2018年3月8日木曜日

破裂音・破裂有気音が破擦音や摩擦音になる現象 (破擦音化・摩擦音化)

表題に関して、日本語・中国語・印欧諸語(インド系言語・ラテン語・ギリシャ語・英語)・中東諸語(アラビア語・ヘブライ語)における古代語・現代語・方言の例を挙げて説明しよう。
記事内で注意されたい事項は、ラテン文字による発音表記であり、国際音声記号=IPAや、各言語ごとに用いられるIAST・ヘボン式ローマ字などの表記や、慣用的なカナ表記を用いているので、種々の転写"transcription"・翻字"transliteration"にどういう音価が実際に伴うか(どういう音価を筆者が想定しているか)、しっかりと区別する必要がある。

本論の前に、両唇破裂音系の語彙より例を挙げるので、言語感覚を確認するとよい。
無声両唇破裂音 [p]
 破裂音"plosive"、破裂、ぱれつ・はれつ "paretu, pa-let" (haretsuではない) ぱらっと、ぱじける(弾ける)、ぱぜる(爆ぜる)
その有気音 [pʰ]
 中国語の"pòliè" 梵語の√phal √sphut 頭七分のパーリ語経文"muddhā phalatu sattadhā" (頭が破裂せよ"phalatu = 命令法"、七つに)
有声両唇破裂音 [b]
 英語の"break, burst" ばらばら、ぼんぼん
→後世の日本語・中国語・英語・他ヨーロッパ語、そしてアラビア語やヘブライ語は、一部の語彙が [ɸ] や [f] (日本語は一歩進んで [h] も) に変化するという論旨である。



日本語 Ancient Japanese, dialects (hōgen), Japanese languages

日本語「あかさたなはまやらわ」という五十音・仮名文字の音価は、上代から現代にかけ、破裂系の音の弱化が見られる。
例えば、歯茎系(歯茎or歯茎硬口蓋or後部歯茎)の破擦音たる「さ行」が「し"chi→shi "」「す"chu→su"」(「せ・そ」は「さ」と同じ変化)ととなるように、破擦音が摩擦音となる。
※ch, shを国際音声記号=IPAで/t͡ɕ/, /ɕ/と想定する。以下から同様にIPAを併記する。
歯茎破裂音たる「た行」が「ち"ti→chi /t͡ɕi/"」「つ"tu→tsu /t͡su/"」(「た・て・と」に顕著な変化は無い)となり、両唇破裂音たる「は行」が「は"pa→ha"(中世にfa /ɸa/)」「ひ"pi→hi /çi/"」「ふ"pu→fu /ɸu/ (稀に/hu/)"」(「へ・ほ」は「は」と同じ変化)となるように、破裂音が破擦音や摩擦音となる。

過去記事にも示されたように、仏教・梵語・インド系言語(厳密にはサンスクリットやプラークリットなど典礼言語から口語まで)より成る中国漢字音写語句の現代日本語発音と、原語と思しき発音を比較すれば、具体的な根拠が分かる。
現代日本人に比較的知られている単語より例を挙げよう。
「さ行…毘盧遮那 びるしゃな(中世カナ表記: ヒル)"birushana; hirusana"・ヴァイローチャナ"vairocana"」
「た行…三摩地 さんま"sanmaji"・サマーディ"samādhi"」
「は行…波羅蜜 らみつ"haramitsu"・パーラミター"ramitā"」
※歴史的に全く同じサンスクリット・梵語発音に基づいて漢訳仏典の訳経僧らが漢字音写をしたとは限らず、プラークリットや平易な口語発音の場合もある。

このように、破裂系の音の衰退・弱化が見られる。

古代中国の音韻によって対応する漢字へ音写・転写が梵語の語句にされたので、古代日本の呉音や漢音の類も推定できることを言う。例の中の三摩地の三"接頭辞sam-"や「釈迦(しゃか skt: śākya)・舎利弗(しゃりほつ skt: śāriputra)・沙門(しゃもん skt: śramaṇa)」などの語句は、当然、原語の語頭が摩擦音であるので、想定カナは古代において一字多音ということが言える。カナ・仮名は表象であって実際の古代日本人に異音の同一性・音素"phoneme"が認識し得たろう。例えば、現代日本語の「ひ/hi/」発音を声門音[hi]や声門拗音[hji]や硬口蓋音[çi]で発しても、普通の現代日本人は聴き分けずに同一の音と感じる。独特な発音の人が「ふぃ」 = 唇歯音[fi]や両唇音[ɸi]で発しても、その特殊性が認知されている条件下では、同じく「ひ/hi/」発音としての理解が得られよう。また、標準語さ[sa]が九州弁しゃ[sha]となるが、通常の条件下で話の意味が互いに通じる。任意の幼児は「さ音素/sa/(歯茎摩擦音)」を「た[ta](歯茎破裂音)」で発する場合が多くても、言葉を教えてきた保護者には幼児の発したい言葉が分かる。古代日本の方言・口語は同じ単語でも些か異なる発音をする可能性がある。ましてや、外来語たる漢語・梵語を扱う便宜的状況によれば、仮名の音価が一定でない。例えば、漢語の「訶"ha"」などを「カ」と綴っても、実際に[ka]と発音するとは限らず、「カ」を記号的に用い、[ha]という当時の日本語に無い音声を発することもできる。つまり、梵語の漢字音写である「摩訶"mahā"、蘇婆訶"svāhā"」などを仮名で「マカ、ソワカ(悉曇要訣・大正蔵Vol. 84 p. 529ではモコ、ソモコ。母音が現代中国語móhē等に似る)」と綴りながらも、それを参考にして「マハー、スヴァーハー"mahā, svāhā"」という梵語発音をすることもできる。より正確には、中国密教以来の「二合・引」といった表記が必要である。ソ・蘇"su, so"とワ・婆"ba, va, wa"を「二合(二字の子音結合)」で結びつけたり(su + va = sva)、「引」で長音にしたり(sva→svā, ha→hā)するとよい。

波羅蜜の「」は、平仮名「は"Ancient: pa Modern: ha"」の字形の原型であり、現在も中国では「ポー (拼音 Pinyin: bō 平声)」と発せられる。
日本語の音写漢字=万葉仮名の古代中国語音韻・上古音・中古音を検証すれば、いくらでも証明ができる(笑い声で発せられるような"hahaha"や梵語・古代中国語の"ha"音などは古代にカ行字を用いるような形でハ行カナ"pa"と区別される・・・例として明覚の悉曇要訣でha梵字にカ行カナを付してある。過去記事に「仮名文字」は仮に用いるものであって便宜的手段・臨機応変のものだという心得を記したように実際の音価を目ざとく推定すべし)。
日本語もとい「和語・やまとことば」の語彙にも、破裂音で扱わないと擬音語的な・オノマトペ的な語句の成立を説明できないものが多くある。

悉曇に基づいた五十音図・音価再建
(リンク先に元画像)
そもそも、「あかさたなはまやらわ」という五十音の段表記は、仏教の影響で、悉曇学もといインドの言語学・音声学に倣って中世(近世との説もある)において日本語音韻のために仮名文字で並べられたものである。
江戸時代の国学者・本居宣長さんが「五十連音の圖はもと悉曇字母に依りて作れるもの…(字音仮名用格より、他)」として説明するくらい、伝統的に認知されている。
近現代においては、言語学の知見でも説明できる。
インドの言語学・音声学における原形に基づいて五十音のア段を示すと"a ka cha(IAST: ca) ta na pa ma ya ra(la) wa(IAST: va)" (現代カナ: アカチャタナマヤラワ)となり、インド音声に対照すると s系(歯擦音"sibilant fricative")や h といった摩擦音が無い。
つまり、当時の日本人は s系や h の摩擦音に基づいた仮名を作らなかった。

