2021年9月7日火曜日

音楽ジャンルの和声的「方言、訛りまたはジャーゴン」について

ポピュラー和声解析の学術的なモデル

和声の医学、疫学:
任意の症候群のようなもの
とその疫学
疫学的音楽学の仮想

和声の言語学:
方言、訛りまたはジャーゴンのようなもの
とその分布
コーパス言語学に類する、コーパス音楽学または文献学的音楽学の確立





ロックのうちで、ギターは楽音として音響的に強いものであり、またコードを鳴らすことが基本である。
そして、第二次世界大戦以降の飽和的にギタリストがいる原因である物質的な豊かさが、ギタリストの全体的な低質化や世俗化と高い相関性を持っている。
この状況で、ギタリストの専門的な技術の高さを求めないならば、相応の「やさしさ」が演奏の譜面(楽譜:五線譜、TAB譜または無形)に求められる。

実際、それがためであるのか、エレキギターによるパワーコードのサウンドは汎用的に、また結果としてロック系諸ジャンルの音響的特徴として真っ先に挙げられる。
これを重要視するならば、それが「やさしい」演奏の内容に当たる。
もし、そのパワーコード依存を「ある」と問題視して「脱却」を望むならば、何ができるか?
ギタリストの作曲したロック音楽の例で、一見して「半音的だ」といえるメジャーコードづくしの譜面も、実際に演奏すると、開放弦を多用して「やさしい」ものになっている可能性がある。

具体的にそう仮定できる曲の特徴は:
・EADGBEの標準チューニング=調律
;およびその半音上げチューニング、または半音下げチューニングといった標準に対するシフト系 (shifted: raised and lowered)
・それで弾きやすいキー=調;つまり:CメジャーとGメジャーとDメジャーとそれらの並行調AマイナーとEマイナーとBマイナー、加えてそれらの五度圏で隣り合うFメジャーとAメジャーとそれらの並行調DマイナーとF♯マイナー
;およびそのシフト系チューニングで対応するもの

上記の示された調のうちで、強調型転調のような転調を除いた場合、最もロック音楽に適している調は「Dメジャー」であろう。
これは12または24のダイアトニックな調で唯一、それ自身とその同主調「Dマイナー」が標準チューニングの開放弦EADGBを持っている。
管理楽曲識別番号の曲例468と988はともにDメジャー、平行調Bマイナーの曲に当たるが、これはDマイナーの和音=コードを借りている部分がある。
該当するパート、楽節から、度数表記で示す:
468bar21 in /D/ [I, V, ♭VII, IV, I, V, vi, IV]
988bar1 in /D/ [I5, VI5, ♭VII5, V5]
任意のメジャーの調における [♭VII] は、同主調(パラレル)マイナーの調で [V] に相当する。
前者はギター演奏を行う人(作曲者M)の作品であるが、後者は演奏経験について不明であるもののロック系を中心に作る人の作品である。
後者988に関しては、他にも同主調からの借用をしたり、楽節が進むと同主調へ転調したり、という部分がある。
988bar5 in /D/ [I5, V5, ♭VI5, ♭III5 IV5] (1つの和音が2小節分を占める;表記については、例の通り、コードの1つの区切りを半分にしている部分はスペースでのみ分けている)
988bar21 in /Dm/ [IV5, III5, IV5, III5] (1つの和音が4小節分を占める)

また、楽節によっては任意音メジャー調なのか同主音マイナー調なのか分からない曲もある。
曲例717、DメジャーとDマイナー調の半音上げ=E♭メジャーとE♭マイナー調と思われる楽曲は、イントロがE♭マイナーの構成音によるパワーコードづくしであるのに、ボーカルパート(歌メロ)に入るとE♭メジャーの構成音によるパワーコードを3つ鳴らしてE♭マイナーの構成音によるパワーコードを2つ鳴らすコード進行を持つ。
717bar1 in /E♭m/ [I5, VI5, III5, VII5] (メジャー調で度数表記すれば [VI5, IV5, I5, V5])
717bar13 in /E♭/ [I5, V5, IV5, ♭VI5 ♭VII5]
;717は作曲者Mの作品である。

私はこれらに関して「借用コード、借用和音 (borrowed chord; 旋法混合 modal/mode mixture とも)」や、「同主調の和声型転調」といったことで理解し、717を含む一部の例をそうであると説明した。
2021年5月21日公開『IV-VトリプルシャープIV-V進行、同主調の和声型転調、三全音転調』https://lesbophilia.blogspot.com/2021/04/harmony-variable.html
しかし、こうみなすには、あまりにもロックギターに特徴づけられる和声的特徴である、という疑問が後々から付いてきた。
標準チューニングは第6弦から第3弦 E, A, D, Gが完全4度の音程であり、この範囲内で「同じ指の関係の位置に単純化できる」としてパワーコードやメジャーコードやマイナーコードに一本化することが譜面から証明されれば、それはそのギタリストが弾きやすいからそうしている、と確定できる。
その場合は、他の曲例も同様であるかを調査することで、それがロックギター譜面における和声的特徴の一つとして立証することになる。

和声的に「やさしい」演奏の考え方では、開放弦の使用頻度という観点で、標準チューニングにおける第6, 5, 4弦によるDsus2 = Asus4という特定のコード(およびそのシフト系)や、含まれるパワーコードが利用可能である和声も想定される。
そういう風に範囲を広げると、それ以外のジャンルでアコースティックギターやピアノなどを用いる楽曲に「ライン・クリシェ」などと呼ばれる技法の和声までも想定されるが、今回の記事では扱わないこととする。
曲例:
421bar1 in /C/ [Iadd9, iii7, iiiφ, VI7, ii, ♭II+, Vsus4, V]
1016bar9 in /D/ [Isus2=Vsus4, V7, v7, IV V]
;こちらは作曲者Mの作品である。



「疑問」に関して、私は「ロックのギタリストの演奏におけるジャーゴン的な演奏方法がある」と考えるに至った。
それは、ロックのギタリストがやりやすい演奏方法の結果の和声的特徴であり、言いやすい言葉や語彙と、その定着とが、ロックの音楽の曲という「文 (sentence)」の中に込められている、という理解である。
ロックのギタリストどうしでは、たぶん、分かり合える和声の一つであろう。
ただし、一般的な意味における「ジャーゴン (jargon)」は専門用語 (technical term) とも理解できるので、「スラング (slang) では?」とも考えなおした。
結局、音楽を言語にモデリングする方法は、「音韻と音声実現(調律方法、ピッチ基準音、楽器メンテナンス、エレクトロニック音響楽器ではアンプやスピーカーの調整、情報技術では更にサンプリング音源のサンプル=標本データやプロパティでの調整)とその聴覚的効果および心理的効果」vs.「譜面と演奏とその聴覚的効果および心理的効果」や、「文法学」vs.「和声学」や、「記号学、記号論」vs.「調の性格論」など、枚挙にいとまなきものの、音楽ジャンルのジャーゴン的な演奏とそれに直結する和声があるという発想が加わることになる。
楽器の形状、その標準チューニングをはじめとしたチューニングといった「音楽の外的文脈 (context, 辞書的に、言語学での定義というよりは一般的な「状況」についての定義)」があり、その結果の演奏のしやすさといった演奏者の好みで、ジャーゴン的なコードとその和声の「文」が成立しているように私は感じる。
何らかの時代にそういう歴史の部分があり、後々はロックの和声で自然と成り立って言語習慣のように継続しているとも私は感じる。

考え方を変えると、これは個人または地域社会における方言の発生と定着に相当するものとも、モデリングができる。
それは、その演奏者(同時に作曲者であるか編曲者であるかそれに準ずる機能のある者)個人と他者から見てその人が属するジャンルの「和声的な方言 (harmonic dialect of the genre)」や「和声的な訛り (harmonic accent of the genre; the word "accent" is with a definition in sociolinguistics)」というモデルである。
言語の形式科学の特徴に加えて社会科学の特徴を音楽の中にも見出すことになる。
他の音楽学者からすれば、「言語モデルなどを用いずとも、音楽学はそういう形式性と非形式性(e.g., 物理的不確定性、認知的不確実性、即興音楽や実験音楽など)、更には社会性を対象とするものだ」と反発しうるものである。

あえて私が言語学に比較することは、私が多くの種類の言語学を重んじていた経緯に加え、任意の和声的特徴の分布を示したいからである。
分布とは、つまり、先述の楽器演奏の側面が強いか弱いジャンルの次元が基準であり、更には、地理や時代などの次元も加わっている、2次元や3次元の分布である。
「そもそも、音楽ジャンル区分が定性的である以上(ファンと音楽グループのみならず創始者の存在自体も議論がある)、そこから定量的研究をすることは愚かしい」と思われるかもしれないが、いつものように私は、そういう定量的研究が加わることこそ定性的研究の分野につきものである(言語学はその典型例)と思っているし、問題外である。

それは医学における「〇〇症候群 (*** syndrome)」などの病気や症状や疾患とその疫学 (epidemiology) に私は比較できる。
「食の欧米化」とその生活習慣病を考える時、民主主義政治、資本主義経済といった社会的要因や文化的要因に相関関係が問えるし、部分的には原因でもありうる。
「食の欧米化」というのは種々の要因の世俗的な総称であり、物質的な豊かさとの結びつきや、上掲の政治や経済に代表される文物の輸入や普及を具体的な経緯として想定する。
任意の生活習慣病の個人が「食の欧米化」を持つ場合、患者個人たちの属する時代や地理(ここでは社会的に国家の立場が強い)に学者たちはその要素を見出す。
他に、任意の病気の発生数が年齢の差、性別の差や、DNAのハプログループなど分子人類学的な、遺伝学的な属性の差(ソフトに言えば人種の差)でどれほど多いか、という観点も疫学にはある。
音楽で私は、先述の通り、エレキギターの普及とエレキギターで演奏される音楽の和声的特徴に一定の因果関係を見出す。
「エレキギターで演奏される音楽の和声的特徴」が「ロック・ギター症候群」などと仮名で呼ぶ想定もある。
開放弦が多いと限らない435bar84のような例について「長和音症候群」、「短和音症候群」という傾向を呼ぶ。
435bar84 in /D♭/ [I, V, ♭VII, IV, ♭VI, ♭III, II7, III7]
「傾向」に関しては、病理としてみなすよりは、病理にも別の意味にも用いられる -ism 系の接尾辞による造語でもよかろう。
医学とか疫学とかのモデルは、本題でないので、参考程度に記すに留める。

