2019年6月14日金曜日

説明用の図の区分、文字配列図・数式・想像図・概念図(抽出図)・写真

目的別に図を用いることは、説明の理解のしやすさに貢献すると思う。
以下に、説明の目的としての図 (diagram, chart, graph, 表 table) の区分を示す。
それらは一般的であるよりも私による区分である。
それらの基準は外見的特徴(例は折れ線グラフ・図形・樹形図など)と少し異なる。



アート込み
文字配列図…その人が持つ概念"concept"とそれらの関係の抽出・抽象"abstract"であって文字や最小限の記号のみで表された。記号を含めても含めなくても文章表現のみでこの図の機能は可能でもある。文字の大小によって統計結果の提示に用いることもできる(cf. ウェブサイトにおけるタグクラウド 応用1例)。
当ブログでの例は2017-06-20画像4, 2019-05-16画像1

数式…数学・自然科学・精密科学で多様に用いられる。証明のために示されることが多い。この証明とは科学的な意味での証明と思う。一部の自然科学・精密科学は、当然、観測などの実験行為を求められもする。少なくとも、理論が確かであると承認されるきっかけになりやすい。

概念図…その人が持つ概念"concept"とそれらの関係の抽出・抽象"abstract"である。その目的性が数式とは異なるとして、それを私は捉える。つまり、証明のためというよりも説明の手段として理解を促す目的であろう。
当ブログでの例は2016-12-082017-04-102017-06-20画像3

modeling modeling parabola chart diagram graph table
概念的想像図…"concept"そのものではなく"conseptual"概念的なスキーマ的な提示である。それらの図はモデリング"modeling"の一種であり、概して近似的 (approximative, approximate; approximation) である。仮定や説明の手段などに用いられる。
当ブログでの例は2019-04-06画像4

想像図…その人が考えていたり認識・記憶しているたりする事象の譬喩(比喩)的な提示である。幾何学的な簡易性の無いイラストレーション"illustration"もよい。その人自身の満足によいが、その人自身でも表現に難があると意識した場合には自ら疑問を残す。うまく扱えれば、他者の理解や興味を誘う。
当ブログでの例は2019-02-03

Bibliotheca Polyglottaからの転用
写真…何かしらの事物の証明に用いられやすい。先の想像図の代用にもなる。その分、読み手は捏造や杜撰な利用に注意を要する。証明バイアス(造語)のようなことで、証明の意味を求めるような精神性にも注意を要する。ちなみに他の図を撮影した写真は、その目的で用いられる限り、写真でなく「目的別の図」に区分される。
当ブログでの例は2017-11-20, 2018-04-20



しかしまた、多用すると冗長な場合もある。
それは「オッカムのかみそり Occam's razor (オッカムの剃刀、節約の原理)」として、適宜に省くこともありえる。



このように概要を述べる私は、2018年以前に「必要な情報を言葉で示したり、外部サイトの詳細または客観的な情報を示せばよい。図を載せるにも外部サイトにあるものはそのリンク程度でよい」という考え方で、図を用いない形式の論文を主要にしていた。
これには、宗教学などで古典を閲覧し続け、そこで、基本的には図(圖)が無いことと、図がある場合も特殊であるか・特定の系統の文献に限ると判断していて同じように私もブログ記事・論文を作ればよいと思った経緯がある。
他方、2015年に始まる「日記メモ」では「証拠写真」のようなものを可能な限りに掲載する。
もともと(2010年から)顔出し動画投稿者のポリシーがあるためである。
2013年から本格化したお絵描きでも、「練習である」とされる絵を可能な限りにインターネットで公開する姿勢がある。

しかし、宗教学など人文科学の学問に関する活動では、私の研究対象の特性上、写真などを用いる必要性が無いことが多いし、図 (diagram, chart, graph)・表 (table) も同様である。
誰かの著作"Quaestiones et decisiones in
quattuor libros Sententiarum Petri Lombardi"
とされるものに載っている
その発言 (Wikimedia commons)
当然、必要性を感じる場面では、パブリックドメインらしい写真・図・表などの画像を引用(私が引用に利用した二次的な情報源も提示)する。

「必要性」と「多用すること」について、その「オッカムのかみそり」に関する格言で"Pluralitas non est ponenda sine necessitate (多数であることは必要性なくして仮定されるべきでない)"と言われている。
他に似たようなフレーズを載せる→"Numquam ponenda est pluralitas sine necessitate", "Entia non sunt multiplicanda sine necessitate"。
言葉を用いた者=オッカムのウィリアムという神学者 (William of Ockham c. 1287-1347)が「中世ヨーロッパのスコラ学の普遍論争の唯名論」に関与していたという前提知識が必要かと思う。
唯名論 (nominalism) とは、個々の事物=認知客体 (object) がカテゴリー化・普遍化される本質は無い(客観的な普遍性は事物ごとに定まっていない)としているそうであるが、彼自身が唯名論の人か私は判断しづらい。
彼の思想には、「明らかに存在すると分かるものや聖書に示された神の存在について過剰に(余計に)説明しなくてよい(要旨がSpade, Paul Vincent 1999 = ISBN 052158244X p. 104. にあると英語版Wikipediaに示される)」という見解があったろう。
インターネットで彼についての典拠と一次文献とを閲覧することに困難さがあるが、興味のある人が各自で調査すればよいと思う。

