2016年7月1日金曜日

Google+ 2016年6月中の日記メモ

今月の見どころは、エスカレートしつつある知的障害を持つ弟の暴力性である。
母が学校と連絡を取り合った文章の記録が、本家ブログ6月8日の記事や、日記メモでは当月26日などに写真付きで載る。
この問題の顕著な例としては、6月27日の弟の暴力(殴打一発・暴言・打ち上げ花火爆発音のような物音を連発)であり、同日はそれのみならず、狂乱した母親が警察へ通報し、実際に警官2名と、後を追ってもう2名や、特別支援学校の教師2名が我が家へ来たことである。

4月頃からアラーム設定の状態は定着しているので、ここで基本的なアラーム設定の第一~第五に関して一覧に表す。
特筆しない限りは、基本的に以下の通りの時刻である(5種アラーム)。
第一…2:10 第二…2:20 第三…2:26 第四…2:40 第五…2:50

第三アラームは2:30にすることがない。
2時台前半に起きるこだわりがありながら、第一アラームを2:00とするわけでもなく、2時ちょうどよりは10分多く眠っておきたいこだわりがあろうか。
このような状態は、便宜のため一時的に変更する場合があり、当月は17日がその一例である。


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2016/06/01

右にはPCで色調補正をしていない状態の月を2つ載せた。ところで、この当時忘却していた撮影設定があり、これを用いていれば「風景の木々や建物」は写ったかもしれない。

本日は2時15分に起床した。前日から、保管ご飯を加熱して食べ残しのサバと食べる・4時までにゴミ出しと自販機通いの外出・5時までに風呂(シャワシャン)を始めてスウェット類は洗濯物として出す、といった計画が定まっており、早起きは意識せずに自然と実現された。3時10分ころから件の外出を始めた。まず、やはり東の空に低く浮かぶ三日月サイズの月が妖しく橙色の光を放って印象的であった。前日より音に聞く「スーパーマーズ」らしい天体(火星)は見つからない。今の時間帯では厳しいのであろうか。はたまた雲に隠れているか、別に見えた星が火星だったか?ゴミ出し・自販機での購入作業は順当に終えた。金額は2点で270円であり、小銭の内訳は書かない。

4時40分以降に風呂(シャワシャン)を始め、5時23分に自室へ戻った。7時40分ころから母親が1階リビングに来て過ごし始めたが、8時台後半から茹でたスパゲティの臭いが漂ってきた。これは、以下の出来事の折に調べると、チルドうどんだったことがわかるが、元の個数が3袋だったところ、今は1袋である。前日に弟が自分でミートソーススパゲティを作って食べたと思われる件も、実はミートソースとうどんだった可能性も浮上する。結局、今時は母が2人前以上を茹でて弟と共に食べる、といった食事が有り得なくなってきたろうか。長年、他人と食卓を囲まないでいる私であるが、そういった状態は親子や家庭に相応しくなく、昔から私一人だけでよいと思っているが、まず我が家は離婚後も父子・母子間で人の移動が多かったなど、普通の状態でないから、当然、同じ家に住んでも円満な関係は難しい。

9時30分過ぎに工事関係者が「お話」として訪問するも、母親はいつも通り、すぐ話を始めさせず、10時ころに出直すよう返答した。何も母親は忙しそうでもないが、このような相手に延期を求める要求は毎度である。この母親は間もなく2階へ上がってトイレに入ったが、1階リビングは何か洗剤のような臭いが強かった。その正体は歯磨き粉であり、キッチンの流し台の上で母親が流さずに泡が溜まっていた。母親は日に日にボケやエゴが強まっているものの、一人として忠告せず、本人にも自覚が無い。この日記メモに書いていない母親の一挙一動や言動や所作など、随所に渡ってボケやエゴの強まりが現れていて辟易するし、憂慮を禁じ得ない。母親にも子供らにも、相談相手がいなければ、まずそういった発想もない。別に当人らのみで解決しようと思えばできる。母親がどうにもならないとしても、私がアレコレを気にしない心境でいれば、何事も思い煩わずに済むというものだが。やはり彼の聖人のように振る舞い難く、聖人であっても度し難い人間を一生のうちに救済はできなかった。

10時0分、定刻通りに同じ工事関係者が再度訪問するも、母親は色々と忌避する言い回しで返答し続け、彼を追い払った。否、彼から辞退した。彼の言動の一部始終を不遜に感じた母は直後、母の自室で苦情の電話を入れ始めた。母親が申し付ける根底は、相手の改善を願う聖人の慈悲には似ず、ただ母親自身のエゴを押し付けたい不満と怒りである。同時に、誰の忠告にも耳を傾けない人間である。仕事をしていたころに利害関係から職場や関係先の人間の言葉を容れるとしても、仕事をしないでいる今は関係が無い。昔にも増して2015年以降は、何の業者にも度々苦情の電話を入れたり、無機質な通話に突然相手の言葉遣いを責める展開を見せるなど、エゴへの同調を押し付ける(傑作は2015年12月28日のVS郵便配達員)。物事を言える人間とは、相手の改善を願いつつ自分も直すところがある自覚を持つ人間である。対面する片方のみがそれでは、両者の改善は実現できず、こじれたまま、乱れたり、ほつれたり、乖離する。人間関係も国家関係も同じである。



2016/06/02

前日の就寝時に携帯電話の電源を一~数ヶ月ぶりにオフにした。本日は2:10の第一アラームが鳴る直前の時間帯に目が覚め、手ずから携帯電話の電源を入れたらしい。それで携帯電話で2:09という時間の表示を見たようだが、このメモを打つ2時20分台、すでに記憶が遠く、脳内で文字化された記憶に頼っているような感覚である。

水分を摂るのみで絵や音楽の作業を続ける時間を過ごし、5時前までに菓子類を僅かにつまんだ。5時0分、俄かに2階の弟の部屋から騒々しく物音が鳴らされ、数分後には1階へ降りてきた。気まぐれとはいえ、今日みたいな時間に彼が早く起きるとは不条理に思っている。別段、損失など無いがね。

10時10分ころから母親が玄関の出入りを多く行い始め、10時20分台には徒歩で家を離れた。ところで、今日の天気は前日などの雲が多い日などと比べて良い晴れ方だが、風は強い。しかも、前日6月1日などは北海道で積雪か降雪があったようだが、当地・豊橋であっても今朝は寒く、前日も涼しい方であった。去年6月は、当時の日記メモにもある通り、雨の日が多いうえに3月くらいの寒さでもあった。ここまで綴ってみたが、なんと、件の6月の日記メモまとめ記事を見ても、「寒」の字や「雨」の字すら見当たらない。当時は不十分な日記メモで、こんな雑感も書かなかったためであろうから予想通りである。実際には7月以降に投稿文の記録が見られ、例は7月12日の日記メモである。10時38分に母親が一度家に入ったが、10時57分に車でどこかへ去った。12時45分に母親が帰宅した。脳神経外科と称する医療機関でツムラ製の「加味逍遥散」と「芍薬甘草湯」を処方されたようである。こういった漢方薬の名称からは、以前に「防風通聖散(ナイシトール3種類)」や「防己黄耆湯(コッコアポL)」を母親が俄かに飲んでいた時期を連想する。

本日も前日も、午前中にコーヒーを1日当たり2杯分飲んだ(コーヒーの素に対する湯量・シュガー・ミルクの割合や時間内の摂取量は不問)が、大した便意もなく、これでは先月の頭と同じように下剤(コーラック系)を飲む流れとなりかねない。1か月通して下剤の使用を控えられる時は来ようか?サマタ・パヴァナを行ずべきか?下剤の常用は今年の3月までで良い。よって、明日も下剤は飲まず、またコーヒーも節制しておく。先月が快便な部類であった一因として、カフェイン飲料の節制と適度な飲用が要となっている。



2016/06/03

本日は1時50分台に起床した。ここ3日ほど保留してきたキッチン冷蔵庫のタマネギの調理を行った。自室保管ご飯で焼き飯に使う。自室冷蔵庫のもやしや竹輪も使った。竹輪の利用法は、適度なサイズに輪切りして調理途中の焼き飯を入れて一緒に焼いたり、縦に切ったものなどを焼き飯の具材として一緒に焼くなどがある。

13時30分過ぎに母親がどこかへ発車した。前日や本日は、痒い虫刺されのような炎症を1箇所ずつ発見した。2箇所とも、1階リビングの棚(ラック?)に収納される「液体ムヒ」と称する薬品を塗布しておいた。母親の部屋に上がると、ベッド一杯に豊橋市内・周辺の地図が広がっていた。たまにこういった光景は見られるが、こういう場合に行く先が初訪問であるかは不明である。



2016/06/04

本日は2:10の第一アラームで目覚めたが、その後はしばし押入れ内で探し物や、携帯電話での某サイト楽曲再生などをしていた。2時20分過ぎに起床の必要性を考えて起床した。ところで、前日PC終了以後のメモ→「20時20分過ぎ、どこからともなく子供の泣きわめく声が聞こえ始めた。最近一度、似たような状況もあったが、同じ子供かは不明であるが、今回は幼稚園男児ほどのようである。思えば、夕の勤行はいろいろ都合が悪くて行いづらい時間が続いたまま、今は寝床についており、何としても勤行を上げる必要を感じた。 勤行を終えてから排尿した。 ところで、先に床に就く20時前から目の違和感が顕著であった 両目とも充血気味であり、眼球にまつ毛か目やにが付着したような違和感も生じた。本日(3日)は記録の通り、夜中2時前から起き続け、連日、横野真史の活動と異なる作業が重なって身体に良くなく感じている。」

4時半以降に、ミルク・シュガーを適量加えてあるインスタントコーヒーを飲み始めた。本日は起きてから多少の便意や、5月31日から本日までの4日分の蓄積のために大腸の硬化も生じていたが、ここで一気に便意や腹痛を惹起した。4時40分台後半から、トイレで色々とひり出した。残便感はある。