言語学のモデルでは、第一にジャンル、第二に地理、第三に時代の、最大で3次元で私は「和声的な方言、訛りまたはジャーゴン」の分布を示したい。
私が調査すると、客体が、例の管理楽曲識別番号の範疇と、雀の涙ほどの世間の曲例と、私が作曲した曲例に限られてくる。
それの範囲内で、統計学的に分布を示すならば、ジャンルはいくらかの広さにいくらかのサンプルがあったところで、地理は日本国内が多数となり、時代も21世紀が多数となることは事前に想定できる。
それで世界地図とか、独自の3D立体図形(平面に投影する方法 a projection を伴う)とかに記すならば、分かりやすい偏りが想像できる。
世界地図でやる場合は、ジャンル別に用意するしかない。
分量は、一次元に対しては棒グラフとかで示せばよいが、世界地図など二次元以上では光のスペクトルと似た色で成分の強さを示すことになる。



私がなぜ「ジャンル」を重要視するか?
確かに歴史経緯からして、ロックの直接の誕生と発展はアメリカ合衆国を含む英語圏に求められるので地理や時代が重要であると思われる。
しかし、任意のジャンルは下位の区分であるほど、異なる地理において異なる名称の指示対象や、任意の音楽グループへの独特のジャンル名称を持つと私は思っている。
日本で「メロコア(merokoa, メロディックハードコア, melodic hardcore punk in Japanese language)」や「メロスピ (merosupi, メロディックスピードメタル, melodic speed metal in Japanese language)」と呼んでいるものは、それぞれの典型例であると私は思っている。
どちらもロック系のジャンルなので、グループはバンドと呼ばれる。
バンドの例では、「メロコア」が日本のバンド群に対してあまり似ないバンド Bad Religion などが挙げられ、「メロスピ」が英語圏で"power metal"と呼ばれるバンド DragonForce が挙げられる。
「メロコア」へは2018年に私がそういう判断をし、「メロスピ」へは2012年に私がそういう判断をした。
他には、同じ地理的領域において特定の下位ジャンルの音楽グループが多かったり少なかったりすることも、きっと理解していただけるであろう。
白人メンバーが多いジャンルである「デスコア (deathcore)」は、人種の多様性が好まれる民主党支持基盤のカリフォルニア州 CA、ひろげて支持基盤を問わないアメリカ合衆国 US 全土に2013年以前の人気バンドが多くあった(2013年以後はジャンルそのものが衰退していて論じづらい)が、他の国には0に近いほど、見られづらい。
Bring Me The Horizon, BMTH は英国 UK であるが、これはデスコアのような音楽性が2008年以前のアルバムに見られたものであり、個人的には最初から今までずっとデスコアのバンドではないと思う。

仕方が無いので、ヘヴィメタルとかハードコアパンクとかも、結局は和声に関してギターのチューニングに深い依存性を持つものと私は思い、「ロック」で一括りにした結果のジャンルを最重要視し、細かいジャンル区分を適用しないことにした。
その点、もはや既存の社会的な音楽ジャンル区分というものではなく、特定のチューニングや楽器使用の依存性の差に対して私が既成事実の音楽ジャンルのラベルをつけていることになる。
勝手な定義ではあろうが、これで検討している。
バンドなど音楽グループに関しても、この調査では重要でなく、楽曲とその作曲者(および作曲に協力的な演奏者)に焦点を当てることにし、楽曲の方をジャンルの基準とし、私は考察している。
主にエレキギターが実演されるかその想定で作られている曲を指し、当面、それはロック系といえるが、ポピュラー音楽で「なんちゃってロック」があると必ずしも当てはまらない特徴 (e.g., ライブをはじめとする自然な演奏では無理な複数回にわたる強調型転調) を有するので、曲例とする対象には精査が必要である。
任意の楽曲には、音がミックスされて(デジタル環境でのマスタリングとは限らない)種々の媒体で提供された「ディスコグラフィ音源」としては直ちに演奏不可能部分があっても、少しの省略で演奏可能性が出れば、それは普通にロック系の楽曲として妥当な要件の一つを満たす。

メタルやパンクの境界が不明瞭なエクストリームメタル系、グラインドコア系の音楽では「標準チューニングとそのシフト系」と異なるものを多く用いている、とも私は知っている。
しかし、それでさえも、一例で7弦ギターの場合がどういうチューニングであるかを見れば分かる。
第7弦とかがB1かA1であるとしても、基本が標準チューニングとあまり変わらないか、E2, A2, D3, G3 に相当する部分を伴っていることがほとんどであろう。
結局は、それだけの演奏の可能性の制約があるし、実際に隣り合う弦の間で短3度(半音3つ)以下の音程しかないような調律を最も愛用する奇特な演奏者は、現実で存在しないことを私以外も認めるであろう。
そのような調律で、程度が弱めなものに関しては稀な例として実際に使われるので、以下を参考にしてもらいたい。
全ての弦が短3度以下の音程しかないディミニッシュな調律も載っているが、演奏家の具体例に関しては一般的な調律よりも挙げられづらい。
英語版Wikipedia - "List of guitar tunings". oldid=1033123767.





@他に示したい曲例(要変更)
401bar9 in /C♯m/ [I5 III5, IV5 V5] (215 BPMで1小節の半分の長さのパワーコード;メジャー調で度数表記すれば [VI5 I5, II5 III5])




202105112222bar37

私は参考までに、同主調どうしのDマイナーとDメジャー(一部Bマイナー)が混じったり転じられたりするようなロック系の楽曲を作っている。
2021年5月11日から6月中旬までの期間は38小節が作られ、6月29日までの期間は236小節が作られた。
202105112222bar37 in /Dm/ [I5, VII5, ♯III5, V5 ♯vi, I5, VII5, IV5 Isus2, iiφ V] (並行メジャー調で度数表記すれば [VI5, V5, ♯I5, III5 ♯v, VI5, V5, II5 VIsus2, viiφ III])
;マイナー主音のDパワーコード演奏時、メロディはF♯ = 長III、F = 短IIIのどちらも鳴らすので、(同主調に限定された意味の)混合旋法になっている。3番めの和音=F♯パワーコードもメロディにあるA音符と合わせてマイナーコードと見る場合、(同主調からの)借用コードと理解できる。こう傍観者視点で記すが、作曲者およびコード進行の発案者は私なので、実際に私はそれを意図して作っている。
202105112222bar89 in /Dm/ [I, IVΔ7, VI VII, III IIIΔ7] (並行メジャー調で度数表記すれば [VI, IIΔ7, IV V, I IΔ7])
202105112222bar113 in /Dm/ [I, IV, VI VII, Isus2, ♯III] (並行メジャー調で度数表記すれば [VI, II, IV V, VIsus2, ♯I])
;言うまでもなく、マイナーキーのパートにして全てメジャーコードである;表記の誤りでなく。

これらのうち bar 89, 113 からの楽節に関しては、Dメジャーのコードが開始であることを理由にDメジャーの調で解釈できる。
そうすると: [I, IVΔ7, ♭VI ♭VII, ♭III ♭IIIΔ7] のような表記になる。
先の988からの3つの進行のうちbar 1, 5 からの楽節に関して、♭III, ♭VI, ♭VII度のパワーコードを見ることもできた。
こういう表記を好む場合、任意の「自然短音階」であるとか、「エオリアン・モード(エオリア旋法 Aeolian mode; これはどちらかというと現代ギリシャ語や教会ラテン語よりであり、古典ラテン語よりでアエオリアン、古代ギリシャ語よりでアイオリアン、英語に偏りたいならばイオリアン・モードとカナ表記する方が正しい)」であるように理解することもできるので、特に英語圏ではビートルズやメタルなどを分析する常套手段だ、と私は観測する。
さらに「エオリアン進行 (Aeolian progression)」と呼ぶ人もいる、と私は観測する。
私は何度も、「借用コード」「旋法混合」の方で解釈していることを表明している。

201小節からは第5, 4弦が開放弦で鳴らされて第6弦のみが運指の対象になるような(第3, 2, 1弦はミュート)コード進行というか演奏技法になっている。
これを見れば、ロックギターの楽曲のコード進行が演奏技法に強く依存している場合を感じるに違いない。
202105112222bar201 in /D/ [Isus4, I, Isus2, I] (sus4, sus2類を互いの転回として曖昧にせず、はっきりと分けることができる;転回形としての特徴は既に記されている)
;ここはDメジャーのパートであり、メロディ構成音がそのようにDメジャーのスケール、音階である。ちなみに、ペンタトニック、五音音階ではないので、判別しやすい。

2021年9月、このような同じ主音のコードのみで占められたコード進行の例を求めると、マイケル・ジャクソン Michael Jackson の"Black or White"イントロにあることが判明した。
それはEメジャーの調なので、実際に打ち込んだ:
The song in /E/ [Isus4, I, Isus2, I]
これは特定のピッチを指すならば、リフの一部が第2弦の開放弦Bもしくは開放弦でないEを弾き、第1弦がAとG♯とF♯を鳴らしていることでsus4部分や普通のIII度部分やsus2部分を鳴らしているようである。
標準チューニングで弾くことに問題ないという仮説に乗った見解として、私はそう解析した。

