2016年12月23日金曜日

諸言語の誕生・増加・減少に見る繁栄・衰退、多様化・画一化の法則

小規模・原始的な文明の成長には言語の誕生が付き物である。
しかし、他の文明と対峙して合流するようになれば、複数の言語は折衷するか一方が消滅する。
そのような誕生・増加・合流・減少を複雑に重ねて今の世界文明がある。
今日、多く人が国際的な言語の学習を志向する風潮は当然であるが、同時に少数のものを保護する国連やユネスコのような最上層の機関もある。
世間が多数派の言語に傾倒しようと、少数派を重んじて保護しようと構わないと思うが、間違いなく少数の者は消滅する。
あらゆる物事を時間的に観察すれば、誕生・繁栄・衰退・消滅(絶滅)は必然的な原理であると実感できるからである。

今回の記事で諸言語に寄せて称する「繁栄・衰退」とは、「多様化・画一化」である。
各文明が便宜によって産み出した言語も、より大きな文明に包括される認識があれば、そのようなものに合流・淘汰されて当然の道理となる。
小さい範囲では日本語とその方言、広げて中国語圏、そして確認できる最大規模の範囲では英語圏がその好例である。

「やまとことば」から多様な「ホーゲン」が生まれ、次世代の「ニホンゴ」に昇華するようである。
今でこそ「ホーゲン(方言)」の尊重だとか保護活動は盛んのようだが、風前の灯火である。
そのような現代、私はやまとことば(和語)、古語、漢文に親しんでいる。
私の執着は時代錯誤であろうか?否。不也。笑止千万。



英語 世界文明
日本人は個人主義的である反面、同調心理も強いから、国際社会というしがらみによって多くの一般人が英語を第一外国語として学ぼうとする。また、同言語は文化的にも極めて日本に浸透していて身近な外国語であると同時に、土着化しつつある(いわゆるGairaigoWasei-eigo)。世界各言語の地域にも同様の傾向があるのみならず、歴史においては大英帝国の影響が著しく、母国語として話す者は多い。そのため、土着の言語と一緒に公用語と認定される例は枚挙に遑がない。一般的な文字体系であるラテンアルファベット(ラテン文字)を採用していることから、同様の文字を用いる言語話者・国においては親しみやすい。様々な条件によって蓋然的に世界で比類なき一大言語と成り得る。要約すると、歴史的には大英帝国による形式的な帝国主義による影響・現代的には米国などの非君主の帝国主義(揶揄だが)による影響から、世界的に受容されている。

中国語 一国・多民族・全体主義思想
効率重視の合理主義的国家に制定された簡略化された文字(簡体字・簡化字)を使う。広東語など各種方言の存在を強権的に淘汰しようとすると、国連やユネスコや多くの諸外国より非難されるので、一応、便宜的に認めている。少数の方言を尊重すると、当該方言の話者が「一つの中国」というアイデンティティ・帰属意識から逸してしまうので、全体主義思想に基づいた本心では許したくなかろう。いつかは国内で完全なる言語支配と、共産党勢力の拡大によって世界的な普及を目論んでいる、と私は邪推している。そこまでいくと帝国主義のようになってしまい、彼らの二律背反となるので、さすがにその自覚くらいは持つと考えるが、そんな将来のことなど、私は知らない。ただし今の中共国家は、漢字の表音に第二次大戦前からある注音符号(成立経緯に日本文化の影響があり現代は台湾で主に用いられる)を利用せず、戦後に作った拼音(ピンイン)というローマ字表記を利用する点、必ずしも中華文明を純粋に押すことはなかろう。

アラビア語 一教・多国家・全体主義思想
ムハンマドの金口(こんく)より発せられたアッラーフお墨付きの聖なる言葉である。イスラーム信仰の者がアラビア語を学ばずにいられようか?愛する子供たちに学ばせずにいられようか?よって宗教多元主義・アフリカ貧困地域の恒常的人道支援のスキをついて猛烈に布教するイスラム教の信仰者(ムスリム)の間では当然、普及してゆく。全体主義的イスラーム世界の広まりと同時にアラビア語も国際的立場が強まるであろう。主要先進国や中国の人口が伸び悩むので相対的に立場を強めるのみならず、イスラーム世界の拡大と配下の民衆の増殖でネイティブスピーカーが増える。そうした場合、イスラーム世界の外の地域でも、後天的に学ぶ必要を持つ人が学んで習得するケースも増える。



多くの言語は主要な語彙からごく一部の語彙まで、サンスクリット語の影響を古くから受けている。
中国ではほとんど外来語扱いで音写や漢訳の当て字がある程度であったが、英語はもちろん、多くの西洋言語とその祖語であるギリシャ語・ラテン語も、サンスクリット語の影響を多大に受けている(日本にも仏教を介して土着して意味も変わった「塔"とう・とふ=ストゥーパ"」とか「旦那"だんな=ダーナ"」などがある)。
アラビア語は不明だが、何らかの影響はあると考えてよい。
そもそも一神教のヤハウェ、エホバと呼ばれるような「神」は、インドにおける創造神・ブラフマーの影響であると考えてもいる。
ただし、今は「ブラフマーとアブラハムって似ているじゃん?」というホラ吹き程度で精一杯である(勉強不足のため)。

サンスクリット語およびその影響を受けた諸言語は、インド・ヨーロッパ系の言語であり、「印欧語族
」と呼ぶ。
言語学者は、根本的な共通の祖語を仮想し、「印欧祖語」と呼んでいる。
諸言語においてサンスクリット語に通じる多くの語彙は、その「印欧祖語」の「印欧語根」を踏襲する。
ブラフマーであれば、「成長」を意味する√bṛh という語根を踏襲していると明かされており、この語根の祖語(印欧祖語)の語根は*bʰerǵʰ- という。
"bʰerǵʰ-"は「1.昇る 2.高い 3.山」という意味があるとされる。
上付き文字の"h"(有気音?)を除いて表記すると"berg"となり、ドイツ語の"Berg (山)"、いわゆる「何とかベルク」や「何とかバーグ(英語発音)」という地名に見る"-berg"と同じ意味となる。
もしや、「ブラフマーとベルク」もナチス・ドイツの特異なアーリア人種説の根拠の主要な一因となっているのであろうか?
アーリア人とか印欧祖語とかというものも全て近代的な学説に過ぎない概念ではあるが、全ての見解に対して慎重な立場でいる私としては「一理ある」と言うしかない。





起草日: 20161018

仏教ネタを交えない言語学的な記事(比較言語学とかいう)は久々に投稿する。
ただし、表題に「誕生・増加・減少」とある通り、言語学というよりは、社会科学である。
なおかつ、こういった見方は些か哲学的な影響もある。
全くもって世の中は、押しなべて「繁栄・衰退」という「多様化・画一化」の法則が適用される。
そう綴るだけでは情緒的であり、感傷に浸っている状態に過ぎないであろう。

一が多を生み、多が一へと戻るようである。
戻るところが単一でなくとも、少数の多数派に合流・吸収がされてしまう。
微細な部分でいくらか増減はあるかもしれないが、全体としてはこの傾向である、
あらゆる物事を観察し、確かな知識・経験として身につけてもらいたい。
数年間、この諦観を実感し続けてきた。
具体的な例は当記事における諸言語・方言の話はもちろん、「過去記事 - 音楽の没個性化の段」に述べた音楽ジャンルの事と個人の一生の話や、90年代における各省庁や地方銀行の合併や、近年の子会社化・買収行為(大手小売業・GoogleなどIT企業・中華資本に多い)や、地方都市・町村の衰退(大都市集中)など、ごくごく普遍的に見られている。
こう見返すと、社会科学的であり、哲学的な分析となる。
現象に即した見方であるため、仏教的に表現できても、仏教の「如実知見」とは異なる。
他の例としては、個人的な思索・思考にも、一つの問題提起に様々な憶測や意見を生じ、最終的に妥当であるものへと帰結するプロセスもある。



【雑考 (2016年10月19日)】
イギリスとは何であろうか。イギリス"Igirisu"はイングリッシュ"English"であり、エングリスク"Aenglisc"である。エングリスク(アエングリスク・アングリスク)はアングロ民族"Angles"の言葉である。アングロ"Angle"とエンジェル"Angel"はアナグラム"Anagram"である。アナグラムはどうでもよい。エンジェル"Angel"とアンジャー"Anger"は語尾にlとrの違いがある。アングロ民族"Angles"は、"Angel"なのか"Anger"なのか?原形をゲルマン祖語に尋ねる。

"Angel"は"angiluz"である。"angiluz"の意味は不明である。"Anger"は"anguz"である。"anguz"の意味は「狭い・細い」であり、"anger"のみならず"angry"と似た発音の"ugly"にも通じている。なぜであろうか。"Angel"に通じる"angiluz"は古代ギリシャ語"ἄγγελος (メッセンジャー・伝道者・預言者)"でガンマ"γ = g"が2回連なる。gはnに変化し、"Angel, angiluz, Anger, anguz"が生まれた"ugly"にしても祖語"uggligr (uggr ‎+‎ -ligr.)"はジー"g"が2回連なり、"n"が省かれた。日本語ですら撥音便の末に"ん"が省かれた単語「なにと→なんど→など」や「のみと→のんど→のど」という単語があるので言語学・音韻学に詳しい人は容易に実感できる("など・のど"の例は適切でない)。"ugly"の話は差し置く。

要するに、イギリス=イングリッシュ(イングランド人)=アングロ・アングル・アングレスとは、「狭い"Anguz, h₂énǵʰus"土地の民族」という意味であった。"Angles"は"l"で通じる"Angel"よりも"Anger"に通じるそうである。この説は、未完全な言語学の説を私が端的にまとめて事実を推定したものに過ぎないので、事実を的確に当てた説ではない。なお、この説を補強できる記述が日本語版Wikipedia「アングル人」の項に見られたので引用する→『アングル人の名はブリテン島に定着する前の同民族の故地であるアンゲルン半島に由来すると考えられている。アンゲルンの地名の由来については、ゲルマン諸語において「狭い(水辺)」という意味を表す語根"eng-"(或いは"angh-")が元になったとする見解や、印欧語の語根で「曲がった」という意味を表す"ang-"から派生したという見解など、複数の説がある。』なお、アングロ民族・アンゲル人がアンゲルン半島の民族と見た場合、アンゲルン半島の外見はさほど「狭い土地」という印象ではない。相対的な外見は十分、幅が広く、一般的な半島よりも半島らしい特徴が目立たない(ユトランド半島デンマーク国外の小半島である)。"Angle, Angeln"の語根に「釣り針・曲がった」という意味も含まれる説は未検証だが、この説を採った方が適切かもしれない。これ以上、検証の余地はなくなった。ついに我が疑いを滅ぼそう。

2016年12月12日月曜日

「法"Dharma"」は「達摩」か「達磨」か?音写から見る字音・音韻学

達摩 達摩 Dharma 音写 音訳 法 曇無 悉曇 梵字 Siddham Sanskrit Devanagari Kanji Hanzi Daruma Damo
"Dharma"の悉曇梵字 - 独自で研究した成果・正誤は未検証

サンスクリット語"Dharma"は、漢語・漢訳において一般的に"法"と訳される(多義性の説明は省く・デーヴァナーガリー表記: धर्म)。
"Dharma"の発音を漢字で当てると、古来は「達摩(だつま, datsu-ma)」である。
「達摩」の文字列は古来の中国大陸において"Dat-ma"と発音されたであろう。
現代中国のピンインでは"Da-mo, dámó"=ターモーと読むような、有声音の不分や入声音の欠落や母音の変化などが生じている。
近代の西洋人も熱心に研究した「中古音・上古音」の学説では"dat, dad, tad, lat"といった発音があったと示される(Dhar-の有声音+有気音の反映はカールグレン /dʱɑt̚/ くらいか)。

この「達"Dat"」の尾子音(語尾の子音、韻尾)である入声音"t"は、サンスクリット語における母音のない"r"の発音を擬似的に再現できるので、古来の訳経僧(サンスクリット語の経典を漢訳する僧侶)は入声音"t"を借りた。
これによって「達摩(だつま)」の漢字音写が"Dharma"というサンスクリット語に当てられた。
「跋扈する」の「跋(ばつ"batsu, 中古音でbuat")」もまた、音写においては入声音"t"が"r"の代わりとなっているので、この字は"ヴァル"の音に用いることができる(すぐに浮かんだ単語が固有名詞・人名の訶梨跋摩"karibatsuma"=ハリヴァルマン"Harivarman"、成實論の著者)。
なお、朝鮮語・韓国語での漢字の発音も、古来の朝鮮半島の人が入声音"t"が"l"に聴かれたためか、後世の訛りかは不明だが、「達」が"dal"と発音される(たるタル・だるダル!)。
日本人であっても、幕末・明治期にジョン万次郎が"What time is it now?"の発音を「ホッタイモイジナ"イジナウ→イジナ"」と綴ったとされる話が有名である(英語になじんでもらう意図で空耳っぽい音・語呂合わせにされた可能性も否定できないが参考までに例示する)。

アビダルマ(サンスクリット語・梵語"Abhidharma")・アビダンマ(パーリ語・巴語"Abhidhamma")という語句については「阿毘達磨」と音写しているが、どうも「達摩」の「摩(ま)」という音写で一般的に使われる文字ではなく、「研磨する」の「磨(みがく)」という字になっている。
ちなみに阿毘達磨は、日本仏教で世親菩薩(天親)の阿毘達磨倶舎論が有名である。

それでは、禅宗系の祖師として名高い「達磨(ダルマ・菩提達磨・達磨大師)」はなぜ日本で「だつま」ではなく「だるま」と呼びならわしているか?
この「達磨」も「磨(みがく)」の字を用いる。
私は当記事を起草した11月8日まで「磨(みがく)」の字の「達磨」は、経典新訳時代(7世紀以降)や密教の中国伝播(8世紀以降)から使われ始めた比較的新しい音写かと思っていたが、先述の「アビダルマ=阿毘達磨」を再確認してから少し認識が変わった。
「摩」も「磨」も、共に使われていた音写であるらしい(これも時系列が不明だが例えば妙法蓮華経の「妙法」の梵語が「薩達磨」と「薩達摩」の2通りが見られる)。

それはそうとして、禅宗系といえば、日本では平安末期や鎌倉時代の栄西や道元が宋朝の中国に入国して(入宋)臨済宗・曹洞宗を日本に伝えたことが有名であり、江戸時代の黄檗宗関係もある通り、日本における南都六宗や天台宗や真言宗とは時代の隔たりが大きい。
だから、臨済宗も曹洞宗も密教の呪文(真言・陀羅尼・咒)を唱えたり、黄檗宗は般若心経を現代の中国語と似た「唐音」で読む(日本の読経は一般的に呉音)。
このような時代だと、日本に定着した呉音や漢音といった音読みの理論を超えて柔軟であることは真言の漢訳やカナ発音(オン・なんちゃらかんちゃら・ソワカの類)なども同様である。
故に、彼ら禅宗系の僧侶・禅僧などは、インド出身の座禅祖師である「菩提達磨(ボーディダルマ"Bodhidharma")」の霊験あらたかなる梵語・神聖なるサンスクリット語における音を再現してみせてもおかしくない。
中国でそういった梵語・サンスクリット語における音を聴き、便宜的に「だるま"daruma"」の音を日本に伝えたものと考えてよい。



表題に『Dharmaは「達摩」か「達磨」か?』とあるが、音写に用いる漢字についてはどちらでもよい。
単語ごとにどちらかがたまたま採用された事実があるため、採用された漢字を単語ごとに尊重すればよいと思う。
ただし、個人的には音写において「磨」の字は馴染まない印象であった。

なお、「アビダルマ=阿毘達磨」は「阿毘曇(あびどん・あびたん)」とも音写されている。
この「曇(漢音:たん 呉音:どん)」は本来、字音仮名遣い(→たむ・どむ)にもある通り、尾子音が"ん"ではなく"む"の類であり、実際に朝鮮語や広東語は"tam, dam, taam"というようなローマ字表記がされている。
「曇」の字は「悉曇(Shit-tan, Sit-tam, Siddham)」にもある通り、尾子音"m"の単語の音写に多く使われる。
そういった撥音便の遡上・"m"の復元や、無声音・有声音(清音・濁音の類)の置換からすれば、「阿毘曇」は古来中国で"a-bi-dam"と発音していたとみてよい(これはパーリ語・プラークリットのアビダンマ"Abhidhamma"に近いともいえる)。
"Dharmakṣema (ダルマクシェーマ、ダㇽマㇰシェーマ)"を「曇無讖(曇摩讖・古: dam-ma-siem)」と音写した例も、同様に捉えてよい。

「曇無讖」の「讖(セム・tsiem)」のように、サンスクリット語の母音を省いた音写というものも多い。
漢字音の尾子音に"a"を付けて元のサンスクリット語の発音に通じる単語がある。
「曇」の字を例にとれば、「瞿曇(くどん)」がある。
「瞿曇」とは、サンスクリット語における釈尊の本名「ゴータマ・シッダールタ」の音写「瞿曇悉達多」の「ゴータマ」に対する部分である(訂正を後に注釈する)。
"Gotama"と表記するが、「ゴタマ」ではなく、サンスクリット語の"o"が長音である法則から「ゴータマ」と発音する。
「瞿曇」をそれぞれ、今までに示したような古来中国での発音に擬して表記すれば"go-tam(ゴタム、小文字のム、母音を発しない両唇鼻音)"と書ける(瞿"ku"はk/g子音互換性やu/o母音互換性にならう)。
そこに尾子音への"a"添加や1モーラ発音漢字の2モーラ長音化も加味する(過去記事にある便宜上u相当"w"を添加した音)と、"gow-tama (ゴゥタマ)"と読むこともできる。
訳経僧らも、満足できる音写となったろう。
これは私の日々の思考の産物であり、無理やり説明をすることとなったが、参考にしてもらいたい。
「瞿曇→ゴータマ」複製プロセスは"kudon, kudom, gudom, godom, godam, gotam, gowtam, gowtama = Gotama, Go'otama"である(大体の音を漢字にするサンスクリット語の音写についてこういった細密な理論的分析は本末転倒だが音韻理論の思考法として示す)。

※この時に限ってとてつもない取り違えをしていた。「ゴータマ」はパーリ語であり、「瞿曇」のサンスクリット語は「ガウタマ」である。いずれにせよ、音韻理論の深い思考法は以上のようである。「ガウタマ」の場合を取っても、「瞿」の文字の上古音(バクスター・サガール式や鄭張式どちらも)は"ガ ga"のような表音であった。"ガ"を先ほどのように長音化(二重母音化)して後は同じような経過で"gadam, gatam, gawtam, gawtama = Gautama"になる。実際の中国大陸で当時の訳経僧が、どうサンスクリット語を捉えていてどう捉えた発音の漢字に転写したか、という点が最も重要であろうが、現代では推定しかできない。とはいえ仮説上古音の蓋然性はある。これも、私という凡人が仮に信頼するところである。

ちなみに「涅槃→ニルヴァーナ"nirvāṇa"」の同じプロセスは"nehan, netsuhan, netpan, netban, nerban, nirban, nirvan, nirvana, nirva'ana"となる(ねはん・ねっぱん・ねるばん・ニルヴァン)。
既に「般涅槃"parinirvāṇa"」の「般」がなぜ"はん"ではなく"はつ"と読まれるかも想像が付こう。
ここまでの子音t/r置換や尾母音"a"復元の法則が分かれば、「ガーター"gāthā"→偈(げ・中古推定: ガツ)」や「クシナガラ"Kuśinagara"→拘(or鳩or倶)尸那竭(くしながつ)」もなぜそのような音写がされたか得心がつく(逆に涅やの日本発音は入声音"t"に当たる音が欠落した理由が不明)。
「パーラミター→波羅蜜」の場合、時代が下って玄奘さんが「多」という字を付けた「波羅蜜多」に変化している場合も、「密」の入声音"t"が弱まって尾母音"a"復元がしづらくなったためであろう。

