2014年12月31日水曜日

寵愛者「子羊らい○」に学ぶメタル道 "The Anecdote of Hubris by Amadeus"

寵愛者による叛逆の逸話

らい○ちゃんはロック・V系と称し、メタルを好んで作曲していたが、音楽制作が板に付くと漸次メタルを離れ、異なるジャンルばかりを手掛けだす。
果てに「臭いメタルばっかり作っていた」などと軽蔑し、その後、諸事情で引退「幸せです」と言い残してシーンを去った。
この作曲活動引退とは、メタル誹謗を許し給わぬメタル神の厳然たる御裁断に他ならぬ。
彼女の、楽才の渇望に応えあそばし、無上の才を授け給うたメタル神だが、寵愛者の不知恩たる叛逆に悲憤あそばした。
彼女はネット遺言のち、メタル冥界に召喚され、メタル閻魔に裁かれた。

-The Wrathful Deity-

ここに下った判決は、凄絶且つ彼女の罪過を鑑みて順当なものであった。
執行は血腥さと死臭の漂う地下の拷問部屋で、メタル神立会いのもとされる。
冥府魔道を地で行く惨憺たる様相の冥罰。
らい○さんは神の愛を知って多幸感を得たことを誓い、神は喜悦あそばした。

メタラーは、メタル神に「求めれば与えられる」信義の下、渇仰せよ。
メタル神の尊き御名を称えよ。
寵愛者、子羊らい○を弔え。
鎮魂詠唱「願わくは夭折した殉教の聖女に安息のあらんことを」

-Requiem Aeternam-

Amadeus來○のHubris 「謗るまじ仮令ひメタルに厭きたとて汝メタルに背かば死なむ」
Augustinus dixit "Non enim amat Deus damnare sed salvare."


補足

12月29日、リアルのメモ帳に書いた情報を転載した。
原案は、ブルータルデスメタルばりの拷問を詳らかに綴った10月13日の記事である。
紙に書くことがPCでの編集より難しい点とは、書き終えた場所を訂正する際、文字列が乱れたりすることだ。
後から綺麗に訂正したくても消しゴムで後の既述全消し後、書き直す必要がある。
だが私はこの点も充分に打破できた。
しっかり脳内で整理して書くことで、この問題は予防できる。

PCでのテキスト編集の利便性を享受しすぎると、こちらの技能が緩慢になるため、紙で訓練。
学校で、教師が黒板に書いたことをノートに移すことよりずっと高度な作業だ。
困難の最たるは、字を書く枠が定まった原稿用紙等で論文や文学を綴ることだろう。


今様讃歌「汝鋼道本懐たれ」

神の力を 仰ぎたる
時こそまさに 神は笑め
尊き御名を 称えれば
無上の才を 授からん

アマデウス殉じ 喜ぶは
神の殺めを 受けし故
アマデウスの死を 弔えば
誓いの心 固まりき

不退転なる 信鋼を
身命惜しまぬ 練鋼を
汝鋼道 本懐たれ
汝鋼道 本懐たれ

(ところで、称えるべき御名って?→信仰の根本、南無阿弥陀仏や南無妙法蓮華経みたいなものだが、悟り得ず=勉強不足の今は難しい、「デウス・メタルム"Deus Metallum"」か「デウス・メタリー"Deus Metalli"」か「メタロテオス"Metallotheos /μέταλλοθεος"」だろう。メタルをテオーシス。単にメタルと呼ぶだけでも神性=テイオテースが光る)


寵愛者の作曲歴

2008年10月、17歳で某サイト上の作曲に参戦。
2009年から交流サイト上でロック系以外の楽曲投稿頻度が増える。
2010年にもなれば、よりその傾向が強まるにしたがい、(ロック系離れを直接の原因としない)中傷が外部サイトで増える。
2010年半ばに当該サイトから失踪し、ニコニコ動画への投稿を始める。
2010年末に当該サイトで復活するも、年が明けて一月の間に去る。
2011年4月末、ニコニコ動画上で「幸せです」と言い残して引退し、行方不明。

晩年=2011年にも彼女は両サイトにて気丈に振舞っては、音楽活動を続けたものの、所詮メタルを作らざれば、それは崩壊寸前の虚勢=風前の灯に過ぎなかった。
「臭いメタルばっか作ってた」と自供したことがメタル神の逆鱗に触れて、一週間の猶予後、8日目に冥界に召喚される折で「幸せ引退」を告げたのだろう。
我々はそんな彼女の死を弔うことで、これを教訓に己を戒め、神への誓願を胸に、前を見据えて作曲に勤しまねばならない。