結果を再生して聴きながら、私の管理楽曲にも同じようにEメジャーの調でサスペンデッド・コード suspended chord を多めに用いるイントロの曲があることを思いだした。
以下である:
59bar1 in /E/ [I5, Isus2, Isus4] (最後の和音は2小節分)
;ロック系の作曲が多いベーシストによる作品。これは標準チューニングであるとみなすことのできるイントロだが、後々は半音2個=全音1個上げチューニング (F♯/G♭ tuning) と解釈したほうが合うように見える。
640bar1 in /E/ [Isus4, V7sus4, IVΔ7, IVadd9, vi7, vi7sus4, iiiadd4=11, vi7] (分数コード slash chord で度数表記すれば [Isus4/1, Isus4/2, IV/3, IV/5, vi5+7/1, vi5+7/2, vi5+7/7, vi5+7/1])
;多ジャンル作曲者による作品。ラテン系の雰囲気でギターソロも同じコード進行に乗せる盛大なイントロであり、これは標準チューニング、半音2個=全音1個上げチューニングのどちらでも開放弦で弾きやすいのかというと、否であった。Dメジャーに移調して標準チューニングであると考えても同じである。Cメジャーに移調して標準チューニングであるとは考えやすいので、このEメジャーでは半音4個=全音2個上げチューニング (G♯/A♭ tuning) が開放弦で弾きやすいという印象である。

サスペンデッドコードの話が、それまでの話題とどう関わるか、説明は難しいかもしれない。
単に技法として面白いから挙げる、ということ以上に、やはり、和声的な意味があると私は思う。
「借用コード」以外での「旋法混合」が、同主調間の転調におけるピボットコードであろう。
D sus2 である D–E–A, D sus4 である D–G–A は、もちろん、その構成音がいずれもDメジャー調とDマイナー調に含まれているので、その間の転調があるならば、「ピボットコード(ピヴォット・コード pivot chord)」と呼ぶことができる。
既に私の曲例1つ、世間での曲例3つが挙げられたように、標準チューニングなどのされたギターを使用した楽曲で使うには、都合がよい。
特に同主調転調や、旋法混合を狙う場合は、合う。
「ロック(および高い技術を要求しない雰囲気)のギタリストの演奏におけるジャーゴン的な演奏方法がある」ことを再現したい場合も、同様である。





総括して言えば、ギター主体の楽曲の和声的特徴の確立には、他のポピュラー音楽や古典音楽からの発想や他の楽器に関する要素よりも、ギターのチューニングが先にある可能性が高く、特にロック系のいくらかは確実にその例である。
そこに、既存の短調や長調の区分が適用できない楽節も含まれる、と私は考えている。
それに関して「ピカルディの三度を含む拡張短音階(8つの音があるが一般的な八音音階 octatonic scale の類型に無い)を伴う調」とか、「任意の主音がある短音階と長音階の構成音が混ざった独特な調」と私は考えていたが、新たに「任意の主音があるチューニングありきの独特な調」として単純化することになる。



音楽の分析に「文脈」の概念を導入した。
これは和声に限って言えば、任意の楽節の前がどうであるか、という意味で理解できるが、今回は楽曲の和声の外の要素を文脈として考え、そこから和声の意味(言語学からの比喩表現)を理解するものである。
・任意の曲がどのような人による作曲か?
;およびどのような協力者、助言者がいるか?
・その作曲者らはどのような音楽的キャリアや役割を持っているか?
・当該の曲が演奏可能性を考慮して作曲されたか?
・その作曲者らが思う当該の曲のテーマは何か?
2021-06-04投稿など調の性格論についての私による一連の記事群も参照。



当記事の発想のための特定の和声的特徴の説明で、ギタリストでもある作曲者M(2021年現在、Sと名乗る彼はギターを弾いているように思えない)の楽曲群が大いに参考になった。
とはいえ、実際に演奏の腕のある人が曲例を演奏して誠実な意見をくださらない限り、確定的でない。
意見とは、「どの部分が演奏しやすいか、演奏しづらいか」。

私が多くの分野を学ぶことで、音楽でも、和声は単純に和声である以上に、歴史や具体例によって「実用上の和声がある」と感じ取ることになった。
これで私がロック系の作曲をする際も「Nメジャー調」や「Nマイナー調」である以上に、「Nギタリスト調」がある場合を理解して実際に活用することになる。
ロック系の楽曲では、ベースやドラムがリズムの側面を多く持ち、ベースが部分的に和声、ハーモニーの要素を兼ねたとしても、「面倒なコード」「パワーコードにしたくなる」ような要素を強く持つ楽器は、どうしてもギターになるし、ギタリスト個人の人格や性格に照らし合わせても、複雑な構成音のコードは9割がたの個人の大半の状況において敬遠されるに違いない、という心理面の詮索さえ、私はしていた。
その前提で、フレットの数は対数構造で実際は高音部が短いとはいえ、整数的でもあり、整数的に同じ距離感で運指することができるよう、同一の種類のコードに制約することで簡略化される。
これでギタリストの精神的負担は減るし、ライブなどで演奏する場合は更に簡略化することもありうる。
こなれた作曲の結論として私は考えるが、学問的には仮説の域に留まるであろうし、もう一度、その「誠実な意見」を望む。
個々の作曲で、ギターやベースのために私は任意のチューニングにおける第6, 5の開放弦の頻度を増やすなどしている。







起草日:2021年7月14日

この記事は、またしても私が「ポストモダン」とかと誤解されうるモデルを用いている。
この記事の目的は、私の和声分析や音楽構造解析の過程で学問の比較行為を導入し、音楽学の突破口を設けることにある。
また、ロックに関する話はその和声分析が主軸であり、応用として、演奏の初心者、初学者のために「やさしい」練習曲と、同時に必要な「やさしい」説明ができることを私は期待している。
私の記事は、多くの場合、実用的なものを志向している。
仏教学や言語学そのものに関しては、専門的な傾向であったが、他の分野では、当記事のように総合的である場合が多い。
専門的であっても、信仰であるとか語学であるとかに役立つものとして私は記してもいた。
何でもそれらの思考と知識とが、私自身においては、芸術と学問と日常生活とに活かされている。

私自身は、こういうわけでロック系の楽曲を作ることにも役立てられたり、良い作品が理論的に設計され、適切な時間で完成すると思っている。
当記事の目的により、ロックといっても楽器としてのギター、特にリズムギターのチューニングに基づく役割を重要視しているが、以下の2013年に投稿された記事の時と全く同じ考えであるはずはないことを確認されたい。
2013年7月11日公開『YouTube・ニコニコ動画にありがちな自作曲・オリジナル曲』
https://masashi.doorblog.jp/archives/29400474.html



2021年7月24日0時の文章:
任意の時代での主流または正当な和声の文の形態または文法が、使用楽器の需要拡大や流通量増加と高い相関性で簡単なものに改良され、その普及がある。
この現象が、大衆化、俗化として見られ、俗語や口語に相当する。
同時に、方言の派生のように和声的特徴の亜種ができているものと私は見ている。
長く演奏技術を追求して修練を絶やさない人は、面倒なコードの連続として作曲することにもやぶさかでない。
そうでない人は、例えば半音下降進行も三和音でなく下降部分と半音5つ以上の位置の構成音だけによる擬似コードを弾くような譜面に改良して困難さを減らし、面倒を回避する。
後者こそ、ある種のロック和声症候群とも見られる、ジャーゴンまたは方言のような定着であり、ロックの主流となっていると私は思う。
差別や優劣の決めつけを私は意図せず、個性や多様性を尊重している。
だからこそ私はどちらの特徴でも作曲しているし、それがロックのギタリストなどと理解し合う道筋の上にあると私は感じている。


当記事では一般通念にある「方言」を私が例示したが、それ以上に方言の言語学的な側面を記していないし、「標準語」という単語は出されてさえいない。
世の中には、この2つの概念の名称 dialect, dialects and standard language や区分を蛇蝎の如く嫌う人もいるので、少し説明しよう。
私はラテン語でもイタリア語でも漢文でも学んでは詩を作るなり歌詞にするなり、してきた。
イタリア語はイタリア国家の公用語であっても、多くの階級と他地方出身者が用いるようになる以前がダンテの『神曲』(Divina Commedia) でも知られる「トスカーナ方言」である。
中国語(普通話、官話)は中華人民共和国の公用語であっても、多くの階級と他地方出身者が用いるようになる以前が「北京方言、北京語」である。
i.e., Tuscan dialect, Beijing dialect.

過去に公文書を含む文語としての側面も強かったろうが、結果的に口語の側面も兼ねて非母語話者への教育にも望ましいものとして「標準語」が普及している。
ラベルとして"standard", "common", "general" (e.g., General American) など、異なるものが適用されても、言語の機能としては同じである。
なお、『神曲』で知られるダンテ・アリギエーリ (Dante Alighieri) は『俗語論』De vulgari eloquentia 著しており、1巻に彼の知る同じ時代のトスカーナの言葉にも副方言のようなものがあることを示していた。
彼は彼の生まれの言葉と、当時におけるもっともフォーマルなラテン語とを用いながら、できる限り分かりやすい言葉を目指してこの著作をしたためたのであろうし、同じことは12世紀や13世紀の日本の仏教僧侶にも言える(真言、念仏、禅、日蓮といった諸派にある、仏教学で私が示したこと)。
後世のナショナリズムでは、本居宣長からフィンランドのリョンロートまで、異なる立場も見える。
イタリック語派というよりはイタリアのロマンス語でいうナポリ語、シチリア語、シナ語派でいう広東語、閩南語など、私は、もちろん、同系言語群の別の現代言語の存在も十分に理解したつもりである。
また、英語ではイングランド領域にあるロンドン (London) の、そのまた経済階級の差で言葉遣いも異なったような歴史経緯があるが、現代英語のアイデンティティを示す文献でよく好まれるものは、KJV聖書とシェイクスピア作品と『失楽園』 Paradise Lost などではなかろうか?
所詮、そういうものであると歴史、地理、比較言語学の観点で私は熟知しており、何も標準語と方言の差を嫌う意味は無い。
互いの通じやすい言葉遣いを心掛けることはもちろん、自分の血肉にも等しい生まれの言葉を、「ありのままで」自ら重んじるだけの理由も付随する。
無論、非標準的なものはGoogle翻訳などの機械翻訳で不利になるなどある、といったことから、人間の差別感情に触れずとも「劣等感」を抱える人が少なからず現れる。
私が理解するように、方言と標準語という分別は、何も優劣や善悪を示すものでないことが、科学的もしくは社会的、哲学的、文化的な構造を解明することで理解できる。
日本語での「地方 (chihō)」という言葉の特定なニュアンス (province, locality) も、「首都、首都圏 (shuto, shutoken; capital region/area)」への対比で用いられるに過ぎず、「地方」ということはそれ自体、田舎 (country, countryside) であるとか、劣悪な鄙びた土地を指すということはないが、日本でこそ「地方都市」"provincial city"の行政区画なけれ、英訳の言葉としてはベトナム「城庯」や台湾「省轄市」を指し(英語説明が曖昧で単に"city"ともする)、中国でも「地级市 (regional-/prefecture-level city, prefectural-level municipality)」がある(東アジアに根強いとされる中央集権や全体主義の感覚は関係するか否か?)。

