2019年11月22日金曜日

母が私に買い与える物の一部について

まず母親に2019年5月26日と2019年9月12日の写真の添付とその簡単な写真の説明を書いたメールを送信する。
次に以下のような(=ネットでの公開と別に修正を加える)長文のメールを送る。

以下、メールの文章の案である。

基本的に母へ物の要望をしない私であるが、過度な場合について問題性を指摘することはある。
「私の我慢の限界の程度」は、時期によって異なるが、2013年から、私がそのようにしている。
2013年6月には2015年時点の未使用品があるという基準で計算して1度で1万円以上の無駄遣いが行われた。
タンスの肥やし(箪笥の肥やし)が蓄積する一方である。

2013年10月19日に当時16歳の私は以下のメールを母親に送った。
抜粋する:(全文は本家2013-10-22記事に載る)
今年6月頃に俺に買い与えた服も、正に夏に着るために買ってきたようなものの上、酷いセンスのデザインだから夏にすら着る気も起きない。
お前の持ってる服はそんなにおかしな服でもないのに、俺には小学生が着るようなものばかり与えるから呆れてるし、俺をダサイ見た目にして笑いの対象にでも仕立てあげる気なのかと疑うほどだ。

前回の衝撃的な一件のその日の内に試算したが、使わない大量の安物に計一万円以上も使っていたと発覚した。
「安物買いの銭失い」という言葉を知っているだろ。
着ずに虫が湧くのが落ちではないか、虫が湧けば家の問題になる。
たとえ量こそ少なかれど、俺が気に入ったものを数点に一万円を使うほうが遥かに有意義だ。

とりあえず、お前のセンスは信用できないから、ネットで一通り買い揃えられるほどの金を用意してもらい、その金で服を購入する。
(中略)
俺がまだイオンに行けた今年6月に俺に相談して金を渡して購入させれば希望はあったのに、お前は勝手に何も言わずにゴミだけ買ってしまった。
ここまで来たらネットで購入するしか術はない。
実際に、去年9月はどうにか一人でイオンに行け、服を買えたのだが。(以前も話した)

こういう文章を書いていると本当に気分が悪いし、善人の俺がまるで悪人に思えてくる。
生活必需品の購入にあてる資金くらいスッと出してくれないと、以前少ししか出資してくれなかった、だから去年9月はユニクロで2点しか購入できなかった。
(中略)
わかったら、これからは簡単な要求くらい素直に飲み込め。俺の気を悪くしないうちに。

以上は2013年10月19日のメールからの抜粋である。
これに対する母親の返信は「あなたが外出しないことが私の困ることにはならない」というメッセージを含めたものであったと記憶するが、母親からの返信については記録を失っている。



当時に持っていた知識とその行動における反映は、後年の記録からうかがうことも可能である。



2015年7月12日
押し入れ下段にはタンス(チェスト)があり、その最上段には小5(小6?)の時から所持している部屋着・寝巻き用の上下セットが収納される。購入時の身長・体重には長袖として適正なサイズであり、"150cm"と思いきや、"M"と書いてあるのみ。バスト79~87cmという表示があるが、何にせよ今でもさほど窮屈な感じはなく着られ、これを着て撮った写真は中3・当地の自室にて全身を写したものと、2012年6月28日に撮った2枚の計3点しかない。

これを着るに問題あらば、時期的な経緯も含めて母親に次回木曜日の買い物で新しい夏物の部屋着を買うように頼む必要が出てくる。高学年から20歳まで同じ服を着続ける人は、なかなか見つからないと思う。それはともかく、他にも買う際に数点添える事項があるだろう。

一に長袖であること。既に「私の相談なく母親の独断で買われた」半袖の衣類がいくつもあり、タンスの肥やしとなっていて、仮に母親や下の弟に渡そうとも、各々が別々の意味で着られる代物ではないが、前者ならせめて「私(母)が着たくないものは○○(息子の私)も着ないだろう」という気持ちから、独断で買うにもしっかり品定めをしてもらいたい。

二に繊維は化学繊維、中でもポリエステルが好ましいこと。部屋で着る際に着やすさ・着心地だとか機動性であるとかは肝要であり、前がボタンで開閉されない服は綿の場合、新品は腕を通しづらいことが多く、このスウェットも最初そうだった。ポリエステルは他にも丈夫・万能であって、件の部屋着もポリエステルが主体で織られる。綿などはファッション、だけど7月10日の日記メモに触れたお気に入りの黒いシャツも、綿とポリエステルが半々なんだよね。三にカラーであるとか、その他の指定。

結局、私が小5から今まで捨てずに留めているこの部屋着自体が長袖であり、長袖を求める気持ちは今でも変わらない。中3となった下の弟が今でも上半身裸で過ごすこととは気持ちが異質なのに、その心を知り難い母親には、言葉で言うしかないが、それでも伝わらないことが多い。メールでの要望は、もちろん当メモのような長文でなく、要点のみの簡潔なものとするが、寧ろこの方が平易で要旨のみは堅実に伝わろう。