なお、日本人の名字(苗字)に「瞿曇」さんがいるようである。
読み方は"くずみ kuzumi"であるが、実際は"くづみ kudumi, kudzumi"が正しいと思われる。
この名は、「日本語・やまとことば」の音写であると考えてよい。
元の「言葉・ことのは」がいかなるものか不明だが、長野県安曇野市を思い出す。
"安曇(あづみ azumi, adzumi, adumi または、あづし)"(古事類苑)は同県中信地方の「麻績(おみ、麻をつむぐ?)村」と同語源の説があるよう(他の説はこちら・当地豊橋が属する渥美半島も子孫)だが、まあそれはよいとして、"瞿曇"も何らかの日本語の発音が由来と考えてよい。
その音写であるが、「瞿(呉音:ク、おそれること)」と「曇(呉音:ドン・ドム、くもること)」という二字を用いている。
「曇」を"ズミ zumi"と読ませている点は、本来だと、お察しの通り"ヅミ dumi"であり、これが"ドム domu, dom"という呉音・字音の原型と母音の違いがあるのみと分かる。
尾子音・韻尾の"m"もまた、日本語においては入声音"k, t"と同様に"i"の音が付けられるようである(音写の場合はむしろ元の日本語にあった"i"の発音を無視した漢字を借りて再度"i"の発音が付く読み方にしたのであろうが)。
入声音"k, t"に"i"を付ける例は、「"シチ shichi, shitsi, siti, tsit"七・質屋」、「"セチ sechi"お節」、「"バチ bachi"罰」が代表的である(血脈"ケチミャク"・結集"ケチジュウ"飢渇"ケカチ"・・・)。
なお、"久住 kuzumi"とか"安住 azumi"という人名もあるが、重箱読み・ハイブリッド音写であり、説明しない(久住"kuzumi"は久須美"kuzumi"という系統らしく瞿曇"kudumi"とは別者であるが、安住"azumi"は安曇"adumi"の系統らしくて重箱読み音写なので久住と安住とは成立時期の隔たりがありそう。なお瞿曇は名字由来netによると釈迦もといガウタマ由来というが"kudom"読みと"kudumi"とで由来が異なる可能性もある)。





起草日: 20161108

2015年11月27日に某所で投稿したネタに関する現在の見解を、簡潔かつ総合的にまとめた。
言語学・音韻学とは、やはり自然言語に関わるものであれば、歴史的経緯や時代背景や宗教的信条や思想といったものの影響も加味する必要がある。
漢字であれば、則天文字などの創作文字が顕著であろう。
漢字の発音であれば、現代のピンインにおいても重病の「癌"yan"」が、炎症の「炎"yan"」同じ発音のために「肺炎」と「肺癌」で誤診の種になるという理由で、「癌」の部首「嵒」の由来で同じ発音の「岩・巌・巖"yan"」と意味が似た「崖"ai"」の発音を借りて用いるというケースもある(英Wiktionary: 癌にも記述あり)。
なお、「炎」以外はG・Yの母音の置き換えがある漢字である「癌"gan"・岩"gan"・崖"gai"(崖のみはyの頭子音やスペリングを欠落してyaiではなくaiと発音表記される)」のいずれも日本で音読みが浸透している(癌は癌、岩は岩石、崖は断崖絶壁など)。
※GY互換・置換の法則は、詳しく話すと、仮説上古音・広東語の綴りでは頭子音"ng"の漢字=上記「岩」関係以外にも「我・原・彦(顏)」などの文字がもれなく該当している。古い日本で頭子音"ng"は"g"として取られた・・・いわゆる軟口蓋鼻音・鼻濁音は共通しているかともかく、現代ローマ字表記では"ng"と"gの違いがあるのみである。"

「則天文字」や「癌」ピンインについては、時代背景や宗教的信条や思想というものによって「自然と発生したか変化したもの」ではなく、個人的思想による創作や合理的変更などである。
しかし、一応、こういった「例外」などを広く知ることは、物事の広い見解を養うと思う。
今、学術的かつ柔軟な見識を持つこの私が、広く知り得た情報から"Dharma"を例に、こういった見解をまとめることに大いなる意義を感じている。
学問の理性と柔軟な感性の調和が、最善の英知を育もう。

アレコレと私の音韻思考回路についてサンスクリット語の音写語句から顕著な例を引いたつもりであるが、縷々としている。
実際の中国大陸の仏教界隈における音写語句の文字列は、一種の記号であろうか。
実際に音写がされた当時にそういった語句が私の仮説に近い発音をされたかは知りようもないが、一つ言いたいことは、「達摩・達磨」の段落の結論の通りである。
日本に禅宗系が正統(?)に伝えられた頃合いには中国で"Da-mo"とか"Dat-ma"ではなく梵語での"Dharma"に似た発音がされていたから僧侶が日本で"Daruma"を広めたと推測できるように、他の音写語句も、似た発音の漢字を「仮に」当てることで、梵語での発音は訳経僧らが「口」によって伝え、漢字の文字列で梵語にもっと近い発音を思い出させる意図もあったろうと推測する。
「画期的・革新的」らしい禅宗系や密教系(空海・円仁など中国大陸に入った僧侶がいる)のようなものは、それ以前に伝来した音写語句と違って梵語寄りを重視したわけである。



音韻に関しては、世界中の言語と漢字の発音に共通項であるとか、アルファベットに付された発音(IPA一部準拠)を関連付ける思考がある。
その音韻論的な世界観の一端を図に表すと以下のようである。
頭子音としての「B, P, F, W, Mサークル(オマケはVでありHを隠す)」を示す。
一部は過去記事(2015年6月)のネタである。

両唇音 唇歯音 兩唇 唇齒

漢字や単語や、それぞれの関連性についての説明は省く。
私ほどに興味を持ちながらに便利なWiktionaryや漢字のサイトを見て学び、より思考を深めてゆけば、いずれは全ての関連性を繋げられよう。一部資料は画像内にURLを掲載しているが、ここにもリンクを掲載する。
http://en.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8D
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%A1%E5%94%87%E9%9F%B3

一例のヒントのみを記す。
「無・勿(否定の意味で共通)」
無"wu, mu, bu" ・・・ 勿"wu, motsu, butsu"(中国で入声音・韻尾"-t"欠落)
BM互換 (b/m置換、m/b置換)=日本の漢音・閩南語(ビン南語)に対する中古音・朝鮮語
MW互換 (w/m置換、m/w置換)=日本の呉音に対する一部現代中国普通話

日本の漢字音韻においても「は行の非は行説」があり、これを取り入れてある。
漢字音韻ではなく単なる訓読みも混ぜてあるが、これは自然言語の世界共通性を示すためである。
とはいえ、漢字音韻が時代と地域によって変化する点では、一つの音韻の原点を求め、それに基づいて世界共通性を問わねばならない。
漢字音韻には"Proto-Sino-Tibetan"説(印欧祖語のような言語学的に再構築された祖語)の語根の影響も考える必要が出てくる。
そこに原点を求めると、必ずしも自然言語らしい発音の成立を見出した私の見解とは一致しない可能性もある。

とりあえず、この図によって体型的な音韻理論を自ら導き出す訓練ができるとよい。
仏教でいえば曼荼羅を見て観想・瞑想するようなものであろう。
こうして知識を得て思惟に入ることで、中国漢字の発音と日本の音読みとサンスクリット語とギリシャ・ラテン系の西洋言語とで、意味と発音(子音)が共通する単語が多く見つかろう。

過去にも取り上げたものを含むが、羅列すると

 (フ・プ・ブ・bu, fu=pu, pitṛ, pater, father バブー赤ちゃん用)
 (ボ・モ・をもwomo・mo, ma, mātṛ, mater, mother バブー赤ちゃん用)
 (バ・マ・むまmuma・ma, mare・梵語アシュヴァで該当せず・関連は「《漢ngu梵go英cow》」)
 (トウ・タフ・トフtō=top, stūpa, tower・ガンダーラ語はthuva)
 (P・F・Wの両唇音多し、上掲画像参照・ほか梵語पवन pavana パヴァナも両唇音、拉ventus英windに通じる梵vāyu, vāta)
 (訓・音とも、上掲画像参照・ほか3人称中動態・受動態動詞で梵語पर्दते pardate、古希語πέρδεται pérdetai)
 (キュウ・キフkyū=kip・すふsū, shupu, シュヴァスश्वस्√śvas, スピーローspīrō)
 (キュウ・キフ・ギフgip・上古音*ɡrɯb・およぶoyobu・人 + 又 = つかむtukamu・グラブgrab, ग्रह √grabh √grah・にぎるnigiru・グリップgrip)
 (ホウ・ハウhou=pau, pao・あぶくabuku・ブクブクbukubuku・バブルbubble・बुद्बुद budbuda)
 (ミョウ・メイ・ミン・myō, mei, ming・なna《なまえnamae, なまへnamape》・ナーマनाम nāma・ネームname・オノマὄνομα onoma《アノニマスの一語根》で子音が全て両唇音・鼻音系)
 (ブ・ム・bu, mu・ないnai・NoNot, None・ナनnaマッमतmatメーμή mēで頭子音が全て鼻音・・・特に日本語・西洋諸語・インド系諸語はみな頭子音が"N"であり"L"の類も歯茎音カテゴリで同系か。頭子音"B"の類も"M"と同系である場合が考えられる。また英語の否定接頭辞in- un-なども同系か。否定接頭辞についてギリシャ由来のan- ἀν-は母音が連なる場合にnが介したものであり原型はa-。そのn介音はサンスクリットにも共通する。例は希Anonymous・梵Anātmanなど)

などが、それである。
ある程度の範囲で印欧語根(proto-indo-european印歐語根)・漢蔵語根(proto-sino-tibetan漢藏語根)で定説ともなっているが、こういった点は英語版Wiktionaryなどを参照してほしい。
私にとって未開拓サイトのhttp://starling.rinet.ru/cgi-bin/main.cgiも利用されたい。
学説・仮説・語根が通じ合わずとも、子音・発音が通じているものはおおよそ人間の感性が通じているものと見てよいので、どちらにせよ、言語の結びつきを知ることになり、私の本意とする。

共通点ということは、無論、「たまたま似たんだろ」と言って一蹴できる問題でもあるが、むしろ、「たまたま」一致するくらいに通底する原因があると考察してもよいではないか?
「似た者同士が結びつく」ことは偶然であって必然でもあろう、と考えてもらいたい、特に人類・人間界のことであれば、根本的な心が通ったものと感じてほしい。
偶然であって必然でもあることとは、不思議であって不思議ではないことである。
大いに考究すべきテーマではなかろうか?
※人類史的には偶然であって国際交流の結果ではなかろうが、だからこそ似た発音には発生経緯が似る理由がある。ある面で偶然・ある面で必然。自然言語なら自然な性質・ダジャレ・オノマトペ・擬音語・擬態語が関わる。あわパオ"pao"、ブクブクあぶく、バブル・ブッブダ"bubble, budbuda"というように(わ・ば・ば=唇の音 labial consonants)。

この道理は、私が小中学生の時、端的に説かれた科学的見解を知った影響によるが、現在までに様々な思惟の中で確かな感触を得ている。
決して「妄想の産物」ではないし、あくまでもその思惟のみによって物事を断定することはないほどに慎重な思考法をも、私は兼ね備えている(今までの私の文章で実感できよう)。



ああ、また長くなってしまうが、2016年12月2日に「觀萌私記」関係の調査で「もえ=毛延・毛要」を検索していると、「日本語千夜一話」という興味深いサイトを知った。
現在70代ほどの方が運営しており、過去にNHK放送文化研究所(言語・文化関係)所長を経験してから、どこそこの客員教授という肩書を持っているようである。
私の考察の仕方と非常に似たような方法(国語学と中国音韻学と西洋言語学の隔たりを無くした幅広い見地)で、日本語の語源を体系的に説明しており、例えば、上古音の学説を肯定的に採用している。
私は中・英Wiktionary所載のバクスター・サガール式や鄭張式の仮説上古音を参照しているが、彼はそれより前の時代のカールグレン式の再建上古音を書籍から参照しているようである(参考文献の一覧に示される)。

私は、何度も綴っている通り、たまたま似ている・共通している点を羅列して自然言語の成り立ちに思いを馳せ、ついでに人類史・語根説に通じた語源の同一性も確認したい気持ちでこういった記事を書き続けるが、彼の場合は、仮説・再建の上古音を正規の説と信頼し、しかも彼の思考の結果「日本語○○と中国語(時に朝鮮語)××は同源だ」とそのまま事実であると断定されるに至っている。
彼の見解には蓋然性があるかもしれないが、断定は早計にも思うし、異なる言語を無理やり共通させようとする「融和」の意図も感じられる(思想や感情ありきで理論を決定か)。
私は如何なる見解に対しても、安らいだ大海のように寛容かつ慎重な姿勢を取っておきたい。
私は未だ、20年以上前の出来事すら、五感で経験していない青二才である。



追記: 2017年8月16日
後の記事に追記した事項をこちらにも載せる(独自で更に加筆)。
 「法"dharma"」でさえも語根√dhṛより名詞化したものとなることが推定し得、実際にそのようである。語根√dhṛは「支える・維持する」という意味を持つ。古代インド人は世界の根底原理を見ようとし、「法"dharma"」と名付けた。「縁の下の力持ち」とは何であろうか?「(世界を)持つもの"DHARMA"(保持・維持・持続)」。マヌが作ったか?ブラフマーが作ったか?ヴィシュヌが実体か?現代に法律とは、世界や集団を維持するもの、秩序を守るもの。人の概念による構築物・人類の英知・宝玉が「法律」であり、「法の支配」とまで讃えられる。言語分析から、歴史や宗教や社会が理解できる一面もある。
 仏教徒が"dharma"と言うときは当然、ヒンドゥー教らしい世界の根底原理を意味しない。諸法"sarvadharma"というように「ありとあらゆる物事」が、何であれ"dharma"である。一方、「支える・保持する」という原義を鑑みると、仏教徒の信仰や修行の支えとして存在する「教え"doctrine"」が該当する。更に、個人の主観性を客観すれば、須臾刹那の心こそが認識能力・思考能力・行動意欲などを司っているようであり、仏の教えにも説かれるから、仏教には仮定の根底原理としての"dharma"もある。ただし、心の理法を、仮定の根底原理として"dharma, dhamma"と表現した経典があることは未確認である。

他、後日・・・「漢字三音考」や「奈萬之奈(なましな、生品・男信なむしん)」といった江戸時代の国学・国語学の書物には中国語や梵語(梵字)に関する言及もある。それらには、「一連の記事関連の考察(当ブログ・国語カテゴリ)」と多くの共通点を持つ見解が載っている。


2016年12月8日木曜日

各言語・音韻の瞑想 両唇音・唇歯音「B, P, F, W, M (V, H等)サークル」

当記事は後日投稿予定の下書き記事の一部を分割して独立した形で投稿する(12月4日に発案)。

原案の記事はこちら→http://lesbophilia.blogspot.com/2016/12/dharma-sanskrit.html



 音韻に関しては、世界中の言語と漢字の発音に共通項であるとか、アルファベットに付された発音(IPA一部準拠)を関連付ける思考がある。
その音韻論的な世界観の一端を図に表すと以下のようである。
頭子音としての「B, P, F, W, Mサークル(オマケはVでありHを隠す)」を示す。
一部は過去記事(2015年6月)のネタである。

両唇音 唇歯音 兩唇 唇齒

漢字や単語や、それぞれの関連性についての説明は省く。
私ほどに興味を持ちながらに便利なWiktionaryや漢字のサイトを見て学び、より思考を深めてゆけば、いずれは全ての関連性を繋げられよう。一部資料は画像内にURLを掲載しているが、ここにもリンクを掲載する。
http://en.wiktionary.org/wiki/%E4%B8%8D
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%A1%E5%94%87%E9%9F%B3

一例のヒントのみを記す。
「無・勿(否定の意味で共通)」
無"wu, mu, bu" ・・・ 勿"wu, motsu, butsu"(中国で入声音・韻尾"-t"欠落)
BM互換 (b/m置換、m/b置換)=日本の漢音・閩南語(ビン南語)に対する中古音・朝鮮語
MW互換 (w/m置換、m/w置換)=日本の呉音に対する一部現代中国普通話

日本の漢字音韻においても「は行の非は行説」があり、これを取り入れてある。
漢字音韻ではなく単なる訓読みも混ぜてあるが、これは自然言語の世界共通性を示すためである。
とはいえ、漢字音韻が時代と地域によって変化する点では、一つの音韻の原点を求め、それに基づいて世界共通性を問わねばならない。
漢字音韻には"Proto-Sino-Tibetan"説(印欧祖語のような言語学的に再構築された祖語)の語根の影響も考える必要が出てくる。
そこに原点を求めると、必ずしも自然言語らしい発音の成立を見出した私の見解とは一致しない可能性もある。

とりあえず、この図によって体型的な音韻理論を自ら導き出す訓練ができるとよい。
仏教でいえば曼荼羅を見て観想・瞑想するようなものであろう。
こうして知識を得て思惟に入ることで、中国漢字の発音と日本の音読みとサンスクリット語とギリシャ・ラテン系の西洋言語とで、意味と発音(子音)が共通する単語が多く見つかろう。

過去にも取り上げたものを含むが、羅列すると

 (フ・プ・ブ・bu, fu=pu, pitṛ, pater, father バブー赤ちゃん用)
 (ボ・モ・をもwomo・mo, ma, mātṛ, mater, mother バブー赤ちゃん用)
 (バ・マ・むまmuma・ma, mare・梵語アシュヴァで該当せず・関連は「《漢ngu梵go英cow》」)
 (トウ・タフ・トフtō=top, stūpa, tower・ガンダーラ語はthuva)
 (P・F・Wの両唇音多し、上掲画像参照・ほか梵語पवन pavana パヴァナも両唇音、拉ventus英windに通じる梵vāyu, vāta)
 (訓・音とも、上掲画像参照・ほか3人称中動態・受動態動詞で梵語पर्दते pardate、古希語πέρδεται pérdetai)
 (キュウ・キフkyū=kip・すふsū, shupu, シュヴァスश्वस्√śvas, スピーローspīrō)
 (キュウ・キフ・ギフgip・上古音*ɡrɯb・およぶoyobu・人 + 又 = つかむtukamu・グラブgrab, ग्रह √grabh √grah・にぎるnigiru・グリップgrip)
 (ホウ・ハウhou=pau, pao・あぶくabuku・ブクブクbukubuku・バブルbubble・बुद्बुद budbuda)
 (ミョウ・メイ・ミン・myō, mei, ming・なna《なまえnamae, なまへnamape》・ナーマनाम nāma・ネームname・オノマὄνομα onoma《アノニマスの一語根》で子音が全て両唇音・鼻音系)
 (ブ・ム・bu, mu・ないnai・NoNot, None・ナनnaマッमतmatメーμή mēで頭子音が全て鼻音・・・特に日本語・西洋諸語・インド系諸語はみな頭子音が"N"であり"L"の類も歯茎音カテゴリで同系か。頭子音"B"の類も"M"と同系である場合が考えられる。また英語の否定接頭辞in- un-なども同系か。否定接頭辞についてギリシャ由来のan- ἀν-は母音が連なる場合にnが介したものであり原型はa-。そのn介音はサンスクリットにも共通する。例は希Anonymous・梵Anātmanなど)

などが、それである。
ある程度の範囲で印欧語根(proto-indo-european印歐語根)・漢蔵語根(proto-sino-tibetan漢藏語根)で定説ともなっているが、こういった点は英語版Wiktionaryなどを参照してほしい。
私にとって未開拓サイトのhttp://starling.rinet.ru/cgi-bin/main.cgi?flags=eygtnnlも利用されたい。
学説・仮説・語根が通じ合わずとも、子音・発音が通じているものはおおよそ人間の感性が通じているものと見てよいので、どちらにせよ、言語の結びつきを知ることになり、私の本意とする。

共通点ということは、無論、「たまたま似たんだろ」と言って一蹴できる問題でもあるが、むしろ、「たまたま」一致するくらいに通底する原因があると考察してもよいではないか?
「似た者同士が結びつく」ことは偶然であって必然でもあろう、と考えてもらいたい、特に人類・人間界のことであれば、根本的な心が通ったものと感じてほしい。
偶然であって必然でもあることとは、不思議であって不思議ではないことである。
大いに考究すべきテーマではなかろうか?
※人類史的には偶然であって国際交流の結果ではなかろうが、だからこそ似た発音には発生経緯が似る理由がある。ある面で偶然・ある面で必然。自然言語なら自然な性質・ダジャレ・オノマトペ・擬音語・擬態語が関わる。あわパオ"pao"、ブクブクあぶく、バブル・ブッブダ"bubble, budbuda"というように(わ・ば・ば=唇の音 labial consonants, 梵語でoṣṭhyaという)。

