2014年12月31日水曜日

寵愛者「子羊らい○」に学ぶメタル道 "The Anecdote of Hubris by Amadeus"

寵愛者による叛逆の逸話

らい○ちゃんはロック・V系と称し、メタルを好んで作曲していたが、音楽制作が板に付くと漸次メタルを離れ、異なるジャンルばかりを手掛けだす。
果てに「臭いメタルばっかり作っていた」などと軽蔑し、その後、諸事情で引退「幸せです」と言い残してシーンを去った。
この作曲活動引退とは、メタル誹謗を許し給わぬメタル神の厳然たる御裁断に他ならぬ。
彼女の、楽才の渇望に応えあそばし、無上の才を授け給うたメタル神だが、寵愛者の不知恩たる叛逆に悲憤あそばした。
彼女はネット遺言のち、メタル冥界に召喚され、メタル閻魔に裁かれた。

-The Wrathful Deity-

ここに下った判決は、凄絶且つ彼女の罪過を鑑みて順当なものであった。
執行は血腥さと死臭の漂う地下の拷問部屋で、メタル神立会いのもとされる。
冥府魔道を地で行く惨憺たる様相の冥罰。
らい○さんは神の愛を知って多幸感を得たことを誓い、神は喜悦あそばした。

メタラーは、メタル神に「求めれば与えられる」信義の下、渇仰せよ。
メタル神の尊き御名を称えよ。
寵愛者、子羊らい○を弔え。
鎮魂詠唱「願わくは夭折した殉教の聖女に安息のあらんことを」

-Requiem Aeternam-

Amadeus來○のHubris 「謗るまじ仮令ひメタルに厭きたとて汝メタルに背かば死なむ」
Augustinus dixit "Non enim amat Deus damnare sed salvare."


補足

12月29日、リアルのメモ帳に書いた情報を転載した。
原案は、ブルータルデスメタルばりの拷問を詳らかに綴った10月13日の記事である。
紙に書くことがPCでの編集より難しい点とは、書き終えた場所を訂正する際、文字列が乱れたりすることだ。
後から綺麗に訂正したくても消しゴムで後の既述全消し後、書き直す必要がある。
だが私はこの点も充分に打破できた。
しっかり脳内で整理して書くことで、この問題は予防できる。

PCでのテキスト編集の利便性を享受しすぎると、こちらの技能が緩慢になるため、紙で訓練。
学校で、教師が黒板に書いたことをノートに移すことよりずっと高度な作業だ。
困難の最たるは、字を書く枠が定まった原稿用紙等で論文や文学を綴ることだろう。


今様讃歌「汝鋼道本懐たれ」

神の力を 仰ぎたる
時こそまさに 神は笑め
尊き御名を 称えれば
無上の才を 授からん

アマデウス殉じ 喜ぶは
神の殺めを 受けし故
アマデウスの死を 弔えば
誓いの心 固まりき

不退転なる 信鋼を
身命惜しまぬ 練鋼を
汝鋼道 本懐たれ
汝鋼道 本懐たれ

(ところで、称えるべき御名って?→信仰の根本、南無阿弥陀仏や南無妙法蓮華経みたいなものだが、悟り得ず=勉強不足の今は難しい、「デウス・メタルム"Deus Metallum"」か「デウス・メタリー"Deus Metalli"」か「メタロテオス"Metallotheos /μέταλλοθεος"」だろう。メタルをテオーシス。単にメタルと呼ぶだけでも神性=テイオテースが光る)


寵愛者の作曲歴

2008年10月、17歳で某サイト上の作曲に参戦。
2009年から交流サイト上でロック系以外の楽曲投稿頻度が増える。
2010年にもなれば、よりその傾向が強まるにしたがい、(ロック系離れを直接の原因としない)中傷が外部サイトで増える。
2010年半ばに当該サイトから失踪し、ニコニコ動画への投稿を始める。
2010年末に当該サイトで復活するも、年が明けて一月の間に去る。
2011年4月末、ニコニコ動画上で「幸せです」と言い残して引退し、行方不明。

晩年=2011年にも彼女は両サイトにて気丈に振舞っては、音楽活動を続けたものの、所詮メタルを作らざれば、それは崩壊寸前の虚勢=風前の灯に過ぎなかった。
「臭いメタルばっか作ってた」と自供したことがメタル神の逆鱗に触れて、一週間の猶予後、8日目に冥界に召喚される折で「幸せ引退」を告げたのだろう。
我々はそんな彼女の死を弔うことで、これを教訓に己を戒め、神への誓願を胸に、前を見据えて作曲に勤しまねばならない。

一方、その当該サイト乃至前身サイト時代から実に2012年8月までの約7年間、メタル作曲に心血を注いだ現在37歳のオヤジについても今後触れたい。
だが、宗教的なテイストをいかに混ぜ込むかが課題である現状、構想が固まらない。


2014年12月28日日曜日

戦局の急な終幕"Deus Ex Machina"とその伏線

ある小説を読んでいて、この表題にあたるシーンといえば、まずは「主人公がふとしたことから敵軍の5本指に入る強者と対峙していたが、歯が立たず、己の使える技で最も強力な『雷霆』の技を行使しても尚、傷一つどころか衣服への損傷さえ与えられない上に、その敵に一方的に弄ばれ、『慈悲』を口実に主人公と傍らの人を上級魔法で殺めようとした刹那、強力な第三者の気配に恐れ戦き、その敵は遁走する」シーンだ。

これについてはその伏線が未然に張られており、突如現れた第三者とは世界の魔力を監視する人間界筆頭の賢者であるが、このシーンよりずっと前に、敵自身の口でこう告げている。
「こちらが強力な魔法を使うと、厄介な方々に察知される」ということなのに、前言撤回のごとく慢心から上級魔法を振り翳そうとして、失敗したのであった。
なお、この戦闘の発端は、主人公ではなく「傍らの人」がこの敵の魔法から逃れてる際、バッタリとこの主人公に邂逅し、共に行動を始めたら行く先の移動魔法陣が作動して、別の戦場(敵曰く、戦場ならぬ「墓場」)へ飛ばされることになったのだ。



他のシーンだと「敵軍の幹部格の強者から剣の手合わせを申し入れられ、受けたのだが、全く太刀打ちできず、敵に本気を出すよう煽られて、禁忌の『赫灼』の力で闘気を漲らせて、腕が拮抗したところで第三者の介入がある。その者はその敵の忌んでいる(?)存在らしいが、その者には顔をも覆い尽くす重装備の敵を見ても誰か判らず、こんな巡り合わせで敵は遁走する」シーンだ。

このシーンは、実のところ「その者とその敵」が過去に何があったか、どういう関係だったかが未だ明かされてない上、その敵自体、その外見と同じく謎に包まれた存在のままだ。
この敵が戦線を離脱する際に、主人公はこんな半端な終わり方より、どうしても勝敗を決したかったが、それは叶わず力なく倒れた。
それはその「禁忌の『赫灼』の力」によって抑えられていた疲労感がどっと押し寄せたこと。
なお、この第三者様は、直前に主人公が訪れた店の店主なのだが、主人公が購入品等を放置しながら唐突に店を抜け出していったため、それを直接届けに来てこの戦場に躍り出た。
主人公が店を抜け出した理由は、この戦場となった場所に一旦戻らねばならぬ事情があったこと、並びにそこにその敵が居合わせたのも、逆に主人公と会いたかったからである。
これについてもそういう伏線が未然に張られていたことになる。



このように2例、表題の例を挙げておいた。
これを"Deus Ex Machina (デウス・エクス・マキナ)"という。
解決が困難そうな事態に、あたかも神が救いの手を差し伸べるような解決方法で収束させる。
端的に言えば「ありえない理不尽な切り上げ方」を指す手法だ。
同時に、表題の通り、2例ともそのデウス(ry発動に伏線を敷いている。

この小説だと、平常の世界であれば、1例目の「厄介な方=人間界筆頭の賢者」が高度な移動魔法を用いてその場に舞い降りるだけで、何でも解決できそうだね。
もちろん、それなら最初から敵軍そのものも壊滅できるが、やはりその既存の強者の他に、迷える下々の者たちの間で、新しい強者を生ませたいのだろうね。
尚且つ、「人間界筆頭」がみだりに動き回ると、敵軍も強い警戒を持つか、先に強力な一手を下されちゃうし、迂闊に動けないんだよね。
きっとそういう、表面張力にも似たような事情がある。

この小説では敵陣営が異次元空間にあるんじゃないかと考えてしまうのだが、表向きの根城は魔王の降臨と同時に隆起した地の最高峰、常人に到達不能な場所に居を構えている。
もちろんそれ以前に魔王なる者がどこに潜んでいたかというのは未だ不明。
先述の通り、その賢者サマなら難なく到達できそうだが、やはり踏み入ることが憚られるのか。
この小説はその他、そんなチート級キャラが敵味方問わず複数いるが、迂闊に出張るわけにもいかないようで、ひっそりとした動向が多い。
魔王がその気になればすぐ世界を滅ぼせるが、それをしない理由もあるし、その賢者はじめ「厄介な方々」が徒党を組んで挑めば、敵の軍勢を瓦解せしめられるが、それをしない。



何にせよ、現状は主人公らが窮地に陥っても死することはないと見られるが、まあもう2年以上更新されてない小説に、ストーリーの「現状」を問うのがそもそもの誤りかもしれない。
なので勝手に勉強に使わせてもらっているよ、という私だった。

言語訓練の観点でも、実に興味深い横文字も連発してるが、例えば英語はもちろん、ギリシャ語然としたもの、ラテン語、ドイツ語など・・・
これらは言語学的に分析したくなるし、実際に昨日12月27日は色々調べ漁っていた。
それらの用語は元ネタありきなのか、また、本人の言語知識による造語かという考察。
舞台により北欧やエジプトの神話由来の単語も頻出し、後世の言語との類似性(ギリシャ語なら古代エジプトの言語、ドイツ語なら北欧の古ノルド語などと似ている)も知ることが出来た。
今、判明している類似性は語彙"vocabulary"レベルなんだけどね。



オマケ 某小説作者の情報
・2012年10月21日の更新を最後に小説の更新を放置
・2013年7月31日にサイト付属の掲示板での返信を以て生存確認なし
・サイトと掲示板以外の活動サイト未確認(HP普及時代に栄えた登録制検索エンジンサイトやアクセスランキングサイトくらいしか見当たらず)



2014年12月27日土曜日

母親が「しんぶん赤旗」を購読し始めた

先の総選挙を受けてか、今月・12月半ばより私の母は日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」を購読し始めた。
この新聞が家に届いてる事実を知った当初は「聖教新聞のようなものか」などと思いもした。
実際に、2011年中は聖教新聞が我が家に投函されたこともある(余談だが、中3ネトウヨ期2011年7月14日にこれを紹介する動画をニコニコに投稿した・削除済み)。
よって、近所の共産党支持者が同じように近所一帯へ配布してるのだろうと考えた。
しかし、そんな憶測も次第に薄れた。

一度や二度でなく、一週間以上も届けられてるからである。
それに、一週間待たずとも、3度目の配達時に早朝起きていた私は、室内から配達の様子をこの目で見たのであったが、なんと乗用車での配達なため、やはり全国疎らな新聞の輸送拠点から車で送ってる、逆に言えば近所に住まう人間でもないことになる。
よって、その3度目の配達の時、私は既に、母が「しんぶん赤旗」を購読していると確信した。
ついでにいえば、この通り母は日曜版ではなく、日刊紙の方を取っていると書きたい。


【母の政治観は謎】


まず、私の母は先の総選挙でこの豊橋の選挙区「愛知県第15区」の候補者の内、誰に投票したか、そもそも選挙の投票に臨んだのかさえ与り知らない。
だが私は当人に聞く気概を持ち合わせていない。

この豊橋の選挙区では、私の予て思った通りに「自民党の根本さん」が当選した。
期間中のある朝に私が散歩している際、根本氏の応援選挙カーと偶然すれ違ったりもした。
女性が窓から手を差し出しながら通行人に「おはようございます」と挨拶を展開していた。
近づくにつれて、私も大声で仰々しく挨拶したい気持ちも山々であったが、終ぞなしえず。

我が家にも届いた当選挙区の選挙公報(?)の紙を見れば、この共産党は安倍政権・自公政権の政策への批判を主軸に選挙活動を展開していた。
アベノミクス云々について、「雇用が増えたという安倍ちゃんの主張のトリックは、非正規雇用が増えたに過ぎず、正社員は減っている」といった物が印象に残った。
これを見たとき、「顕○会も同じ主張してたなぁ」と思った私であった。
こういった野党的な切り込みに、恐らく感化されて母親はしんぶん赤旗の購読を決めたか。
あの母親の政治信条というのはいまいち掴めず、共産党についてどう認識を持ってるか。


【新聞購読の是非】


続いて思うことは、どこの新聞を取るのは好きにしても、実際にあの人が毎日読めるのか。
我が家の新聞購読歴は私の記憶だと、私が小2のあたりまで毎日新聞、続いて1年ほどが朝日新聞で(左派ばっかり)、それからは新聞を取らなくなって今に至っていた。
それは当然、小5母別居以降、父・母のいずれも新聞を取ってないことを意味する。
母別居~私が母宅へ移るまでの母や、私が父宅へ離れてからの父については知る由もなく。
この辺も本人から聞く気概は持ち合わせていない私であった。

新聞の購読動機も、その自公政権への猜疑心から共産党の主張に賛同して取り始めたのか、それとも読むつもりではなくて、新聞紙が何かの目的で必要だがコンビニ等で当日分を買うのに躊躇してるか、定期的に届かれないと必要な量が足りないか。
当然、読むつもりなくして購読してることはないだろうがね。
早朝に我が家へ届くが、仕事前にポストから取らずに仕事に行ってるようで、実際に家の中に新聞が入るのは、弟が学校帰り(冬休みの今は知らない)にポストから取り出してからだ。
この点を加味し、もし読んでないなら、相変わらずあの人が行動を起こす時の理想の持ちようと、起こしてからそれを果たせているか、その整合性が疑問でならない。


【結び】


結びになるが、結局どんな風の吹き回しで「しんぶん赤旗」を購読し始めたのか。
当の新聞は我が家の例からも鑑みて、先の総選挙以降は購読者数が急増中だ。
私の母親もやはり、この共産党による与党批判に、何かを感じた次第であったか。

といったわけで今回の記事は非常に稀な政治の話題が強めな記事となった。
とはいえ、そこは私らしく、身辺の話題も押し出されているが。
個性というのは、こういうものでしょ。
私がただ政治の話題だけごねてもつまらないし。
私としては政治の話題よりも、「新聞購読の是非」という日常テーマについて書いたつもりね。


ちなみに、「赤旗」をどうしても「せっき」と読んでしまうが、実際に戦前の非合法出版時代、いわくつきの頃は「せっき」と読ませていたらしい。
これを「せっき時代」という。「石器時代」じゃないよ。
「あかはた」って言うと、「アヲハタ」っていうジャムメーカーがあるよね。



追記:2015年6月
「社会即宗教論」という拙論文を執筆するにあたり、当記事にも追記が必要だ。
去る2015年3月に母親が赤旗を解約していたのだが、その動向の一つが3月7日にある。
一連の異常な様子を克明に記した記事の最後部に、その件を詳述している。
以下、母親が知らないことを綴った箇所を転載する。
俄かに、解散総選挙で与党批判した政党に憧れを懐くのはいいが、本来どういう政党か存じ上げないまま衝動的に購読を始めた愚鈍さが露見した。その機関紙も母親が望む方向ではなく、連日一面で扱われる話題は、若い頃に学生運動などでヤンチャしてた現在高齢の人らが中心に展開する、農協・労働関連の抗議と沖縄米軍基地移転関連の抗議であり、母親の関心などがあるはずもない。私としても物騒でしかないので、それらの殺伐とした話題は敬遠しているが。尚且つ、特定の政党を支持・批判する思想も持っていない。



2014年12月25日木曜日

自ら炊飯器でご飯を炊くようになって

私の主食は専らラーメンとご飯で、ご飯なら10月までは母親が買ってくれるサトウのご飯を食していたが、10月以降は不買宣言(リンク先追記欄)に伴って摂食量を抑えるように。
その不買宣言を受けて久しく、今は手元にどうにか6食分残してるが、今月からはいよいよ本格的に、読んで字の如く「自炊」を行い始めた。
もともと料理自体は母親作ったものはあまり口に入れたくない気分から、ラーメンなり簡単に調理していたわけであるし、そのお陰で今の私は太らずに済んでいる。

というのも、母親の別居以前(小5まで)は母料理の揚げ物ばっかり尚且つ菓子や炭酸飲料を今以上に摂っていたわけだからぽっちゃり体型、小4の8月まで同居していた弟2人もまた然り。
ところが弟2人が児童養護施設へ、私もほどなくして父と2人暮らしになってからはそんな状態からある程度離れられ・・・・・・
いつもみたくこっちの話題で記事のスペースが埋まるのを避けたいから、こちらを参照して理解されたし→http://masashi.doorblog.jp/archives/35738168.html
この話題の結び、弟2人が児童養護施設入所中の2008年末に私が同伴した姫路の母マンション遠征時に、彼らは施設帰りを拒否して母マンションに残ってからはみるみる太ったよ。
母親の料理を口に入れたくないというのは、太るか否かの問題ではないけどね。



本題への軌道修正をするが、継続的な自炊(純粋にご飯を炊く作業)をするようになってから、体調に何か変化があったかといえば、特には。
私の研鑽活動等の時間を幾分削る必要があるのは痛手である。

炊事の概要としては、いつかに私へ譲られた古い炊飯器(2005年製?)をあえて使わずに、母親が常用する比較的最近(2011年製)の炊飯器をこっそり使っている。
母親に気付かれないように使っていて、もう既に気付かれても特別咎めたりしてこず、容認しているのだろうか。
※マヌケな人だから、よもや気付いていないということも有り得る。
毎回自分が即・翌日分まで見据えて食す1合分しか炊かないが、最近は2合炊いたこともある。



今日12月25日は4時前にご飯を研ぎ始め、4時過ぎに炊いた。
いつもメニューで「エコ炊き」なる項目が選択されており、母親の思いでこうされてるから、無理にいじったりしないでいたが、今回は「極うま」なるものを選んで使用した。
少々炊飯時間に差異が生じる、後者のほうが些か長めだ。
実際の感覚として、炊飯器のスイッチを入れてから普段滅多に洗わない、私用の鍋や食器類を洗い終わった頃合にもまだ、目立った外見の変化が出てなかった。
そして炊き上がりの相違点だが、米粒の表面の粘り気は、後者の方が強めであった。

今回の炊飯は主にその時食うのではなく、保管して後々頂こうという意図で行った。
いざ、茶碗にご飯を盛ってラップを掛けようとした時。
そのサランラップが1回分にも満たない長さで途切れた。
即ち、最後の僅かなほどしか残っておらず、これで以てその分は使い切ったことになる。
なんたる不条理、私が使ったタイミングで残りの最後、それも何の役にも立たない、1回分にも満たない程度。
折角、俺が家計を慮って真面目に炊事してるのに、俺には何もするなというのか。

私がこの時に憤ったのは、上記の通り「私が使ったタイミングで使い切られた」ことよりも根本的なものがある為で、私が今日炊事したことを母親に覚られるためだ。
それでどういう問題があるかといえば、私が炊飯後の釜なり杓文字なりを勝手に洗えば、母親が私の洗い方に目くじらを立てそうだということ。
その他種々の問題もあるが、正に俺がラップを使い切ったことで憂慮しか沸かず。

すぐさま新しいサランラップをキッチン上部の棚(?)から取り出した。
1合の半分のご飯を盛った茶碗に掛け、残った1合の半分はラップでくるんだが、これについては平時のままに実行しただけである。
そして空となったラップの容器は、捨てずにキッチンに置いた。

これは、私の手法で処分して、それを見た母親の流儀に悖っている際に、本人の不興を買うことを避けたいという意図がある。
・・・ここまで文章を書いた6時過ぎ、私は結局この空のラップ容器を自分で処分した。
サランラップの刃、しなやかな金属製の刃の扱いには万全を期して、しかし私は半ば荒めに行った故、右手薬指あたりの皮を軽度に抉らせてしまった。

結局、厄介な不条理で一悶着の羽目になった。
それからも患部は、負傷部位はヒリヒリと痛む。
なぜ家計を慮る好青年が、こんな痛ましい思いを受けねばならない。
こういう不条理による洗礼など、至って不要だ。



2014年12月21日日曜日

金銭の工面、切実な問題。お金のことを考えたくない。

全くもって私はまだ17歳の青いガキで、金銭を案じる必要はないかも知れないのだが、今から将来は暗澹としていることは明白、というより明黒、暗黒。
金儲けの手段を模索する、そんな意思は毛頭なく。
例えば私の上の弟みたく「小遣い週に3000円じゃ不満で、金が欲しいからバイトしたい」などという貪欲さだって持ち得てはいない。
私は、中2不登校のあたりにアフィリエイトやFX・投資等、ネットで設けることを志したり、中3で実行して2ヶ月で自主撤退してみたり、中3末期~卒業後数ヶ月まで「バイト探さないとヤバイ」という何の計画性もない漠然とした焦燥だけが起きたりといった過去にさらされた。