一方、その当該サイト乃至前身サイト時代から実に2012年8月までの約7年間、メタル作曲に心血を注いだ現在37歳のオヤジについても今後触れたい。
だが、宗教的なテイストをいかに混ぜ込むかが課題である現状、構想が固まらない。


2014年12月28日日曜日

戦局の急な終幕"Deus Ex Machina"とその伏線

ある小説を読んでいて、この表題にあたるシーンといえば、まずは「主人公がふとしたことから敵軍の5本指に入る強者と対峙していたが、歯が立たず、己の使える技で最も強力な『雷霆』の技を行使しても尚、傷一つどころか衣服への損傷さえ与えられない上に、その敵に一方的に弄ばれ、『慈悲』を口実に主人公と傍らの人を上級魔法で殺めようとした刹那、強力な第三者の気配に恐れ戦き、その敵は遁走する」シーンだ。

これについてはその伏線が未然に張られており、突如現れた第三者とは世界の魔力を監視する人間界筆頭の賢者であるが、このシーンよりずっと前に、敵自身の口でこう告げている。
「こちらが強力な魔法を使うと、厄介な方々に察知される」ということなのに、前言撤回のごとく慢心から上級魔法を振り翳そうとして、失敗したのであった。
なお、この戦闘の発端は、主人公ではなく「傍らの人」がこの敵の魔法から逃れてる際、バッタリとこの主人公に邂逅し、共に行動を始めたら行く先の移動魔法陣が作動して、別の戦場(敵曰く、戦場ならぬ「墓場」)へ飛ばされることになったのだ。



他のシーンだと「敵軍の幹部格の強者から剣の手合わせを申し入れられ、受けたのだが、全く太刀打ちできず、敵に本気を出すよう煽られて、禁忌の『赫灼』の力で闘気を漲らせて、腕が拮抗したところで第三者の介入がある。その者はその敵の忌んでいる(?)存在らしいが、その者には顔をも覆い尽くす重装備の敵を見ても誰か判らず、こんな巡り合わせで敵は遁走する」シーンだ。

このシーンは、実のところ「その者とその敵」が過去に何があったか、どういう関係だったかが未だ明かされてない上、その敵自体、その外見と同じく謎に包まれた存在のままだ。
この敵が戦線を離脱する際に、主人公はこんな半端な終わり方より、どうしても勝敗を決したかったが、それは叶わず力なく倒れた。
それはその「禁忌の『赫灼』の力」によって抑えられていた疲労感がどっと押し寄せたこと。
なお、この第三者様は、直前に主人公が訪れた店の店主なのだが、主人公が購入品等を放置しながら唐突に店を抜け出していったため、それを直接届けに来てこの戦場に躍り出た。
主人公が店を抜け出した理由は、この戦場となった場所に一旦戻らねばならぬ事情があったこと、並びにそこにその敵が居合わせたのも、逆に主人公と会いたかったからである。
これについてもそういう伏線が未然に張られていたことになる。



このように2例、表題の例を挙げておいた。
これを"Deus Ex Machina (デウス・エクス・マキナ)"という。
解決が困難そうな事態に、あたかも神が救いの手を差し伸べるような解決方法で収束させる。
端的に言えば「ありえない理不尽な切り上げ方」を指す手法だ。
同時に、表題の通り、2例ともそのデウス(ry発動に伏線を敷いている。

この小説だと、平常の世界であれば、1例目の「厄介な方=人間界筆頭の賢者」が高度な移動魔法を用いてその場に舞い降りるだけで、何でも解決できそうだね。
もちろん、それなら最初から敵軍そのものも壊滅できるが、やはりその既存の強者の他に、迷える下々の者たちの間で、新しい強者を生ませたいのだろうね。
尚且つ、「人間界筆頭」がみだりに動き回ると、敵軍も強い警戒を持つか、先に強力な一手を下されちゃうし、迂闊に動けないんだよね。
きっとそういう、表面張力にも似たような事情がある。