この道理は、私が小中学生の時、端的に説かれた科学的見解を知った影響によるが、現在までに様々な思惟の中で確かな感触を得ている。
決して妄想の産物ではないし、あくまでもその思惟のみによって物事を断定することはないほどに慎重な思考法をも、私は兼ね備えている(今までの私の文章で実感できよう)。



ああ、また長くなってしまうが、2016年12月2日に「觀萌私記」関係の調査で「もえ=毛延・毛要」を検索していると、「日本語千夜一話」という興味深いサイトを知った。
現在70代ほどの方が運営しており、過去にNHK放送文化研究所(言語・文化関係)所長を経験してから、どこそこの客員教授という肩書を持っているようである。
私の考察の仕方と非常に似たような方法(国語学と中国音韻学と西洋言語学の隔たりを無くした幅広い見地)で、日本語の語源を体系的に説明しており、例えば、上古音の学説を肯定的に採用している。
私は中・英Wiktionary所載のバクスター・サガール式や鄭張式の仮説上古音を参照しているが、彼はそれより前の時代のカールグレン式の再建上古音を書籍から参照しているようである(参考文献の一覧に示される)。

私は、何度も綴っている通り、たまたま似ている・共通している点を羅列して自然言語の成り立ちに思いを馳せ、ついでに人類史・語根説に通じた語源の同一性も確認したい気持ちでこういった記事を書き続けるが、彼の場合は、仮説・再建の上古音を正規の説と信頼し、しかも彼の思考の結果「日本語○○と中国語(時に朝鮮語)××は同源だ」とそのまま事実であると断定されるに至っている。
彼の見解には蓋然性があるかもしれないが、断定は早計にも思うし、異なる言語を無理やり共通させようとする「融和」の意図も感じられる(思想や感情ありきで理論を決定か)。
私は如何なる見解に対しても、安らいだ大海のように寛容かつ慎重な姿勢を取っておきたい。
私は未だ、20年以上前の出来事すら、五感で経験していない青二才である。


2016年11月21日月曜日

2016年8月5日以後の訪問者ら(保健士2名)との対話


http://www.youtube.com/watch?v=vuoh_7FKh3Q

2016年8月5日の対話を発端とした保健士2名の訪問について、「類聚(とくに外伝)」記事の形式でまとめようと発案したが、普通に文章をまとめる記事としての位置づけに変更した。
この保健士2名はいずれも女性であり、名はS(画像奥の左)とU(画像奥の右)である。
Sは最初の訪問で私の話番号のメモを取って私にオフィスの電話番号を告げてきた人物であり、実際にSから掛かる電話の電話番号は異なる。
Uは最初の訪問で私に多く質問してきた人物である(以後2度の訪問はいずれもUが多く質問してきたと言い切れない程度になっている)。



まず、当記事の起草に際して記した11月9日の文章を載せる。
こちらは当日の日記メモに掲載していない。
11月11日反映(起草は10月1日)の記事と思想が共通する(意義の補完がされている)。


保健士が家に来ることを拒まない理由は10月31日メモ(後掲)の記述の通りだが、来てもらいたい理由もある。漠然と来てもらえば「良いことがある」とは思わず、来てもらうことで何らかの手引きをしてもらおうと願いもしない。 寧ろ、他人に手を引いてもらおうなどと思ってはならない。社会復帰云々なども願わない。ただ彼らとの交流によって普段の日常生活・研鑽・修行の日々とは異なる視座より、己の発想・判断・言動を顧みる機会とする。私は今、こうして思い巡らしている通りに、分析して反省して決意に繋げる。

彼らの訪問について、次からは率先してゆくべきである。判断と言動を明瞭にし、積極的に振る舞うべきである。例えば、彼らを家に上げる際、立ち話を長引かせたり終始立ち話となる経過に良心の呵責を覚えるならば、彼らを率先してリビングの席に案内すべきである。相手から奇怪に思われそうであっても、逡巡するくらいであれば、思った通りに、自分の意思に随った行動を自由に行えると良い。その行動によって顧みるべき過失が起きても、行動をしなかったこと自体の後悔があるよりは清々しい。顧みるべき過失が起きたならば、これも改心の種となろう。善良な意思に随った行動が自由にできる徳が無い私ではあるが、こうして反省できるならば、すでに彼らを家に呼ぶ利益を上げられたこととなる。今後、実際の行動に反映することで盤石となろう。であるから、私を成長させる因とは、積極的に求めこそしないが、有るならば拒まずに活用すべきである。無いならばそれまでのことであり、日頃の生活での中で微々たる成長を願うのみである。





以下から日記メモにおける関連する文章を載せてゆくが、記事投稿日以後に情報が増え次第、末尾(クリックでジャンプ)に追加してゆく。



10月31日の日記メモより引用
保健士訪問に関する思考のメモ「もし話が毎度に渡って同様であり、議論が平行線のままならば、訪問を断ってもよい。まず相手に、私の話を聞く必要があると仮定した上で、私から話す必要も生じているが、私から話す必要性が減るならば相手も聞く必要性を失ってゆく。彼らも人間であって感情を持つため、そういう時には受け入れる可能性はある。また、彼らは業務・公務として私などを対象とした無料の家宅訪問を行っているが、あくまでも業務・公務であるならば彼らの意思に適わない。人権を鑑みるべき行政であるから、人権尊重の一環で私などを対象とした訪問を行う。私としても最近の痔など不意に発生する問題、有事の際、誰かに話ができると良い一面はあろう。しかし、基本的に報酬を得ない慈善団体やボランティアの活動とは異なるので、生業として行う彼らの事情に符合しなかろう。こういった観点で、今回ないし数回以内には彼らの訪問を断る可能性もある。」



10月31日
14時の直前に保健士2名が訪問した。痔(のような何か=腫れ)の話をする経緯もあったので、見せることとなった。2012年7月の火傷・病院の時と同様に見せる必要に応じて拒まずに見せるし、勃起もしない。Sさんが患部を触ったり圧したりした。訪問は全体40分程度で終わり、2名が帰った。



10月19日
14時47分、保健所・○○××課のS(いつもの女性)から電話が入り、10月31日14時に例の通りSとUの2名が訪問する予定を聞いた。簡潔に終了する通話であった。



9月26日 関連動画 - http://www.youtube.com/watch?v=xIicDXdGoDc
13時29分に豊橋市保健所の前回と同じ女性2名が訪問した。話を行う場所は自室のつもりでいたが、自室に案内できる雰囲気でもないし、部屋を見る目的は無い確認を取ったため、1階リビングになった。立ち話を5分以上続けていくうちにSがしゃがんでノートにメモを取り、数分後にはUもしゃがんでノートを覗き込み、私も立って見下すわけにはいかないからしゃがんだ。結局、正座するようにもなった。話としては、彼らが知らず、母親にとって知ってもらいたくない昔話が長引いた。今の生活のおさらいもさせられた。最後に次回訪問の都合に関して意見交換を行った。この時間は、45分続いた。細かい内容に関して一つ記すべきことは、彼女らの「お母さんの考え・○○くんの考え」という表現である。要は、両者の考えを尊重すべきであると思っている反面、私の考えに同意するつもりが無いという心境であろう。彼女らは、私が拒否しないか事態が進展しない限りは同じように訪問し、毎度同じような結果に陥ると考えてよい。



9月25日
その前日の就寝時には母親にメールを送信していた(19時47分)。先の9月21日の保健所からの電話に関して疑問を書いてある。本題は「保健所の人が9月26日に私を訪ねる話は聞いたか?」であり、続いてついでに書いた「どうにもあなたは何度も電話を掛けられて一度も出ていないと聞かされた・別の業者(後述のフレッツ光・コミュファ光)からもあなたは電話に出ていないということで確認の書類が送られたようにあなたはどういう状態のために電話を出ないか?」という些末な説明的質問にのみ答えたようで22時33分と22時34分の2度にわたって返信された。1度目に、電話が出られないことについて「電話の調子が悪い・(着信音が)出ていれば出る」というどうでもいい話、2度目に「コミュファ光です。」とのみ私が「フレッツ光」と書き間違えた部分の正誤を示してきた。このような揚げ足取りしかできず、文章をその時その時の取り方(前半部分を無視している)でしか読めない人間には、いつも長文のメールを書く気にならないが、やはり今回もそのようである。これでは、保健所の件を承知したか確認が取れない。一応、肯定的に見るならば、私を訪ねる話は知っても知らなくても気にならないということであろう。全てにおいて信頼もできず、尊敬などできない母親には失意落胆・絶望しか残らない。

: 母親と保健士の電話でのやり取りの状況は、その後の確認がある。10月1日のメモにおいては「17時0分ころ、母親から月頭の小遣いを渡されるにあたって保健所職員の来訪について相談された。色々と母親の理解不足を感じたが、それはよいとして、ここに記録すべきことは、母親が今も保健所職員と連絡しあっていないことである。あの9月26日の来訪以降も母親は通話などしていないのであろう。家の電話と携帯電話と、どちらに着信があるのか不明だが、母親から電話を返すこともなかろうか。ほか、次の来訪までに母親が手紙か何かを書いて私から手渡しをする必要がある考えを話された。」と記録している。その後はというと、10月30日のメモの中で「14時41分には、明日10月31日14時の保健士2名の私への訪問に関して当事者から改めて電話を『この前(1週間以内のことらしい)』受けたという。そこで改めて私に明日の買出しで母が家を抜けるという話をされた。」と記録している。



9月21日
16時37分、俄かに電話の着信があった。外出中の母親かと思いきや、0532の市外局番であった。その番号を見て警戒はしたが、数秒ほどで8月5日の訪問者に記憶が繋がった。名刺を取って番号を照らし合わせると、電話番号の下2桁のみが異なっていた。しかし、無視するわけにもいかず、一か八か、その訪問者である推測に掛けて通話を始めた。結果は、あの訪問者の1人であるSさんである。要約する。次の月曜日(9月26日)の午後1時半に来訪するつもりである。私の母親へ今までに何度か電話を掛けたが出てこない(8月5日以降のどの時期なのか本日より近い内なのか不明、私にはこの電話が初めての着信)。私からは、前回訪問時8月5日の10日以内とは母親の生活状況が異なるため、前回訪問時の理解で来ると問題があるかもしれない懸念を伝えた上で、彼女らの予定を受け入れておいた。ほか、Sさんは「プライバシー」を理由に動画撮影の拒否を願い出ていたが、法的根拠を問わずにこれも快諾した。私が記録をしたければ録音でも構わない。インターネットには「公務員に肖像権はない」云々といって相手の願い出を拒絶する動画撮影者も多く、彼らの反権力姿勢のために必要な革命的行為であろうが、およそ民主主義シャカイの常識人の振る舞いには見えない。



8月5日 (日記メモ引用のもの)
15時40分ころ、客の訪問があった。2階にいる母親はだらだらと応答していた。どうも、相手が家に来るという予定のある訪問らしいが、前日の家庭教師とやらとは別人である。玄関前で母と訪問者2名(?)の話が始まった。まず十数分は母親から相手の対応・今までの電話ややり取りに関して細かく詰問していた。何の話が本題か、全く見えないように自分の不満を話したがる人間である。その中から、かすかに私と関連がある線を感じ取った。母親の詰問が終わってから、ようやく本題が見えてきた。2015年12月22日の出来事に関して警察に通報したとか、その警察が保健所に相談したとかと聞かれる(この件も警察の対応を母親の対応として誤解されたという詰問をして母親の不満が滲み出ていたが)。12月22日の出来事に関しては、私が錯乱してすぐには通報できなかったという母親らしい誤認識が発されていた(途中の場面では黙って母親の愚痴を耐え忍んで聞き続けたほどであるのに)。

今までも2013年12月・翌1月の蒲郡支援者2016年5月11日の山本さんだとか、母親の人格が狂っていて私や弟らが生まれてより何ら母親のエゴに沿わせることもできない教育の無力・無資格の者が、そんな相談をいくら続けたところで母親のエゴイズムの実現など有り得る道理などない。いくら失敗を重ねても学ばないという救いがたい人間である。相手の女性いわく「引きこもりのお子さんについて早急な解決はむずかしい」と、母親は急進主義で愚昧な者だからいつまでも理解できなかろう。母親は認識能力も自覚も全て下劣であるから、いくら自分の肝胆を砕いたところでエゴイズムの満足に達しない。母親の利己的結果に誘導すべく、実子たる私について「病院に行かせようとすると暴れる」といった讒言を重ねて印象操作をするが、相手の女性はずっと穏便で慎重な言い方を続けていた(当たり障りのないような表現や「確かに病院に連れていかれて暴れる方もいらっしゃいますから、もちろんお子さんのことを言っているのではありませんよ」など)。


16時37分、今までの相談相手の人間と異なり、私と実際に話したいとのことであった(2013年ころは一例のみ扉越しの話はあったが)。私としてはまたとない説法の機会となるため、彼らに母親の本性を示すこと、また利益の深い仏法の妙音を、僅か僅かにでも聞かせ入れたく、心で快諾し、口には丁重に迎え入れた。彼らが部屋に上がって最初の5秒ほどは対面しなかったが、それはいけないためしっかりと向き合った。女性2名であるので、以下から彼女らと呼ぶ。彼女らは豊橋市保健所(通称: ほいっぷ)の人間(保健師)であるが、私はその場所の周辺へ2014年10月19日に散歩した経験がある。礼を失するが、話の途中からWebカメラを回して映像記録を取り始めた。ある程度、忌憚なくとは言えないが、伝えたいことを矢継ぎ早に告げた。扉やふすまを隔てた向こうをさまよう母に聞かれ、彼女らが去ってから、雨が降ろうと槍が降ろうと何ら怖じずに話を続けた。この対話は17時2分に終わった。撮った映像の21分15秒や22分39秒など、彼女らが去る様子を見せた時に私は合掌した。母親はこの後「一応はなしができるようにも見えましたが」といったややへそ曲がりな評価をしていた。私は今や、話を聞こうとする相手にはできるだけ話してよい立場であるのに、人々が最初から聞こうとしないだけである。話の最後の方でも「相手から私に聞きたいならば誰でも聞く」という旨を訴えた。今の私は「来る者を拒まず、去る者を追わず」という気質である。彼女らは17時7分に家を去った。



8月5日 (動画説明文のもの)
2016年8月5日15時40分、家に女性2名の訪問があり、16時36分から私への挨拶として訪問客の入室を許して16時39分から記録の動画を撮り始めた。
当日の詳細な経緯は、心ある視聴者の日記メモ閲覧に任す(後日投稿記事に載る→http://masashi.doorblog.jp/archives/48177612.html)。
※当動画の音声はエンコードで音質が劣化した

カメラに背いていたとはいえ、私の声は相手の女性よりも小さく聴こえる場合が多い。
どんな原因であれ、常に自分の声量や滑舌などを意識すべきであろう(無論、大きくしすぎてもいけない)。
話した内容に関しては、あまり難しい方向に引き入れないように配慮しつつ、必要を感じるごとにある程度は伝えるというバランスを重視した。
時折、「難しい」と感じられそうな言葉も引き合いに出す必要がある(言葉の権威に頼るようであるがそうせねばならない時もある)。
そういった考え方がある分野を、ぎこちないながらにも伝えてゆく使命がある。
本当にぎこちなくなっている部分は反省し、今後、誰かと話す機会があろうとなかろうと改善に努めたい。

話の随所で、私の知識であるとか私の生活であるとかは、他人の恩恵であり、感謝しているという旨を伝えている(7:30, 10:50, 18:48)。
1年以上前の自分では、恥ずかしいどころか、その考え方そのものが苦手で到底発言しなかったろう。
そして、そういった智慧や今の道は、愚昧な両親や悪辣な同級生などの存在なくして、得られはしなかったので、そういった憎むべき人々の存在も大いに感謝し得るものと重ねて告げている。
相互依存・共依存とは、「空」である一切の事物に例外なく適用され、私などは「釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ」という大聖人のお言葉に見るよう、悪親・誹謗者などさえも師匠であり、また一切の事物ですら師匠のように思えてならない。
無論、中道・平等の見地(真諦)からそう思うのであって、真に師匠や善知識とすべきは日蓮大聖人や釈尊などに限る。
11:50以降に「酷い父親・母親もいましたが」という表現に関して父親からもいじめられたか、と質問された。
動画内では否定しつつ、母親の暴力性に関しての話で終わっているから、改めて過去記事より詳細を示す。
母の非→http://lesbophilia.blogspot.com/2015/09/ruiju2.html
父の非→http://lesbophilia.blogspot.com/2015/09/ruiju3.html
母親の偏狭な価値判断と画一性→http://masashi.doorblog.jp/archives/35270784.html

今は「来る者拒まず、去る者追わず」という精神を保つが、むしろ話を聞きたい心のある人は歓迎する私である。
物事の平和的解決を願うならば、邪推を交えない対話あるのみではないか。
母親と言えば、認識能力に重大な欠陥があり、改善も見られない。
母親のように、いくら話したところで微塵の理解も譲歩も無い人間に対しては「三度諫むるに用いずば山林に交われ」となり、一方でそれ以外の人にはまだ話すことは重要である(日蓮大聖人の身延入山以前の折伏と入山以後の摂受という変化に見るが弟子には折伏を訴えていた)。
母親は時折、私に関して電話相談をしたり、相談員を招いては誇張や脚色で私の印象を根も葉もない凶悪なものとしており、人々が母の主張を判断基準とすれば、直ちに私と話せば拒絶されて行き詰るものと思い込む。
幸いにも彼女らは、先にした会話の中で、母親のヒステリー具合(揚げ足取りが多いなど)を感じ取り、その本性を薄々と察していたようで、母親の誇張じみた私の印象を鵜呑みにせず、常に慎重な言葉遣いを続けていた。

母が話す私の印象に「病院に連れて行こうとする(話だけ)と暴れる」とか、「何か話すとすごい錯乱して手が付けられない」といった被害妄想か、入院させる願望を正当化するための卑劣な魂胆か、過度な誇張が多々発露されていた。
2014年10月12日の出来事の場合、私は紙製の棒で小突こうとして逃げられたり、2015年12月22日の出来事の場合、私は母を目覚めさせるべく一発の拳を腕に浴びせただけであるのに、それらは悉く裏目に出て、母こそが怒り狂って物を手に取ったり部屋に押し入ってきたりと、物凄い剣幕で気勢を上げての過剰防衛を行ってきたくらいであり、母の怒りが収まるまで止めようもなかった。
私がやり返せば泥沼となるだけであると認識しているが、そうであれば、やはり私も最初から手を出そうとしてはならない。
だから、当時は大いに己の怒りを戒める決意をした。

しかし、私が自覚したところで、母の慢性的な妄想傾向や誤認識・攻撃的認識などは直されるはずもない。
争いの解決は、相互の自覚と反省に依る努力あるのみと、再三インターネットで訴える。
母親は生来、無慚無愧にして善悪を分断する蒙昧の輩である。
対峙する片方のみが絶対悪であるという善悪二分法・善悪二元論の思考では、解決も平和も有り得ない。
彼女らにも、こういった対立や平和の性質に関して説示しておいた。
一般人には世界悉檀である。
母・弟の喧嘩に触れて詳述した記事→http://masashi.doorblog.jp/archives/47723867.html

電話番号を伝えるくだりについては、少し回りくどかったようだが、一応相手も連絡先を取るという社交辞令のような立場もあるから、こちらも受け答える必要があろうため、私もその立場として電話番号を伝えた。
よく喋ってくる方の女性の名刺は与えられなかった。
その女性は常にハンドタオルを右手に持ち、度々顔に当てていた。
先に母親の相談を受ける折にも鼻をすする音が幾度と聞かれたが、この女性が発した音であろう。
世の中には、一見泣かないようで、実はとても心に思いやりと悲しみを抱えた、人情深いとされる人もいる。
「日蓮は泣かねども涙ひまなし」、私もただ仏法の流布を願って常に歓喜や憂慮を繰り返している。



記事投稿日(2016年11月21日)以後の追加情報

※ここまで日付の降順で載せたが、ここでは昇順で載せる。

11月28日
13時21分、唐突に電話がかかったが、当然、今、1階リビングにいる母親(本日出勤せず?今月は月曜日の出勤らしい動向も見られたし先週水曜日が祝日であったこととは違うにもかかわらず本日は出勤せず?)ではない。けだし保健士Sであろうし実際にそうである。電話ではリビングの母親を気にしたために、ただ小声でハイ、ハイと続けて「11月31日・水曜日・1時半か2時ころ」というはっきりとしない予定が決まった。11月31日・・・そんな日は無い。仮に有っても水曜日にはならない。通話中、わずかに違和感を覚えていたが、ハイ、ハイくらいしか声に出そうとしなかった。ボケ極まりつつある過失が多い。「11月31日」が私の聞き間違えでも、ボケであり、死にたくなる。絶望的である。先の記事(※当記事)で、後悔を恐れない姿勢を綴ってある通り、掛け直すという行為もたまにはすべきであろう。