最後に、今着ているスウェットと合わせて一点書くが、やはり夏場には件のポリエステル的なものが合うだろう。通気性は言うまでもない。冬物のスウェットを常時着続けて、綿の生地を汗や湿気でくたくたにして、いざ再び冬を迎えるとき、衣が薄くては過ごし難いではないか。よって、夏には夏に合わせた衣類を調える必要性がある。

注釈: この2015年7月12日の記述ではポリエステルを高評価するが、あくまでもそのような織られ方である場合に限られる。2019年8月22日に母が私に渡した「上(トップス)1点ポリエステル100%の半袖ポロシャツ」は手触りザラザラ+胴体の表皮にチクチク感+静電気で夏の部屋着に適していない。他の肌着併用で外出に適するかも不明である。いずれにせよ、私自身で着る物を選ぶ方が家計にも地球環境にも好ましい。




2019年5月26日
16時台、「2013年6月に母親が勝手に私へ買い与えた衣類・カバン類のうちの一つである手提げ・トートバッグ風のカバン・鞄」は、合成皮革素材の部分が風化していた。いわゆるポリウレタンの加水分解の類である。未だに外での使用を経験しないこのカバンは、このような状態となっており、母親が無駄な投資ばかりをする傾向に、改めて呆れる。中学生のころから「目的性による物の良し悪し」の分別ができている、精神的・知能的に自立した子供との相性が悪い、母親である。



2019年8月22日に母が夏の衣類として私に渡した靴下3点・上下短い服1点ずつについての補足事項※
上(トップス)1点はポリエステル100%の半袖ポロシャツであり、ザラザラ感がすさまじく・肌着として着た際の胴体の表皮にチクチク感がある(私は外出しないのだから部屋着として実用性が確保されるべき。用いる当人の目的をわきまえないで母親は買い与える)上に、残暑の9月11日(湿度は少なくとも低くないと思う)に試しに着た際には静電気のバチバチとした音を聴いた。靴下3点は1色の地に2色のドット(水玉模様)が伴う柄物である。柄物の一部は、履く際に指に引っかかるか、耐久性の欠陥を伴うなどで、実用性に欠ける。8月・9月10日以前に一度試しに履いて問題があった。9月12日には水玉の位置に対応した皮膚への陥没が確認できた。母親は、自分が着ない素材・デザインの衣服を息子に与えたがる。2012年から問題視していて、まともな言葉を理解できない人に対しては「黒一色のものを買えばいい」とだけ言うしかない。母親は長い説明に理解を示さないか、空虚な返事だけで守ろうとしないからである。それでさえも比較的長い時間の経過で、破られる。もし2012年から、私が「外出して適宜に自分で衣服を選んで購入する」という話を母親承諾していれば、ポリウレタン部品多き未使用バッグの加水分解現象などで無駄な出費が発生することもない。引きこもり傾向にあった私の外出頻度も多少は高くなったろうが、その旨を私が2013年にメールで主張すると、母親は「あなたが外出しないことが私の困ることにはならない」などと、精神的に親とは思えない最低な反発・非難をしていた。




2019年9月12日12時59分に上掲の写真を撮った。
これは、水玉、ドット柄のステッチ stitch, stitches のある靴下によって足の皮膚に跡がつく現象を示す。
前述「水玉の位置に対応した皮膚への陥没が確認できた」。
母親自身の使用としては買わないであろう代物を、私に対しては買い与える矛盾に憤りを覚えている。



2019年10月28日15時39分の母親へのメール「2019年10月28日14時20分ころの出来事について」には、以下の記述がある。
追伸だが、機会があれば「頼まれずに買い与えて無駄遣い&安物買いの銭失い&タンスの肥やし&で未使用品の経年劣化 (e.g. ポリウレタン加水分解 ファッション大好き中学生の時でさえ私は警戒する頭がある)」に関しても詳細に伝えようと思う。機会が無い場合は、私のために私がする作業がされ、あなたに言う事柄はない。






起草日: 20190912 ?
結局のところ、実生活のうち外出に関するものについても検討するときがあろうから、ここで現状から算出される結論を書く。

他人よりも買い替え頻度の低い=経済活動機会の少ない私は、自然災害・襲撃犯罪などの非常時に困らない道具がよい。
材質のよい・丈夫な作りのものを選ぶとよい。
最低限ポリウレタンは避ける。
ポリウレタンはその合成皮革やフェイクレザー以外にも、衣服のゴム状の部分(リブ)など、様々な利用があり、劣化に緩急の差もあるので、全部避けよと私は言うつもりでない。