以前にも同じような話をしたと思うが、沖縄(琉球)や奄美の言葉も日本系の言語 (Japonic languages) のうちの方言ではなく独立の言語として、UNESCOなり学術機関なりが見立てている。
それにはそれだけの言語的特質があるということになるが、独立の言語として見られるかどうかはこの話に重要でない。
日本での標準語は、「東京方言」であるとか「江戸っ子ことば」であるとかと見るにも、難しいし、加えて、インフォーマル (informal) なものや口語や俗語といったことは、多様に定着しており、それはいわゆる地理的次元から言われる方言と別次元ながらほぼ同様に言語の特質の違いを持ってはいない(文法構造は変わらず、形態的 morphological な違いが中心であるため)。

2017年2月に私は、以下のような話題をブログ活動以外で記していた。
平安時代の国風文化以前に字音や訓読を考える記述は書物に見られるか?
伝教大師最澄 (778-822年) が法相宗の徳一 (8-9世紀、同時代の日本僧侶) の訓読を論う記述が、「守護国界章」に見られる。
守護國界章・卷中之中・彈謗法者僞譯如是章第十二 (弾謗法者偽訳如是章)
「如是我聞」の訓読もとい「日本方言」について、まず初めに「許禮阿何伎伎之何其都之 (許礼阿何伎伎之何其都之)」という例を挙げてある。(後略)
オサレ作曲に古今東西の言語知識が必要かと言えば、絶対条件でないにせよ、私は突破口を見出すための手段として必要になるものと思っている。



後で「Nギタリスト調」に相当する世間の曲例を探そうと思ったが、以前にも探したように、Google検索では発見が難しい。
代替表記 (e.g., "biii", "bvi", "bvii") やコンマ区切り (e.g., "d a c g"ではなく"d,a,c,g") といった検索スキルを駆使する必要がある。
1個でも掘り当てれば、同サイト内に多く見当たる場合がある。
例えば、やはりと言うべきか、英語圏ではRedditに多く見つかった。
ここで一例を示す:
"Songwriter looking for a chord progression list with borrowed chords"
https://www.reddit.com/r/musictheory/comments/c2jw7n/songwriter_looking_for_a_chord_progression_list/


2021年9月2日木曜日

2021年8月中の日記メモ

2020年4月から続き)本文をコメントアウトで公開します。ソースからご覧ください。ご不便をおかけします。

●口上
日記メモは学問・宗教・生活のトリレンマである。日記メモにはその便宜のために定型的な表現と語句を含んでいるが、それらは広く「日記メモの用語と解説」ページに説明がされている。

●私感
書くこと無し。
写真や動画を色々と撮っていることは常にしており、気まぐれでこの部分に載せてみよう。

2021年8月12日11時11分撮影


ファッションのコーデ (outfit): 今回のテーマは「夏のワクチン接種 (for vaccination in summer)」。
このように、夏場で「ハチ回避のために暗い色を避ける」、「他の問題回避を気休めでもしたい場合の長袖・長ズボン」といった特徴を兼ねるために、夏物のジャケットと、特に季節を問わないパンツ類(ここではジーンズ)を私は選んだ。
色は、ジャケットが白黒細ストライプでライトグレーに見えるものであり(夏ジャケットはヒッコリー柄シアサッカー生地が有名だがこれはそれでない)、パンツはライトブルーである。
トラッドに近い雰囲気なので、足元もローファー革靴を選び、ドレッシーでなく、ラフでない感じの夏カジュアルダウンとした。
ワクチン接種の際は屋内におり、事前にジャケットを脱いで待ち、タンクトップが覆わない肩と腕が露出するので、袖まくりの必要なくスムーズに注射される。
冬場はみんな厚着なのであろうし、夏場であっても長袖を着ることは、スムーズに注射できる方法である限り、全く問題ないと私は思う。
服は全て、綿100%の生地(何らかの織り、デニム、リブ編み)ということで、素材感が統一されているとも、織りと編みの差からそうでないとも言える。
当月は、特に「コロナワクチン」の接種とその予約をしていないが、こういう具合で状況を想定したように、私は気にしていた。

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2021年8月31日火曜日

豊橋野夜行 with 私の夢記(地理学と臨床的な神経科学の資料)

私が仏教学を行った間、明恵上人についても私は学んでいたので、その著作『夢記』を知っている。
今回は、秘封倶楽部のメリー気分で2021年4月以降に私が過ごしてから、6月10日の真夜中に霊的キャラクターを連れながら外出したことを記す。
『夢記』と言葉の意味が通じる『ゆめにっき』や、東方Project 17.5『秘封ナイトメアダイアリー(中国語圏で悪夢日記, trad. 秘封恶梦日記, simp. 秘封噩梦日记 と呼ばれる)』などのゲーム作品の要素は無いと思う。
そういうわけで、外出当初から意識したのでないにせよ、結果が部分的に「東方二次創作」に相当するので、部分的な原作者が「上海アリス幻樂団」である(理由は末尾で記す)、と明記する。
全体は、明らかに、ノンフィクションベースである。

「豊橋野夜行」動画サムネイル (前編)


霊的キャラクター紹介
1. 宇佐美蓮子(秘封倶楽部の一員。視覚化の役者:盆歌ちゃん)
2. マエリベリー・ハーン(通称:メリー、秘封倶楽部の一員。視覚化の役者:エウジェニアちゃん)
3. Aのんちゃん(原作「レトロスペクティブ京都」と二次創作「レトロスペクティブ札幌」とを結ぶ実在個人、関西で半人半霊、今や故人の可能性)

Aのんちゃん流、数学の秘儀
盆歌 Bonka とエウジェニア Eugenia とで、イニシャルBとEとによるEパワーコード。
(1 + 2) / 2 = 1.5, 周波数比 2/1 という完全五度組BとE (perfect fifth pair of B and E)! Q.E.D.
蓮メリという霊マリ、または境界組も、きっとそういう完全V度や協和音のような相性だよね。
「この蓮メリ、髪が伸びている」との感覚…、現時点で最後の作品『旧約酒場』のストーリーにある「髪の毛教、髪の毛の信仰」との関係を否定する。



2021年7月31日に「豊橋野夜行」の先行配信がされた。
https://www.youtube.com/watch?v=xaEwBWPb6wQ

2021年8月31日に「豊橋野夜行」の前編 (1-2, "Toyohashi-no Yakō") が配信された。
https://www.youtube.com/watch?v=od9Lq0v6Rmk

2021年9月9日に「豊橋野夜行」の後編 (2-2, "Toyohashi-no Yakō") が配信された。
https://www.youtube.com/watch?v=URSJ4jhnUsg

Q. 蓮子って地理座標を言うの?
A. 秘封倶楽部の音楽CDストーリーにおいては、現場の座標の数字を言っているように思われない;動画で私は度分秒で座標を言ったが、普段は十進数、十進法 decimal で座標を見る。
ささゆりの里=街女人の辻さゆりさん!
Aのんちゃんと蓮メリでおなじみ、京都市には鴨川と桂川があるが、豊橋市には豊川と梅田川があり、今回、私は愛知県道407号線を南下して梅田川を超え、京都市にも札幌市にも長野県白馬村にも埼玉県鳩山町にも海老名市にも無い海へ行く。



「豊橋野夜行」は、秘封音楽CD作品『蓮台野夜行』からもじって名付けたものである。
公共に資する目的での情報開示: 東方元ネタwiki 2nd, THBWiki (中文)
仏教学で「蓮台野」とは?
日蓮大聖人の著作(御書)「種種御振舞御書」という複数の著作を構成の人がまとめた文献に、「洛陽の蓮台野」とある部分を私は連想する。

 同十月十日に依智を立つて同十月二十八日に佐渡の国へ著ぬ、十一月一日に六郎左衛門が家のうしろ塚原と申す山野の中に洛陽の蓮台野のやうに死人を捨つる所に一間四面なる堂の仏もなし、上はいたまあはず四壁はあばらに雪ふりつもりて消ゆる事なし、かかる所にしきがは打ちしき蓑うちきて夜をあかし日をくらす、夜は雪雹雷電ひまなし昼は日の光もささせ給はず心細かるべきすまゐなり
—創価学会. 日蓮大聖人御書全集. p. 916; 他に日蓮聖人遺文 昭和定本からのデジタル化も参照



秘封音楽CDのように「豊橋野夜行」の曲目を挙げると:
1. "黄昏ストーキンガール" (秘封風自作曲+ボーカル),
2. "Alicine East Metal" (東方アレンジ),
3. "うつせみのたゆたえるもの" (秘封風自作曲),
4. "Labyrinthus Chrysanthus" (自作曲、オリジナル曲;ZUNのいうアリスミュージックかも),
5. "望月のプロムナード" (東方風自作曲、ピアノソロ),
6. "Umineko no Naku like You" (インターネットフォークピアノソロ),
7. "Kimi to Ita Natsu" (インターネットフォークソング+ボーカル;夕日と日没を喚起する設定),
8. "Tache-tombo" (インターネットフォークソング+ボーカル),
9. "D Major Medley" (インターネットフォークソング複数からのカバーメドレー),
10. "Hypnotic Reminiscence" (秘封風インターネットフォークソング)

これらは、このストーリーから創作されたものでなく、既存のものを寄せ集めしたものである。
5曲め「望月」とは、実際に、新月、朔の前日に当たる月齢かつ、見上げた空に月が見えた感じのしない(日中には見える?)外出であった。
6曲めは夕日と日没を喚起する設定であり、この早朝と日の出は、厳密に整合しない。
アルバム用の楽曲をこしらえていない点、そこは秘封アルバムと全く似ていない。
かわりに、"黄昏ストーキンガール"などはシングルとして機能する想定である。
無論、アルバムを作るためにこの欄を設けているのではなく、参考程度にするつもりである。



 聴いていると変な霊が集まってくる様なCDを目指しました。
 […]
 ちなみに、除霊は自費でお願いします。

 — ZUN. 『蓮台野夜行』. 2003年.



