2017年11月20日月曜日

訛らないパーリ語句"Brahmā (Brāhmaṇa)"や"Bhadra (Bhadda)"の謎と経典編纂の光景

パーリ語の経典(元来パーリは聖典の意)を見ていると、部分的な語彙がサンスクリットもといヴェーダと比べて「訛り(二重子音の単純化・長子音化=促音便・撥音便)」となっている。
しかし、中でも"Brahmā (ブラフマー、語幹Brahma)"や"Brāhmaṇa (ブラーフマナ、婆羅門・バラモン)"という語句は全く訛りを見かけない。
例えば、サンスクリット語の"Bhadra (形容詞や語幹となり賢・善・吉祥などと訳)"は、パーリ三蔵を見ると、ある時に"Bhadra"であり、パーリ語らしい促音化をした"Bhadda"と混在している。
パーリ三蔵における"Bhadra"の例は、スッタ・ニパータ5章の対告者の一人バドラーヴダ"Bhadrāvudha"などがある。
促音化"Bhadda"の例は、釈尊在世で最後に弟子入りした須跋陀羅・スバドラ"skt: Subhadra"がスバッダ"pl: Subhadda"、跋地羅諦偈(ばつじらたいげ・古語発音バッディラタイ)・賢善一夜・賢善一喜・一夜賢者・吉祥染著・祥染はバッデーカラッタ"Bhaddekaratta (Gāthā・偈)"と言う。
上記は語中draがddaと促音化した例であるが、語頭であればpra-という接頭辞がpa-になることが有名である(般若prajñā プラジュニャーまたはプラギャー → paññā パンニャーなど)。

同じようにブラフマー"Brahmā"も、パーリ語ではバフマー *Bahmāとか、バンマー *Bammāと二重子音の単純化や撥音便などが生じているであろうが、そのような例をパーリ仏典より見出せない。
なぜ、このようにブラフマーのみ訛りが生じないか?
やはり高尚な概念で、釈尊在世の人々や経典結集までの仏弟子になじんでいたからであろうか?
その前提であれば、「パーリ語は仏の用いた言語」説や、反対に「パーリ非マガダ語」説は共に肯定できる。
「パーリ語が仏の用いた言語である」という説について、ブラフマーという重要な語句などはしっかりと当時の人々が発音していたという理由で肯定できる。
80年代以降の日本仏教学の一般論で、「パーリ語(仮名)という口語が釈尊在世の下位カースト(梵ヴァイシャ・巴ヴェッサ、梵シュードラ・巴スッダの2種)の人の口語だから釈尊(通称ゴータマ・ブッダ)も教化の為に用いられた」という見解を尊重する。
一方、「パーリ語が仏の用いた当時のマガダ語(解明されていない古代言語)でない」という説は、ブラフマーの発音が普通のパーリ語やプラークリット・方言で有り得ないという理由で肯定できる。
ここでは、後者の説の理由について検討してみる。

※現代のインドのヒンドゥー教徒の間で「ブランハー、ブランハナ(Bramha, bramhana?)」といったような発音がされていることについても一考の余地はあるが、当面は措いておく。



まず、「普通のパーリ語やプラークリット・方言」とはどのようなものであるかは、現代に伝わるパーリ語経典とプラークリット文献から考えればよい。
以前、パトナ(パータリプトラ)近辺やガンダーラの「ダルマパダ"Dharmapada"」を参照した時のように調べてみよう。
ダルマパダ二本にも、パーリ語ダンマパダ"Dhammapada"のように婆羅門・ブラーフマナに関する章が設けられており、パトナは"Brāhmaṇa"、ガンダーラは"Brammaṇa (ブランマナ、文字の特性上で元は長音ブラーンマナか?)"とあり、後者に-hm-個所の撥音便が見られる。

プラークリット文献での調査は、これを限界とし、続いて英語版Wikipedia"Pali"を参照する。
パーリ語に関して学問的な立場で何らかの情報が書かれていることを期待して参照すると、かなり耳寄りな情報があった。
Following this period, the language underwent a small degree of Sanskritisation (i.e., MIA bamhana > brahmana, tta > tva in some cases). [出典: K. R. Norman 1983]

私訳および誤記修正: この期間に続き、パーリ語はある程度のサンスクリット化を受けた。すなわち、中期インドアーリア語 (MIA, Middle Indo-Aryan)の Bamhaṇa が Brāhmaṇa となり、時には動詞の絶対詞(連続体)を作る ttā が tvā となる。 ※修正はインターネットで見つけた原典"Pāli Literature"にならった。