まあ、その焦燥感こそが「全うな社会性」を現しているのかもしれないが。
だが、そんな「社会性」なぞは、とっくに己の思考から廃している。
そんな「社会性」で急かされても、結実しなかった今までの人生で熟知している。

というわけでお金のことは考えたくない、お金がなくてもやっていける術。
ずっと親元(愛知・母や埼玉・父)に住むとか、誰かに身寄りを求めるとかしかない。
我が豊橋・並びに故郷埼玉は南海トラフ地震や首都直下地震で強い揺れが観測されるであろう。
地震や災害云々は前回の記事でも書いたため、省略しておく。

私はどんな危機に瀕しようと、困窮に陥ろうと、金を稼ぐ気は毛頭ない。
これも「全うな社会性」を廃したこと、そのものになる。
暗中模索の如く、今この活動の最中に手がかりを掴めれば本望。
それに至らず瀕して窮するならば、死を受け入れられる強い精神が要される。
あるいは死を厭わない・厭えないほどの生物的な感情をも廃する必要がある。

前者の豪胆が元来備わってたら、今頃どんな人間になってることやら。
なのでこの生活の折、それを得ることは期待できない。
後者の場合はもはや抜け殻というものだ。灰身滅智ともいう。
なので、前者の豪胆を十分に得ずとも、死を恐れない精神・智慧を得ればよし。

これらを見ると、仏教の修行にも類似している。
部屋に籠もって三年、悟りを得る者は現れるか。
悟りを得た修行僧は、死を恐れないが、むざむざ死ぬこともない。
逞しく生きられる上に、死期が迫っても畏怖を懐かず、最期を受け入れる。
これは長寿の高齢者も似たような心境を持つので、「安らかに眠る」と言われる。

ある教団は、人生の目的を「仏道修行に励んで来世に渡る幸福の業を積んでいくこと」と説いており、その一貫で自ずと現世においても功徳、ご利益を与るとする。
生来無宗教の私は今、仏教なりキリスト教なりバラバラに好き勝手で学んでいる。
宗教とは互いを貶しあい、相容れないものなので、敬虔な信者の方々には無礼だろう。

・・・・・・宗教の話が過ぎるきらいがあるようだ。
お金の話をすれば、私の人生は金稼ぎの普遍的な手法を敬遠してるために、普遍的な生き方も忌避して、修行に打ち込んで悟りに近づくのが最善ではないか。
生半可なことでは到底無理かもしれない、だなんて言わせないよ。
髪を伸ばし続けることと同様、引きこもり生活によって徹底できる。
生来その道を授かった、「世俗の名利」とは無縁な境涯を先天的に与えられた。
これを自覚して揺るぎない修行をしようではないか。俺。

以前、ニート研鑽会の構想があったけど、今回は引きこもりの新宗教になるね。
端的に教義を、「世俗の名利」に溺れず、部屋に籠もって修行を続けて悟りを得る。
1年数ヶ月前の俺は変に自虐して、卑下慢状態だったし。


2014年12月20日土曜日

豊橋市の降雪記録、地理的特質・・・地震についても

豊橋市は県内でも雪が降らないor降っても積もるほどは降らない。
それは同じ渥美半島の田原市でも同じ(半島の西端はどう?)。
県内でも南に突出してる地域且つ、関東最南端より緯度が低い地域も多いため、本州太平洋側多くの都市で雪が降ったとしても、渥美半島は滅多に雪が降らないor降っても積もるほどは降らないわけだが、同じ本州で南に突出してる紀伊半島のことは詳しくない。

2014年12月は現在20日までに愛知県内平野部でも数度降雪があった。
特に18日は規模が大きかった。
もちろん、上述の通り豊橋等では降ることもなく(北部や県境の山間部では降ったの?)。
そこでこの記事では、私の近所における降雪記録を振り返る。


2011年4月18日に豊橋市の家へと移り住んだのだが、この年の1月はそこそこ積もったらしい。
2011-12年シーズンは不明。
2012年12月10日10時頃に降雪確認。
その時の記事→http://masashi.doorblog.jp/archives/21098197.html
その他の2012-13年シーズンは不明。
2014年2月7~9日、関東甲信での最初の大雪報道で私はそわそわした。
降らない降らないと嘆き続けたが、同月14日6時に降雪確認。
それらの一連の様子はこちら→http://masashi.doorblog.jp/archives/36292385.html
2014年末の今、上記、名古屋地域で降雪があっても、豊橋じゃ雨が冷たく降り頻るだけ。
12月18日は名古屋地域はもちろん、九州平野部でさえ降雪したのに。
※記事投稿日以降に積雪あれば、気付き次第、最下部に随時追記※


著しい積雪は交通の麻痺など社会の停滞をもたらすとされるが、通勤通学とは無縁の俺には逆に関東のごとく降ってくれる方がずっと楽しいものなのにね。
眺めるもよし、身を投じるもよし、掴んで固めて遊ぶもよし。
「少しくらい外に出てあげてもいいわよ」、という気になるのだがね。
俺が豊橋ではなく埼玉に残り続けていたら、疑心暗鬼な父親との二人暮らし&阿鼻叫喚ゴキブリの騒ぐ夏という2大不安要素があれど、前代未聞の豪雪の恩恵は受けられたね。


タイトルにて「地震」などとも銘打ったため、これについて触れる。
この県内でも異端な地理的特質を持つ豊橋ないし田原は南の沖を震源に大地震、とりわけ南海トラフ沖地震が発生した際に大津波が押し寄せることが想定される。
この防波堤たる渥美半島が名古屋方面の被害を緩和してくれることだろう。
なんとも不謹慎な言いようではある。

防波堤と化した豊橋でも、同じ市内でそれは南方沿岸部のみ、市街地に懸念は及ばず。
それは飽くまで私見だが、それがなぜそうと割り切るか解説しよう。
2013年の独自調査結果だが、あの一帯には海沿いに先人の手による盛り土がされており、今や北側の畑から眺めると海を隔て山にしか見えないほどである。
「山にしか見えない」と書いたが、これは実物を見たのではなく、その後の2014年に反映された現地ストリートビューから判断したのである。
実際にその光景は、まさかあの山のような丘陵を越えてすぐ海があるとは思わせない。
賢い先人たちが将来の大津波に備え、太平洋遠州灘沿いに現在の豊橋市域から旧赤羽根町付近まで丘陵地帯を設けたことにしみじみと感心する。

この海沿いの丘陵地帯はGoogle Earthを用いた2013年の独自調査結果によると、高いところで80m~100mにも及び、よしんば3.11時仙台級の津波が押し寄せたとしても、梅田川以北に広がる豊橋市街地に流れ込むことはないと断定する。
それは飽くまで南沖から流れてきた津波に対してそう断定するのであって、三河湾等別方位(豊橋が海に面してるのって西だけじゃん)からの襲撃は別問題。
だが西方から押し寄せた場合も、田原等の沿岸部埋立地が広大で、豊橋にも明海町があって多くは遮られる。
そうならずとも、あの一帯で地震の影響で立った波ならば、ほぼ恐れるに足らず。
仮に陸地へ流れてきても田園が広がってる場所まででほとんど奥には浸水せず。

豊橋市はここでも地理的特質を発揮したが、一部田原市や、仙台そっくりの湖西市・浜松市は大きく損害を被るハメになるかもしれない。
豊橋除く各地域も沿岸部に緑地帯があるが、丘陵ではなく防砂林・砂防林が関の山。
仙台沿岸部の震災前の空中写真にも、似たような林が見られた。
1984年→http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=1165123


磐石な共同体の瓦解・・・ 抗えぬ大自然の脅威・・・




追記:2015年1月2日11時半
遊具 積雪 豊橋

1月2日の夜中に降雪、朝に止んで積雪が確認された。
朝8時過ぎ、風呂上りの私は急いで髪を乾かして服を着替え、「空き缶を捨てに行く」大義名分の下に外出
正月の朝とはいえ、車の通りが少ない。
公園にて写真を撮影、園内は大人しかおらず、17歳の私が最も若いようだ。
遊具の写真を撮ってPanoramioに投稿したが、私が気兼ねなく撮れるほど遊具エリアに人がいない。

私が確認した園内=遊具エリア・芝生広場に子供がいなかったし、近所でも子供のはしゃぎ声などがしないまま、時間が過ぎる。
数年ぶりのまともな積雪は、11時頃にもなると何事もなく溶けて消える。
折角の恵みを、蔑ろになさってはいかんぞよ。


2014年12月14日日曜日

古語の動詞で「い+ぬ」や「え+り」の発音ってどんな意味を持つの??

11月30日付けで投稿した記事を12月14日追記したこと(後掲)に端を発した疑問を、勉強で解決。

「斯く語りき」や「斯く語りぬ」や「斯く語れり」はそれぞれどう違いがあるのか。
以前、某教団の会歌「時ぞ来たりぬ」を「時ぞ来たれり」と誤って覚えたこともある。
この「れり」と「りぬ」ではどのような差異を生ぜしめるのか。
後述の解説を見れば、なぜ誤って覚えてしまったかは仕方がないことといえる。

「りぬ」もとい「いぬ"inu"」の発音は「風立ちぬ」などにも見られることは有名だ。
多くの人は「立ちぬ」という見慣れない表現に戸惑ったことだろう。
それでは、動詞に追随する「いぬ"inu"」、「えり"eri"」とは如何なる意味をその品詞に修飾するのか詳しく的確に書こう。


検索スキルを懸命に駆使して調べたところ、明確に判明することとなる。
ここでは端的に違いを表すので、詳しく知りたい方は記事中部の出典欄を参照。
「いぬ」は「完了」を修飾し、「えり」はその「完了」に対して「継続」をも含むらしい。
「時ぞ~」をなぜ誤って覚えてしまったか、それは偏に「完了の意味を含める共通点を持ち、更なるニュアンスこそ異なるが類義であるため仕方がない」と結論付けられる。
更に言うと、「い」や「え」は動詞に連用形を付与("え"の場合已然形も)するから、「ぬ」や「り」がそれに追随する、そういう風に取るのが正しいようだった。

「時ぞ来たりぬ」や「風立ちぬ」をはじめとする「いぬ」は「時が来た」ことと「風が立った」ことを完了している意味を持つ。
その為、「斯く語りき」と「斯く語りぬ」は意味はほぼ一緒なのだが、「いき"iki"」「いぬ"inu"」自体の使用範囲には差があり、「いき」は動詞・助動詞まで、「いぬ」は動詞のみ。
また、「咲く」という動詞を例に取ると、「咲きき」と「咲きぬ」なら「き」が連なる前者だと違和感を覚えるため、個人の好みという差で「咲きぬ」を取りたくなる。
ここらへんの価値観で使い分けをすることもできるが、「語りき」と「語りぬ」なら前者の方が聞き馴染むことや理解がしやすいとは思う。
これらも、使い手の好みや聞き手に対する配慮という機微で使い分けることになる。

・・・「我、是の如く聞きき」って思い切っているよね。


【出典・参考サイト】

http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/intro/jodousi01.html#ab03
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13128104703


【詳細な記事背景】

でもまあ、「いぬ」の完了形の動詞が用いられてる名前で最も有名なのが、「風立ちぬ」だものね、現代では他にそもそも用法さえ知られないなら悲しいほど廃れた用法なのか。
また現代人、つい半年前の私もこの変化を知らなかった同類なのも悲しいことだ。
※古い用法だが、有名どころに「猛き者も終には滅びぬ」があるじゃないか!

この記事を書いたきっかけは冒頭にあるとおりだが、その過去記事はこちら。
http://lesbophilia.blogspot.jp/2014/11/blog-post_30.html
追記事項は「召喚詠唱」の段で、ラテン語の勉強をした最中に召喚詠唱追加を思い立ち、ラテン語の詠唱は聖歌の曲名が適任だったが、物足りない気持ちから日本語の前置きを付けようと考えて「輝きぬ」という言葉を別の言葉で検索した時に目に付いたからこれもその中に入れようとした。
その時、「輝きぬ・・・って、使い方はこの場合に相応しいのか?」と疑問に思い「時ぞ来たりぬ」や「風立ちぬ」などで知る「動詞連用形+ぬ」とは何なのか検索したのだ。
それで更なる疑問と共に、色々と学んで解決できたことが発端で記事を書いたのだった。

召喚詠唱「五濁悪世より離れ、寂光の園を築き給うた主の御稜威ぞ、此處に普く輝きぬ!」
"Veni Creator Spiritus!!"

「ぬしのみいつぞ ここにあまねく かがやきぬ」とは、7+7+5である。
こういった5文字 or 7文字のフレーズは和歌で応用できる。
このパートを川柳の五七五に無理やりすれば「ご威光ぞ ここに普く 輝けり」で良し。
※係助詞「ぞ」は最後が連体形でないといけない云々で「ぬ→ぬる」、「えり→える」が正しいという。「かがやきぬ」は字数的に「ひかりぬる」と訂正し、「輝けり」は「輝ける」と訂正するか・・・。

2014年12月11日木曜日

"手の届かないモノ"への空虚な夢想を断つ

私はこの頃、「最近のゲームの話題」を見ると嫌気が差す。
17歳といえば、まだまだゲーム盛りの年頃だし、今日日においては40歳前後でも現役のゲーマーが多くいる中、私はゲームの話題を敬遠している。
私自身、3歳から小学生の頃はマリオ勢であり、しかも任天堂以外のハードを嫌う傾向にあったが、中1にもなると毒されてPSPのある一世を風靡したゲームに手を出す。
所詮、友達が欲しいとかそんな儚い願望に溺れた悪あがき。
中3の4月に豊橋へ家出してからは、小6からバリバリの洋ゲー勢であった上の弟の洋ゲーをプレイさせてもらい、小5の時から微かにあったGTA等グロ・暴力ゲームへの憧れは意外な結果で叶ったという経緯を持つ。

そんな私は今、どんなハードであろうと最近のゲームの話題全般が苦手で、理由は単純明快「ゲームに憧れても買えるはずがないため、空虚な夢想に過ぎず、それに囚われたり端から眺める愚を犯すくらいなら、勉強なりに時間を費やした方がいい」という結論に落ち着いたから。
ゲームの毒性くらい、誰しも知ってるだろうが、実際に多くの人はゲームを辞められないのに、私は容易く脱せたのも、偏にネット主体の勉強への意志からか。
この考えに帰結するのも、上記の忌まわしき過去があってのことか。
そして、それからすれば比較にならない現在がこの思想を増長させる。
あのゲームが欲しいと母親にねだれば、軽薄にも母親は易々と買い与え、そのゲームなどの娯楽に興じ泡沫の如く消えていった時間。
取り返しの付かないことではあるが、その過去を持つからこそ、一層この思想が強まる。

教育の「飴と鞭」の采配は、この母親は最悪だっただろう。
端的に表せば、害毒となるゲームなどは妄りに買い与え続けた小5別居・離婚までの時代、怒ればしつけを口実に妄りに頭を叩き続ける虐待じみた小5離婚までの時代。
以前もこんな文章をどこかで書いたことがあるから、箍が外れぬよう自制を掛けるが。

ゲームなどの低俗で浪費する娯楽に興じたあの時代にもう一点、愚かしい習慣をあげるなら、今以上に菓子や清涼飲料水・炭酸飲料などの糖分が多い飲食を繰り返していたことだ。
いずれも、私がぽっちゃり体型だった小5別居・離婚までの時代はそういった生活習慣が顕著で、私と同じ轍を踏んだ「上の弟」も児童養護施設時代は良しとして、2008年末の姫路母宅遠征から施設帰り拒否問題以降の母親の庇護で怠惰を享受し、世間知らずになったことは今も尾を引いていて、彼に哀れみの一つはくれてやりたい。
2012年8月の迫害以降、父親の家でそれ以上の甘い蜜を吸ってると思しき彼は、PS4やXBOX ONEあたりでもやってるだろうか?
迫害時の手土産、PS3は現役だろうか?PCみたく現地で破壊したか?


続いて、ゲームと同等の忌まわしき話題が「アニメ」である。
アニメはどんな理論で「手の届かないモノ」と成り得るか。
アニメとはテレビあらば無料で見られる、そんな体裁ではあるが、その次の到達点が「アニメグッズ」の購入である。
どうあっても商業主義だから当然のことだ。
そして、アニメのファンならそれを持つのもまた当然のことである。

しかし、私がどうしてグッズの購入などできようか。
これ故に、アニメを見る時間は無駄なのである。
モノの恵みにありつけぬ私が見ても得られる愉悦はない。
グッズの所持数がファン内での優劣さえ隔て、ランクが決まるならば尚のこと悦楽はない。
ファンの立場にある以上、グッズ未所持では引け目を感じるのが人情だろう。
アニメ業界でいう「作品愛」とは、精神に懐く愛情だとか以上に、いくら「グッズなる物体」を所持しているかで決まる「即物性」が優位となる。

中3のあたりに、自室をフィギュアなりポスターなりで満たしたい欲望(オタク部屋?)があったが、このころの俺は未だ、そんな夢想がいかに儚く叶わないことであるか、気付く由もなかった。
グッズなどの物質的な充足を求める物欲にまみれた豚と、それを食い物にする商業主義・資本主義の業界がなせる業であり、貧乏人に等しい私はすべからく厭離すべきではないか!

また、個人的にアニメ視聴・鑑賞自体に、元来視覚的・聴覚的に苦手意識があったが、これまたリアルにしてもネットにしても、アニメの話題が蔓延してるからそれを共有したいなどという俗な考えがあったことも相俟って一刀両断することになった。
苦手意識について詳らかに説いた記事はコチラ→http://masashi.doorblog.jp/archives/40013079.html#nigate


アニメにしてもゲームにしても、他人との共通の話題を持とうとする意思は、正しく「社会性」に違いないが、俺の人生史は半ばより意味を成さなくなった以上、そんな社会性は排してしまえ。
俺がその辺にいくら精通しようと、話題が振られない以上、意味を成さない。
尚且つ、ゲームで脳を蕩かしアニメも然りだが、金と時間をも奪われるなら笑止千万。
予て「心身に害を齎す」と疑問を持つなら、悪の根を絶つべし。

よって、来月で18歳、後数年で成人を迎える私だが、この意志を貫けば間違いなく「酒・タバコ・パチンコ」に溺れることもないと断言できる。
アニメ・ゲームに惑わされることの更なる上位互換であるこれらだが、アニメ・ゲーム以上に「金銭・消費行為」が大前提となるため、そんな不健全な快楽を求めることも無い。

清らかで、お淑やかで、麗らかで、慎ましく美しい。
純真無垢にして清廉潔白なるままにありたいだろう。
・・・酒・タバコ・パチンコのことを抜きにしても今の俺が綺麗とは言いがたいがね。



最後に、「手の届かないモノ」の例外をあげよう。
人生的な夢だとかまで、「夢想」と割り切って手放すことは、かなり違ってくる。
私が斬り捨てた「手の届かないモノ」は往々にして金と時間を奪い、ゲームのように脳や身体に悪影響を及ぼす存在だ。
私にとって最近のゲームを購入することは「金を浪費した」意識に陥らせる上に、そもそも買うことの利点がその対価足りえるか疑問でならない。
ゲームへのあれこれ夢想とは、雲を己の手で掴んでみたい、ということに等しいのだ。
手を宙でバタバタさせる様など、はしたないことこの上ない。

よってこれまた金銭はクリーンに、DTMフリーソフト等で作曲したり、紙とペンとスキャナ付きプリンターで絵を描くなど最低限の環境で創作活動を行う。
これらの活動のなんと有意義なことか。
楽器やペンタブなど専門的な道具を買うお金もなく、それらの品定めをネットですることは、ゲームの話題を見るのと同じく、雲を己の手で掴むため宙で手をバタつかせるに等しい。
この慎ましい精神で行う活動のなんと健気な姿勢か。



私はゲーム反対家ではないが、英語の面白いゲーム反対ネタ動画
http://www.youtube.com/watch?v=0jzFjmIbX8c
http://www.youtube.com/watch?v=yrLT_ftszxA



追記: 2016年1月6日
私のメンタリティというものには、当記事に見られるアニメグッズや新作ゲームなどへの出費を厭うことのみならず、深い信仰心というものも似たように遠ざける傾向があろう。
それは、我が両親に起因するものと思っている。
常々、私の活動では、両親の無機質かつ愚癡・瞋恚の強きことを語っている。
これといった趣味にせよ、信仰のようなものにも遠い両親の元で波乱の半生を過ごし、今なお生命の危機に晒される私であるが、人一倍に向上心はあることのみ小4二学期以降不変である。
ために、こうして種々の活動(記録・創作・研鑽)を継続してこられた。

言いたいことに戻すが、「アニメグッズや新作ゲームなどへの出費」という若者ならほぼ誰もが年に1回以上ないし日々していることを、私(18、今月で19)が長年していない否したくても出来ない時期があったことは、現在仏教を学び奉りながら、衷心より信仰を懐くということが叶わないことにも似ている(教団無所属で寺院参拝などもできないからか)。
世間世俗のたとえですら、アニメグッズや新作ゲームなどへの出費・多々買いを「布施」にたとえ、作品のファン、ことに熱狂的なものを「信者」などと、宗教に見立てている。
私がアニメグッズや新作ゲームなどへの出費をしたがらず、信仰心も持ちづらくあることは、こういった多面的な見地で疎通しているものと、一考を述べる。



後の関連記事
2016年5月22日・公開「商業主義的アニメ・キャラクターの宗教性」
http://lesbophilia.blogspot.com/2016/05/idol-and-idea.html