インドの音声学は「シクシャー शिक्षा śikṣā」と呼ばれ、「式叉(しきしゃ"shikisha" 中古音: shik-cha  これはs系摩擦音のまま異音的に日本で受容か)」として中国・日本でも知られた(インド学問の口伝・原典が漢訳されたわけでないが少なくとも分野の名称は漢語に伝えられた)。
それによると、「あ"a"」は母音"svara"系であり、「か"ka"~ま"ma"」は接触する音"sparśa"=閉鎖音系で軟口蓋(か)・硬口蓋(さ)・歯茎(た、な)・両唇(は、ま)といった子音の調音位置に基づいた順序(奥から先まで)となっている。
「子音の調音位置に基づいた順序(奥から先まで)」は、「や"ya"・ら"ra"・わ"wa"」という母音と子音の間の音"antaḥstha"=半母音系にも適用される。
この発音順序は、西洋人が編纂したサンスクリット辞書(モニエル=ウィリアムズ、アプテ等)の単語掲載順にも採用される(詳細にはa ka kha ga gha ṅa ca cha ja jha ña ṭa ṭha ḍa ḍha ṇa ta tha da dha na pa pha ba bha ma ya ra la va śa ṣa sa ha)。

インド系言語・梵語・サンスクリット語・ヴェーダ語の s系には、歯茎摩擦音 स (IAST/s/ IPA/s/ )・口蓋系の摩擦音 (IAST/ś/ 硬口蓋そのものと思えず歯茎硬口蓋・後部歯茎ならIPA/ɕ, ʃ/)・そり舌(反舌)摩擦音  (IAST/ṣ/ IPA/ʂ/)があり、h は声門摩擦音 ह (IAST/h/ IPA/h/)である。
インドの音声学は、摩擦音を「ウーシュマン"ūṣman"(またはウーシュマ"ūṣma")」と呼び、s系3種を無声音・アゴーシャ"aghoṣa"、hを有声音・ゴーシャ"ghoṣa"と区別する。
現代日本のさ行・は行発音は、インドで摩擦音・ウーシュマンと区別されたもの"ś, s, ṣ, h"に含まれている。
そのサ sa [sa], シャ sha [ɕa], ハ ha [ha]を、そのまま発音した音価は、摩擦音・ウーシュマンと区別されたもの"ś, s, ṣ, h"に共通する。

もし上代~中世日本における音素さ行・は行の発音・音価が、現代日本語のさ行・は行と同じ発音・音価であれば、"sparśa"系統と"antaḥstha"系統と"ūṣman"系統を区別しているという「あかさたなはまやらわ」の順が成り立たない。
すなわち「あかたなまやらわさは"a ka ta na ma ya ra wa(IAST: va) sa ha"」となろう。
中世日本に整備された平仮名・片仮名・五十音順は、どうあっても、悉曇学もとい「式叉論・インドの音声学」の伝統に則っている。
当時のさ行発音が破擦音 [t͡ɕa]・は行発音が破裂音 [pa]であった事実(上代~中世日本語の内的な事実に限って言えば異音として摩擦音シャ [ɕa]・ファ [ɸa]があったことも容認できる)が、近現代の言語学的見地で推定できる(以後の他言語例も参照)。

※インド音声学・音韻論・シクシャーに関する文献は、以下のものがネット上で参照できる。
パーニニーヤ・シクシャー→http://archive.org/stream/PaniniyaShiksha/paniniya_shiksha (IAST校正)
タイッティリーヤ・プラーティシャーキヤ→http://www.sanskritweb.net/yajurveda/tp-comb.pdf (IAST校正)
五十音図の原型を垣間見る平安時代の悉曇文献は、同じくネット上で参照できるものが安然「悉曇蔵 (大正蔵2702 V. 84)」(西暦880年、元慶4年)と、明覚「悉曇要訣 (大正蔵2706 V. 84)」(平安後期)である。一般的に認知されるものに明覚「仮名反音作法」があるものの、現状はアクセシビリティが低い。



中国語 Old Chinese, Middle Chinese, Modern Standard (Mandarin), Chinese languages

中国語の漢字音にも、古代・上古音から普通話・官話・現代にかけ、破裂音が破擦音や摩擦音となる現象が見られる。
以下、英語版Wiktionaryの記事所載の、「鄭張尚芳(Zhengzhang 2003, ZZ)式の上古音」と「呉音の歴史的仮名遣い・Sino-Japanese慣用ローマ字」と「現代ピンイン(拼音 Pinyin)」とを引用して示す。

・仏 /*bɯd/ (字音仮名遣い: ぶつ・ブツ"but")」が、現代ピンインで"fó (慣用カナ: フォー )"となるように、両唇破裂音が唇系の摩擦音となる(ほか→現代漢音: ふつ"fut, futsu" 広東語: fat6 客家語: fu̍t 閩東語: hŭk 閩南語: hu̍t)。
 /*tuŋ/ (字音仮名遣い: ちゆう・チユウ"tyuu")」が、現代ピンインで"zhōng (慣用カナ: チョン )"となるように、歯茎破裂音が歯茎系の破擦音となる(中国語の言語コードzhの由来)。
/*ɡaː/ (字音仮名遣い: こ・コ"ko")」現代ピンインで"hú (慣用カナ: フーまたはウー)"となるように、軟口蓋破裂音が軟口蓋摩擦音となる(広東語wu4などでは接近音)。
/*ɡʷeːn/ (字音仮名遣い: ぐゑん・グヱン"gwen")」が、現代ピンインで"xuán (慣用カナ: シュアンまたはシャン"となるように、軟口蓋破裂音(接近音混ざり)が歯茎系の摩擦音となる。
 /*ɡʷreːns/ (字音仮名遣い: ぐゑん・グヱン"gwen")」が、現代ピンインで"huàn (慣用カナ: フアン)"となるように、軟口蓋破裂音(流音混ざり)が口蓋系の摩擦音となる(広東語waan6などでは接近音)。

これらの例は過去記事でも示された。
ハ行音の反証→傍証として、古代日本と中国の漢字音におけるK/H置換もしくは互換(例は摩訶・まか/マハー、上海・じょうかい/シャンハイなど)ということも多くの過去記事で語っているので参照されたい。
http://lesbophilia.blogspot.com/2015/03/blog-post_30.html
http://lesbophilia.blogspot.com/2017/05/kana-transcripiton.html

蛇足だが、「沸騰する」はブクブク、梵語budbuda 英語boil ボイルの如くにされねばならないので、現代日本語発音の「ふっとう・フットー"futtou, futtō"」ではなく、「ブッドン"buddong"」とでもいうべきか(沸・騰の二字の上古音・中古音を知りたい者は私と同様に調査すればよい)。



ラテン語 Classical Latin, Ecclesiastical Latin (Vulgar Latin, Midieval Latin)
イタリック語派・ロマンス諸語 Italic languages, Romance languages

先に日本語の「ち"ti→chi」という破裂音の破擦音化現象を確認した。
これは、ラテン語の"gratia"が「古典発音: グラーティア/ˈɡraː.ti.a/→教会発音: グラツィア/ˈɡra.t͡si.a/」となるよう、西洋言語にも見られる。
ラテン語は伝統的ローマ地域の言語であり、ローマ所在地のイタリアの口語もまた時代を経て「ウェネティア Venetia」が「ヴェネツィア Venezia (いわゆるベネチア、ベニス)」となったように、文字表記までもが破裂音"ti"から破擦音仕様"zi"となっている。
教会ラテン語では例外的に"...sti (~スティ)"という場合が破裂音として発音される(2種の"ti"発音は聖歌Veni Creator Spiritusの音声で聴かれる)。

※後の調査において、日本語の「ち"ti→chi /t͡ʃi/"」や、ラテン語の"ti→tsi /t͡si/"という現象は、「歯擦音化"assibilation"」という名称のWikipedia記事に説明されていることを確認した。それによれば、ラテン語・俗ラテン語・イタリア語はもちろん、フランス語でも同様の語句が破擦音から摩擦音[sj]に至ったことが示される(例: 古典ラテン語ナーティオー"nātiō"→俗語ナツィオ"natio"→イタリア語ナツィオーネ"nazione" フランス語ナショorナスョ"nation" 英語ネーション"nation")。先の中国語の上古音・中古音・現代ピンインに見られる「中 /*tuŋ/ or ちう → zhōng or chū」といった現象も、同じことであり、過去記事に説明された「茶(だ・た・さ・ちゃ"da, ta, cha-sa, tja-tya" en: tea)」は言うまでもなく、「衆・種(古代中国語で破裂拗音→現代普通話は破擦音)」という漢字が現代日本で「しゅ"shu"・しゅう"shū"」の発音にされることも、当該フランス語句と同じことといえる。

