仏が国内に蔓延する世相を念頭に置いている。
一方の明恵上人の摧邪輪においても、この「善神捨国・悪鬼入国」ということを説いてあるそうで、インターネット上に2つほど情報が見られた(12)。
片や日蓮宗の人で、とても広く大聖人の教義や所説に穿った見解(信仰上望ましくない情報)を示す人であり、片やネットにしばしば見る、個人的な読書研究をしている人である。
彼らの情報に感謝を申し上げたい。



自力教と他力教
仏教とは、「自力」による成道を目指すものか、「他力」による救済を求めるものか。
自力も他力も必ず、凡夫である自分の肉体も精神も愚かで穢れている、と自覚するところから、清浄にして徳の高い存在へ昇華すべく、仏道を志す。
ただし、ここからが「自力」の実践的修行と「他力」の信仰的修行(信仰も実践の一種だがここでは便宜上分ける)の相違点が生じてくる。
世間で言うと、自力修行は滝に打たれるとか座禅を続けるとか断食するとかであり、他力修行は仏や菩薩を念じて名号「なんまいだー or なまんだーぶ」などを唱えるものである。

他力本願、自分を「弱い凡夫・拙い凡夫」と割り切り、一所懸命に厳しい修行に明け暮れて一生を過ごすことは不可能だから、阿弥陀仏という救世主を崇めてその名を称える念仏による救い(極楽浄土に往生)を求めていく、それが浄土宗の念仏である(法然の書に"他力本願"の語は出ず、親鸞もあまり使わなかったが、法然以降の弟子から徐々に使われ始めたことが分かる)。
この原義からいえば、信仰による現世利益に対して「他力本願」などと言うのではない(巷間ではもっぱらそういった人頼みの意で用いられている)。
仏教の目的すなわち本願である「六道輪廻転生や生死を離れる」ために、厳しい修行をするよりも、尊い存在を信じ唱えて徳を積む修行についてのみ「他力本願」と言うのである。

特に法然上人の生きた時代が、世に「末法」、すなわちお釈迦様が滅度して2000年、その尊い教えまでもが消えて人々も機根(成仏の才能)が弱くなるという時代に当たると、当時の日本国中で騒がれたために、「自分では厳しい修行(聖道)による成仏は不可能」という理念を第一に、法然上人とその弟子は「南無阿弥陀仏と唱えるだけで救われる」専修念仏を強く弘めていった。
ただ、この教えを拡大解釈して「厳しい戒律がいらないし、阿弥陀仏を貶めないなら、何してもいいんだ!」と思った多くの徒・弟子たちが悪さに狂奔してしまったから、伝統宗派の僧侶などが朝廷に訴えて、朝廷は念仏を制限した(制限しながらも朝廷は法然ら念仏の高僧を一応「末弟の悪行は彼らの不本意」として擁護している)。

明恵上人は、その法然上人が「菩提心を発する(発菩提心)必要は無い、念仏修行には要らない」としたことを最も大いなる「過ち」とし、「摧邪輪」において強く指弾した。
法然上人自身が何とか戒律を持っているようにしていても、その弟子たちが悪い行いをするのは、法然上人の邪義によるものだと、明恵上人は選択集を読んで痛感したそうである。
摧邪輪では、とある大乗経典に「お釈迦様は阿難に神通力をもってこのような未来世を見せました。僧侶が子供を膝に乗せ、隣に奥さんがいたり、僧侶がさまざまな悪い行いをしている光景です。阿難は、これ以上そんな非法を見せないでほしいことを訴えました。」と書かれていることを示している。
この経典に言われたことは、法然上人の弟子の一人である親鸞上人が実際に妻子を持ち「非僧非俗」と嘯いたように、法然門下に事実として現れているのである。
明恵上人は、日本の僧侶の必然的堕落を経文より予見し、摧邪輪に引用されたのであろう。