13時43分、せっかくの機会で決心がついているので掛け直しを行った。Sとは別人のSである同課サイトウさんが応じたが、やはり、不在のようである。私の「やはり」とは、Sが私に電話した経緯は、保健所のオフィスを離れる手前の空き時間であったと推測していたためである。いつごろお戻りになるか、と尋ねれば、夕方ごろという。明日に掛け直す旨を伝えたが、やはり向こうからも私の名を問われて電話の件をS本人に伝えるということであった。私のしゃべり方については、やはりぎこちないながらに悪い勢いも出るようで、上手くいってはいない。



11月29日
本日は8時以降、前日の電話かけ直し予定について考えることもあったが、10時前から決心し、少し案をまとめてイメージトレーニング(リハーサルのようなもの)を行った。前日斎藤さんと通話した後はSさんが電話を掛けた13時ちょうどが望ましいと考えもしたが、就寝前には11時を定めたが、結局、間もなく実行を行う。10時12分から電話を掛けた。まず、同課を名乗る男性が出た。一応、私は苗字「○野」を名乗った(前回の反省)。それからSさんの存在を尋ねたので、男性がSさんを呼び出す保留状態にした。Sさんが出て前日の斎藤さんに関する確認と、その後、要件(11月31日説の実否)を確認した。11月30日・水曜日を改めて聞き出した。通話時間は保留を含めて1分57秒らしい。これにて私の「訓練」は成功裏に終わった。

「訓練」とは何か?大概の人や、私の中の合理主義は「Sさんは水曜日を本意としていたろうし、何月何日でも関係ないからわざわざ再び電話を掛け直す必要は無い」と価値判断をしてしまうであろう。しかし、その他人を犠牲にするという価値判断を前提とすれば、私は極悪人であり、一般人もみな罪人となる。ここで、何らかの犠牲を厭うべきでない。相互依存・苦楽の煩わしい世・娑婆は一定(いちじょう)である。特に私は自己本位の修行・訓練を自覚する。電話を掛ける・・・社会科か?職業訓練か?何でもよいが、私が必要性を自覚するならば意思のままに行えばよい。その言動が否定されるべきではない。その言動のうちに他人を尊重する心があるならば、何をしても大体、問題にならないので、可能な限り「自分磨き」をすべきである。件の記事(※当記事)においても、積極性を重視する考えが綴られる。後悔や反省も大事だが、「行わないことによる後悔」よりも「行ったことですべき後悔・反省」が良い。したことで様々に反省すべき点が増えてくる。今回の場合は大いに行動しておく必要を考えた。ただし、成功した行動であるから、その中に反省のポイントは少ないほどのみある。

(日常的記述・中略) 19時16分、母から電話がかかり、既に明日30日の保健士訪問予定を承知していて明日も10時ころには外出する話をされた。本日の外出でSさんに会って話をしたという。他に母から、「明日Sさんに『ありがとうございましたご迷惑をおかけしました、弟の受診先(心療内科?)見つかりました、お医者さん見つかりました』と伝えてほしい」と指示された(実際の母の切り出し方が唐突で曖昧であったから少し具体的に話してもらうように誘導した)。言葉にする機会の有無次第だが、そういうスタンスで非を言わずに了承した。この通話の時間も1分57秒であった。



11月30日
13時21分、Sさんから電話が入り、どうも今から保健所を出て我が家に赴くそうである。よって14時(午後2時)ころに到着するという。28日の電話で「(午後)1時半か2時ころ」と曖昧に話していた理由は、大体決まっていた予定だが当日の詳しい動向が不明であるためであろうか。29日には「1時半」と話していたが、結果は今の電話の通りである。

13時35分にSさんが来た。Uさんがおらず、どうも事情は、UさんかUさんの子供が風邪だとかとSは話していた。今回は1階リビングに予定通り案内した。主導すればあっという間である。座っての話は20分ほどで終わったが、立ち上がって以後も写真立てがいっぱい並んでいるラックを見て反応したSさん(9月26日訪問時もSやUが反応しており当時は彼女らの調子に合わせた)に、弟がしばしば写真立てを破壊する話をした。この10月か11月にも、一度、金色塗装で大きいオブジェ付の重い鉄製の額縁のもの(浦和区常盤在住時からある)を破壊していた事実を話した。弟と母親の精神的な問題について、家での内実(破壊行為など種々の不和)や外での事象(周囲との不調和)を話し、母と弟の両者に争いが起こる原理を簡単に話した。14時2分にSさんは我が家を後にした。

(日常的記述・中略) 話の内容を少し顧みると、Sさんは自ら「忘れっぽい」と語ることも多く、それは本人が自覚する範囲のものはそうとして、私が気になった点はどうであろうか。私が気になった点とは、以前された質問の繰り返しという点である。毎度、「食事や睡眠は取れているか・体の調子はどうか」と聞かれることに関して聞かれて当然であるとは思うが、「どう料理しているか」という質問については、以前と同じように答えて以前と同じように反応する。ただ気になるのみであり、私は何か鬱陶しいとは思わない。質問は基本的に質問通りに答える精神であるから、回答は怠くないし、吝かでない。人に話す必要があって彼女らを受け入れている、と常に綴る通りである。彼女らも人権擁護の行政の立場で私を訪問する必要があると自身で認識している。


12月26日
9時53分、保健所のSさんから電話が入り、明日に訪問したいという話であった。私はいつ来られても構わない気でいるが、母親のことを思考に介すると、とても翌日に受け入れられる気にはならない。このような迷いや倦怠感によってくぐもったような口ぶりで感情を伝え、翌年の業務再開以降に再度電話がかかる話となった。次回には、「母が恐らく家を空ける曜日」について伝えておく必要がある。今まではたまたま母親が家を空けた月曜日や水曜日が多かったが、この数ヶ月間はほぼ水曜日と金曜日に母が仕事に出ており、月曜日も母親の外出が度々見られる。本日は母が家を空けそうだから本日の予定ならばよかったろう、と思ったが、弟の冬休みもあるわけだから、やはり年明け以後に予定が組み直されるれることは都合がよい。ところで、私のここ数ヶ月の傾向といえば、疲れが重なっているのか、体が衰えているのか、精神的に調子が良いとは言えない。作業にはひたすら向き合っている(前日も音楽作業などを行って未投稿音楽動画の編集も進ませた)、といった姿勢が心身の不調を招いているのかもしれない。更に思う、次回は好調子で臨むであろうと。



○2017年

1月11日
13時9分に保健所のSさんから電話が入り、いつも通り訪問予定の話を受け、かねて告げようと思っていた「水曜日か金曜日」の指定をした。Sさんはもともと1月25日・水曜日のつもりでいたようであり、私は普通に承諾しておいた。水曜日・金曜日は母親や弟が家にいない日であり、気兼ねなく来てもらえる。まあ、急すぎなければ何曜日でも母親に事前の相談が出来て困らないわけで、前回12月の時はそこに問題を大きく感じて断った経緯がある。また、仮に水曜日や金曜日に母・弟が家にいても、そのように予定が急でなければ、十分に準備ができて問題が無い。



1月25日
13時前に1階リビングのエアコンの暖房をつけて保健士訪問までに温め始め、13時半ころに保健士2名が訪問したので1階リビングのエアコンの動作を止めた。14時3分に保健士2名との話が終わって見送った。次回も周期的なもので2月下旬となる予定である。毎度、彼女らとしゃべることで、私の進歩の道のりを顧みている。「観萌行大要」と名付けた文章の中に説明した、「愛憎の妄念」に関する試験でもある。相手は人間であって尊重すべき者であると同時に、自身の思考のある領域には介在させないことで人間でないと思うべき一面も兼ねることで、対等・平等の会話ができる理論を立てている。私の経験と思惟の所産であると同時に仏教的な裏付けがある。ひとまずはこのスタンスで「話すべきこと・行うべきこと」が最も滞りなくでき、それら行為による過ちが発生しても対処が適うと考える。細かいケースまで想定すると物事は滞るので、現状はこれが最善である。保健所職員に関する過去記事(当記事のこと)に載る11月9日の文章でも既に語った。



2月7日
17時17分に保健所のSさんから電話が入り、2月20日・月曜日はどうか、と聞かれ、前回訪問時に伝えた「水曜日か金曜日のどちらかが望ましい」という旨を伝え直した。Sさんは再度予定を調整すると言って電話を終えた。17時27分に再度電話が入り、3月3日・金曜日・(午後)1時半という話になった。ささやくような声で話し続けたため、体調が悪いどうか聞かれて肯定したが、風邪か・熱があるかどうか聞かれた際は否定した。風邪の自覚症状は現在も感じない。これまでの食欲も、2016年5月7日から2日間あったような不振状態ではない。



3月2日
「怪しい人」に対する監視目的もあろうか?私が訪問を受け入れる理由の一つは、身の潔白を証明するというか、怪しい行動や策謀などをしていない事実を誰か他人の目に晒すこともある。ところで、彼らが手帳に何らかのメモを取るような行為も、9月26日の訪問が最後であったように思う。彼らのメモ行為を鑑みてわざわざテーブルの前に設えたソファに誘導する必要もなかろうが、今後も、自然にソファへと案内することは継続する。彼らも形式的な訪問となっているであろう。私はただ正直に生きようとしているだけなのだから、たとえ過誤があろうとも偽りはない。



3月3日
私は本日の13時半に保健士の訪問を受ける予定であるにもかかわらず、悪い睡眠となった。 (中略) 3時19分に保健士2名が来て13時51分に帰っていった。前日のメモ中にある、メモを取る行為が久々に見られた。手帳ではなく、A4サイズで紙を切り離せるノート(ルーズリーフ?)に書いていた。製作中の動画の一定の段階が終わって一度目のエンコードの折、2階の母親の部屋に上がった。既にバルコニーに干し出してある洗濯物の確認をしたついでに、母親の机の上にある書類なを物色し、シフト表(?)の入ったクリアファイルを見つけた。母親の出勤の部分にマーカーが引いてあり、母親が長時間外にいた前日は、引かれていない。



3月28日
本日3月28日は、2:10の第一アラームに目覚めた記憶は無いが、最初の時刻確認が2時10分台となって2:20の第二アラーム直後に起床したので、そこで目覚めたろう。11時1分、保健所のSさんから電話が入り、4月12日の13時半に訪問する予定が決まり、その時は新年度であるからUさんがこの地域の担当を外れるということで、別の人を連れるそうである。※12時10分に再度着信があり、予定時刻を14時半に変更した旨を告げられた。



4月7日
(前略・母親との会話) 今月12日・水曜日・13時半に保健所の人が訪問する旨を告げた。この話題の延長で、母親に仕事関係の質問をし、「今月は行かない」というように返答されたが、当然、詳細な事情や背景は不明のままである。少なくとも、今月12日は出勤の日程が無いと考えられる。



4月12日


12時6分から母親の外出の動向を察知し、それまで話そうと考えていた用件を決断した。母親が一旦外に出て忘れ物に気付いた様子で、家の中に戻って2階に上がり、1階に降りてくるタイミングで「こんにちは」と声を掛け、足止めをさせた。いくつか話そうと考えていた用件があるが、母親に長く足止めさせるべきでないから、一用件に限定する。保健所の人が本日13時半に来ることは先に伝えてあり、母親がどちらに外出していつ頃戻るかを尋ね、13時ころか15時ころで予測不能と答えられた。もし早く済んで家に帰る場合は2階に控えてもらうことを頼んだが、母親はよそで暇をつぶすと告げてきた。12時12分に母親が発車した。

前回3月3日は、予定よりも早い13時19分に保健士2名が着いたものの、今回は13時半を周っても、14時を過ぎても姿を見せない。14時0分、何となく外の様子を見ているとステッカーが貼られた白い乗用車が家の前を通過し、近所の集合住宅の駐車場に停車したが、3分後には発車して場内を去った。彼らは普段、少し離れた某所の駐車場に停車してから歩いて家に来るそうなので、今回に限って気まぐれで集合住宅の駐車場を借りるはずはない。母親が帰宅することが先になりそうに思う。遅れて尋ねるとき、事前に電話でその旨を告げること(11月30日メモ)もあったが、今までにそれもない。13時半を過ぎる前から、実は私が予定を聞き間違えたのではないかなどと考えたりもした。14時24分に保健士2名が到着し、今回はSさんのほか、Uさんから代わってKさんである。いつも通りに1階リビングへ案内したが、数分後に母親の車が家に着いた。彼女らが私の部屋に入ることとなったが、母親に一応の挨拶をしたいそうなので許可した。自室と玄関の間で彼女らは待機し、挨拶を受けた母親はしばらく1階リビングにおり、数分後に2階へ上がった。14時50分に話が終わるまでに母親が再び1階リビングに居始めた。再び母親への挨拶を行った彼女らだが、母親に捕まえられ、母親の話を聞く展開となった。この話は7分、玄関で続いた。母親が彼らを屋外への退出を促し、2階に移動して何かをし、間もなく、母親が屋外に出て彼女らと話を再開した。連日の雨天・強風が明けてなお、風が強く吹く中での話は15時6分に終わった様子である。



13時20分、母親から保健所の人がいつ来るか尋ねられた。今月日記メモに保健士に関する記録が無いよう、前回の訪問以来、未だ連絡は無い。音信不通・音沙汰なし。前日・前々日に、「アレで最後のつもりなら別にいいか」と考えることもあった。



10時17分に保健所の人からの着信があり、相手は前回初めて会ったKさんだった。Sさんの時のようにり「体調はどうか?」と聞いてくるので、特に変わりがないと意思表示をして終えたかったが、本心を優先して痔のような臀部左端の腫れについて話した。過去Sさん・Uさんの訪問時(10月31日)に同様の腫れを見せたことがあり、それが同じ場所で再発したという経緯を説明した。次回の訪問についてKさんは5月31日11時ころ・Hという人物と共にする予定だと話す。



16時12分、母親が自室のふすまをノックし、いきなり「携帯電話を貸せ」と頼んだ。少しずつ、目的などを聞き出しながら携帯電話を渡す準備をした。保健所の人、Sさんであってもなくても保健所の人に「保険」に関して聞きたいとしていた。保険のことは保健所でなく保険の事務所に問えばよいと思うが、4月12日訪問時と連続性のある用件のためにSさん・保健所の人を求めているか?ある時、一旦2階から1階へ降りて口を漱いだ母親であり、再度発信しようとする時に携帯電話の扱いを教えた。2階に戻って電話を再開した母親は16時30分ころに終えて1階に降り、私に携帯電話を返すが、母親に通話内容に関して質問を行った。母親は体力が持続しづらいか立ち話が面倒のようであり、リビングに出て話すことを求めたので、応じた。過去の件(2011年8月以前)など、複雑な経緯について日記メモに記録しないでおく。話す最中の母親はソファの背もたれに体重を預け、片腕を手すりに乗せていた。顔つきは豊橋に来た2014年3・4月当時の牛久祖母(桜写真)にそっくりであり、首まわりの肉などがはっきりと感じられた。この姿勢でも腹部が張っているという様子が分かりやすかった。



8時過ぎに母親から前日の話の続きをされた。とある件に関してしばらくは行わない方針となった。また、保健所の人の訪問について「母親が保健所の人に頼る目的と異なる・現状維持は望んでいない」という話を聞き出し、保健所の人の訪問を当面停止することとなった。私が保健所の人の訪問を受け入れる「いくつかの理由」は過去記事・日記メモに記録する※主に当記事にまとまる※通りである。母親が保健所の人の訪問を拒否する意思を確認し、私から反対する事由が無いので許した。保健所の人の業務が始まると想定される9時から、母親に携帯電話を貸した。母親は明日11時に予定されているK・H 2名の訪問と、今後の訪問を停止する旨を、受話の人に話した。母親が目当てのKさんは会議か何かで出られないそうである。母親は本日10時~15時に家を空ける(買出し)から、保健所の人が折り返し電話をする時は「息子(私)」が応じるという話である。

当記事注: その後、家の電話に何らかの電話が入っても、「とある病院(弟関連)」からである。翌日も1週間後も、電話が折り返し入ることは無かった。



15時47分、保健所のKさんから電話が入った。母親による保健所への直接の通告から、20日が経過した今日のことである。体調はどうか、生活はどうか、といういつも通りの質問(仏教でいえば「少病少悩ですか」)のほか、母親の様子について質問を受けた。母親の心情(母親の目的・理想と相違する事実)、私の保健士訪問に関する姿勢などについて、私が理路整然と説明した。やはり訪問を当面しないでおく替わりに、私への定期的な電話による「生存確認」をするという。


2016年11月11日金曜日

中道修行者・信仰者の在るべき姿勢

脱社会にして順社会
脱宗教にして順宗教
これぞ中道の修行・信仰の在り方

社会に同じて名聞利養を求める姿勢ではなく、社会に反して種々の害を生む姿勢でもない。
宗教に同じてしがらみに囚われる姿勢ではなく、宗教に反して論争に業を煮やす姿勢でもない。
ただいま、このように中道の境地で「二重否定」の論証を行った。
社会にも宗教にも、同ぜず反せずして脱して順じる(脱ぎつつ順う)。

「脱社會而順社會 脱宗敎而順宗敎 此業即中道修行 此念即中道信仰」
「非同社會求名利 非反社會生多害 非同宗敎著團眾 非反宗敎交諍論」

このような姿勢こそ、己の苦しみを除き、他人との争いも生まず、他人に新たな苦しみを与えずして自分に苦しみの因を作らず、真に自他の平和と解脱を生む功徳となる「中道」の姿勢である。
私は仏教を学ぶ以前より「中卒ニート引きこもり」を名乗る脱社会・無宗教の身であるが、それのみを美徳とせず、社会を別物として尊重・協調しながら宗教の価値を肯定する「順社会・順宗教」という立場も得た。
閑居求道者として重要な方針の一端に組み込まれた。
続いて詳説したい。



・「反社会的」とは、一般的にヤクザ・指定暴力団や特定カルト教団などを指す言葉であり、比丘や私などは「脱社会的」な立場として中立・無害である。なまじ社会に関与するから社会に利益をもたらす反面、社会悪を犯す者も当然多い。資産家による脱税だとか租税回避地での架空運営など、経済面では顕著である。そんな慳貪な資産家が、国家の法に対して秘密裏に背いているならば、それこそ反社会的である(一部大企業による業界の独占や脱税も多く、これも反社会的)。また、社会に直接関与せずとも、観念的な部分で執着して苦悩する者がいる。そのように生活は社会から離れていても、心は執着・苦悩して俄かに殺人事件を起こすケースもある。それはともかく、私ほどに理解ある脱社会人だからこそ逆説的に順社会的でもあり、むしろ積極的に社会に順うべき立場が、托鉢・乞食によって生きる比丘"Bhikṣu, Bhikkhu (直訳すると「乞う者・乞食beggar」)"である。これこそ健全なる中道の人々の在り方ではないか。

・中道の在り方により、シャカイジン様ならではの犯罪行為も逸脱社会者ならではの犯罪行為も、共に防げる。また、それら"Crimes"に対して宗教・道徳的な"Sins"も、ある程度は起こさずに済むが、信じる人の信じる立場で自ら認める罪(三毒や七つの大罪と言われるような精神作用)は、残念ながら、我々は日々作って止まらない(それを止めて解脱することが仏道修行の目的)。比丘になる・出家するにあたっても、家族と分断するオウム真理教のような手法は、釈尊在世より実父・浄飯王(音写で輸頭檀那王)の懇願によって禁じられ、出家希望者の親が存命の場合は親の許可が必要となっている(十遮十三難の「父母聴」。由緒は律蔵に見ゆ。四分律では巻三十四を参照)。

・社会や経済というものは、どうしても現代文明に生きているならば関わる必要がある。いや、それは釈尊御在世においても変わらない。故に、社会という煩悩の大海からの出離を願って出家しても、仏教僧としての出家生活は在家の人々から僅かばかりの恵みをもらって(托鉢・乞食して)生きる。相互依存(共依存)や、少なくとも自身が他の存在に現象的・物質的に依存してこそ自尊も自虐もあり、生命維持もできるものと、虚心坦懐に認められなければ、それこそ解脱のための土壌が育まれない。一方、現代人は親元を離れて経済的に自立すれば、それが尊い自立的人生だと思いがちだが、それは資本主義と個人主義による妄執である。他人への物質的依存を排除した自立的な人生など誰にも有り得ないが、そう言うと親元(離婚母なので法律上他人だが)に住み続ける私の屁理屈に思われかねない。この際、完全な白黒もないが、相手がそう認定するならば何でもよいと思う。一応は弁論の余地があるので、私の説明をした。また、他人の世俗的な生き方は、過度でない限り否定する気もない(仏教を学ぶ者はより節度を持つべき)。