英単語において - in English words
英語にも前後の音の相対性による字の音価の変化が多く見られ、例えば"c, ch"は前後の音の相対性によって破裂音・破擦音・摩擦音いずれの音価も発生する(c例: カップ"cup" キャップ"cap 〈/kæp/ 恐らく日本語のキャ発音 [kʲa] でない〉" シティ"city" ch例: クローム"chrome" コーラス"chorus" チェス"chess" マシン"machine")。
英語における"c"については、いわゆるhard Cとsoft Cの区別がある。
hard Cとsoft Cがどのような条件において明確に異なって現れるかは、把握できそうでも、例外的な単語がある。
例えば、語頭ce-の1音節で"cell, cent"がセ発音(soft C)なのに、"Celt"=ケルト(セルトでなく)のみはケ発音(hard C)になる(セ発音の場合もある)といった、疑問が残る。
"Celt, Celts"がケルト人という伝統的な民族の名称であるから、ギリシャ語Κελτοί (keltoi)に由来するような古風な発音が保持されていると考えることもできる。
調べてみると、「英語版Wiktionary - Celt」に"A consciously archaizing pronunciation /kɛlt/ was advocated during Irish and Welsh nationalism beginning in the 1850s."とあり、アイルランドやウェールズのナショナリズムの方面から1850年代に発生した発音とのことであり、「昔から保持されている」というよりも復古主義的な経緯で再興されたシロモノである。

※「前後の音の相対性」について…ラテン文字の"c, C"は元々、ギリシャ文字のγ(ガンマ)の大文字Γに由来するものである。古典ラテン語で"c, C"は軟口蓋破裂音/k/であったが、これは後のラテン語で前舌母音"front vowel"が関わると硬口蓋破裂音/c/となったり(硬口蓋化"palatalization"現象、日本語やパーリ語など祖語・古代語に対する口語によくある現象でロシア語では軟音化を起こす)、ciは後部歯茎破擦音/t͡ʃi/となる。英語では条件的に摩擦音(シー、スィーという字名自体に表れる)となる。ラテン文字"c, C"は、音価が著しく異なったり多様化している文字である。

※学問的に想定・建設された古代の印欧祖語(インド・ヨーロッパ祖語)には、更にケントゥム語派とサテム語派という2つの潮流が想定されている(現代では実質的な2つの潮流として見ることに否定的だが音変化のモデルケースとしては単純明快なので参照される)。その名称に用いられたケントゥムとサテムという二語は、イタリック語派古典ラテン語の"centum"と、インド-イラン語派アヴェスター語の"satəm" (同系のサンスクリットは"śata-"シャタ-)に由来し、どちらも数詞の"100"を意味する。"centum"は教会ラテン語でチェントゥムという破擦音である。印欧祖語という大昔より、カ発音とサ発音(サ[sa]の異音や祖形にシャ[ʃa] チャ[t͡ʃa] キャ[ca]等を想定)の系統の置き換わりがあったということが考えられていることも留意されたい。ところで、現代の英語はラテン語の語彙を1000年ほど前から漸次に古フランス語や中期フランス語経由で受容してきた。フランス語・スペイン語・ポルトガル語もまたC字がS発音を表すこと(ca等は例外的)がほとんどである(それらロマンス諸語の祖語と目される俗ラテン語"Vulgar Latin"の時に兆候があったと想定される)。ケントゥム"centum"派生語のセンチ-"centi-"(単語例はセンチメートル"centimetre")は、「想定上の古代のサテム語派」のような音変化を成している。



ギリシャ語 Ancient Greek, Greek languages

ギリシャ文字にφ、θ、χという文字がある。
それら文字の音価は、古代ギリシャ語において"ph, th, kh"といった3種類の破裂有気音(有気音or帯気音or含気音の破裂音)である。
しかし、現代では、3種類の破裂有気音がみな摩擦音に移行している。
φ(カナ名称: ペイ→フィ(通称ファイ)) /pʰ→f/ (有気無声両唇破裂音→無声唇歯摩擦音)
θ(カナ名称: テータ→シタ(通称シータ)) /tʰ→θ/ (有気無声歯茎破裂音→無声歯摩擦音)
χ(カナ名称: キー(通称カイ)→ヒ) /kʰ→x/ (有気無声軟口蓋破裂音→無声軟口蓋摩擦音)

英単語において - in English words
"ph"や"th"というはスペリングは、現代の一般的な英単語にも継承されているが、やはりみな同様の摩擦音となっている。
具体的に前者"ph"は無声唇歯摩擦音/f/であり、後者"th"は無声歯摩擦音/θ/と有声歯摩擦音/ð/である。
特に後者"th"は、日本語カナ表記で「サースティ"thirsty, sāsuti"、スローン"throne, surōn"、ブレス"breath, buresu"」や「ザ・ジ"the, za or zi or ji"、フェザー"feather, fezā"」となり、「さ行の歯茎摩擦音s z・破擦音j」で表記される。
英単語において"kh"というスペリングはアジア系言語の翻字に多くあり、一般的な単語は先述の"ch"の形式を取る。
それらはギリシャ語借用系(大概はラテン語経由)・ギリシャ造語系に「キャラクター"character (χαρακτήρ)"」や「コーラス"chorus (χορ-)"」や「クライスト"Christ (Χριστός)"」や「モノクローム"monochrome (χρῶμ-)"」や「シンクロナイズド"synchronized (χρόν-)"」といった語句がある。

※ちなみに、ギリシャ語根に由来する英単語で"th"と"ph"を兼ねたものは、"Theosophy (Theo-Sophy, θεοσοφία)"があり、その日本語カナ表記では「テオソフィー"teosofī"」となるが、これは破裂音と摩擦音が混在しており、概ね古代ギリシャ語寄りの「θεός テオス"theos, teosu"」と現代英語寄りの「φιλοσοφία ピロソピア→フィロソフィー"philosophy, firosofī"」を一緒にしたろう。カナ表記の基準に則れば「セオソフィ"seosofi"」、実際の英語発音/θɪˈɒsəfɪ/に近付けると「シオソフィ"siosofi"、シアサフィ"siasafi"」となる。ドイツ語では「"Theosophie"、テオゾフィー"teozofī"」として、イタリア語・フィンランド語・ポルトガル語では「"Teosofia"テオソフィア」として、先のカナ表記「テオソフィー"teosofī"」に似る。慣用的な混成語としては、「テオソフィー"teosofī"」の方が親しまれやすいかもしれない。

ちなみに、英語といえば印欧語族>ゲルマン語派だが、この語派の言語と他の諸語派の語句とで同根語の比較をすると、やはり破裂音が摩擦音に変化している様子を観察できる。
「あなた (2人称代名詞・単数主格)」
インド語派>サンスクリットtvám त्वम् (与格・属格はte)
イタリック語派>古典ラテン語 tū; tu (対格・奪格はtēで長母音がサンスクリットと同じ)
ゲルマン語派>ドイツ語 du
ゲルマン語派>英語 thou (このthは/ð/有声歯摩擦音)
印欧祖語 *túh₂
※英語で一般的な"you"は、古期の単数目的格"thou"の複数形"you (主格 ye)"が拡大された結果である。サンスクリットでも2人称複数形がyで始まるので"y- *j- =硬口蓋接近音"は通常の印欧語で複数形である。

「足 (名詞・単数主格)」
インド語派>サンスクリット pāda पाद
ヘレニック語派>古代ギリシア語 poús πούς (英語のオクトパス octopusの語源)
イタリック語派>古典ラテン語 pēs; pes (英語のペダル pedal, ペデストリアン pedestrianなどの語源)
ゲルマン語派>英語 foot (ドイツ語はFußとして摩擦音が2つある)
印欧祖語 *pṓds

※ほか、西洋言語学では印欧祖語の破裂有声音*b, *d, *gが英語では摩擦音となる現象を、グリムの法則と呼ぶ。一例: 印欧祖語 *d → やや古い印欧系語派 t → ゲルマン祖語・英語 th (摩擦音/θ, ð/としてのth)。同じくグリムの法則で、印欧祖語の破裂有声音・有気音*bʰ, *dʰ, *gʰが有気音でなくなるなどの現象を指摘する。「兄弟」を意味する言葉は、サンスクリットの"bhrātā (ブラーター、語幹形bhrātṛ)"が英語で"brother (ブラザー)" ラテン語で"frāter"とあるなどの例が挙げられる(再建された印欧祖語は*bʰréh₂tēr)。英語"brother"の摩擦音"th"が原語における*tなど破裂音の位置の相対性によって生じたとする説を、ヴェルナーの法則と呼ぶ。