5時過ぎから風呂(シャワシャン)について逡巡しつつ、決断して実行した。困る点は、風呂(シャワシャン)最中に強い便意を催すか、せっかくの便意を失うか、という両者のうち、後者である。しかし、具現化した点は前者であった。風呂(シャワシャン)を始めて30分ほどのころに便意は耐えられないほど強まり、トイレに入る体勢を整える。歯磨きなどを何とか切り上げ、体表の水気などを可能な限り払っておいた。臀部・腿などはタオルで拭ってからトイレに入った。糞はやや固形の物が最初であり、以後は「カパパッ!」と下痢を大量に放った。下血であるとか、髪の毛のトイレ付着であるとか、こういった大事に至ることもなく、風呂(シャワシャン)に復帰し、自室への生還は6時過ぎとなる。7時過ぎからも少量の下痢を排出した。

9時過ぎから弟が上履き洗いのような作業を始め、ワシャワシャという音が届く。それが30分ほど続いてから、階段の掃き掃除のような音が聴こえたり、1階で掃除機を掛け始めた。10時過ぎから母親が弟に声掛けをする。弟は小遣い欲しさの下心で掃除などの作業をし、母親から細かい指摘をされると、彼は「頑張ったんだからもっと小遣いクレ」といった返事をしていた。その後、5月中など幾度も母から叱られたゴミ袋の扱い・ゴミの処理に関して(5月5・23・30日など)またも叱られた彼は、いつもほどの大声で怒らず、物音で威嚇せずとも、母親に肉体的な攻撃を複数回加えたようである。大声でなくとも、普段とは異質な怒りを含めた声であった。しかし、次第に声が大きくなる。「弟: こっちのココロの状況はどうだと思ってるんだぁ!う゛ああああ!」、「母: 危ないから!ダメだよ!」、「えぇいオレは綺麗にしたくてやったんだぁ!」、「母: 汚くなってるから!臭いのに!」。ちなみに、この衝突の手前に彼は朝食と別のシリアルを準備しており、食べられないまま争いが続いた。その後も二人が同所にいる度に弟が怒るような状況となり、19時台には「もうお母さんの命なんか不要だ!北朝鮮行って死ね!」といった最近の口癖のほか、インド族だか「インドの友達も一人残らず死ね!」などと意味不明の発言をした。



2016/06/05

図書館 財布 紛失
15時20分、外出中に図書館内で財布を紛失したと母に話した弟は、母親の言葉に機嫌を損ねて争い始めたが、その詳細や所感などはYouTube動画本家ブログ記事にしてある

本日はまず0時過ぎあたりで、母親が1階でやたら大きい物音や足音を立てるような移動をしている時に目が覚めたようだが、間もなく眠りに戻る。続いて2:10の第一アラームで目覚めたはずだが、それから第二・第三アラームなどは手動で停止するほか、第四・第五アラームは記憶が無い。3時20分台になってようやく起床に至った。こういった、稀に見る起床の遅さなどは、母親の安眠妨害の影響と見る。無論、実際に起きるか否か、という決定はその時の私が行うが、この決定にあたって母の悪影響は大きい。

4時40分過ぎ、Windows 10機PCで連日使っているCPUやメモリを大きく消費するソフトを動作していた。今までにこの10機がそういったソフトの動作中にフリーズすることも無かったが、この時に初めてフリーズを起こした。この10機は、もともと買った当初から悪い挙動が些細ながらあった。最近ではどんどん悪化しているように思う。昨日18時台はインターネットが一時的に接続できなくなった。これは先の無線LANルーターなど回線の異常(5月10日メモ)ではなく、旧Win7機のような接続不良パターンと見る。2011年6月末に買って10月以降にインターネット接続の異常が始まった7機と同じ轍を踏むこととなろうか。

11時20分前後に母親が買出しへと発車した。12時50分ころに母親が帰宅した。最近2・3度ほどの買出しでは菓子類を買ってこず、普段のシリアルほか、前々回(5月25日・買い出しの時刻のみ記録)は弟向けにアイスのバーを4本買ったのみであったが、今回は俄かに菓子類を多く買っていた。ファミリーサイズの袋が数個確認された。それでいて、切らした米は購入していない様子を不思議に思うが、まさに不可思議とでも言おうか。母親の心中をアレコレ思量したところで答えなど知れようもない。俄かにネット通販を高頻度で利用した時期から一転し、今は米すらネット通販で買わなくなっている。ちなみに、先月の母のネット通販利用は、Amazonで猫の屎尿消臭や忌避の薬品と、もう一点が月の後半にあるのみ(5月28日到着)である。米の購入は、10kgの袋が5月10日にイオン店頭で買われた。

15時20分、風呂を終えて2階にいた弟が1階へ降りてきて母親に「財布を無くした」と告げた。この弟は母の帰宅から数十分ほどで、それまでの4時間ほどの外出から帰宅した経緯があるが、今になってこの件を母に告げる動きとなった。母親は、特別支援学校に通学する上での定期券の紛失などを問うたり、セブン系のポイントカードなどについて「ポイントが無駄になったね」と責めていた。ポイントカードについては、そもそも最近まで、弟が正しく使えていない状況などを責めていた(5月22日など)。この際であるからか、無くする人のポイントカード作成などを禁じたり、買い物を控えるように告げた。それからは一旦、両者が争いに発展しつつ、母親から厄介払いで切り上げた。

15時42分、俄かに弟が彼の自室で大きな物音を立て、次いで1階に降りてくるも、それまでは母の反応が感じられない。弟が、母のいる1階リビングに出現すると、母は奇声を発した。弟は母親に怒声を発しながら襲い掛かるが、無論派手な暴力は行わない。その後にも何らかの危害を加えたであろうと見られる程度で、それ以上に判断材料はなく推量の余地もない。再度弟が2階に上がって以後も奇襲が俄かに起きたり、彼をなだめるべく、財布を無くしたであろう図書館へ連絡する展開もあった。なお止まない弟の威嚇に、母は「明日学校行ったり市役所行ったりするから忙しいし腕切られたら何もできなくなっちゃうじゃん」といった反発を繰り返していた。母も弟も2階に上がって以後に2度ほど電話があったようである。16時半からは財布が発見・保管されているとの情報が入ったか不明だが、母親が弟へ現地へ行くよう指示を出し、弟は家を出た。現地たる目的地とは、イトーヨーカドー豊橋店か豊橋中央図書館かは不明である。

17時台に母は家の周辺をうろついたり私の部屋の窓の蜘蛛の巣をほうきで払った後、玄関でおかしな独り言を始めたと思いきや、その場で数回大きな打撃音を立てた。その後は2階で数十回も同じような打撃音を連発していた。この音は、金槌か何かで打ち付ける音のようである。過去に弟が何かを破壊した際、金槌で損壊個所を修復していた。もっとも、現場も見ていないしどういう損壊の具合かも知らないため、金槌での修復など実際に行っているかは断定ができない。参照: 6月21日 8月27日 ハンマー



2016/06/06


本日は2時38分に起床した。今回の睡眠中のメモを載せる「23時50分台に意識がついたが、前の睡眠と同じように、1階で母親が動いていた。23時56分に2階へ上がっていった。母も母で困り者だが、変に目覚めやすい自分が煩わしい。ちなみに、この夕は、先の2人の争いの余波として、弟が一人で夕食を作って自分で食べていた。例のごとく、母親は弟の食事終了と入れ替わって1階リビングでテレビを見るなどして過ごし、23時50分台までの経過は不明である」

4時半前から飲み始めたコーヒーのカフェインパワーによって便意が発生し、5時過ぎからトイレで中サイズ排便などをした。その中で、前日母の予定発言が、本日の実行であって内容が事実である場合、風呂(シャワシャン)を行おうと考えた。更に思い出したことは、昨日かいつだったか、教職員か母親の「6月6日にお伺いします」といった文言が見られた点である。これも何らかの関連があろうが、仮に教職員が我が家に伺うという場合は、少し難儀である。こちらで持っている予定表にせよ、特別支援学校のHPにせよ、6月6日から17日までが高等部の「授業参観週間」とあるため、これに母親が出向くと見たほうが正しかろう。

10時前から母親が十何回も玄関の出入りを行った。当然、靴はその度に履いたり脱いだりと繰り返す。過去、とある買出しの時に母は、靴の脱ぎ履きが面倒だとかとして私にリビング窓の鍵を開けるよう頼んだこともあるが、この様子だと本気で面倒というつもりには見えない。かといって私への「コミュニケーション」のつもりで頼んだとも思えない。その時の感覚で面倒だった、そう見るべきか?母は10時9分に発車した。

10時20分までは風呂(シャワシャン)の実行と上下スウェットの洗濯に迷ったが、実行を決断し、これらは順当に完了した。ところで11時5分、洗濯物である上下スウェットを母の部屋のバルコニーに干し出してから弟の部屋に上がると、凄惨なボンド地獄が広がっていた。弟は木工用ボンドを無駄遣いして遊ぶ悪癖が今年から確認され、最近も一度、ボンドを使いたかった母親が使えずに困っていた。彼には元々、紙を塗りつぶして消しゴムで消し、消しカスを丸める遊びがあった。この度はボンドの中身を部屋のTV付近に垂らして乾燥させていた。弟としてはストレス発散のつもりであろうが、母親の与えた悪弊の大きさには両者を憐れまずにいられない。母親の非は悉く悪業となって悪果と帰しているが、そういった悪果には一喜一憂し、また他人の悪行とのみ見て他人への批判の口実としかしないで自己反省などまるで無いから、修羅と畜生そのものと見る。

その折、隣のI家の郵便受けの音がした。平日のこの時間帯は、I家の男性が出かける。昨日から見慣れない車がずっと敷地内に停まり、いつもの黒い大型の乗用車(ブレーキ時にキィキィと耳障りな音が鳴る)が見当たらなかったが、どうもI家の男性は車を替えたようである。今まで休日に稀に来る客の車かと思っていた。2階の弟の部屋からI家の男性を見ると、禿頭が分かりやすい。なお、前日彼が無くした財布が彼の手元に戻ったか確認したが、部屋を探す限りは確認できない。彼の財布の外見は、黒っぽいディープグリーンの折り畳み型である。