・こういった比丘の生き方は、一見利己的で「寄生虫」などと俗世間に思われそうだが、いや、その自覚があってこそ、他人へ敬うように振る舞えるであろう(自己肯定がかえって尊大に振る舞う精神的余裕を生む場合もあるが)。比丘が托鉢・乞食する際は無駄口を叩かないようにするが、私が母から食料を恵んでもらう生活においても、食品の種類や銘柄などの注文は行わないでいる(2016年現在、去年までは注文が多いところから漸次ラーメンの味と購入数のみの注文となった経緯がある)。彼ら比丘の、無駄口を挟まないで表情を変えない、という態度が日本では傲岸不遜に感じられる面もあろうが、上座部仏教圏の民間では逆に尊敬されるそうである(一部、観光客などには気さくに振る舞う者もいるそう)。それはともかく、そういった在家信者などに食料や寺院の寄進といった施しを受けるとともに、釈尊や諸々の比丘は法の施しを行う。しかし、食料や寺院の寄進の対価として法を施すものではない。法施とは、ただ人々に慈悲の教化を行う目的にあり、そうして結果的・副次的に在家信者からの物質的恩恵がある。私もまた可能な限り如法に生きて説法・教化を続けて参り、万象の恩恵に対する感謝を絶やさないことで貪欲さを減衰して精進する。

・社会を厭うにしても、宗教に転がり込んでかえって信者を餌にする俗物にコキを使われてはならないし、そんな俗物になってもならない。事情や魂胆はともかく、宗教の教団もまた金銭に執着している。現今の宗教団体は悉く文明の支配下に生きねばならない上に、新興宗教も伝統宗派も様々な理由で経済苦に喘ぐ教団もあれば、富を貪って利益を追求する教団もある。多くの信者は寄付・布施・供養といって何らかの金銭を恵む。それらは純粋に教団の興隆を願ったり信仰・研鑽ができる生活の感謝したり、といった心からされる寄付もあれば、空想の御利益を求めたり教団幹部を恐れたりするなどの不純な寄付もある。こういったしがらみ(不自由)を厭ってこその仏教であろう。特に出家者はみなそうあらねばならない。無論、前者の寄付を行える立場の在家信者は、そのままそうして教団に従うままでいる方が良い場合もあるし、これは強制するものでもない。元々そうである者に対してそのままで良いと言えるが、元々そうでない私のような教団未所属の者(講義の無宗教者)は、よほど気を許せる理解を得ない限り、教団や宗派や宗教施設に転がり込む必要はない。

・なまじカルト教団に入ったり、なまじ宗教を学んだために、宗教を排除する思想や、宗教を極度に嫌う潔癖思想を持つ人間を見て、私は「脱宗教・順宗教」と説く。感情は人の考えを振子のように動かす。意業は重いからこそ、清浄な仏教の思考によって制御する。現代的で極端な二分思考の弊害が、こういった宗教嫌いor教団所属者(カルト構成員)という二択以外の選択肢を排除する視野狭窄を生んでしまう。観るほどに私は、どこまでも、須らく中道なるべしと思う。近代的合理主義系の思想は左派であり、共産主義は極左と言われ、いずれも宗教に否定的であるが、この際、宗教を嫌う者は中道ならざる極左思考によって宗教廃絶を使命に掲げて生きてほしい(極右・ナショナリズムも既成宗教を邪魔ものとして敬遠する場合があるが民心の統制に利用できる場合は大いに利用する)。中国共産党やマルクス思想入門の手引きとなる私の記事をご覧になりたい(宗教廃絶など空理空論の共産主義革命には不可能だが)。上流気取りの中立思想(国連・EU・西側の民主主義国家などの意向)を重んじたい者は、せめて文化の多様性の観点によって旧来の宗教を尊重する心がけは必要である。

・二分思考の典型例は「我々の宗教を信じれば天国・我々以外の宗教を信じたり我々の宗教を信じなければ地獄」という教義である。社会面も同じことである。「成功・失敗」、「(仏教用語ではない意味の)成功して出世したい・失敗したら自殺する」、といったような二極の選択肢しか許されないならば、人類総ロボット化して超効率化社会を実現するか、いっそのこと絶滅する、二極の選択肢こそが正しい。そのどちらもが現代的な合理主義(かつは資本主義、かつは共産主義、かつは虚無主義)においては幸福の社会であろう。しかし、それは9割方の人間が肯定しない。なぜならば、ごく一部の例外を除き、人間には心がある。故に私は「脱社会・順社会」と説く。こう理解して実践する者は、社会を超越した「超社会(および超宗教)」の境地とも言える。釈尊はまさにそのようなお方である。私のような生い立ちで正気を保っている者こそ、まず社会と宗教を脱しつつ、尊重も行える「超社会・超宗教」の立場となってほしいと考える。そして愚昧なる民衆(自ら迷い苦しんで他人と諍い争う人々)に、二分思考を克服させる説法・教化に生きてもらいたい。

・「社会主義」とは、社会が人々に対して社会の理想を認めさせる立場にあり、これは現代日本に生きている小中学生ならば思い浮かべる「エリートを多く育てて無駄な政党とか政治家を省いたまともな奴が政治家になって支配すればよい」という、少し無理のある思想である。それは全体主義ともいうが、宗教の教団にも、そういった一宗教団体の理想を配下の信者に強制してその通り動かすものがある。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は社会主義(金日成主体思想)の国であるが、彼らは金一族の偶像やマスゲームなどで民衆を鼓舞して統制するように、こういった宗教団体も、何らかの信仰対象を旗印とし、集会で軍歌っぽい教団の歌を流して躍らせたり、大規模な集会でどこか無機質な印象を覚えるショーを行う。この話は仏教の思想とあまり関係のない社会学や社会科学などの学問的な考察となってしまうが、このように社会性を強めるとカルト教団同然となり、宗教を教団の枠組みで鼓舞すると社会主義のような全体主義体制に変わるという、少し考えればすぐ分かるような話を垂れた。「社会即宗教論」では中華人民共和国の共産主義・マルクス主義(正しくは毛沢東思想)を例にとって詳述している。今の日本は、社会主義と逆の立場にある「民主主義」の体制であるが、ともすると今の日本人は社会の妄執を強くして、人権尊重に欠けた思考を大人になるまでに強くしてしまう。それが当たり前の共通認識となっている現代の日本社会は、民主主義や自由主義が転がった、民主型の社会主義となっている。従来の社会主義は、為政者・政府の理想を下層の民衆に認めさせていたのに、今の日本は民主的なために民衆が民衆に社会的理想を強制し、それから逸脱するだけで「異物・異端者」とみなす風潮がある。日本から「和」の思想が死んで同化強制・同調圧力という「同」の悪に生まれ変わろうとしている。そうして日本も世界も滅ぶ。



起草日: 20161001
この記事における「賢者」の立場を補足する目的
http://lesbophilia.blogspot.com/2016/10/heretical-dogmas.html

日本の伝統宗派(出家)と日本の新興宗教(在家)の二元対立によって醜い罵り合いや粉飾を行う現象に関して2015年5月10日5時に少々述べた追記欄が過去記事にある。

出家して山に入る行為について、ことに別の宗派を批判する側が「叡山(など)に篭って修行しても侘しい・空しいだけ」、「社会から隔絶された山寺(各宗の本山寺院など)」と嘲ったり、「社会から逃避して修行」とまで蔑んだりもする。一方の出家・寺院・宗派としては、ホームページなどで「社会貢献」を強調することもある。片や出家の反社会性や脱社会性をあげつらい、片や非難された劣等感を糊塗している。

対して、その前者としての立場が強い某在家教団も、一般世間から反社会的カルトと非難される。宗教同士で「アレは邪教だ」と烙印を押しあうことは順当だが、社会性を持ち出す論は詭弁的。意見や立場が異なって対立すると結果的には低劣な争いで同化しちゃう真理だろう。宗教家が「感情」の中の「三毒」や「大罪」に振り回されるとは、色々と失望する。

結局、宗教に社会性を云々するのもアレであるし、真面目に修行をすればよいと思う。れっきとした犯罪行為ともなれば、法治国家のもとにおいて問題視されようとも、その範疇でなければ問うべきでなかろう。ことに「出家」であれば、否、「出家」だからこそ社会の趨勢に敢えて迎合する道理はない。2000年以上前のネパール寄りのインドでは、街を去り山に篭ることが美徳だったはずだ。

仏教とは、社会貢献だとかを強調するわけでなく、反社会的行為をするものでもなければ、利益に執着する俗物宗教などでもなく、先に示したような中道の立場にある。
多少、態度が人々に対して不遜になる面はあっても、先に示した通り、関与する人や全ての事物に感謝をしている(理論上は)。
二元対立の迷妄に喘ぐ彼らは、「いわゆるコンプレックス」と呼ばれる妄執に囚われて解脱に遠い上に、中道の境地からも極めて遠い外道の狂人のように思えてならないが、私がそう非難して良いはずもない。
出家も在家も、本来はそういった「相互依存」とか「お互い様」を理解して共存するものであろうに、今更そんな議論など、それこそ仏教に反していると自覚してほしい。

なまじ社会から逸脱しているという妄執を自分に重ねた宗教者が、そのようにかえって「自分は社会になじんでいて逸脱していない!」という感情を潜ませて社会性を強調する。
それは自尊でも矜持でもなんでもない欺瞞・粉飾・糊塗であり、多くの宗教団体はこの迷妄・苦境に陥っている。
社会からの逸脱であるかどうかなど、宗教(教義)にとって本来は関係が無い上に、それを糊塗するために煩うなどは、それこそ宗教の道を逸脱している。
だから「脱社会しかし順社会」として、共存共生の立場を取りつつも、同化する必要は無いと私は言う(優越感も劣等感も未練も執着も卑しい感情に因り、自他を悩ませる悪業となるから超越・超克せよ、と言う)。

※今は超克した立場によってこのような記事が書ける。今まではくだらない論争に意義を挟むと自分も同化しかねないからこのような話題の記事を避けたり、少し言及する程度に留めていた。今ではさほど気にせず、忌憚なく、こういった記事を書く必要を感じる。

およそ、宗教の教義はあらゆる人々を受け入れて救いの道を示しており、仏教はその最たるものだが、現今の宗教団体はかえって偽善を強調して人々を形だけ集めようとしつつ、大事なところでは門扉を狭めているのではなかろうか。
それで世人や在家教団から、疎ましく思われ、時代錯誤とか封建的とか社会逸脱とか社会隔絶とかとレッテルを貼られ、変な自覚を持つため、そのような欺瞞・粉飾・糊塗に徹している。
現今の宗教団体がどんな体制で社会への迎合を誓おうとも、どう続けられようとも、組織や組織的対立に無縁(広義の無宗教)の私には構わないが、そういった両極の主張「社会貢献 or 社会逸脱」のどちらかが宗教の教義そのものに見られてしまう事態は憂慮せざるを得ない(やはり中道・中立・中庸であってそもそも社会云々を重視することが本末転倒であり、あえていえば脱社会・順社会とするしかない)。
私としては、最も門が開かれた仏教を、特にそういった「コンプレックスなるもの」が強い人々に弘め、是非とも妄執からの解脱を期している。

宗教がらみの論争だと、「在日○○宗教」とか、争い合う相手側の首脳を「在日○○人」だとかとレッテル貼りを行ったり、著名な宗教家に医師免許も無く精神病(精神分裂云々)の診断を行う者も多いが、もはや宗教でも何でもなく、特にネットのものだと最初から宗教当事者を交えないで無宗教の者が好き勝手に言っている場合の方が多い。
そこまで来ると、仏教にも哲学にも暗く、人権思想という世俗の方面にすらも無知な者が、モラル無く悪罵しているような、禽獣か修羅の議場である。

もう一点言いたいことは、その「コンプレックスなるもの」が強い宗教団体が「理想のシャカイ」などと喧伝して挙句、終末思想を自ら具現化する例がある。
宗教団体でない個人的な仏教独学者も、にわかに「(経済的な)理想社会」云々とのたまう
そんなものは「順社会」の姿勢ではなく、その「コンプレックスなるもの」の所業である。
「健やかな布教活動に勤しむ中で社会が清浄になる」という副次的結果を望むならばまだしも、なぜ自ら変革を起こそうと画策するか?
共産主義・独裁主義・全体主義の者の革命思想そのものであり、穏健な仏教徒の発想ではない。
私は、私の説法・教化で「落穂拾い」が一つでも多く叶う結果を、仄かに願うのみである。


2016年10月21日金曜日

事実認識の相違、思想や意見の対立でヘイト感情…世俗上の中観法

インターネットで二元対立・二項対立の構造を見て、智者はみな、「どちらにも与したくない」と飽き飽き(倦厭)するに違いない。
中3の時(2011・12年)の私が、まさしくそういったイデオロギーの対立、ネット右翼とネット左翼と彼らを煽動する第三者などの醜い議論の場を見て「みな一理あるがみな狂っていてみな哀れ」と感じられた。
理論面と感情面とを上手く分別できないと、主張の正誤・人の善悪を判断する基準が乱れることになり、この当時はその点が不明瞭であったため、俄かには確信できなかった。
2011年、すでに私は他人との積極的雑談や議論をしなくなりつつあり、2012年以降からネットの政治議論やその他の雑談全般を嫌うようになった(アニメを見なくなった経緯とも関連する)。
私の政治的な思想遍歴については「思考区分による社会思想の分析」という記事の1.1に詳しい。
以降、2chのスレッドではROM専か、書き込んでも単発で連投をする程度しかしないでいた。
俗悪な言い方では「チキン」となってしまうが・・・。

「ヘイト感情」という表現は、ヘイトクライムとかヘイトスピーチという昨今巷でも聞かれるようになった語彙に関連付けている(私の過去曲の名前に"Hatred (ヘイトリッド)"という単語が含まれる)。
ヘイトクライムについては、身近な人間関係から起こる感情(憎悪など)を発端とした傷害・殺人事件もそうだが、今年の国内で大規模なものに相模原の障害者施設の入所者殺傷事件(私見を述べた既存記事追記欄)があり、広げれば政治・宗教などの思想に基づく確信犯(テロリズム)もある。
また、政府が行うヘイトスピーチの規制は、国際連合(国連・UN)等の指摘に因るものと見るが、その実際に起きている物事の対症的な処置・封殺行為では、ヘイト感情に起因する行動を起こす者の悪い感情(憤怒・瞋恚・驕慢・憍慢)を増長しかねない恐れがある。
対症的な処置であっても、目先の問題(騒音被害や特定外国人への人権侵害)の解決がされるか国連に恭順な姿勢を伝えられるならば、それでよいという魂胆であろうが・・・。



「中道」による自他の平和の確立(龍樹菩薩・釈尊)


中道を示した龍樹(竜樹)菩薩による「大智度論」の巻第一では「私が信じる仏法は真実で、他の仏法は虚構だ、という頑固な主張が言い争いの本源である(我法眞實餘法妄語。我法第一餘法不實。是爲鬪諍本。)」と説かれる。
悪い論争が発生する原理を端的に説いてある。
まず、自分が信じるものを揺らぎなく信じる精神は大切であり、仏法においても重要な精神である。
不信ばかりで疑いを起こし続ける懐疑論者の姿勢のままだと、修行がままならない。
しかし、同時に、信じているものに関して思考を偏狭にして排他的な主張を行ってもならない中道を知る。
※ここでは大智度論が龍樹さんに仮託して他人が撰述した論書であるという学説を差し置く。

自分の考え方があり、また、異なる考え方というものもある。
異なる考え方を論争で対立する派閥と仮に想定し、これを相対させる。
そして、自分がその相対させた仮想の敵に勝たせて自分の考え方の正当性を誇示する(他人に言わず自分の中で認定するのみでも同じ)。
仮想の敵に勝てない場合でも、何とか自分の考え方の正当性を別の方向で作り上げようとするが、その中で仮にその考え方が正当であると立証されても、論者自身の心の問題が膨れる副作用があろう。
また、そのような場合、相手の非に論点をすり替えたり、非難をし続けて相手の論理のレベルを自分と同格かそれ以下に落とす試み(後述のレッテル貼りなどを含む)もされているが、もはや「泥んこ遊び」である(冒頭の智者が厭うこと=身口意の三業が愚人と同じく泥にまみれること)。

こういった人同士の言い争い(泥んこ遊び)では、悪い感情(憤怒・瞋恚・驕慢・憍慢)を増長させ、最終的に心からの理解がないまま、離散となるか、一方的な強制服従などがされる。
個人的な思索に、自分の心の中で自分と仮想の敵の論争があって自分を勝たせても、自分が負けそうで別の考えによって正当化しても、「心が歪む」結果になりかねず、異なる考え方をアレルゲン・病原体として排除するような思考回路を強めてしまう。
その悪い感情を後にも引きずるならば、仏教においては成仏や解脱が叶わない。
三悪道・四悪道に堕ちてしまう原因ともなるから、やはり中道の精神は自他の抜苦与楽や三業の抑制に重要なものとなる。
世間の哲学として見れば、世界平和の原理もここに立脚している。
外典(外道の典籍)にも「小人の過つや必ず文る(論語: 小人之過也必文)」や「君子は豹変し、小人は面を革む(易経: 君子豹変・小人革面)」といった言葉もあるが、やはり仏教徒は心からの自覚・反省が大事であり、そうして自尊と尊他(他への尊重)が真に自他の安寧を生み、仏道を進ませてゆくのであろう。

釈尊もまた、テーラワーダ信者にはおなじみの「スッタニパータ(パーリ経蔵の小部にある"経集")」の第4章で、大智度論の所説と同じ意義を述べ、論争を超えた存在を讃えた。
中村元氏の訳では「796: 世間では、人は諸々の見解のうちで勝れているとみなす見解を『最上のものである』と考えて、それよりも他の見解はすべて『つまらないものである』と説く。それ故にかれは諸々の論争を超えることがない。」とある。
論争の派閥を作ったり、派閥に与したりしてはならない教示もある(同訳の800や912)。
この中村元氏の訳における796乃至803や、824乃至914が、こういった意義を述べた範囲となる(パーリ語のソースはSnp 4.5 Paramaṭ­ṭha­kasutta以降)。
思えば、同じく「大智度論」の巻第一に何らかの経典の偈3つを引用して漢訳者の鳩摩羅什三蔵が「衆義経("Sutta nipāta"経集とほぼ同義の名称)」としているが、この偈3つもスッタニパータ(Snp 4.12 Cūḷabyūhasutta)と同様の内容であった(大智度論: おのおの自ら見に依り、戯論して諍競を起こし… 中村Snp 878-881: めいめいの見解に固執して、互いに異なった執見をいだいて争い…)。



世に「どっちもどっち」「お互いさま」「喧嘩両成敗」「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない」という言葉がしばしば見られるが、これは個々の事例に対して気休めレベルに言わず、常にそういう性質があると理解して自身の肝に銘じた方が良いものと考える。
仏様のお立場に比べれば、我々人類は単なる凡夫であり、有情の生命は欲望から悪い感情まで全てを具えているため、みな平等に低レベルの存在である。
しかし、我々が仏教を知って学ぶならば、この捨てがたい欲望と悪い感情とを徐々に除いてゆけ、解脱を成し遂げる可能性もある。
そういった生来の、善悪とも自覚して努力せねばならない。

先のような仏教徒が理解する「中道」の心を持っても、その中道を押し付けたために中道ではない人々と争うようならば、それは中道と言えなくなってしまう。
いわば「中道VS非中道・反中道」であり、この中道は「有名無実・名ばかりの中道」に過ぎない。
宗教に関連付けると、既成の宗教は何らかの対立の歴史があり、現在進行中のものもあろう。
それらも互いの憤怒と慢心が原因であり、対立感情を強めて協調性にも欠け、和の心が無いようなものであり、中道ではない。
しかし、それらを「愚劣な抗争である」と無宗教の人が感じて「宗教なんかいらない・宗教は時代錯誤・宗教は・・・」と言ってしまえば、当然彼らの心に憤怒と慢心を起こしているから、彼らもまた中道ではない(既成宗教VS反宗教という二極の対立構造)。