英語 English, dialects

現代のアメリカ英語では、/p, t, k/の破裂音が有気音/pʰ, tʰ, kʰ/で出ることがある。
英語版Wikipedia - Aspirated consonant (有気音の子音 直訳: 吸引された子音)の項目には、pinとspinを比較してpinが/pʰɪn/という有気音として発せられ・spinが有気音として発せられないことを例示するほか、音声付きでアメリカ英語の発音の「"distend" with unaspirated t /dɨˈstɛnd/ "distaste" with aspirated t: /dɨsˈtʰeɪst/」を例示してある。
ほか、インターネット上には"Rule for English Aspiration"というPDFが確認され、potが有気音であってspotが有気音でなく、topが有気音であってspotが有気音でなく、cotが有気音であってScotが有気音でない、ということを例示してある(このうちtopは英語版Wiktionaryでイギリス英語・アメリカ英語のどちらにも/tʰɒp/ /tʰɑp/という有気音のケースを掲載してある)。

こういった、文字上は単なる破裂音であるべきp, t, k語句が、口語で有気音として発せられると、時代の移り変わりとともに「古代ギリシャ語φ, θ, χのような摩擦音化」が生じるかもしれない。
ただし、日本語の「ぱ(パ)"pa"」が促音便の相関性で現在も主要な日本語の発音に残されながら、破裂音が継続している外来語の影響もあるために「は・ぱ」という清音・半濁音の弁別があるように、英語でも、何らかの別の理由・条件によれば、しばらくはp, t, kが現状のままに保存されよう。
当記事に示された現象が進展すると、「(人類文明が高度に保たれるという条件下で)数百年後に人間の口語が機械音声・電子音・ノイズ音のようなもの(モニョモニョmnmnヴルヴルvrvrズウィーzwee, murmur...)になっていようか(あるいは人工的に機械化されていようか)」とも考えたくなる。

※英語はゲルマン語派"Germanic languages"であり、その観点でも少し記す。古英語に通じる語頭h(声門摩擦音[h])語彙は、同じゲルマン語派のドイツ語h(軟口蓋摩擦音/x/)が語頭の単語と対応する。また、英語疑問詞"what"など語頭wh語彙(両唇軟口蓋接近音[w])は中英語(500年ほど前)でhwと綴られたし、現代日本で"what"をワットでなく「ホワット」と書くことも、この中英語の綴りに示された両唇軟口蓋摩擦音[ʍ]発音(現代はアメリカの一部などに残る稀な発音)に由来する。それら語彙のwやhは現代日本語のワ発音やハ発音よりも、カ発音=軟口蓋に調音位置が近かったことになる。"what, who, how"のような疑問詞は、ラテン語で語頭qu- (quis, quam等)=軟口蓋破裂音+唇音化[kʷ]となるなど、カ発音(より近似するクヮ発音kwaが古代日本漢字音にあったが)に近い。ゲルマン語派ないしゲルマン祖語にも、学者は摩擦音化や事前の兆候を観察する。これのみならず、一人称代名詞"I, ich"や二人称代名詞"thou (単数形の古形)"といった単語もラテン語"ego"や"tu"等と比較すれば、様々に摩擦音化を観察できる。なお、同じゲルマン語派でも、英語の破裂音がドイツ語の摩擦音・破擦音に対応する語彙もある(英apple, 独Apfelや 英book, 独Buchなどの差)。古英語g音は近代英語にy(硬口蓋化関連、接近音化・母音化)となるが、ドイツ語に残る(古dæġ, 英day, 独Tagなど cf. 再建ゲルマン祖語*dagaz)。ゲルマン語派のうち、英語やドイツ語と異なって古ノルド語系統の現代語を求めるならばアイスランド語を見てもよい。例えば前述の英語who, ラテン語quis (疑問詞) qui (関係詞)は、ドイツ語でwerだが、アイスランド語で"hver"=軟口蓋摩擦音+唇音化が残るのでラテン語・印欧祖語に似る(デンマーク語hvem ノルウェー語hvemは文字に名残があるが発音上[vem]で唇音のみを発する英語・ドイツ語に似る)。なお英語whoの原型は、ゲルマン祖語で *hwaz、印欧祖語で *kʷos (*kʷis) と推定されている。



アラビア語 Classical Arabic, Modern Standard Arabic (fuṣḥā), dialects, Arabic languages
ヘブライ語 (ヘブル語) Classical Hebrew, Hebrew languages
セム語派 Semitic languages

アラビア語の語彙かつイスラム教の教義用語「カリフ」は、英語圏で"caliph"と綴られる。
しかし、ドバイの高層建築物「ブルジュ・ハリーファ」に見られるような「ハリーファ"khalifa"」が、「カリフ」よりも現代アラビア語に近い発音だ、と考えられる。
リフ」は頭子音が軟口蓋破裂音であるが、「リーファ」は軟口蓋摩擦音声門摩擦音のようで、破裂音と摩擦音の互換性が看取できるが、原語の発音がいかなるものか判断できない。
さて、実際にカリフ"karifu"的な発音とハリファ"harifa"的な発音は、古代のアラビア語と多くのアラビア語方言の、いずれに分類されようか、と疑問に思った。
もしかしたらば、同じセム語派"Semitic"やアフロ・アジア語族"Afro-Asiatic"のヘブライ語で"Tanach"や"Tanakh"と綴られるユダヤ教聖典の「タナハ」という名称の「ハ"ch, kh"」と同じような音価を表しているかもしれない。
それに、ラテン文字転写"caliph"の"ph"は、古代ギリシャ語φのような両唇破裂音の有気音を示唆するものか、あるいは単に摩擦音の"f"を慣用的に"ph"で転写したに過ぎないものか、一目に区別が不明瞭である。

Khalifa caliph
"Khalifa" in Hans Wehr 4th ed., page 298 (of 1303)

いくつかの疑問を伴うのでこれを検証すべく、日本語カナ表記のされたアラビア語「カリフ・ハリーファ(ハリファ)」とヘブライ語「タナハ(タナフ)」の現代の原語文字表記を求めた。
前者アラビア語がخَلِيفَة (ヴェーア式: ḵalīfa) خليف (ヴェーア式: ḵalīf) 、後者ヘブライ語がתנ״ך ニクダー・ニクード付きתַּנַ״ךְ (IPA 音素/tɑːˈnɑːx/ 音価[taˈnaχ]) である。

前者アラビア語については、カ・ハ部分が خ (無声咽頭摩擦音/ħ/ حに点がついた形 خ で無声軟口蓋摩擦音/x/を表す)「ハー"Ḫāʾ"」、フ・ファ部分が فَ (無声唇歯摩擦音/f/ فに同じ)「ファー"fāʼ"」である。
これらの文字と、学問的に考察されたセム語派の諸言語との関係性を求めれば、カ・ハ部分 خやحは基本的に摩擦音系であるから、西洋におけるカリフ"caliph"転写のカ"ca"は、アラビア語の方言(日本漢字音韻のH/K置換のようなもの)もしくは誤写の可能性がある。
「خ=軟口蓋摩擦音としてのハ(現代日本では声門摩擦音)」の音のために用いられた"kha"や"ḵa"は、単なる"ha"と比べて軟口蓋の音(IPAで/x/、より奥の口蓋垂の音/χ/とも)であることを示唆する目的があろう。
フ・ファ部分の転写は唇歯摩擦音を意図したものと捉えて差支えが無いが、なぜ"caliph"では"ph"を用いて"f"としなかったかといえば、"caliph"の元がラテン語"calipha"とされており、転写当時に"f"字が無いからか、転写した人が古典期の破裂有気音でなく後世の摩擦音で"ph"になじんでいたからか(または当時の発音でのギリシャ文字Φ経由か)、と考えられる。
ちなみに、1883年のラテン語辞書における"calipha"の説明に「halifaを参照せよ "Vide halifa"」とあった(参照せよというのにhalifaの項目が無い)。
フ・ファ部分に対応するアラビア文字فは、学問的に構築されたセム祖語"Proto-Semitic"で*p音だったとされており、ハリーファ原語のひとつ خَلَفَ (動詞verb)も*ḫalap-. (ḫという字はDIN 31635表記によりヴェーア式のḵに相当)だったとされており、本題の「破裂音→摩擦音」の現象に関する肯定的根拠となる。
※ちなみに英語版Wikipedia - Stop Consanant (閉鎖音もとい破裂音)の項目>Common stopsの節で、上記の事柄について"the labial is the least stable of the voiceless stops in the languages of the world, as the unconditioned sound change [p] → [f] (→ [h] → Ø) is quite common in unrelated languages, having occurred in the history of Classical Japanese, Classical Arabic, and Proto-Celtic, for instance."と説明される。当記事で語られた上代日本語と現代日本語との差異も例示されている。古代アラビア語はハリーファを「ハリーパ *ḫalīpa」としたろうか。