学問的に見るならば、現代にパーリ三蔵として伝わる言葉は、釈尊が往古に用いた言語から何らかの改良が加えられたものと推定される。
ブラーフマナとかブラフマーといった発音は、紛れもなく、元々のパーリ語と思われる古代言語で用いられなかったろうが、僧団・仏教教団の身近にサンスクリットやヴェーダの言語に堪能な婆羅門がいてもおかしくないし、婆羅門からの供養だって釈尊が多く受けられたように、後の僧団も婆羅門からの供養を受けたろうし、僧団にも婆羅門出身の者は多かった。
時代のいつであれ、サンスクリット・ヴェーダの発音を聞き得たと思われる。
多くの神様・語句などには「訛り」の特徴を残しても、ブラフマーやブラーフマナなど一部の語句はサンスクリットへ後世に置き換えられたろう。



さて、仏教であるから、再びお経を見直そう。
パーリ長部27経"Aggañña Sutta"(起源経、世起経、漢訳長阿含経の小縁経)に、学問でいう「通俗語源説(民間語源"folk-etymology")」が見られる。
例として「カッティヤ"khattiya"(貴族・王族・武士、梵語クシャトリヤkṣatriya)は、ケッタ"khetta"(国土、梵語クシェートラkṣetra)の主であるからカッティヤという名声が生じた」、と階級・身分の語句の起源を釈尊がお述べになっている。
ここでブラーフマナは、「ブラフマン"Brahman"を得た者だからブラーフマナ"Brāhmaṇa"である」という一般的な認識を覆すような語源が説かれる。
‘pāpakā vata, bho, dhammā sattesu pātubhūtā, yatra hi nāma adinnādānaṃ paññāyissati, garahā paññāyissati, musāvādo paññāyissati, daṇḍādānaṃ paññāyissati, pabbājanaṃ paññāyissati. Yannūna mayaṃ pāpake akusale dhamme vāheyyāmā’ti. Te pāpake akusale dhamme vāhesuṃ. Pāpake akusale dhamme vāhentīti kho, vāseṭṭha, ‘brāhmaṇā, brāhmaṇā’ tveva paṭhamaṃ akkharaṃ upanibbattaṃ.

要約: 盗みや争いや嘘などの悪法をヴァーヘーンティー"vāhentī (√vahの使役形能動態三人称複数)"をする=人々の間より取り去るからブラーフマナ"brāhmaṇa"という名声が生じた。
※漢訳では長阿含経に「捨離衆悪、於是世間始有婆羅門名生。」、中阿含経に「此諸尊捨害悪不善法、是梵志。是梵志謂之梵志也。」とある。ちなみに上パーリの異本で"vāhentī"は"bāhentī (バーヘーンティー)"とb表記であった。

ヴァーヘーンティー"vāhentī"とフラーフマナ"brāhmaṇa"は、他の単語・語源説の例(khattiya, khetta; vessa, visukammanteなど)と比べても類似性が低い。
これは、本来のパーリ語において、ブラーフマナが、先の英語版Wikipedia (K.R.ノーマン説)にある*Bāmhaṇa バーマナ や*Bāṃhaṇa バーンハナ といった訛りの語句であったことを示唆していよう(余談だがBāmhaṇaはアショーカ王碑文ギルナールにおけるマーガディー語句にもある)。
ヴァーヘーンティとバーンハナまたはそれに類する訛り発音であれば、よく似る。
このように、パーリ三蔵の一部は歴史の中で、サンスクリット語句に置換されたと思われる。

※ブラーフマナ・ブラーンマナ、推定パーリ語のバーマナ・バーンハナはみな3音節であり、偈やシュローカといったで読む場合も、短音節"lahu 梵laghu"や長音節"garu 梵guru"の違いを気にしなければ問題が無い。日本語のモーラ・拍の等時性は3~6音節分となって差が出るのみである。
※そのほかダンマパダ388(ガンダーラ・ダルマパダ16)に「バーヒタパーポーティ"bāhitapāpoti"(悪を捨て去った者)」であるからブラーフマナ"brāhmaṇa"と呼ばれる、という教説もある。単語形は「バーヒタパーパ"bāhitapāpa"」となる。沙門サマナは「サマチャリヤー"samacariyā"(静かな修行、このサマは√śam由来)」の人であるという。これについても検討したい。調べ直すと、類似の教説はスッタ・ニパータ3章6経ミリンダ王の問いなど、多くの経に見られた→bāhitvā, bāhetvā, bāhitā...、いずれも√vah(運ぶ→使役形などで捨て去る・遠ざかるとも)同じ語根であろう。ググると辛嶋静志さんの英語論文が掛かり、パーリ語ブラーフマナの元はOIA (古インド・アーリア語)派生*bāhaṇa バーハナ などであろうとの提案が見られる。仮想語根√bāh (捨て去る)の過去分詞が*bāhita 名詞化が*bāhana といった調子になる。反舌n = ṇはBrāhmaṇaが訛った際の名残において有り得る。