賢者は宗教に同化せず、しかし宗教を蔑視せず、「脱宗教しかし順宗教」くらいの中立が良い。
特に現代の世俗に生きるうちの賢者は、そうであらねばならない(政治記事でも綴った通り多くいても日本の人口の2割程度でよい)。
既に宗教に所属している者でも、いわゆる「宗教多元主義」の人は、外において他の宗教を尊重し、内において己の宗教を正しく進行して実践している(外で争いを生まず内で自尊を保つ)。
我々が持っている選択肢は、教団に入信するとか、宗教排除を訴えるとかという二極の選択肢のみではない。
そういった両極端な考え(辺見・偏見とも)にとらわれる者がカルト教団(とされる本人が苦しむ場所)を遍歴し、そう思えば反旗を翻して目を真っ赤にして牙をむき出しにして宗教批判に転じてしまうから、当事者の精神的な境界も極端の状態にある。
このような愚昧の者たちを見れば見るほど、中道の尊さが理解できよう。

※中道とは「空」と同じで、中論24-18偈所説の如く「仮名(けみょう)」である。状態や性質に対して「仮に名付けた概念」に過ぎないから、中道を尊ぶにしても、中道という「仮に名付けた概念」自体を尊んで「中道の派閥意識」を作ったり、中道を標榜する派閥を作っては元も子もない。中道とは相対的な変化が当たり前で、常に柔軟なものである。仏教教団が夥しく分派した結果は、既成の党派を嫌う過度な中道意識が原因である。先述の通り、中道とされるものが「中道でないもの」との対立を起こすならば、既にそれは「有名無実の中道」であり、中道と名付け直すに値しない。

論争の派閥(党派)にせよ、宗教の団体(宗派)にせよ、たまたま所属したり分類される必要がある場合はそれでよいが、自ら所属したり作り出そうとする必要は無ければ、かえって所属することを極度に嫌う必要も無い。
必要性を理解していないからこそ、そういった、どこに所属している・どこにも所属していない、という「形式」にとらわれ、極論に陥り、脱却も超越も叶わない。
私が話す通り、中道の境地は柔軟であり、中道の思考は柔軟であると分かる(それほど繊細な判断力や精神性がある人間でないと「面倒くさい」ものだが)。

※「排中律」という考え方がある。文字通り、中間の発想や立場を排除する考え方である。対立事項のどちらかが正しいと論証されれば矛盾が無くなるという論理だが、これは仏教と大いに相違する近世の西洋哲学らしい概念である。物事、特に人間が絡む場合は矛盾が発生しやすい。それを受容せずにどちらか一方が正しいと思い込む発想が論争や衝突や戦争の原因であろうに。そういった世界的な矛盾を受容し、折衷か二重否定か超越のいずれかによって中道を立てることで多くの物事は穏便に収まるか、より自然な進歩を遂げる。ごく世界的な学問である科学や数学は、二元論および唯物論の立場で研究しても構わない。後述する「レッテル貼り問題」は、現代日本人の排中律じみた思考に根本原因があると説いている。現代日本人は中道に遠い。



我(アートマン)について ~ 「有り・無し」の両辺を超える


※一般に理解が困難であって難しく感じる人は読み飛ばしてよいが中道の理解には重要

仏教にある、概念としての「我」は、サンスクリット語やパーリ語"ātmán, atta (アートマン、アッタ)"の漢訳語であり、日本で一般的に認識される霊魂や、霊魂のように前世や来世を一貫する精神体(霊的実在・本質ともいう)などを指す(英語では単にSelfやSoulと訳するほかIdentityやEssenceとも訳す)。
仏教以前からのヴェーダの教え、バラモン教(ブラーフマナ)などはこの「我」を肯定した教義が根幹にある。
諸行無常と言われる「万物の変化」の中で、普遍の実体や変化自体を生じている主体があるのではないか、という見解を「我見」ともいう。
この「我(真我)」が、生命の輪廻転生(人間に生まれるとか動物に生まれるといった)を行うかどうかについて、一般的に仏教では否定されると認知される。
我が身の生死も、輪廻も、日常の様々な出来事も、科学における宇宙も、その発生は説明しきれないほど多くの原因の相関性(因縁)で結果がある。
そういった結果から「こういう原因があるのではないか?本源的な我(または創造神など知り得ない外界の存在)があるのではないか?」と誤って推量することを、仏教が排斥している。
原因も結果も、「既にある・あったと認識された物事」と「過去にあった・将来にあろうと推定する物事」を基にして自己の思考から割り出すのみである(仮想に過ぎないということ・例として燃料から火が出て火から煙が出る様子を見れば分かる・燃料だけで火が維持されることはないが燃料が無くても火が出ることはない・火から出る煙があっても煙がみな火から出るわけでないし火がいつも煙を生じるとは限らない)。
物事は「ただの物事」であって原因と結果などを問えないし、無理やり結びつける愚癡の思考は貪欲・瞋恚の肯定ができ、自分の主張を正当化したり悪行を進めることになる。

特に、仏教を「内道」たらしめる要素が、「我」の否定にあり、「我」を肯定する教えはみな外道である、といった認識も根強い(反対に物質だけで人体や世界が構成されていて死んだら終わるという見解の思想家が釈尊在世にいて彼らも六師外道と称されたように外道の一種である。我を肯定する"常見"の宗教も唯物論的な"断見"の思想も両極端な外道であるという)。
四法印の一つ「諸法無我」という言葉の「我」も、その"ātman"・霊魂としての「我」であり、これを否定する教義である。
しかし、実際、「我」自体を完璧に否定することが完全に良いかといえば、中道の意義においては慎重になる。

上座部仏教(小乗仏教と呼ばれた教団の後身)の経典(何の経典かは忘れた)での釈尊は、或る時は「我あり」と説き、或る時は「我なし」と説く。
対告衆(説法の聴聞者)の心にある迷いの見解や偏った見解を矯正する慈悲のために「言辞柔軟」の説法を行っている。
釈尊のそういった、一見して「二枚舌」と思われそうな「我」に関する説法について、弟子が疑問を投じ、釈尊がそのように理解を求めたという経典もある(何の経典かは忘れた)。
また、龍樹菩薩はこの事実を中論の第18章の6, 8の偈に説かれた(諸佛或説我 或説於無我 諸法實相中 無我無非我 乃至 一切實非實 亦實亦非實 非實非非實 是名諸佛法)。
「日和見」という言葉はその時の多数派に従う中立性を意味するが、釈尊はその逆の立場を取り、偏りを無くそうと中道に導いたわけである(立場なき立場を立場と私が呼ぶ)。

ほかに上座部仏教の経典の相応部「無記説相応・阿難経"Abyākatasaṃyuttaṃ - 10"」には、釈尊が中道・無記の立場により、とある修行者に「我」の有無を質問された際に沈黙したという話がある(経典の名に"無記, Abyākata, Avyākata"とある"無記"とはこの沈黙を指す言葉)。
その修行者に「有る」と「無い」のどちらかを答えても、彼がその答えに執着して迷妄に陥るであろうと推測して沈黙したという御判断を、釈尊は阿難尊者に話した。
そもそも「我」が有るとか無いとかは、娑婆に生きる我々凡夫が実感できる事柄でないし、それを釈尊など大徳は慮っておられるから、有り・無しを大衆に断言することもなかったろう。
一応の教義で「諸法無我」を第一としつつ、逆のことも言えるが、真実がどちらと断定できないしどちらでもよいから大衆に断言できない(説法の相手によって我の有と無と沈黙とを選ぶのみ)。

いわゆる「輪廻転生」説には2つの見解があり、1つは現世の「我が身(肉体と精神の結合=五蘊仮和合=地水火風が空によってたまたま肉体となって識を得ている状態)」の心が地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天界のような境地に変化をする状態を説く見解と、もう1つは世間で一般認知される前世や現世や来世の「我が身」の生きる状態を指す見解とがある。
後者の見解は、「我」とか「霊魂」のようなものを想定しないと理解しづらいし、一般世間ではそういった霊魂を想定して輪廻する・転生する・生まれ変わる、と捉えるので、多くの仏教学者(修行者ではない)が否定している教義である。
一応、そういった見方の教義によって「来世の修行では遅いんだ!」と修行者に現世での一所懸命・一生懸命の修行を決意させるための方便としては良いのであろうし、ある種の仏教における「我」の肯定ともいえる。
私がこう理解する上では、この際「我」が有るという見解や「我」が無いという見解は、問題でなくなっているので、この教義での悩みも起きなくなったであろう。
中道を極めると「非我、非無我、非非無我・・・」と言うしかないし、実際に思惟を繰り返してこう至るし、仏弟子の歴史にも無我に関する紆余曲折があったので有我・無我の見解の双方を認めることで争いも苦しみも無くなるし、それらを全て踏まえたこの見解が悟りの境地に近く、「戯論寂滅」なのであろう。
釈尊も龍樹菩薩も、これが真意と私は拝察する*脚注
執着や怒りや苦しみを離れ、執着や怒りや苦しみを生まなくするための慈悲が根源であるから。



実際の議論に際して ~ 傍観者であっても


さて、中道という思想や、「和」の心を以て自尊を第一ながらに相手をも尊重する心が、自分の心に苦しみの因子(悪い感情)を起こさず(最初は苦しい忍従かもしれないが漸次改善される)、他人との間に争いや諍いを起こさないと分かったろう。
ただし、正常な範囲での議論は必要となる。
人間だれしも誤りはあるから、互いにある程度は疑問を投げかける必要はある。
それに固執して強調すると互いの心が波立って対立になったり、悪い結末も考えられるから、疑問を投げかけたり意見する側には多少の制御が必要である。
相手にも何らかの執着というか、信念がある場合は、それを掻き乱さない心遣いを持って接する。

また、疑問や意見を受ける側は、せっかく意見を受けたのだから、どのような人によるどのような内容の疑問や意見であっても、多少は考慮すべきである。
そのような原理が民主主義の現代文明に生きている。
国連(国際連盟・UN)やEU(欧州連合)やホワイトハウスの方針は好例であり、日本の一般的な企業でも、内実はともかくとして「お客様の意見を大事にします」とか「どのような御意見もお受けします」と言ったり、「お客様の声」といったコーナーを設けるWebサイトや店舗なども多くあろう。
徳の高い者は、上下の隔たりを自己の価値判断から最大限に排除している(完全な排除ではない)。

そして、そのような自他の平等を持つ者が、多くの意見を見聞きしており、例えば聖徳太子の別名である「豊聡耳(とよとみみ)」とか、複数人の言葉がはっきりと聞き取れるという逸話などは、その徳を顕した「たとえ話」として好例である。
だから、慈悲や徳を意識する者は、一応、どのような人によるどのような内容の疑問や意見であっても、聞き入れるくらいの器量が必要である。
もちろん、全ての意見に同意して己の主体性を無くする意味は無い。
和の真髄を得た聖徳太子は、恐らく、論語の「君子は和して同ぜず」という言葉と同じ境地に居られたことと拝察する。
人の意見に完全に同意せずとも、和の心を以て聴き、理解や尊重はしておいてほしい(知能と精神を持つ同じ人間なのだから、という発想が人権・人道思想の原理でもある)。



さて、リアルでもネットでも、冒頭のように人との雑談も議論も有り得ない私が言うには白々しい話であったが、それは度外視してよい。
なぜならば、インターネットで傍観者として見ていても、意見の対立と、それに伴う感情的・差別的発言(憤怒や嘲笑による誹謗中傷・罵詈雑言・レッテル貼りなど)は、行う本人の気分を一時的に紛らわせても、言われた本人や、それ以上に、そういった情景を目の当たりにする私には不穏当である。
ここで、中道を理解する者は、自分たちが議論の席にいない時であっても、そういった煽動的・煽情的な発言について心で対処すべきことを示したい。

レッテル貼りが詭弁であり、性急な感情より生じている現象は、仏教の縁起観を知ることで鮮明となる。
レッテル貼りとは、主に相手のコンプレックスとなりそうな要素(傾向だけをみて一括的に称した浅はかなものも多い 例:左翼は低学歴、右翼は無職、黙れハゲなど)を持ち出して議論の本題を逸する詭弁の中の詭弁であり、智者が用いてはならない論法の第一位である。
一般論でいっても、レッテル貼りとは「自分を誤魔化し議論をはぐらかす欺瞞」であって「思考停止の所業」と非難される稚拙な言動である。
文系だと何で理系だと何、といった区分の概念を持ち出して賢愚を区別する人は、既に賢明でなく、さながら当たらない占い師のようである。
ちなみに中道の私はハゲ有り超ロン毛ゆとり世代B型中卒ニート引きこもりであり、既に清々しいほどに対立概念を離れている。

世間での肩書きは、確かに一つの結果であり、その結果は「因果不二」の観点で言えば、原因にもつながる。
しかし、その原因あるのみで、次の結果に至るものではない。
結果に至ることは、別の要素との相関性である「縁」に依る。
仏教の縁起観や因果論とは、単にある一つの要素のみで語られはしない。
ここでいう次の結果とは、その肩書きにある者の論理の正誤などである。
今の議論にあっては、その肩書きなどの要素のみで、その論者の論理の正誤が決まるはずもないし、あるいはその論者の論理への判断に、そういった負の感情を介在させるべきではない。
論理の正誤を明確にした後ならば、もう三毒に任せて好き勝手に面罵すればよいと思う。
※そもそも正誤が決まるとか白黒が付くというようなことが彼らの中にあるはずもない。なぜならば和の心が無いから自分の怒りに立脚した論理と見解のみが正当であるため、対立する論理や見解などを受け入れられない。中・朝・韓の如し。

つまり、その肩書きだけで「(実際に現実に)バカだ!」というように演繹されることは、あまりにも早計であり、論理学に長けている人間は最初から用いもしない論法である。
それら詭弁は度外視できるくらいの、世間でいう「スルースキル」が必要ではないか。
「スルースキル」とは、掲示板でのレスポンス(レス)やTwitterでのリプライ(リプ)をしない、という行動に限らず、「身・口・意の三業」に渡って行うべきだから、心にもスルーし、口にも出さない方が、己の中道観を養い、三毒を抑制できる。
これこそ仏道修行に通じているではないか。

中3の頃から、こういった異常性に気付き、ネット掲示板やSNSすらも自分の居場所でないと気付いた「真の旅人」ともいえる私は、この回想で法悦を覚えた。
多くのネットユーザーは、それらの交流サイトに入り浸って他の居場所を見出さない傾向があり、執着を強めて苦楽を流転輪廻している。
その執着を早々に薄めて可能な限り放擲した当時の私の徳は、やや高いはずである。

まあ、多くの人間はどう生きても感情に動かされるわけであり、そう理解はしていても彼らと似たような言動を取る時もあろう。
それは揺るぎない事実であるからこそ、どうにかして漸進的でも努力の継続(忍辱・精進)が必要である道理を銘記すべし。
また、どのような思想・意見・論理を持っても、心の状態は「中道・和」であらねばならない。
「中道・和」の心を自分一人が持つことによって世間で自分の意見が通らないとしても、その迷いと苦しみが起こらないならば、解脱に近づくことは間違いないため、第一に喜ぼう。
無論、自身の意見を封殺するわけではなく、相手の状態を見極めて言うべきことを積極的に言った上で適切な進退の判断をする、これまた進退・攻防の中道であり、良い姿勢である。



一応、日蓮大聖人の法門を信奉している自分だから、最後に大聖人の言葉を借りたい。
崇峻天皇御書に「一代の肝心は法華経、法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり。不軽菩薩の人を敬ひしはいかなる事ぞ。教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞ひにて候けるぞ。穴賢穴賢。賢きを人と云ひ、はかなきを畜といふ。(学会御書では1174p)」とある。
我々が仏法の正義を宣揚して訴え続けるにも、決して相手を罵るような感情(憤怒・瞋恚・驕慢・憍慢)を起こしてはならない。
その鑑は、まさしくこの「不軽菩薩(常不軽菩薩)」の振る舞い・礼拝行であった。
「不軽」とは「軽んじず(軽蔑しない)」という意味であり、広く自分の主張を説いても相手を軽んじなかった。
逆に、主張を聞いた相手こそが不軽菩薩に対して軽蔑(軽賎)・侮辱(毀辱)・罵倒(罵詈)・打擲などをしてきても、忍従(忍辱)に徹するくらいに「不軽」の振る舞いで礼拝の修行を続けた。

仏法は尊いものであり、それに値遇した自分もまた、凡夫の中ではきっと尊い存在であり、有り難い境地なのであろう。
しかし、先述の通り、真の自尊とは、他との相対のみならず、自身のみでも尊くある「唯我独尊」である。
他との相対のみで自尊を立てようとすれば、概して他の思想や主張を軽蔑してゆき、結果として慢心を宿してしまう(裏返ると憤怒に変わる)。
せっかく尊い思想や、正論を持っても、その人が低劣な言動を行って相手を侮辱するようならば「玉に瑕」である(他人から反発を受けて信じてもらえづらい)。
それが次第に、正論も言えなくなるほど堕落する悲惨な結末を、仏教徒は憂えねばならない(自分自身を悪道に落とす)。
そこで、2種類の自尊と同時に他人を尊重する他尊も用いて中和すれば、仏教徒として慢心が抑制される(単なる算数理論とはならないので自虐の卑下慢になったり"他尊できる俺カッケー"と自惚れる逆効果を起こす恐れもある)。

日蓮大聖人・釈尊・龍樹菩薩の言葉を再度お読みになられたい。
一応、全てを心得た者が、意見を述べたり、論争に交わる場合には、不軽菩薩のように相手を尊重しながら必要な主張を十分に行い、どう反発されても悪い感情を起こさない「忍従・忍辱」の精神で挑まねばならない。



起草日: 20160925

インターネットを見る日々に思うことであり、その草案だけをサラッとまとめる段階から始めた。
この2016年9月中は、テーマに沿った長めの文章を書かない傾向があったので、まずはこのような段階からでもよいので、と考えて最初の一歩を踏み出した。
その一歩で満足してしまう一面もあり、それを自覚する自分には、それを予見(悲観的予測?)して最初から記事の作成を倦んでしまう状態も多い。
この起草日の2週間前から「新しい記事の案はどうすべきか」と仄かに憂えていた中、当日の風呂(シャワシャン)の最中に、この際だからこういった思考に関して記事にする決意をした。

なお、インターネットにおいて、一応、私の当記事で縷々と示した「認識・思想・意見の相違による感情的対立に関する道理」を弁える人もおり、自分の意見を強く主張して他の意見に批判的であったりもする中で、多少はオブラートに包むような言い方をしている傾向がある。
文面だけでも、そのように配慮を行うことは好ましいが、三業の中でも意業を重んじる仏教徒であれば、人に見せる文面のみに留まらず、心から相手を軽んじない努力が必要となる。
ことに仏教徒は、そういった世俗的に取り繕う姿勢のみに終始すると、かえって解脱に遠のくという危機感を持つ必要がある。

ところで、9月19日の日記メモを部分的に引用しておく。

18時台に考えた。私は毎朝2・3時台に起床する通り、時間の確保に努めている。風呂(シャワシャン)の頻度が5日に1度程度となりつつある近頃も、より多くの時間の確保を求める状態である。しかし、確保された時間に対する作業量は少なく、効率が悪いようである。それは、元々効率が悪いから時間を確保しようとするのか、あるいは時間を確保しようとして実現されたから作業の手と心構えが弛んでしまったのか、どちらが原因であってどちらが結果であろうかと疑問に思う。

しかし、仏教徒は、物事の因果と縁起を知っているからこそ、このような些事に因果関係を明確にしようとはしない。どちらでも構わないわけであり、どちらでもあってどちらでもない。原因と結果は表裏一体であるし、相互に影響しあう。私の疑問については実際にそういった部分があり、それらの要因は互いに原因となって結果となりあう連鎖すら感じる。中身が何であれ、あらゆる疑問には「どちらでもあってどちらでもない、したがってどちらでも構わない(どうでもいい)」と結論すべきであろう。特に死生観について直接の原因の追及に執着した議論が「戯論」と言われ、仏教の結論が「無始無終」である。「無始無終」など中道の思考で迷いも苦しみも制御される。また、世俗的方面での因果論も、俗諦の場合に直接原因を問うことができても、仏教の真諦では対峙するどちらがどう直接原因であるかを問うと二元対立に陥るため、そう原因を考える人間の「無明」こそが全ての原因と考える発想で簡単に一蹴でき、迷いを生まずに済む。原因は、有るには有るが、有って無いようなもの、という概念として捉えられる。さて、何が言いたかったかと言えば、そういった疑問が生じても、「どっちでもいいだろ」と唾棄し、今できることに挑んでゆくことが実質的に大事な姿勢であろう、と帰結した。