15時58分に弟が駅方面と逆方向から家に歩いてきたが、次いで16時1分に母親の車が家に着いた。前日の夕に続き、今夕も弟が一人で料理をして自分で食べた。彼が1階に滞在した時間は、17時過ぎから17時40分ころまでである。母親に色々注意を受けてから料理を始めたため、彼は肉を焼いて食べた以外は何かを食べた様子を感じない。他に食べたものがあれば、菓子類くらいと見る。前日メモにあるよう、米やご飯がなければ、麺類の調理も許可されていないのであろう。母親は例のごとく、20時台後半から1階リビングに居座り始めた。



2016/06/07


本日は2時27分に起床した。3時以降は久々に緑茶を淹れ、菓子類と共に摂った。合計でムーミンカップ2杯分だが、緑茶のカフェインパワーにより、4時20分ころからトイレで普通の糞~軟便までを出した。

10時前から母親が発車したが、昨日のような玄関の出入りを頻繁に行わなかった。間もなく、家の前に電線の工事のような車両や作業員が現れた。私が2階へ上がって2分ほどして家のインターホンの呼び鈴が鳴らされたが、彼ら作業員による工事の通知が目的であろう。2階の弟の部屋は前日よりもボンド地獄が拡大し、彼の机の端にまで広がっていた。

ところで、弟が使用しているソニー製のカナル型イヤホンを借りてきた。Win10機で色々な曲を聴いたが、4月16日メモにあるイヤホンA・Bどちらよりも音の迫力に優れ、メタル系の曲(自作・マイナー・メジャー多種)でも聴こえなかったようなベースの音が多少聴こえやすい曲があった(全体的な傾向とは言いづらい)。まあ、PCで設定している音量(4)に対してどれほど音が大きく出力されるかの差もありそうだが。無論、このイヤホンが大きめである。今綴ってきた感想よりも先に感じたことが、音のこもりか何かである。慣れの差かもしれないが、初使用のイヤホンに対して持つ第一印象は、いつもこのあたりであった。装着感に関しては、コードの分岐点から右が長くなっており、分岐点以下には変な機構が備わるから、左耳に機構の重みが加わる。コードの被覆がシリコン製で違和感がある。

そんな折、10時23分に母親から着信があり、洗濯槽の中に完了した洗濯物があるから風呂場に干しだしてほしいとの用件である。別に、いつも通り何ら不快感もなくこの頼みを請けるも、洗濯機の蓋はすでに開いている。蓋だけ開けて干し出す作業をしない母親の怠慢に対して軽い憤りを覚えた。中途半端な心である。11時までには工事の騒音が著しくなり、先のイヤホンで音楽を聴いていても工事の騒音が耳を刺激する。11時過ぎにイヤホンを返却した折、工事の様子を伺うと、かなりカオスな光景が広がっていた。電線の工事のみならず、E2家の敷地に木材が組みあがり始めていたが、こういう時は1日でこれが大体組みあがり、カバーもかかることであろう。建設工事で最も騒音がひどいタイミングは、このような建物の骨組みの段階のほか、土地の整地作業の一部も同様に刺激的である。

加味逍遥散 芍薬甘草湯 大量

12時40分前から硬めの排便をした。17時過ぎに母親が帰宅した。本日も前日と同じく特別支援学校が主要な目的地と思ってはいるが、その確証は今のところ無い。一方で、本日は先の脳神経外科で、同じく加味逍遥散と芍薬甘草湯を処方してもらった様子である。母親がその医療機関で、どのような身体の悩みを相談しているかは不明である。単に薬品だけが欲しくて通院していると考えられなくもない。かの医療機関で本日の場合、脳MRI撮影などを受けた旨が明細表に看取できる。



2016/06/08

本日は2時27分に起床した。本日も同じ時刻である。前日と同じく、2:26の第3アラームであるが、ここで再生される音楽は、私が歌う動画で歌った歌と同じ楽曲である。明け方に前日午後に関する記述を現在下書き中の本家記事に加筆したので、ついでに当メモにも載せよう「6月7日であっても、弟と母親が帰宅してから2階での喧嘩が起きたり、夕食は別々となっていた。寂しい話だが、20~21時台に1階リビングにいた母親は、一人でテレビを見ながら大声で途切れ途切れの笑い声をあげていた。2人の関係という先入観が色眼鏡となって母親の惨めさが浮き彫りとなる。浅慮で一喜一憂しかできない残念な人である、と身近にいて痛切に思う。だからこそ、ちょうど一年前である2015年6月10日に『不爲實於無根草 我亦如是而自戒』と漢詩を作った(忠実な原意は多少異なるが本意でいえば母親を反面教師にしている点で一致)。」

7時前から久々に意識的な仮眠を行った。動機としては、やたらと眠くて作業が図らないし、単に寝たいためであるとか、仮眠による効果の検証もある。8:00にアラームが鳴る設定をかけ、実際にその時に目を覚ましたか、その手前に意識があったようだが、それからも起床の意欲は出ず、起床は8時24分となった。惰眠・睡眠(すいめん)は常に恥じているから、今年の以前よりはずっと制御しているはずであるが、もちろん今回も反省せねばならない。

10時過ぎに母親が玄関の出入りを10回近くも繰り返したが、外出する様子はない。12時台から母親がリビングに居座り始めたが、本家ブログ下書き記事のトップ画像が完成し、予約投稿の日時を本日14時44分と定めてから、連日のように2階の弟の部屋のボンド地獄の様子を確認した。すっかり乾いて透明度を増し、はがれやすい状態のものと、まだベッタリとしていそうなものなど、程度の差がある。どういう状態であれ、6月5日以後のボンド遊びは狂乱の故に常軌を逸した奇行である。



2016/06/09

本日は第一アラームや第三アラームを確認してから第四アラームと第五アラームをOFFにし、実際の起床が2時52分となった。思えば、6月以降の日記メモを見て分かる通り、「第一アラーム」と「第三アラーム」の単語は頻出するも、「第二アラーム」はさほど多くなく、私の感覚や記憶としても、これをきっかけに目覚めることはない。この第二アラームで鳴る音楽は、音量設定も含めて一番うるさいはずである。ところで、「見て分かる」とか「頻出する」と自分の感覚や記憶でそう綴ったが、調べなおすと然程でもない。昨日・一昨日のメモでの起床時刻が「2時27分」で重なった現象への誤認識かもしれないが、少なくとも本日の目覚めなどでは第二アラームの存在感がなかったことや先の2日間も同様である。

4時20分ころにインスタントコーヒーを淹れ、飲んだカフェインパワーにより、5時過ぎには排便に及んだ。初めだけやや硬めで、続けざまに軟度を増し、軟便へ至るパターンであった。14時40分台には硬めで小さめの楕円形の糞を数本ひり出した。



2016/06/10

本日は2:10の第一アラームで目覚め、2時14分に起床した。今朝は、前日からの予定でスパゲティを茹で、茹で水を流した後は未開封のツナ缶や納豆1パックなどと和えて加熱して調理した。茹でる段階の塩分と、和える段階での粘り気7割吸い取りタレ入り納豆と、ツナ缶のツナエキス入り油と、多少のMSG塩に、粗挽き胡椒で味付けがされている。4時半以降に風呂(シャワシャン)を始め、5時20分ころに自室へ帰ってきた。

6時40分ころまで1階にいた弟に入れ替わって母が数度2階と1階の上り下りを行い、間もなく母が風呂に入り始めた。7時40分ころには母親が2階へ戻ったが、8時10分ころからまた1階での動きが始まった。8時20分ころ、私がトイレに行こうと、半開きにした室内のドア前に立ちながら母の足音を窺っていると、母の方から私に話を掛けられた。「キッチンに変なものが置いてある、○ちゃんがやったのぉ?」と問われ、まったく心当たりなどあるはずもなく、実物を階段に置かれた。私はその前に近寄って「知らんもん、知らんよ」と口にしながら実物を内包しているビニール袋に手を伸ばし、ヒョイと持ち上げると「触らない方がいいよ」と言われた。このように、私は中身を知らないため、これを別の興味から確認した。どうも、水に濡れた布類が丸まっているようだが、多重にビニール袋で包まれているから不透明で判断がしづらい。

12時半ころから母親が買出しへ発車した。15時0分ころに車が家の前に着いたが、エンジンを掛け直してすぐに解除した。車から一度出てリビングの窓を開けても車との行き来をして窓を閉め、またエンジンを掛け直して車の位置を玄関側に寄せ、玄関の出入りを行うなど、いつもでは有り得ないほどに狂った挙動が続いた。再度、リビングの窓から購入物の運搬を一度したが、その後も随分と購入物の運搬に時間を掛けたり、無駄なつぶやきや悲鳴が幾度と聞かれ、異常であった。最後は、玄関側に寄せた車に再度エンジンを掛けて通常の位置に戻していた。



2016/06/11

本日は第一アラームに目覚め、第三アラームまでは聴いて止めたが、そこで第四・第五は鳴らないようOFFとした。結果、すぐに起床はせず、第五アラームが鳴る時間を過ぎた2時54分に起床となった。今朝は、前日の母の購入物のうち、大きい3枚の味付け豚肉を切り分け、うち1枚の8割サイズと、5日ほど保管しているご飯やもやしと共に加熱し、仕上げにMSG塩で軽く味付けして食べた。

5時10分過ぎから弟が1階に降りてきたが、どうもスパゲティの調理をしているのではないか、と5時40分ころに思った。ミートソースようなの臭いもするが、そのレトルトが今、家にあるという記憶はない。早朝に弟がスパゲティを調理することは過去にもあったが、その後に母と争った例が5月5日である。6時20分に弟が2階へ上がり、別の用事のついでに確認すると、ツナ缶Lサイズ丸々1個でスパゲティを食べた様子である。昨日の私のスパゲティでのツナ缶は、あくまでもLサイズ1個のうち4分の1の量+油の8割であり、夕食ラーメンで少量使った後も肉が半分以上余してある。