有名な発言や格言は、その帰せられ方の事実性に懐疑が起こりやすい。
先の発言が彼に帰せられるが、実際はそうでないと言う。
実際に誰かと言う議論がされると、特に、彼よりも20年ほど早く生まれたドゥンス・スコトゥスJohannes Duns Scotus とされる
発言の典拠が何かといえば、私が調査可能な限りでは「誰かの著作"Quaestiones et decisiones in quattuor libros Sententiarum Petri Lombardi"」である。
内容は基本的に誰かの質問にドゥンス・スコトゥスが回答する、Q&A形式(問答)であるが、話題の発言については質問の箇所"Proponitur quaestio. - Utrum Angelus possit moveri in instanti?" (大文字Angelus = Angel of the Lord 主の使は立っている場所で動かされることができるか?と直訳) のだいぶ後になる。
Ostenditur non esse necessarium quod Angelus in instanti temporis discreti moveatur. Dico ergo ad quaestionem quod quia pluralitas non est ponenda sine necessitate, et non est necessitas quare clebeat poni tempus discretum mensurans motum Angeli, nam quicquid salvatur per illud tempus discretum salvabitur etiam per tempus continuum in communi, sicut enim oportet eos dicere quod si transeat in instanti, non potest immediate habere alium transitum instantaneum, ita potest poni si transeat instantanee in instanti temporis continui, ita quocl licet post illud instans possit habere motum continuum in tempore habito, non tamen potest habere transitum instantaneum irnmediatum; non ergo est inconveniens ponere Angelum in quantum participat conditionem corporalem, id est quae potest esse eiusdem rationis aliquo modo in ipso et etiam in corpore, quod etiam participet mensuram corporis aliquo modo: in quantum autem movetur localiter participat ubi, quocl est conditio et passio corporalis, aliquo modo eiusdem rationis in ipso et in corpore; ergo etiam potest mensurari mensura primi corporis moti.
 - 1912年の Commentaria oxoniensia 出版物から抜粋

後世に定式化した「オッカムのかみそり」を好む科学哲学などでの脈絡から、改めてその言葉"Pluralitas non est ponenda sine necessitate"を意訳すると「不必要に多くのこと(仮説を証明するための条件)を仮定すべきでない」となる。
私は、西洋哲学・科学哲学を学ばなくとも、宗教学を行う間に、似たような感覚が身についていた。

当記事の話題からすると雑学であるが、かのアルベルト・アインシュタインさん Albert Einsteinが「理論はできるだけシンプルにすべきだが、しすぎてはならない "Everything should be made as simple as possible, but not simpler." (123)」と発言したとして人口に膾炙する元ネタは、1933年7月10日"On the Method of Theoretical Physics (於オックスフォード)"での発言だという。
それは1934年の出版物に載る形で"It can scarcely be denied that the supreme goal of all theory is to make the irreducible basic elements as simple and as few as possible without having to surrender the adequate representation of a single datum of experience." (Philosophy of Science, Vol. 1, No. 2, p. 165., 英語版Wikiquote参照) とあるそうである。
人口に膾炙した後との意味の比較を各自で考えるとよい。



当記事の話題は西洋哲学・科学哲学ではなく、説明用の図の区分と図の多さの必要性であろう。
そのために、当ブログにおける回顧や、行為の展望がある。

当記事の趣旨を記す。

  • 目的別に図を用いることは、説明の理解のしやすさに貢献すると思う。
  • しかし、多用すると冗長な場合もある。
  • このように述べる私は、従来からそのように考えてきたが、最近では掲載を増やそうと望む。

Occam's razor pluralitas
2019年6月9日・作「説明には余分なるの図」



起草日: 20190529

途中の部分について本文中に挿入しなかった記述↓
※私は唯名論について仏教でいう空のうちの一面(空"suñña, suññatā , śūnya, śūnyatā"といってもパーリ〇空経MN121-122でのそれとか人法二空とか十八空とか色々な説明が可能なので本当に一面のみ)に比較しようとした。私は科学哲学用語と無関係な様態における神学者オッカムさんについて仏教やインド哲学の論理学・因明 (hetu-vidyā) の量 (pramāṇa プラマーナ) が一般には三量=現量 (pratyakṣa-pramāṇa) 比量 (anumāna-pramāṇa) 聖教量または正教量または至教量 (āgamaまたはśabda-pramāṇa) であることに関して「四量・譬喩量 (dṛṣṭānta-pramāṇa) などで詳細に語る必要が無い」という論者もいると書こうとした。因明のうちで陣那 (じんな・ぢんな dignāga ディグナーガ) さんは聖教量を否定した(成唯識論本文抄に云く「陳那門人師資相順故亦不立彼聖教量」)ということは、科学哲学でのオッカムのかみそりと結び付けられるべきか(人間の受動的な知覚された物事の理解や信用ではなく、やはり学者や修行者らが科学・宗教などの目的は何であれ真理を求めるときの能動的な懐疑が関係するようである)。11世紀以前の漢訳文献を探して頻出しない語句もあると分かったが、私の調査方法の問題かどうかも判然としない。この調査を放棄した。

2019年6月9日日曜日

2019年5月中の日記メモ

●口上
ナンダッケ書きたいことワカンネ日記メモは学問・宗教・生活のトリレンマだネ的なことを書きたかった。日記メモにはその便宜のために定型的な表現と語句を含んでいるが、それらは凡そ「日記メモの用語と解説」ページに説明がされている。

●私感
前月中に弟が就労支援の施設通所を辞めたと考えられるので(2019年5月6日=振替休日とそれ以前に普段のGWではなく天皇退位&即位関連の10連休があったことに注意。当月8日メモに当月の弟が就労支援に関してせずにいる話題がある)、彼が家にいる時間や何らかの外出を行う回数(雨でない日の1日あたり2~3回ということも多い。目的は不明瞭だがジョギングや図書館や外食か)が増えたりしている。
当月24日には彼が狂乱の傾向を帯びてきたことを記録している(esp. 静穏時に俄かに怒気を含んだ大声を家の外へ発する)。