『豊橋野夜行、県道407号線から山道を経て海へ』

見ていると京都の亡霊たちが憑いてくるような動画作品です。
正しくは、外出動画の集まりが飾られた内容です。

私自身の除霊はどうしましょうか?



「豊橋野夜行ストーリー from 転石博物誌」



 京都市下京区の特定の建物に住む、互いに交流の無い二人は、2021年までに亡くなった。うち一人のAのんちゃんは北海道出身者であり、京都市に移住してからは精神体の自己や猫や神々を伴って外出していたが、仇となって彼が神隠しに遭ったと見られる。かわりに私は、京都市内と目される地域に精神体として生きている「秘封倶楽部」の二人組を呼び出して伴わせながら、疑問解決の外出をした。曲名「最も澄んだ空と海」のようでなくとも、2011年4月18日に入ってから一度も出ていない愛知県豊橋市で海を間近に見たい。

 夜の街の車、虫、鳥は何がどのくらい?砂浜で歩くと短靴、特にスニーカーにどのくらい砂が入る?計12 km以上の道のりを私が歩くと実際に疲れや時間経過はどのくらい?これだけならばこの都市以外でも調べられる。2つほど特別な調査をしたい。1つは、この都市の市街地が太平洋遠州灘の海岸にかけて畑の広がる平野と40 m以上の高い土地で阻まれていることの調査である。もう1つは、特定の集落の雰囲気の実地調査である。「ささゆりの里」のささゆりが今の時期に開花しているということにも関心があった。夜明けが迫る中、蛇でも狸でも出そうな「ささゆりの里」の調査を放棄した。砂浜の疲れもあり、帰路に寄るつもりでいた特定の集落に行かないで帰ったことは悔やまれる。他は調査が済んだと私はみなしている。短靴や靴下は、少量の砂粒を持ち帰った。切り立った崖の見た目、岩肌と、そこに生えている植物の様子が分かった。

 夜道は実に、他人の見守りの無い努力そのものを意味した。私が絵と音楽と疑問解決の人文科学、自然科学など科学分野の実践を行うことを暗示している。方向性が社会的には無いが、私の心の羅針盤ははっきりとそれを示す。この場合、暗い道を行き続けて大海原を目指す。いわば、この夜道を行くことは単なる暗闇を何の頼りも無く行くことでなく、「ズル」に相当する道具がある。スマートフォン!そもそも半分以上は県道407号をその南端まで行くのみであり、道程に限れば難しくはない。とはいえ、道筋は分かっていても、また、想定しうる困難さがあっても、実際にどのような危難が待ち受けるかは、その計画の実践にのみある。私の人生の努力の精神性に関して、他人は尊敬して他人自身に得ないばかりか、理解さえしない。

 「秘封倶楽部」の二人組は時々、会話イベントを彼らの間で発生させていた。主に蓮子の「星から時間や月から居場所が分かる」という能力や、メリーの「夢」に関する話題であった。私の見上げる空では、月が、見えない!この2人は同じ土地の同じ時間でパラレルワールドにでもいるか?メリーが蓮子に対してしきりに「地理座標」を尋ねて蓮子が答える。2人の間の話で「リグル・ナイトバグ」「蛍」について話があったので、「内山川のホタル」(6月上旬が見ごろ)というのもいつか見られればよい、と私は思った。メリーが過去に「霊能者サークルだけど、普通みたいに除霊や降霊とかは好きじゃないの」と言っていたが、私はその嫌なことをしていないか、考え直している。「秘封倶楽部」の二人組は4時過ぎの夜明けとともに「時間外の活動はしない」と言って私と別れた。ちょうど「ささゆりの里」看板前にいたので、「結界」の穴からどこかへ帰ったろう。目的地は「蓮台野の入り口」であろう。4時6分に私は砂浜を踏みしめた。私が「山」と例えている海食崖の岩肌は、歴史的な水墨画にありそうで無い光景を作り出している。砂浜は、ほぼ砂丘や砂漠の状態であり、傾斜があるところは足をさらわれそうになる。浜と帰路とで、私は京都市の亡霊Aのんちゃん魂トランス状態になっており、この間に、「書道の極意」「八咫烏の眷属」などと言う。Aのんちゃんは市街地や山間部や港で撮影をしたことがあっても、砂浜では一度もない。Aのんちゃんは幼少期と36歳の時に猫を飼っていたが、幼少期のネコ個体の霊を彼の外出で使役していた。「月の妖鳥、化猫の幻」という曲名は蓮子とメリーを指すそうだが、謎の野鳥「ぴーちゃん」と彼の猫霊「フェスマーくん」を私に連想させてしまう。

 この海岸には海難事故の救助任務で命を落とした人の追悼の詩が書かれた石碑がある。『蓮台野夜行』ストーリーの後半では、秘封倶楽部の2人が西行法師と思われる誰かの墓に手をかけたが、私はそれをしない。旅の情緒は普通、日本だと和歌を詠むということになるが、そういう発想が私の中で2015年ころから薄れているので、私は特にしなかった。「激さや 崖にしみ入 波の音」とでも詠めば満足いただけるか?2015年の私の思い「類想句は駄句だなんて誰が言うか?」、パロディの狂歌や辞世の句はたくさんあるのだし、許していただきたい。出羽国の立石寺(今の山形県内)に来た松尾芭蕉は、まさに、そこで遺体の一部が眠る慈覚大師の弔いを『奥の細道』の歌として詠んだのであった。日蓮大聖人の御書「慈覚大師事」で「世間に云ふ、御頭は出羽の国立石寺に有り云云」とあるが、現在では比叡山の「慈覚大師円仁廟」に頭蓋骨があり、立石寺で残りの骨と木造頭部が見つかったとの事実認識がされる。私も弔ってあげよう、前澤光昭さんを。また、Aのんちゃんを。北海道釧路市、厚岸町などの海に、この海岸から瓶詰めの手紙、ボトルメールを流れに乗せて届けられるのか、試さない。彼が「伊勢神宮の歴史と格式」と憧れる伊勢市周辺に漂着するか?田心さんによる彼の辞世の句「ありがとう荒木の望むあした夢、あの世に逝ってあゝ左様なら」、2021年6月作。「西行法師の桜」ならば?"Un Apricocco Sulla Collina"歌詞をよろしく。

 思えば、私は埼玉生まれ、豊橋住み。Aのんちゃんと、「秘封倶楽部」を語る太田順也(ZUN 長野県生まれ)、彼らは20歳前後のころ、施設入所や大学通学のために埼玉県に住んでいたが(それぞれ所沢市、東松山市)、後々、ほぼ埼玉の話をしない。また、「東海道本線」「卯酉東海道」という形で東海道に関する事象から静岡県に関わっていた。Aのんちゃんは関西への移動前に都内から乗った「東海道本線」で静岡県の沼津駅前で野宿し、ZUNの『卯酉東海道』ストーリーは関西から出た電車の静岡県内らしい富士山の見える土地から始まる。そう東海道に関する事象から静岡県に彼らは関わっても、二川宿や吉田宿を有する隣接自治体の愛知県豊橋市は「豊橋とばし」となる。生きていれば両者とも2021年時点で40代…、こういった共通点を持っている。埼玉生まれ、豊橋住みの私がこのような外出行為をしたことは、彼らへの皮肉である。Aのんちゃんは霊的存在たちに抹消されてしまった。「秘封倶楽部」の二人組は無関係の「秘封倶楽部」初代会長・宇佐美菫子(関東在住=関西に対比)に抹殺されてしまった。後者に関しては私の憶測であるが、『旧約酒場』と『秘封ナイトメアダイアリー』のアートに共通する血しぶきは、こういう凶事を容易に連想させてしまう。皮肉である以上に、私は弔意を示し、この弔意がそれらの精神体を誘引していた。Aのんちゃんが沼津駅で下車する日=2017年8月30日、東京都目黒区の大鳥神社で「神社の封印を解除した」と言っていたが、私はそこまでする意図を持ちあわせない。

 行きと帰りとの大部分は、「愛知県道407号伊古部南栄線」を通った。別名、「野依街道」。野依良治さんを連想させるが、梅田川以南に「野依町(のよりチョウ)」があることによる。豊橋市民にとってのノーベル賞受賞者は、野依良治よりも小柴昌俊である。のより、のんほいパーク、Aのんちゃんで『のんのんびより』…、もはや何も関連性が無い。このように旅の記録をエンタメ、カルチャー、サイエンスで飾りたがる感性は謎である。この県道は、北端が国道259号線、南端が国道42号線に接続しており、両者は「地獄(ジゴク)、死にゴー」などと語呂合わせされている。なんともおぞましい。こういうナンセンスな話もしたくなる。