カバン・かばん・鞄・バッグを買う時は、用途によって材質を考える。
もし買い物の頻度が高ければ荷物を入れるために用いるバッグは、綿かポリエステルで100%を占めるようなものを選ぶ(荷物の大きさの割に重量のあるものに対する強度などは織り方など他の構造を見て感覚ではかればよい)。
他はショルダーバッグでもトートバッグでも何でもそう。

いわゆるエナメルバッグという「エナメル」は、特定の動物由来の革や植物由来の繊維や化学的な合成素材(合成樹脂、合成ゴム)の名称でない。
土で焼いて作る土器-セラミック-セラミックス–陶磁器(陶器と磁器 pottery and porcelain)の光沢を付ける加工法に用いられるガラス質の部分に由来するもので、詳細には"vitreous enamel", "porcelain enamel" などと英語で呼ぶ。
日本語では琺瑯-ホーローと呼び(日英とも狭義には後述の金属の焼き物に限るそう)、加工法 (overglaze enamelling) では釉薬 (glaze) という珪石などガラス質の物質 (vitreous substance) を含んだ材料(日本語の琺瑯は結果と原因のどちらを指すかWikipediaもコトバンク所収百科事典類も不明瞭な点が悩ましい;英語も実は同じ?辞書サイトでも注釈があるわけでないし)を高温で加熱して融かすプロセスから出来上がる (cf. グレイズ glaze, ガラス glass, 光を放つ-自動詞 glow, 輝き・光沢・ツヤ gloss, 光沢ある・艶やかな glossy)。
七宝焼きという金属の焼き物 (cloisonné) に関しても釉薬によるエナメル部分がある(琺瑯とエナメルは金属に限るという本来の意味では結果にも原因にも同じ言葉が指すことになり、釉薬とグレイズも陶磁器を対象にした結果にも原因にも同じ言葉が指すという紛らわしい語句のようで混沌–カオスである;産業関係者が明瞭に説明せよ)。
それらの工芸分野から、革製品のための光沢加工の用語にも派生した(エナメル革 patent leather, enamelled leather は本革の加工に限って呼ばれる。加工や歴史経緯はここで説明しない)。
革は500度も無い温度で焦げて炭化するように、革の光沢加工に用いる何らかの物質も焦げると思われるが、釉薬の方は500度以上で融けるような実際のガラス–珪素などの物質が用いられるので、これらエナメルは指示対象の物質が大いに異なる。
現代日本ではPVC (polyvinyl chloride ポリ塩化ビニル) やポリウレタンを材料としたバッグの光沢のあるものを指して「エナメルバッグ」と呼んでいる(運動部の学生は他の通学カバンと区別して「エナメル」とも呼ぶ)ことになる。
つまり、その種類も実際の製品について検分して選ぶ方がよい。

靴・シューズ・ブーツなどでもこの考えが適用される。
布類によるスニーカーなどは綿でも麻でもよいがソール部分(sole: アウトソール outsoleなど)でポリウレタンが用いられるものが多いことに注意する。
ソール部分の古風な例としては木製(木底)が浮かぶ。
印象の良いものとして古風な革靴(タイプ不問。実際に靴職人お手製で本革・・・動物の皮革素材となるとドコドコ産のお高いものになる)がある。

ベルト(2点以上の買い替えを希望)でもこの考えが適用される。

服に関しては、髪の長い私にとっての着脱の容易さが求められる。
2012年以降に母親が買い与えてきた半袖Tシャツ風トップス服(無標の複数形)は、後年ほどに首回りの開き具合が狭まっている。
狭まってきた後年の新品が、しかもその問題性を補えるだけの伸縮性を持っていない。
こうなると、髪をタオルでまとめた膨らみのある状態においてその服の系統を不注意に着ると、タオルの状態が崩れるか、髪の根元が引っ張られて抜けるおそれがある。
つまり、風呂上がりで肌着の代わりにそれらを着るが、ものによっては単純にタンクトップのようなノースリーブのトップスやボタンで留めるパジャマなどが1点も無いことも疑問である。
どちらにせよ、父親と二人暮らしの時を含む中学生のころから自分の当面の目的に合致する行動ができる自立的人間に、他者が衣類を選択することがあらゆる面での不都合しか生じないこと(金の浪費を伴ってまで当人の抑圧を実現したいか?)は、当記事本文に引用する2013年のメール文章に明らかである。


0 件のコメント:

コメントを投稿

当ブログのコメント欄は、読者から、当ブログ記事の誤字・脱字の報告や、記事の話題に関する建設的な提案がされる、との期待で解放されていました。
しかし、当ブログ開設以来5年間に一度もそのような利用がされませんでした (e.g. article-20170125, article-20170315, article-20190406)。
よって、2019年5月12日からコメントを受け付けなくしました。
あしからず。

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。