先の、バドラ"Bhadra"とバッダ"Bhadda"が混在している問題については、柔軟に、「釈尊在世のある人物は自らバドラ発音を名乗ったり語を用いたりしたろう」とすればよい。
もしパーリ仏典に伝わる言語・・・パーリ語という形の一言語ありきではなく、釈尊在世のインドで広く用いられた言葉をそのまま伝えたものがパーリ=聖典であってその言語を仮にパーリ語と称するならば、発音が異なる同義語があってもよい(日本の方言が数あるように)。
しかし現状は、バドラとバッダ以外にほとんどそういった語句が見られない(あればチューラcūḷaとチュッラcullaあたりか?→梵チューダcūḍa 他に一部のdva発音で梵dvīpaが巴dīpaとなるもdvāraは梵・巴の変化が無い)。
これについても、柔軟に、経典編纂に当たってほとんどの語句の発音をパーリ訛りに統一したと考えてよい。
然れば、なぜ現代の第六結集まで、バドラ・バッダ混在問題が解決されなかったものか?
これについても、柔軟に、その時の人が何らかの理由を想定してバッダ転訛をせずに置いたと考えてよい。

・・・ちょっとテーラワーダのみなさん、もうフォローをしきれません。
「(現在に伝わるパーリ三蔵において)訛らないブラフマー」をテーマとして、「現在に伝わる形式のパーリ語」が仏の用いられた言語であるかどうか、考えていただきたい。

※バドラ・バッダといったサンスクリット発音とプラークリット発音との混在が、ほとんど見られないパーリ三蔵の言語は、語彙も文法もよく整っており、さながらサンスクリタ"saṃskṛta"・雅語と称し得る。文法・語形変化・格変化などについても、パーニニさんのサンスクリット文法と相違しなかろう。パーリ語の著述が多く残る5世紀のブッダゴーサ師の関与はあろうか。そのようにパーリ三蔵の言語は、後世の改良が有っても何らおかしくないと考える。例は記事の本題のように「ブラフマーに訛りが生じていないこと(仮説: 元はバーマーのように訛っていたものを後世にサンスクリットへ修正した)」である。もしサンスクリット形のブラーフマナや絶対詞(連続体)語尾tvā-などが南伝仏教の口伝された三蔵にもたらされたと仮定すれば、なぜそれらのサンスクリット形に置換する必要が有ったか、歴史学的に考察する価値があろう。学問の側面では、そのようにパーリ三蔵の変遷を推量・詮索する私である。信仰の側面では、教説が仏説であることについて疑う理由がない。当記事では、学問の一面として「戯論"prapañca, papañca"」をしてみた。



起草日: 20171023

当記事は「ブラフマー"Brahmā" ブラーフマナ"brāhmaṇa"」に訛りが生じないことに疑問を呈した。
答えを要約すると「パーリ語経典が現在の形に成り立つまでに本来は訛り発音だったものが全て正当なヴェーダ語・サンスクリット語のブラフマー"Brahmā" ブラーフマナ"brāhmaṇa"に置き換わった」ということであり、パーリ語経典(長部27経ダンマパダ388など)にある語源説からして本来のパーリ語伝承(釈尊在世プラークリット~仏弟子誦出~上座部口伝)の形は「バーハー *bāhā バーハナ *bāhaṇa」だったろう、ということである(K.R.ノーマンさんや辛嶋静志さんも同じ見解か)。
初期パーリ語のバーハーと後のブラフマーは2音節であり、初期パーリ語のバーハナと後のブラーフマナは3音節であり、偈ガーターの音節規定にも背かない。
語根√bāh (捨て去る) を仮想し、過去分詞が*bāhita 名詞化が*bāhaṇa といった調子になる。
ちなみに、仏教における語源説もとい語源的説明は、梵: ニルクティ "nirukti" → 巴: ニルッティ "nirutti"と呼ばれる。