 植物相 (flora) と動物相 (fauna) に関しても記録がある。田んぼでカエル(蛙、かえる)の合唱が盛大であった。コウモリのような飛行する影の目撃は、2時30分ころの豊橋市野依町字細田10、ポップリベット・ファスナー株式会社の施設(イオン豊橋南店の南隣)を見ながら傍を通過するように県道407号を歩いているときである。全体の多くの場面で、虫の飛び出しに遭遇した。暗い時間帯で頻繁に、草や低木や樹木の茂みでガサゴソ、バチッ、ドサッという音を聴いており、ヘビ(蛇、へび)など爬虫類なのかカエルなど両生類なのかネコ(猫、ねこ)など哺乳類なのか鳥類なのか、見当がつかない。埼玉県内の「前の家」で子ヘビの死骸を見ることは多くとも、こちらでは一度もないと私は思った後、ヘビの死骸を見た際に動画記録(5時3分38秒ころ)を取った。しかし、前の家では成体ヘビの死骸を見たことが無い。これは車道の端で轢死の状態であり、ハエ(蠅、蝿、はえ)がたかっている。幻想郷で早苗ちゃんに「神奈子さま、ミシャグジさま」と同類の動物個体の悲惨な姿を伝えない。「諏訪子さま」のヒキガエルは、北浦和公園でたくさん見られた。先の「合唱」も?その死骸の後は「あやや」が私の前をすごい羽音で通過した。事前に警戒されたムカデ(百足、むかで)に関しては、問題なかった。『東方虹龍洞』のように鉱山の洞窟に入ってね。海岸で見られる動物は、蚊などの羽虫がよいところで、カニ(蟹、かに)、貝、魚、ウミガメ、サメなどは見られなかった。帰路である5時37分にキジ(雉、きじ)の鳴き声を聴いた。豊橋市に来て初めてである。私が数百メートル離れまで歩いても別の個体であろう鳴き声を聴いた。そのように海岸でも行き帰りの道中でも、鳥類は前の家に多かった種類のみ鳴き声や姿がある。ウグイス Horornis diphone はともかく、今も名前の分からない種が多い。特に、最初のテンポが速くて後が何分の1ほど、ピッチ(音高)が80%ほどになる「ぴちょぴちょ […] ぴーちょーぶりー […] ぴー、ぶりっぴー(ぶり=ぐり、人間音声 phone でいうと口蓋垂ふるえ音 uvular trill [ʀ] の重複)」と啼く野鳥が、埼玉でも今回の外出中でも気になる。071512動画、ツバメ Hirundo rustica gutturalis の鳴き声と巣の様子。2021061006540000DSC_1017.jpg に見るように、梅田川の橋から、カモ科ハクチョウ属種 Cygnus spp. はありえないにしても、サギ類のような大型の水鳥(アオサギ属のダイサギ Ardea alba の亜種?)や、それより小さいカモ類またはシギ類を含むチドリ類のような鳥(嘴の細さからして後者か)を見た。豊橋市内では三河湾に面した豊橋総合スポーツ公園内に「かもめ広場」があるが、愛知県にカモメ類が飛来したり繁殖することがありうるのか疑問。迷鳥、冬鳥?豊橋西高校の校歌に「三河港の ゆりかもめ」とあるが、ユリカモメという種 Larus ridibundus は、近畿、四国、九州を含む日本各地で見られるそうである。次点で、ミツユビカモメ Rissa tridactyla がありうる。記事 Bg. 2015-02-27に示されたように、ウサギ、ニワトリ系の鳥の放し飼いまたは飼育放棄が前の家の周辺であったが、そういう稀なことはもちろん見られない。海辺で靴の砂を払うなどして休む間、敷物(端材、綿100%)を置き去りにしたことを海から遠くない蛇の死骸を見たあたり(5時4分ころ)で思い出した。車の往来など道路事情がよくないために引き返さなかった。鳥の巣の材料にでもなれば…。行きも帰りも私は、基本的に車道を歩いた。私は車道を歩かないと、ブヨ(ブイ、ブユ)の群れに潜り込みやすいし、茂みからの虫の飛び出しに気づきづらい。帰宅後の家では、ブユの死骸のようなもの1つと生きている小さいアリ1匹を、私が履いていたDickies 874 パンツに接している状態を見た。ヒト以外の哺乳類は、飼われているイヌ(犬、いぬ)やネコさえも、この外出で見られることは無かった。

 前の段落は動物相の話になった。植物相に関しては、道中には道中で、色々と花が見られたので、写真を撮ってある。主な被写体にされたものは園芸品種、栽培品種 (cultivar) や移入種 (invasive species) と見られる花が多いと思った。2021061005080000DSC_0988.jpg ギザギザ部分が長めの、ワラビのようなシダ植物かヨモギに見える草の個体が多くある…、と思ったが、文献で調べ直すと、それらとは異なる種の植物であろう。2021061005090000DSC_0989.jpg 畑の作物はサツマイモの苗のように見える。210610_053954_sh.mp4 潰されたキャベツ(玉、結球した生育状態)にはコバエがたかっている。ここで私は『だもんで豊橋が好きって言っとるじゃん!』の話題をした。あれは「冬キャベツ」の話とされる。見られた樹木に関しては何とも言えないが、表浜街道よりも南の住宅地や農地のあるエリアで林の木に変わった形が見られたことが気になる。 2021061003500000DSC_0955.jpg ヤドリギ (Viscum album subsp. coloratum) ?鳥の巣?ナンジャモンジャ、なんじゃもんじゃ?あんにゃもんにゃ?海岸には海岸ならではの低めの丈で花を咲かせる植物が数種見られ、印象的であった。海岸で、その低い丈の花を映した写真は唯一 2021061004490000DSC_0982.jpg である。2つは異なる種の花が写っているので、種の同定をしたい。主に愛知県内を指して「周伊勢湾要素植物群」(地名にもかかわらず三重県の話はあまり見られない)「東海丘陵要素植物群」という用語が聞かれるが、これで目先の疑問の解決にはなっていない。サイト「三河の植物観察 Flora of Mikawa」で「ハマ-」「イソ-」「シオ-」で始まる和名の植物を全て確認したが、それらしい種が見受けられなかった。「"表浜海岸" "花"」で画像検索してヒットしたPDFファイル http://www.omotehama.org/pdf/costvegetation2.pdf に、うち1つ、類似する植物が見られた。黄色い花と、特徴的な草の葉の形であり、マツヨイグサ属のコマツヨイグサ Oenothera laciniata であり、サイト「三河の植物観察」にも載っている。改めて、赤い花弁や萼、萼片などが形態的に一致していると私は判断する。外来種、外来生物、移入種、帰化植物ということで、これを「海岸のナガミヒナゲシ」とでも私は呼びたい。海岸にある漂流物は海藻、ヤシの実じみた木の実、流木などである。塩害の影響なのか塩性湿地植物の種なのか不明だが、海岸の沢の地形の場所で赤い色の茎や葉の種として茎が丈夫そうな植物 (210610_041855_sh.mp4 14sなどに映る) が見られた。「歩き回ってセイタカアワダチソウ、コセンダングサの種をばらまくな!」という環境保護勢力の声が聴こえたか?声主は新しい精神体であろう。北海道美瑛町のポプラ「哲学の木」伐採の原因になった、私有地や農地への立ち入りによるSNS映え狙いの撮影行為に、なたがたは、くれぐれも注意しよう。

 多くの詳細や経緯は、私の日記メモ=ライトダイアリーに載っている。





備考

「ジモ東方」外出案の記録(2021年5月15日作成画像)

今回の外出は「ジモ東方」活動の一環とも位置づけられている。
この名称は「地元、ジモト jimoto」+「東方 touhou, tōhō」という portmanteau の一種であり、今回の外出はそれだけを目的としていないが、内容として「ジモ東方」活動の要素を含んでいる。
2021年5月15日にこの呼称を発案した時点で、私はそのようなことを行ってきたり、新たに行うことを望んだりしていると自覚した。
2013年、埼玉に対してしたように、豊橋でもできることであり、多くの日本国内の土地でも、しやすいと私は思っている。
AのんちゃんとZUNの2名について、埼玉に住んでいた過去と「豊橋とばし」の現状について、「豊橋野夜行ストーリー」で記したことも参照されたい。

空想地理学、地誌学、地史(2013年作成画像)

2013年5月6日投稿『埼玉浦野宮 (さきたまうらのみや)』
https://masashi.doorblog.jp/archives/26561197.html

2014年6月4日投稿『5月~6月4日の豊橋散歩 ヒキ散歩記事②』
https://masashi.doorblog.jp/archives/38471100.html



動画の途中で、「Aのんちゃん野宿の地、静岡県沼津市」とは限らない「愛鷹山」付近に住む人が「夏の終わりの浜辺、夕暮れ」をイメージして作ったとされる2008年9月3日公開の音楽を再生した。
曲目では、6番目にあたる。
この作者は東方の中でも紅魔郷のような東方風自作曲を公開したこともそれ以前にあった。
この音楽は海を舞台にしたと仮想する『ひぐらしのなく頃に』 "You" 似のピアノソロ・オリジナル曲と私は解釈しているので、セーラー服のJC or JK辻さゆり、カモメの一種ウミネコ(うみねこ, Larus crassirostris)を伴った音楽イメージを2021年7月13日から描き始めた。
2009年の夏、中学1年生の夏休み期間に色々と深夜アニメをTVで見た中に『うみねこのなく頃に』もあったが、ひぐらしのスピンオフと言えないくらいに違いすぎてワロタ、07th expansionによる原作ゲーム群もよろしく。
東方Windows第1作『東方紅魔郷』の正式版とひぐらし原作1話、どちらもコミックマーケット62(2002年8月)頒布で同期、という意外な共通点あり。