後者ヘブライ語については、ハ部分が ך (軟口蓋破裂音כの語尾形)「カフ, ハフ"Kaph; Chaf"」である。
この文字「カフ」と、学問的に考察されたセム語派の諸言語との関係性を求めれば、基本的に破裂音系であると同時に、現代は条件的に軟口蓋摩擦音ともなるようである。
なお、ヘブライ語関係の学問で、軟口蓋摩擦音を表す文字"ḵ"は、先のアラビア語ハリーファのヴェーア式"ḵalīfa"にある軟口蓋(口蓋垂)摩擦音を表す文字"ḵ"と同じである。
問題の「タナハ תנ״ך」とは、頭字語・アクロニムであり、 תּוֹרָה‎ (torá), נְבִיאִים‎ (n'vi'ím), כְּתוּבִים‎ (k'tuvím)の頭文字より成り立つ言葉である。
ハ部分はもともと、軟口蓋摩擦音でなく、軟口蓋破裂音だったことが垣間見える。
厳密に説明しなおすとヘブライ語句 כְּתוּבִים (慣用カナ表記: クトビーム、ケトゥビーム、クトゥヴィーム…)は、ニクダー・ニクード付き表記で כְּ (ここでは語中形)という真ん中に点=ダゲシュのついた文字が使われ(下の縦2列の点はシュヴァー"Shva"と呼ばれ/e/エの音を示すものだがアポストロフィで曖昧な母音Ø əを示す記号?)、タナハは ךְ (ここでは語尾形)という縦2列の点のついた文字であり、それによって軟口蓋破裂音/k/にも軟口蓋摩擦音/x/ (ḵ)にもなる。
というよりは、発音によってニクダーが便宜的に付されると捉えた方が、歴史的な目線で妥当である(ヘブライ文字の母音記号・ニクダー成立初期にそうされた)。
ヘブライ文字 ך (語中・語頭形: כ)は、学問的に構築されたセム祖語"Proto-Semitic"で*k音のみだったとされており、本題の「破裂音→摩擦音」の現象に関する肯定的根拠となる。
※セム祖語および古典ヘブライ語について、軟口蓋破裂音*k のための「ך (語中・語頭形: כ) カフ"Kaph; Chaf"」と、軟口蓋放出音*q = IPA/k'/ のための「ק コフ"Qoph; Kuf"」とを混同しないよう、注意されたい。「ק コフ"Qoph; Kuf"」は現代に軟口蓋破裂音/k/のみで用いられるようであり、昔は軟口蓋放出音もしくは軟口蓋破裂音の咽頭化した音(総称して強勢音 emphatic consonant ≠stress)だったという。2つの字の韻尾「フ」も、両唇破裂音の摩擦音化があったと見られる。セム祖語的にカプとかコプとしてp音にする方が、本来的である。フェニキア文字"Phoenician_alphabet"アラム文字"Aramaic"でカープ"Kāp"・コープ"Qōp"などと呼ばれたようである(cf. ギリシャ文字 Κ カッパ"kappa", Ϙ コッパ"qoppa")。

以上のように、慣用カナ表記でアラビア語「カリフ=ハリーファ」とヘブライ語「タナハ」における「ハ(カリフのカ)」は、前者と後者が同じ発音である場合と異なる発音である場合とがあるが、みな摩擦音であることが共通した。
一方、文字としては、セム語派のアルファベット体系において異なる字であることが確認できた。
さて、アラビア語とヘブライ語のラテン文字転写・表記問題については、私は表題に関連する事項の概要として記してきたので、より詳細に学びたい人は、以下のページより確認されるとよい。

http://en.wikipedia.org/wiki/Romanization_of_Arabic
http://en.wikipedia.org/wiki/Arabic_phonology (日本語版の情報の方がよいか)
http://en.wikipedia.org/wiki/Romanization_of_Hebrew
http://en.wikipedia.org/wiki/Hebrew_language

※シュヴァー"Shva"記号=縦2つの点 ְ  (翻字ではアポストロフィ ' )の発音例
トーラー朗読後に唱えるアリヤより"וְנָתַן לָנוּ אֶת תּוֹרָתוֹ transliteration: v'natan lanu et torato"
וְ = v' 。ヴェ"ve"の発音例が多く見られた→1, 2, 3, 4。現代語・ティベリア式・セファルディム式・アシュケナジム式・非中東圏学習者などといった差について未検証だが、いずれもシュヴァー相当の字のタイミングでエの発音[e (ɛ)]をしている点は共通している。「音声記号シュワー・中舌中央母音/ə/ (聴覚的にアに近い音)の発音だ」という説は、限られた事実にのみ当たると思われる。後日たまたま、音声学的見解の論文「現代ヘブライ語における歴史的シュワーのゆれ」を見た。それによれば、様々な条件(地域差や話者個人の状況など)によって[e (ɛ)]や[ɘ] (非円唇中舌半狭母音 論文仮定@1)や[ĕ] (超短母音・最短母音 論文仮定@2)や[a]や[∅] (無音)で現れるようである。

追記: 2018年4月4日にシュヴァーについての考察を動画で投稿したhttp://youtu.be/oB2Vfnux4is



インド・アーリア語派 Indo-Aryan languages
ヴェーダ語 
Vedic language
サンスクリット・パーリ・プラークリット 
Sanskrit (saṃskṛta), Pali (pāḷi), Prakrit (prākṛta, prakṛta)

再びインド系言語、いわゆるインド・アーリア語派の話題をしておく。
ヴェーダ伝承以来の正当な発音のインド系言語は、学問的に「古代インド・アーリア語派」に分類されている。
インド文法学者「パーニニ」がヴェーダなどの古代インド・アーリア語を用いた口伝に基づいて体系的に説明したことで「サンスクリット(サンスクリタ"saṃskṛta")」と呼ばれた言語と、それに対比する形で「プラークリット(プラクリタorプラークリタ)」と呼ばれたインドの口語・俗語は、おおよそ「中期インド・アーリア語派」に分類されている。
中期インド・アーリア語派の口語のうち、仏教開祖といわれる釈尊(ガウタマ・シッダールタorゴータマ・シッダッタ)の在世(学問的に紀元前5~6世紀と見られる)の言語は、パーリ語文献やジャイナ教のアルダ・マーガディー(半マガダ語)文献やアショーカ王碑文より垣間見ることとなる。

ここでは、古代インド・アーリア語(OIA)をサンスクリットと呼び、中期インド・アーリア語(MIA)をパーリと呼び、対比して破擦音化語句を列挙する。
※特筆されない限りは、当記事の先例の如く、インド学専門の発音表記IASTを用いる。"c, j, ś"の発音は「軟口蓋"kaṇṭhya"でない口蓋"tālavya"」とみなされるが、現代発音(ヒンドゥー教・テーラワーダ仏教などあらゆる伝統宗教による発音)はいずれも硬口蓋"palatal"破裂音・摩擦音[c, ɟ, ç]でなく、歯茎硬口蓋の破擦音・摩擦音[t͡ɕ, d͡ʑ, ɕ]で発せられる。古代ヴェーダ~釈尊在世・ヴェーダ教派成長期においてどういう発音だったかは、シクシャーなどのヴェーダ学問伝承に倣っても断定できない。無論、信仰のある人は、今に行われる発音を「教法の原初に等し」と思えばよい。