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2019/05/01

本日5月1日は寝ていない状態で日を越して至る。前日や前々日に0時~6時に動向を見せなかった弟が1時30分に1階に降り、洗面所で「手洗い行為」をした後、リビングで「無意味なテレビ作動」をした。彼は5分ほどでテレビを消し、2階へ去った。彼は4時8分に外出して最中に小雨の状態であり、5時台後半に帰宅した。11時15分からPCをシャットダウンして就寝し、15時58分に起床した。



2019/05/02

本日5月2日は6時15分にPCをシャットダウンして就寝し、10時10分ごろに一度目覚めて再び眠り、13時27分に起床した。16時23分から便意のためにトイレへ入り、1個の小サイズのものと1個の中サイズのものとを排出した。18時57分から便意のためにトイレへ入り、1個の中サイズのものを排出した。16時台に外出から帰宅した弟は、その後に母親と争った様子が無くも、17時台からかなり悪態をついていた(私が言う彼らの争いとは弟が明らかに大声で怒鳴ることがある場合などによる。過去メモに頻出。眠っていても私は気づき得る。また、彼が母親への悪口などを言うことはそれが明らかな形式について彼の怒りが顕著な場合か気まぐれの場合かと思うので今回は非常に常に非ざることであろう)。彼は母親を「クソバカ親と呼ぶことにする」とか「叱り方がヘタクソなバカ」と言っていた(これらの最初の発言以前に彼は「私をバカと呼んでください」という独り言をしていた)。母親との会話であれ、独り言であれ、これらの母親へのうらみつらみが彼から口をついて出る。21時台に母親が弟の散髪をした。



2019/05/03

本日5月3日は寝ていない状態で日を越して至る。0時53分から風呂(シャワシャン)の準備を始め、2時56分に自室へ帰った。3時50分ころに母親自身で自室の消灯をした。弟は前日の18時台から今まで、ほぼ眠っている様子が無く、0時台に母親に話しかけられて応答していたり、私が風呂場・浴室にいるときにも1階に降りてトイレに入ったように感じられたが、彼はその後も2階で動き続けた。彼は4時0分台に1階に降りた。彼は4時28分から外出した。6時前から私はPCをシャットダウンして就寝し、9時44分に起床した。12時15分から腹痛を伴った便意のためにトイレへ入り、多めの軟便を排出した。10時台から外出していた弟が15時56分に帰宅した。前日と本日とは、「前月において基本的な就労支援通い」と違う時間帯で同じ行き先であるか、現状は定かでない。世間では天皇陛下退位&即位関連の10連休であり、このうちの先月29日・30日の彼はこのような外出をしていなかった。



2019/05/04

写真 (201905040917) とその加工されたものとをトリミングしてGIFアニメーションにした

本日5月4日は前日22時6分にPCをシャットダウンして就寝し、2時42分に起床した。2012年ころから断続的に・2016年以降から本格的に用いているカナル型イヤホン(cf. 2019-04-12)の左シリコン挿入部(イヤーピース)が2箇所も裂けているので、耳穴に挿入されても、左側の装着感に乏しい(音の振動による伝搬にも影響がある)。別イヤホン用の替えがあり、室内でそれを探すも、見当たらなかった。家事の類をして4時以降に落ち着いてから、それを探すための静慮に入ると、1分以内に場所を思い出し、見事に見つけ出したので、それに左シリコン挿入部を替えた。

11時4分から便意のためにトイレへ入り、1個の中サイズのものを排出した。15時27分からも便意のためにトイレへ入り、2個以上の小サイズのものを排出した。本日の9時0分台と14時0分台とに両目の顕著な充血(外見の炎症)を、私は確認した。前者は10時台前半に通常の外見に戻る・後者は15時30分に通常の外見に戻ることが確認された。土曜日・祝祭日みどりの日である本日に、弟は8時台から16時過ぎまで外出していた。



2019/05/05


本日5月5日は前日17時27分にPCをシャットダウンして就寝し(実際に寝付いた時刻は21時以降)、1時45分に起床した。10時30分に弟が1階に降りた際、彼は大きめの声で「母親はバカです!昭和の人というのは父親のことです」という意味不明の無駄な独り言を発していたが、なぜ1階や階段でそれをするか不可解である。11時20分に自室の「或る方角の窓」を開けようとする際に網戸に虫が止まっている姿を見た。それはクモ・くも・蜘蛛であり、どうも部屋側にいるようである。このクモは全長3-5mm (脚を縮めるか拡げるかによる)に見え、営巣しているように見えない。経験則の通り、バッタ(昆虫)やノミ以外の虫であっても跳躍力があってこの個体も例外でなく、網戸の網目から枠に(跳)飛び移る様子が見られた(この場合は真上や斜め上よりも胴体の水平移動か前方への斜め上か。跳躍の性質の細分化はおく)。このクモを網戸の外側へ逃がそうと、捨てる予定のつまようじ1本を差し出してそこに止めようとしても、真下の方に一瞬で(跳)飛び去ってしまう。真下の方でも同様に水平方向のどこかへ、という。また、この時期は赤いダニ (カベアナタカラダニ Balaustium murorum cf. 2018-04-22メモ) が多く発生して「軽い鉄製(ブリキなどメッキ素材か)の窓枠の表面の水平方向」を右往左往するので、いずれにせよ、開け放つには問題がある。