現代日本では「禅」と聞いて人々が想像するものは多種多様を極めていよう。
よってまず語義から釈していきたいが、「禅」の一字は「禅那」の略である。
「禅那」はサンスクリット語"dhyāna, ディヤーナ"を音写したもので、「禅(禪)」の一字を取って「禅定」などの単語ができた(dhyānaは動詞語根√dhyaiの名詞化で本来は考える・想うことを意味する)。
この「禅定」とは、宗派ごとにきらいがある言葉ではなく、仏教で普遍的な言葉である。
ましてや「禅宗」の専売特許ではない。
この「禅定」というものは、平たく言えば「精神集中の境地」である。
その境地というものが、私のように修行足らざる身で体感できるものではないから、何とも言辞に表しがたいけれど、「悟り」を目指す仏道修行者が通過点とすべき境地といえる。

そして、禅宗が言う禅は「座禅」であるが、この「座禅」とは、その「禅定」を座ることにより得ようとする修行法である。
1時間、2時間、在家でも1日3時間以上に渡って座禅を続ける人もいるが、伝説的な極致においては足が鬱血して腐ってしまうくらい続けることもある。
それがいわゆる「ダルマ」大師様であろう、なぜ置物のダルマに足が無いかといえば、達磨大師の「座禅を9年間と絶やさず続けて足を腐らせた」逸話に起因している。
それは余談であるが、禅宗の「禅」は、「座"禅"で"禅"定を得る」ことに由来していると言えよう。
そもそも「禅宗」という呼称は、範囲が広いもので、特定宗派の名称ではない。
ビジネスの会社を「商社」とは言っても、「商社」という名で法人登記したような会社が存在しないことと同じであろう。
よって、日本では「臨済宗・曹洞宗・黄檗宗」といった宗派がこの「禅宗」カテゴリに含まれる。



明恵上人が壇越に示した修行法
冒頭にあるよう、明恵上人は密教も禅も実践される方であるが、ここまでの原案(全てでない)を書いた2015年12月から替わって、2016年1月以降の調査では、なんと日蓮大聖人の法華経の本尊と題目によく似た修行法を、在家の人に示されていたという。
今まで、明恵上人といえば、某真言宗寺院の持戒僧「かくおう」さんが目指す、禅・密教ほか戒律の実践などの修行ばかりと思われたところ、ほかにも独自の修行法があったのだ。
それが、「三時三宝礼」といい、三時(1日3回の意)に三宝へ礼拝するものである。
一枚の紙の真ん中に「南無同相別相住持仏法僧三宝」と、上人が導き出した仏法僧の三宝に対する讃嘆を書き、周囲に菩提心の異名(実叉難陀の八十華厳経より)を並べ書きした「三宝礼の名号本尊」に向かって菩提心の名号を唱える、といった、まさに大聖人の南無妙法蓮華経の御本尊・御題目そのものである(本尊・題目については私の勤行実践動画が分かりやすい)。
大聖人に先んじてこのような修行法(礼拝の作法)を編み出し、弟子あるいは壇越に示されたということはとても衝撃的であった。
明恵上人の信者にも、様々な階級や貧富の差があるため、多少その方法をするのに困難(仏像を家に置けないなど)な人に、形式をやや崩してもその信仰の利益は等しくあろうことを教示されている(ほかの難しい修行が出来なくてもこの信仰だけで利益がある、とまで語られる)。
当時の人々の機縁に合わせた「易行」の教理を垣間見よう。

といった情報をインターネットで確認した(活字の本の複数に載っているとして出典あり)。
これが日蓮大聖人の題目法門の原型であると見る人もいる。
仏教を学ぶと、「南無妙法蓮華経を唱えることでのみ功徳を得て成仏できる、という思想は南無阿弥陀仏で利益があり浄土に往生できる思想と似ている」と思う人が多い。
だが、大乗仏教・信仰の奥義を究めれば、蓋然的にこの日蓮大聖人・明恵上人のような形式に達するものではなかろうか。
また、この明恵上人を尊敬している「かくおう」さんは、この明恵上人の信仰修行をご存知でいるか、その場合どう捉えているか窺いたく思う。