この小説では敵陣営が異次元空間にあるんじゃないかと考えてしまうのだが、表向きの根城は魔王の降臨と同時に隆起した地の最高峰、常人に到達不能な場所に居を構えている。
もちろんそれ以前に魔王なる者がどこに潜んでいたかというのは未だ不明。
先述の通り、その賢者サマなら難なく到達できそうだが、やはり踏み入ることが憚られるのか。
この小説はその他、そんなチート級キャラが敵味方問わず複数いるが、迂闊に出張るわけにもいかないようで、ひっそりとした動向が多い。
魔王がその気になればすぐ世界を滅ぼせるが、それをしない理由もあるし、その賢者はじめ「厄介な方々」が徒党を組んで挑めば、敵の軍勢を瓦解せしめられるが、それをしない。



何にせよ、現状は主人公らが窮地に陥っても死することはないと見られるが、まあもう2年以上更新されてない小説に、ストーリーの「現状」を問うのがそもそもの誤りかもしれない。
なので勝手に勉強に使わせてもらっているよ、という私だった。

言語訓練の観点でも、実に興味深い横文字も連発してるが、例えば英語はもちろん、ギリシャ語然としたもの、ラテン語、ドイツ語など・・・
これらは言語学的に分析したくなるし、実際に昨日12月27日は色々調べ漁っていた。
それらの用語は元ネタありきなのか、また、本人の言語知識による造語かという考察。
舞台により北欧やエジプトの神話由来の単語も頻出し、後世の言語との類似性(ギリシャ語なら古代エジプトの言語、ドイツ語なら北欧の古ノルド語などと似ている)も知ることが出来た。
今、判明している類似性は語彙"vocabulary"レベルなんだけどね。



オマケ 某小説作者の情報
・2012年10月21日の更新を最後に小説の更新を放置
・2013年7月31日にサイト付属の掲示板での返信を以て生存確認なし
・サイトと掲示板以外の活動サイト未確認(HP普及時代に栄えた登録制検索エンジンサイトやアクセスランキングサイトくらいしか見当たらず)



2014年12月27日土曜日

母親が「しんぶん赤旗」を購読し始めた

先の総選挙を受けてか、今月・12月半ばより私の母は日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」を購読し始めた。
この新聞が家に届いてる事実を知った当初は「聖教新聞のようなものか」などと思いもした。
実際に、2011年中は聖教新聞が我が家に投函されたこともある(余談だが、中3ネトウヨ期2011年7月14日にこれを紹介する動画をニコニコに投稿した・削除済み)。
よって、近所の共産党支持者が同じように近所一帯へ配布してるのだろうと考えた。
しかし、そんな憶測も次第に薄れた。

一度や二度でなく、一週間以上も届けられてるからである。
それに、一週間待たずとも、3度目の配達時に早朝起きていた私は、室内から配達の様子をこの目で見たのであったが、なんと乗用車での配達なため、やはり全国疎らな新聞の輸送拠点から車で送ってる、逆に言えば近所に住まう人間でもないことになる。
よって、その3度目の配達の時、私は既に、母が「しんぶん赤旗」を購読していると確信した。
ついでにいえば、この通り母は日曜版ではなく、日刊紙の方を取っていると書きたい。


【母の政治観は謎】


まず、私の母は先の総選挙でこの豊橋の選挙区「愛知県第15区」の候補者の内、誰に投票したか、そもそも選挙の投票に臨んだのかさえ与り知らない。
だが私は当人に聞く気概を持ち合わせていない。

この豊橋の選挙区では、私の予て思った通りに「自民党の根本さん」が当選した。
期間中のある朝に私が散歩している際、根本氏の応援選挙カーと偶然すれ違ったりもした。
女性が窓から手を差し出しながら通行人に「おはようございます」と挨拶を展開していた。
近づくにつれて、私も大声で仰々しく挨拶したい気持ちも山々であったが、終ぞなしえず。

我が家にも届いた当選挙区の選挙公報(?)の紙を見れば、この共産党は安倍政権・自公政権の政策への批判を主軸に選挙活動を展開していた。
アベノミクス云々について、「雇用が増えたという安倍ちゃんの主張のトリックは、非正規雇用が増えたに過ぎず、正社員は減っている」といった物が印象に残った。
これを見たとき、「顕○会も同じ主張してたなぁ」と思った私であった。
こういった野党的な切り込みに、恐らく感化されて母親はしんぶん赤旗の購読を決めたか。
あの母親の政治信条というのはいまいち掴めず、共産党についてどう認識を持ってるか。