11時30分台から弟が外出し、連日の場合よりも早い12時17分に帰宅した。本日3時台後半には起きていた母親が、14時前に起き出した。その時と、14時37分に母親が弟に話しかけ、いずれも弟がトイレに入ったため、後者の時に「洗濯物の指示を出したときにトイレに入らないで・(弟はこのような状況で)いっつもトイレに入ってる」と母親が怒った(珍しく出来事直後のグチグチ小言を伴わない)。前月28日の件にしても、母親が遅起きババア・早起きババアでも好ましいことが起こらなかろう(世間の人が好きな言葉「幸福に逃げられる人・不幸な人・不幸を作る人・不幸になりたがる人」)。14時59分に母親が好きな関西ローカルかつ愛知県・東海地方でも放送の政治番組・討論番組が終わってから・母親が2階に上がって弟に洗濯物のことを尋ねてから、母親が彼を責めた。17時台に母親が弟に洗濯物を取り込むことを支持する際、弟が母親の想定よりも早い時間に取り込んだとかで、母親が混乱・困惑し、弟を軽侮した。それ以後に顔を洗うなどをした母親が、18時10分台にドライヤーを使いながら「上の人からの指示どおりにしないで自分勝手なやり方して、お給料もらえっこないでしょうよ」というように弟を叱った。MEGAドンキ云々という話題を引き合いに出しても弟を叱っていた(脈絡は不明)。母親が弟に何かを尋ねる際にも、弟が発言に躊躇してから母親が問い直して弟が発言しようとすると俄かに彼を遮り、「何で?って私が訊いたときに空間ができるんだからそん時にしゃべんなよ(中略)ハローワークになんて連れてけない」と母親が弟を罵倒した。



2019/05/06

本日5月6日は前日18時56分にPCをシャットダウンして就寝し、3時19分に起床した。本日に弟は、前日母から任せられていたゴミ出しを6時台に再び母親から支持されてから彼が本日3時以降で初めて1階に降りてゴミ出しをした。7時台前半からも30分ほど彼は外出していた。8時42分に彼は、これも母から頼まれていたためか家にいることで、何らかの配達物の受け取りをした。前日にいう網戸・窓枠のクモ個体とダニ複数体について9時33分に見直すと、同じようにいた。また、4月末からI家の敷地内や家のそばの通りの電柱裏などにナガミヒナゲシ (Papaver dubium cf. 2018-05-18メモ) が咲いている様子が見られており、前日にはI家の敷地内のもので4つ果実の状態となっていて本日にはI家の敷地内のもので1つ開花していて家のそばの通りの電柱裏のもので2つ果実の状態になっていた。9時台に1度ヤマト(クール車)が近所の集合住宅の敷地内に停まったが、我が家への配達でない。10時31分にヤマト(クール車)が家の前に停まり、1階で母親がインターホンで応答して弟が受け取った。



2019/05/07

本日5月7日は前日23時8分にPCをシャットダウンして就寝し、4時25分に起床した。8時19分から風呂(シャワシャン)の準備を始め、9時24分に自室へ帰った。1階リビングや洗面所(浴室のそばで脱衣所としても)で必要な作業を済ませて自室に再び私は退く。その際、母親が2階で弟の部屋をノックして彼らの朝の挨拶がされた後に、1階へ降りた。彼らは外出の予定がある。11時30分までに彼らの支度が済みつつあって弟が1階に降りると、彼は玄関で「息子のゆうことをきかない、親は」云々と不穏な・無駄な小言を発した。母親は「また始まった、もう行かない!」と弟を脅し、すぐに額面的に掌を裏返したりもした。弟は母親から謝るように催促されて「ぐぉめんなさい!」などと言った後も、家の外で「教育委員会に訴えてやる!(彼はすでに県立特別支援学校卒業の18歳だが)」と馬鹿の一つ覚えのように復唱した。

母親が何度も車の出入りをしてから11時46分に弟を連れて母親が発車して外出した。私は2度の洗濯機動作をした。1度目がマイクロファイバー毛布1つと白い肌着1つであり、2度目が髪をまとめる用タオル1つと黒い部屋着ズボン1つである。13時19分に母親の車が家の前に着き、忘れ物のあるらしい弟だけが家の中に入って再び発車した。15時58分に単独で弟が帰宅した際、彼は意味不明の奇声を発していた。17時50分台に弟が外出して18時11分に帰宅したが、彼が家の敷地内に入る前から彼は「お母さん」云々のヘイトを呟いていた。20時28分に母親の車が家の前に着いた。



2019/05/08

本日5月8日は前日22時59分にPCをシャットダウンして就寝し、4時48分に起床した。8時0分から弟がリュックサックを背負って徒歩で外出したので、今月によく見られたような長時間の遊び外出のように見えたが、8時51分に彼が帰宅した。彼の就労支援の関係の動向が今月にあったように見えない。9時台に再び彼は外出したろう。10時33分から便意のためにトイレへ入り、1個の中サイズのものを排出した。13時46分に弟が帰宅した。16時30分からPCをシャットダウンして就寝し、23時57分に起床した。



2019/05/09

本日5月9日は6時50分台にPCをスリープ状態にして仮眠のつもりで就寝し、8時20分ころに起床した。



2019/05/10

本日5月10日は前日21時59分にPCをシャットダウンして就寝し、3時11分に起床した。3時53分から風呂(シャワシャン)の準備を始め、5時9分に自室へ帰った。前日は私が眠っていた間(c. 06:50 - 08:20)に弟が外出して14時40分台に弟が帰宅したようだが、本日の彼は彼自身の炊飯の最中である6時台に外出して30分以上してから帰宅し、12時過ぎまで家にいてから再び彼が外出した。社会福祉の事業所における就労支援に関する動向とは、とても思えない。