無声音"aghoṣa"(清音)の例 tya→cca thya→ccha系
・諦 サンスクリットで"satya"→パーリで"sacca"
・縁起(or因縁生) サンスクリットで"pratītyasamutpāda"→パーリで"paṭiccasamuppāda"
・辟支(ひゃくし 復元: prak-chi ) サンスクリットで"pratyeka"→パーリで"pacceka" (後続buddhaで辟支仏=独覚or縁覚という語句になる)
・迦旃延(かせんねん 復元: ka-chan-yan) サンスクリットで"Kātyāyana"→パーリで"Kaccāyana" (またはKaccāna)
・邪 サンスクリットで"mithyā"→パーリで"micchā" (手段が不正な行為=邪婬・邪命などの接頭辞としての用例が仏教的に多い)

有声音"ghoṣa"(濁音)の例 dya→jja、dhya→jjha系
・明(神通力や学問の総称) サンスクリットで"vidyā"→パーリで"vijjā"
・禅那(ぜんな 復元: dyan-na) サンスクリットで"dhyāna"→パーリで"jhāna"
・覚支 サンスクリットで"bodhyaṅga"→パーリで"bojjhaṅga"

ヴェーダ典籍にも載る言葉"ārya"は、カナ表記でアールヤともアールャともアーリヤともアーリャともアーリアとも表現できるが、これはギリシアとかギリシャとかギリシヤのような違いと似たもので、母音と子音の関係性をラテン文字からどう読み取ってカナ表記をするかの差である。
"ārya"は2音節の語句であるが、二重子音の単純化現象の多いパーリ語において"ariya"と3音節の語句になっており、アリヤとカナ表記できる。
パーリ語において、"r"の拗音的な"rya"部分(厳密にはrとyが日本語の拗音ほど強く絡まない)に"i"の一字を介し、より明確に硬口蓋接近音"ya /ja/"を独立させている。
似た例として、サンスクリットのシューニヤ・シューニャ"śūnya"・アニヤ"anya"は、パーリ語でスンニャ"suñña"・アンニャ"añña"といった「歯茎鼻音"n" + y /j/」が「硬口蓋鼻音/ɲ/」となっている。
アーリヤ・シューニヤ話は破裂音の破擦音化や摩擦音化と関係ない事項であるが、破擦音化や摩擦音化と相関性の強い「硬口蓋化(口蓋化)」の例として示す。
"ārya"の発音を、私が実演しているので、参考までに聴いていただきたい。
http://www.youtube.com/watch?v=EIb2CfiUCPM (0分20秒)

※ārya→ariya現象は硬口蓋化に関連するという見解に、反例がある。「阿羅漢」はヴェーダ≒サンスクリット"arhan"がパーリ"arahanta (一般的には主格: arahaṃ 与格: arahatoなどの形式)"となるよう、rと別の子音にa音の挿入が見られ、この反例を基準にすると、「後ろに硬口蓋音"y /j/"が伴わずとも歯茎音たる"r"音が顕在化する」というだけのことかもしれない。"r"音の特殊事情は、「成節子音の確立」にもある。成節子音"syllabic consonant"(音節主音的子音)とは、サンスクリットIASTで ṛ という字(インド系言語の反舌rと区別する場合は r̥)で表記され、慣用ラテン文字表記で"ri"、慣用カナで「リ」と綴られる。便宜的にリ"ri"と綴っても、発音は母音"i"を伴わない。"ṛ"のみで母音と同じように1音節を成すという特殊な子音である。グ・ヴェーダ"g-veda (ṛg.ve.da=3音節)"やサンスクタ"saṃskṛta (saṃ.skṛ.ta=3音節)"のリが相当する。サンスクリットで「仙人」を意味する「リシ"ṛṣi"」は、パーリ語で「イシ"isi"(善見律毘婆沙: 伊私)」となり、これもまた硬口蓋接近音"y /j/"と関連性の深い"i"音になっている。しかし、これにも反例があり、サンスクリットで「心臓」を意味する「フリダヤ"hṛdaya"」は、パーリ語で「ハダヤ"hadaya"」となっており、後続の"da"の相関性で"hṛ"が"ha"になったと看取される(別のプラークリットのシャウラセーニーやマハーラーシュトリーやアパブランシャでは"hiaa" हिअअ )。ṛがuになった例もあり、サンスクリットで"pṛthagjana"→パーリ語で"puthujjana"がある。みな母音調和の可能性もあるか。なお、"ṛgveda"は"irubbeda"、 "saṃskṛta"は"saṅkhata"となる。他に"gṛdhra"→"gijjha"も考察の余地がある。込み入った話になるが、さまざまな語句の例を挙げておいた。何らかのひらめきがあるとよい。



このほか、インド・イラン語派全般や、その祖語にまで穿って見ることで言える事項を付記する。
ヴェーダ語(リグヴェーダ第1巻1章など)・サンスクリットの"mitra (ミトラ मित्र)"の"t"は歯茎破裂音or歯破裂音/t̪/ (歯音は英語"dental"でありヴェーダ学問・シクシャーで歯の音"danta"とされることによる)であり、これがイラン多神教のゾロアスター教の聖典アヴェスター"Avestā"(うちヤスナ"Yasna"1章など)では"mithra (ミスラ、有気破裂音のthではない)"の"th"が歯摩擦音/θ/として現れるような置換・転訛が見られる。
インド・イラン諸語に同源の祖語を求めるならば、古代インドの"t" 古代イランの"th"(アヴェスター語の発音はいつごろ成立したもので誰が継承したり音声学的な示唆がアヴェスター語の文献や口伝にあったかも不明)の音がIPAでいう/t̪/に帰せられよう。

これは、インド・イラン祖語で破裂音だったものが、何らかの時代にイランでは摩擦音となった例である。
イランの古い呼び名はペルシャまたはペルシアであり、これは"Persia, Περσίς"という古代ローマや古代ギリシャが今のファールス州"Fars, فارس‎ (fârs)"の古名「パールサ 𐎱𐎠𐎼𐎿 (Pārsa)」から取ったろう。
これも言うまでもなく、"p"が"f"へ摩擦音化したものであり、なおかつその時代は現代から2000年以内のイランの一地域に端を発するように見える(イランといっても広いしイラン語派も古代ペルシア語やアヴェスター語など昔から多く存在するので私が特定することは困難)。





起草日: 20180221

当記事「破裂音・破裂有気音→破擦音or摩擦音になる現象」に示された多くの単語例などから、言語法則を把握できるアイデアが生まれるとよい。
この現象には、逆の事例も多い。
当記事で既に示された例には、アラビア語「ハリーファ خَلِيفَة (ヴェーア式: ḵalīfa)」が西洋で「カリフ"caliph"・カリファ"calipha"」として受容される現象や、「摩訶 (中古音: muɑ hɑ 現代中国ピンイン: mo he, móhē) महा "mahā"」が日本で「マカ(受容当時は便宜的に"maha"発音の可能性もある)」として受容される現象などがある。
近代や現代の日本だと、「印欧系言語/v/ (有声唇歯摩擦音)→/b/ バ(両唇破裂音)」という現象が身近である(ヴァ行で受容された音を多くの日本人は有声両唇摩擦音/β/で発する傾向)。
これを、「摩擦音(→存在しない音声を異文明で文字化する)→破裂音」という「音韻→文字→音韻」という文化的事象に基づく問題点として留意すべきである。
この他、異文化交流・外来語の受容によって訛った借用語のうち、「摩擦音→破裂音」となったケースには、以下がある。
パーリ語「ブッダダー"Buddhadāsa"」→タイ語「プッタター"Phutthathat /pʰúttʰətʰâːt/"(摩擦音→破裂音、有声音→無声音、尾母音脱落)」のような変化や、ベトナム人名「ティック・ナット・ハン」のティックが「お釈迦さま=シャカの釈・釋(しゃく)"ja: shaku vn: thích"」の漢字中古音/s, z, ʃ/→ベトナム漢字(Hán)/t, tʰ/のような変化があり、タイ語(タイ・カダイ語族)やベトナム語(オーストロアジア語族)のような東南アジア言語の特徴の一種と看取される。
西洋語の無声唇歯摩擦音/f/が、朝鮮語・韓国語で無声両唇破裂音/p/として受容される現象は、よく知られる。