7時50分ころに便意のためトイレで中サイズ1本などを排便した。これは、4時半ころからの薄いコーヒー1杯と7時前のシリアルなどの影響力の相乗効果と見ている。どちらも、異なる理由で排便に寄与する。

13時30分台、この暑めの日に窓を開放していると、E2邸工事現場の騒音が気になったため、現場の様子を確認するついでに、外出中の弟が家に置いたままのスマートフォンで2枚撮影をした。木造の骨組みは6月7日から大きい進展がなかったが、前日、鉄パイプ・鉄製の床の足場が組み上がり、本日は2階まで木造の骨組みを組み上げている。思えば、今朝は7時過ぎと、普段ない早さで現場に作業員が出入りを始めていた。なお、弟のスマホに関しては、少し処理に難が生じた。迷惑メールが届くようになったらしく、機内モードに母親が変更したようで、このままではネット通信が行えないため、メール送信ができない。これを解除するには、待ち受け画面で最上部のバーをタップしてスクロールし、メニューを引き出し、機内モードを解除すればよい。私が今いる2階トイレに母親が入ろうとしたり、弟が帰宅する恐れがある中、送信やその事後処理といった作業を障害ある中に完遂し、弟のスマホをさっさと元通りにして自室へ帰った。間もなく、母親が2階の部屋から1階リビングへと降りてきた。なお、弟のスマホに彼の自撮り写真1枚が入っていた。



2016/06/12

本日は2:10の第一アラームで目覚めるも、2分以上が経ってから母が1階へと階段を下りる音が聞こえ、既に付いていたであろうリビングのテレビの音声も確認した。トイレや顔の水洗いなどをするために部屋を出ると、ドアにビニール袋が下げられており、菓子2種が入っていた。片方は、母特有の無意味な遅滞分配で、先の6月10日の買出しで買われたPBトップバリュの菓子(弟には即日渡していた)であり、もう片方は前日夕からどこかへ出ていた帰りにセブンイレブンで買ったと思われる(母の帰宅は私の入眠後の21時以降であろう)PBセブンプレミアムの菓子である。母は2時34分ころにリビングのテレビを消し、2階へ上がった。

9時33分、珍しくヤマト配達員の配達があった。クール車で男性配達員Sである。Amazonで大きい箱と中サイズの箱の2種類であったが、母親が受け取った後に私が呼びかけられ、中サイズの箱から5倍希釈カルピス3本のうち1本(470ml)を渡された。もう片方は10kg米袋である。なお、カルピスといえば先月に弟向けに1本を2度買われた経緯がある。先の1回が巨峰味であった。昔(与野期)は希釈カルピスをよく飲んでいたが、当時にもあった巨峰味を今に試飲すると、やや濃い濃度ではグレープ味のガムのようであった。

ところで、9時41分に、あの昭和のヤンキー的なババア的な「2連発くしゃみ」が聞こえてきたが、5月2日メモでは直後にI家男性が車に乗り込んで発車したため、I家男性と判断したものの、前回(6月1日ころ?)はI家男性の出入りはなく、今回に至ってはI家男性が既に車ごと不在である。現状はI家の高齢女性か、近隣の作業所や集合住宅に発生源があると思うしかない。10時30分台に母親が2階に上がった。水を汲みに部屋を出ると、先の配達物の追加でレトルトカレー4食が置かれていた。キッチンでは5kgの米袋2つを確認した。



2016/06/13

本日はまず1時40分ころに目覚めた。もう一眠りしようと思ったが、意識は付いたまま時間が流れ、2時5分に起床した。前日からの予定である炊飯は、2時40分前から作業を始めた。炊飯窯や杓文字を使用可能な状態にし、米は2合あまりを掬い上げる。前日メモにある5kg米袋の米(栃木県産栃木ブランド)の初使用である。今朝(この表現は常に起床後1~3時間以内を指す)はその炊飯をと同時に料理の予定もあったが、具体的な計画は前日から特になく、カルピスを多めに飲んだ点もあって料理を作る気分でない。肉を焼くなどは、明るい時間以後でもよいと考えた。3時40分台、そのカルピスの影響か便意が強まったため、トイレで一本糞をスルッと出してきた。記録を見れば、最後の排便が6月9日と、思った以上に過去の話であった。

5時過ぎから風呂(シャワシャン)の準備を始め、自室には5時50分過ぎに帰ってきた。10時20分台にもトイレで排便したが、先3時40分台よりも排出量は3倍近く多いと見られる。



2016/06/14

本日はいつ目覚めたか不明だが、最初の時刻確認が2時18分であった。携帯電話が開いたままである理由は、2:10の第一アラームを停止したためであると考えることが理論上は正しいが、自分の感覚としては、第一アラームを聴いた記憶もないし停止した記憶もない。一応、2:20の第二アラームを待つと、実際に再生されたため、これを停止し、間もなく起床した。

4時40分ころから便意のためにトイレへ急いだ。最初だけ硬めで、続けざまに出た糞が軟便となっていた。一発の発射で2度の区切りがあった。

18時前からの母と弟の夕食での会話について一つ記録する。思えば、6月8日14時に母と弟の一連の喧嘩やボンド地獄に関する記録と所感を述べた記事を本家ブログに投稿してから、二人の関係は穏やかである。私の本意は二人の恒久的な関係改善であるが、現状が一時的に良さそうでも、心の底から自覚・反省しているかは不明である。これが維持されないと何度でも繰り返す。6月8日以降の数日は、母親が距離を置いて夕食は弟が先で母が後と、各自で別々に作っていた。それはさておき、この夕食の会話の話題である。まずテレビでM都知事の政治資金に関する問題について複数の会派が不信任決議案を提出する方針であるという報道が流れている。弟が「民主党っておっきいの?」と言った後、母親は「民主党なんてないよ、民進党なら今あるけど」と、ストレートな言い方で否定した。もう少し言い方を穏やかに変えられないか?弟もたびたび、母の言い方に不快感や恐怖心を覚えている(12月28日メモ"もっとやさしく言って")。例えば「民主党は最近なくなって(解散して)民進党ができた(結党されて維新含む元所属議員が移った)んだよ」と具体的かつ平易に言おう。



2016/06/15

本日は2:20の第二アラームに目覚め、2:26の第三アラームを経て2時27分に起床した。5時前に長めの一本糞を出した。11時過ぎから母親が買い出しへ発車した。弟が15時59分と、毎日のような時間に帰ってきた。先月などは16時以降も多かったはずであるのに、いつからか15時50分台を中心に、この時間帯の帰宅が多い。あるとされる「部活動」が何曜日であるかも未だ判然としない。16時30分ころに母親が帰宅した。買出し以外の用件もあったのであろうか?

17時20分ころから2階で母と弟が話し始めた。私が耳を傾けたときは、お好み焼きに関する話題が聞かれた。今回の買出しで小麦粉もキャベツも買っておらず、お好み焼きに向く豚肉なども買われていない。母親が作るお好み焼きのほか、冷凍食品のお好み焼きの話が聞かれた。弟が自分で店頭で買って家に持ち帰ると、帰宅までに食品が悪くなるからやめたほうがよいという母親の主張があった。買うにしても店内の電子レンジで加熱してその場で食べろ、と訴えていた。母親は「冷凍食品のお好み焼きは腐りかけの材料を使って・・・」と趣旨の真義はともかく子供だましの常套句を使い、弟は「買ってきた食品・材料をベチャベチャにする」と発言した。続いて、最近の平静状態についても触れられていた。その後、弟が外出時に使うカバン・リュックサックの話があり、レジで煩雑なリュックサックいじりがほかの客の迷惑になるからと、適切なカバンの利用法を説明していた。彼らの会話は20分以上続いたろうが、割愛する。17時47分、弟が俄かに1回へ降りてきて物色しながら「まずそうな食品たちですね、おかさーん(逐音表記)、まずそうだし公園に捨てていいですか?」など大きめの声で発言した。

18時10分台、2人が1階にいる間、会話が劇的に険悪になっていった。弟の発言内容が猟奇的になったあと、声を荒げてテレビの電源を落とし、母いわく「乳がんの方」とする胸かどこかに打撃を与えたようである。母親が仰々しく悶絶の声を上げていた。弟も仰々しく「お母さんなんか明日死んでもいい!お母さんなんかいらない家庭だぁ!」と怯えながら叫んでいた。最近の母親の自制が緩んでこんな顛末となったのか。すぐに普通の声色で険悪な会話が戻る。母親は「家事やらないよ、学校行けなくなってもいいよ、お母さんいらないんだったら・・・」と血迷った小言でアレコレと弟を責めていた。こういう2人に心を動かされる私も、彼らと同じくらい残念な人間である。親子不二、依正不二なのだから。無根草の詩去る本家記事所説の如し。



2016/06/16


本日も2:20の第二アラームに目覚めたが、間もなく誰かがテレビを付けた様子である。その直前に足音を捉えることがなかったから、直ちに母か弟かの判断はできなかった。その後、物音の立ち方や、シリアルを器に盛る音などから弟であると判断できた。前日、彼は夕食を取ったか不明である。弟が母親を殴打?したあとに母親が「さっさとカレー食べちゃいな」のような発言をした以外は判断材料がない。3時前後に2階へ上がった。

9時29分に母親が発車した。K邸・E1邸の工事現場の方から、ドリルの音がずっと聴こえているので階段の窓から様子を伺うと、K邸の方で仮に敷いたコンクリートや荒い石などを削ったり取り除く作業をしていた。12時現在も母親も帰ってきていないが、今回もまだ期間中である豊川特別支援学校の授業参観(学校公開?)が目的か。

14時20分前からカフェインパワーの排便を行い、先に中サイズ1本、後に何らかの糞をひり出したが、この際アナルの付着は粘り気のありそうな状態で、左の肋骨も痛んだりした。粘り気はともかく、無理やり力を加える出し方は、私の無為自然の排便に反しているから、もう少し「スロー」を心掛ける。15時40分台、東海化学工業所の車両が路上に停まって何らかの作業を始めた。路肩に寄せてあるわけで、他の車両は少し通行がしづらい。自室の窓を開放したままでいると、次第に硫黄のような臭いが部屋にも漂ってくる。しっかりと影ば不快感以上に刺激すら感じたため、自室の窓を閉め、階段を上った。先ほどと同じ窓から様子見をした後、2階のトイレの窓からも確認し、写真を2枚撮った。15時52分に発車してこの場を去った。E1邸ではなくK邸の方を目的としていた。遠くに見えるアジサイの色が鮮やかであった。