「学問でいわれる・学問のいわゆる・学問所謂(しょい)の『通俗語源(民間語源)説』」について、釈尊は慈悲が深くて対告衆たるヴァーセッタ・バーラドヴァージャさん・諸々の仏弟子に方便を以て説いたわけであり、「仏語実不虚(仏語は実にして虚しからず)」である。
ゆめゆめ、軽視すべきでなく、学者さんの言葉を学問上、表現を借りておいた。
萌えの典籍「雑萌喩・六」(仮公開)においても、植物の語源に関するダジャレ的な説から妙法を示している(または日蓮大聖人・冨士派の教学にある当体蓮華・譬喩蓮華説)。
過去の萌尊は、「なす"nasu"(いわゆる茄子)」と「なのはな"nanohana"(なばな"nabana"・いわゆる菜の花)」の名の意味を修行者の立場で明示せられた。歌にいわく「汝(なれ)為さで たれか為すべき 汝(な)が花は 汝が為すところ 汝(なれ)の在りたれば」と。「あなたの花・汝(な)の花」をあなた自身が「なす」ということである。他の種族や、同じ種族で他の個体には咲かせられない花である。萌えの法門に値遇したので、すでに修行者の種は形作られた。種が持つ花への力は、その個体として完成されねばならない。植物と違って人に自我意識があるならば、自身の行為の意志を持ち合わせて実現してゆくべきことを、力強く説明せられた折の一首である。疲倦(ひけん)が多い私は、この歌を受持し、還って自ら問うべきである。この歌は言葉遊びと思われようか?更に言えば、「梨"nashi"」の実はりんごと違って酸味が薄く、その理想的な甘い果実を目指して甘い実(好色萌相)をも為して(作して)ゆかねばならない。
(中略) 萌尊の心には、理を観ずるが故に新設・再定義の名や意味がある。命名自由・得意自在であって世俗を超越している。主観的世界では、慈悲の心で物に名付けなさい。なにせ世の人は、怒りの心や嘲りの心で「バカ〇〇」とか「クソ〇〇」という名を他人や物に付けてしまうのだから。萌尊の慈悲による「仮名(けみょう)」は徳行にほかならない。その命名法も「両萌融通」を実現する。慈心・智慧の萌えと、万物の萌えという境智冥合である。(後略、蓮"padma"・はちす・当体蓮華の話)

ともあれ、ヴァーヘーンティー"vāhentī"とブラーフマナ"brāhmaṇa"の関連が示されたことで、パーリ語の原型を想定しやすくなったわけだから、学問的な価値もある教説であろう(言語の伝播・受容・変遷という言語学の至上命題を解き明かすためのヒントとさえ成り得る>ピジン言語)。

さて、パーリ語と同じくプラークリット類では、ジャイナ教の文献にも似たような教説があるという。
ジャイナ教の開祖マハーヴィーラ(大雄、ギリシャ語メガやラテン語ヴィルと同語源の複合語)もといニガンタ・ナータプッタ(尼乾子・尼犍若提子)も、釈尊の故郷コーサラ国と近いマガダ国出身で、様々な学説において釈尊より年下とされる。
ほぼ同時代・同時期のプラークリット類(AMg. Ardha-Māgadhī アルダ・マーガディーらしい)を用いたマハーヴィーラたちは、どのようにジャイナ教の経典で記録されているか?
それまたいつの編纂でいかなる変遷があるか不明であるが、参考のために紹介する。
「通俗語源説」のある経典は、インターネットに載る1986年の論文にまとめられている。
その中の「通俗語源説」の例は、沙門=シュラマナ"śramaṇa"(摩擦音と接近音の連係シュラ・シラ発音)を、彼らのプラークリット(と伝わる言語)でパーリ語と同じ「サマナ"samaṇa"」について"samamaṇaī teṇa so samaṇo"と、平等"samā"との関連を示している。
これはAṇuogaddārāiṃという経典に載っているそうである(梵語はAnuyogadvāra-sūtra)。
"samā, sama"という形容詞語幹はサンスクリット・パーリ・彼らのプラークリットに共通するが、それがsamaṇa = śramaṇaの語源となることはないので、これが「通俗語源説」とされる。

一方、ブラーフマナについてはバンバナ"bambhaṇa"またはマーハナ"māhaṇa"と呼ばれ、「殺さないこと(mā = するな haṇa = √han殺す)」に関連付けており、殺さないことによって婆羅門マーハナ・バンバナなのだ、という(殺さないことが梵行bambhaceraらしい)。
ジャイナ教・マハーヴィーラさんもまた、釈尊のように出家者であり、しかも弟子への教導のスタイルは苦行主義であった。
何であれ、祭祀を生業として甘い蜜を吸っていた(?)婆羅門・ブラーフマナ階級のことを以て婆羅門だと呼ばず、自分たちが婆羅門という名声を得るべきだと捉えた。
とりあえず、当記事の言語学的な立場で見直すと、婆羅門・ブラーフマナという言葉は沙門・出家者界隈でも嫌われるべきでなく、むしろ名声の形として尊重されていたようである。
六師外道と称せられるほかの派閥はともかく、仏教でもジャイナ教でも、真の婆羅門・バラモン・ブラーフマナということを説いて人々を教化した事実は有ろう。
その上で、ジャイナ教のプラークリット文献にはバンバナ(またはマーハナ)という訛りが見られ、仏教パーリ語も本来は似ていたと考えてよいと思われる。