ここで、たまたま本題にあるよう「明恵上人が法華題目の法門を見た場合どう思われるか」ということを考え直すこととなる。
この題を定めた2015年12月16日当時は、「かくおう」さんが言うような持戒持律の聖なる行を専らにしている僧侶の姿が、明恵上人の偶像として私の中に成立していた。
念仏を始めとした信仰の形式は厭っている印象があったが、やはり本来法然上人を慕われた明恵上人は、その専修念仏のような信仰の形式には否定的でなかった可能性も言える。
私は日蓮大聖人に対して専修念仏の信仰修行形式に影響がある可能性を今まで思っていたが、実際には明恵上人から受けた影響が強いかもしれない。

この点で、もし明恵上人が日蓮大聖人の題目御法門を知られたら、法華曼荼羅に向かって法華題目を唱える「唱題」の修行については、何らかの同調をせられようことを愚見する。
ただし、大聖人が信徒より供養されたお酒を飲まれたこと(病の治療あるいは寒い身延の山を過ごす手段)や、末法無戒(末法は法華経を受持することのみが唯一の持戒)の思想については、「不飲酒戒」を深き思慮より固く持たれる明恵上人にとり、反発されるであろう。
大聖人も、末法の衆生には五戒から具足戒まで持戒持律という行法が難しいばかりか功徳も無いことを、経文・論文の所説と世相を読み取り、深き思慮の末に説かれたことと拝察するが、法然上人と同じように明恵上人が指弾するところとなろう。
また、明恵上人は「正・像・末(三時)」の法理を時代区分の一説として認めるも、それに託けた上での極端な末法思想を認めていないようである。
一方で、若し明恵上人の本尊と菩提心名号信仰が広まることがあれば、大聖人は涅槃経の「願作心師、不師於心」文をひいて破折されよう。



私の信仰について綴る。
物質的に恵まれない私が、模造の十界曼荼羅を入手できたことは、法華経に言う「如渡得船」のような喜びであるが、やはり仏壇から取り出して自室にお遷しするのは何か罪悪感がある(最初は仏法守護としてこれを勇んで行っていた)。
在家は「仏間」という特別な空間に曼荼羅や仏像などの本尊を置くように、生活の場として料理までするこの部屋に、扉も無いカラーボックスに安置することは形式的に誤りがあるのであろうか。
なお、明恵上人は臨終に際し、病床を仏像と曼荼羅で飾り上げたということは比較的知られる事跡(伝承?)である。
さながら自室に美少女フィギュアを飾ってアニメポスターを掲げる人、さながら自室に軍艦や戦闘機の模型を飾って国旗や軍旗を掲げる人のようにも思ってしまう。
さぞ、満足な臨終となって成仏に向かったことであろう。
日蓮大聖人が臨終に臨むにあたっては、いわゆる「臨滅度時本尊」をお掛けになったことが有名である。



最後に、明恵上人は「阿留辺幾夜宇和」において「涅槃を求めて一人山林で過ごしている僧侶は道心あるように取り繕うだけの誑惑だ!僧侶は僧伽の中で過ごして互いに非法を制しあってこそ菩提が優る(取意)」と仰せられている。
これは「閑居求道者(けんご・ぐどうじゃ)」を僭称する私への厳誡として、重く受け止めておかねばならない。
孤陋の私は、心の日蓮大聖人・釈尊・諸仏・諸菩薩・諸大弟子より、常にお叱りを受けたく思う。
いよいよ道心を堅固に、菩提心を倍増し、真理への階梯を突き進んでいこう。



初版20151216
※文中の通り、12月中の未熟な調査に対して、1月2日以降はグッと進んだこともあって、12月記述には情報不足・不完全極まる部分も多くあり、記事内で玉石混交となっている。
明恵房高弁 是聖房蓮長 法然房源空


追記2018
2017年に浄土真宗の僧侶が運営していると宣言されている「資料集」サイトに、明恵上人の摧邪輪(巻上・中・下)が公開されていることを知った(拝読した)。という、その旨を示す。
http://echo-lab.ddo.jp/Libraries/%E6%98%8E%E6%83%A0/index.html