当日16時59分撮影写真、右目に関して

当記事注: 5月8日午後、冷蔵庫内の整理をしている際に右の眼球を「空の袋麺(ラーメン) [プラ] 個包装」にぶつけてから、痛みを伴う充血が発生した。翌日はやや違和感が残る。5月10日には痛みや違和感が無くも、充血が残る。5月12日午前には充血の外見としては完治したとみなしえる。後の色残りのようなもは5月13日に確然と認識された。



2019/05/11

本日5月11日は前日16時52分にPCをシャットダウンして就寝し、2時11分に起床した。5時29分から便意のためにトイレへ入り、1個の中サイズのものを排出する際に血の付着を確認した。その後にコロッ糞を5個以上に排出した。15時45分から便意のためにトイレへ入り、3個の小サイズのものを排出した。



2019/05/12

本日5月12日は前日21時42分にPCをシャットダウンして就寝し、2時5分に起床した。4時10分から便意のためにトイレへ入り、3個の中サイズのものと1個の長めのものとを排出した。12時58分にPCをスリープ状態にして14時10分までの仮眠をしようとしたが、13時6分から母親が芸能スクールへの外出を始めたので、私は仮眠をしようとすることを中断した。別のことをしてから、13時27分から押入れの中に入って仮眠のために寝て15時47分に起床した。母親の外出以前から外出していた弟が16時11分に帰宅した際、彼によくあるような「家の郵便受けを開く音を立てて10秒以上静止する状態」があった。彼が風呂を出て1階リビングで彼が夕食を作っている時・17時23分から私は風呂(シャワシャン)の準備を始め、18時18分に自室へ帰った。それ以後に弟は1階で余計な窓の操作をし、彼はリュックサックを背負って外出した。23時0分に家の前に母親が到着して車のドアの開閉をし、23時6分に母親が発車して外出した。



2019/05/13

本日5月13日は0時40分にPCをシャットダウンして就寝し、5時22分に起床した。1時52分に母親が買出しから帰宅した際に私は母親が私を呼ぶ声を発していたため、一度目覚めていた。14時25分から便意のためにトイレへ入り、2個の中サイズのものを排出した。本日に弟が2度外出した2度目は15時台後半であったが、この時は彼が中里医院に関して母親の指示で外出した。その帰宅が17時0分ごろである。しかし、彼は交通手段として最寄り駅を利用せずに1つ遠い駅まで歩いてから乗り、そこで切符の料金か何かを母親から受けたお駄賃すべてを支払って50円損したということで、彼は母親から怒鳴られた。母親に対して、彼は一つの事実提示を「嘘だった」とかと撤回したり、「バカで結構だよっ」とふざけて反撃するなどしていた。その度に母親は彼に反論した。後者に「結構じゃない!言うこときかないし、お金まで無駄にして!」と母親は反論した。弟と母親の醜い喧嘩の裏で、私は音楽制作などの作業を続ける。なお、50円損したとする母親の発言は、その事実性を私が検証すると、実際は片道30円(往復60円)であった。この仕掛けは、起点の駅から数駅分が均一の運賃であり、もし彼が目的地まで1駅近いところまで歩いて乗れば30円浮くが、実際に彼は母親が想定したお駄賃を支払いきったので、その観点で最低でも30円損をしているということになる。もともとの想定額が支払われたに過ぎないが、彼が歩いた時間の分に母親は家で待たされたようなものだし、彼が指示された内容・正規・通常の行為から逸していたことに、母親は苛立ったろう。この母親が低劣な親だから、その息子である彼が異常行為をするし、何度も似たような過ちを繰り返すと思う。彼らは18時台の夕食・20時50分台からも、何らかのきっかけで先の件の諍いを再開する。



2019/05/14

本日5月14日は前日21時49分にPCをシャットダウンして就寝し、1時40分に夢精で目覚めて起床した。



2019/05/15

本日5月15日は前日16時42分にPCをシャットダウンして就寝し、1時38分に起床した。



2019/05/16

本日5月16日は前日22時22分にPCをシャットダウンして就寝し、4時19分に起床した。5時42分から風呂(シャワシャン)の準備を始め、7時22分に自室へ帰った。11時29分から便意のためにトイレへ入り、3個の小サイズのものを排出した。13時57分からも同様。



2019/05/17

本日5月17日は1時44分にPCをシャットダウンして就寝し、5時28分に起床した。11時23分から便意のためにトイレへ入り、計8個の小・中・長サイズのものを排出した。19時5分から便意のためにトイレへ入り、3個の小サイズのものを排出した。風呂(シャワシャン)の頻度を、豊橋での引きこもり生活として過去に類を見ないほどに上げているが、皮膚・表皮の痒みに関連した蚯蚓腫れ(ミミズ腫れ・みみず腫れ・みみずばれ)が顕著となり、幼少期のアトピー性皮膚炎の症状(母親が口頭で言い続けた記憶に限定され医師の診断を直接見聞きしたわけでない)を連想させる。心身は神経質(俗語・エセ精神医学用語。多義・曖昧。精神と肉体の相関的な側面を精神医学と神経科学などの立場で証明したという研究は無いか考えることも有るが日本語で調べても普通は得られない)になりがちである(表皮に限っていえばどういう露出度・衣服の薄さでどのくらいの清潔さのどのようなイス・寝具に接するか分析が必要かもしれない。煩瑣を避けたい。服装は肌着状態が多いとでも書いておこう)。引きこもり生活で重要なことは「来るべき危難=自然災害や経済恐慌による野宿・ホームレス生活・避難所生活に耐えられる精神修養・肉体強化」であると私が考えるにもかかわらず、私は自ら逆行している。2019年2月の医学記事を参照されたい。