16時過ぎに弟、その1分後に母親が相次いで帰宅した。帰りに母はセブンイレブンへ寄ったらしく、私と弟に1個ずつシュークリームを配った。



2016/06/17

本日はまず1時10分ころに目覚めた。1階で母親が狂った声で独り言を発しながらテレビのバラエティ番組・深夜番組を見ていた。一旦狂うとしばらくはより狂った挙動が増える性質に、なお気付きもしないし可哀想にしか思わない。そのまま起床するにしても、もう少し眠るつもりが前日もとい数日来あったため、再度眠りに入ろうとする。2:10の第一アラームを3:10に設定し、第二・第三アラームはOFFに設定した。

次の目覚めは2:40の本来の第四アラームである。2時50分までに起床した。いつも左の鼻腔が詰まり気味で、強めに鼻呼吸をすると左の鼻腔からピーピーと鳴るが、今日はスースーしている反面、なぜか右の鼻腔がひどく詰まっている。喉は青い痰が少し絡んでいる(たまにある)。わけがわからないが、考えても詮無し。

7時台後半、部屋にいて前日の工事現場の化学的な作業の際にも家に流入した硫黄の臭いと似たような臭いを微かに感じた。7時52分にトイレへ入ると、前日ほど強烈ではないが硫黄の臭いがはっきりとわかり、排気ガスのような焦げ臭さも加わっていた。トイレに入って最初に雨音と思われた音は、雨など降っていないため、工事現場の作業の音であり、臭いの発生源と関連性がありそうに思う。何らかの工業的な化学的な機械が音や臭いの発生源であると見る。なお、前日と違ってE2邸から聴こえるように感じたが、確証はない。



2016/06/18


本日は2:10の第一アラームを聴いて2時11分に起床した。前日の就寝は、本日行う自販機通いや風呂(シャワシャン)などに関して早寝早起きでなくとも実行できるが、「心の準備」のために形式の面でも万全を期する思いで19時30分までにはPCをシャットダウンしていた。就寝以後、独り言なども続いたが、金曜日の母は20時以降もテレビを見そうな雰囲気がありながら、珍しく20時までには2階へ上がっていった。好条件のような中で独り言を抑えて入眠へ集中し、実際に寝付いたであろう。

しかし、ある時いつのまにか目覚めていて、気付いたときに、聴こえてくるテレビの音と起きている自分の意識を確認した。また1階で誰かがテレビを見ているが、自国を調べると、今回は22時35分である。まともに休まる日がない。22時43分、その番組は某魔法使いの映画だが、CM明けの後はもう終わりのシーンらしく、私が目覚めたとき大声でベラベラとしゃべっていたやかましさなど、全く消えていた。1階にいた人間もコップに氷水を入れて2階に上がってしまった。変なタイミングで起こすだけ起こす魔の所業であろう。いくら努力しても超人でない限り予期し得ぬ邪魔が入る。休まる日がない。

3時38分、家の外の物音が気になった。これは明らかに風が打ち付ける音ではない。窓の外を窺えば、アパートの駐車スペースに立つ1人の影と軽トラックが見えた。ほかにも誰かいるようである。通行車両のランプに照らされた姿は2人であり、1人はバイクにまたがっていた。こんな光景は初めて見る。改造バイクみたいなエンジン音がひどいバイクの出入りは過去にあったものの、それとの関連性は判断できない。3時46分に彼らは発車した。件のバイクの所在は不明である。3時50分過ぎから外出した。空は晴れ渡っているが、星が一点捉えられるのみである。部屋着スウェットの格好だが、非常に涼しい。先の軽トラックの時に窓を開けても同じ涼しさ・・・寒く感じていた。4時半ころから風呂(シャワシャン)の準備を始め、5時40分までに自室へ戻った。

10時50分ころ、呼び鈴が鳴らされた。自室の窓を介して様子を伺うと、比較的若い女性が見えた。そばに男性の足も見えた。それだけでは工事関係者か単なるセールスの類かとも思った。荷物の紙袋を提げていた。2階の母は応答しないが、2分ほど経っても家の前を離れないため、インターホンを介して顔を窺った。かなり顔の似た、30歳の男女2名であった。それでもなお、後に知る正しい答えに近づかなかった。私がインターホンを介して見続けていると再度呼び鈴が鳴らされた。このブザーの音はインターホンのそばで聴くと非常にやかましいため、その場を離れたところでようやく母親が1階に降りてきた。彼ら2名はK邸に今後引っ越す夫婦であるが、顔の印象などは12月の訪問時以来の私の先入観に反していた。女性は髪を短くしていた。

玄関のドアを開けた母親は、彼らに工事関係者への不満を愚痴にし始めた。彼らは困り気味の笑顔で話を聞くしかない。空虚な相槌で母を懐柔する。母には、挨拶に来た相手の顔を立てる発想が全くない。問題を感じる度に工事業者にクレームの電話をいれる発想と同種であるばかりか、尚更たちが悪い。母親の鬱憤が凄まじいこと、近づかない方が無難であることを、接触したあらゆる人間に鮮烈に伝える。母は彼ら2人に、暑い中で20分以上も不満を聞かせた。この後、彼らK夫婦はI家やT家を回ったが、I家高齢女性とは3分ほど、T家女性とは2分ほどで会話が終わった。普通はそんなものである。応答に時間をかけて相手を待たせた挙句、野暮な話題の話で炎天下、相手を困らせた母だが、異常性は自覚できないし、自覚できないから常に狂乱して已まない。己を糊塗するほどに恥の上塗りとなろうことすら気付きもせず、不平不満を連ねられる才能はある意味で仰ぎ見てしまう。彼らを母自身の憤怒の捌け口としても、母自身の悩みは解決できない。工事の騒音や臭気など、この程度で問題視する必要もないから、悩みを自ら生み、人に爆発させて更なる問題をみだりに増やす、まさしく修羅・畜生の愚人である。そのような輩に忠言や諫言を入れたところで反発され、ますます三毒を増長させる。



2016/06/19


本日は先に2:20の第二アラームで目覚め、2:26の第三アラームを聴いても起床せず、再度眠りについた。3時過ぎになってからか、浅い眠りの中で夢を見た。略記すれば、中学生のころの私・および同学年の多くの生徒らがどこかの施設(宿泊施設か?)から脱出するらしい内容で、私が膝を曲げて背を丸めれば通れる余裕のある空間を一人で移動している折、色々中略するが、ある空間で過去記事にいうT.T.に遭遇した。その空間は上方から光が差していて広い空間に通じていそうであった。近距離で二人きり、しかも狭い空間とあって夢の中の私は、その場を怯えて(上方の空間からの救助を待つ?)離れたがらないT.T.を「一緒に出よう!」と諭していたが、実際には、なんと夢精を始めてしまった。こんな夢の話よりも、生活記録だからこの悲劇を書きたい。そんなわけで不覚にも夢精し、止んできたあたりで起床した。心地よい寝起きとは言えない。PCを起動させる際の時刻確認が3時8分である。

パンツや先の風呂(シャワシャン)で洗濯はせずに着続けたスウェットの、付着個所を水洗いした。それからトイレで排尿した。トイレを出る折、今度はなんとクモに遭遇した。ドア側の隅っこに全長3cmほどのクモがいた。もはやわけがわからない。しかしまあ、すべて私への試練だと考える。まずほうきとちりとりを用意して再度クモに臨んだ。これで外へ逃がそうとしていたが、一応写真は撮りたい。クモを見逃さないよう急いで携帯電話を持ち寄ると、クモの姿がトイレ内に見当たらない。短時間で移動するはずはないし、壁に登った感じもない。このクモは洗面所との境界の窪み(?)の影に潜んでいた。暗いところがお好きのようである。洗面所の明かりをつけると、都合が悪いらしく、トイレ側へ逃げた。トイレも明るくしたままである。このクモは壁を登ろうにもツルツル構造の部分で足掻いてばかりで、全然壁を登れない。スパイダーマンとはなんだったのか。

クモをちりとりに引き込むには少し時間がかかった。ちりとりと床の支点を設けてもちりとりの辺が水平でないのか、クモは度々ちりとりの辺と床に挟まれた。どうにかほうきとのコンビネーションでクモをちりとりに載せ、見失わないよう慎重に玄関へ移動し、ドアを開けた。クモはちりとりの裏側に回りもしていたが、振り払って外の地面に落とそうとする。クモが糸を伸ばしたらしく、簡単に落ちない。落としても、玄関の方に戻ってくる。再度ほうきで払い、クモが玄関ドアに挟まれない様子を確認してドアを閉めた。それにしても、A邸が解体されて以後、母を始め、クモとの遭遇頻度が上がっている。一冬を越してもこの有様であるから、今夏は覚悟した方がよいが、とはいえ7・8月こそ出没しない点も有り得る。

9時50分台、洗面所で手を洗ってからトイレに入ると、何やら工事現場から談笑の声が聞こえた。K邸で竣工のセレモニーが行われているようである。見える姿は、玄関ドアの前にK夫婦の旦那"ひろし"さんと、その隣に似た年代の男性がいた。その前方に金色のポールが二本立ち、紅白の帯がかかっていた。「竣工ご挨拶・○○代表取締役」といった文章を、本人か不明だが、中高年の男性が読み上げていた。バックに控える人も男性しか見えないが、女性の声は聴こえた。

