2019年2月3日日曜日

現代日本語・口語における述語表現の省略 ~ 経緯・場面 (scene) による相対性

〇少し前置き

日本語で「何これ・これ何 vs. これは何ですか?」というような述語(動詞が文の必要な構成要素となる在り方)を欠いた表現の許容は、古今東西、見られよう。
梵語(サンスクリット及びパーリ語をはじめとした古インド・アーリア語)では、存在動詞やコピュラ動詞(梵語asti, ラテン語est, 英語isなど ある・いる、である・だ・なり)が額面的に用いられない文が多いことは日本語と似る側面がある(梵語の典籍からは基本的にコピュラ用法が見られない)。
また、梵語では、動詞の派生語で本来は述語たりえない分詞のうち、過去分詞(厳密には過去受動分詞"past passive participle")をそのまま述語のように使うことも多い(英語で過去分詞"past participle"は必ずbe動詞・コピュラ"copulative"・存在動詞を伴う。他の場合は単純過去形"simple past"と語形が同じことが多いのみで過去分詞と単純過去形は別の文法概念)。

今回はそれらのことと比べて、より日本語における「文法的単純さにおける多義性」が窺える例を探ってみる。
「述語表現の省略"omission of predicate"」がされた日本語の表現からは、存在動詞やコピュラ動詞以外の動詞の意味を見出すことができる。



〇表題の通りの話題

現代日本語・口語では述語表現を省いて「〇〇は××」や「〇〇(呼びかけ)、××」という文例が多く見られる。
そのうち、しばしば「ウナギ文」として「ぼくはウナギ(だ)」という文例が挙げられることは、「ぼく」という一人称代名詞=話し手が「ウナギ」を目的語に取り、その目的語「ウナギ」を要求するという文脈で解釈されている(I order unagi; eel as food)。
つまり、飲食店で「ウナギ(うなぎのかば焼き・うな重など)」の料理を注文するという場面で用いられたならば、当然その意味で解釈されることが自然であるという。
そのような場面が想定されるならば、よりシンプルに「ぼくウナギ」とか「ウナギ!」とだけでも通じてしまう(ただし「ウナギ!」だけでは先に他の人から「あなたの注文は何か?」という趣旨の問いが向けられねば発話者自身がそう発話することは一般の言語能力から発生しづらく思う)。
この場合、省かれた述語は「~を要求する・~を求める・~を注文する(~が欲しい)」と想定される。

また、簡潔な自己紹介や他人を紹介するフレーズの場合に「ぼくは××」、「わたし××!」、「あいつ××」など(助詞"は・が"の有無は口語が用いられる場面ごとに分かれるためここでは不問)と表現される。
この場合、省かれた述語は「~だよ(である)=~という状態の人物である(I am... 他)、~という名である(My name is... 他)」と想定される。

それに限らず、現代日本語・口語では述語表現を省いて「〇〇は××」や「〇〇(呼びかけ)、××」という文例が多く見られる。
どのような状況でどのような述語が省かれたか、個別に考察されるべきである。
「〇〇(呼びかけ)、××」とは、「お姉ちゃん、お菓子」とか「父さん、お酒」とかとなる。

「お姉ちゃん、お菓子」とは、肉親としてのお姉ちゃん(血縁関係が有る者)であれ近所のお姉ちゃん(血縁関係が無い者)であれ一般的な年上女性のことであれ、話し手が「お姉ちゃん」と呼ぶ人物にお菓子を求める言葉になると想定される。
しかし、反対に、話し手が「お姉ちゃん」と呼ぶ人物に対してお菓子を捧げる意思表示とも想定される。
前者であれば、省かれた述語は「~を要求する・~を求める・~を注文する(~が欲しい)」となる。
後者であれば、省かれた述語は「~をあげる・~を与える・~を捧げる(推量・希求の形~を与えよう、でも可)」となる。
想像図「前者・後者」
後者は呼びかけの対象とされた人物・事物の名を主語に変えて「〇〇は××を受けよ(受動態命令形"passive, imperative mood")・受くべし・受くべきなり(受け身の推量形または動詞的形容詞ジェランディブ"gerundive")・お受けください・受け取りますように(受動態願望法・希求法"passive, optative mood")」のようにしてもよい。
いずれにせよ、やはり実際に用いられる言葉ならば、当然、その場の経緯が重んじられ、その場限りの意味で取る必要がある。

ここでもし、「お姉ちゃん」と呼ばれる人物が、前者とも後者とも解釈せずに「お姉ちゃん、お菓子」という言葉を、冒頭にも挙げられた「存在動詞やコピュラ動詞(ある・いる、である・だ・なり)」を補って「お姉ちゃんはお菓子(という存在)なんだね」と解釈して「お姉ちゃんはお菓子じゃありません(お菓子という存在ではない)」などと返答したらば、話し手にとって予期しない反応である。