さて、当記事の要旨は、本文中の「一文」に読み取れる。
当記事に示された現象(破擦音化・摩擦音化)が進展すると、「(人類文明が高度に保たれるという条件下で)数百年後に人間の口語が機械音声・電子音・ノイズ音のようなもの(モニョモニョmnmnヴルヴルvrvrズウィーzwee, murmur...)になっていようか(あるいは人工的に機械化されていようか)」とも考えたくなる。
人間の文明は裕福となり、数万年前~数千年前の人類が硬い肉や木の実や穀物を食べていたことに比して食肉も果実も穀物もみな柔らかくなっているし、現代は様々な機械音(エンジン音や動作音)・電子音(シンプルな波形など)・人工的音声を聴覚的に受けてもいる。
人の顎と歯が退化し、舌などの機能が弱まり、聴覚的に人工的な音声を多く聴くといった因縁(感受・認識・経験・定着)のある現代文明の条件下であれば、その果報が相応に発生するということである。
放出音"ejective"・吸着音"click"など「複雑で力強い発音」の多いコイサン諸語や、破裂音"plosive (stop 閉鎖音とも)"と入破音"implosive"(訳語の問題で内破音とも)を区別して用いる言語があるニジェール・コンゴ語族やナイル・サハラ語族(有名部族マサイ族のマサイ語など)といったアフリカ系の言語(似た傾向はマヤ語族やケチュア語族など南北アメリカ大陸の諸語にもある)について知り、それを古代より摩擦音が増えた現代日本語・英語などと比較すれば、自ずと知れよう。
「現代文明の状況が維持される」という条件に反していれば、当然、上記とは反対の現象が発生することとなる。
摩擦音の語句を破裂音として受容する一部アジア言語は、まだ摩擦音化現象が起こっていない様子である。
原始的生活の因縁(感受・認識・経験・定着)には原始人の果報が有り、現代的生活の因縁(感受・認識・経験・定着)には現代人の果報が有るので、現代には上記の事象の蓋然性がある。
現代は事物の進展が加速度を上げているので、密度の濃い進展の末に、滅亡も早くなるであろうという推測を念頭に置いているので、予断を許さない慎重な表現を期している。
高度な文明が事実上崩壊したらば、当然、原始人の果報を得るので、それ以上の推測が通用しなくなる。



当記事および本項の主題「子音が弱まる(破裂音・破裂有気音→破擦音or摩擦音、放出音→破裂音など)」という現象に限らず、母音についても「母音が緩む」という現象が考えられる。
「母音が緩む現象」とは、いかなるものか?
例えば、現代日本のウ音は音素として/u/や/ɯ/と表記されるが、実際の現代人発音は/u/円い唇・/ɯ/平たい唇よりも中間的であり、極端な唇の動きとならない。
この場合、IPAで音価として[u̜] (uの下にC字記号で円唇が弱まったもの"less rounded")や[ɯ̟] (ɯの下に十字で後舌がやや前になったもの"advanced")や[ɯ̈] (ɯの上にウムラウト記号で後舌が中央寄りになったもの"centralized")や[ɯᵝ] (ɯに上付きβで平たい唇・非円唇の程度を抑えたもの"compressed") (他に [ɨᵝ] と [ÿ] と [ɯ̟ᵝ])として現代日本のウ音の代用表記がされる。

そのように、今の日本人は、母音の区別のために口を大きく開閉する雰囲気でない。
多くの外国語は、母音自体が曖昧なようでも実際には区別されるので、日本人が半端な母音で外国語発音をするとそのネイティブスピーカーが理解を示さない場合もある(近年のYouTubeで自動生成された字幕"Auto-generated"は多くの話者の英語の音声に極めて忠実であるので日本人には分かりづらい共通性が聴きとれるかもしれない)。
仰々しい口の開閉・唇の筋肉の使用は、小中学生が音楽の授業で教師の指導(口は縦に指三本分開けよ!)に対して毛嫌いするように、今の日本人・若者が好まない行為である(声楽・アナウンサーはいざ知らず)。
いわゆるボソボソ・ゴニョゴニョ声(murmur...)と呼ばれるような発声方法でも、問題が無かろう。
しっかりとした場面では、ボソボソ・ゴニョゴニョ声でも大仰な開閉でも、日本語ではよろしくないので中庸であるほうがよいのではないか、と言ってみる。
日本人で言語学・音声学を行う上で、「あ・い・う・え・お」、という字に象徴される、明朗な発音を心掛けておきたいと思う。

ほか、上代日本語・古代の日本語では、いわゆる8母音説に見られる現代より多い弁別的母音があり、万葉仮名の使用の差別や複合語の結合辞(天・雨="あめ・結合辞あま"、木・菓="き・結合辞こ")などによって類推されて肯定できる。
五十音仮名文字5母音のイ・エ・オに準ずる音(イ段のキ・ヒ・ミ、エ段のケ・ヘ・メ、オ段のコ・ソ・ト・ノ・モ・ヨ・ロおよびそれらの濁音とされる)に甲類・乙類という区分が設けられており、実際の音価は諸説あって学問的合理性によって特定できるものはまだ無い。
この8母音のように細かい母音の差異を、同じ日本列島の人でも、今以上に区別できていた。
それも、後世の日本真言密教が梵語発音の相伝をできなかったことと同じく、日本人は文字文化に依存すれば、早々と母音の区別を失ったり子音の訛りが進んだりしたろう。
現代日本人の、文字・言葉に対する倒錯・誤解と外国語学習の障害を見れば、この点も肯定できる。

「母音が緩む現象」も、精神性や生活習慣や食文化に基づく肉体の修練の多寡など、種々の要因・因縁(感受・認識・経験・定着)により、世界的傾向となり得る。
今までの5000年・500年・100年を振り返っても劇的な変化があり、先述の条件がおおよそ維持されれば、今後の100年・500年は加速度的に変化すると推測できる。
人体に関する進化論的・科学的見解は小学生のころに「小指が退化して消える・Y染色体が消える・現在の体毛が薄いように髪も薄くなる(グレイ型宇宙人)」などが聴かれたが、それよりも早く、精神性や口の機能の退化に基づいて身近な言語・発音・音素が消える可能性を示唆しておく。
果ては機械音声のようn(ry



余談: インド系言語の発音の「クセ」 (文字表記された状態を前提として)

1. 破裂音や破擦音が顕著

先に挙げた古代ギリシャ語の破裂有気音よりも、更に破裂有気音が多いものがインド系言語であり、東南アジアにも現代に多く残る。
西洋では、古代ギリシャ語にあった破裂有気音(φ, θ, χ)も、現代において摩擦音となることは先例の通りであり、インド系言語との様相の異なりを顕著にしている。
そういった西洋言語の発音特徴を、潜在的に知る現在日本人であれば、インド系言語や東南アジアの言語に、西洋言語との大きな違いを感じてしまうであろう。

※IAST翻字・音写字"c, j, ś"の発音は「軟口蓋"kaṇṭhya"でない口蓋"tālavya"」とみなされるが、現代発音(ヒンドゥー教・テーラワーダ仏教などあらゆる伝統宗教による発音)はいずれも硬口蓋"palatal"破裂音・摩擦音/c, ɟ, ç/でなく、歯茎硬口蓋の破擦音・摩擦音/t͡ɕ, d͡ʑ, ɕ/で発せられる。古代ヴェーダ~釈尊在世・ヴェーダ教派成長期においてどういう発音だったかは、シクシャーなどのヴェーダ学問伝承に倣っても断定できない。無論、信仰のある人は、今に行われる発音を「教法の原初に等し」と思えばよい。"c, j, ch, jh, ś, ṣ"といった破擦音・破擦有気音・摩擦音について、もし現代と同じ発音をサンスクリット・ヴェーダ語に適用するならば古典ラテン語・古代ギリシャ語との比較(数詞4*kʷetwṓrチャトゥル⇔クァトロ⇔テッサレス、数詞8*kʷetwṓrアシュタ⇔オクトー⇔オクトー、速いもの=馬*h₁éḱwosアシュヴァ⇔エクース⇔ヒッポスなど)において多大に相違する要素となる。言語学者諸士はインド・イラン語派に「口蓋化(歯擦音化と関連するものとして)」が生じた現象の論拠としているが、私にはやはりサンスクリット・ヴェーダ語"c, j, ch, jh"の遍歴を断定できない問題となる。仮説として硬口蓋破裂音とその有気音/*c, ɟ, cʰ, ɟʰ/を視野に入れることもできよう。

2. "pp bb tt dd kk gg"といった、いわゆる「促音」発音の単語が多い

インド系言語では、日本語の促音「-ッ~」に似た発音(長子音 long consonants; 子音重複 gemination)となる(特にカナ表記では「ッ」を用いることで日本人にとってそういった印象となる)。
英単語にそういった綴りの語句があっても、おおよそ日本語の促音のように発せられない。