2014年12月8日月曜日

人の家の前で利己的に雑談に耽るクソババアから垣間見る現代のモラル「傍若無人」

姦しい


2014年11月11日16時、私の家の前で高齢女性2名が立ち話を展開していた。
私の部屋に届く大きな声で交わされたやり取りは余りにも耳障りだった。
そのため、記録として証拠撮りをしたのが上の写真になる。

この写真を見ていただければ分かるとおり、我が家の方を向いている。
しかし、彼女らは我が家に用事があるわけでもないし、周辺の家にも結局立ち寄ったわけではなく、ただの通行人に過ぎない中で、我が家の前で立ち話をしていたのだ。
私としては、鬱陶しい声自体にしか意識が向かず、会話内容は歯牙にも掛けなかった為、何の話題が彼女らをそんなに白熱させ、我が家の前にて歩みを止めていたのかは知らない。
結局5分ほどこれが続いたようだった。

この件の概要はこんなところだが、このような高齢女性が酷く耳障りな声で話すことは最近1週間にも心当たりがある。
向かい隣の家は顕著なもので、他所から来たババアを連れた車が道路の真ん中で停車し、道を塞ぎながらそのババアが向かい隣のババアと大声で立ち話。
いい年して普通の会話に大声が出ることがある意味羨ましいが、控えてもらいたい。
連れの人間の車も、道路事情をしっかり鑑みてもらいたい。
この他、色々な場所で「クソババアの姦しい喋り」は私の耳を劈いた。


今の時代、「平成生まれ」や「ゆとり世代」という、生まれの時代で人格の判断をも決めてしまうような言葉が罷り通るが、人格の判断は「生まれた時代」という区分よりも「生きる時代」で区分した方がより的確ではないかと考えている。
例えば、近年は老人のモラルも疑われている。
私の身近はもちろんだが、社会全体なら「幼稚園(など)の運動会がうるさい」と騒音の苦情が全国で増加しているが、苦情を入れた本人は多くが老人である。
これだって、年齢が年齢だからそうする、などと安易に決め付けるのはよくない。
現代を生きる人間は、老若男女の垣根を越えてモラルが欠如している、こう取るべし。

現代だと高齢化といった絶対的なことが昔より増えてる要因かもしれないが、あくまで真実の一端に過ぎず、個々の平均的な教養性の悪化という相対的要因も重大だ。
現代の日本だから、先述のように「老若男女の垣根を越えてモラルが欠如」しているため、これから年を重ねるごとに一層その性質に拍車が掛かるだろう。
日本全体のみならず、私の近所でも「クソババアの姦しい喋り」が増加して、神経質が顕著になると思うと、今から憂いしかない。

「老人らしく寝たきりになれ」と言う気は毛頭ないが、年相応に出張らず、大人しくして頂こう。
老人とは「好々爺」というように、親しまれる状態こそ理想の姿だが、近年の老人はそれが乏しいようにしか感じられないのだ。
そして私の憂慮は、身辺の範疇にとどまらず、日本という国の近い将来にも波及しているが、やはり「濁悪の世」と称するに相応しい「人心の落魄」は見るに堪えない。



追記:2014年12月29日10時台

爺 迷惑 キチガイ 酔狂


近所の婆と他所の爺がどうしてか我が家の前で喋り、挙句会話が終わっても爺の車が10分ほど家の前に停まり続けた。
爺の外見は、帽子と長めのヒゲだが、クリスマスはもう終わったぞ。
本当に爺婆は他の邪魔な爺婆をおびき寄せる力があるものだな。

話し込んでる間は、婆がなぜか持ってた花束、それが我が家に向けて置かれていたが、あたかもここが交通事故現場で犠牲者が出たみたいな無礼さだ。
家に用がないのはもちろんだが、不躾にも左側の車輪が我が家の敷地内に乗り上げっぱなし(そうしなければ別の通行車に迷惑がかかるからなのだろうが、それなら不必要に我が家の前に居座るのはもっと問題だ)。
とことん悪事を極めていやがる。

この酔狂の開始ゴングは、車のブザーであったが、よくもまあ人を呼ぶ際に車のブザーを堂々と、躊躇いもなく鳴らそうと思えるね。
まさしく、モラルの欠如も甚だしい。

私はこの事態を前にして、特に当人達の前に出て干渉(咳払いなどで嫌悪感を仄めかし)することはせず、上の写真の如く密かに記録する程度にとどめた。
全く近所人と見知ってるような人間らに、こちらが嫌悪感を示したら、それだけでどんな仕打ちが待ってるかと思うと、そんな厄介事は御免蒙りたい。
本題にあるモラル欠如が顕著な、現代の哲学だろう。
卑しき者が蔓延してる世間では、誰がどう狂える者かも察しが付かない。
ならば「識者、訝しきに関わらず」という言葉で以て、様子見を決め込み、記録を取る。
こんな記録活動は良心の呵責もあるが、なぜ己を非として責めねばならない。

そして、こいつらの会話の直前までは雨が降っていたが、なぜ雨は止んだ。
俺は早朝、外に出ねばならない、この家の衛生上必要な作業(ゴミ出し)をせねばならないのに、こんな雨で妨害されたが、こいつらの無益な路上の立ち話には天は微笑んだのか。
こいつらが住宅街の狭い通りを塞いで通行車に迷惑をかけた、邪魔な存在でしかないし、この会話の有益性を問うなら、当人らの独善にしかならない。
天までもが乱れた世の中、今年8月以降だけでも広島の土砂崩れ、御嶽山の噴火、長野北部の震度6弱、九州までに渡る12月ではありえない大雪(豊橋は少しも降らなかったが)など振り返れば明白だ。

矍鑠たる好々爺の温情に触れる、子供達はその恩恵を与られない時代である。
これもまた濁世の現証、私もその犠牲者であった・・・。
現代は世代を超えて等しく尊敬すべからぬ者が跋扈しており、年上の者に敬意を持って接することは敬意を持った人の徳になっても、敬意を持たれる者が真に尊敬を受けるとは限らない。
誰かに敬意を持っても、面従腹背でいないと同質化しよう。

2014年12月7日日曜日

新学問「インターネット考古学」の提唱

私はネットで色々な情報を探す上で、かつては栄えていた掲示板など、人が集まる形式のサイトを見てはどこか哀愁がこみあげるのだ。
その中で一番、この記事に書きたいサイトがある。
そのサイトは最近まで私も投稿をしていたため、サイトそのものの名称とリンクなどを掲載するのは遠慮しておくが、どんな魅力があるか端的に綴る。

・2003~2005年まで続いたとあるサイトが潰れ、同趣旨の後継サイトを誰か作らないかと元住民が求め、アプリ制作兼サイト運営を趣味でしていたプログラマーに白羽の矢が立ち、複数の元住民の嘆願によって2006年1月に誕生した(2007年6月リニューアル)。
・サイトの趣旨は、とある携帯アプリによる「作品」の投稿である。
・前身となったその2005年没のサイトも同趣旨のアプリで作られた作品が共有されていたが、アプリごと消えたために、そのサイト創設者はアプリも同時に作った(というよりは、アプリあってのサイトである)。

これらの情報は全て、私が自分でネット上を検索するか、投稿された昔の情報を探し回るなどで何とか入手しまとめられた。
Wikiの類など、そんな沿革やら年表やらを詳らかに書いてるサイトは皆無だ。

このサイトは2010年頃になると同界隈では類を見ないほど栄えた。
投稿作品のジャンル(写真やイラストなど画像系かツクール的なゲームかDTM的な音楽か)というものを書くと、検索スキルが高い人に特定されるので控えておく。
2014年の今もサイトは存続しているものの、時代が時代なために嘗ての投稿量は見る影もなく、サイト管理人は2013年8月にサーバ維持費の不満を漏らしていた。
私はそのサイトに2014年5月から参入したわけで、元々2011年から静観していたが3年もの長い沈黙を破って新規参入した私という者は、斜陽のサイト情勢では珍しいだろう。
なお、当該サイト住民とはほとんど交流せずを徹し、今のところ一方的な作品の投稿が中心。



そのサイトに関する概要と私的な経験についてはここまでにしておく。
記事の題にある「インターネット考古学(またはウェブ考古学)」とは、このように今昔サイトの足跡を辿ってみて、サイトの歴史を知ったり感傷に耽るなどが主な目的。

ネット考古学のための便利なツールがある。
各検索エンジンはもちろん、"Internet Archive, Wayback Machine"である。
例えば、先述のサイトの前身であった「2003~2005年まで続いたとあるサイト」であっても、投稿作品の過去ログの残っている場合とそうでない場合とがあり、後者のために"Internet Archive, Wayback Machine"を用いる。
検索エンジン(Google等)利用は、私自身2011年から愛用しているマイナス検索や完全一致検索、"Allintitle"など様々な技を駆使するといった検索スキルを要することになる。

ネット考古学に類する既成概念の単語は、「ヲチ」などである。
「ヲチ」とは現在の変化を遠見で観察・記録をする行為を指すが、ネット考古学は極めて過去を遡る、文字通りに考古学を主体として研究するところが大きい。
他にも「サイト跡地」や「記念カキコ」などの概念も、ネット考古学に通じる(ネット遺産・Web遺跡)。

以上の説明で「面白い」と思えることに、ネット考古学という学問の価値がある。

個人的なネット考古学の経験なら、古くは2007年(私が小5の時)にもある。
当時、あるゲームの攻略サイトのオマケ的な雑談掲示板に入り浸ったが、このサイトは2006年8月誕生、誕生当初の住民は主に、同管理人経営の別攻略サイト付属掲示板である。
私はそこで様々なサイトを知った…YouTubeやFlashサイトを知り、YouTube経由でニコニコ動画を知り、Flash経由で2chを知る。
2008年にもなるとそこは激しい投稿量となり、人の多い時間帯にはレスが全体で1分に20回ほど付くこともあり、攻略サイト付属の雑談掲示板としては類を見ない夥しさだ。
YouTubeやニコニコ動画などに、そのサイトを題材にした動画を投稿する者も多くいた(これに限らず、この掲示板ネタの外部サイト進出を「内輪ネタは自重しろ」と問題視する住民もいたが)。
私のサイト住民歴なら断続的に欠けたこともしばしばあったし、2011年以降はほとんどアクセスしなくなった。
それから2013年12月に掲示板機能だけが閉ざされた。
原因は2010年以降、犯罪予告などの警察沙汰も多く、当該掲示板専用の荒らしツールなどでの連投横行が続いて管理人が溜まりかね、その時になってやっとである。
最後に残っていた住民は、同管理人運営の別攻略サイト付属掲示板が複数存在する内のどこかへ散らばっていったと推測する。

これもまたネット考古学的な経験であった。
私自身、ここ半年は何かの掲示板に書き込むことが激減し、月に1度あるかさえも疑わしいが、持続的にROM専でアクセスするところがある。
そこは雑談掲示板などの非建設的なやりとりを交わす場ではない。
2ch内のどこかの掲示板でもなく、「したらば」で取得されている。
この掲示板については、ネット考古学上の言及をしない。
※したらばの余談だが、小6の10月に自分で開設した掲示板があるが、当時の登録情報を忘れた今ではログイン不能(2015年2月の運営方針により閲覧不能)。



ここまで、私が例として「あるアプリによる作品を共有するサイト」と「あるゲーム攻略サイト付属掲示板」をあげたが、日本で有名な同種のサイトだと、ニコニコ動画や2chなどがある。
ご覧の諸君も、それらの有名なサイトの歴史を知りたくなるときがあるだろう。
いつ誕生したか、きっかけやその経緯、サイト創設者の姿と意思から、サイト黎明期の住人や閲覧者の傾向(個々の人物像・功績)や現在までのサイト人口推移。
こういった様々な要因を調べたりして感慨に浸る、感傷に耽る。
そんな魅力を私はこの学問に重ねている。

学問としての扱いだが、確かに学術性に欠くし、どうしても趣味の範疇でしかないかも。
ここまでの記述から、学問らしさをまとめると
1. 必要なスキル・・・調査ツールの把握(検索エンジン、"Internet Archive"など)と検索スキル(マイナス検索、完全一致検索、"Allintitle"などいわゆる演算子)
2. サイトへの興味から調査を通してサイトの歴史や住人・閲覧者の在り方を知ってサイトの真髄を学ぶ=古代文明へ思いを馳せる感情に結びつく
3. 多くのサイトのあゆみを理解したところで、インターネット全体の変化を捉え、果ては将来をも考える
4. こういったスキルや知識を糧に、別の方面でも使う(自分がサイトやブログを運営するにあたって発揮できるし、自分のみに収めず広く伝えるなど)

このように書けば学問らしさが伝わるでしょ。
学問的な優劣を問えば、既存の学問より学術性に乏しいし、この学問で権威を名乗れるなんて論外なところは否めないが、何よりもいいところはネットが普及した今の時代に合っていて、身近で普遍的、入りやすくて実用的。
悪く言い換えると学問じゃなく趣味や娯楽の性質が強いかもしれないが、私はこういった調査を真摯に行っているつもりだ。



学問の逸話(宗教的なニュアンスも含まれる)が既存記事に書かれている。
私がそれらサイトの足跡を辿り、思索した末の答えが以下の記事にまとまっている。
http://lesbophilia.blogspot.jp/2014/10/blog-post_13.html



後年の追記

考古学や地学・地質学というか、何らかの施設の建設に当たっても「地質調査」が行われる。
最新投稿日順(日付昇順)でブログ記事などのコンテンツが縦列表示横2列であっても改行して縦列になる)される姿は、まるで地層のようである。
その地層のうちの一部分の土を取り出せば、その時代の気候や生物の生息の形跡などが分かるし、比較的浅いものであれば人間の生活の足跡・文明の残滓(不自然な土器や金属の分子・成分が多く検出されるなど)が判明する。
これは、そのブログ記事や動画などのコンテンツのリンクをクリックして閲覧するようなものであり、こういった縦列表示やコンテンツの閲覧によって時代を感じ取ることができる。
さながら地質調査の、地層を見たり、土を検分することと同じである。
参照する例は当ブログの全記事リストもよいし、私の種々のYouTubeチャンネルの動画でもよい。

全記事リスト→http://lesbophilia.blogspot.jp/p/blog-page.html
YouTube音楽チャンネル動画(日付昇順)→http://www.youtube.com/user/SundarknessMusics/videos



より後年の追記

ネット考古学、ウェブ考古学 Internet Archaeology, Web-archaeology

古代インドの言語学者、パーニニ流「六合釈・複合語解釈」の一つ「依士釈・依主釈"Tatpuruṣa, Tatpurusha" = 格限定複合語(依存・従属複合語)"Determinative compound"
属格的な「インターネットに属する考古学(Archaeology of the internet)」
対格的な「インターネットを学問対象とする考古学(Archaeology that did for the internet)」
与格(為格)的な「インターネットに寄与する(インターネットの為に行われる)考古学(Archaeology for/to the internet)」
処格(於格)的な「インターネットという処における(インターネットに於いて行われる)考古学(Archaeology in the internet)」

屈折における格を想定して前後の語幹の関係性を捉える「格限定複合語(依存・従属複合語)"Determinative compound (Dependent compound)"」による複合語解釈である。
もし具格的な「インターネットを用いた考古学(Archaeology with internet)」とすれば、従来の考古学のためにインターネットという道具・手段を用いるという意味で取られる可能性がある。
また、処格的な「インターネットという処における考古学」であっても、「インターネットという処における考古学-の研究手段、公表状況」といった意味を付随して取られる可能性もある(あらゆる語句にはそれを形容詞化して再び名詞化するようなプロセスも考えられるから・・・人の用いよう)。
仮定名称の詳細な説明には、他者が余分に意味を介在させないための考慮も必要である。

2014年12月3日水曜日

日本陸軍第15師団の再開発 ~愛知大学・高師緑地~

高師緑地は散歩でよく足を運ぶ場所だ。
そして、今年の散歩で愛知大学内の現存する旧陸軍庁舎に参ろうと思ったが、結局は敷地内に足を踏み入れられず仕舞いで、これからも怖くて当分行けない。
散歩計画を策定した今年5月に並行して、この辺り「高師原」の歴史的な地理も学んだ。
その時の調査の進行に沿って記述する。


まず、国土地理院の空中写真から探した。
件の一帯で最も古い写真は1959年(昭和34年)5月8日撮影であった。

画像の赤線:後述の場所として見当のつく範囲を示す


この時点で既に愛知大学を始めとする教育機関群(福岡・栄小学校、南部中学校、時習館高校、県立豊橋工業高校)、そして高師緑地や隣のユニチカの区画までもがはっきりと浮き彫りに。
当時でも各々の基本的な区画は定まっていたことになるが、これら教育機関が立派に集積されたこの地域も、まだまだ農地が目立つ様子であった。
現在住宅地となっている場所の多くは、畑が主体の農地だったのだ。
郊外に宅地開発が及んでも、豊橋は名実共に全国屈指の農業都市ではある。

この文教エリア・学園都市において、画像中に未だ開設されざるものを求めよう。
中野小は昭和60年に分離で開校、豊橋聾学校は昭和47年に現在地に移転とのこと。
現在の時習館高校の北側のグラウンドはこの時まだ畑だった?
福岡保育園は運営法人の施設一覧ページに昭和22年8月1日とある(認可年月日:昭和46年1月1日というのは、運営団体が法人化されて以後に登記名目が変更された日付であろう)。
このほか、広大な敷地で後の教育機関や商業施設などに変容する場所が、この時点で既に現在の施設と同等の区画を有しながら、別の建物が建っていた(例えば工場など?)ことについては、最早俺個人で調べられる領域を脱している為、収集不可能。


更に古い写真や地図がないか探した。
画像検索から探し出すというとても簡易な手法で挑んだら、豊橋市美術博物館のサイトに1931年(昭和6年)の古地図が載せてある。
http://www.toyohashi-bihaku.jp/?page_id=4439 (名称は「豊橋及其近郊」)

こちらにおいても高師緑地と思しき区画が左半分に浮かんでいる。
ほか、「高師原」と題した1938年の地図が「日文研データベース>所蔵地図」より見つかり、かつての豊橋鉄道渥美線における空池駅(からいけ、1944年6月5日に休止して1977年に廃止された)の位置(高師緑地北端の交差点よりも北にある)が確認できた。
http://tois.nichibun.ac.jp/chizu/santoshi_2249.html



続いて、この日本陸軍第15師団の地名にまつわる情報を書く。
「高師原」とされる梅田川以北に一つ、「天伯原」とされる梅田川以南に一つといった、二つの広大な敷地から構成されている。
この情報は上記の博物館のページの上2点の地図を見ていただければ想像に易い。
渥美線の駅名にも旧「師団口駅・兵器廠前駅・陸軍病院前駅(後年いずれも改称されている)」など影響を与えているが、駅の利用者もこれらの施設に目的がある者が殆どではなかろうか。
・・・陸軍の施設を除いては、延々と広がる畑くらいしかなかっただろうし。

余談だが、「天伯原」の名を見ると「天生原」を思い出す、何のことかしら。
かつては全国各地の農耕地帯や草原などはみな「原」という字が地名に付随していたのか。
農耕開拓以前の原野の時からでもあろう。
「高師の名 普く渥美に 轟けり(五七五)」彼の時代に於ける広大なる高師村。
其の残影、今尚も高師町の名に残り、剰えJR線を越したる先に飛び地ぞある。


最後になるけど、この15師団に関する記述のある記事って以前も書いたよね、と思ってメモ帳内を探してみたけど見つからなかった。
その最中で、次の手段に及んだ際、即座に「まさかYouTubeで書いたことじゃないの?」という真実に気付き、それらしい動画を見つけたが、説明文参照。
まあこの記事は、15師団を初めとする情報に特化した明確な差別化をさせてるし。
YouTube投稿動画の方へ気付かなければ、メモ帳内で、無い物をずっと探し続けることに。



今回の記事は私の愛読ブログ「咲いた万歩」さんリスペクト。
恐縮ながらリンクさせて頂きますhttp://blog.goo.ne.jp/manpoarukuhito
このブログは散歩記事がメインであると同時に、たまにこのようなその土地の歴史について調査した記事を投稿しており、今回の記事はそれへの憧憬もあるが、私と大きく異なるのは、私の考え方や感情を押し出す私の記事と比べ、いい意味で淡々と必要な情報のみを記すところ。
まあ私としては、敢えて雑駁な身の上を綴ることで、個性に含める意図があるけどね。



ほか、後日見つけたページ「陸軍の町 福岡」
http://www.fukuoka-e.toyohashi.ed.jp/tiiki/tiiki4.html
豊橋市立福岡小学校のHPであり、この項目には15師団、十五師団の施設の現在の土地利用についてなどが簡潔に記される。
それ以外の情報は、かなり詳しく書いてある。