10時40分ころにサッカーかバスケットボールのユニフォームのような赤い服装の若い男性2名が一般的ワゴン車から降りた。10時53分から引っ越しのトラックが来た。先の若い男性2名のうち、髪の長い方が「オーライ」と掛け声を発し続け、眼鏡をかけている方がトラックを運転していた。このトラックは何度も家の前を行き来し、10分以上も「オーライ」の掛け声が続いた。交通事情の影響が大きい。11時10分、髪の長い方が呼び鈴を鳴らした。2度目を鳴らしてやや諦めて少し場を離れてから母がインターホンで応答した。K邸の引っ越し作業の簡単な説明と、トラックが邪魔になる場合はどかすという話であった。午後は雨が強く弱く降り続けながら作業したり、再び「オーライ」の掛け声があるときも同じ男性は雨の中で同じ格好で行っていた。



2016/06/20

本日は2:10, 2:20などアラームを聴いてから2時30分前に起床した。4日ぶりくらいの炊飯を行った。近頃は記録しないが、あえて今回の食事について書けば、キッチン保管の味付けゴマのみのふりかけ製品(しょうゆマヨ味?)と納豆1パックを米0.3合ほどの自室保管ご飯(レンジ加熱)で食べた。自室保管ご飯の余りと、本日炊いたご飯で茶碗2種に移し切らない分のご飯には、キッチン保管の黒ゴマとMSG塩(アジシオ)をかけて混ぜた。いわゆる「ごましお」ふりかけの味が再現された。

4時40分ころから、それまでのコーヒーを飲まずして臭いだけで条件反射的に便意を強くした。いや、それ以前から「釣り竿に獲物が食らいついた」ような感触はあった。そこで追い打ちとしてのコーヒーを飲もうと思ったが、飲まずとも臭いで足りそうな気がして実際に便意が強まった。前日はコーヒー1杯を飲んでも排便には至らなかった。本日はこれを以て小さいモノを5・6発ほどぶっ放した。コーヒーは7時40分台からお湯を注いで飲み始めた。8時までには更なる便意の強まりから、長い一本糞をはじめとして複数のモノを排出した。

13時10分に母親が買出しへ発車した。13時40分前から風呂(シャワシャン)の準備を始め、14時20分過ぎに自室へ帰った。16時過ぎに母親が帰宅した。



2016/06/21

本日は2:40のアラームで目覚めて2時43分に起床した。前日に2:10, 2:20, 2:26のアラームを1時間遅らせたため、2:40が本日の第一アラームである。前日の夕からは、俄かに作り始めた記事の案を一気に仕上げたため、普段よりもPCのシャットダウンが遅れた経緯(20時前)がある。こういった作業には、珍しく目の充血がなかったものの、目の疲れは著しかった。

5時台、いつものように早朝特有の眠気を感じながら、毎朝の勤行も終えた。1・2月頃に多かった仮眠を久々に取ってみようと発案した。寝たいのではなく、試す意欲の手段が仮眠というだけである。こういった仮眠で、起床・就寝のリズムが乱されはしない。去年8月下旬(初日は19日)から始まった夜寝朝起きの習慣は、それまで「わざと乱したリズム("昼夜逆転・夜昼逆転・緩急自在"と過去に呼ぶ)」ができる私ならば「規則的なリズム」も可能である、という逆説的な理論による(過去のメモにもこの経緯は幾度と書いた)。そう思う中、矢先に弟が2階で動き出し、2分後には1階へ降りてきた。どうせそんなものなので、「試しの仮眠」などをしないまま終える。



2016/06/22

本日は2:10の第一アラームか2:20の第二アラームで目覚めて2時25分に起床した。前々日に1.5合を炊いた内の茶碗1杯分は、前日に少し料理に使ったが、この茶碗のご飯は炊き上げたその時から今まで冷蔵庫に入れなかった。「試す日々」なので、今の時期にこのような不衛生の保管方法を行うとどうなるか、個人的な興味から行っていたが、やはり電子レンジで2分間加熱してみると、菌が繁殖していたとすぐに分かる臭いが伝わり、箸を入れてかき混ぜれば、異様な水っぽさと粘り気が見られた。ゴマを振りかけて再度1分の加熱にかけ、これを前日と同じ容量で豚肉・もやしと共に焼いた。なお、前日は焼く際にソースを掛けたため、肉などは対して焦げなかったが、今回はソースを使わない。豚肉もご飯も焦がすように、自室の卓上電子調理器の弱火で加熱を続けた。元の豚肉は肉厚であるから、前日は一部薄切りをしたが、それは一部に留め、元の厚みのものも熱を通すべく、いずれも鍋蓋で蒸すように熱を逃がさない。

あのご飯の影響か、味見の段階を経て料理した後・食事の後のいずれか、腹痛が発生したが、それは一時的であった。4時ころから便意が強まり、4時8分にトイレへ入った。コーラック系下剤を飲んだ時と似た感覚を覚える。トイレでは、柔らかくて固形状のモノが2本ほど出た。コーラック系下剤の場合、時間が経って下痢に変わるか、初めが下痢など強く発現すればその日の2度目の排便がない、といういずれかのパターンがある。果たして7時50分台、腹痛と便意が耐えられなくなり、トイレへと急いだ。それまで、今朝調理した残りの再加熱をしてつまみ食いをしていた。今回は色の悪い長めの糞が複数本出た。便器の糞自体は薄く緑がかって見え、拭った紙はべっちゃりだと同じく緑っぽく、薄く広がれば黄色である。人糞の色彩の通例である。8時30分ころからも同じような経緯でトイレに行き、今度は先ほどより緑色は失せながら、下痢気味の軟便が出た。

12時40分ころ、それまでは本日10時過ぎに本家ブログで既存の下書き記事が予約投稿の反映がされたことを受けて別の下書き記事を書いていたが、一部、文章表現に詰まってPCの前で仰向けになっていたところ、眠りについてしまい、13時20分台に目覚めた。ここで眠るといつも体を痛めたりと良いことはないが、今回は左股関節を痛めた。



2016/06/23

本日は2:10の第一アラームで目覚めた。前日も前々日も3日前もPCシャットダウン・就寝時は20時前後か20時過ぎであり、遅れ気味である。前日と前々日の就寝時は耳栓を着けたが、左耳は耳栓が外れやすい。本日と前日の就寝時はいずれも左耳から耳栓が外れ、本日は右耳も外れた。そういうわけだから、アラームが鳴るとその音声がしっかりと聴こえてくる。

8時過ぎ、家の外からカラスと小鳥の鳴き声が入り乱れて聴こえる。水を汲むついでに様子を窺うと、南方のM宅の屋根にカラス3羽(もう1羽が付近を周る)が戯れており、何か小さいものを2羽でつついたりいじっていたりした。よくある小鳥(種名などは知らない)の伸びるような鳴き声が多く聴こえ、カラスからは「ガア、ガア」という早朝に聞かれる声(5月18日メモに類似記録)の変種や、「グアァァァァ」という伸びるような鳴き声も聞かれた、いずれも高頻度で鳴った。双方とも怒りや苦しみが混ざっている感じではない。5分ほどで止んだ。

14時40分過ぎ、I家のから聞き覚えのあるエンジン音が聴こえた。窺うと、以前の黒い乗用車に戻した様子である。車検などで一時的に別の車を借りていたとしても期間が長い。その車の最初の記録は6月6日だが、車自体は記録の通り6月5日からI家に停まっていた。あの「キィキィ」という金属的な響きのある音も変わりがなく、一体何の空白期間やらと思う。



2016/06/24

本日は第一アラームで目覚め、第二・第三を同じく聴いて止めた後、2時30分に起床した。4時過ぎ、前日から予定していた自販機通いを行った。最近部屋着を小6以来のポリエステル服に衣替えしてスウェットを着なくなったが、今回は外が涼しいためスウェットに着替えた。家を出ると、よくある「クモの糸が付着するような感覚」が起こった。顔にその感覚があれば自分の髪である可能性は高いが、稀に手もそう感じる場合がある。南南西に半月より大きい月が雲に霞んで浮かぶ。私も道を南に進んで今回の目当ての自販機へ進んだ。道中、新聞配達のバイクが遠く確認できた。目当ての自販機で購入を終え、帰路についた道端で自撮りをしていると、新聞配達のバイクが角を曲がってこちらへ進んだ。私はなぜか道を自販機方向へ引き返した。一度遠くに見た男性が今は自販機での購入をしたりタバコを吸い始めもしていた。新聞配達員が自販機付近の家の配達を終えてまた引き返したので、私は引き返しの引き返しとして再度帰路についた。家では、洗面所で蚊が私から飛んで離れる様子を見た。6月に入っても蚊など一度も見なかったというのに。忌々しいため、壁に止まり続けている状態に殺虫剤を噴射した。

14時40分台、母親から唐突にふすまをノックされ、声を掛けられた。返事をしても大したことは言わないので、何かを受け取る用件だと察し、その旨を面倒に思いながら聞き、実物を受け取った。受け取ったものは6月22日に公示された参議院選挙の投票券らしき紙である。母親も「投票券」としか言わない。この紙にアレコレと「真実です」と誓える情報を記入し、投票所の立候補者かどこかの箱に投票すると思われるが、こういったことは何の説明もしてこず、母は投票権を渡すだけであった。時間が経ってから見直すと、その「真実です(上記は、真実であることを誓います)」の部分の記入欄は単に期日前投票を行う理由などを示す「宣誓書」の記入欄であった。実際は、この手渡された投票券をそのまま立候補者かどこかの箱に入れると思われる。いや、これは投票券ではなく単なる整理券であるとも見ている。まあ、去る6月20日に投稿した記事で「投票しない」理由などが書かれる通り、そもそも投票しない私であるから、一応確認はしてもそこまでで終わろう。



2016/06/25

本日は第一アラームで目覚め、第二アラームは記憶になく、第三を聴いて止めた後、2時32分に起床した。4時半ころに淹れて早めに飲んだコーヒー(ミルク・シュガー適量)一杯のカフェインパワーはほのかな腹痛などが起きる程度で時間が流れ、次第に便意がやや強めに発現してきたため、7時過ぎからトイレで中サイズ一本を排便した。