【新聞購読の是非】


続いて思うことは、どこの新聞を取るのは好きにしても、実際にあの人が毎日読めるのか。
我が家の新聞購読歴は私の記憶だと、私が小2のあたりまで毎日新聞、続いて1年ほどが朝日新聞で(左派ばっかり)、それからは新聞を取らなくなって今に至っていた。
それは当然、小5母別居以降、父・母のいずれも新聞を取ってないことを意味する。
母別居~私が母宅へ移るまでの母や、私が父宅へ離れてからの父については知る由もなく。
この辺も本人から聞く気概は持ち合わせていない私であった。

新聞の購読動機も、その自公政権への猜疑心から共産党の主張に賛同して取り始めたのか、それとも読むつもりではなくて、新聞紙が何かの目的で必要だがコンビニ等で当日分を買うのに躊躇してるか、定期的に届かれないと必要な量が足りないか。
当然、読むつもりなくして購読してることはないだろうがね。
早朝に我が家へ届くが、仕事前にポストから取らずに仕事に行ってるようで、実際に家の中に新聞が入るのは、弟が学校帰り(冬休みの今は知らない)にポストから取り出してからだ。
この点を加味し、もし読んでないなら、相変わらずあの人が行動を起こす時の理想の持ちようと、起こしてからそれを果たせているか、その整合性が疑問でならない。


【結び】


結びになるが、結局どんな風の吹き回しで「しんぶん赤旗」を購読し始めたのか。
当の新聞は我が家の例からも鑑みて、先の総選挙以降は購読者数が急増中だ。
私の母親もやはり、この共産党による与党批判に、何かを感じた次第であったか。

といったわけで今回の記事は非常に稀な政治の話題が強めな記事となった。
とはいえ、そこは私らしく、身辺の話題も押し出されているが。
個性というのは、こういうものでしょ。
私がただ政治の話題だけごねてもつまらないし。
私としては政治の話題よりも、「新聞購読の是非」という日常テーマについて書いたつもりね。


ちなみに、「赤旗」をどうしても「せっき」と読んでしまうが、実際に戦前の非合法出版時代、いわくつきの頃は「せっき」と読ませていたらしい。
これを「せっき時代」という。「石器時代」じゃないよ。
「あかはた」って言うと、「アヲハタ」っていうジャムメーカーがあるよね。



追記:2015年6月
「社会即宗教論」という拙論文を執筆するにあたり、当記事にも追記が必要だ。
去る2015年3月に母親が赤旗を解約していたのだが、その動向の一つが3月7日にある。
一連の異常な様子を克明に記した記事の最後部に、その件を詳述している。
以下、母親が知らないことを綴った箇所を転載する。
俄かに、解散総選挙で与党批判した政党に憧れを懐くのはいいが、本来どういう政党か存じ上げないまま衝動的に購読を始めた愚鈍さが露見した。その機関紙も母親が望む方向ではなく、連日一面で扱われる話題は、若い頃に学生運動などでヤンチャしてた現在高齢の人らが中心に展開する、農協・労働関連の抗議と沖縄米軍基地移転関連の抗議であり、母親の関心などがあるはずもない。私としても物騒でしかないので、それらの殺伐とした話題は敬遠しているが。尚且つ、特定の政党を支持・批判する思想も持っていない。



2014年12月25日木曜日

自ら炊飯器でご飯を炊くようになって

私の主食は専らラーメンとご飯で、ご飯なら10月までは母親が買ってくれるサトウのご飯を食していたが、10月以降は不買宣言(リンク先追記欄)に伴って摂食量を抑えるように。
その不買宣言を受けて久しく、今は手元にどうにか6食分残してるが、今月からはいよいよ本格的に、読んで字の如く「自炊」を行い始めた。
もともと料理自体は母親作ったものはあまり口に入れたくない気分から、ラーメンなり簡単に調理していたわけであるし、そのお陰で今の私は太らずに済んでいる。

というのも、母親の別居以前(小5まで)は母料理の揚げ物ばっかり尚且つ菓子や炭酸飲料を今以上に摂っていたわけだからぽっちゃり体型、小4の8月まで同居していた弟2人もまた然り。
ところが弟2人が児童養護施設へ、私もほどなくして父と2人暮らしになってからはそんな状態からある程度離れられ・・・・・・
いつもみたくこっちの話題で記事のスペースが埋まるのを避けたいから、こちらを参照して理解されたし→http://masashi.doorblog.jp/archives/35738168.html
この話題の結び、弟2人が児童養護施設入所中の2008年末に私が同伴した姫路の母マンション遠征時に、彼らは施設帰りを拒否して母マンションに残ってからはみるみる太ったよ。
母親の料理を口に入れたくないというのは、太るか否かの問題ではないけどね。