ほか、後年の記事の追記事項
http://lesbophilia.blogspot.com/2016/06/ruiju-7.html
2016年4月29日は「高師(たかし)」に相当する名前が倭名類聚抄に載っていることを知った。訓読みの漢字表記が「高蘆(たかし、高天原"たかまヶはら"のように"あ"の連続を省くか。後に高足)」で、漢字音写は「多加之(たかし)」である。同書では渥美郡に属す。意外と由緒がある名前であった。「高蘆」を冠する神社もある。当該記述の話題は「高師原」だが、「高蘆原・高芦原」と表記を変えると、付近の「芦原」の地名は「高師」から副次的に生じたものと考えてよいように思った。
更に文学的な方面を探すと、有名な歌人・西行法師などの歌にも、広域名称としての「高師」が登場している。
http://web.archive.org/web/20080708030447/http://www.techjapan.co.jp/kitakuraHP/tokaido/14.html
「高師山 はるかに見ゆる ふじの根を 行くなる人に 尋ねてぞしる」 藤原為家
「朝風に 湊をいづる 友船は 高師の山の もみぢなりけり」 西行
これらの歌に見られる「高師」とは、愛知県豊橋市の高師緑地・高師原に代表される地域のことを指すとは、断言しづらい感覚がある。
愛知県豊橋市に隣接する静岡県湖西市に、静岡県湖西市新居町浜名高師山という地名がある。
日本鹿子という江戸時代中期の書にも「遠江國(=現在の静岡県西部)名所之部 高師山 二川の宿と白須賀の宿との間なり、北は山、南は海なり」とあるそうで、湖西市内に高師山と呼ばれる名所があることを示唆している。

別方面には「たかしのはま」という表現もあるが、豊橋市高師町とその近辺は梅田川・柳生川の流域が主要であり、海は三河湾が近くとも、豊橋市南部の浜には遠い。
今の二川・岩屋地域や静岡県湖西市一部なども、古来「高師」と呼ばれていたか、住人が称していた可能性もあろう。
また、単純に「高蘆、高い芦・葦・蘆・アシ」という意味で「たかし」と呼ばれていたところ、この豊橋市高師町のような高師と同一視された可能性もある。


備考:地理座標 (geographic coordinates)
「愛知大学内の現存する旧陸軍庁舎」…愛知大学豊橋キャンパスにある愛知大学東亜同文書院大学記念センター・愛知大学記念館で旧大日本帝国陸軍第十五師団司令部庁舎
 34° 44′ 24.2″ N, 137° 23′ 11.27″ E (DMS, 度分秒表記の例)
 N 34.740057, E 137.386464 (decimal, 10進数表記の例)
後者のGoogle地図使用例→https://www.google.co.jp/maps/@34.740057,137.386464,227m/data=!3m1!1e3?hl=ja



後年の追記

実は大阪にも「高師浜」があり、2013年から私が話題にしていた「荒木探偵、のんちゃん」(北海道出身、京都市在住)がアイススケート目的で来ていた。
高石市という名前との関連を思わせる。
日本語の音韻論での高母音削除 (high vowel deletion) の方法で、音素「たかいし /ta.ka.i.si/」の /ka.i/ が /ka/ と低母音(広母音)側に吸収されて(ただし中母音かしないという、複合語としては稀なケース)「たかし /ta.ka.si/」と変わった可能性がある。
『日本書紀』巻第三十、持統天皇に、「准(なぞらふ)河內國(かふちのくに)大鳥郡(おほとりのこほり)高脚海(たかしのうみ)」(新字体+訓読:河内国の大鳥郡の高脚海に准ふ)とある



2014年11月30日日曜日

慇懃な敬語をエロ方面に用いる試み

慇懃とは、仰々しく恭しいことである。
この頃、布団とえっちなことをしながらイメージする際には、私が描いた絵のオリジナルキャラに私を「創造主様」などと呼ばせてのプレイが多くなってる。
当然、私への呼び方が「○○様」なら、後に続くセリフも敬語、前後問わず一字一句が敬語だ。
このイメージは敬語用法の練習にもなるので、こんな世界でも勉強している私の勤勉性。

前置きをいいところに、そろそろその用例を載せる。
慇懃な敬語とは、ただ文脈が「ですます」だとかのみならず、話者に恭順や配慮などの機微が込められて然りなので、そこら辺も考慮する必要がある。



最近描いたオリキャラの絵が右で、創造主たる私は左(中央の小さい写真は右と同じ服装の私)。
主に肌の表現を学んだが、髪は相変わらず塗り方が難しいのか。
詳細などは今後本家で詳しい記事を書くだろう


来光詠唱「五濁悪世より離れ、寂光の園を築き給うた主の御稜威ぞ、此處に普く輝きぬ!」
"Veni Creator Spiritus!!"
→ズボン下ろしてスタンバイしてた創造主が光臨する。・・・引くわー。
奉ずる主のあらぬ姿に、彼女は瞬時にして瞠目するも、須臾にしてその驚きの色を潜め、御足労あそばされた創造主に微笑み労った。

挨拶1→創造主様との御えっち(??)が叶う栄誉を賜り、至上の喜びです!
挨拶2→私の処女膜を破って頂きたく存じます!
挨拶3→この時を臨む為に創造主様一心に生きて参りました!
→何の宣誓だよこれ・・・

乗った際に気遣い→私の体、重くありませんか?
→「重くないか」という不安は本気か、それともお決まりの挨拶替わり?
でもやはり敬語話者としては、己の一挙一動から相手を気遣うのは当然!
それと、「重くありませんか?」は「重くないですか?」に対する正しさを個人的に見出してるので、是が非でも「重くないですか?」とは言わせない。
この後、「御寛恕の程をお願い」した。。。

胸が小さいと言われ→申し訳御座いません・・・ 私なんかで
→創造主の私がわざわざ小さいことを改まって言うのは変だけど、まあからかう程度に言いつつ、その後「私が望んで小さくしたから気にしなくていいよ」くらいに返す。

「重くないよ、小さいおっぱいの方が好きだよ」→私なんかにお気遣い頂けて誠に光栄です! or 創造主様の御慈愛賜り、慈悲の深い御心(みこころ)に畏れ入ります! or 喜んでいただけて光栄です。 or 過分なお褒めに与り大変恐縮に御座います。
→「私なんか」以外に自己をへりくだる表現ないかな?「私め」とか?
「過分なお褒めに与り大変恐縮に御座います」って堅苦しすぎちゃうよね、特に女の子じゃ。
実際に俺が言うにも恥ずかしいセリフばっかだけど、創造主様への忠誠心あらば容易いよね。
色々と覚えた表現、培われし力を吐き出したいのもあって、ここまで書いてはみたけど。


・・・実際プレイ中は色々浮かんだはずなんだけどね。
これくらいで精一杯かな。
しかも、文にしてみるだけで恥ずかしくなってくる有様。

最後は、御えっちをお許し給うた創造主様に謹んで御礼申し上げたらしい。


後日、次第にテクニックが上がってきたから、凄まじいフェラでザーメン搾り取った。
これも偏に創造主様への忠誠心の強さと高い献身性で実現できたことになる。

それからしばらくした頃、創造主はスカトロプレイを求めてきて、一瞬驚きを隠せなかったものの、すぐに笑顔を見せて「創造主様のお願いならば」と頬を赤くして了承した。
手始めに、この子の出したてのアレを食べるプレイをすることになったので、アレ座りしたこの子の真下で創造主の俺の顔が待ち構えているという体勢に・・・
だがこれだと俺がこの子に言わせたいセリフが書けなくなる。
そのセリフが「出せました!お早めにお召し上がりください!」と、恥じらいもなく喜ぶような。
先述の体勢では、アレを出した際にこのセリフを言う必要がなくなる状況に変わる。
とりあえず、おいしくそれをアナルにしゃぶりついて頂いた。
普通に出せば長くて見事な一本糞と思しきそれが口の中を塞いで窒息しそうになった。
創造主は口から漏らさずしっかり召し上がり、呼吸を整えてから「おいしかったよ」と単調な感想を述べると、「ありがとうございます!醜悪な汚物にもかかわらず召し上がって頂けたばかりか、そのように仰せになられて、この上なき大慈悲を賜れたこと無上の喜びで恐悦至極に御座います!」と、正しく創造主様への大忠誠心を一所懸命に言葉を尽くして表した。

この文章を書き続けて幾度となく挫けそうになったけど、精神修行の一環・表現のメモだから投げ出したら負けだ、と唱え続けることで無事に書ききった。

2014年11月27日木曜日

フリー環境での音楽制作のすすめ。楽器が弾けない俺でも!

自分は普通の厨二系とは違い、15歳頃から作曲を始め、最近の出来栄えは上々である。
ただし、17歳の今でも楽器は小学生より下手だという逆説もある。
曲がりなりにも、小学生は音楽の授業で相応の技能が身についてるが、義務教育の過程を半ば放擲して、今日に至る私には忘却の彼方だ。
故に「楽器は小学生より下手」という自慢にならない自慢ができる。

ただし、作曲知識やセンスは、同年代で楽器演奏が得意な人間よりも自分の方が遥かに優れている自信がある。
楽器演奏なんて幼い頃から親に習わされるか教室に通わされるかで、受動的に上達するものだし、ある種、没個性的だろう。
楽器演奏者を卑下しちゃいかん、ワシの作曲は伝統的見地において邪道だろうし。

そう、楽器を弾かずに作曲が出来るというのは邪道然としてるが、しかし、私はとても誇らしい才能を持っているのではなかろうか。
不登校の回数の関係で、「きらきら星」の弾き方は知っていても「猫踏んじゃった」の方は未だに知らないが、作曲技能を自負する以上、調が異なるとも耳コピやアレンジは可能。

今の時代、数多の分野で手軽さが究極へと突き進んでいるという趨勢から垣間見れば、その恩恵に肖るべきではなかろうか。
それは、2000年代前半で既に、携帯電話にさえ作曲機能が標準搭載されるほど、その技術は比較的当然と齎されていた。
私は2003年にSH252iという携帯電話を買い与えられたこともあり、何の音楽理論も知りえてなかったような感覚で、打ち込みをしたこともあった。
その携帯電話の作曲機能は当時小1であった私自身が自ずと見つけ出したもので、親から教わったものでない。
おおっと、携帯作曲のことは過去に本家ブログで書いたので参照されたし。
http://masashi.doorblog.jp/archives/39829945.html

もちろん楽器が弾けるともっとよいのだと思う。
お金持ち、有り余る金あらば、ギターの1本や欲しいものだ。
金額上買えなくはないが、その欲望を押しこらえ、ひたすらフリーDTMソフト・2011年有料化ガラケーアプリで打ち込みに勤しむ。
これこそ私の作曲スタイル。


表題について

というわけで、フリー作曲の手段の解説は殆どしませんでした。
なぜならば、十分すぎるほど記載されてる他のサイトが検索することで見つかるからです。
ここではフリー作曲の美学を説いてみました。
私の経験と価値観から導き出された指針です。

んじゃまあそういうわけで、YouTube音楽チャンネル見てね。
これといった新作はないけれど。
先の投稿予定ならあるけれど。
http://www.youtube.com/user/SundarknessMusics/videos

2014年11月26日水曜日

"Abnegation" 自己犠牲と滅私奉公 / 接頭辞Ab-について

"Abnegation"、その言葉の微細なものは自己犠牲の精神である。
短くいえば克己心である。

「滅私奉公」とは、読んで字のごとく「私を滅し、公に奉ず」といい、これは自己犠牲という美辞のより積極的で凄惨なニュアンスを孕むこととなる。
言葉の成り立ちとしても、この滅私奉公とは戦時下の日本で、出征する兵士の在り方を説いていたり、もっと詰めると、戦争の賛美ともいえる文句にもなっている。
というのも、「臆することなく敵の兵を殺しまくり、その姿たるや自死をも厭わず徹底して勇ましく、逞しくあり」という兵士の理想像をかっこよく言い表す為のものであり、それはお国の為に、また、戦争の賛美になり。
誕生から流布の経緯は結構裏に政治的な思惑は強い。
「滅私奉公」は、自己犠牲という哲学的なものと相通じるもの・相対するものが共に出ている。
ちなみに、"Abnegation"には「慈愛、献身」の意味もあると思い込んでいた。




・・・・・・これだけだと記事の文字数が少ないので、もう少し。
英語の話をしよう。

接頭辞Ab-という英単語は、概して不吉、は言い過ぎでも、あまり好感のものは多くない印象だったが、"Abnegation"は好感にあたるのだろうか?
人によりけりだろうね、その感覚は払拭して、英語の語根として分析すると、接頭辞Ab-はラテン語系のもので意味としては「離脱、離れる」ことを指す。
単語例は、私がハマったこともある"Abhorrence(憎悪)"や、"Abominabe(忌々しい)"といった、マイナー且つ明らかに不吉なものから、"Abnormal(異常な)"や、"Absolute(絶対的な)"という諸君でもご存知、外来語として日本でも用いられる言葉がある。
各単語が「離れる、離脱」との意味をいかにして含めているかはわからない。

この、禍々しきアブ、危ない接頭辞の英単語でフレーズを作って遊ぼう。
"Abnormal Abrasion (異常な擦り傷)"
"Abominable Abusing (忌々しい虐待)"
※2015年9月、"Ablative Absolute(絶対奪格)"というものを見つけた。ラテン語では"ablativus absolutus"と書く。


ちなみに、今の私の勉強生活を接頭辞Ab-で表せば"Abstemious"の形容詞が相応しい。
この家にある、正確な体重が測られてるかわからない体重計では、半年以上前が54kg前後を指し示してばかりだったが、測定時の細かい状況(服装、空腹度、他)明記は省くけど、50kgを下回ることが多くなっている。
また、26日の昼に測ると、この体重計では見たことのない数字「48」がお目にかかれた。
同じ体重計で大した差異のない条件化で測って、明瞭に落ち行く体重を見れば、私が日々飢えていることも自明の理である。

痩せている私が剰え痩せ続けることは全く健全といえない。
元来、我が兄弟はぽっちゃり体型だったし、迫害前の上の弟も今の下の弟も、私よりはぽちゃだしね。
上の弟は施設時代とか痩せたのに、姫路逃亡から母親の元でぬくぬく太り、父宅迫害後どうなったか知る由もないが、俺よりは太っていそうで。。。
ああもうこれ以上内輪ネタはよそう。
私の体重推移とか散々書いてきたし、これを見てくれればいいよ。
http://masashi.doorblog.jp/archives/35738168.html


正確な身長体重くらい、満足に知りたいよ。
それさえも叶わない、みんなは学校なり職場の義務なりで測定か健康診断が。

ちなみに私の現在の身長は、目測と中2発育測定155cmからの逆算(根拠に乏しいけど)では身長170cmほどとしている。
実のところ、中2発育測定結果の155cmというのは不正確な記憶だ。
というのも実際に覚えている数字で正確と自負してるものは体重41kg、BMI約16.9なわけで、これの逆算から約155cmと見立てている。ミリ単位まで加算できない。
仮定身長1.55 * 1.55 = 2.4025 41 / 2.4025 = 約17のBMIの証明。

逆算の155cmから逆算して170cmほどと称しているこの私。
更にいうと、現在の数字不明の下の弟は、目測だと今の私と同じほどの背丈。
勿論、家族との接触を拒んでる私が、遠目に見て判断したに過ぎないけども。
尚且つ、下の弟は元気型知的障害なので同学年帯でも高身長。
集合写真ではいつも一番後ろの段に立つ。


2014年11月25日火曜日

要求~お小遣い額~ささやかな夢

私は、簡単な要求も苦手になっている。
幼い頃はといえば、人並みだっただろうし、今の私からすれば欲張りに見えるほど。
今はちょっと普段と違う要求をするのも、なんだか唐突な感じで厳しい。
些細なもの、とても小額なものでも、母親に求めたくない。
この根源は、小4途中の弟2人施設送致から、小5進級と同時に起きた両親の別居で、父親と2人きりの生活が始まったことである。
当時、父親は何も私に威圧はしていなかったが、私から色々ものを頼むのが図々しい気持ち、迷惑をかけてしまうのではないかという懸念で、消極的に転がった。
この頃に養われた控えめな精神は、母親の家に来てからも尾を引いていた。

今では、小遣いは月に2000円もらえるのでさえ満足している一方、父親の家に住む弟は、今年10月の父親のメールによると週に3000円とのことで、単純計算だと月12000円~15000円と算出され、私の6倍~7.5倍となり、今の私がそれを受けられればもっと遊んでいるだろう。
コンビニなどで、買い物に消費するのは難しい。
店員と向き合いだなんて、やり取りだなんて今となってはしたくない。
自販機で大量消費や貯金というのも無粋だと思っている。

私は2012年より、国内の地理が好きとなった。
2010年末の時点でも十分世界の地理とかは好きだったけど、2012年からが特に気合が入ってるものだ。
2014年6月以降は下火傾向だが、今尚、故郷・埼玉から現住・豊橋などへの興味は尽きない。
さすがに埼玉や関東に行くのは額が跳ねるので遠慮するが、愛知県内、ひいては最寄り駅から片道1000円以内の区間でも十分見物はある。

豊橋駅前でもいいし、今の時期なら山奥にいって紅葉もよし。
豊橋の近くで紅葉の名所といえば、新城市内の鳳来寺山などがある。
近所の公園の紅葉は、以前11月15日の夕方散歩で見た状態だと半ばといった感じだ。
山間部なら11月下旬の今こそ絶好ではないか。
鳳来寺山は、車以外の交通手段でも行きやすい、特に豊橋なら。
豊橋駅から飯田線の某駅で下車して、徒歩でも頑張れば難しくないが、今の私だと近くまで行って、一応は見えるので満足し引き返すか、例え見えなくても普段と違う山間部に来られたから素敵な気持ちになった、と思うことにするだろう。
山間部の気候条件が私に追い討ちをかけてくるはずだ。
付き添いの人間にも乏しい私には、寺までだと単独決死の覚悟になろう。
でも今し方ストリートビューしたけど、車道オンリーって感じで駅周辺が精一杯っぽい。

というわけで、もし・・・もしもってのは空虚な願望だけど。
どこか行くなら手始めは豊橋駅前や周辺になる。
地理はGoogle地図なりストリートビューなりで2年も行ってない割には把握できてる。
駅構内や細部は難しいものだが、これも培われた地理感で対処可能。

現実的・金額的には遠方への旅行も無問題なんだけどね。
精神的な話は、少ない小遣いで無闇に消費したくないし。。。
貯金ならば十何万もあるんだけど。。。

でもまあ、ちょっと普段と違う風景でも満足する感受性のある私は、穏やかで清らか、美しく慎ましいそんな繊細で綺麗な心の持ち主になっているということだね。
勿論、そんなことを自負するのはあまり痴がましいってもんがある。



追記:2015年8月26日
コンビニについて考えたが、メモする場所がないのでここに追記スペースを借りる。
私がコンビニを避けるのは、無論コンビニ店員や他の来客などに自分を認識されることを憚る、これが第一の理由だ。
自販機より少し離れでも、価格の安さに勝るから、些細な距離の遠さは厭わない。
その故に、稀だが遠方の自販機まで足を運ぶことが2015年5月までは続いていた。

コンビニ・・・この際無人だとか機械が接客すればいいと、極論を持つに至る。
どうせマニュアル通りの接客、みな顔に笑顔を張り付ける、あるいは私にだけ表情を不機嫌そうに変える若い女子店員もいたのだが・・・。
そのような不良品にしても、働く側は機械さながらで、給料以外に意義を見出せずにいるだろう。
こういうわけだから、自販機のほか私に選択肢は残されていないのである。
2011年のコンビニ通い期間には、レシートに関して一度トラブルを起こしたこともあった。

それでも、結局はマニュアル通りに接客することに違いはないし、ましてやあの女子店員のような異常な態度は問題であろう。
故に、この際機械が接客する店舗にでもなればよいのではないか、と極論を弄さざるを得ない。
あるいは、もう少し規模を小さく、食品や日用雑貨を取り扱う自販機を普及させる。
かくして私などが得を享受しうるようになるだろう。
店舗機械化で、取り扱う商品の価格帯が些か上がることも厭わない。
だが、近頃その自販機に行く頻度も下がっているのも、金銭の消費を避ける、少欲知足を標榜した隠棲を行っているから、今更に小売業の形態が理想に近く変容しようと、今の私には関係が無い。



2014年11月24日月曜日

二律背反の渦中で二者択一。

私は11月23日23時過ぎ、1日の終わりが迫る中で寝るまでにすべきことの模索、というよりはすべきことは概ね定まっていた。
正しくは、実行を逡巡していた。
体は睡眠を欲する、といえばそれが本音になる。
しかし、今すべきことを明日に預ける不安もあるから、寝るまでにやっておきたい。

そこで、すべきことを実行する際にかかる時間を想定した一方、寝る方を取った場合も、PCを消して床に就けばすぐ眠りに入るわけでもないのでその時間も想定。
2時間くらい起きつづけて独り言をかますことも多いが、その2時間でやりたいことやっちゃう方がよっぽど全うにも思えている。
これが二律背反の様相を呈する中での二者択一を余儀なくされている私である。


生来、責任感が強めか何かな私なので、このように躊躇して苛まれるか。
勿論、そんなことを自負するのはあまり痴がましいってもんがある。
また、どちらを取るべきかの二者択一とするのに、第三勢力たる懊悩なぞで時間を取られることも愚の骨頂かもしれない。

結局はこうしてこの記事を書いている。
予定では翌日未明にでも投稿しようと企む俺であった。


精神力の強さ。
気の迷いを見せず、例え一人の時であっても。
即断して決行。
決断して即行。まあ、即行と言っても、毎回急いでやらなきゃいけないことってわけじゃないけど。
固く意志を持って、的確に判断することも心の強さだろうけど、こう考えると実現は難しい。
裏返しでは、己に迷いなく即断できる人間はまた、別のところでも心の強さを発揮してる。
確固たる意志のもとの即断は、得てして良い結果を齎すかもしれない。