※ちなみにブラフマー"Brahmā"の言語学的な語源については、当ブログの随所で示した経緯がある。動詞語根でいえば√bṛh(成長する)である。ブラーフマナ"brāhmaṇa"は、そのサンスクリット語根√bṛh (もしくは印欧語根*bʰerǵʰ-)に端を発するものか、ブラフマンbrahmanに端を発して派生したものか、定かでない。後者であれば、修行の徳があってブラフマンを悟って梵我一如を証明した人のことをブラーフマナと呼ぶであろう(ウパニシャッドなど)。近代以後の歴史学では、「インドに入ったアーリア人が自ら高尚な存在に託してブラーフマナと呼んでいる」という見解にもなる。この方面での深い探求・言及を私は避けておく。

※釈尊や仏弟子などが主に用いた言語は「古アルダ・マーガディー語(古半マガダ語)」という仮名がある。そのように仮想されるが、詳細は不明である。例えば「ご先祖様」は確かに人間として存在していたが、詳しい顔や名前が不明であるように。ジャイナ教の開祖マハーヴィーラもといヴァルダマーナもといニガンタ・ナータプッタも同様の言語を用いたと学者は見る。経典の所説に従うならば長部2経の沙門果経"Sāmañ­ña­phala­ Sutta"にマガダ国の阿闍世王(アジャータサットゥ)がマハーヴィーラさんなど六師外道へ質問する話がある。相応部の41質多相応でもマッチカーサンダ(雑阿含経の菴羅林はカーシ国のマッチカーサンダに菴羅林があることを指しヴァッジ国ヴェーサーリーのアンバパーリーの菴羅林とは別物)に住む質多長者(チッタ)が、そこへ遊行に来たニガンタ(尼乾、マハーヴィーラ)さんと問答する話がある。さて、どのような土地(マガダ国やコーサラ国やカーシ国)でも、王様(阿闍世さん)や商人(質多さん)や沙門(尼乾さん等)などの人々に共通の言葉・方言が通用したろうか?なお、ここでは「仏教による他宗・思想・哲学批判のために創作されたフィクション」という合理主義的な懐疑論を唱える意図が無い。



アショーカ王碑文 Edicts of Ashoka Aśoka Girnar ギルナール 文字 ブラーフミー文字 マーガディー マガダ語 プラークリット

資料: アショーカ王碑文ギルナールにおけるマーガディー語句らしい。
オスロ大学人文学部のサイト"Bibliotheca Polyglotta (多言語図書館の意)"より
https://www2.hf.uio.no/polyglotta/index.php?page=fulltext&view=fulltext&vid=362

碑文に用いられたスクリプトは、ブラーフミー文字"Brāhmī"である(ブラーフミー系"Brahmic"の文字の中でも古層)。
Girnar IIIの4行目などに婆羅門を意味する"Bāmhaṇa (𑀩𑀫𑀡)"の文字が見える。
バーマナとカタカナ表記できるが、マは有気音・帯気音mhaとすれば、パーリ語およびプラークリット類では有り得ない・・・"Bāmhaṇa"というIAST表記をした学者さんに、意図を問い詰めたくなる。

画像の文字はma字 𑀫 とha字 𑀳 の合成のように見えるので、何となくmhaという綴りを用いたか?
念のため、右上に同字の2例を引き、いずれにも黄色の〇で囲った。
読者には、よくよく対照をしていただきたい。

mhaという、サンスクリットはもちろん、多くのプラークリットに見られない発音が、もしかするとアショーカ王の時代に用いられたかもしれない、と学者さんが考えた可能性もある。
または、文字上、ma字とha字の合字で発音がṃ(アヌスヴァーラ)的な無母音の鼻音とhaの発音で別々のものである、と学者さんが考えた可能性もある。
※学界における字音の見解は英語版Wikipedia - Brahmi scriptEdicts of Ashokaなども参照。

2017年11月9日木曜日

ガンダーラ文献とプラークリット文献におけるダルマパダ "Dharmapada"を比較する

インターネットにおける文献調査の、未開拓領域に関する簡素なメモとなればよいと思う。
パーリ仏典・経蔵のうちに"ārogyaparamā lābhā, nibbānaṃ paramaṃ sukhaṃ"という偈が見られた。
中部75経では、マーガンディヤ(鬚閑提・摩因提・摩犍提とも)という修行者に対し、釈尊がこの偈を説かれ、マーガンディヤが「師や歴史的な師である修行者たちがその偈を説いた」と反応する。
その偈の漢訳は中阿含経に「(等正覺の説きたまわく)無病第一利、涅槃第一樂。」とある。
偈が説かれるまでの経緯は仏教的に大事であるが、当記事で割愛する。
道心ある方は、高度な検索スキルを以て知られたし。