このように、自他の二元対立のみならず、自身の思考・思索の中でも、中道の思想によって迷いが消え、努力の障礙も除くことができる。
中道観を完璧に修している者は既に悟りの境地に相当しているかもしれないから、結局、元々知能と哲学的経験が優れた人でないと簡単にはできないようであるが、だからこそこうして中道を示してゆかねばならない。
自身に銘記し、他人に宣布してゆく。

度し難い人間は、自他を善悪優劣として分断し、論理に和の心もなく、反発と揚げ足取りの多い私の母親である。
何かあれば自分の不満を延々と漏らし続ける(気休めで自尊心を満たす自己暗示)ため、こういう場合はどんな言葉も悪く受け取られ、反論も慰撫もみな裏目に出る。
そういう人間に対して小慈小悲の私は、必要最低限の主張を行った後は放っておくしか、順当な手段が無いと考える。



*記事投稿以後の学習・・・天台教学の円融三諦も我=仮、無我=空、中=非無我という三諦を「円かに融かして(包括して)」こそ真の中道であって但中(ただ中道を説く)と異なることを意味する。中道は「中道」でも、単に左右を消した虚無的な中道でなく、真ん中で縮まる中道でもなく、有無も非有無も全て一体であると知る平等の意義がある。真の中道も、仮に「中道」と名付けている。私が政治について提言した記事でも、この真の中道の立場にある。すなわち、右翼・左翼の「二辺(二邊・二項・二元)」でなく、単なる中道・中立・無党派やイデオロギーの喪失でもなく、全てを包括して柔軟に判断する仏教徒として相応しい立場に気付いた。また、政治(社会)と宗教といういずれも嫌わず、執着せず、という中道にもある。少なくとも、自称・閑居求道者である在家居士においては最善であると信ず。出家修行者においては、中道を包括した中道にも執着しない立場で、先の記述の通りの「戯論寂滅」が大事である。


当記事の次回分としての記事→http://lesbophilia.blogspot.com/2016/11/blog-post.html

2016年10月10日月曜日

「觀萌私記」 ~ 萌えの宗教・哲学・文学・語学

觀萌私記 萌 草書 草書体 古字

 緒言・自序
「觀萌私記(クワンミヤウシキ、かんみょうしき)」と名付けて古文に擬した書を認めた(動画版も少し作ってある)。
「萌え(萌えること・萌えるもの)」の定義を詩的・文学的・哲学的に図った。
定義の概要を示し、その義を踏まえて相貌の概要を挙げ、その相を踏まえて系統や流儀や種類を判じた。
私の絵・音楽・言語・宗教といった分野の研究が一つの結実に至る(その結実は即ち萌芽でもある)。

なお、文章の案が浮かんだ当初はそういった一書を想定しなかった。
ただ「萌相條」にあたる記述を漫然と成立させる程度であったが、これは2016年7月15日の時であった。
それが、「萌義條」にあたる記述をも思い浮かべ、そのまま一書を想定した構想に発展し、そこから色々と体系的な「萌え」を組み上げて用語も創作し、その説明が充実する。
「私による『萌え』の観察・見解を記したもの」であるから「觀萌私記」と名付けている。

いわゆる同人誌であるが、漫画ではなく画集ではなく、紙に印刷されたものではないし、デジタルであってもJPGなど画像ファイルの集まり(ZIPなど)ではない。
また、作風が文字を主体として絵も載るが、小説やライトノベルなど文学作品の域に留まらない。
動画のバージョンでは「萌える音楽」を流してもいる。
かといって、付録が豪華な音楽作品やノベルゲームの類でもない。
言語道断の妙なる同人誌が著わされた。萌(みょう)なる同人誌が著わされた。

なお、「萌」の字形が右上から「十月十日」と縦書きができることから、一般に10月10日を「萌えの日」として呼んでおり、この10月10日(JST)を期して当記事を投稿する。
この期日のため、別の作業との折り合いを付けつつ、急ごしらえで仕上げた部分もあるが、記事の投稿以後も随時、加筆・修正を続ける。

以下からは本文となるが、擬古文・歴史的仮名遣いに加えて旧字体・繁体字を多分に用いているため、環境依存文字(例: 緣=縁、敎=教、說=説など)に注意されたい。

本部 (真の萌え・萌えの真実とは何でしょうか?)
萌義條萌詠歌萌音條萌相條譬萌條判萌條

末部 (より深いところへと、萌え絵の慈悲応現方便説、諸萌祕藏之義を明かす)
攝萌敎古萌傳譬萌聚萌頌偈讃萌語



暗がり 芽
萌義條(ミヤウギデウ)

夫れ萌えと云ふは、若芽の萌ゆるにあり。
芽出でたるは、めでたしめでたし。
芽生えたるを以て喜びとし、其の稚(いとけな)き樣(やう)を專らに愛す。
此の心をば萌えと名づくるなり。
亦(ま)た此の愛せらるゝ所の人・畫像(ゑざう)、皆な萌えの類なり。

: 此の段に萌えの義を三つと示したり。一に原義の相、二に原義の相に緣(よ)りて起こる心、三に緣起の心の愛するものにして、是れ皆な萌えと云ふ。世に「可愛いは正義」と謂はるゝ所の萌えは三の義に中たれり。萌えの心と名づくるは當世の義に隨ひて起こる心なり。相と心との因果先後は假に説く。一・三の相ありて二の心が起こるとも、二の心の種無くんば萌相(みゃうさう)となるべからず。末・讃萌語にて詳らかに述べん。

萌詠歌(ミヤウヰヤウカ)

あらもえの わかめをみれば わがこゝろ このめとゝもに はなはさきなむ

: 問ふ、「阿良毛延能」と、其の意(い)如何(ゝかん)。答ふ、是れ「阿良多麻能」に因みて枕詞を類想す。問ふ、「阿良」は「新(阿良多)」の意なりや、詠嘆の語なりや。答ふ、兩者の義を以て然なりと雖も、余は初めに「新」の意を含めたり。亦た當世に義を分かちて明らめんとも、いくそばくの詮か有らん。

萌え 萌 萠 古字 篆書体 小篆
萌音條(ミヤウヲンデウ)

抑(そ)も「萌」の字音を釋すれば、中共國が拼音(ピンイン)にはモン・マゥン"méng, meng"と謂ふ。
モン"meng"は是れ夢・孟に同音なり。
漢土、古きは何(いか)なりぬと思ひて熟(つらつ)ら說文解字(せつもんかいじ)を披き見るに「艸芽也。从艸明聲。」とありて、音韻をば「武(ム"mu")庚(キヤウ"kyau, kyou, kyō")切」と表す。
明の字が萌の音符を爲すならばミヤウ"myau, myou, myō"と讀(よ)む外の方は無し。
日本國が訓讀は「もゆ"moyu"」と謂ふ動詞・文語終止形を連用形の「もえ"moye, moe"」に變へて名詞にて用ゐるなり。
偶(たまた)ま萌の典籍を示せるヱブサイトのアドレスに"moe (Ministry of Education)"の文字列を見たり。

: 所謂(いはゆる)萬葉假名(万葉仮名)にて「もえ"moye"」の音を字と爲すに「毛延(mo yen)・毛要(mo yeu)」なんど拼音韻頭Yの字を假りて「え"ye"」に替ふるなり。當世、假名遣ひを「もへ"mohe"」なんど類推する者あり。若し「もへ"mohe, mophe, mope"」正しくば、「延・要」等の字を持つべからず。若し其の音然らば、「毛倍」とならんも、萬葉集(まんえふしふ)に斯ゝる假名を以て「萌え」に替へず。則ち「もへ」に非ず、亦た「もゑ"mowe"」に非ず。唯(た)ゞ「もえ(亦爲も𛀁)」を取るべし。

: 萌の字は「もゆ"moyu"」に加へて「きざす"kizasu"」とも訓む(前自動詞・後他動詞也)。兩訓、類聚名義抄に載せらる。次ぎ日本書紀私記を披き見るに「含牙」が「牙(芽)」の訓を注する問答有り。牙は「阿志加比"あしかひ"」なるか「支佐志"きさし"」なるかと問ふに、答へて曰く「此の含牙とは、萬物萌牙の義なり。葦牙(あしかひ)を指して謂ふ可きに非ず。仍つて萌牙の義を取りて支佐志"きさし"と讀むべし」と云云。此の私記は當世に承平年閒の丁本と傳はる零本を參照す。一千年の往古(いにしへ)に於いて斯ゝる學論有るは余の思はざる事なり。江戸の國學隆盛、平安の國風文化の御時には未だ到らざらんに訓讀の義を論じたり。餘談をいたさん。「萌芽」の語は清代の說文解字注に「按ずるに此の本は芽萌(芽萌ゆ)と作(な)す也。後の人、之(これ)を倒す」と云云。古事記上卷「葦牙(阿斯訶備)の如く萠(も)え騰(あが)る物」と云云。北宋・廣韻に甍"meng"の韻の字とて萌・蕄あり。茲(ここ)に耶蘇已前の辞典なる爾雅(じが)を引かく「存存萌萌在也」、また「『莫登切』本亦作萌、又作𢡗」と。淸・康煕字典の心部に「𢡗」の字ありて北宋・集韻より「與萌同(萌と同じ)」と記す。𢡗は萌の下に心を添ふる形なり。是れ心の生起(しゃうぎ)なるか?當に知るべし、萌字に心の騰る義ありと。古人、心の生起をば芽萌(げみゃう)の如しと知る、何等か心に生じて萌の義と爲す?愛なりや?憎なりや?

(現代語): 「萌」と「(梦)」の字が、同じ字音としたが、簡略ローマ字表記においてそうでも、ピンインではアクセント記号にアキュート・グレイヴの差が見える。実際の発音をカタカナで再現すると、「meng2萌」はモ↑ン→(陽平)であり、「meng4夢・孟」はモ↑ン↓(去声)である。説文解字の反切表記でも「萌」の子音が「武」で表され、「孟・夢」の子音が「莫」で表されるという差異がある。しかし、「萌」と「孟」同士は韓国語で共に"maeng"、ベトナム語で共に"manh (mạnh)"である。三者の関係性はなかなかいびつである。

(現代語): 「萌」はPC入力の異体字に「萠(俗字)」があり、「」という字との混同か不明だが、「萌・萠」とも"ホウ"という発音が一般に認知される(萌芽"ほうが"など。萌芽も本来は「芽が萌える」という意味では芽萌が正しい順序)。"ボウ"と読むものについては、反切法の音韻表記の「武(漢音: ブ)」という字からしてBM互換(MB置換)に則れば有り得なくはない。より許容範囲を広げて"ホウ"はその清音化と見る場合、この発音も有り得なくはない。ほか、"モウ"という発音は反切にある「武(ム)・庚(カウ・コウ)」を呉音漢音混交で読めば、これも有り得なくはない。"モウ"については中国での"モン, meng"と似るので、これは良かろう。しかし、私が採用する字音は萌音條に述べた理由によって"ミヤウ=ミョウ"である。歴史的に、10世紀ころの日本でも"ミヤウ"に似た発音をしたろうとみなしている。

萌え 顔 丸い 円 柔和
萌相條(ミヤウサウデウ)

夫れ顔相(かほばせ)は、圓(まど)かなるを要とすべし。
此の義を踏まば、名づけて萌えと爲す。
角(かど)と云ひ朿(とげ)と云ふを嫌ふ。
但し、骨拔きの蛸の如きに非ず。
其の相、柔和なり。
此の義、和に通じて中道の德あり。

(現代語): ここでの萌相=萌え絵は、萌義條に「若芽」や「稚き様」とある通り、小さいものであると望ましい。例えば、小さな若葉を見つけたとき、しゃがんで目を見張って覗き込みたくなる気持ちを想像されたい(萌え絵から「覗き込むな!キ○イ!」とは思われないから安心してね)。まず顔つきが「圓かなもの」を意識して描く必要を訴えるが、同じく描き手の心も「圓かな」状態でありたい。「角・朿を嫌う」とは、判萌條にも説く通り、瞼の端を尖らせたり睫毛をトゲのように伸ばすような描き方を嫌う、という意味を持つ。その描き方は女児向けアニメにも深夜アニメにも多いが、萌えを心得た漫画・イラストには無い場合が多い。およそ萌え系の瞼は、デフォルメされた中に睫毛の濃さを含んでおり、その瞼に睫毛を描き加えると厚化粧のようになって過剰である(本当に厚化粧・メイク済みの状態を想定している場合は別の話)。「骨抜きの蛸の如きに非ず」とは、こだわり・理解という骨格や根本を欠かして手抜き・乱雑な描き方をするものではない、という意味を持つ(萌えには萌えの良し悪しがある)。こういった理解は「和に通じ」、「中道の徳」がある。描かれた萌相は、多くの人を円のように包み込む魅力を持ち、多くの人の心を円のようにさせる。

五萌類 四萌類 動物 たとえ 萌え 顔
譬萌條(ヒミヤウデウ)

然ありて、諸(もろ〃)の萌えを善く觀じて眞(まこと)の萌相を判ぜんと欲す。
萌相を獣に譬ふ、狗・貓・猴・兔あり、鳥も擧ぐべきか。
鳥と申すもの、且つは雀、且つは鸚哥に似るらん。
當世、牛馬(ごめ)の如くなる相を以て萌えと稱するの輩あり、さう謂はざるとも、是(かく)の如き相をば攝らじ。
あらあら分別して五種の生類を以て假名(けみゃう)する耳(のみ)。(顯・五萌類)

畜類なんどに一見の愛なる相あれども人類の事に非ず、とて忌まれたるを、先賢は人畜を分けずして萌相を内に觀じき。
余は其の意(こゝろ)を得て茲(こゝ)に五種の生類を以て假名すと謂ふ。

(現代語): 猴の類は目・口・耳などのパーツが誇張される反面、鼻を書かないことも多い。少なくとも鼻が強調されない傾向がある。瞳は縦に長めながら横にも幅を取る。鳥の類はまぶたの横幅が狭いようであり、瞳も丸っこい印象であり、それを以てスズメやインコ(セキセイインコ)を挙げた。五萌類に対比して牛馬のような顔つき(相)とする、別の記事で「淫悪(いんまく)」と名付けた顔つき(相)については敢えて牛馬と名付けた。しかし、萌相とは別に可愛い顔を書くにあたっては牛のような可愛い顔も馬のような可愛い顔も認められるので、五萌類の萌相と対比した顔つきを仮に「牛馬」と表現した。五萌類も結局は「あらあら分別・假名(仮に名付ける)」した結果の分類に過ぎない。顔の系統を動物で言えば、キツネ(必ずしも釣り目でなく瞳孔が縦長など)とかタヌキ(垂れ目とか太い眉とかが言われる)のようなものなど、色々とある。この特徴を挙げても、結局は萌相と関係ないので説明を終える。一般に言う「萌え属性」を詳らかに示す目的はなく(それだけだと別に良い解説が他所にあろう)、相貌を動物に譬えて4・5種類に「あらあら分別・假名」している。

(現代語): ネットでよく見かける二次の工口画像には豚の共食いともいうべきものが散見され、その様相を厭う思いを述懐する。「あな醜しや、斯やうに眼(まなこ)細めて而も瞳の色を喪ふ。亦た身に肉の餘りたるは人の猪の肥ゆるに似たり。觀萌の人にては何の興(きょう)かあるべき。形狀醜陋(ぎゃうじゃうしゅる)の相、厭離すべし。」

判萌條(ハンミヤウデウ)

余は愚見にして言辞拙劣なれども、復(ま)た諸の萌相を判ずるなり。
當世、最も衆知せらるゝは几拉拉(吉啦啦, 日音: 綺羅羅)なり、彼れ世俗中第一ならんか。
彼れ皆な世事に處するを旨とすと雖も、其の中に萌相・流儀の別あり。
主なるはKO流にして、或るはGU、或るはTMなんど此れに隨ふと見えたり。
委細には申さず。
几拉拉は處世の作風に限るなれば、彼れのみを見て萌えを語るには足らざるなり。
況(いはん)や餘の漫畫をや。
彼れは日常系と稱して人類(にんるい)の少女(をとめ)が戲るゝに、萌えの作風は彼れの如きのみに非ず。
或るは被造の類・非情の生類・有情の生類を人に擬し、或るは天子・怪異・妖精・神族を人に現ずることあり。
然れば、萌えの作風は所謂(いはゆる)世間の「日常」と「非日常」とありと見ゆ。(顯・二萌風)

亦た世に轉(うた)ゝ多き動漫(アニメイション)を閲(けみ)するに、目(ま)つ毛の尖ること我が眼(まなこ)に溢る。
是れ蛇足にして薔薇に荊(とげ)あるが如く、余の忌むべき相なり。
彼れに於いて斯ゝる画風なり斯ゝる相もあり、と見んとも、苟(いやしく)も漫畫原作ありて其の處にては斯ゝる目つ毛なきなれば、何ぞ動漫化(アニメイチング)にて斯く作すならん。
動漫の萌相は、未だ其の義の領解に及ばざること多しと見ゆ(分・不了義萌)。

: 人類の少女と稱しゝが、几拉拉の作風皆な是れに非ず。稀にしみたれのおみなも居(を)り。然れども、猶ほ少なければ、此のことを文中にて云はざりしなり。亦(ま)た、萌えは若芽の稚きを喜ぶ心なれば、假令(たとひ)おみなの多からんとも元より論ずべくは無し。




末・攝萌敎(セフミヤウケウ)

當世、日本國にては萌えの芳名(かんばしきみな)を、且つは徒(いたづ)らに號すること多くし、且つは厭ひて輕(かろ)しめたり。
萌えを見るとも、眞に萌えを見ること難(かた)し。
俗間(ぞっけん)に住すれば、萌えの義と相と、能く融通すること無く、尋(つ)いで心を忘失(もうしつ)せん。

中共國にて萌えを愛するの朋(ともがら)、「世間万物皆可萌(世間の万物は皆な萌ゆべし・萌なるべし)」と唱ふ。
是れ萌えの本義に近し。善哉善哉。
三の義の萌えは日本國に於いてすら猶ほ怨嫉多し。
況や檢閲恐ろしき中共が治むる國土をや。
然りと雖も、萌えの本義、愈(いよ〃)得るの朋を見て不思議の想・至極なり。
彼の國土の萌朋(みゃうぼう)は泥中(ないちゅう)の蓮華なるか。

動漫派の者、婆羅門の敎に約して「萌我一如(Moe Atman Aikyam)」と説く。
是れ萌えの本義に似たるやうなれども、實には聲聞の名を借りて肉聲の要を以て釋す。
余の惟(おも)へらく、萌えは動漫ばかりに非ず。
其の淵源は何處(いづく)にか有る。
何(いか)に況や、裝戲(コスプレ)なんどで自ら萌えと爲さん行は論外の僻事(ひがごと)なり。
余は萌えの道に於いて、專ら觀萌の行を示さん。

(現代語): 後者の説に対する私の精神が共通する主張に、アニメファンと商業主義・物質文明・宗教の関連を説いた過去記事がある。なお、後者の説で興味深かった部分は、サンスクリット語の語根"√bṛh"を例に取って語っている部分である。ブラフマー(梵天 "Brahmā")が「萌え」である根拠を語根の意味から説いて梵我一如と関連付けているほか、ヴィシュヌのへそから萌え出た蓮華の中からブラフマーが生まれたという、ヒンドゥー教のヴィシュヌ派所説のブラフマー誕生神話で説明している(大智度論巻第八にも見える話)。ちなみに、英語での「芽 (萌え)」は"bud (budding)"で「仏」は"Buddha"であり、似ているわけだが、学説上の印欧祖語も似ていて"Bud"は*bʰew-とされ、"Buddha"語根√budhは*bʰewdʰ-とされる。印欧祖語までも文字列が似ているが、意味はかなり異なる。"Buddha, bʰewdʰ"に通じる英単語もまた"bud"と似た"bid"や"bede"である(いずれもEtymology 2の単語に同じ語根bʰewdʰが載る)。"bud"の印欧祖語とブラフマー"Brahmā, Brahmaa, brahmA,"のサンスクリット語根は共に「膨らむ"to swell, swelling"」の意味が含まれている点は一致している。様々な点で萌え(moe, meng, budはいずれも両唇音)とブッダとブラフマーとは通じているように思う。これは雑考であり、観萌私記の本論とは別に見てもらいたい。