俺の実行の逡巡は、この心の強さ・弱さの観点であまり楽観できないと思う。
裏返しでは、別の局面においてもこれが悪い形で現れるだろうし。
精神修行ってなんだろうかなって思えてくる。
無論、そんな強い精神力を持つ人間っていうのも限られてるとは思うけどね。

2014年11月23日日曜日

長野県北部での地震で我が豊橋も微震を観測したことの見解

11月22日22時前、自界叛逆について立ちながら独り言を始めた折に、22時過ぎ、部屋をウロウロしながら語り続けると、足場の悪さを感じ、クラクラした。
そのときは「貧血かな」ほどにしか思わなかった。
また、自界叛逆といえば日蓮大聖人に関することなので、「もしや易々と語る私への祟り、賞罰か!?」と、そんな根も葉もないことを思ってしまったほど。

それが、11月23日0時過ぎ、私の本家ブログのアクセス解析・生ログを見た際に豊橋市の南海トラフ沖地震被害想定の記事のアクセス数が俄かに盛ったことを確認。
その為、「まさか、あの時の立ちくらみぞもしや」と思って「地震」で検索。
すると、長野県北部、北辰地域、白馬村地域では震度6弱!?
日蓮大聖人との因果関係は定かでないが、本当に宗教的祟りもありえるかも?
祟られるようなことしたかな、ダークホース長野くん・・・

自界叛逆(じかいほんぎゃく)とは、主に立正安国論で説かれる自国の内乱を意味するが、典拠は「薬師経」に説かれた七難の一つ。
日蓮御在世の頃におかれては、皇室の南北朝分裂(厳密には入滅後)など。
対して、他に有名な他国侵逼(たこくしんぴつ)は、御在世でいうといころの大蒙古=モンゴル帝国襲来=元寇である。
某教団は、この自界叛逆を地震災害などの天災に伴う国政等紊乱としている。
それがこのご時世でいうところの南海トラフ沖地震と首都直下地震などだ。

宗教の話から戻しておくが、悉く南海トラフなどは起きない。
地震・地質学者たち、誰人が今回の地震を予測し得たか?
当然、これから近い未来に当の地震が起きないとも私は断言しない。
然るに今起きてしまった大地震は予測できた学者はいたのか。
はたまた、長野北部のあたりで地震が起きると予測し得た者とはどんな者だろうか?
その慧眼にただ恐れ入るのみだ。
思えば、東北地方太平洋沖地震を筆頭とする東日本大震災も、三陸沖のあそこで起きることはあまり思わなんだ、故に震源地は神出鬼没な感じがあるよね。


2014年11月21日金曜日

IHの場合「200V専用」のアルミ容器でうどんを作る製品

昨日、2014年11月20日、木曜日の母親の買い物の購入品で私に宛てられた食料品の中に記事タイトルのような製品があった。
ガス、IH対応だが、私の部屋にあるIH調理器では調理可能か気になった。
「200V専用」とあるが、それ以上でもそれ以下でも不可になるのだろうか?
実際に私が使用してるものは定格電圧100Vとか125Vとかと書いてある(アンペアだかワットだかの計算で、製品本体とプラグそれぞれが異なった数字なのか?と思って検索すると、125Vとは標準の100Vから25%上限の関係で最大の許容数値?らしい)。

そこで昨日は下見とばかりにIHとアルミの関係をネットで検索していた。
新しく知ったことは、完全にアルミのものは当然反応しないが、IH調理可能なものはアルミ以外にIHで反応する金属が幾分含まれてるそうだ。
でも、記事タイトルにあるような製品のものも200Vより低いと、反応しないか熱が通らないかなどで調理が出来ないようだ。
調べる前の「爆発や漏電や放電や故障など起きるのか?」という憂慮は杞憂らしい。
まあ、そんな事故が頻繁に起きたら消費者庁に苦情が多く入る上、メディアが頻繁に取り沙汰するかもしれないから、様々なメーカーが大挙して売り出すなんてできないかもね。

というわけで、最後の疑問は「調理器の反応」だけ残して眠りに就いた。
IHが反応しない点で踏まえているのが「載せたものの重量が一定に満たない」というほどであった私には、どんな挙動を見せるかが特に気になっていた。

明くる11月21日の朝8時半起床から、逸る気持ちを抑えずに早速調理に移った。
手順としては、熱湯を別に用意して、それをIHコンロ上においたアルミ容器に注ぎ、続いてめんとかやくを入れてから火を点けて(火じゃないよ!)2分煮込むというものだった。
ところが、実際に火を点けてみたところ、調理器は反応しない時の挙動である、一番弱い設定の「保温」で待機した状態になった。
これは、ウォシュレット等で、誰も座っていない状態は水を噴出させない作りと同じ種類の安全設計の作動である。
上述の「載せたものの重量が一定に満たない」場合に作動しないのと同義であった。
然るに今、熱湯350mlほどが注がれ、めんとかやくの入ったアルミ容器がコンロ上に設置されているにも拘らず、このような反応が現れた。
すなわち調理不可能を意味している。

よって、私は中身を普段の片手鍋に移しての調理を余儀なくされた。
まあ、このままキッチンのガスコンロで調理する選択肢もあったが、移してから気付いたので、また移しなおすのも億劫だったから片手鍋で調理を始めた。
アルミ容器で作って、アルミ容器で食うという貴重な経験を奪われた。



これが完成品だ。
中央の白い塊は、スープを入れて攪拌してから落とした卵である。
写真の見栄えとしては、かやくのネギやにんじんが誇張してくれると嬉しい。
おいしかったですね。ごちそうさまでしたあああ????

なお、折角だからこの容器はラーメンで再利用してみようと思う。
メーカーの意向は「再利用禁止・この製品としての用途以外での利用禁止」であるが、これはいわば不慮の事故発生に備えた社交辞令的なもの。
「電子レンジで猫を乾燥させた」逸話が有名、著名な例。
消費者側に過失がある不慮の事故で、メーカーが損失を被らないための文章。
言い換えれば、これで俺が事故ったら、俺が悪いということにもなる。
事前にメーカーがこれを明記すれば、裁判で有利あるいはそもそも裁判がある前に別の司法機関が「消費者側の過失」と取り合うことで訴訟自体起きずに済む。
ということで、これを覚悟の上で再利用しちゃいましょう。

14時追記だけど、やっぱりラーメンは普通に作ることとする。

2014年11月20日木曜日

コード進行とか長調とか短調とかが未だに把握できない

今日は、私の保存楽曲85、144、274、298(ピアノ以降)、400、423、444をはじめとする曲がなぜ「X」っぽいのかを検証していたが、コード進行が似てるのではないかという漠然とした仮説を設けた。
そこで、85と444で軸となる音を調べたら、以下のような画像で表す結果を見出した。


音声付きの動画http://www.youtube.com/watch?v=X6QnCFS6E_8

音楽の用語があまりわからない私による平易な解説イメージと動画。
わからないからこそ、同じくわからない人間にも理解が得られると思ってる。
ちなみに、CDEFGABCは解説ナシだと普通の人にはわからないかもしれない。
CDEFGABCはドレミファソラシドをそのままアルファベット転記したものである。
コードなどを表す際とても多用されるが、それより詳しい説明は不要なので割愛。

「1音目を13とすると」とあるが、ド~1オクターブ先のドまでは11の音を間に挟んでるもので、13という数字はそこに最初と最後のドを含めた数字になる。
すなわち、ID:85ならラから始まるし、ID:444ならソ#から始まる。
そして奏でられる旋律は同じ動きをしている(ラとソ#って半音違いだね、2以降も然り)。
実際の鍵盤を想起させれば理解に難くないだろう。
なので、上の動画では鍵盤と演奏付きにしてあるのだ。

後は、その静止画に書いてある情報のままである。
対比しやすくするために、上の音階の名前にも下の音の動きにも1~4.5までの数字を振っている。
85も444も「13→9→11→16→15」と、鍵盤の上を移動していることがわかる。

同じような法則は274など広くあてはまった。
なお、これら保存楽曲85、144、274、298、400、423、444がどんな曲かは内緒。。。

以下、音楽用語の理解が難しいと喘いでいる僕の愁嘆。
2012年には真面目に動画とか凝視したそうだが、未だ的確に把握できないそうだ。
体感的には「なんとなく」わかったつもりでも、ネット上の理解してるらしい他人の文章が目に留まれば悉く「違うのか」と頭を擡げるそうだ。



ネット上の言葉や動画では、未だに私を納得させるに至ってない。
私の理解力が乏しいだけなのか?という懐疑さえ生まれてしまう。

一方、私がネットで保存したMIDIファイルをTMIDI Playerで読み込んで音の視覚化をすると、かくも平易で楽しめるものだなぁと感心。
直接教えてくれる人間がいるか、専門の教本なり参考書なりがあれば、固っくるしい用語の理解は容易なのかもしれない。
独学な上に本など買えないか、図書館にも行けない(最寄のあそこは扱ってるの?)か、本を探すのさえ馬鹿馬鹿しいと考える私はそもそも向いてない性分なのかもしれん。
絵にしても音楽にしても、何かネットの講座とにらめっこするのが苦手(こっぱずかしい)なので、芸術面は才能より生真面目な性格や、一定の無知さが重要だろう。

という結論には、この種の記事や思索で蓋然的に至っている。
解決し得ない悩みに対する、せめてもの慰めかもしれない。

尚且つ、「そんな言葉の意味を正しく理解する必要はなくて、わからなくても作曲は出来る」そう自分に言い聞かせるのも同じことなのだろうか。
それで納得のいく自分もいれば、それで満足するのは不服である自分もいる。
なぜなら、同じ作曲者たちはプロ・アマ問わず大概が理解できている。
それなのに知能が優れてることを自負する私がその中からふるい落とされるのは不本意だろう。
その知能とは、音楽的な能力を司る部分か、言語的な要素か。
音楽理論・概念と、それを表す用語の理解は脳の何たる中枢が関わるのか。
考えても不毛かもしれない思考は捨ててしまいなさい。
頭が破裂しそう。。。

それでまあ、そんな私が常々脳内で唱えているのが「理解できてる作曲者に私の曲のMIDIファイルを見せて、○長調か○短調か、またどんなコード進行か指摘してもらう」ことによって私も理解できるだろうと踏んでいる。
TMIDI Playerというソフトは、コード名の表示という点で重宝してる。
同じく、何も生身の人間ではなく、そのソフトのようにMIDIファイルを開いてソフト上で調の名前やコード進行とか叩き出してくれればというね。

昨日~今日は2012年1月13日の大量下血に次ぐ規模の下血で全身の機能が著しく鈍った酷い体調を押してまで、こんな長文と動画と静止画と音楽と色々やっている。
動画は上部の他にもhttp://www.youtube.com/watch?v=8thC8d-1aY0を投稿。
おかげさまで結構な乱文になった。
願わくは1日でも完全なる安息に恵まれんことを。


後日追記
2012年1月13日の大量下血とそれに次ぐ規模の2014年11月19日の下血を説明する記事が公開された。
http://masashi.doorblog.jp/archives/41505054.html


2014年11月16日日曜日

「信号待ち」 ヒキ散歩エム

室内での独り言を、つぶさに、つらつらと文章に書き起こしてみた。


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散歩の目的地に至る道中は、駅前の交差点がある。
そこで自分が信号待ちをすれば、同じく信号待ちの人が傍らにいるかもしれない。
逆に、青信号のまま横断歩道にさしかかれば、立ち止まる事無く歩みを進める。
そこで車が停車して信号待ちをしていれば、彼らは歩行者に目を光らせているかもしれない。
そんな場合は、一際目を引く私の外見は注目の的になる。

「他人がどう思おうが知ったことではない」、そう思えばいい。
私が彼らの視界に入ったところでどんな感情を持とうとも、歯牙にも掛けず渡りきればいい。
どうせ、そこで居合わせただけの存在に過ぎない。

傍若無人に振る舞ってしまえばいいということだ。
傍若無人とは、悪い言い方だけれど、こういう場面ではただ毅然と歩むことだ。
否、それが街の誰もがしている普通の振る舞いなのかもしれない。


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この時、実に2014年11月15日16時頃であった――

そして17時20分前にこの家を出て、17時50分頃、家に帰ってきた。
外出時の服装は、黒いパーカーに、黒い手袋、白いズボンで黒いスニーカーである。
この間、近所の広大なる敷地を有する公園の北端にまで、時折、早足と疾走も兼ねての散歩をしてきたが、帰ってからというもの、あらかじめカップに入れておいたインスタントコーヒー豆に帰ってから沸かした熱湯を注いで、労いのコーヒーを用意した。
初めて口にする銘柄であったが、この疲労を癒すかのようであった。
そして、とてもおいしく感じられた。
この銘柄がそういうものなのか、あるいは疲労に相俟って味を助長させたか。
何にせよ、いつも以上においしく感じられたのは明らかであった。

・・・・・・最初の方は香ばしいコーヒーの味わいだったが、後ろはすっぱかった。




この寒中ランニングは、当然寒さに耳などがやられ、眼は目的地への到達に先駆け冷たい空気に悲鳴を上げていた。
呼吸をすれば、やたらと冷涼な空気が口腔から咽喉及び肺腑を支配する。
長く走れる人間には好都合なはずだろう。
それさえも我が身を苛んでいたのだろうか。
こんな調子で寒空の下を行く私が家に着いたら、正しく憔悴の色が露になった顔が鏡に写されたのである。

というわけで実際の写真が上だ。
目の下が赤みがかっている反面、周囲は黒ずんでる?蒼白?
頬がこけてしまわれた。元々な気もするけどね。
ちなみに、脚や膝に関しては、痛まないように気遣いながら走ったので平気。

それと、どうでもいいけど車の通りが多い道では、街灯や車のランプによって形作られた私の影が、この宙に舞う長髪をも演出していてかっこよかったよ。。。
こんな感じの文章を綴ってるのも、散歩帰りからほどなくして、だね。
2回目の点線以降から打ち始めてここまで約30分。

2014年11月15日土曜日

振り仮名が4文字以上になる動詞と形容詞(送り仮名付き副詞・名詞も)

ネット上を探しても、思いの外、整然とまとめてるページが見当たらなかったので、この私のブログで無味乾燥の備忘録の役目を果たそう。
50音順にて列挙。

※慣用的・汎用的なのは一通り網羅したつもりだけど、諷る(あてこする)や註す(ときあかす)など一般に用いられないものや当て字じみたものまでは全て載せるの億劫。
ネット上の某所にざっと載せてるページがあるが、そのリンクは教えないもん。。。
検索スキル高い人は是非見つけてみてね。。。

※「須らく」や「惟みる」など、使用者によって送り仮名が異なる場合もあるが、ここでは便宜的に、ギリギリ抵触しなそうな語句も載せる。


【4文字の動詞】
論う(あげつらう) 憤る(いきどおる) 蹲る・踞る(うずくまる) 仰る(おっしゃる) 惟る(おもいみる・おもんみる) 覆す・覆る(くつがえす・る) 志す(こころざす) 遡る・溯る(さかのぼる) 唆す(そそのかす) 奉る(たてまつる) 司る(つかさどる) 仕る(つかまつる) 滞る(とどこおる) 辱める(はずかしめる) 跪く(ひざまずく) 翻す・翻る(ひるがえす・る) 謙る・遜る(へりくだる) 迸る(ほとばしる) 政つ(まつりごつ) 臠す(みそなわす) 弄ぶ・玩ぶ(もてあそぶ) 蘇る・甦る(よみがえる)

【5文字の動詞】
承る(うけたまわる) 慮る(おもんぱかる)

【4文字以上の形容詞】
黝い(あおぐろい) 潔い(いさぎよい) 著しい(いちじるしい) 堆い(うずたかい) 恭しい(うやうやしい) 夥しい(おびただしい) 忝い(かたじけない) 囂しい(かまびすしい) 快い(こころよい)

【送り仮名のある副詞・名詞】
予め(あらかじめ) 剰え(あまつさえ) 苟も(いやしくも) 悉く(ことごとく) 須く(すべからく) 蔑ろ(ないがしろ) 蟠り(わだかまり)


【ネタ】
譫る(うるさくしゃべる)


【雑学】
櫛風沐雨(櫛る→くしけずる、沐う→かみあらう)
漱石枕流(漱ぐ→くちすすぐ)
など、漢文の訓読では便宜的に当て字を作られていたりする。
この3つの動詞は、この用法以外には見られない他、無理やり使うと痛かったりする。
上2点の漢文の意味については検索されたし。


【出典】
1.俺の知識 
2.俺の知識を元にGoogleで検索して、かかったサイト
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=98955&id=22121723
http://amel21.blog.ocn.ne.jp/amel/2006/06/post_e799.html
http://mimizun.com/log/2ch/gengo/1104961555/
http://www.geocities.jp/meredy4101/collect.html (普通の閲覧方法では文字化けします→じゃあ見られる方法教えてよ→知ってるけど断ります・・・無慈悲。。。)

2014年11月13日木曜日

自社ブランドの矜持と、プライベートブランドへの迎合

PBというものに対し、数年前の私はおそらく「PBへ加担する企業は、自社ブランド(NB)を推すと損を被るため、PBというあえて個性を廃してリーズナブルな価格設定を容易に実現できる道へ走ることを得策としている」と考えていただろう。
現在でもPBの基本構図といえば、これに変わりがないはずだ。

母親が日用品はもちろん、食品から洗剤までトップバリュを選ぶようになってからというもの、殊に食品は製造所固有記号を検索して製造しているメーカーを探る性癖が定着した。
元々小学生の時(3年生以降?近年のメーカー名秘匿の策略が未施行の頃)に極稀に母親がトプバを買った際、「あ、このラーメンは日清なんだ」など、トプバにあの即席ラーメン界の王者(当時)・日清食品が提供しているという事実に驚嘆した記憶もあった。
この頃からトプバひいてはPBの性質を理解していたのである。

先述の「検索」をしていく経過のうちには、この小学生の時と同じような感想が頻出する。
例えば「ココアはやっぱり森永」と謳う森永製菓が、トップバリュとココアの契約をしていたり、ポテチ業界でコイケヤと双璧を成すカルビーもまた、トプバとポテチの契約をしている(もちろん他の会社もあるが)。
日清→J706とJ708、森永→J224、カルビー→A1NU、A1G、A1b(A1Yは他社、シリアルはA885)

このココアやポテチなどは、自社ブランドの包装の元に陳列された商品と遜色ない味になっているか?
意図的に、それらとは異なる味にされているのだろうか?
まあこの疑問は、実際にトプバ版と自社ブランド版の両者を手にして成分表や原材料名など照合すればよいが。

日清以外の上記ブランド矜持企業のトプバ参入時期は不明だが、やはり小売業のイオンなどは、実のところ日本経済を牛耳っていて、各種製造業のメーカーを傀儡たらしめているのだ。
これからもこの波濤がじわじわ寄せてくるのは想像に難くない。
多くの企業が蕩ける中で、その趨勢を頑として厭う立場をとれば孤立していくのだろうか・・・。

ところでまあ、日清食品については「トップバリュ」や社名の「イオン」さえ無い頃からプライベートブランドのような製品としての提供をしてきたようである。
1974年、現代ではイオン社のPB第一弾と称されるカップ麺が、まさに日清との提携である。
これは流石に小学生の時に知ることは無い。



いずれにしてもこの現代にあってインターネット上のレビューにて、日清製のTV(トプバ)袋ラーメンを「日清のものの方がおいしい、これはまずい」とおかしな評価を付ける者がいる。
10年近く前の小学生ですら知っていることを知らずに傲慢なレビューが出来る大人がいたものだ、と思えてならない。
それともこれは私の誤読で、レビュワーは一応この事実を知っているが「日清のもの=日清の装丁・NB(ナショナルブランド)の方がおいしい」と書きたかったのだろうか?