当記事注: 「アトピー」の文字列を含むいくつかの文章の例を引用する。

アレルギーは、昔「アトピー性皮膚炎」の診断をされた。…2012-14/MM/DD

腫れるというと、小学生の頃はアトピー気味で、痒くなりやすい上に掻いたらミミズ腫れ?という単語が浮かぶが、それが小学校高学年ほどまで顕著であった。
一般的には尋常ではないため、同級生がそれを見るとかなり不安げに気遣う(?)こともあったが、自分としては昔からのことであり、その度に問題ないことも話した。
今では掻いても腫れなくなったため、今回の牛乳パック落下の件で腫れたことは、ある種の懐かしさもあった。…2015/07/15

7月15日動画の説明文にて過去のアトピー性皮膚炎の症状について触れたが、これは少し爪を立てると出来るミミズ腫れを例に出しているが、これより悪質ではないかとさえ思えてならない。また、同動画内に語られる「そ~っと動かした膝をぶつけて激痛に受身を兼ねて倒れ悶絶した後には小さい痣が出来た」それと比べ、今回の弟による「暴力」はどれほど痛いものか問いたい。…2017/07/17

右腕には4歳~小学生(主に10歳まで)の時のアトピー性皮膚炎様(よう)の腫れ(みみずばれ・ミミズ腫れ・蚯蚓腫れ・膨疹・蕁麻疹?発疹?)も見える。当時は精神的に気にしなくても、少し爪を立てて掻けば腫れたし、痒くない時でも強い刺激(縄跳びの縄が当たるなど)で腫れもした。中学生以降はそうでなくなり、今に至る。今の腫れは小学生当時ほど顕著でない。…2018/08/31


当記事注: 無理にかきむしることがされた後の身体部位を5月19日20時台に撮影した。ミミズ腫れの症状が顕著である。



2019/05/18

本日5月18日は0時45分にPCをシャットダウンして就寝し、3時57分に起床した。7時42分から便意のためにトイレへ入り、1個の中サイズのものと1個の長いものとを排出した。13時5分から便意のためにトイレへ入り、1個の長いものを排出した。14時49分から便意のためにトイレへ入り、2個の細めの長いものを排出した。



2019/05/19

本日5月19日は前日18時37分にPCをシャットダウンして就寝し、3時38分に起床した。5時22分から便意のためにトイレへ入り、1個の中サイズのものを排出した。8時36分から便意のためにトイレへ入り、軟便を排出した。13時54分から母親が徒歩で外出した。

弟が14時台と17時台に炊飯を行った(就労支援関連の動向の無い彼はほぼ毎日朝の時間帯に炊飯をするが4時間で2度の炊飯をすることは無かった)。それから1階リビングに居続ける彼は18時0分から、先週の同じ曜日・同じ時間帯と同じくポケモンのアニメ(アニポケ)を視聴している(どちらかというと彼は料理中)。彼が自発的にポケモン関連番組(土曜日朝の情報番組を含む)を見ることは2019年以前に無かった、と思ってよい(2019年1~3月中に彼は一度BSで映画ポケモン再放送をTV画面に映していたようだが短時間のみであったしその間でさえも彼がトイレにいるなどでまともに視聴していたとは考えづらい)。そう思ったが、もっとTV音声を確認すると、今日の場合はちびまる子ちゃんの方であった。参考までに母親による芸能スクール通い以前の母親は、ほとんどバンキシャ!かちびまる子ちゃんであった。18時58分に彼は2階に上がったが、今までの30分に私は彼の様子に興味を向けず、執筆や調査などの作業をしていた。なお、本日の私は母親が外出中で風呂(シャワシャン)を行う余裕があっても行わない。5月17日の日記メモに記される話が理由になる(この愛知県豊橋市に供給される水資源ある「宇連ダム」の貯水率が0%であるというニュースを17時に見てわざわざ入ろうという意欲を起こさないことも理由になる・弟は14時台のその炊飯時に風呂に入っていた)。



2019/05/20

髪の結び目(玉結び)2つ。上側の1つは、そこから3分して切れ毛となる。これら現象は2013年から頻繁に観測される。

本日5月20日は前日21時14分にPCをシャットダウンして就寝し、3時3分に起床した。母親が先週の同じ曜日・近い時間帯に買出しから帰った時と同じような状況であるが、今回に弟は起きていて彼が母親の手伝いをした。冷蔵庫内が過剰収容となるので、1L牛乳パック未開封のものを開けて飲むようにし、300mlほどが6時までに飲まれて大腸の活動が高まり、「ピーッ!」「ブボボビギッ!」といった激しい音を伴うガス放出・おなら・屁を発生させる。9時46分から怪しい便意のためにトイレへ入り、軟便(計5発。最後の1発は下痢に近い)を排出した。14時8分にPCをシャットダウンして就寝し、16時50分に起床した。