17時ころから母親が買出しへ発車し、19時過ぎに帰宅した。帰宅後に弟が購入物を移動し、彼に不手際が生じ、母親が口を尖らせた。まだ弟は怒り気味でない。弟は前日に母と争い、一人でいる間に母親のものを壊した様子はあったが、この買い物で母は「上履き」を買ったそうである。弟が前日壊したものが「上履き」の可能性が間もなく浮上した。弟が前日、上履きをハサミで切ったとか、切った上履きは捨てるとか、新調する話が上がったという。しかし、弟はそれを風呂場に出して洗ったか、洗おうとしたらしいが、「これから捨てるもの」にそう処置したことを母は問題視した。さすがに弟の怒りなどが鬱積したようで、声を荒げた。「イオンの菓子は経済的にまずい(彼はPBのことを言いたいわけではない、なぜならばイオンPB菓子を母は滅多に買わない、単に彼がイトーヨーカ堂などに通うから派閥意識を持っているだけ)」、「お前の○○(聞き取り不能)をノコギリでギコギコと切ってやろうかぁ!?(母: 悪いことしないで大人しく音楽聞くとかパソコンでゲームやるとかしていたら? 弟: 歌を歌うのは一番アホなことだ!)」と、聞いていてこちらが狂乱しそうな会話が続いた。



2016/06/26

本日は2時59分に起床した。前日の就寝時(20時半以降)にアラーム設定の変更をし、第二・第三をオフ、第一を一時間遅らせた。(元々の)第四・第五アラームが鳴った記憶はない。耳栓をしてはいたが、例の通り片耳(左)が外れていたから鳴れば聞こえなくはないはずである。それはそうと前日の入眠以降の出来事のメモを載せる。

「22時台、二人の争いが起こった。20時台から1階でテレビを一人で見始めた母が、何らかの理由で弟とまた争い始めたか、弟から干渉したのであろうか。彼は『○ちゃんじゃなくて○くんと呼べ』とか『ショウくん(2011年転入の小学校の特別支援学級の同級生か)』」がどうのこうのと、母も理解に苦しむ発言が続いた。互いに大声が飛び交う。弟の空虚な脅し、母の空虚な叫び、空虚な警察呼ぶ連呼など、騒がしいばかりで実行も中身もなく、彼らに実利や実害を生むことのない争いを二人は何度でも繰り返す。修羅・畜生以外に形容のしようもない。私も私で耳栓に頼りつつ、耳栓の抜けやすさに思い煩う。20時台後半の就寝時に着けたが、両耳ともすでに外れてしまっている」

起床後、1階の廊下とリビングが接続するドアの、廊下側の上方に破損が見られたが、けだし昨夕か昨夜の一連の争いの中で発生したものと見る。4時20分から風呂(シャワシャン)の準備を始め、5時10分過ぎに自室へ帰った。


11時台に弟が外出したり、母親が風呂に入り始めた。11時50分台に2階へ上がって色々な確認を行った。ここでは一つ、弟の学校の連絡帳について取り上げる。6月5日に連絡帳を覗き、撮影もしたが、その写真や情報は6月8日の本家ブログ記事の「参考資料」の通りである。そのとき以来となる本日は1枚だけ写真を撮った。撮られたものは、6月24日付の連絡事項の表面の文章の続きとなる裏面の記述である。当日は金曜日で本日はまだ日曜日だから、当然教師の返信はない。書き出しが「学校でのストレスが家で現れているのか?中学の時より暴力に関する行動は激しさを増しています」と、自分の非を考えたがらない母親の問題点を発露している。あるいは、偶然のごとく、単に要因が重なっただけであろう。少なくともそれら複合的要因に母の非も含まれることを自覚してほしい。せいぜい末文に「(6月某日に距離を置くよう指示され)距離を置かなくてはいけないが話しかけてしまう、楽しい会話を期待してしまう」と嘆いた点が珍しいと思う程度であるが、会話を険悪にする者は他ならぬ母親である実態を、既に2014年に喝破した記事がある。些細な部分で揚げ足を取ったり口調をきつくすることは、母親も弟も心が狭いのだから、まず上に立つ母親から改めよ、と思う。この自覚も無いから改善も不可能であるし、そもそも母親として不適切である。

別の日に関する記述も、撮影はしていないが、面白いため記録する。弟が問題視している「母親が何度も同じことを言う」悪癖は、この担任教師が言うような「母親はみんなそうだよ」という一括りにできる程度ではない。正当なしつけや教育の範疇としては、もっと子供の状態などを考え、節度を持ちながら必要な物事を強調する。しかし、母の場合は執拗なまでにグチグチと小言を連ねるなど、母親が精神的に幼稚なために発される愚痴の類である。解決した話にも未練がましく、己の鬱憤を晴らしたいがために人を巻き込む悪癖である。知的障害を持つ弟とて、自制や我慢が利かない幼子ではない。そんな事実も知らない担任教師の安易な発言は無益のみならず、子供の意思を汲み取らない妄言の一種に過ぎない。幼子にのみ通用する古い子供騙しは捨てよ。母と弟の喧嘩を見れば、俗人なりの解釈でも双方に非がある様子を認められよう。仏教的には、そもそも対峙する者同士が仏のお徳に比べれば平等に低劣でもある。この自覚を持って反省と努力を重ねられる稀有の者が仏教徒である。

12時半ころに風呂を出た母親が13時30分台に髪を乾かしながら、例のローカルな政治討論番組を見ている。すると「やっぱ○○こと自体が○○、バカだっ」と、どうやらイギリスのEU離脱の賛否を問う国民投票についての話題に対し、ヒステリックな独り言を始めた。去る6月24日の開票の折、FXで負けたのであろうか?思えば、先の6月24日の記述にも「英国の国民投票について(弟と)話をしました」とあり、この話題に謎の執着を抱えているらしい。イギリスは民主主義という第一の理念を貫くべく、一見ムチャクチャな意見であっても、求める声が民衆の間に高まれば、それは民意として上に立つ人間が受け入れる。現代の先進国はこの原理を守る。母親はそもそも上に立つべき人間でないから、人生50年でも理解不能のことであろう。無論、私としてもイギリスのEU離脱の発想自体は甚だ疑問に思ってはいるが、詳述しない。EU離脱の運びが実際にあろうとなかろうと、偏狭に問題視などはしない。彼らの運命である。投票の経緯も結果も、いわば結果論である。速やかな再投票などで返上してはならない。仮に再投票をするにも、まずはEU離脱を実現し、イギリス民衆自身の功罪を自覚するように謹慎し、離脱から10年後に再投票の是非を考えてもらいたい。

17時10分台、家の前を既視感のある若い夫婦が通過した。様子を窺うと、やはりK夫婦である。男性が女性に家の鍵を渡してベビーカーを押していた。彼らは午前中、一度車を出して外出していた。ナンバープレートを即座に暗記し、今もその時に認識した文字列を覚えているが、そう言うからには実際に正確な文字列かは不明である。車種はトヨタのプリウスに見えた。



2016/06/27

https://www.youtube.com/watch?v=od9M2A5g5Xg

本日はまず1時前後に目覚めたと思われる。その時、母と弟に関する情報が頭を巡っていたか、悪夢でもないが現実的な夢でも見ていたのではないか。その意識がついて時間が経ったときの時刻確認は1時20分台だったように覚える。それから再度眠って第一~第五アラームが鳴るため、断続的に目覚めていたはずだが、起床は第五アラーム以後の2時55分となった。

5時過ぎに弟が2階のトイレを利用して以後、彼が朝食を取る動向もなく、7時30分になって俄かに2階から物音が立ちはじめ、本日初めて1階に降りてきた。彼の平日の朝食は5時前後など極端に早い時もあれば、今回みたく、本来は学校に出る時間まで起きずにいて朝食を取る余裕がない日も多い。

不安定・不規則であるが、母親はその極みである。普段の弟の面倒を見ず、フラフラと起き出して弟の部屋のドアをノックして声掛けをすることもあれば、無意味に等しい「コミュニケーション」で朝食を取ったかなど聞くこともある。己の行動の正当性や有意義さを強調したければ、毎日そうコミュニケーションせよ、と思う。そもそも自分でしっかりと子供の面倒を見られる人間ならば、取り立ててそんなコミュニケーションを行う必要もないし、普段の会話で親子喧嘩の原因も生じない。こういう日に限って惰眠を貪っているから、知らない間に母と弟は共に罪業を生んでいる。あの母親の不徳・無慈悲はすさまじい。5月10日の記録を引用する。「これは放逸主義とでも呼べばよい。だから、母親も前回4月中旬か下旬の時(4月18日)の弟の遅刻の際も、惰眠を貪ったままであった。」

何でもない思考メモ→「仏教では現在を大事とします。世俗のよう、放逸にして一喜一憂する刹那的な生き方ではありません。現在の努力ができて維持すれば、将来も努力していることとなり、それまでの過去も努力してきた過去です。つまり、現在という一時は過去・未来の三時に展開し、三時は一時に収斂する「三即一」のような法理です。本当の意味で、一つが全てに、全てが一つに渡る生き方が仏道です。 (夫れ仏道は現在を大事とす。誤りて世俗の、放逸にして一喜一憂するが如き徒らなる生と同じからず。現在に努力して精進せば、即ち未来も努力の境涯にして、已前の過去も努力の境涯なり。然れば、現在と謂ふ一時は過去未来の三時に開き、三時は一時に結ぶ、所謂「三即一」の如し。一事を万事とし、万事を一事となし給ふ目出度き法理は仏法のみぞある。豈に修行を怠ることあらんや)」

13時台後半に母親が徒歩で外出した。14時台に2階で色々な確認をし、弟から母への2通の感謝(皮肉)の手紙を撮影した。主に、料理やコミュニケーションについて母へ感謝の旨を綴ってある。ほか、K邸の様子を見ると、本来停まっている車(前日にトヨタのプリウスと書いた)ではなく、別の軽自動車が停まっていた。また、屋根(ひさし?)の上に青い洗濯バサミが落ちていた。前日K夫婦らの徒歩での帰りを見た際、旦那さんが奥さんに鍵を渡しながら「洗濯バサミ」という単語を呟いていた。この光景と関連があろうか?