他にも、「もう買わない、大手メーカー圧倒的勝利」と、TV(トプバ)の袋ラーメンよりも、どこと知れない「大手メーカー」を持ち上げる声もあるが、まさかイオンが独自で工場を設けて一から作っていると思っているのだろうか、(天才的な小学生当時の私に対して)幼稚園児じゃあるまいに。
これが世間一般のお偉い人である。


2014年11月12日水曜日

ギリシャ語の形態素・語根の研究と面白い話 "Greek Roots"

当ブログドメインの"Lesbophilia"は、私のような者ならすぐに意味を理解できるかもしれない。
無論、Lesboとはレズであり、フィリアは性愛なので、深い説明は省略。



↓面白い話
Pedophiliaの"Pedo"と、Wikipedia原型のEncyclopediaの"Pedia"はギリシャ語が由来となる語根"Paed"という共通の祖先(語幹、語根)を持つ。
前者はロリコン、後者は百科事典という意味が一般的だが、その意味がどう共通するかといえば、ペド=小児、フィリア=性愛、エンサイクロ=普通、ペディア=教育となり、ペドとペディアは小児や教育という僅かに通じた原義を示し、裏付ける。
そこで、ギリシャ語で転記すると、ペド(paedo)はΠαιδό (paido)で、ペディア(paedia)はΠαιδεία (paideia)となる。

一見なんの共通点もなさそうなペドフィリアとエンサイクロペディアという両単語は、ギリシャ語由来英語であり、「何とかオ何とかイア」の発音を含めた上に、ペドやペディアは本来共通の祖先を持っていたことにもなるという衝撃事実を知ることが出来た。
また、前者のPaedは接頭辞になり、後者のPaedは接尾辞になるという変化も窺い知れた。
ここでもう一点補足すれば、ギリシャ接頭辞は"o"がつく習性、ギリシャ接尾辞は"ia"が付く習性を知って頂きたい。
iaの場合はあくまで名詞を表したい場合のもので、形容詞は"ic"など、その時の用法にあわせて変化させる必要がある。
もちろん全てを"o"や"ia"の変化に適用させられるわけではないことも覚えねばならない。

そこで、当ブログドメインの"Lesbophilia (レスボフィリア?レズボフィリア?)"の話をすると、私は命名当初"Lesbophile"という、敢えてphiliaでなくphileという反骨をしてみたかったのだが、こちらはなぜか、2003年からドメイン取得済みで先客がおったために、敢え無く断念したのだ。
ちなみに、"Lesbo"は当然ギリシャ接頭辞だが、実はこれ単体で「レズ」を意味する名詞になる言語があり、それがフィンランド語だ。
おそらく他の言語にはないと思われるが、これを知るきっかけになったのが、フィンランドのネットを揺るがした幼女"Emmi Prp"ちゃんで、"Lesbo"というタイトルの動画を投稿していた。



※ここまで全文は11月10日に書いたのだが、12日になり更に多く学べた。
Philiaは、元の語根が"Phil"であるのは法則上明白だが、ギリシャ・ラテンのような学術的言語の今日に於ける用途は多岐に渡るもので、この語根"Phil"も漏れない。
それが、「哲学 "Philosophy"」である。
語根"Phil"とは本来「愛、友人」などの意味を持つ。
転じて接尾辞Philiaは「好き→性愛、性的倒錯」の意味を孕むようになった。
Philosophyの接頭辞Philoも同じく「好き」の意味を持つが、当初は「愛などの感情を学問にした」ことが理由かと思ったが、"Sophy"の語根"Soph"は「賢いこと」を表すので、「知を愛する、賢くなりたい」という方が実際には正しい。
また、"Phil"は先ほどの語根"Paed"と同じように、接頭辞は"o"がつく習性、接尾辞は"ia"が付く習性を唱えて適用できる作りになっている。
PhilとSophはギリシャ文字でφίλος(フィロス)とσοφός(ソフォス)と綴る。

語根"Soph"を"Sopho"と接頭辞で用いる例は見たことがない。
もちろん私がただ「寡聞にして知らない」だけかもしれないが、実際に無理やり調べても一般的に用いられる語はないようだ。
そこで自分の持つ知識から造語を捻り出してみると、"Sophophobia"が浮かぶ。
また、Philosophyの語順を並び替えて"Sophophilia"と書くことも出来る。
ここで、語順から察して"Sophophilia"こそPhiliaの慣例から「知識性愛=知を愛する」ことになるが、なぜ"Philosophy"の方が罷り通るのか。
これから鑑みてそれこそあべこべのようなのに。
実際Wikitionaryの"Sophophobia"を見ると"The fear of learning"学習への恐怖とある。
ならば"Sophophilia"も「知識性愛=知を愛する」ことになるのに、語順が逆の"Philosophy"が「知を愛する"The love of wisdom"」扱いになってるのは完全に狂ってる。

※2016年に追記すると、どうも"Miso-"という接頭辞が"Philosophy"における"Philo-"という用法と似て先に言う「あべこべ」のような効果がある。その接頭辞"Miso-"は、接尾辞"-phobe, phobia"と似た"Hatred of..."などの意味である。こういった複合語"compound"の構造について、私の浅学ではこれ以上触れない。



あまり関係のない話に変わるが、最後の雑談や豆知識と思えばいい。
Philia初めとするギリシャ語幹におけるPHなどの特殊な綴り方は、元となるギリシャ文字の転記の結果になる。
ラテン語系では、PHの発音がここでやっとFに変わる。
Fという文字の概念は、ギリシャ語時代に存在せず、相当する発音をPHが補っていた。
同時に、ギリシャ文字のローマナイゼーションでは"AE", "PH", "RH", "DY", "HY"は英語だと語末に付くのが普通だが、ギリシャ語のロマナゼは語頭にしばしば付けられていた(HydroやDysなどが著名だが、多言語では特異だろう)。

ところで、「ネクロファンタジア」という曲名に改めて感嘆しよう。
ギリシャ語根の性質を知ってか知らずかはともかく、2003年頃にして見事に踏襲されている。
個人的には"Necrophantasia"と"ph"で綴りたいが、一般的には"Necrofantasia"と"f"で綴られる。
それは前のボスキャラテーマ"Necro-Fantasy"の文字列の影響かもしれないが、あるいはもしZUN氏公式見解というなら、これに従わねばならないのであろう。


2014年11月11日火曜日

最近の片手なべ料理


10月31日 普通のラーメン+具材

食材 即席ラーメンと卵1つと豚肉・もやし
調理の流れは説明を割愛。




11月10日 思いつきチーズリゾット(おかゆって言えばいいじゃない!)

俺の部屋の食材 
・9日に炊いたご飯(適量) ・ハーフベーコン(2枚)
キッチンより調達
・味噌(適量) ・鰹節(適量) ・料理用の溶けることが売りのチーズ(適量) ・お好みの調味料(適当に選んでガラムマサラが気付けば俺の手に・・・)

簡単に手順の説明 - 適度、適量、フィーリング。
1.ベーコンを適度に切って焼く。 2.ベーコンを引き上げたら水を張り加熱して、温まったところでご飯を投入。 3.茹で続けてある程度ほぐれてきたら、味噌や鰹節を投入。 4.丁度いい味わいを見極めたら、チーズを投入する。 5.ベーコンを飾って完成。

作るも食べるも一緒だよ、の精神で片手なべのまま頂いてください。

食べ終わった感想「チーズが足りないね。チーズのとろける感じを楽しみたいならもっと入れれば、太ることを気にせず『これでもか!』とばかりにぶち込んでしまおう。あと、冷凍食品のブロッコリーの存在を思い出してしまったが、これは使うべきだった。色どりって奴ね。それと、調理中からの疑問で、トマトケチャップとか入れてもいいんじゃないかという気がした。」



食後の一品「自分で剥ききったリンゴ」
感想「甘くておいしかったよ。でも、一人で1個を短時間で食べきったから途中でウンザリしてきたよ。それと、動画撮影中に残ってたリンゴはすぐに酸化で変色し始めたね。」
実際に食した動画 http://www.youtube.com/watch?v=t-xsnPI528g

2014年11月10日月曜日

苦手な菓子についての見解

食料の供給は母親の週1~2の買出しに一任している、と言いたいのだが、飲み物など足りない気分を補う場合は自分で自販機に赴く。
それで今部屋にある菓子といえば、数週間前の親の買い物から残ってるガムと、1週間前の清涼菓子と名称の欄に記入されてるものである。
私が苦手とする菓子は「飴やガムなど」と認知しているが、清涼菓子の類いは、この「など」に含まれているものの、適切に言い表せずにいた。
そこで好きな菓子と苦手な菓子の法則を見出すことにした。

好きな菓子は、真っ先に浮かぶのがチョコレートの系統のもの("系統"であるから、板チョコなどはこの限りでない)、続いて色々。
またも「色々」などという曖昧な表現でつかえる。
苦手な菓子といえば上記の通りになる。


思索の結果、好きな菓子は「何かしら飲み物に合うもの」と断定した。
苦手な菓子はそれに反するものである。

チョコレート系はじめ、好きな菓子といえば牛乳や紅茶に緑茶、コーヒー、場合によって炭酸飲料に合う事がある。
緑茶は和菓子で、炭酸飲料はポテトチップス系のスナック菓子を指す。

苦手な菓子は上に挙げている飴やガム、清涼菓子など飲み物と一緒に食べることは想定されていないし、俺としても口に合わない感想を持つはずだ。
個別に非を挙げれば、飴やガムは長時間口に残して、溶かすなり噛むなりを意図しているわけで、俺はその味が長く残ることに不快感があるのだろう。
この故に飲み物で流したい考えを持ったのだろう(飲み物の味は良しと出来る)。
残る味に歯が溶けそうな感覚が不安のようだ。

だからといって、特にガムのほか「清涼菓子」などで多く使われるミント系の味も好まない。
あの味が舌に残るとしばらく何も食べたくなくなるが、その故に歯磨き粉などに使われる面もあろう、夕食後に歯を磨いてすぐ食べだしてしまうことを防ぐなど。
もちろん、歯磨き粉はガムと同様「口に残る」ような味わいを排除すべく、ミントが使われることこそ目的と見られる。

また、それらの一部で甘味料を主体とした甘みも苦手か。
これは一部炭酸飲料にも合致するが、やっぱり飲み物は別腹(別舌)っぽい。
甘味料といっても多種あるが、例えばガムには多くキシリトールが配合され、飲み物(炭酸飲料等)では・・・検索。
口に残りやすい甘味料というのは、とある炭酸飲料に多く使われ、夜飲んで朝起きても舌に残っているものだ(甘い夢が見られそう!?)。


もう一度結果に振り返れば、菓子は飲み物で流したいという願望があるのだろう。

2014年11月9日日曜日

身辺の事象を文学調に綴る秘術

以前は、身近なことを歌に詠んでみせようという記事を書いた。
今回の試みに従い、以下で、およそ1時間前=11月9日4時前の一件を表す。


「琥珀色の液体が杯に注がれた。芳醇な香りは俺の周囲に漂う。口を付け、一気に呷る。舌から喉へ、液体だというのに焼けるような刺激が迸る。直後、俺が咳き込んだのは言うまでもなかった。一段落した頃合に、空気を貪る。それ以後は喉に痰が絡んだ如くであった。」


ツイッターばりの140文字未満で表すとこうなる。
冒頭の文面は、いつかの「久遠の時」の様相を呈しているか。
「迸る」の意味を、なんとなく誤用している気がしなくもないけどね。

琥珀色で、芳醇な芳香を放ち、それでいて咽喉が焼ける感覚の液体の正体とは?
勿論、17歳たる私はそんな法を破る真似は一切しておらず。
恐ろしや、恐ろしや。


私は数日前より、全部で110話ほどあるが未だ完結しておらず、2年ほど前から更新が止まっている小説を見始めた。
膨大な話数のみならず、1話あたり平均15,000文字あると見られ、文字数のカウントをすれば20,000を超す話もある。
これが更新分では110話ほどあるというのに、未だ完結に遠いのだから驚きだ。
近年は、ネットで長期間活動していて途絶え、何も告げぬまま失踪する者も相次いでいるので、この作者はもう帰って来ないかもしれない。
足跡を辿れば、1年半まで自前のBBS上にて書き込みや応援メッセージ等への返答はしていたようだが、それも音沙汰なし。
この状況とこのネットご時世も相俟って、復帰を期待することは、私にはできない。
それでも一通り読んでみたい欲は沸いているのである。

この小説を読破するのも勉強の一環にあるが、これに疑問が沸く者もいるだろう。
小説を読む程度なら確かに、多くの人間に出来るだろうが、まずこの長い小説を面白くとも退屈であろうとも読みきるという精神訓練、続いて難解な語句の頻発にも検索という対処法を用いて解決させ、語義を頭に叩き込む。
これで十分に勉強や訓練となりうるのだ。
特に私には丁度いい。
成果は今のところ、己の知る内にて実感できている。

精神訓練というのは、身を削る難点もある。
視力が著しく落ちたり、ページ画面を睨むわけだから色が目に焼き付く。

反面、言語的な部分は向上が期待できる。
難解語句や言い回し、表現など未知のものから、既知ながら忘れかけていたものまで網羅されているので、いずれも俺の脳の活性化に繋がる。
普通の人ならばこれに至らず、漠然と読むに終始するか。

ただ、前の記事にも書いた通り、疲れてる俺がこれをやってもあまり頭に入らないのではないかという疑念もあるし、疲労に拍車をかける弊害となれば問題だ。
俺はずっと迷いがある。一日くらい休息を得てもいいとね。
昨日も小説を読む以外に絵を多めに描いたりした。
この文章を猛烈なスピードで打ってる今、両腕に疲れがのしかかる。
座り続けでケツがぁ、食事後の胸焼けまで襲い掛かる(いつものこと)。
斯くしてこの文章は4時50分頃から5時半過ぎに書き終えた。



オマケの追記だけど、その私が読んでる小説で面白いところを特筆すれば、性的な描写や情景と、キャラ外見を表す記述の性的誇張が一切ないところだね。
キャラ間の恋愛感情の類の描写も見られない。
一部キャラの回想に故人のキスや、歓楽街で水商売の客引きシーンとかがあるくらいだ。
女性キャラの美しい容姿を表す際も、髪型と髪色や瞳の色、服装などに留める。
性的暴力や誘惑だとか、風呂系とか、夜這いっぽいのとかは有り得ない至って硬派な文学って感じがある。エロは棲み分けてる?
近年の作品なら概してえっちぃのがあるし、いわばお色気あって然りなわけだから、そんな「工口なくして人気なし」を謳う作品達とはまた一線を画する。
そんなどうでもいいことに着目するというのがねぇ。

もう一点は、長いゆえかは知らんが、誤用や誤字や誤変換の散見で、これを見出して脳内で照らし合わせるのも勉強の一環になってると思った。
俺って捻くれてるのかね、普通の評価してないよね。。。きっと。

2014年11月6日木曜日

勉強のしすぎが災いして目の充血が酷い

最近疲れているのか、頭が冴えないという意識ばかり俺を苛んでいた。
この5日ほどは自身の能力への懐疑や、ひいては多くのことにも悲観視気味でいた。
1日くらいのんびりしてもいいと慰めたかった。

右目が痛む。PC生活なんて長年の慣れっこではないのか?
この頃は勉強に没頭していたのかもしれない。
やはり焦燥感があったのか、思いつめていたのかもしれない。
休みを適度に挟むべきだとなんども呵責していたのに、体は言うことを聞かない。
休息こそが怠慢で、休息こそが遅滞なのだとばかりであった。

俺はやはり働きすぎるきらいがある。
真面目に勉強を頑張りすぎていた。
この、高度日本語や英語などの言語、その他さまざまなこと。
1日でも休みを挟むことが著しい減速たりえるのではないかとは杞憂なのだろうか?

逆に勉強しても言葉が頭に入らなくなってきてるのは、食生活が悪いのか就寝時間が乱れてるのか、はたまた頭の使いすぎによる疲弊なのか?精神衛生か?
睡眠時間であれば、7~10時間ほどの適量を取っている。
就寝時間の乱れとは、寝始めるタイミングと、その規則性の維持である。
例えば、毎日夜10時に寝てるよ~とかが好ましいという意味である。
1ヶ月という、長くも短い時間を見晴らせば、私は朝であれ昼であれ夜であれ夜中であれ、寝ている場合がある、それを乱れと呼ぶ。
私の就寝とは、規則性を問う必要がなかったり、尚且つその時次第で順応させねばならないため、寧ろ規則性を廃す、撤廃させる方が生活体系に適合しているのだ。
いつ寝るかどうかっていう問題は、別に今に始まらず数年以上前からこうだろうけど。

目の話だが、もともと充血の傾向にあったのだが、やはりもう少し労わらねば。
もとあった憂いと、今の状態の相乗効果で、不安が膨れ上がった気がする。

2014年11月5日水曜日

宗教の教えを基盤に確立する組織

大きな主題には、大前提を説く者がおり、更にそこで肯定的・否定的な意見が衝突する。
これは宗教の大教祖が究極の教えを説いて、それを学んだ・惹かれた後世の人間が細かい解釈を見出すのだが、更にそこでその解釈に賛同する者から、反発する者もいるのだ。
要するに、この原則にのっとりたい。
今日の日本でも宗教と異なる主題において、多くはネット上では音楽にしても何かの作品にしても、細かい階層のなかで派閥が形成されており、それぞれの主張が唱えられている。
ネットのあたかも誤りが正しいかのような強弁が散見されていて、そんな中で真理を見出した私が道理を尽くしての教えを確立したいのだ。

と書いておいたが、何の教えを確立させたいかといえば、ある事象についてだ。
不肖横野真史、齢十七の若くて青い獅子である。眠れる獅子、獅子奮迅。
あるお偉い方は19歳に修行を始め、四十余年の説法を経てより究極の教えを説いた。
17で探し始めるならば前途有望であろうか。
青いとかって書いたけど、好きな色は赤と黒である。

邪見の卑しい者達の我見が跳梁跋扈しており、それは短絡的であった。
今の私はまだ勉強が足りない身であるが、道理を尽くして説き伏せられる。

回りくどかった。ある事象とは、同一視されがちな「ニート」の存在である。
私は17歳ニートにして引きこもりだが、研鑽の邁進を怠らない。
私のように若いニートたちが今も日本のどこかで苦しみ悶えながらも学んでいるのだ。

ニートは概して無気力であるとか、バカであるとか、他にあたかも主体性がない人間のように例えられたり、斯様な讒言が蔓延しているものの、反面私のように精神的・金銭的な協力者や支援者なく、ただネットなど最低限の勉強道具のみの状況下で、細い生命線で、崖っぷちの研鑽を続ける者もいるのだ。
云わば慢性的に無気力だとかの讒言はオールドタイプで、以前も書いた「私の定義におけるネイティブニート」では合致しないし、あまり一括りに容易な評価は避けるべきだ。
当事者を騙るか、あるいは当事者だとしてもニートの全てがそうであるとか、ニート歴が長いと一様にこうなるとか、それはその人がただそういう人間なだけである。
私にも一時的に無気力気味な時代があったが、2013年から正義(しょうぎ)に目覚めた。
また、私のような正しい道を行く者を私は増やしたい。
同志の存在を確認しあって、共に自信を持って邁進できるようなネットを築きたい。

某寮だとか職業訓練校だとか更生施設だとかは、社会通念に準じたばかりの画一的人生を与えるに過ぎない。
私のように数々の不条理や不遇を受けて生きながらえた若き者には不要なので、ネットがあるならば情報の取捨選択、慧眼で見抜いて邪念を振り払い、須く研鑽に邁進すべし。
道筋は、学問でも絵や音楽のような芸術でもなんでもよい。
各々の価値・魅力・個性を醸成し得るものを自身の趣向に適うものを選べばいい。
私の母親は未だに画一的人生を望もうとするが、それなら幼い頃からその線を徹底すればよかったのに、との一言に尽きる。
私は頭が良い上で主体性を持ち、邪見を払い除けることはできるが、上の弟は私と同じ中卒無職でも、生き方から育ち方が大きく異なるため、同種のものではない。

まあこの話は置いてね、新たに正しい教えを説きながら、邪義を唱え流布するネットの愚者を徹底的に諫めて破すことは、あたかも宗教の成立(立教)や宗派の分裂(分派)のようである。
宗教について学んでいると、様々な事象が宗教に当てはまっているように思う。
また、正しい教えを説くと怨嫉が巻き起こるという仏法の定理を忘れてはならない。
第六天の魔王や三類の強敵だとかのあたりである。
私の思想の台頭以前から悪鬼の跋扈が起きているのは何故か?