本題への軌道修正をするが、継続的な自炊(純粋にご飯を炊く作業)をするようになってから、体調に何か変化があったかといえば、特には。
私の研鑽活動等の時間を幾分削る必要があるのは痛手である。

炊事の概要としては、いつかに私へ譲られた古い炊飯器(2005年製?)をあえて使わずに、母親が常用する比較的最近(2011年製)の炊飯器をこっそり使っている。
母親に気付かれないように使っていて、もう既に気付かれても特別咎めたりしてこず、容認しているのだろうか。
※マヌケな人だから、よもや気付いていないということも有り得る。
毎回自分が即・翌日分まで見据えて食す1合分しか炊かないが、最近は2合炊いたこともある。



今日12月25日は4時前にご飯を研ぎ始め、4時過ぎに炊いた。
いつもメニューで「エコ炊き」なる項目が選択されており、母親の思いでこうされてるから、無理にいじったりしないでいたが、今回は「極うま」なるものを選んで使用した。
少々炊飯時間に差異が生じる、後者のほうが些か長めだ。
実際の感覚として、炊飯器のスイッチを入れてから普段滅多に洗わない、私用の鍋や食器類を洗い終わった頃合にもまだ、目立った外見の変化が出てなかった。
そして炊き上がりの相違点だが、米粒の表面の粘り気は、後者の方が強めであった。

今回の炊飯は主にその時食うのではなく、保管して後々頂こうという意図で行った。
いざ、茶碗にご飯を盛ってラップを掛けようとした時。
そのサランラップが1回分にも満たない長さで途切れた。
即ち、最後の僅かなほどしか残っておらず、これで以てその分は使い切ったことになる。
なんたる不条理、私が使ったタイミングで残りの最後、それも何の役にも立たない、1回分にも満たない程度。
折角、俺が家計を慮って真面目に炊事してるのに、俺には何もするなというのか。

私がこの時に憤ったのは、上記の通り「私が使ったタイミングで使い切られた」ことよりも根本的なものがある為で、私が今日炊事したことを母親に覚られるためだ。
それでどういう問題があるかといえば、私が炊飯後の釜なり杓文字なりを勝手に洗えば、母親が私の洗い方に目くじらを立てそうだということ。
その他種々の問題もあるが、正に俺がラップを使い切ったことで憂慮しか沸かず。

すぐさま新しいサランラップをキッチン上部の棚(?)から取り出した。
1合の半分のご飯を盛った茶碗に掛け、残った1合の半分はラップでくるんだが、これについては平時のままに実行しただけである。
そして空となったラップの容器は、捨てずにキッチンに置いた。

これは、私の手法で処分して、それを見た母親の流儀に悖っている際に、本人の不興を買うことを避けたいという意図がある。
・・・ここまで文章を書いた6時過ぎ、私は結局この空のラップ容器を自分で処分した。
サランラップの刃、しなやかな金属製の刃の扱いには万全を期して、しかし私は半ば荒めに行った故、右手薬指あたりの皮を軽度に抉らせてしまった。

結局、厄介な不条理で一悶着の羽目になった。
それからも患部は、負傷部位はヒリヒリと痛む。
なぜ家計を慮る好青年が、こんな痛ましい思いを受けねばならない。
こういう不条理による洗礼など、至って不要だ。



2014年12月21日日曜日

金銭の工面、切実な問題。お金のことを考えたくない。

全くもって私はまだ17歳の青いガキで、金銭を案じる必要はないかも知れないのだが、今から将来は暗澹としていることは明白、というより明黒、暗黒。
金儲けの手段を模索する、そんな意思は毛頭なく。
例えば私の上の弟みたく「小遣い週に3000円じゃ不満で、金が欲しいからバイトしたい」などという貪欲さだって持ち得てはいない。
私は、中2不登校のあたりにアフィリエイトやFX・投資等、ネットで設けることを志したり、中3で実行して2ヶ月で自主撤退してみたり、中3末期~卒業後数ヶ月まで「バイト探さないとヤバイ」という何の計画性もない漠然とした焦燥だけが起きたりといった過去にさらされた。