14時50分、にわかに引きずるような足音が聞こえてきたが、すぐに母親らしさを感じた。その後、案の定車のドアの開閉音なども聴こえ、母の声で「最悪だよ、ろくでもない」と笑い気味の声が聴こえた。笑いながらそういう言葉を発し続ける人間性も母親らしい。母の全てがネガティブな印象で覆われている。15時30分過ぎ、母親が1階リビングで電話をしている声が聴こえたが、間もなく2階へ上がった。通話の内容は、弟の「料理まずい」発言を中心に、弟の行動に関して話しながら、更生の施設への入所を視野に入れていると告げて相談していたが、相談相手は若い男性の声に聴こえた。在学中の特別支援学校の教諭かどこかの機関かは不明であるが、訪問したいという意思を話していたため、在学中の特別支援学校ではなさそうである。

17時10分頃に弟が帰宅したが、その直前も電話か独り言をしていたようである。「納豆・ベーコン」という単語も聞かれた。それで弟が帰宅して母親に尋ねたことが「兵庫県でケーキ買った?」であるが、当然買っていない。本日6月27日が彼の誕生日である。母は「兵庫まで行くと腐るから買わない、近所のケーキだとまずいのだろう、前に小遣いを渡したからそれでいいでしょ」という説明をした。それから、できるかぎり穏やかに話そうとした母だが、にわかに弟が怒り出し、危険なムードとなり、ついに母へ一発殴打を加えたようである。痛みの程度は不明だが、母は当然取り乱す。弟も大袈裟なくらいに混乱しながら怒りを鎮めず、色々と暴言を吐いたり、階段で一段一段ペチペチという音を含んだ大きい足音を立てていた。

母の「警察呼ぶよ!」という本来は空虚なはずの脅しも、今回ばかりは狂乱しているため、本当に警察へ電話を掛けた。通話中、「落ち着いていますよ 早く来てください」などという言葉も聞かれた。弟がいる2階では断続的に色々な物音が立つ。色々と略するが、母と弟が別々の階で言葉を交わし、母が「お風呂入んないの?」などと問うていたが、些細な暴力で警察を呼ぶ狂人の母になど、誰も好印象を持たない。17時32分にサイレンを鳴らさない愛知県警のパトカーが家の前を通過し、そこから降車して呼び鈴を鳴らした。母と警官2名の話を聞くと、母は過去にも通報だけした様子である。母の話では、以前も2時間事情聴取を受けるハメとなったという不満を垂れていた。主な話も、警官の対応に関する不満である。やはり母らしい。17時45分ころに弟が風呂から出た。17時48分に追って1台のパトカーと2名の警官が来たが、彼らは母からすぐに追い払われていた。彼らはT家の敷地に踏み入っていた。

母が警察を呼び、ここまで取り込む事態は今まで一度も無かった。今回、母が警察を呼び、風呂を出た弟と警官が話し合う展開もあった。この事態で一連の問題が改善するとは到底思えない。かえって火に油を注ぐような悪因とすら成り得る。警官との話し合いで弟が衷心より反省するはずもない。また、母もそんな安易な手法で改善すると思うならば、実に儚い話である。こんな二人とはいえ、今後も改善しないとは断言できないが、少なくともこれだけで改善する問題とも思えない。



18時35分、にわかに母が車を動かした。来客まで事前に場所をどかしてスペースを空ける際によく行うが、どかした直後に別の車が来た。降りた人物は特別支援学校の教諭(担任教師?)らしく、見た目は50~60代・眼鏡・薄く白髪で薄く茶髪である。18時53分もまた別の車が来たが、同じく学校関係者であろう。警察沙汰に伴い、ゲリラ家庭訪問である。弟は予定通りの料理を行っているが、教師らが会話を挟んでいる。



2016/06/28

本日はまず0時台に目覚め、時刻確認もしていた。その時に家の外を覗き見ると、学校の教師らの車は既になく、彼らは帰ったようである。思えば前日、いなここ最近はずっと20時前後か20時台にPCをシャットダウンしていたが、前日の彼らは、私の押入れ就寝以後もずっと家にいたため、私が耳栓を着けて眠った以後に帰ったと思われる。0時台の目覚めから再度眠り、例の如く第五アラームなど聴く結果もあって2時56分に起床した。2時50分台の起床も異様に多い。

6時半ころから弟が1階で前日教師らと作ったハンバーグの残りを焼いて食べていた。彼が水筒の氷を冷凍庫から掻き入れて2階に上がった直後の7時20分ころ、それまで耐えていた便意の解消へトイレへ向かった。便意が極まって鈍い腹痛も生じていた。トイレでは硬くて長い一本糞をズリュッとブッコ抜いてきた。彼が2階に上がって母は彼に声をかけていたが、やはり顛倒である。弟が遅刻した前日にこそ同じように、いな毎日そうすればよいものを。

11時過ぎからもトイレで、まとまった2・3本を排便した。14時前後も少量の排便あり。本日の排便も前回6月25日の排便もコーヒーのカフェインパワーに因るが、本日は前回にも増した量である。蓄積分の量の差が要因であろう。また、本日と前回は、その前日にもコーヒーを飲んでいたのに、その日は排便しなかった点が一致している。それまでがまた1日や2日のカフェイン節制をしたにも関わらず、2日連続で飲んだ時にカフェインパワーの排便が生じる理由が不可解だが、考えても無意味のようである。



2016/06/29

本日は2:50の第五アラームを聴いた記憶は濃いが、それから5~10分流れたような感覚の後に時刻確認をすると、まだ2時52分であったので、直ちに起床した。

13時20分ころ、母親がにわかに外出した。折り畳み傘以外は手ぶらの状態で歩いて行った。2分後に私は部屋を出ると、やはり玄関は香水の匂いが強い。玄関の窓際に紙製のファイルが置かれていたので開いて中を見ると、更に片面が不透明のクリアファイルがあった。不透明の面に中の紙の印刷面があってそのままでは読めないため、中の紙を取り出して拝見すると、A4サイズの紙にプリントした自作の「履歴書」であった(本日の日付も印字されている)。まさか忘れ物であろうか?そう思った矢先、一時的に帰ってきた母親が玄関のドアを開けた。やはり忘れ物らしい。



2016/06/30

本日は2:10の第一アラームに目覚めたが、起床は2:40の第四アラーム以後の2時43分である。今朝(3時以降)は小麦粉焼きを久々に作った。個人的に多めの小麦粉と適量の黒ゴマに、しょうゆを少量垂らし、牛乳で混ぜる。それから、ある意味で主役となるツナ缶の油を多めに入れ、ツナの身を適量加える。今回の出来栄えは、やはりツナ缶の油などの味が強い。

4時前、イヤホンをしている耳の近くで嫌な高音が聴こえた。蚊の羽音というか、蚊が飛んでいる音であることに間違いはない。その高音が左耳から右耳に移るなど、私は刺そうとしているような飛び回り方を感じさせた。蚊を視界に捕捉し、見逃さないよう目で追い。押入れの辺(床からの高さが2m近い)に止まったタイミングで座ったまま殺虫剤を噴射した。蚊には容赦しないことが多い私である。思えば今月は、体調を崩して回復した後に大グモが出たり(後で気付いたがそれは5月13日)、全長3・4センチのクモを捕まえて逃がしたり、たまの外出から帰宅した洗面所で刺さない蚊が私から飛び去るなど、虫に関する記録はやや多めである。今回の蚊は殺虫剤を薄くかぶってから部屋を飛び回り、私が日課である朝の略式勤行・100遍唱題を終えた4時40分ころに、長年畳んだままの布団の上でひっくり返ってピクピクしているところを見かけ、可哀想なので直ちに殺めてあげた。私の周辺を飛びながらにして刺さなかったようである。

6時40分ころに2階で母親が弟に声掛けをした。これまで、未だ弟は1階に降りてこなかったが、母は弟に朝食を取ったか確認した後、「今日仕事で早く家を出なくてはいけないから先に1階を使う」という旨を伝えて先に1階で何かを始めた。この母は10分ほど1階にいた後、7時17分に発車した。7時27分に弟も外出し、私は一部の服を洗濯に出し、浸け置きにする。ほか、色々と挟んで8時過ぎにようやく風呂(シャワシャン)を行い始めた。8時30分台、一時的に風呂の折れ戸を開いて細かい作業をしようとすると、工事の音とは異なって家の中から物音が聴こえる。もともと警戒はしていたが、やはり母が帰ってきた様子である。母の「仕事」発言に最初から大した期待などなかったが、案の定とも思うと相変わらず母に対して嫌悪感が沸く(母は虚栄か面倒臭いためか単なる会員サイトや店舗などのメルマガを「変な仕事のメール」と言ったり祖母介護退職後に始めたばかりのFXを仕事と豪語するなど見苦しい)。意気消沈でもないが、気分がやや萎えて風呂(シャワシャン)を継続し、9時過ぎには自室へ帰った。

当記事注: 一応、7月1日の日記メモに載せた押入れ内メモの内容は、6月中の出来事にもあたるので、ここにも載せよう。この6月30日は例に漏れず20時過ぎのPCシャットダウンであった。「(6月30日23時10分前後)弟と母が2階で喧嘩 何の話題が原因か、彼らの会話の経緯は不明だが、私の聞いたあたりは『料理まずい』発言やすさまじい物音程度しかなく、特定ができない。発言の例→『男性生殖器のところにある雑菌みてえな料理だ!』『俺はあくまでもお母さんがいなくていいと分かった!』前者は、母から意味不明とされ、丁寧に『ちんちん』と言い直していた。 23時23にトイレを出た母がまた、わざわざおかしな発言をしたため、弟に大声をあげて襲われ、同じく母も大声を上げて逃げた。無論、弟が立てる物音もすさまじい。以前から思っていたが、やはりK邸に人が住んでも変わらない荒れようであるし、あまつさえ6月27日の警察沙汰よ、K家の人が聴けば、いずれ我が家を"キチガイ一家"と感じることは自然と不可避である。元より、あの母は6月18日のK夫婦の引っ越し挨拶の折に自分の印象を落としている」


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