私の主食は専らラーメンとご飯で、ご飯なら10月までは母親が買ってくれるサトウのご飯を食していたが、10月以降は不買宣言(リンク先追記欄)に伴って摂食量を抑えるように。
その不買宣言を受けて久しく、今は手元にどうにか6食分残してるが、今月からはいよいよ本格的に、読んで字の如く「自炊」を行い始めた。
もともと料理自体は母親作ったものはあまり口に入れたくない気分から、ラーメンなり簡単に調理していたわけであるし、そのお陰で今の私は太らずに済んでいる。
というのも、母親の別居以前(小5まで)は母料理の揚げ物ばっかり尚且つ菓子や炭酸飲料を今以上に摂っていたわけだからぽっちゃり体型、小4の8月まで同居していた弟2人もまた然り。
ところが弟2人が児童養護施設へ、私もほどなくして父と2人暮らしになってからはそんな状態からある程度離れられ・・・・・・
いつもみたくこっちの話題で記事のスペースが埋まるのを避けたいから、こちらを参照して理解されたし→http://masashi.doorblog.jp/archives/35738168.html
この話題の結び、弟2人が児童養護施設入所中の2008年末に私が同伴した姫路の母マンション遠征時に、彼らは施設帰りを拒否して母マンションに残ってからはみるみる太ったよ。
母親の料理を口に入れたくないというのは、太るか否かの問題ではないけどね。
本題への軌道修正をするが、継続的な自炊(純粋にご飯を炊く作業)をするようになってから、体調に何か変化があったかといえば、特には。
私の研鑽活動等の時間を幾分削る必要があるのは痛手である。
炊事の概要としては、いつかに私へ譲られた古い炊飯器(2005年製?)をあえて使わずに、母親が常用する比較的最近(2011年製)の炊飯器をこっそり使っている。
母親に気付かれないように使っていて、もう既に気付かれても特別咎めたりしてこず、容認しているのだろうか。
※マヌケな人だから、よもや気付いていないということも有り得る。
毎回自分が即・翌日分まで見据えて食す1合分しか炊かないが、最近は2合炊いたこともある。
今日12月25日は4時前にご飯を研ぎ始め、4時過ぎに炊いた。
いつもメニューで「エコ炊き」なる項目が選択されており、母親の思いでこうされてるから、無理にいじったりしないでいたが、今回は「極うま」なるものを選んで使用した。
少々炊飯時間に差異が生じる、後者のほうが些か長めだ。
実際の感覚として、炊飯器のスイッチを入れてから普段滅多に洗わない、私用の鍋や食器類を洗い終わった頃合にもまだ、目立った外見の変化が出てなかった。
そして炊き上がりの相違点だが、米粒の表面の粘り気は、後者の方が強めであった。
今回の炊飯は主にその時食うのではなく、保管して後々頂こうという意図で行った。
いざ、茶碗にご飯を盛ってラップを掛けようとした時。
そのサランラップが1回分にも満たない長さで途切れた。
即ち、最後の僅かなほどしか残っておらず、これで以てその分は使い切ったことになる。
なんたる不条理、私が使ったタイミングで残りの最後、それも何の役にも立たない、1回分にも満たない程度。
折角、俺が家計を慮って真面目に炊事してるのに、俺には何もするなというのか。
私がこの時に憤ったのは、上記の通り「私が使ったタイミングで使い切られた」ことよりも根本的なものがある為で、私が今日炊事したことを母親に覚られるためだ。
それでどういう問題があるかといえば、私が炊飯後の釜なり杓文字なりを勝手に洗えば、母親が私の洗い方に目くじらを立てそうだということ。
その他種々の問題もあるが、正に俺がラップを使い切ったことで憂慮しか沸かず。
すぐさま新しいサランラップをキッチン上部の棚(?)から取り出した。
1合の半分のご飯を盛った茶碗に掛け、残った1合の半分はラップでくるんだが、これについては平時のままに実行しただけである。
そして空となったラップの容器は、捨てずにキッチンに置いた。
これは、私の手法で処分して、それを見た母親の流儀に悖っている際に、本人の不興を買うことを避けたいという意図がある。
・・・ここまで文章を書いた6時過ぎ、私は結局この空のラップ容器を自分で処分した。
サランラップの刃、しなやかな金属製の刃の扱いには万全を期して、しかし私は半ば荒めに行った故、右手薬指あたりの皮を軽度に抉らせてしまった。
結局、厄介な不条理で一悶着の羽目になった。
それからも患部は、負傷部位はヒリヒリと痛む。
なぜ家計を慮る好青年が、こんな痛ましい思いを受けねばならない。
こういう不条理による洗礼など、至って不要だ。
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