まあ、その焦燥感こそが「全うな社会性」を現しているのかもしれないが。
だが、そんな「社会性」なぞは、とっくに己の思考から廃している。
そんな「社会性」で急かされても、結実しなかった今までの人生で熟知している。

というわけでお金のことは考えたくない、お金がなくてもやっていける術。
ずっと親元(愛知・母や埼玉・父)に住むとか、誰かに身寄りを求めるとかしかない。
我が豊橋・並びに故郷埼玉は南海トラフ地震や首都直下地震で強い揺れが観測されるであろう。
地震や災害云々は前回の記事でも書いたため、省略しておく。

私はどんな危機に瀕しようと、困窮に陥ろうと、金を稼ぐ気は毛頭ない。
これも「全うな社会性」を廃したこと、そのものになる。
暗中模索の如く、今この活動の最中に手がかりを掴めれば本望。
それに至らず瀕して窮するならば、死を受け入れられる強い精神が要される。
あるいは死を厭わない・厭えないほどの生物的な感情をも廃する必要がある。

前者の豪胆が元来備わってたら、今頃どんな人間になってることやら。
なのでこの生活の折、それを得ることは期待できない。
後者の場合はもはや抜け殻というものだ。灰身滅智ともいう。
なので、前者の豪胆を十分に得ずとも、死を恐れない精神・智慧を得ればよし。

これらを見ると、仏教の修行にも類似している。
部屋に籠もって三年、悟りを得る者は現れるか。
悟りを得た修行僧は、死を恐れないが、むざむざ死ぬこともない。
逞しく生きられる上に、死期が迫っても畏怖を懐かず、最期を受け入れる。
これは長寿の高齢者も似たような心境を持つので、「安らかに眠る」と言われる。

ある教団は、人生の目的を「仏道修行に励んで来世に渡る幸福の業を積んでいくこと」と説いており、その一貫で自ずと現世においても功徳、ご利益を与るとする。
生来無宗教の私は今、仏教なりキリスト教なりバラバラに好き勝手で学んでいる。
宗教とは互いを貶しあい、相容れないものなので、敬虔な信者の方々には無礼だろう。

・・・・・・宗教の話が過ぎるきらいがあるようだ。
お金の話をすれば、私の人生は金稼ぎの普遍的な手法を敬遠してるために、普遍的な生き方も忌避して、修行に打ち込んで悟りに近づくのが最善ではないか。
生半可なことでは到底無理かもしれない、だなんて言わせないよ。
髪を伸ばし続けることと同様、引きこもり生活によって徹底できる。
生来その道を授かった、「世俗の名利」とは無縁な境涯を先天的に与えられた。
これを自覚して揺るぎない修行をしようではないか。俺。

以前、ニート研鑽会の構想があったけど、今回は引きこもりの新宗教になるね。
端的に教義を、「世俗の名利」に溺れず、部屋に籠もって修行を続けて悟りを得る。
1年数ヶ月前の俺は変に自虐して、卑下慢状態だったし。


2014年12月20日土曜日

豊橋市の降雪記録、地理的特質・・・地震についても

豊橋市は県内でも雪が降らないor降っても積もるほどは降らない。
それは同じ渥美半島の田原市でも同じ(半島の西端はどう?)。
県内でも南に突出してる地域且つ、関東最南端より緯度が低い地域も多いため、本州太平洋側多くの都市で雪が降ったとしても、渥美半島は滅多に雪が降らないor降っても積もるほどは降らないわけだが、同じ本州で南に突出してる紀伊半島のことは詳しくない。

2014年12月は現在20日までに愛知県内平野部でも数度降雪があった。
特に18日は規模が大きかった。
もちろん、上述の通り豊橋等では降ることもなく(北部や県境の山間部では降ったの?)。
そこでこの記事では、私の近所における降雪記録を振り返る。


2011年4月18日に豊橋市の家へと移り住んだのだが、この年の1月はそこそこ積もったらしい。
2011-12年シーズンは不明。
2012年12月10日10時頃に降雪確認。
その時の記事→http://masashi.doorblog.jp/archives/21098197.html
その他の2012-13年シーズンは不明。
2014年2月7~9日、関東甲信での最初の大雪報道で私はそわそわした。
降らない降らないと嘆き続けたが、同月14日6時に降雪確認。
それらの一連の様子はこちら→http://masashi.doorblog.jp/archives/36292385.html
2014年末の今、上記、名古屋地域で降雪があっても、豊橋じゃ雨が冷たく降り頻るだけ。
12月18日は名古屋地域はもちろん、九州平野部でさえ降雪したのに。
※記事投稿日以降に積雪あれば、気付き次第、最下部に随時追記※