Aのんちゃん沼津野宿、彼がラブライバーだからかの疑問には、取り合わない。
私は沼津を抜きに『ラブライブ!』系作品への嫌悪感が強いという経緯を持っている。
2012年以前に一インターネットユーザーが沼津市と比較して豊橋市を愚弄していたことは関係ないが、それにも、取り合わない。
この件、特定アイドルアニメ舞台になる以前の仙台市 vs. さいたま市くらいだよね、という感想。
仙台はA=荒木のんちゃんと無関係の荒木飛呂彦作品の舞台ですって?
さいたまはニンジャスレイヤーのネオサイタマ (Neo-Saitama in Ninja Slayer)? 豊橋はハリー・ポッターのトヨハシテング (Toyohashi Tengu in Harry Potter)? 知らない。
さいたま市大宮駅周辺のロフト LOFT 跡地がラクーン RAKUUNになり、沼津駅前の西武百貨店跡地もRAKUUNになったが、運営の浜友観光が豊橋市に隣接する静岡県浜松市に本社がある以上、旧・丸栄、ほの国百貨店跡地が低い可能性でRAKUUNになる可能性もあるか?
ただし、大宮と沼津の「よしもと劇場」はありえないし、立地が大宮や沼津の例と比べて駅前から遠すぎるし、今の建物は解体されてから文字通り「市街地、商業の空洞化」の一部分になる可能性もあるし(一市議会議員ブログ2021-01-02も参照)、そもそも私が真面目に取り合う話でない。
前の文章を記した後、別の機会『外出撮影の例 2021年2月19日10時19分』動画説明文で真面目に取り合う結果になった。
大宮RAKUUN よしもと劇場で意外なことは、M-1グランプリ2020優勝のお笑いコンビ「マヂカルラブリー」を育てており、片割れ「野田クリスタル」さんが2020年以降、東方Project原作者ZUNさんと頻繁にイベント参加している(下記リンク先ツイートで彼らの一緒に写った画像が載る)ことである。
2011年、私は『らき☆すた』社会現象とやらに憧れて埼玉でも豊橋でも街中の萌えというものを望んだ後、結果が、『浦和の調ちゃん』とか『だもんで 豊橋が好きって言っとるじゃん!』(作者の漫画家はNHK朝ドラ『エール』ヒロインにも絡む)とかの冠タイトル作品だからね。唖然。
その2作品以前には「浦和」を冠する芳文社きらら系作品『うらバン!浦和泉高等学校吹奏楽部』もあったことを埼玉在住当時でも知っている。
別に、今は経済効果といったことを何も望んでいないし、『らき☆すた』を含む少数の作品のみを歴史化しておしまいでよい。
2012年からはアニメを代表とするコンテンツ産業への精神的離反が強まり(1, 2)、2019年以降、全体的に社会での害毒を産んでいる始末(京アニ放火、『鬼滅の刃』アニメ制作会社脱税、『呪術廻戦』アニメOP関係アーティスト バンド メンバー犯罪)なので、主にアニメの「限定的な良い部分」に偏って評価しようなど、私は思っていないし、殊更に悪い部分を責めるつもりもない。
豊橋でオタク系のイベントといえば、国際的には"Japan Meeting of Furries" (JMoF) というものがあり、ケモナー、ファーリーの人たちが国内外から集まる。
のんほいパークと『けものフレンズ』の話は、特にしない。
「豊橋、浦和、仙台」といえば、現在の検事総長、林眞琴さんの出身地や経歴に出てくる都市名でしょう。

色々とこういう話題をしても、結局、私はかねて言う:
大衆音楽・マンガ・アニメなどの商業的な風潮・商業主義に疑問のある人々は、是非とも自己表現の手段として音楽・美術を行ってほしい。
2019年7月15日記事

絵と音楽の実践を私が中学生のころから重ねながらも (cf. 2014-08-18)、日本のアニメ系コンテンツや音楽産業に資するものは何もない (cf. 公式2014-09-04)。
私による任意の活動について、分野に関連する他人の誰もが、私の存在を望んでいないであろう。
2020年1月7日記事



背景にあった心理面

210610_040935_sh.mp4 60s でいう「秘封倶楽部の小説」とは、二次創作の作品である『夢現』 2008-08-16. 四面楚歌. を指すが、その作中で別れたメリーを追い求めるような蓮子の心境が、どうも2度めの転校先の小学校から中学校不登校までずっと同じクラスであった上に一時期は私に親密であった、異国風の同級生Sを求める私の心境が重なってならない。
後継の「小類聚・秘封横野夢記」で私は夢を見るメリーの気分でいたものの、同時にそちらの蓮子の気分でいつづけている。
蓮子こそが夢を見る者であり、その中でメリーを追い求めていたということが終盤の話である。
私が文学を含む芸術全般、人文科学を含む科学全般を多く学んだり実践したりすることは、興味という原因や疑問解決という願望のみならず、「私が一生孤独であってよいのか、否!」という強い現実否定にも基づいている(これは侮蔑的な歴史学用語、政治学用語、心理学用語、精神分析学用語の否認主義 denialism とやらではない;対立的な事実の証拠の否定とかをしているのではなく悪い現在の状態や将来の可能性を克服するという意思、願望なので)。
これは『夢現』のエピローグ部分における蓮子の心境を指すものであり、私は時にメリー、長期的には蓮子の気分で生きている。
今までは五里霧中であるし、これからも誰が私を望ましい形で承認するか、何も明瞭でない。
しかし、平和主義、自由主義を基本とした、理性と感性の現実的な行使という中立性の屋根の下で努力を絶やさないならば、それはそれで成長が望まれる。
成長して現実の効用が無いならば、屋根を取り去り、飛び上がり、殺傷事件または化学兵器テロ事件を起こすような堕天使または破壊神(死生観や精神比喩の目線を外すなど真面目な宗教研究の立場には申し訳ない、ブロリーかも)になりうるので、くれぐれも世の中には私を「理想という名の柱」から解放された状態の猛犬にしないでいただきたい。



心理の数理モデル
私の思い出:
良いものは幻軸で座標の正の数
  g = (n + n' + n"…) * 0 = 0
悪いものは現軸で座標の負の数
  b = (n + n' + n"…) * −1

虚数単位 i が何ですって?
今度は「のんちゃん数学、幾何学」ではなく、「ポストモダン心理数学」ですか?
2020年1月18日投稿の記事には、ジャック・ラカン Jacque Lacan の「人生は0が無理数であるような微積分学…、私が無理数と言う時、正確に虚数と呼ばれるものを指す」という発言や、バーバラ・フレドリクソンらによる"positivity ratio"「ロサダの法則」に関して紹介しており、参照されたい。

メリーちゃんは『伊弉諾物質』(2012年8月11日)のストーリーの冒頭、「信州のサナトリウム」で隔離治療をされていたとのことだが、Aのんちゃんは2012年3月27日より後のしばらく、北海道内の「長野病院」に措置入院をされていた。
信州と長野(長野県はかつての信州、信濃国;実際は人名や無関係の地名の長野なのだろうけど)、謎の共通点、どうしよう。
さゆりさんならぬ山下小百合さん=サユリーちゃんは、2019年、フランスで精神病院に入れられたので、「日本に身寄りがいない」メリーちゃんの逆を演じており、UMIたちはどうも重なっている。

「豊橋野夜行」動画サムネイル (後編)






「小類聚・秘封横野夢記 from 転石博物誌」



本日4月15日は前日21時18分にPCをシャットダウンして就寝し、3時30分に起床した。6時33分ころからPCをスリープ状態にして仮眠を始め、9時9分に起床した。入眠の前や9:00のアラームの後などで、耳栓をしている状態で感じる家の中からの振動と音に強めの恐怖を覚えた。そういうときに、夢とほぼ同様の感覚もあった。自室の杭(ロープ止め)の穴に鍵がわりのワイヤーロックが装着されていないと2度も思っていたことは、起床以後、実際にそのワイヤーロックが装着されていた。「よく見る現実的な夢」でなく、眠っている状態に近い脳波(計測の実験ナシで仮定)で視覚の情報も届いている脳が想像するビジョンとしては、過去(2020年12月22日メモにいう「半目の悪夢」)に見た「幻覚の重なったビジョン」(足し算型)と反対に、「一部分の欠けたビジョン」(引き算型)になるかもしれない。これとは別に前日、保管菓子1個を見た経験から、「よく見る現実的な夢」で同じ種類の保管菓子が3個も自室にある様子を見たが、こういう事実に近すぎるものの一部分で大きく異なる夢ばかり見てしまうと、あたかも光と闇が反転するような、あたかも内なる何かが胴体を食い破って出てくるような結果になりかねない。明恵上人の著作に『夢記』があるが、数日前、その明恵上人を模した座像の内側から巻物が発見されたというニュースが見られた。関係ないとはいえ、これは実際のニュースの話である。もし私が歩きながら、PCを使いながら眠っている脳波でいることになれば、実に恐ろしい。もし交通事故の生還者で怪奇現象を原因として挙げる者がもしいれば、こういう脳の活動や構造に関して普段から自身を省みないために、いわゆる「居眠り運転」の境界(半目の視覚情報や運転している意識がある)で恐怖の心理状態になる/怖い幻覚を見ることを、「怪奇現象」と当時でも事後でも捉えている可能性がある。私は小学生のころから金縛りの原因を脳に求める説を信じ、2011年豊橋移住以降に初めて金縛りに遭っても、恐怖を強めすぎずに自覚的でいられた。理性でラベリングなどをして対処する術を言うものであり、私が実際に霊的なものとその他に対する恐怖を克服しているとは限らない。
2021年4月15日




本日4月16日は0時52分にPCをシャットダウンして就寝し、6時台や10時台に目覚めたり、7時台後半に目覚めて8時過ぎに一旦起床してトイレを利用したり、9時台に夢精したことがあり、13時6分に起床した。14時2分、雨の中で謎の声がしたので外を見ると、黒髪ロングの暗い緑色の制服姿(ジャケットもしくはブレザーとスカート同色)の1人の女性がイヤホンを装着してスマートフォンを持ちながら笑っており、徒歩で最寄駅から反対方向に家の前を通過した。その際にたまたま私がいる方を彼女は見ていて目が合ったか不明だが、すぐ、その様子が直っていた。なお、顎マスクで傘を持っていなかった。バックパック–リュックサックにDickies ディッキーズみたいなロゴが見えた。10秒ほどの間隔で中高年っぽい男性1名が後から通過した。本日の夢精の原因を言うと、私は性的な夢の記憶を指す。今回の内容は尾行と撮影(盗撮じみたもの)であるが、相手にバレても構わない的なノリの愉快犯じみたものである。別の夢でDickiesのパンツを履いて外出するかどうかの考え事もしていた。起きてから「愛知県犬山市の市立中学校の男女自由制服の件はどうなった?ガッコでスカート男子は男子生徒からスカートめくりを…」などとも考えていた。14時2分のできごとは、こういうのの正夢とか具現化に思えなくもない(NHK NEWS WEBにまた「僕がスカートをはく理由」などという記事が投稿されていて具現化しすぎ)。