この偈について、類似する教説が三ヴェーダや古ウパニシャッド(パーリ三明経に派閥名として載るチャーンドーギヤやタイッティリーヤなど)にあるか、確認してみた。
nibbānaもといサンスクリットのnirvāna (nirvāṇa)という語句を頼りに、"Sanskrit Documents"というサイトのヴェーダウパニシャッドの当該文献を探したが、nirvā...の語が見当たるのみで、類似する教説を発見できなかった。

そこで、パーリ語の偈のārogyaparamāという部分について検索すると、"ārogyaparamā lābhā, nibbānaṃ paramaṃ sukhaṃ"偈の別バージョンともいえる偈が見当たった。
パーリ語ダンマパダ"Dhammapada" 204偈である。
Sukhavagga - Pasenadikosalavatthu (コーサラ国パセーナディ王に説かれたもの?)
Ārogyaparamā lābhā,
Santuṭṭhiparamaṃ dhanaṃ;
Vissāsaparamā ñāti,
Nibbānaṃ paramaṃ sukhaṃ.

これをサンスクリットへ翻訳するか、すでにある文章を探すか、と考えたが、ここでは、すでにある文章を探した成果を示す。



表題にいう「ガンダーラ文献」ガーンダーリー・ダルマパダ"Gāndhārī Dharmapada"においては、以下が発見された。
掲載サイト全文のうち、162番目の偈に当たる。
suha vagga (suha = sukha 楽に関する内容の章の第一偈となろう。以下の翻字は原典のカローシュティー文字に長母音に相当する表記が無いので長音記号が無い)
arogaparama labha,
saduṭhiparama dhaṇa,
viśpaśaparama mitra,
nivaṇa paramo suha.

同じく表題にいう「プラークリット文献」パトナ・ダルマパダ"Patna Dharmapada" (正量部による本がパトナもといパータリプトラ近辺で出土した?)においては、以下が発見された。
掲載サイト全文のうち、76番目の偈に当たる。
Atthavarggaḥ (atthaはパーリ語のattha = skt: arthaと同義か?パーリ語に無いヴィサルガ"ḥ"がある)
āroggaparamā lābhā,
sāṁtoṣṭīparamaṁ dhanaṁ,
viśśāsaparamā ñātī,
nibbāṇaparamaṁ sukhaṁ. (長音やニッガヒータもといアヌスヴァーラ"ṃ"もある)

これらの両者が判明してからも、特に当該文献=釈尊在世の婆羅門(バラモン、ブラーフマナ)の教書類の教説や後世ヒンドゥー教の文献を見つけられる気配は無かった。
結論として、この偈がそれら文献に伝承される必要は無いと思われる。
釈尊在世や、それ以前、ひいては無量劫の過去世から、覚者が唱えていたと思われる。
それは、覚者もとい等覚者"sambuddha, saṃbuddha"に共通するウダーナ(無問自説、現代でいう感興のことば)として、生き生きとした詩であったろう。

私の「萌えの典籍」においても、過去萌尊は彼らに共通する萌えの悟り(主に三萌義のような縁起観に基づく両萌相応など)とその教説が有るとし、作中において「萌え和讃」として披露されているものがあるが、そこでは「涅槃が最上の安楽である」といった意義が説かれていない。
ただし、涅槃"nirvāṇa"に通じる概念(寂滅・シャーンティ"śānti"とも)の説示はある。

和讃の例
「諍ひありて応ふるは いかにぞ同じくならんずる 若芽の独り尊きに 萌えてまします斯ヽるべし」
「群れてまします芽なりとも 互ひの根と葉きらひなし 我の萌ゆるは先になく 誰かほかにも萌えをらむ」
短歌・辞世の句の例
「たふとくて たふときもなし くさのめの おふもかるるも まことなりけり」

作中の人物が少し解説している(中観や大乗の視点で)。
「萌尊は自ら萌えと成ったので、尊いとする萌えを尊くない立場で尊げに見るのみで、萌えは尊くあって尊くなく、尊くなくもないと明言する。実際の萌えは、言語道断心行処滅の真如である。仏家の涅槃、生死即涅槃ということに通じており、萌尊最期のお姿は是の如し。如是如是。善哉善哉。穴賢穴賢。」






起草日: 20171013
当記事の目的は、文献調査の手段の明示であるが、文献調査という行為自体は、もともと「その偈にまつわる伝承が仏教の外にも見られるか?釈尊在世に沙門界隈で涅槃への憧憬があったか?」という疑問を解消する目的の手段である。
文献調査にしても、思想的な研究にしても、仏道修行と乖離した知的好奇心によるかもしれないが、「世間的な意味で若者」の私(20)は、まだ遊び盛りなので、可能な限り、これらの調査や学術研究を続ける方針である(仏道修行・芸術活動なども並行する)。