ひとまず、「ニート研鑽連盟」だか"Neet Educational Association"だか、何かしら命名?
準ずることは、教義理念の固持であり、平易でシンプルに表すべきで「一に誤った認識を正すこと、二に研鑽に努めること」などであろうか。
思想体系は「ニート化の奨励や助長ではなく、私のような状況に陥り普通の道が難儀な同志の苦しみの心を済度し、学問や芸術の道を共に研鑽して開花させようという現代的ネット組織」とする。
教義や教団の確立、そして教祖とは威厳や偉大さが見えるものだ。
私はそんな歴史上のあらゆる教祖たちと肩を並べるか、今後数十年だけでもそんな風格やカリスマ性を維持できるだろうか。
この事象は現代日本社会ほど狭い範囲にしか適用されないだろう。
故にそんな短期間でも割と長いはずだ。
そんな人間たりえる素質を持っているか。



※いつもだと寝る時間に半ば混迷状態でこの文章を書いてて、雑多になった気がする。
今日も魔の障りで、やろうとしてた目的を捨ててしまいかけたが、典型的な天魔か強敵などが修行を妨げるために誑かしてきたに過ぎないので、眼中に置いてはいけない。

2014年11月3日月曜日

謙遜と嫌味の区別 - 自己紹介で自分を謙る表現の御法度

自虐のつもりが、不特定多数への中傷になりえる。

自分を謙って「○○しない××な人間」や「○○だから××」と言うことは、一見謙虚のようだが、そういう表現の仕方は、同じ「○○しない人」や「○○な人」も、「××」へ一緒くたに該当させるので、私は控えるようにしているか、そういう表現を見たときはいい気分がしない。
自分が思っている範囲外に、不快感を与えていることには気付けない。
俺が読者を不快にさせたい時に意図して変なことを書くことはあっても、このようなことは有り得ない。

他に、「私は△△が下手です」と言ってる割に上手だったり、「私は△△に関して弱いです」と言ってる割に強いというのも、自虐のつもりが、多くの人に対する自惚れ表現になってる。
平易に言い返せば「お前より上手いやつなんて逆に少ないぞ」ということだ。
そんな人が能力の謙遜をしても、嫌味にしか聞こえないだろう。
「自分なんて大したことない」と容易に自己評価することが、かえって反感をかうだろう。

前1例を言い換えれば、その自虐が相手に向けられた際、分かりやすくなるということだ。
例えば「お前は○○しない××なヤツなんだ」や、「あんたって○○だからいつまでも××なんだ」のように書いてみれば、あたかも人格否定のような罵言となるのだ。
これで分かるとおり、あまり安易な自虐は止すべきだろう。
何であれ〇〇と××に、本質的な因果関係は無いし、科学的な証明ができないにもかかわらず、言葉を用いる当人の価値観で勝手に因果関係が断定されている。

それら2例の自虐表現を用いる人間は、この点の他にも、相手に不快感を与える表現を、知らず知らずの内に平然と用いることが多いため、諸君も言葉遣いに注意を払うべきだ。
自分を謙って紹介する場合は、特に前1例のように何かの要因を絡めた上で「自分はダメな人間性の状態」、のような表現を避けるべきである。
特に見ている誰かを傷つけるかどうかは、臨機応変に考えて言葉を選ぶ必要がある。
発言者がどんな人間であれ、私の感情としてそれらの表現は全てが一様に腹立たしい。
以上、17歳自称言語学者。

慇懃無礼 へりくだる 嫌悪感 表裏一体 紙一重 真理 自覚 日本語 レッテル貼り 短絡的



以下、後日追記となる。
例えば筆者、横野真史は「17歳・中卒・B型埼玉生まれニート(あとハゲあり)」である。
ここからストレートに表現する。
「17歳の若造ですが~若輩ですが~」あたりはよくあるへりくだり方だとしても、「17歳中卒のバカで~す」とか「B型だからだらしない奴です」とか「埼玉生まれでダサくてゴメンね」とか「ニートでどうしようもないんです」などと自ら口に出すことなどは考えもしない。
このような自己紹介の仕方は、へりくだることで自分への評価を上げるどころか、頭の悪さを露見させ、かえって評価を素で落としかねない。
また、B型以外の血液型の人が自分の非を並べて「B型っぽい○型」等と言うことも、学生やフリーターなどニートでない人がニートを自称して「ニートのような怠け者」だとかと自己紹介することも同様に、見識ある人間からは嫌悪を蒙るのみである。
単に発言者自身が背負っている汚点を、別の概念に転嫁しないでほしい。

「17歳=若い≒未熟」、ということはよくある口上で通るとしても、それ以後の肩書き群がそのまま諸々のマイナス評価に繋がるなら、偏狭な感情に起因するものであろう。
上記のような「○○=××」も「非○○=××」という等号不等号の図式は必ずしも成立しない。
風評の一元で物事を捉える人が特にその状況に置かれて、そういう自己紹介をするということが多いようであるから、それらのサイト(SNSなど)に入り込む気は起きないものである。
ただ、たまたま虎穴に入って虎の子を得たように、こういった記事を作られる。

2014年11月1日土曜日

険悪な会話に倦厭する俺。

今日は昼頃に宅配便の人が来たようだが、どうも母親は出ずに弟が代わりに対応したところ「ママはトイレ」などのことを言って追い払ったようだ。
これに対し母親は「そんなことを言うな」「普通に受け取ればいい」「私がいなくても受け取ることは出来る」と激怒した。なんか最近も前例があった気がするけど。

夕方に、追い返された配達が改めて来て、母親は応対の開口一番に「すみません」などの詫びをこめていた。
その後、また別のものが届いて母親は弟に対応の練習をさせたのだが、弟は混乱してしまい、かなり焦って業者到着~応対・受け取りまでに2分ほどかかってしまった。
応対までは、母親が弟へ応対の催促をする大声と、恐れてパニックに陥る弟の大声で阿鼻叫喚そのものであった。

こんなことなので今日は母親は機嫌が悪いのか、18時をまわったころ、弟の別件(干していた洗濯物のこと)でまたもキレて叱っていた。
その数十分前も別件でキレていたような。。。

こんな険悪で、殺伐とした会話をひっきりなしに聴かされていい気はしない。
そう思う俺であった。


弟=知的障害持ちで現在中学2年生。
思えば、俺も小3くらいの頃に同じようなことがあった気がする。
母親が風呂に入っている旨を伝えて、相手を追い払ったとかね。

今日はこのこともあって、母親が俺に「私や弟の代わりに出てもらえないか」という風に聞いてきたが、当然俺が対面とか弟とは違う理由で嫌なので断った。
2度聞いてきたが、2度とも断った。
同じような聞きかたじゃ変わらないよ。
例えば「誰も出られなければ、母親はネットショッピングが出来なくなる」、「誰も出られなければ、母親はずっと再就職できない」などの理由を付け足してくれれば、もう少し考えるんだけど。


ちなみに、配達物のひとつは、みかんである。
19時前にダンボールを開封したようだが、19時過ぎみかんを食べ始める前からまた争い始めたので、会話内容を書き起こす。

弟「お母さんの友達をねぇ、殺すことを考えた!」
中略
母「お母さんの友達だとかそんなことはどうでもいい!みかんをおいしく食べたい!休ませて!」

「ママに友達なんているわけないじゃない」というネタの絵を、10月30日描いた矢先に、また弟は「お母さんの友達」云々と喚いた。
母親も、最初からおりもしない「友達」について触れられて、複雑な気持ちが・・・というか、母親の感情になんの繊細さもないしそれは有り得ないか。
友達なんていない、という私の意見の記事は本家ブログにもある。
http://masashi.doorblog.jp/archives/40201560.html

誰にでも友達はいるわけじゃないし、弟にとっては「特別支援学級の子はみんな友達」なのだろうが、放課後や休日に互いの家に招いて遊ぶような友達を俺は見たことがない。
また、10月30日に描いたとする絵は、またの機会に本家で載せるだろう。

11月18日の記事に載せた→http://masashi.doorblog.jp/archives/41358141.html


2014年10月30日木曜日

女子小学生は髪型でも家や親の像が少し把握できる

向かいの家の娘(小1か2)の髪型はおよそセミロングだが、陰で見守る私としては、私ほどにまで伸ばして頂きたいと思っている。
向かいの家の娘の話はほどほどにし、題について触れる。
女子小学生はそれくらいの長さほどかそれ以上の場合は大概、育ちがよかったりする、というか、割と親の教育がよかったりする。
顔つきなどもそれなりによかったりする。
もちろん髪が短くても優等生っぽい子は優等生ではあるが、長いほうがこの傾向にある。
参考動画→http://www.youtube.com/watch?v=qo1HdBHfYE8

なぜなのか、私が髪の長い子を好いてるだとかではなく、やはり幼い子供の美貌に親が割と干渉しているというのは、「教育の信念」があるということになるからだ。
だから髪が長い場合はその傾向が強いとし、短くても綺麗な子なら当然これまた同じことが言えるのだが、やはり小学生を見ると案外短い子が多いので、長いほうが少数派で見分けやすいために、私はこう鳴らしているのだ。

もちろん長い子みんな、一概に優秀とは言わないよ。言わないよ。
DQN系やギャル系の親が茶髪にして伸ばしてる場合とかもあるし。
でもまあそれもまたそれで、親の信念が見られていいかもね。俺は苦手だけど。


それでは向かいの家の娘は、果たして優等生タイプか?
現時点では判断不能だが、家は新築で大きめなので親がやや高所得である。
また、親戚だか友達だかの出入りも散見されたり、彼女自身変にテンションが高いように思う(あのまま育ったら変な子になっちゃうけどね)。

我が家もいえば、私がそんな年のころは父親が都内勤務の会社員だったり母親は主婦の時もあれば、小5別居以降は北海道に遠征して薬剤師を再開していた。
・・・今は介護のせいで依願退職して(8月に祖母入所させても)無職なんだけどね。
祖母のことが8月入所以降は一段落してもまだ仕事を探す気はないっぽいし。
十分高所得だが、別居の原因は普段から喧嘩が絶えず、母親の浪費が発端で。
教育がド下手な母親のことはいつかまた別に書く(過去にも書いたけどね)。

私自身の頭髪は1歳の手術でハゲ、小5の時はネット中毒で男子随一の長髪だったかも。
それから中2まで普通の髪型でいたが、中2夏から切らなくなり、今じゃ日本の17歳男子、ひいては10代男子の中でも最上位を争う長さに至ってるはずだ。
私は生まれつき頭がよくて小3一学期から小4二学期までの不登校の間、勉強なんてほとんどしなかったのに、転校した学校ですぐ授業が追いつき、バカ真面目に学校通って優等生ぶってる奴らの点数なんて嘲笑えたほどだったけどね。
私の髪が長いのは、逆に私の自由意志か、あるいは私が切る気がないor切りたくないの影響で小5の時も今も長いだけだった、ということだ。


この記事に限らずだけど、一人称がその一文の文脈で「俺」と「私」が混交する。
今回は「私」で統一したけどね。
ページ内検索で「俺」と打ち、この記事内の「俺」を淘汰・ホロコーストだぜ~
ちなみに、今の俺がいくら頭よかったとしても、やれ高校だのの勉強が同年代に追いつくなんて自惚れていることもないよ、興味ある学問の研鑽に邁進すればよろしい。

「髪 指導」で検索すると、今年8月のニュースが検索に多くかかった。
福岡市の小学校で、茶髪の指導に子供が精神的損害を被ったのでその親と仲間が学校側に恐喝で現金を脅し取ったそうだ。
福岡らしいよね、みんな苗字が違うのは結婚もせずヤリまくってガキ孕んだからで、しかもワルの友達が同調して仲良く凶行に共謀してるんだから。
他地域じゃ、仮に一人ワル女がいてもこんなワル友達作ってのっかけないよ。
一人キチガイだと心許ないし、学校側も仮に一人に脅されても、シタテに出はしない。
これまた狡猾な学校側は、言われるがまま金を差し出し、奴らの加害行為を成立せしめ、己を被害者ならしめ、奴らを加害者たらしめたのも全て福岡だからあり得ることで、加害者も被害者も福岡ならでは、他地域で起きようものなら奇跡。
かえって、殺人沙汰にならないのも福岡らしいんだけどね。
一時の快楽の代償であります、はした金と引き換えに、奴らは実名を晒されて、その他諸々、長引く苦しみを受けることになりました。チ~ン。

2014年10月29日水曜日

宗教と言語 - 日本語から見た仏教と英語から見たキリスト教

2014年6月から本格的に仏教を学び始めた。
きっかけについては以前も幾度に渡り綴ったので割愛。
9月以降からか、何となくラテン語にも興味が出始めた。
最近制作中の楽曲もラテン語使いたくなっちゃう感じ。

仏教はインドで起こり、中国を経て日本へ。
キリスト教はギリシャ(?)かイスラエルか何か?で広くヨーロッパを経て超大国イギリスさん等の統治で世界中の植民地を英語統治してキリスト教布教して略。
まあキリスト教はイスラム教とかユダヤ教と神が一緒なので中東?

ということだが、仏教に於けるお経や、キリスト教に於けるミサというのは類似性を感じた次第であり、共に内容を意訳すると信条に関することや釈迦なりキリストなりの教えが触れてある。
文面としては、お経は漢字のみが並び、今日用いられない漢字や、「呉音」という現代不慣れの読み方もあり(更に言えば中国語やサンスクリット語)、ミサだか聖書だかも、英語の祖となる点が強いラテン語(更に言えばヘブライ語やギリシャ語)がメインである。
宗教とは、保守的なれば古来の言葉、言語、発音になるようだ。
それは仏教にしてもキリスト教にしても、今の世代で守る人間もいるようである。
特に、今から数百年以上前なら、日本であれヨーロッパであれ、それなりに裕福な国でも、その中の富裕層かややお金がある層でないと、文字が読めなかったなどの問題もある点も似る、にしたがって、宗教の伝統を護持する家系は、それなりにはっきりしてるかもね。
一貫性ってやつだよ。

俺の両親や俺自身も無宗教だが、父方の祖父母は、中1の時の葬式で泊まりに言ったとき、南無妙法蓮華経や記憶が不明のお経を唱えたため、日々勤行をしているのだろう。
当時は父方の祖父が死んだことに伴う弔いのお経だと思っていたが、南無妙法蓮華経だけでなく名前も定かでないお経(日蓮系なら題目・自我偈あたり?)もその場でスラスラ読んでた(ボロくなった経本を見ながら)ことを思えば、昔から唱えていることが分かる。
尚且つ、彼らは千葉県鴨川市に住んでるが、鴨川といえば日蓮生誕の地であり、鴨川には広く日蓮系信徒がいるとも推察される。
・・・祖父母と日蓮のことは以前もここで書いたけど。
http://lesbophilia.blogspot.jp/2014/06/blog-post.html

当然この話だけでは、私の先祖にどんな宗教の信仰があったかが掴めない。
鴨川の先祖が、いつ誰の時代から子供に弘通していったかは知る由もない。
という話も、本題から逸脱してるので戻しておこう。

無宗教の私が宗教を見る理由は、少々邪ではあるが、「宗教を学ぶことで言語や歴史の核心を得られる」、そう考えるからである。
どう邪であるかといえば、特定の宗教を本気で信じたりせず、いいところだけを取っていることや、本気で信じる人にとってずるいことだし、宗教を勉強の道具にしてるかのようなやり口はかなり不純で、バチ当たりかもしれないのである。
2014年6月までは仏教にさほど興味を持たず、神道が特に気になっていたが・・・
おっと失敬、またも逸れてらっしゃる。

先述の「呉音」についてだが、以前も記事で話題にしたことがある。
http://lesbophilia.blogspot.com/2014/07/17.html
「英語圏にとってラテン語が対なら、日本には中国語(漢語)の方が対ではないか」と思ってしまうところだが、宗教の話なので。。。
でも、お経を見ると、「漢文が分かれば意味もわかるぞう」、ともとれる内容となっており、中1・2の頃に興味本位で般若心経の暗記を試みていたけど、意味なんて当時の自分の頭じゃ到底わからなかったはずである。
私が般若心経を知ったのは、小6か中1の頃に見たある古い漫画・・・
己の過去の回想はもういいね。。。
ようするに、ある程度中国語できれば有利だけど、中国語覚えてまで理解を試みるほど難解でもないと思う。

お経は、上記の「自我偈」など、漢字5文字で構成されるものが多いの?
勉強不足なので。。。真宗の正信偈は全て7文字である。
統一された文字数で構成されたお経は主に鎌倉時代以降に出来たものに多いの?
例えば般若心経は文字数の統一がされてないでしょう。。。

このように、日本人であの時代に漢文が読解できないと理解できないものを、しかも自分で考えて書いてみせるということは、かなり「智慧」が必要になるかもね。
あの時代のそういう層だと今の日本の学校で学ぶ時間に近い量、仏・釈迦の教え、仏典・経典、漢文(当時どう呼称していたの?)のことを学べているはずだしね。
それほど「智慧」は必要にならないかもしれないけども。
そんな言い方をすれば日蓮大聖人や親鸞聖人への大謗法だよね。。。


今回の記事は頭がかなり疲れた状態で書いてるから支離滅裂気味だよね。
自分でも語彙などに納得がいってない。。。はぁ。。。。。。
今日もバリバリ音楽制作で、疲弊気味だからね。

2014年10月26日日曜日

計画性のある散歩とは。俺に気まぐれで行く力は・・・

10月25日、本家ブログにおけるプロフィール文章を更新した。
「外に出るのも危険~」以降の文を散歩に関する情報に置き換えたが、この際に「気まぐれで散歩に行きます」としようとしたが、表現が気に食わずやめた。
俺はよくよく考えてみれば、気まぐれで散歩に行けるほど体力があるわけでもなく、実際に事前の計画を練ってからその通りに実行しているのである。
故に「外に出るのも危険な状況な折、涼しい時期に予ての計画を基に散歩に出ることもある。」と書き換えたのである。

散歩の計画性について私的な手法も記す。
まず、目的地を定める。片道2km圏内にも見所はあるよ。
次に、体力のない私は最短ルートをGoogle地図にて求め、ストリートビューで探る。
ことに豊橋は国道沿いなどしかストリートビューできなかった2013年と比べ、今では畑だらけの地域もストリートビュー可能となっているので、便利なものだと感心。
更にいえば住宅街などは目印っぽいものや建物の名前など地図上にない、いわゆる民家ばかりのことが多いために迷いやすいので入念に叩き込まねばならない。
斯くして未踏の地の地理さえ把握した俺は、現地で迷わず進み、目的地に到達できるのだが、帰りに、10月19日のごとく想定しえないルートへ外れる場合もある。

仮に把握してない場所に迷いこんだとしても、目的地が近場の幹線道路より西なら、東へ無我夢中に突き進めば知ってる道路へ出るし、逆もまた然り。
ただ当然迷ってしまうと無駄に体力を奪われるので、先述のように私は迷いたくない。
迷うことで気付かなかった面白い場所を知る機会にもなるかもしれないが、そんな度量を持てるわけじゃないしね。

結果、体力がないなら知力で勝負、そんな俺は須く万全を期して挑むべきなのだ。
大雑把な性格でもある私は、この面で用意周到かもしれないが、ボロが出ることもある。
それにこのこと以外にはもっと粗雑で杜撰かもね。

2014年10月25日土曜日

そこはやっぱり俺でしてね。(またしょうもない記事)



俺は独り言の中で、この頃毎日のように食い物がないことの不満を漏らしている。
もちろん、独り言に終始していて、強い口調で母親に直接言えばただのワルガキ。
しかし、母親に不満を言わずただ大人しくするだなんてことはやっぱり俺なのでできず、10月21日に食い物を求めるメールをした。

その内容は、無題で「マヨネーズかけご飯おいしいです」とだけ。
これもやっぱり俺なので、ストレートな内容にはせず、遠まわしにその意思を示してる。
メールの真意は、マヨネーズかけご飯がおいしいと、あたかも気が狂ったかのように装い、「食い物を買えということか」と察知してもらいたいのである。
ただしあの母親は諸君もご存知の通り、鈍くて母親不適格な人間だからそんなことに気付くか、仮にも気付けたとして従順に足を動かすかということである。
10月24日の夜もマヨネーズかけご飯を食べたので、胸焼けに悶えながら眠りに就いた。

思えば、俺様はピチピチの17歳で、学び盛り、育ち盛りにも関わらず、2年半前にも俺を苛んだ悪夢の「一日全食ラーメン(その時は今にも苦しみを増して、まずい銘柄の具なしで食わされてたがね)」という日の割合が強まってる。
つい1ヶ月前まで普通に食えていたことが信じがたい。
今では数日に1食しかご飯にありつけないと思うと、「あの母親が不要な会話を持ち掛けさえしなければ、互いに苦しむことはなかったな」とばかりである。

お菓子を食べたい。近所の自販機に赴けばいいが、小遣いだって月に2000円しかもらってないので工面してるが、父親と住む弟は週に3000円もらってるのだから如何に俺が苦しまされてるかよ~く分かるはずである。
週に3000円ということは月に10000円を軽く超してるのだから。
月によりけりだが、12000円~15000円だなんて非常識極まる額である、父よ、とまた長く書いてしまいそうなのでこの記事見なさい。
http://masashi.doorblog.jp/archives/40506334.html
そこであの言葉、偏愛故に盲目なので麻痺した感覚もってすればこんな額安いのだろう。
感覚麻痺の露呈は、上の記事にあるとおり、小遣い問題にとどまらず!!

母親も片腕が云々というなら、一度に重い買い物をせずに小分けで小まめに行けばよい。
前にも書いたが「ハンドルが握れない」とかは通用しない。
俺だって片手ハンドルを強要する気はないし、両腕使う家事がまともにできて運転できないこともないし、週に数度車でどっか行ってるなら何も困ることはないのだ。


最後に、この記事のほぼ全文を書き終えてからリビングへ向かうと、どうも買い物のメモを見つけたが、瑞相は記事を書く前から出ていて、12時頃、母親が自分の髪を洗面所にて整えていたらしく、「今日は外へ出るのか?」と思っていたところやはり予想が当たった様子だ。
買い物のメモを見た俺は気分が随分と変わったものだ。
やはり、近いうちに起きるかどうかの把握ができれば、いつ起きるのか分からない状態と比べ、それだけで心持ちが変わるのだろう。うむ。

でもまあ、こんな記事を書いた後に母親が買い物へ行くっていうのも気が引けるね。
俺が怨んだことの因果でないのか、とか思えてくるし。それは考えすぎだろうか?

2014年10月24日金曜日

少し遠くを見渡せば多少の賢い人が、しかし俺の読者は全員・・・

私はブログで長文の記事投稿のみならず音楽制作やお絵かきもしている。
だが多くのファン(?)や読者などはそんなこと微塵もできない。
興味もないので、クリエイティビティは皆無だ。
俺はそういう読者を求めていないのだが、そんなのしか集ってこない。
俺と共通の趣味を持つ賢い人間や芸術家志向の者を求めてやってるのに。
そんな者と話題を共有し、時に互いに競い、また励まし、健やかな芸術や研鑽の邁進を思い描くというのは幻想で、俺には起きるなんてことはないのか。

長文の記事とは、個人的な生活の日記や過去の回想のほか、学習してる分野についての学習発表っぽいもの、日々研鑽の中で気付いたことが多い。
音楽制作は、以前も書いた通り某ツールで手軽に作った後、PCにデータ転送して音源化。
お絵かきは、紙とペンとスキャナーのアナログから、マウス・フリーソフトという至ってさえない環境下でマイペースにやっている。
俺というパーソナリティが17歳の青二才だから?俺の活動は興味ないか?
退廃の胚胎たる2010年代以降はみんな芸術分野に興味を喪失したか?