著しい積雪は交通の麻痺など社会の停滞をもたらすとされるが、通勤通学とは無縁の俺には逆に関東のごとく降ってくれる方がずっと楽しいものなのにね。
眺めるもよし、身を投じるもよし、掴んで固めて遊ぶもよし。
「少しくらい外に出てあげてもいいわよ」、という気になるのだがね。
俺が豊橋ではなく埼玉に残り続けていたら、疑心暗鬼な父親との二人暮らし&阿鼻叫喚ゴキブリの騒ぐ夏という2大不安要素があれど、前代未聞の豪雪の恩恵は受けられたね。


タイトルにて「地震」などとも銘打ったため、これについて触れる。
この県内でも異端な地理的特質を持つ豊橋ないし田原は南の沖を震源に大地震、とりわけ南海トラフ沖地震が発生した際に大津波が押し寄せることが想定される。
この防波堤たる渥美半島が名古屋方面の被害を緩和してくれることだろう。
なんとも不謹慎な言いようではある。

防波堤と化した豊橋でも、同じ市内でそれは南方沿岸部のみ、市街地に懸念は及ばず。
それは飽くまで私見だが、それがなぜそうと割り切るか解説しよう。
2013年の独自調査結果だが、あの一帯には海沿いに先人の手による盛り土がされており、今や北側の畑から眺めると海を隔て山にしか見えないほどである。
「山にしか見えない」と書いたが、これは実物を見たのではなく、その後の2014年に反映された現地ストリートビューから判断したのである。
実際にその光景は、まさかあの山のような丘陵を越えてすぐ海があるとは思わせない。
賢い先人たちが将来の大津波に備え、太平洋遠州灘沿いに現在の豊橋市域から旧赤羽根町付近まで丘陵地帯を設けたことにしみじみと感心する。

この海沿いの丘陵地帯はGoogle Earthを用いた2013年の独自調査結果によると、高いところで80m~100mにも及び、よしんば3.11時仙台級の津波が押し寄せたとしても、梅田川以北に広がる豊橋市街地に流れ込むことはないと断定する。
それは飽くまで南沖から流れてきた津波に対してそう断定するのであって、三河湾等別方位(豊橋が海に面してるのって西だけじゃん)からの襲撃は別問題。
だが西方から押し寄せた場合も、田原等の沿岸部埋立地が広大で、豊橋にも明海町があって多くは遮られる。
そうならずとも、あの一帯で地震の影響で立った波ならば、ほぼ恐れるに足らず。
仮に陸地へ流れてきても田園が広がってる場所まででほとんど奥には浸水せず。

豊橋市はここでも地理的特質を発揮したが、一部田原市や、仙台そっくりの湖西市・浜松市は大きく損害を被るハメになるかもしれない。
豊橋除く各地域も沿岸部に緑地帯があるが、丘陵ではなく防砂林・砂防林が関の山。
仙台沿岸部の震災前の空中写真にも、似たような林が見られた。
1984年→http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=1165123


磐石な共同体の瓦解・・・ 抗えぬ大自然の脅威・・・




追記:2015年1月2日11時半
遊具 積雪 豊橋

1月2日の夜中に降雪、朝に止んで積雪が確認された。
朝8時過ぎ、風呂上りの私は急いで髪を乾かして服を着替え、「空き缶を捨てに行く」大義名分の下に外出。
正月の朝とはいえ、車の通りが少ない。
公園にて写真を撮影、園内は大人しかおらず、17歳の私が最も若いようだ。
遊具の写真を撮ってPanoramioに投稿したが、私が気兼ねなく撮れるほど遊具エリアに人がいない。

私が確認した園内=遊具エリア・芝生広場に子供がいなかったし、近所でも子供のはしゃぎ声などがしないまま、時間が過ぎる。
数年ぶりのまともな積雪は、11時頃にもなると何事もなく溶けて消える。
折角の恵みを、蔑ろになさってはいかんぞよ。


2014年12月14日日曜日

古語の動詞で「い+ぬ」や「え+り」の発音ってどんな意味を持つの??