なお、当該の偈につき、漢語文献では法句経・第三十六「泥洹品(ないおんぼん)」にある。
 1. 無病最利 知足最富 厚爲最友 泥洹最快
無病は最も利なり 知足は最も富なり 厚は為れ最も友なり 泥洹は最も快し

 2. 飢爲大病 行爲最苦 已諦知此 泥洹最樂
飢は為れ大病なり 行は為れ最苦なり 已に諦かに此を知る 泥洹は最も楽なり

法句譬喩経・第二十三「安寧品」では偈の外に「泥洹此為最樂」がある

このように、2つの偈を引いておいた。
共に涅槃の「楽」という徳目を讃えている(後の大乗・大般涅槃経の常楽我浄のよう)。
前の偈がパーリ204とガンダーラ162とプラークリット76に相当するが、後の偈がパーリ203とガンダーラ163とプラークリット75に相当する。
前後両偈の順が異なる。
整理して言えば、漢語とガンダーラ本とが順を同じくし、パーリ文とプラークリット本とが順を同じくしている。

色々と対訳を示したが、サンスクリットのウダーナヴァルガ(いわゆる出曜経)にも両偈が見られた。
26章のNirvāṇavargaであり、漢訳法句経「泥洹品」と名が同じである。
こちらの両偈は、漢語とガンダーラ本のペアと順を同じくしている。
ārogyaparamā lābhā
saṃtuṣṭiparamaṃ dhanam |
viśvāsaparamaṃ mitraṃ
nirvāṇaparamaṃ sukham || 6

kṣudhā parama rogāṇāṃ
saṃskārā duḥkham eva tu |
etaj jñātvā yathābhūtaṃ
nirvāṇaparamo bhavet || 7

なお、冒頭で話題にして当記事でテーマとなっていたマーガンディヤ経のウダーナ偈については、バガヴァッド・ギーター"Bhagavad Gītā"6章15詩に"nibbānaṃ paramaṃ"と似た表現が見られた。
भगवद्गीता/आत्मसंयमयोगः
युञ्जन्नेवं सदात्मानं
योगी नियतमानसः ।
शान्तिं निर्वाणपरमां
मत्संस्थामधिगच्छति ॥६-१५॥

Śrīmadbhagavadgītā (IASTシュリーマド・バガヴァド・ギーター)
yuñjannevaṃ sadātmānaṃ
yogī niyatamānasaḥ ।
śāntiṃ nirvāṇaparamāṃ
matsaṃsthāmadhigacchati ॥ 6-15॥

The Bhagavad Gita (Arnold translation)
Musing on Me, lost in the thought of Me.
That Yogin, so devoted, so controlled,
Comes to the peace beyond, — My peace, the peace
Of high Nirvana!

バガヴァッド・ギーターもといバガヴァドギーターについては、この種の文献によく言われる「紀元前ウン世紀ころ~」という書誌学的・文献学的見解を一旦置いて考えられたい。
バガヴァドギーターのクリシュナやアルジュナといった人物名はパーリ仏典に確認されないが(クリシュナkr̥ṣṇa→カンハkaṇha 形容詞「黒い」、アルジュナarjuna→アッジュナajjuna 形容詞「白い」・樹の名前や仏弟子の名前)、釈尊在世や、経典結集などのころにも、世間に多くの伝承があったろうから、このバガヴァドギーターの詩と似たようなものや似たような表現が、実際にインド地域で広く聞かれたかもしれない。
もう少し精を出して他の文献も調べると、マハーバーラタ"mahābhārata"12章に、話題の偈"nibbānaṃ paramaṃ sukhaṃ"と同様のフレーズ2つが見られた。

327節5詩(३२७ ५) मोक्षश्चोक्तस्त्वया ब्रह्मन् निर्वाणं परमं सुखम् (独自でヴィラーマ区切りを施した)
mokṣaś coktas tvayā brahman nirvāṇaṃ paramaṃ sukham

英訳(この版では341節): Janamejaya said, "The whole world of Beings, with Brahma, the deities, the Asuras and human beings, are seen to be deeply attached to actions which have been said to be productive of prosperity. Emancipation has, O regenerate one, been said by thee to be the highest felicity and to consist of the cessation of existence. They who, being divested of both merit and demerit, become emancipate, succeed, we hear, in entering the great God of a thousand rays.

330節16詩(३३० १६) निर्वाणं परमं सौख्यं धर्मोऽसौ पर उच्यते
nirvāṇaṃ paramaṃ saukhyaṃ dharmo 'sau para ucyate |

英訳(この版では343節): (The highly and holy one = śrībhagavān = クリシュナがアルジュナに語る) The cessation of separate conscious existence by identification with Supreme Brahman is the highest attribute or condition for a living agent to attain. And since I have never swerved from that attribute or condition, I am, therefore, called by the name of Achyuta.