加えて、プラークリット(アルダ・マーガディー等)やパーリ語では、サンスクリット二重子音の単純化現象によってとても増える。
記事本文で挙げられた-tya→-cca -thya→-ccha語句以外に、-tma→-ttaや-kra→-kkaや-rva→-bbaなど、多く存在する。
サンスクリット語句→パーリ語句で例を挙げると、アートマ"ātma"→アッタ"atta" シャクラ"śakra"→サッカ"sakka" ガンダルヴァ"gandharva"→ガンダッバ"gandhabba" 等・・・
ちなみに、パーリ語文献では同一語句の「訛りの状態」と「訛る前の状態」のどちらも現れるケースがあることを過去記事に示してある(例はbhadraとbhadda)。
http://lesbophilia.blogspot.com/2017/11/brahma-brahmana-pali.html

3. 畳語的な発音(畳音・繰り返される音)が多い
4. ア音/a/ (阿)が多い

「与える (to give)」の現在形・直説法・能動態・一人称・単数(present, indicative, active voice, 1st, singular)
古代ギリシャ語で「ディドーミ (δίδωμι dídōmi)」
サンスクリット・ヴェーダ語で「ダダーミ (ददामि dadāmi)」
印欧祖語 Proto-Indo-Europeanで*dédeh₃mi
※ペルシャ語・ペルシア語でも「ダーダンorドーダン (دادن dâdan)」といってサンスクリットと似たような形式となる。
※サンスクリット語根√dā 印欧祖語の語根*deh₃- インド・ギリシャ・ローマの代表的な共通語で、サンスクリット過去分詞"datta"は"Devadatta (具格の依士釈: 神によって-与えられた 漢訳: 天授 音写: 提婆達多 だいばだった Daibadatta 調達 じょうだつ・でうだつ Jōdatsu; Deudat)"という人名に用いられ、ローマ系ラテン語人名にも"Deusdeditus; Deusdedit; Adeodatus (奪格支配の前置詞 ā + 奪格の依士釈: 神より-与えられた、なおdeditus-の動詞原形はde+doで「捧げる」という意味)"がいる。これらは偶然の一致であるが、印欧語の関係によって必然的でもある。

「ディドーミ、ダダーミ」!
これを代表例とし、動詞のアオリスト形でも古代ギリシャ語とサンスクリットの相違点が同様に見られる。
語彙・文法(複合法・格変化・動詞活用など)に類似点の多い古代ギリシャ語とサンスクリットであるが、畳語的な発音やア音の割合は最も隔たっており、両者の相違性を特徴づけている。
※現代ヒンディーやサンスクリット発音のア音は、前舌で広い/a/よりもウ音やオ音に近い・中間的な/ə/中舌中央母音だとする見解があり、その発音であれば喜劇的な印象は減る。

破裂音・破擦音・畳語・ア音とは、「パパ!ママ!ダーダ!かーか!バーバ!ちゃちゃちゃ!」といった幼児語の平易さに似ており、現代日本人の言語感覚では何となく重ね合わせてしまう。
外国語は、このようなインドの言語のほかに、アラビア語・ヘブライ語のような言語の特徴に、日本人にとって難しさが感じられる。
アフリカ地域にもまた、日本人には半信半疑か俄かには信じがたい発音をする言語が多くある(吸着音を多用するコイサン"Khoisan"系の言語など)。
実際の母語話者発音や学問的音声定義などが、インターネットの資料・動画によって手軽に広く知られる。

江戸時代の国学者・本居宣長さんは、外国(とつくに)の音(および江戸時代口語や漢学者による訓読語)の特徴を示しながら、「鳥獣万物の声、ケダモノ・禽獣の如きもの」であって「正しからざるもの」とみなした。
それは、現代の学問によるハ行破裂音説や、筆者の過去記事に示されたオノマトペ和語に反する見解となり、国学者の「神の国」観念に基づいた結論(原始人的な言語成立よりも神秘的な言語成立を望んだ結果)であると、筆者は考える。

外國にはハ・ヒ・フ・ヘ・ホに清濁の間の音あり。 濁音を呼ぶ如くに唇を彈て正音に呼ぶ。 ※ハを烟波の波の如く、ヒを尊卑の卑の如く、フを南風の風の如く、ヘを權柄の柄の如く、ホを一本の本の如く呼ぶ是なり。※ 此方にて半濁と云ふ、漢國にてはこれをも清音とする也。 此れ殊に不正鄙俚の音なり。 皇國の古言に此音あることなし。上件種々の音は此れ鳥獸萬物の聲に近き者にして、皆不正の音なり
(中略)
絲(こと)の聲はピンポン、竹(ふえ)の聲はヒイ・フウ・ビイ・ブウ、金の聲はチン・チヤン・チヨン・グワン・ボン、革(つづみ)の聲はデン・ドン・カン・ポン、木の聲はカッカッ、石の聲はコッコッなどと鳴る。 萬の物の聲皆此類にて、長き者は必ず響ありて短きことあたはず。 短き者は必急促つまりてゆるやかならず。 凡そ鳥獸萬物の中に、其聲の皇國の五十音の如く單直にして正しき者は、一つもあることなく (後略)
- インターネット「漢字三音考」より引用、当方で軽く修正、割注を※字囲いにした。

それは言い過ぎでも(コイサン系の言語などは禽獣どころかかえって超人的)、外国語発音を広く知ると、何となく現代日本語発音に安心感を覚えることがある。
こういえば、「母国語は母国語として用いられた個人の因縁によって当人の母国語ならばどんな様式にも安心感を起こす一面がある(反面に悪い記憶がしみついたものならば当人の母国語でも毛嫌いされる)」と仏教の縁起法によって否定されよう。



・・・!そう、「産土(うぶすな)の言葉が神の言葉(神によって作られた言葉)である」とは、この観点で真理に近い。
日本なら、江戸時代の国学者が理想を願って再建した古代日本語(日本神話に神が造った説あり)が神の言葉である。
現代日本人なら、安心の現代日本語(外来語の語彙を含む)が神の言葉である。
インド人なら、サンスクリットもとい梵語もといヴェーダ言語が梵天に象徴される神(ヒンドゥー教でいう三神一体・諸神一体)によって造られたインド・アーリア語が神の言葉である。
西洋人なら、何らかの神話に求めて古典ラテン語や古典ギリシャ語(イギリス人なら古風な英語でもよいしドイツ人ならナチス的アーリア説に基づいたドイツ語でもよい)が神の言葉である。
キリスト教・ユダヤ教信者なら、イエスやモーセの用いたと思われるアラム語・古典ヘブライ語もといセム語系言語(唯一神が造った言語がバベルの塔建設の最中に乱されて後にセムによって継承されたという創世記10~11章の説あり)が神の言葉である。
イスラム教信者(ムスリム)なら、アラビア語(唯一神アッラーがムハンマドへの啓示に用いたという解釈が定着)が神の言葉である。
または、各宗教が古代語・古典語と思われるものを現代流の発音で唱えたり読んだりすることも神に通じている。
これらは概要の例示であり、各個人の自覚の仕方が違えば、その分、神の言葉も異なる。

個人の現世誕生に世界の原初を託して見ることができる、仏教の起源説や一神教の創造論(過去記事および今後投稿予定の記事に詳述)からしても、各個人の誕生以来の言語形成期に得てきた情報は、神より与えられたものという仮説や譬喩が成立する。
あくまでも、仏教の縁起観を知らねば、神が造った・神が与えたという説明は子供騙しにしかならないが、当然、仏教の縁起観を知れば、仮説や譬喩として用いることもできる。
ただし、釈尊や諸仏は、よほどの時(世の起源の物質的見解の一面で説明が必要な際は天界の衆生が造ったと託するように)でもなければ、そういった仮説や譬喩は用いないであろう。
一応、現代のヒューマニズム的な目線で、各々の言語形成期に得てきた言語への依存を尊重することは可能となるし、それを支える上で、「神の言葉」という表現はよいと思われる。
当然、セクト主義・原理主義的な対立のために「神の言葉」という概念が用いられることは容認されないが、各々の言語への自信を持ってもよく、その上で互いに尊重するということが大事である(それが難しい人も多いのであろうが)。


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