11月30日付けで投稿した記事を12月14日追記したこと(後掲)に端を発した疑問を、勉強で解決。

「斯く語りき」や「斯く語りぬ」や「斯く語れり」はそれぞれどう違いがあるのか。
以前、某教団の会歌「時ぞ来たりぬ」を「時ぞ来たれり」と誤って覚えたこともある。
この「れり」と「りぬ」ではどのような差異を生ぜしめるのか。
後述の解説を見れば、なぜ誤って覚えてしまったかは仕方がないことといえる。

「りぬ」もとい「いぬ"inu"」の発音は「風立ちぬ」などにも見られることは有名だ。
多くの人は「立ちぬ」という見慣れない表現に戸惑ったことだろう。
それでは、動詞に追随する「いぬ"inu"」、「えり"eri"」とは如何なる意味をその品詞に修飾するのか詳しく的確に書こう。


検索スキルを懸命に駆使して調べたところ、明確に判明することとなる。
ここでは端的に違いを表すので、詳しく知りたい方は記事中部の出典欄を参照。
「いぬ」は「完了」を修飾し、「えり」はその「完了」に対して「継続」をも含むらしい。
「時ぞ~」をなぜ誤って覚えてしまったか、それは偏に「完了の意味を含める共通点を持ち、更なるニュアンスこそ異なるが類義であるため仕方がない」と結論付けられる。
更に言うと、「い」や「え」は動詞に連用形を付与("え"の場合已然形も)するから、「ぬ」や「り」がそれに追随する、そういう風に取るのが正しいようだった。

「時ぞ来たりぬ」や「風立ちぬ」をはじめとする「いぬ」は「時が来た」ことと「風が立った」ことを完了している意味を持つ。
その為、「斯く語りき」と「斯く語りぬ」は意味はほぼ一緒なのだが、「いき"iki"」「いぬ"inu"」自体の使用範囲には差があり、「いき」は動詞・助動詞まで、「いぬ」は動詞のみ。
また、「咲く」という動詞を例に取ると、「咲きき」と「咲きぬ」なら「き」が連なる前者だと違和感を覚えるため、個人の好みという差で「咲きぬ」を取りたくなる。
ここらへんの価値観で使い分けをすることもできるが、「語りき」と「語りぬ」なら前者の方が聞き馴染むことや理解がしやすいとは思う。
これらも、使い手の好みや聞き手に対する配慮という機微で使い分けることになる。

・・・「我、是の如く聞きき」って思い切っているよね。


【出典・参考サイト】

http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/intro/jodousi01.html#ab03
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13128104703


【詳細な記事背景】

でもまあ、「いぬ」の完了形の動詞が用いられてる名前で最も有名なのが、「風立ちぬ」だものね、現代では他にそもそも用法さえ知られないなら悲しいほど廃れた用法なのか。
また現代人、つい半年前の私もこの変化を知らなかった同類なのも悲しいことだ。
※古い用法だが、有名どころに「猛き者も終には滅びぬ」があるじゃないか!

この記事を書いたきっかけは冒頭にあるとおりだが、その過去記事はこちら。
http://lesbophilia.blogspot.jp/2014/11/blog-post_30.html
追記事項は「召喚詠唱」の段で、ラテン語の勉強をした最中に召喚詠唱追加を思い立ち、ラテン語の詠唱は聖歌の曲名が適任だったが、物足りない気持ちから日本語の前置きを付けようと考えて「輝きぬ」という言葉を別の言葉で検索した時に目に付いたからこれもその中に入れようとした。
その時、「輝きぬ・・・って、使い方はこの場合に相応しいのか?」と疑問に思い「時ぞ来たりぬ」や「風立ちぬ」などで知る「動詞連用形+ぬ」とは何なのか検索したのだ。
それで更なる疑問と共に、色々と学んで解決できたことが発端で記事を書いたのだった。

召喚詠唱「五濁悪世より離れ、寂光の園を築き給うた主の御稜威ぞ、此處に普く輝きぬ!」
"Veni Creator Spiritus!!"

「ぬしのみいつぞ ここにあまねく かがやきぬ」とは、7+7+5である。
こういった5文字 or 7文字のフレーズは和歌で応用できる。
このパートを川柳の五七五に無理やりすれば「ご威光ぞ ここに普く 輝けり」で良し。
※係助詞「ぞ」は最後が連体形でないといけない云々で「ぬ→ぬる」、「えり→える」が正しいという。「かがやきぬ」は字数的に「ひかりぬる」と訂正し、「輝けり」は「輝ける」と訂正するか・・・。