「父さん、お酒」についても、後者の場合とその解釈で省かれた述語は「~をあげる・~を与える・~を捧げる(推量・希求の形~を与えよう、でも可)」となろう。
話し手が「父さん」と呼ぶ人物に対してお酒を与えようとする(容器に注ごうとする)ために言葉を発するならば、その「父さん」が用いる酒の器(お猪口・グラスなど)を差し出すように頼む言語表現ができる。
つまり、「父さん、器(お猪口・グラスなど)」と言えば「父さんたるあなたは器(お猪口・グラスなど)を差し出してください」という意味で解釈される。
ただし、その場の経緯が同じである時、反対に言語表現は前者のパターンに変えることもできる。もし、一連の行為が餅つきのように頻繁に反復されるならば、もっと単純な「とうさけ(略とうさんおさけ)」という記号的表現が可能である。
究極的に、「はい」とか「それ」とかという1・2音節程度の語でも問題が無い。



「〇〇(呼びかけ)、××」の例を二三に挙げたが、この「××」は物品・物体の名詞に限らず、動詞由来の名詞・行為名詞(nomen actionis)にも適用できる。
その場合、想定される場面は「行為の指示・提案」となる。
誰かが「ケン(呼びかけ)、掃除」と言えば「ケンという名のあなたは、掃除をしなさい(サ変動詞の命令形: 掃除せよ)」という指示(命令)を意味する状況が想定される。
誰かが「ユータ(呼びかけ)、バトル」と言えば「ユータという名のあなたは、俺と一緒にバトル(何らかの対戦行為)をしましょう(しようぜ、サ変動詞の命令形: バトルせよ)」という提案を意味する状況が想定される。
※話は逸れるが、この2例は「ケンという名のあなたは、俺と一緒に掃除をしましょう」、「ユータという名のあなたは、誰かへバトルを仕掛けなさい(サ変動詞の命令形: バトルさせよ)」と指示と提案とが逆転した状況が想定されることも有り得る。

なお、先の「お酒」でさえ、単なる物品の名詞であるのみならず、お酒を注ぐ・お酒を飲む(呑む・飲酒する)といった、名詞自体に行為との関連を見出せる単語である。
その傍証として、現代の英語の動詞"to drink (ドリンク)"は酒(an alcoholic beverage)を目的語に取らず自動詞"intransitive"で用いることができることを参照されたい。
「お酒」のみならず、名詞が物品・物体を示す場合、潜在する行為の性質があるとすれば、概して「それを与える"to give it"・それを求める"to want it"・それを用いる"to use it"」ということとなる。
名詞が物品・物体ではなくて場所を示す場合、潜在する行為の性質があるとすれば、概して「そこにorへ訪れる・行く"to visit; go there"」ということとなる。
※当然のことながら、場所と物体との区別は主観的・相対的であり、本質的・絶対的に区分される基準は無い。「店の類(百貨店・飲食店・デパート・レストランなど)」は建物として物体だが、行き先=目的地(destination)などの用法がある以上、「場所」概念"where; place; location"として認識される。インド・ヨーロッパ言語の格変化に処格"locative"があることに同じ。



「〇〇は××」や「〇〇(呼びかけ)、××」という日本語表現について、簡潔に言えば「物品の要求・物品の貸与・行為の指示・行為の提案を意味する述語が省かれた現象」となる。
インド・ヨーロッパ言語のうち、梵語や古典ラテン語よりも主語・述語をきっちりと表現する傾向にある近代英語では、以下のように一般的なフレーズによって表現される。

"Give me *** (ギブミー名詞ナントカ)"
"I give *** (アイギブ名詞ナントカ)"
"Please *** (プリーズ名詞ナントカ)"
"Let us *** / Let's *** (レッツ動詞ナントカ)"
※英文中の"***"および「ナントカ」は、先例の「××」に対応する。

これらフレーズにおいて先の「『お姉ちゃん』、お菓子」とか「『父さん』、お酒」といった例文にあるような、人物の呼びかけ(その文例の場合sister, my fatherなど)を伴うことは必ずしも多くないという側面も注意すべきである。



ここまで「述語表現の省略」とか「述語が省かれた」とかと書いてきた。
言語学的にこの現象が「省略"omission"もとい削除"deletion"(単に省略というと短縮・縮約"abbreviation; contraction"と混同されるため削除に言い換えよう)」か、「ゼロ化(ある語が形式上は無いが意味上は有る)」かといえば、やはり「省略もとい削除」であろうと思う。
当記事で扱われた「述語表現の省略」は、日本語文法で規範的に確立されておらず、口語のうちでも偶発的で気まぐれな表現に過ぎないと判断し得るためである。
一方、「ゼロ化」は、もう少し歴史的蓋然性が有ったり特殊な必要性を伴うと判断されるべき現象である・一言語内で標準的であると、私の脳内にある複数の例(ゼロコピュラ"Zero copula"など。当記事で詳述せず)から考える。