2019/05/21

本日5月21日は前日22時台に寝落ちして1時2分に起床した。3時47分からPCをシャットダウンして就寝し、8時9分に起床した。



2019/05/22


本日5月22日は前日22時2分にPCをシャットダウンして就寝し、3時8分に起床した。3時30分台に私がゴミ出し前の炊飯準備をしようとすると、母親が母親の自室で足音を発てだした。炊飯準備中には弟が弟の自室で物音を発てだし、1階に降りた。3時40分から私はゴミ出しの外出を行って2分以内に屋内に戻ると、母親が2階で発声トレーニング(ボーカルトレーニング)もどきのマヌケな声をあげながら掃除機を掛けだすなど、キチガイ状態で地獄のようだった。5時12分から風呂(シャワシャン)の準備を始め、6時45分に自室へ帰った。

9時45分から裁縫を始め、10時16分に終わった。対象は「緩いレディースのスキニージーンズ1点」のみであり、その部位は「ビリッと裂けた (cf. 2017-12-15メモ) 最下部」である。14時23分からPCをスリープ状態にして仮眠を取り始め、15時48分に夢精で目覚めた。眠りながら意識がある私が夢の中で性的な画像(歓楽街の中にイラストと文字のある看板、青地黒字で「ヤンイケ ヤン女装」とかと書いてあって英語圏でchemise, slipと呼ばれる下着・肌着類を着ている男娼の美少年が誘惑の微笑を浮かべている)を見たことで夢精が発生しそうに思っていたため、予防をした私はパンツに少しばかりの範囲の被害に抑えることができた(射精の最中に枕もとのトイレットペーパーを取り出して多くそこに発した)。本日は5月12日から10日ぶりにオナニー射精をして夢精対策をしていたばかりであった。



2019/05/23


本日5月23日は1時29分にPCをシャットダウンして就寝し、6時6分に起床した。8時50分ころから眠さが強まってPCの前で横になりながら昏睡状態であり、30分以内に意識を取り戻してPCをスリープ状態にして押入れに入った。それからそこで12時57分まで眠った。15時台に「ラーメンwith冷え水スープ」を食べた。自室冷蔵庫で水道水の保管をする習慣が定着したので、今夏はこのような料理を食べ続けるであろう。昔から料理についてはできたてのものを好んでいたので、2012年ころなどは暑い夏でもできたての熱いラーメンを食べることが多かったが、引きこもり生活の中で冬でも夏でも料理を常温放置して数時間おきに食べることに慣れたので熱い料理の必要性が漸次に減り、今ではラーメンが冷たいということについて嫌う必要もなくなった。20時55分からPCをシャットダウンして押入れに入り、22時56分にそこから出てPCを起動した。



2019/05/24

本日5月24日は寝ていない状態で日を越して至る。前日の20時台から1階リビングに居座ってテレビを見ていた母親は弟に夕食を与えずにおり、本日の0時0分台に2階に上がったが、0時50分から1階リビングで掃除機を掛け始めた。母親が母親による昼夜逆転生活でこのような傾向にある。1時半までに母親が風呂に入ったろう。

5時58分にPCをシャットダウンして就寝し、10時58分に起床した。弟は、ぞれ以前から1階リビングにずっといる。彼は11時台にテレビを付けたまま、面白そうにアンパンマンを視聴している。11時25分に再び彼の様子を確認するとBSの中国ドラマにチャンネルが変えられたようである。5月23日に私が彼の部屋に入った際、今まで利用されていなかった「夏休み勉強ノート」という題目のノートブックの1ページ目は彼によって中国語のフレーズが5月中に漢字・カタカナで書かれていた状態を見た。彼には四声・声調・トーンの概念も無ければ、「概念の名称を学ばずにネイティブの子供のように実際に耳で聴いて感覚を得るといったこと」も不可能であろうが、彼を問題視すべきでない。話を戻すと、母親が昼夜逆転までは韓国ドラマを多少の頻度で見ることがあったり、今も東方神起の音楽を好んでいるように、弟は芸能などの大衆文化の範疇で中国へ関心を持っているかもしれない。どちらも身近に中国人や韓国人に接せず(仮に学校の同級生に中国人・韓国人がいても深く関与するわけでなかろう。そもそも母親も弟も今は無職であるし知り合いもロクにいない)、俄かに関心・興味を持ったに過ぎなかろう。なお、彼は11時35分から11時53分までテレビを付けっぱなしでトイレに居続けていた。14時43分から便意のためにトイレへ入り、1個の長サイズのものを排出した。0時台に続いて本日17時台にも母親は2階で掃除機を掛け始めて1階にも及ばせた。母親が掃除した後の玄関に、埃の塊が2個転がっていた。15時から18時までに弟が1階トイレを利用する際、彼は異様な独り言をしていたが、20時26分、彼は俄かに彼の自室の窓を開けて「(聞き取り不能だがモーラ・母音を表記するとXoXoXiXuXa, XaXaXiXa)せーん!」という怒気を含んだ大声を発した。母親も弟も狂乱している。知的障害を持つ弟・彼は「静穏な時の癇癪、あるいは癲癇発作(てんかん発作)」の症状を持つようになったか?21時8分から便意のためにトイレへ入り、1個の長サイズのものと下痢を排出した。22時5分からも便意のためにトイレへ入り、軟便を排出した。



2019/05/25


本日5月25日は0時20分にPCをシャットダウンして就寝し、6時45分に起床した。10時4分から便意のためにトイレへ入り、1個の小サイズのものと2個の中サイズのものを排出した。10時9分から風呂(シャワシャン)の準備を始め、11時15分に自室へ帰った。風呂(シャワシャン)自体を始める前に自室の窓の状態を見ると、「或る方角の窓」の障子のレールに謎の昆虫 (insect) がいた。全長7mmほどでゴキブリの幼体だと思われそうだが、同サイズのクモ程度の速さで動く。これを生け捕りにして「どこかへ」逃がした。13時33分から便意のためにトイレへ入り、1個の中サイズのものを排出した。