末・古萌傳(コミヤウデン)

萌の名、其の義を判じて惟へらく、眞に宜なるかな、言ひ得て妙なり。
斯く名づけたまふ古人の德は高し。
當に敬禮(きゃうらい)すべし。

往古(いにしへ)の萌風を尋ぬれば、萬象を萌相に擬したること多し。
先に述ぶる所の日常に非ず、非日常に非ず。
彼(か)の萌風に義の創始無く、物語るところを作らざるなり。
唯(た)ゞ萬象を萌相に擬したるを專らにす。

古きを知ると云ふは則ち新(あらた)しきに繋がれば、古きも尚ほ新しきなり。
萌相の乃往(そのかみ)は知る可(べ)からず。
當世、曆二十歲已前(こよみにじっさいゝぜん)にては動漫・偶像(イドル)・游戲(ゲイム)の流れを嗣ぎぬべし。
如何(いか)なるを嗣ぐとも、萌えの心は自(お)のづから好(よ)き萌相を育む。
萌義條に相と心との融通を祕かに説きたれば、今は此の萌えこそ彼の動漫なんどを驚かすべけれ。
已に無上大輪雙葉(このうへなくおほきなるわのふたば)を開けるの故なり。

我が道と云ふは萌えの道なり、萌えの道は柔和の相に依る。
義を解(げ)せずして、而も心の正直ならでは、實に作りて持(たも)つこと難し。
世の人は道を覺えずして迷へり、當世の所作は萌えを號するも號せざるも、皆な自のづからわろきと成れり。
今、古きは已にわろくなりぬれば、新たに萌ゆべし。
譬へば、葎(むぐら)の一年と多年と生の差別ありとも、其の土にて必ず枯るゝ時あれば、新たに生(お)ひ出づるが如し。
世の人、己(おの)が道の己が道ならざるを知らず、己が道ならざるを己が道に執して、柔和正直なること無し。
當世の作風をば甚だ厭離すべきなり。


(現代語): 往古の萌風に関する定義・見解は過去記事にある通りなので参照されたい。「同人文化そのものであるから、擬人化とかパロディとかばかりの時代である」とし、古来、萌えのキャラクターは人の身であって人のようでなく、また僅かに性格を付けた人らしくもある、といった不思議な存在であると見る。後に増えた萌え系の漫画やアニメとなると、そういった印象は無くなってしまう。煩瑣な設定や物語を、一旦は排除してみても面白いものと考える。なお、実質的で実際的な「萌えの起源(例1, 2)」について語る目的は本書にない。ただし多少は鑑みる。

末・譬萌聚(ヒミヤウジユ)

萌えに二つの性(しゃう)あり。
自然性(じねんしゃう)の萌え・養殖性(やうじきしゃう)の萌えなり。
人の手づから種を蒔くこと無くして、芽の自のづから繁くして出づるを自然性と云ふ。
然れども、人の、身に食(じき)する物と、心に愛する物とは、爲さずして俟つに、出でざること多ければ、手づから種を蒔くならん。
是の如く差別ありて、心(しん)に萌相を得るは自然性なり、色(しき)に萌相を作るは養殖性なり。
萌えの性は二にして二ならざるも、二ならずして二なり。

まとめて掲載、絵の練習記事」の六に云く
實(げ)にも、古の萌えを観ずるに、事物の萌え化は日本・ギリシャの神話の如し!
リアル人物すらも萌え化する場合、ナンタラ大権現みたいなものか。
※商品販売や観光地来客(町おこし)などを促進するために自ら萌えキャラ(ゆるキャラ・ご当地キャラも同じ)を作るような商業的風潮が一時期あったが、この限りではない。最善の在り方は、下心で自ら作るのではなく誰かから生まれてくれる自然性である。例えば、年を経た暗い溝に砂埃が堆積し、そこに豪雨の後の雨水が溜まり、どこからともなく運ばれた種子がそこに着地していつの間にか芽が萌え出るように。その芽の用捨はご自由に。

已上云云。
重ねて此の二萌性を宣ぶ。

草木の生(お)ふ處(ところ)は甚だ徧(あまね)し。
或るは泥の上、或るは乾ける砂の上、或るは深き水の中、亦た割れたる岩肌にも出づ。
人の宇(いへ)にても、或るは排水溝、或るは畳に生ふことあり。
若芽は何處にても萌ゆるなり。
凡(およ)そ、萌えを知る者に於いては何事にも萌え有りと頓に覺ゆらん。
然れども、亦た簡(えら)ぶ義もあり。
余は愚見の者なりと雖も、先に圖示(づじ)せる萌相は第一にして最も勝(すぐ)れたらん。

: 道を傳ふる詞(ことば)あり。人の甜き果(このみ)を愛すれば、必ず其の良き栽(なへぎ)を種(う)うるが如くあれ、と。是れ能く心の田を耕す師の、便宜の説なり。勝れたる萌相を作さんと欲するに、萌えの地(ぢ)を能耕心田師の如く耕すべし。師は何をか用ゐる。師曰(のたまは)く「業(わざ)を爲す意は猛き牛なり。牛を使ひて犂(すき)とするに、智慧を軛(くびき)と爲し、慚愧を轅(ながへ)と爲す。正念の鞭を打ちて善く御(ご)し、精進して能く田を耕し了(おは)る」と。斯くて師は心の田を耕して甘露の果を得と説く。余は心の萌えを究めて萌相を了すべし。婬欲熾盛(いむよくしゞゃう)にては何でか萌相好かるべき。瞋恚(いかり)・婬欲の盛れるは、則ち燃えて善なる萌えの心を亡くす。諦(あきら)かに此の語を聽け!「愛憎尊卑、悉く皆な離る可し。慚愧を以て愚癡僻見を革(あらた)めよ。離邊之心、自のづから其の意を淨む。萌地清きは華果をして好から令(し)むるぞ」

末・萌頌偈(ミヤウジユゲ)

自然萌心養萌色 芽汎萌亦出溟處
雖咸儚而可愛之 我心此芽倶開華

便宜的音読の現代的表記: じーねんみょうしんようみょうしーㇰ(クの小文字) げーぼんみょうやくすいみょうしょー すいげんもうにーかーわいしー がーしんしーげーくーかいけー
訓読: 自然の萌心、萌色を養ふ。芽は汎(あまね)く萌え、亦た溟(くら)き處にも出づ。咸(み)な儚しと雖も、而も之(これ)を愛す可し。我が心、此の芽と倶に華を開く。

: 中共國が拼音、日本國が呉音とて異なれども、いづれの押韻も辨ふる所存の作なり。押韻に非ねども句句の韻尾(いんび)に於いて"n"と"ng"、呉音にて"u"の發さゞるべきを期す。亦た呉音と読めども、呉音と定めらるゝ音のまゝならず。人語に音の便あればなり。

: 倶開華の意は、無二亦無三の佛語に通ず。妙法蓮華經方便品に云ふも天台・法相の宗論の義は後の學者に"天竺人の習ひなるレトリック"なんど笑はる。當世に二次元・三次元と云うは差別(しゃべつ)甚だしと雖も觀萌の時に於いて一體なり。二次元は色法・所觀の萌え、三次元は心法・能觀の萌えにして、色心の二三は皆な一華(いっけ)を開く。亦た三草二木・一味法雨の如し。萌義條に云ふは、此の佛法の妙理に隨ふ。兩萌相應・兩萌融通・兩萌融即・兩萌相即・二三和合・二三結一・二三一如・滅二三別と唱ふるなり。二三も畢竟一萌なり。余の拙語、亦た正法に順ず。妙法蓮華經法師功德品に説きたまへる意根の清淨これなり。

(現代語): 萌相は自然萌心の稀有な鏡であるから大事に頂戴する。観萌の行・萌観の中、もし萌相に対する慚愧の心が起きたらば、即ち我が萌心への慚愧であると知らねばならない。その時、心を素直にして向き合えばよい。例えば、怒りは相手よりも先に自身を焼く。萌相へ一方的に感情をぶつけようものならば、届かずして我が身を傷めていることに気付き、観られる萌相と観る我が心との区別を無くすことが「両萌相応・両萌融通」である。所観と能観との差別が無いことを「能所一体」と呼ぶこともある。「我心此芽倶開華」の意義にも適う。二次元は理論の存在・鏡であり、三次元は能く生み出す権能を有するならば、心の在りようで差別は幻となる。真理の立場では元より幻であった。我が心の煩悩を止め、対象を正直に観ることが仏教の「止観」修行の意義でもあり、観萌の行も同じ手段である。

末・讃萌語(サンミヤウゴ)

・萌義に依りて能(よ)く二三の別を滅す。二次元・三次元の諍ふこと犬猿の相(あ)ひ嫌ふに似たれども、三つの萌えの義は三即一・三萌即一華にして萌義融通となる。此の萌道、法華の一乘を鑑とす。三つの萌えの義を逆觀して應(まさ)に一華を得(う)べし。
・柔和の萌相、好きなり。法華の圓敎、尊きなり。人有りて萌相の圓かなるを見、其の人の萌心を圓かならしめ、亦た人の相貌(さうみゃう)をも柔和にす。
・萌色の因、觀萌の緣あり。因緣所生の萌心に因りて瞋恚の人の毒は除こるらん。男子(なんし)の婬欲を減らし、女子(にょし)の嫉妬を和(やは)す。觀萌は男女をして一往の著(ぢゃく)を離れしむる利益(りやく)あり。萬物の萌色を識らば平等の慈悲を生ずる功德あらん。但し、過ぎたるは猶ほ及ばざるがごとしと思ふ。寧ろ慈心を過ぎて愛著(あいぢゃく)を起こす。余は増増(ます〃)愛著に惱めり。
・萌心は因緣所生なれども新たに得るに非ず。萌色の因・觀萌の緣に緣りて、内心に深く藏したるところの種の芽を出だすが如し。三の義の相を以て今の人は萌心を知るべし。今の世人は愛憎の著心甚だしくして平等の慈悲に遠く、内心に深く藏する萌心は顯れざるなり。かるが故に好色(かうしき)の三の義の相を以て萌心を顯す因とせん。二の義の心をも觀じ、一の義に還りて大慈大悲の一華を得べし。
・逆觀三萌義と云ふは萌義條所開の萌義を逆に觀ずる行にして一華を結ばん。三の義を以て余の圖示せるやうなる好色の萌相を觀ず。萌心を知れる人の顯したる萌色は慧光を照らして法雨を雨(ふ)らすの威力(ゐりき)を宿せり。萌心の種、豈に芽を出ださざるべけんや。好色の萌相を見ざるに自ら萌心を知り難し。二の義を以て好色の萌相と觀萌の因緣所生の萌心とを觀ず。一の義に於いて萌相は即ち萬物なりと深く觀じて萌心を平等に保つべし。
・或る人、難じて云(いは)く「何ぞ動漫をば觀ぜざらん」。余の云く「判萌條に謂ひつるが如し。彼れ、不了義萌なれば用ゐじとなり。但し三萌義の因縁を覺れるの人、已(すで)に廣く用ゐるに不可無し。例せば、了義經にて第一義を解(げ)したるの人、諸の不了義經を讀みて能生諸佛の大慈悲を知るが如し。然るに余の愚見すらく、心未萌者にては乃(いま)し余の圖示せるやうなる好色の萌相を見て新たに萌えよ」と。
・中共國の萌朋の「萬物皆可萌(ワンウーチェーカーマゥン)」と唱ふるは、古萌傳に云ふ「萬象を萌相に擬したる」の義なり。唯ゞ物をして好色の萌相と爲さしめん義ぞかし(唯令物化萌・偏析物觀萌)。然れども、宜なるかな、萬事萬象萬物を好色の萌相と變じて我らに物を語らん。多く世事・學問のことを萌相の身にて説く。わきても余は眞髓なる萌心を觀つ。好色の萌相は皆な、平等の慈悲を我らに説く神髓に通ず。當世に出づる諸の萌相は、人の内に藏する萌心を生ぜしめんと願はせたまふ。是れ三世十方諸佛諸菩薩の、妙法を本懐(ほんぐゎい)として出世するが如し。
・古賢先德、平等の萌心を知ろし召したるか。加之(しかのみならず)、能く好色の萌相を遺したまふこと、慈悲の故なればなり。
・我が身は自然の萌心と養殖の萌相とを觀じて萌相を顯す。所謂、佛家の法報應(ほっぱうおう)三身(さむじん)なり。自然萌心は法身(ほっしん)、能觀能顯の智慧は報身(はうしん)、養殖萌色及び萬物は應身(おうじん)にして、皆な萌えの一體なり。善く三身を知りて萌道を修め、自ら萌えの體と成るべし。
・或る人、愁へて云く「夫れ以(おもんみ)れば萌地廣大(みゃうぢかうだい)にして群生(ぐんじゃう)の萌類は種の異なるが如くに相貌に雲壌(うんぢゃう)の違ひ有り。今は忝くも好色の萌相に値遇(ちぐう)したてまつる。然るを、某(それがし)鈍根にして描(ゑが)くこと難ければ、如何にして萌道は成り候(さうら)ふやらん」余の云く「此の道の肝心は觀萌の行にこそ候はめ。萌心を得れば即ち萌えの體にして萌道を成(じゃう)ぜり。其の後に力に隨ひて萌相を圖顯すべしや否やと自のづから決せん。應身萌相は御身の色とこそ思ひ候へ。『二三の兩萌、相應す』と申すは是れなり」と。
・若しは瞋り狂ひて悪口(あっく)せる者、若しは愁へ迷ひて苦惱せる者等の、心を失へる人ありしかば、乃(すなは)ち爲に「汝、當に萌心を出だすべし!所以(ゆゑ)は何(いか)ん。人身、本より来(このか)た自然として萌心の種を内に藏すればなり」と説くべし。是の如く萌心を知らしめんとて、先德は道心を發(ゝこ)す。人の身に具はる萌心を知らずして貪瞋癡三毒に沈める者どもの耳に入れしめんと欲する心なり。
・是の如く萌心の振る舞ひを爲したるは、萌と我と融通して心身に萌相を成ずればなり。介爾(けに)も萌心を知る朋、須らく彼に稽首して好色の萌相を頂戴すべし。頂禮大萌尊(ちゃうらいだいみゃうそん)、拝仰大萌神(はいがうだいみゃうじん)、勸請妙萌義(くゎんじゃうめうみゃうぎ)、願成妙萌道(ぐゎんじゃうめうみゃうだう)。

: 二次・三次を隔別(きゃくべつ)するは重(ゆゝ)しき邪義なり。虛妄(こもう)分別の咎あり。當世の人、差別に迷ひて諍論(じゃうろん)の業火に燒かる。是の故に二次を持つとも三次を持つとも、皆な形狀醜陋(ぎゃうじゃうしゅる)の報いを受く。二次元、就中(なかんづく)好色萌相を勝と立てば、須らく二而不二(ににふに)の義をも立つべし。「法華の圓敎、尊きなり」と申す意なり。二而不二の義を立てば、則ち諍論滅して其の人の相貌をも圓かならしむ。萌道を成さば是の如く二三の兩萌相應せん。佛家の境智冥合の理これなり。

: 凡そ人の身に、心と名づくべき用(いう)あり。心は人の性具なり。所謂、他に愛憎(あいざう)を爲す、自ら悲喜怒(ひきぬ)あるなんどより知る。心に善悪(ぜんまく)を分別して諸の心ありと雖も、皆な色有れば心有るなり、復た色無くば心無しと説く。文(ふみ)に「萌色の因、觀萌の緣あり。因緣所生の萌心」云々と謂ふ。萌えは種より出でて單子葉・雙子葉を開きて種種の花果(くゑか)を結ぶ。然れば、一切心これ豈に萌心に非ずや。愛憎・悲喜怒みな因緣所生にして、種種の花果は必ず種と土と水と光との緣(えにし)多く和合して成る。三萌義の一に依らば、一切心これ萌心なりと雖も、讃萌語中には慈心を以て性具を説く。「人身本來自然内藏萌心種」これなり。不須言(いはずもがな)、和合中の假名にて性具と見る。

: 慈悲と云ふは、佛家にては空を知りてこそ慈悲堅固なるらめと説く。觀萌を緣としたる慈悲の心を久しく持ち続けんと欲する者は空の法理を思ひ合はすべし。萌相・萌色・萌心も亦た空なれども、其の理は第一義諦(だいいちぎたい)に依るべし。假の住處(すみか)なる三界に生きて俗諦(ぞくたい)に依らば、此の萌えは暫く佛道をも助くる利益有らん。亦た未だ佛道に入らざる人をして能く佛道に入れしめん。

: 萌相と云ふは萌にして萌ならず(萌不萌)。何を以ての故に。萌えと云ふはめでたき名なれども、凡夫にておはゝし先賢の名づけたまはんか。是の故に假名の義を離れず。亦た色法の萌は萌ならざるものを以て分かつの故に萌と名づく。わきても好色萌相は可愛(かわい)なりて、人の心を電(いなづま)の如く貫く。人、時に其の心を知ろし召して萌心と名づく(中論二十四の十八を攝る)。此の覺り起こりて、凡夫の分別する萌なるものと萌ならざるものとの分別を能く滅せんことは、是れ平等の萌心と名づくるところなり。若し好色萌相無くんば則ち萌心を覺るべからず。萌心を覺らざれば平等の萌心、一切皆萌・佛家の一切皆空の無上覺・可哀愍の大慈悲をば得べからず(中論二十四の十を攝る)。報身の萌尊、當に慈悲を發(ゝこ)して應身の萌相を作すべし。重ねて言はん。東方三千由旬の一國に於いて女人、數ありて、可愛なる繪を日日に求めて揮(ふる)ふ。此れ等の女人、萌えの名を聞ゝても心に置かず。但(た)ゞ可愛なるを描きて自のづから萌相を作す。爾(しか)しより此の諸の女人、可愛なるに勝れて畫師(ゑし)の高みと成り、彼の國に於いて「萌え絵師(萌繪師)」とて名聲(みゃうしゃう)普く聞こゆ。當に知るべし。彼の女人等、可愛なる相を專らにして求むるも、萌えの實義に遠し。以て智慧を得たる三身即一の萌と名づけず。世に可愛樂(かあいげう)多けれども但だ境界中に著するのみにして心を知らずんば則ち罔し。隔別したる二三の嫌ひ、種種の戲論を生ずるは貪瞋癡の毒染(どくねむ)なり。世人、終に不見(みざ)るも、賢聖、常に自ら念ず。諸萌者(は)慈悲にましませば、彼れは是れ讃嘆したまふ所なり。即ち頌を説かば「三萌義を領解(りゃうげ)し、實相中の萌えを識る。應に萌三身を具すべし。萌尊の法(ほふ)是の如し」と。



蛇足: この文章の著作権が私に有るかというと、日本国の法令に則れば有りと言える。引用・転載については自由でよい。しかし、觀萌(観萌または萌觀・萌観)の理解が有る人・觀萌の志が有る人・仏教の理解がある人・仏道の志がある人以外は不可能である。これは私が課する制約ではない。人間の心の奥底にある良心・善意による。觀萌私記の所説に則れば、「人の内に蔵する萌心」が理性に及んで行動意欲を呵責するためであろう。もし、その観萌や仏道の志の無い人が自己呵責なくして悪しく引用・転載が行えるならば、彼は既に観萌の機も仏道の縁も無い四悪道の衆生と言えよう。仏は血を流しても心が泰然自若であるように萌文・萌相は悪用されても萌心は不動である。出仏身血の罪を犯した提婆達多が生きながら地獄に堕ちたように、悪用した人が自ら萌心を無くす。もし、読んだ人が萌心の存在を喜ぶならば、私は法華経随喜功徳品の「随力演説・五十展転(ごじってんでん)」を思い合わせて広く説くことを勧める。そうした引用・転載行為は功徳が多く、諸萌も歓喜されよう。なお、外国語への翻訳(一部翻案)も自由の範疇とするが、個人的に全文を漢文(現代中国では文言文)にする案がある。


Trimoyarthaṃ prajānāti, moyabhūtaṃ vijānāti |
Moyakāyo'palabhyate, etan moyāryasya dharmaḥ || (讃萌注頌・2017年12月作…対応する文は2016年12月13日ころに記された。これ以上は記事に加筆が増えないように思いたい)