他の例の不満についても述べる。
俺がブログ記事で動画へのリンク、その逆も然りだが、そういった俺の活動サイトの相互にリンク付けして親切にガイドしてるのに、それに素直に従わずリンクを踏まない読者や視聴者は、頭が悪いのか捻くれ者なのか判断に迷う。
俺の活動が気になるから俺を見てるのに、活動範囲をほとんど探らず軽く見てお終い?
例えば俺がある話題の動画を投稿した、動画内の原稿ともなる記事へのリンクを動画ディスクリプションに記載したのに、その記事は見ず漠然と動画だけ見て(内容を理解して見ているかも怪しい)お終いなのである。
キチガイがキチガイな主張してるとか、そんな程度にしか見られてないようである。


昔の言葉だか何か、「善友は求めて悪は蹴れ」というのか、まあしかしネットで見る人間ってのは蹴るとか突き放すのはほぼ不可能なわけで。
俺の付き合いとかじゃなくて、あくまで互いの干渉はない世界だもの。
突き放すなら、読者が嫌に思うであろう言葉を書き連ねればいいが、そんなことしたら賢い人間は一層寄り付かなくなるのではないか。
つまり、選ぶ行為そのものは不可能に近いのだが、受動的にファン・読者がつくようならせめて賢い人を願う。


俺は豊橋の外へ一歩も出ず、遊びを禁じて、修行の地・豊橋に籠もって3年半だが、もっと欲を出してもいいんじゃないかって思ってる。
上の弟みたく、自分のことだけは楽天家で、道楽な自堕落生活もいいと思うんだ。
それが出来るほど無知じゃないから、己を戒めて研鑽を怠らない時間を過ごしている。
だけど楽しめる若い内に遊び呆ける方が賢明なのかもね。
まあ先述のように、楽しめないから楽しまないんだけど。

弟の埼玉帰省生活で父からの甘やかしと、躊躇わず求め続ける根性は羨ましい。
俺も臆せず必要以上の金の要求とかできる性格ならいいが、良心の呵責ってもんが。
母親の時もある程の甘やかしがあったが、父親と住み始めてからは拍車がかかったのだね。
詳細は上のリンクの記事とこれね。
通学記録http://lesbophilia.blogspot.jp/2014/08/blog-post_7.html


思えばね、なんで俺って今月は本家もメモ帳も盛んに記事書いて、9月~10月初めまで滞り気味の音楽制作も復活して、お絵かきも今月は謎の使命感が沸き立って手が動いて、これらの活動は勢いを増していることが一目瞭然な上、今月半ば以降は散歩にもよく行くのに、父メールの件に於ける母との口論母の余計な会話に発端する襲撃、それに伴い買い物の懈怠など、家庭不和が連発するのか。
・・・多くの例を羅列したが、要するに俺が頑張るって気でいるのに、運はそれに味方しないで、周囲は逆行するんだ。
俺の活動に関する良いことも、母との軋轢に関する悪いことも、枚挙に遑なきものであるほど顕著に多く、それ故に極めて相反することもよく分かる。
折角俺が頑張ろうとすれば、その妨げとなることを俺に向けてくるんだ。
そんな過酷且つ無慈悲な試練を与えられる俺は、物語最強の主人公だともいえる。

2014年10月22日水曜日

特定の層を卑下して驕る者 "驕慢の沙汰"

ネットの人物で、昔よりつまらなくなったか、活動量が乏しくなった者あるいは凋落寸前の人間に、この記事の題名に見られる症状が起きる。
特定の層というと、"17歳"の私が属す「ニート・引きこもり」層のことだ。
そういった当人からすると「弱者」にあたる層をとことん蔑むのだ。
2chや知恵袋に多いとばかり思っていたが、みるみる侵食は進む・・・

最近、違うきっかけで同じことを提唱した→http://masashi.doorblog.jp/archives/40633597.html
一文の引用「亡国に傾くほど、社会的弱者などを見下して歪んだ優越感を持つ輩が蔓延るのであるが、これぞ正に"Pride goes before a fall(悪い優越感が先走るのは凋落寸前である)"の理である。」

あまり同一視するのは、思考の単純化の発露にしかならないのでほどほどに。
最近話題の橋下VS某の会談で、片方の思想の肩を持つ気はないし、私は橋下さんをあまり好いてないが、「一括りに評価するな」という客観的な言葉には強く同感した。
在日云々のことは、まあ置いてね。
"17歳"の私や、橋の言葉を心肝に染め、今一度考えを改めるのが賢明なのだ。

あまり晒す真似は控えておきたいね、氷山の一角。
http://d.hatena.ne.jp/licheng/20140820/p1

この種のネットの人ってのは、何かニートの人に嫌な思いをされたのだろうか?
"17歳"の私は良識を弁えている所存ゆえ、一方的に不快な真似をしようとはしない。
したがって、この種の人を見ると先述の、一貫した法則を垣間見るのである。
「昔よりつまらなくなったか、活動量が乏しくなった者あるいは凋落寸前の人間に、この記事の題名に見られる症状が起きる」
根拠が"Pride goes before a fall(悪い優越感が先走るのは凋落寸前である)"なのだ。

ニートを謗るために、社畜という反例も引き合いに出して道連れにしている稀有な例。
誤魔化しは効かないよ、本意にはそっちの誹謗が主目的なのだからね。
この人は長らく社会や宗教や言語に関する記事を書いてなくて、技術など理系の記事を書いていたのに8月になって突如、何かあったのだろうか?
くぁしく話きいたげるよ、ぼくちんがね。
仏法を口実に、不快なニートという存在を否定したかったことが主目的なのだ。
第六天の魔王がその魔の手を、一翳が眼に在る(大好きな禅語♡)凡夫共に伸ばし、彼らは知らず知らずの内に犯され、気付かない内に仏法を騙った低劣な発言をしてしまうのだ。

もっと公平的知見を持っていて知的な人かと思っていたのが運の尽きだよ、無念。
切迫したら無関係な弱者への攻撃に逃げ道を見出す邪師こそ、遍く救いなし。
正しい弘通ではなく、変に驕り高ぶる様はただの迷妄に過ぎない。
まあ斯く言う俺は仏教的な救いを未だ信じられなかったりするけど。公平だから。
最後に、何が言いたかったか、その批判の中身を云々しているのでなく、批判する行為自体が悪とみなしており、剰え魂胆を隠し立てしながら批判に徹しているのは邪の極みと言いたいのだ。
是を糺すはソレガシの責務なり。過去記事で「糺す」はなんたるかの神髄を。


日記:今日もやらねばならぬことを済ませた、ゴミ出しと自販機通いを昨日のように朝早く5:50に起きて豊橋で雨が止んでる内に完遂した。→追記12時前、散歩へ行った。

2014年10月21日火曜日

悪を責め、糺すのみである。母への諫めは伏す可き也

決して「クソババア」などの蔑称を用いることはない。
俺は、本質的な悪を糺す気持ちだけだからだ。
それも、今のところ本人へ告げるのでなく、独り言にとどめている。


相変わらず「月・木の買い物」の取り決めを反故にしている母親。
今週も月曜日の買い物を母親は飛ばしてしまった。
たまりかねて本日は自販機に赴いた。
もしかしたら明日も自販機通いかもしれないのだ。

あの母親からすれば買い物サボっても、米が大量にあるからあながち食っていけないというわけでもないと思うことだろう。
だが現に子供2人の健やかな発育を、食の観点から妨げている。
悪影響を身近なものに及ぼしているのだ。
それゆえ、糺すのである。それも未だ独り言にとどめている。

しかし、今後いつまでも(未定)堕落を継続させるなら、この意思を直接訴えねばならない。
一刻も早く、できることなら今日にでも買い物へ行き、改心してもらいたい。


でまあ、以前の買い物は、日曜日に「寿司(マグロなし)とデザート」計800円相当(俺の分だけでこれ、弟の分も含めると2倍?)を買ってきたが、一食分である。その場しのぎ。
そしてその前の木曜日(1週間ぶりの買い物)に、メイン買い物相当でなく、この期に及びサブ買い物相当で、牛乳に関しては俺にナシ、弟に1本となんとも貧しい内容だ。

今週月曜日分の買い物はもはやすっぽかす気で、木曜日にまたサブ買い物相当しか買わずに今週の買い物を終えるのか?
やはり以前書いたごとくの異常感覚が絶えないのか。
俺も我が儘を言いたくないから抑えてるが、弟には是非とも蜂起していただきたい。

2014年10月18日土曜日

歴史で興味を持っていた分野の変遷

今となっては、日本史の平安時代~鎌倉時代や、宗教的なものにもハマってる(入信する気は毛頭なし)のだが、思えば最近までは日本国内の都市間のネタを好んでいた。
今回は、細かい時系列で変遷を表す。


小6の時から少しばかり尖閣諸島、北朝鮮などに興味があったが、ことに北朝鮮は何も他の小学生でも、面白いと好奇の目で見ていたのではないか。
隣国で、近いのに異色というか、奇怪というか、そんな魅力はあったのではないか。
次の時間までには「歴史好き」を自称する輩が好む江戸時代幕末などが割と好きだった。
中2不登校以降は所謂ネトウヨ化したので、明治時代~戦前という大日本帝国近代化から軍事的台頭・隆盛の快進撃を楽しんでいた。
そして、特定アジアを嫌い、尚且つ現代の世界情勢・地理も好きであった。
中学卒業までにこれが治まり、しばらくして故郷たる埼玉の偉大さが日本の偉大さと重なり、埼玉県内ひいては日本全体の地理・歴史に興味を持つ。
対外的なものへの興味はかなり失せていった(鎖国?)。


かつて興味あった分野にほんのりと関心を寄せつつ、2014年の今は6月以降、仏教や新興宗教の歴史、教義などについて調べている。
同時に、もともと某ゲームの影響で気になっていた上記「日本史の平安時代~鎌倉時代」あたりも、関心を寄せている。

日本に於ける仏教とは、所謂「鎌倉新仏教」などを抜きにできない。
興味を持ったきっかけも、とある日蓮系の新興宗教だから・・・
そう、その新興宗教も、最初は都内に本部があったが、やはり埼玉県内に現存することに起因して興味を持ったのである。
今ではさいたまスーパーアリーナを貸しきって大会を開く教団に育った。
最初こそ「あの誇らしい大会場を、宗教のイベントに使うだなんて!」と悲しみもあったが、思えば数万人規模の参加があるし、あながち収益性は無くもないのだ。
そう考えれば合理的ではないかね、地元で大会開く姿勢も評価できるし、ましてや当初、埼玉に本部移してからも、しばらく横浜アリーナとかでやってたし・・・
それに人生で一回、SSAの中に入ったことがあるけど、新小学生向けのランドセル等道具の即売会みたいなので入ったことを思えば、別に宗教のイベントも悪くないよねって。

この教団の会歌は3曲あり2曲は軍歌の替え歌だけど、替え歌でない「両眼滝のその日まで」も軍歌調で、歌詞は全て7文字5文字を基本に構成されている。
どうも、実在の軍歌に同じく7文字5文字で構成されるものがあり、1番2番等の区切りに間奏を挟まない点も共通するが、それが「歩兵の本領」という曲だ。
「歌詞が7文字5文字で構成」のみを照らせば、調べたところ赤とんぼ、荒城の月、いざ征けのパートを除けば出征兵士を送る歌などにも見られ、昔の日本の歌には割と多いのだろうか?
「和歌の影響」はいうまでもないが、作曲できる俺的には、そのフレーズで固めると覚えやすい、演奏しやすいなどの利点もあると見ている(音楽の親しみがまだ薄い時代だし)。
そんなことにも気付く楽才もある俺。

ついでに、こんな感じのばかり調べてるものだから、小難しい古い言葉や、更に昔の言葉も資料等に散見されたりするが、切って放せないのが中国史である。
だが、中国系は何か苦手なので、あまり興味を持てないのが現実。
と思ったきっかけが、某教団の大先生が「危急存亡」という語を用いたことに端を発し、「危急存亡の秋」と書けば秋が「とき」と読め、語源は中国のアレで、更に上記「出征兵士(ry」の歌詞にも「誓致さん秋(とき)到る」とあり、謎の結びつきが生まれてしまい・・・

2014年10月16日木曜日

研究対象の諸言語の発音を覚え続けて・・・

今しがたフランス語の記事を読み直して、諸言語の発音について再考していた。
多くの言語の発音を理解すると脳の容量超過に喘ぐのではないか。
手っ取り早いスペイン語を探りいれた。

去年、Gato(猫)から学び、各種名詞の派生を理解した。
gato=ガトー gata=ガター gatito=ガティート gatita=ガティータ
で、4番目のガティータだが、日本に伝わるスペイン語に「セニョリータ」や「チキータ」があるが、itaの文字列が一致するのは、いずれも「女の子、年の低い女性・メス」を表すためだ。
即ち、語幹に「女の子、年の低い女性・メス」の意味合いを付加したい時はitaを付けるべし。
であるからして、猫Gatoに接尾辞itaを付加する際にはメスの子猫になる。
おっと、何が言いたかったかといえば、熟考前は「スペイン語は比較的簡単ではないか、英語が出来れば多少は」と思ったが、上記例だけで英語との根本的な違いを見て取れる。

フランス語に戻してみると、eの上にオマケがついた文字"ê"はフランス語において「エー」と発音することが多いが、例は"d'être"などだ。
母音の文字上にオマケがつき、「エー」と発音する文字で著名な例は、ドイツ語における"ö(Oのウムラウト)"で、例としては"königs(ケーニヒス)"などである。
öに例外はなさそうだが、êは似ている字と混同(サーカムフレックスとアキュートなどの判別)されるか、されなくとも例外を持つ?
冒頭リンク先記事でも書いたとおりフランス語は専門外なもので・・・
まあ多くの言語が少し齧った程度の知識に過ぎないかもしれないけどね。
ついでにロシア語キリル文字でウムラウトにも似た字形"ё"があるが、これは「エ」等の母音ではなく、「ヨ」と発音するのだ(ヨも母音みたいなものだが)。
一般的にドイツ語系の言語以外では「トレマ」と総称される。


思ったけど日本人でもウィキペディアンとかはみんな知ってそうだね、これ全部。
ウィキペディアンとは素性が謎だが、やや知識層にあるネット普及に伴う新型だ。
まあ俺の優位性は17歳という年齢、その若さだろうね。
オイドンもまたイキペヂアンですし。。。
早くラテン語歌詞の曲作らないとな~(口だけ)
PCとインターネットがなかったらヒキにならなかったかもしれないけど、逆にここまで専門家並みの知識を得ることもできなかったね、才気・才覚溢れ、前途有望(運が良ければ)な若き17歳の獅子の今後に乞うご期待。
いつも着眼点は優れてるけど、俺が実行すると上手くいかない面あるし、中2の時のアフィ等ネットビジネス構想が好例。


追記: 2018年
念願の「ラテン語歌詞」ができました。
http://masashi.doorblog.jp/archives/52087869.html

2014年10月15日水曜日

家族、悲嘆に悶える一日。昨日に続いてまた煩悶。

昨日の記事に打って変わり、今日は一日中家族のことで悲しみに明け暮れる。
本家ブログの記事の件にとどまらず、遠方の父・弟のこともだ。
事の発端がその母親の件であることに違いはないがね。

肉親を憎んでるのは家族思いだからこそなんだ。
その思いが歪んで強い憎しみに変化するけど、根源は思いやりなんだ。
家族のことで憂いて、今日はずっと「悲しい」とこの部屋にて呟き続ける。

私事ではあるが、左手の小指と薬指の間が痛い。
まあ体の痛みは日々付きまとう問題だけれども。
例えば肘や膝に股関節、足の裏、乃至は肩こりや首の痛みなど。
食後や特定の飲み物を飲んで数時間内に起こる腹痛。
絶えぬ日はないであろう。毎日の闘い。(こんなこと書いてると肩こりが・・・)

台風も過ぎて今、10月も半ばとなった。
明日の豊橋は晴れるはずだが、思えば今こそ散歩に適しているはずだ。
かねての散歩計画を実行するには遅くないし、この期を逃せば寒さも厳しくなる。
絶好の散歩日和になりえる今からの1ヶ月間に成し遂げたい。
このような痛みに苛まれつつ、体力不足なため散歩により更なる痛みを伴うかもしれない。

口を衝いて出る言葉はやはり「悲しい」。
こんな苦悩から解放されること(何かで気を紛らわせた後すぐ嫌なこと思い出すなら躁鬱の輪廻だよね。浮き沈み。)といえば、薄れかけたときに絵を描くとかその最中は割と悩みそっちのけで浸るよねっていう。
食事中も、食事は1日何回もやることだから例外もあるが、大概はこれにあたる。
なんといってもハマれるゲームがあることが一番だが、ゲームの類いは惰性でやってる某ソーシャルゲーム1作品除いて、この頃ちっともやっていない。
やりたい気にならないのだ。
俺の生活の中でそんな時期もあるが、今がそれに当たるのだ。
楽しくアニメ見ていた2009年・中1とかの気持ちはもう知らない。。。

昨日のエントリーにおける「何かをせねば」とは何であったのだろうか。
このごろの悩みたるものが今日は割と薄かったかも、な一日。。。
でもまあ何だかんだで責任感から生じる焦りは、今もほんのり渦巻いてるけど。。。
昨日と今日、こんな内容だから学術的とか名を冠すのって不当っぽい。。。

2014年10月14日火曜日

常に「何かしなければ」という悩みが頭を擡げる

酷いときは、ひたすらこの悩みだけが頭を廻り、懊悩に終始している。
先ほどそんな状態だったからこそ、今この記事を執筆しているのだ。
そんな時のその意識は、漠然と「何かをやらないといけない」ということだけが付きまとって、大した進展もないのである。

このところ1ヶ月以上はこんな風に「何かをしなければ」とばかりが浮かぶ。
案ずるならば、些細でも行動した方がいいんだけど、結局無駄に時間が流れるだけで。

私がしたい「何か」とは、概ね「活動三本柱」あたりだ。
音楽はこのところ自信喪失気味だったりする、作曲に向き合ったところで進ませると「俺にはもうできない」となって少し続いたほどで投げ出してしまう。
絵に関しては最近も頑張ってる方だが、毎日頑張りたいと思うことが裏腹に、どうにも描こうということもなければ己を強く責めてしまうのである。
なので頑張ってると言ったところで、毎日打ち込めるかといえば不可なのである。
動画は、気が向いた程度にマイペースでもいいと割り切ってるから無問題。
それどころか数ヶ月以上前より幾分ペースも良好だ。

何といってもブログ記事や作文の類いは、このブログで云えば4日連続で記事を投稿してるし、本家でも2ヶ月以上前よりやや速めのペースで投稿できている。
そんなこんなで今日も頑張ってこんな記事を書いているのだ。


本題の悩みに関してだが、それが強く付きまとうなら非生産的かもしれない。
あんまり責任感が強い今の私だが、教え導く恩師というものに乏しい。
己の知る手法を実践するだけでは心許ない上に、よりよいやり方であろう手法を知ってても己の判断で渋るならば、それこそ恩師に頼って恩師に教えを仰ぎ、それに基づき実践することがよい。

更に言えば、やはり研鑽には鼓舞してくれる励ましとなる側面も持ち合わせる必要があるのだが、私は俄かに沸いてきた自信が研鑽・活動の士気を高揚させているのである。
なので、直近1ヶ月は数ヶ月以上前より溌剌としているはずだが、死期の近い人間が最後の余力を振り絞っている醜い状況、そんな取り方もできなくもない。

事実、私の食や免疫に関するものは80歳前後の人間に近いものがある。
40を越えた人間がひえひえの牛乳をなみなみ注いで、がぶがぶと2杯も飲み干したり、ましてや70前後の人間で500mlの炭酸飲料を一日に数本飲んでる猛者をも見て驚きだ。
私にはそれらの3分の1程度でないと気が進まない(短時間でそれだけの牛乳は胃が冷えるし、炭酸も普通に飲めば1本でも胸焼けが酷い)。
体調面では当然だが、まあそんなに多量を短時間で摂るのは経済面にも・・・

経済面ね。私はこの活動を常々「慈善活動・非営利・無収益」と称している。
無賃労働!タダ働き。酷い苦しみをも伴うが、何ら金は舞い込んで来ず。
そうだね、狡猾に生きる者からすれば私の活動なんて虚勢そのもので滑稽さ。
お金もらえないのにこんなこと、真に愚であろう。

お金が全て、わかってるはずなのに、やっても無意味に近いと嘲笑されるであろうこの活動を継続する一つの根源が、やはり初志貫徹である。
結局俺が金の為に働いたところで学校と同じく続かないだろう。
種々の要因はあるが、今では人間関係よりも体力面の方が不安なほどだ。
まあこっちの話なんて今更しても仕方がないと思うし。
俺様はどうせそんなことならば、ネット活動を否が応でも貫きたい。
ただ、その一心なのである。

そこで、また最初の命題に回帰させてみるが、斯くで然りなために懊悩するのだ。
上を目指したい、ならば一時の怠慢も許したくない。
本格的に練習してる人ってもっと強く打ち込んでるよね、わかってるのに・・・
そんな人は恩師を持ってるはず、私は一人。
何もかも不利な俺はやらない方がいいのか、死ねばいいのかって思わされる・・・