2019/05/26

未使用 ポリウレタン 加水分解
未使用バッグ ポリウレタン 加水分解

本日5月26日は前日19時55分にPCをシャットダウンして就寝し、1時58分に起床した。13時23分から母親が徒歩で外出する前に私は「2時(14時)になったらバルコニーの洗濯物とりこんでね」と指示された。13時40分台から1個の敷布団カバーと1個のパンツのために洗濯機を作動し、13時58分にバルコニーの洗濯物を取り込み、14時0分台に浴室でシャワーと毛を剃る行為とをした。先の私が行った洗濯物を14時30分台にバルコニーに干し出した。作業の合間に何かしらの清掃などをしてきた。本日9時以降に外出していた弟が14時40分に家の前に着き、14時52分まで彼は家の前でフラフラと立往生をしながら独り言をしていた。彼の部屋を先の時間に見た際、彼の机の上に「ユダヤ人」という名の初版平成28年の本があった。これは Hilaire Belloc という人物の著作"The Jews (first edition は 1922)"を翻訳したものだという。彼はこれを市内の図書館で借りた。16時台、「2013年に母親が勝手に私へ買い与えた衣類・カバン類のうちの一つである手提げ・トートバッグ風のカバン・鞄」は、合成皮革素材の部分が風化していた。いわゆるポリウレタンの加水分解の類である。未だに外での使用を経験しないこのカバンは、このような状態となっており、母親が無駄な投資ばかりをする傾向に、改めて呆れる。中学生のころから「目的性による物の良し悪し」の分別ができている、精神的・知能的に自立した子供との相性が悪い、母親である。弟は16時台から18時18分まで外出していた。19時45分からPCをシャットダウンして就寝し、22時40分台に夢精で目覚めた。23時5分に母親が帰宅した際、母親の独り言の内容は複数の他者への攻撃性を含んでいて険悪だった。

当記事注: 「あなたはダメな子じゃない(子育てに失敗した?)」という名の本(著者は長谷川博一)は、「ユダヤ人」の本を弟が返却して以後の2019年6月3日に弟の部屋で見られた本である。おそらくその前日か前々日に彼は母親にそれを見せたろう。ISBNなどは書かないでおく。



2019/05/27

本日5月27日は3時40分からPCをスリープ状態にして仮眠を取り始め、6時55分に目覚めた。前日メモの末文についてだが、本日の母親が私に発した言葉に言葉遣いが、前日当時のものと似ていた。端的にはそれらが幼児退行の一種であるように感じた。険悪であることは、それらの言葉遣いからも感じ取られたろう。前日の私は清掃関連で鼻水の症状があって本日も午前中は継続していた。だいぶおさまってからの、15時12分、近所の作業場(自称・工芸)に停まるトラックから高い濃度の硫黄・硫化水素H2Sの臭い(腐卵臭)が自室に流れ込んできて鼻水の症状が復活しかけた。トラックが2分程度すさまじい轟音と振動とを起こしてもいた。前の家の隣に位置したK, 資材置き場レベルの酷い騒音・公害をもたらすことで、彼らは集団ストーカー加害者級の組織性が想定される。前の家に限っては住宅街の中に存在しない場所であってがどうのこうの。



2019/05/28

本日5月28日は前日23時56分にPCをシャットダウンして就寝し、5時58分に起床した。30時間ほど常温放置(および再加熱や湯注ぎ)を繰り返されたご飯(スープでもある)を食べた。菌の風味と酸味があり、便意が強まった。8時6分から便意のためにトイレへ入り、1個の小サイズのものと5個の中サイズのものを排出した。2019年4月25日の日記メモに201904242222写真が載っており、写真を撮った当時の私に「右手の指の爪のみに隆起がある(そのことと同時に窪み・横ジワ・横皺がある)こと(左手の爪には発生していない)を示す意図」があったという。今、右手の指の爪を見ると、親指や人差し指の爪における「窪み・横ジワ・横皺」は、爪の成長に伴ってか、上方に移っている。



2019/05/29

本日5月29日は前日22時49分にPCをシャットダウンして就寝し、5時50分に起床した。



2019/05/30

本日5月30日は前日22時51分にPCをシャットダウンして就寝し、4時42分に起床した。7時5分から風呂(シャワシャン)の準備を始め、8時33分に自室へ帰った。14時30分ころから母親が発車して外出した。22時3分に母親の車が家の前に着いた。



2019/05/31

本日5月31日は前日23時11分にPCをシャットダウンして就寝し、5時22分に起床した。私が起きる前から母親は風呂を出て2階でドライヤーを使っているようである。7時台に弟が外出して30分程度で帰った際に母親から風呂に入るように言われて彼は行ったが、風呂場・浴室のドア・折れ戸を開けっ放しにした。「風呂場から出た後に閉める。それ以外の時は適宜に開ける」という情報を、彼は混同していたようである。母親に彼は叱られた。30分ほどそういうことがあった後の彼は不機嫌な独り言をしながら1階で朝食を取ったようである。母親はその後も眠らずに9時台から1階リビングに居座ってテレビを見る。10時17分に家の前にワゴン車・バンが停まり、母親がインターホンで応じて弟が配達物を受け取った。配達員の男性であり、その外見はキャップ・白い不織布マスク・黒い長袖シャツ・ベージュチノであった。12時50分までの2時間に弟が3回もトイレに入ったが、私はその間、尿意をこらえながら執筆とそのための調査をした。13時6分にも彼はトイレに入った。