※IAST: Mahābhārata, Śāntiparvan (entered by Muneo Tokunaga) 英訳: The Mahabharata Book 12: Santi Parva (Kisari Mohan Ganguli's translation)

ただし、バガヴァドギーターなどが言うところの「涅槃"nirvāṇa"」という事柄は、仏教に一致していると考えづらい。
当記事の冒頭で「割愛」した話題は、そのことでもある。
仏典マーガンディヤ経も、そういった認識の相違に関してマーガンディヤに釈尊が教示せられている。
Pubbakehesā, māgaṇḍiya, arahantehi sammāsambuddhehi gāthā bhāsitā:
"Ārogyaparamā lābhā, nibbānaṃ paramaṃ sukhaṃ; Aṭṭhaṅgiko ca maggānaṃ, khemaṃ amatagāminan" ti.
Sā etarahi anupubbena puthujjanagāthā.
要約: 「無病第一利、涅槃第一楽…」という偈は古の阿羅漢"arahant"・正等覚者"sammāsambuddha"によって説かれたもの"bhāsitā"である。それが現在までに俗人"puthujjana"の偈となった。

※ここでの偈は「八正道が涅槃への道であること」を示唆する二句"Aṭṭhaṅgiko ca maggānaṃ, khemaṃ amatagāminan"が後半として加わる。それにより、偈を説いた人である「等覚者"sambuddha"」の範囲が、過去七仏など釈尊が明確に認めた諸仏に限定されていると取れる。他の見解はアッタカターティーカーあたりを読解すべきか。

バガヴァドギーターなどにある「涅槃」とは、果たして、釈尊が明示せられる等覚者"sambuddha"たちと同じ悟りに基づくものであろうか?
信仰する者の心、神のみぞ知る。



シュローカ シローカ 詩 韻律 短音節 長音節 音節
ネット上に公開されている"An Outline of the Metres in the Pāḷi Canon"より。
長音節は重音節"guru, garu"、短音節は軽音節"laghu, lahu"と呼ぶ方がインド伝統的にも近代音韻論的にも適切

※当記事でパーリ・ガーンダーリー・プラークリタ・サンスクリタの同詩と、外典の表現と示してきたが、みな8音節の詩である。この形態の詩をアヌシュトゥブ(シュローカ"śloka"は後世にもっと制約が強められたものか)と呼ぶそうである。私によって音節を数えてみなきっちりと8音節に収まっていることが分かるが、息継ぎは詩の終わりに気ままに行うか?これら詩の諷誦では、音楽的な4分の4拍子リズムを保つ必要が無かろうか?私は韻律などの事項を未だ詳しく把握できていない。少なくとも、漢訳仏典における五言・七言の偈は漢詩の平仄や脚韻を気にしないよう、パーリ・サンスクリットの偈"gāthā"も長い音節・短い音節といった韻律の規定を気にすべきでない。偈は詩の快楽でなく法義のためである。無論、新たに自作する場合は、少し配慮してもよかろう。

2017年10月25日、私はサンスクリットの偈(8音節・4句)を1つ作った。
仮のページ(http://testing-design.techblog.jp/archives/29133059.html)に公開してある。
Aprameyā sarvadharmāḥ, kimaṅga punaḥ me muniḥ |
lokāvidyāṃ hi rājati, tasmād anuttara nāmaḥ ||
(ストーリの終盤における偈) 「一切は量る可から不るなり・何に況や我が大聖をや・遍く世の無明なるを照らしたまう・是の故に無上なりと名く」

以下は、そのページに付記されている「備考」である。
これは8音節の句が4つあるサンスクリット詩である。区分としては、シュローカの韻律に似せたアヌシュトゥブか。韻律について考えると、enwp. Vedic meter記事中にガーヤトリー(8音節3句)の例が載っていてDUMで重音節(長音節)、daで軽音節(短音節)を示してある。例えば、ḥ(ヴィサルガ)で終わる音節は前の母音が長音でないと軽音節として扱う。このガーヤトリー詩 इन्द्रमिद्गाथिनो बृहदिन्द्रमर्केभिरर्किणः इन्द्रं वाणीरनूषत は1句目bṛhadで終わって2句目indramで始まるが、そのdとiは一音として2句目の頭に発せられることが看取できる。同様にindram (前の韻尾による連声でdindram)に続くarkebhirもmと連声してmarkebhir(後arkiṇaḥも連声)として扱われていることが看取できる。尊者の詩ではtasmād anuttaraが同様に仮定スペースを除いてd+a連声となる。ほか参考までに「スッタニパータ5章・韻律」。