2019年2月26日に当記事のためのイラストを描き、後に掲載した。
そこで「前者・後者」の解釈の記号法が示され、ゼロ記号(ヌル記号。または空集合 empty setに同じ)を用いる。

 その解釈法の記号表記
 ∅S (null-subject) + A (○○) + B (××) + ∅V (null-predicate か null-verb)






起草日: 20190118

絵・音楽・執筆にブランクの傾向がある中、当日(上記日付)、俄かに記事の案が浮かんで必要相当にまとまったため、起草し、4,000文字ほどを打った。
この記事であっても『言語は、用いられた時「限り」の「仮初め(ラテン語ad hoc = for thisが英語でアドホック・「その場限りのもの」となるような意味的共通性がある)」の意味しか無い』という「定性"definity; definiteness"」を示す内容となっている。
それは言葉の真理を志向する者が、当記事ならびに日常生活の言語表現を気を付けているならば、自然と分かるに違いない(私が説き示す定性などのことが真理だという意味でない)。

また、当記事における文例「お姉ちゃん、お菓子」は、当然、読点で区切って呼びかけの表現として「お姉ちゃん」がいるだけであり、「お姉ちゃんお菓子」という名のお菓子(合成語・複合語"compound")として解釈されることが無いように仕向けてある。
「お姉ちゃんお菓子」という名のお菓子については、合成語・複合語"compound"解釈と関連するが、それは複数の2017・18年の記事(1, 2, 3)に詳述されている。
複合語解釈の例として依士釈(タットプルシャ)「お姉ちゃんによって調理されたor創作されたお菓子(お菓子byお姉ちゃん)」や「お姉ちゃんが有するお菓子(お菓子ofお姉ちゃん)」や、持業釈(カルマダーラヤ)「お姉ちゃんという名のお菓子(お菓子theお姉ちゃん)」や、「お姉ちゃんのような見ためor味or香りのお菓子(お菓子likeお姉ちゃん)」などがある。
「お姉ちゃん、お菓子」として読点で区切っている状態であっても、「お姉ちゃん、それと、お菓子(お姉ちゃんandお菓子)」のように何か連想して並列したり、目の前の事物を並列したりする状況も想定されることは有り得る。

「そもそも論」だが、文"sentence"が何であるかの形式的説明は、その最小限の要素について「主語と述語"subject and predicate"の構成だ」、「名詞句と動詞句"NP and VP (noun phrase and verb phrase)"の構成だ」、「内容語と機能語"content word and function word"の構成だ」と一般的に言われている。
当記事の例文は、いわゆる非文・「内容語の羅列」と、その形式・規範の観点でみなされる。
別の観点では文としての機能があること、異なる発話者の言葉が一文を作ること、行動言語を含めて音声言語が一文を作ることなど、巨視的な文の構造を示すことも可能である。

※単に形態論と言語類型論の範疇で考えれば孤立語"isolating languages"・分析的言語"analytic languages"(漢文や現代の英語が典型的)のように語幹の羅列であっても語順"word order"に依存しながら、名詞でも動詞でもその意味を取ることができる。もちろん、それは日本語の文法規範に有り得ず、語順に依存せずに「お菓子、お姉ちゃん」でも、既述の「お姉ちゃん、お菓子」の意味と同様に取ることが可能である。e.g. 「お菓子(B対格)(∅V=一人称動詞:欲しいよ)お姉ちゃん(A呼格)」、「お菓子(B対格)(∅V=一人称動詞:あげるよ)、お姉ちゃん(A与格)」

当記事の例文に「お酒」を持ち出した筆者は今月(起草日の月)で22歳になるが、20歳になってからの2年でお酒の類・アルコール飲料(日本酒・ビール・ワイン・ウイスキーなど母親は飲むようなもの)を一口も飲んでいない(記憶が確かな限りは)。
筆者の近況については、日記メモまとめ記事をご覧になればよい。



2019年2月3日、「現代日本語・口語における述語表現が変容して存在する文法 ~ 感情表現・幼児語の正統性」という関連記事を起草した。
それは随時に投稿される。
Permalink: https://lesbophilia.blogspot.com/2019/02/indirect-verbs-in-japanese.html
語用論"pragmatics"

0 件のコメント:

コメントを投稿

当ブログのコメント欄は、読者から、当ブログ記事の誤字・脱字の報告や、記事の話題に関する建設的な提案がされる、との期待で解放されていました。
しかし、当ブログ開設以来5年間に一度もそのような利用がされませんでした (e.g. article-20170125, article-20170315, article-20190406)。
よって、2019年5月12日からコメントを受け付けなくしました。
あしからず。

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。