ああ、前日メモに言う「あたかも光と闇が反転するような、あたかも内なる何かが胴体を食い破って出てくるような結果」は今ではないし、これら記録が虚言でもないので、心配なさらないでくれ。統合失調症じみた無関係なものの結び付けや幻覚でもないので、安心なされ。眼や耳で捉えられた「事実」と直感的なラベリングを、わざわざ神経学的もしくは心理学的もしくは哲学的に疑ってみることを繰り返したくは、ないね。来週の平日は雨の確率が低いという天気予報を信じて、少し、そういう方向で考えたい。今更だけど新曲「黄昏ストーキンガール(仮名、歌詞と音楽は完成ずみ)」に乞うご期待。自らストーカーと思いながらも犯罪にならないグレーゾーンでいたいために、「外の事物に興味が深すぎるだけだから」とも思っている。
2021年4月16日




本日5月12日は前日20時49分にPCをシャットダウンして就寝し、4時16分に起床した。起床時のアラームを4:05, 4:10, 4:15と三段階にすることで、起床以前の意識が一時的にでも起床に向かいやすいようにしたので、最近の中では覚醒から起床の間の時間が短くなった(前日は2:05, 2:10に鳴らした結果が再び入眠するものでひどかった)。なお、4:05の第一アラームが鳴る前に私は、時間を読み上げる夢を見ていた。詳細には、前の家の私の最初の部屋のようなところにいて停電するほど強い「頻度の高い雷」と風と雨とがあって部屋の内外に強く注意していて、しだいに晴れてくることを察した。満月が私の体の向いている方角(東より)の空の上の方に目立って見え、雨もひきつつあることが分かり、スマートフォンのようなもので写真を1枚撮影してすかさずビデオモードで録画を開始し、そこで時刻の数字を読み上げようと「1:15」という夢の中で早朝だと思っているのにそうでない数字を見た。「時差でもあるか」、と思いながら読み上げようとした途端、現実世界で私のスマートフォンからアラームが鳴って強制終了した。デジャヴュですか?東方二次創作『夢現』 2008-08-16. p. 17付近のそれを思い出す。以前(2021年4月15日メモ)のこういう話も、結局、そういう作品を念頭に置いていた。起床から1時間以上、左膝ふくらはぎと足首前側の筋肉痛が気になっていたが、その後は右肩甲骨の範囲の筋肉痛(肩甲下筋 subscapularis muscle など)および関節痛が強くなった。
2021年5月12日




本日6月6日は前日20時14分にPCをシャットダウンして就寝し、4時21分に起床した。この就寝時にスマートフォンで記したメモがある:「最近5日以内で何度か金縛りとそれに近い現象があった。最近のそれらの発生のとき、私は眠りの意識から遠いような近いような状態でいた。特にこの文章を打つ5日21時がそれ。その間の思いは、往年にも増して悲しみが含まれ、荒木や水口に生々しい想像をしていた経緯からの心霊現象である。理性もあるので1分以内にその力で金縛りを解くが、もう闇に飲まれつつあるのでは?メリーちゃんよ。『私は誰よりも人情にかからず、色々な精神作用の対象に触れられず、ここで朽ちるだけだろう』、と光の無い部屋の隅にいる人間が声をこだまさせるビジョンを伴う。金縛りの状態で私は、外の弱い光で映る自室を視覚的に見ている。女児Sという主観的に偶像化された、遠い記憶の実在人物は、しぱしば私のそばに寄っては、途方もなく遠くへ去るようだ。この10分前にも、そういえば一度、金縛りがあった。私の精神は神経を通して肉体へ必死に指令を送り、腕を浅く持ち上げ、声を家の他人に聴こえない程度にしぼりだしていた。同じような翳りの強い自分の右手を見た。日付上の前日のいつごろかにも、PCの前で横臥している間の金縛りでも視覚的な情報または記憶が伴い、『或る方角の窓』の障子に助けを求めるムンクじみた複数の顔を見いだしていた。その同じ日で他にも、似た要領で段ボール箱に顔を見る現象があった(おそらくパレイドリアに相当するものでない)」。「メリーちゃん」の件は、最近の日記メモにおける睡眠夢に関するメモを参照している。
2021年6月6日




記事の題名にある「神経科学」とは?日記メモ言及例:

6時10分台、作業の案について悩みながら横になっていると、意識が遠のいてゆき、視界に意識を移すと障子の桟の交差する模様・規則的な模様が揺らいで見えたり、黒いコートを左目で青・右目で黄色(それら色調の状態で高い彩度S = 255/255 に原色に近い限りのやや暗い明度L = 200~230/255)捉えて境界が元の色であるような見え方(そのような映像の異変の原因は視細胞・視神経・脳神経のいずれに求められるかと言えば色々と考えることは可能;立証は神経科学や認知科学の専門家でも困難か)があった。このような疲労困憊の現象または寿命で死ぬ直前の知覚のような(仮死体験に近いかも)経験は過去にもあったろう。
2019年10月4日



2020年11月1日投稿動画『起床前や夢の時間に脳内で流れた音楽を自作曲にした6作、歌詞も含まれる』の説明文にも何かしら、ある:
https://www.youtube.com/watch?v=DyvJCNcSR0U
表題にいう「起床前」や「夢」の時間がどういうものかを、動画中での曲の例とともに説明しよう。
「起床前」は「覚醒直後」に近似し、いわゆる「まどろみ」の感覚に支配されている状況が多くある。
"Song20180313"と"Song20200821"と"Song20200925"の原点は、「起床前」に脳内で流れた音楽に該当する。
"Song20180313"のメロディに後で歌詞を付けたが、当動画では歌詞の歌唱でないオリジナルバージョンで紹介する。

「夢、夢見」は、私の日記メモに「起床直前にレム睡眠とも呼ばれるような状態(脳波計測なし)…2020-06-19」、「その音楽の最中は睡眠時に夢を見るときと同じ感覚(いわゆるレム睡眠時で私が覚醒時と同じ意識を共有することもある)であったに違いない(神経科学などで脳波などを計っているわけでない)…2020-05-27」、「押入れ就寝時の考え事をしていて、その意識が20時台・21時台であった。無論、夢の一種(レム睡眠下の意識)として考えられなくはない。その時の考え事の内容は、あっという間に忘れている…2017-05-15」などと記されるような状態を指す。
"Song20181121"と"Song20200501"と"Song20200608"の原点は、「夢見」に脳内で流れた音楽に該当する。
この3つはいずれも歌詞が夢の中で再生されており、起床以後に復元したり、公開するまでにオリジナルと少し異なる修正を加えるなどがされている。
例えば、"Song20200608"「パリヤノーン… (pariyanōn…)」という夢の中で再生された歌詞は、フランス語歌詞 "Paris est non, Paris est non, Paris est non la sexuée" [pa.ʁi.ɛ.nɔ̃. … pa.ʁi.ɛ.nɔn.la.sɛk.sɥe] と復元および修正された。
[…]

この他、眠い時に仰向けでいて意識が沈みつつも起きたいと精神的に抵抗している状態で、音楽が脳内で流れたりすることもある。
これは当動画の案が生じた後の2020年9月10日にあり、"Dirt or Girl"という名の自作曲"Song20200910"になっている。
オマケとして当動画でも紹介する。
みなさんお待ちかね、デスメタルですぞ!
ちなみに、当動画で用いた絵は、2020年8月31日に紙に描かれ、2020年10月31日にPCでの加工を開始した経緯がある。
絵の人物は言語学ネタ「お姉ちゃん、お菓子」ストーリーの「話し手だった人物 (年下女性、少女、オリキャラ)」である。
[…]
私は自分自身をこの人物の姿で想像することが、今年から多くなっている。
"Dirt or Girl"という名の意味はこのこと(i.e., 野獣と美女)でない。
それでは、私が:睡魔に誘われて地獄に趣くことを甘受するか、美しい少女に満ちた天界を追い求めるかという意味で理解していただこう。








「小類聚・豊橋野夜行 from 転石博物誌」



本日6月8日は […] 3時3分に起床した。7時5分にPCをシャットダウンして就寝し、11時42分に起床した。 […] 海に私が徒歩で行くことに関する物思い「現代日本人は3.11津波被害の記憶に代表される、防災意識が強くあると思う。津波の映像と犠牲者数と被災者の経験談などで、経験していない者のうちにさえ、海辺に恐怖を感じる者がいよう。過敏でない者も、不必要に近寄らないようにする者がいよう。要は、情報機器で津波情報が得やすい、避難しやすい高台がある、津波の進行速度よりも速く移動する手段がある、というのでない私には、自身がどう対処すべきかの不安がある。表浜海岸と呼ばれる一群の海岸は豊橋平野とを隔てる標高最高約90 mの地形によって隔てられ、平野側から全く見えない。高台に相当する崖の多い海岸線で、もし(NZあたりでマグニチュード9クラスの地震が起きるなどで)高さ5 m超の津波が迫っても危機を免れるために、最低限の注意が大事である。それよりも、風が強くなくて月明かりがあるなどの天気はもちろん、人(パトロール警察および狂人)、虫、自動車などのことを念入りに注意しておきたい」。
2021年6月8日




本日6月9日は前日23時14分にPCをシャットダウンして就寝し、4時11分に起床した。 […] 18時29分にPCをシャットダウンして就寝し、最初の1時間以内に約1時間眠ったが、それからは覚醒状態だったり1度押入れから出るなどもし、最終的には23時1分に起床した。
2021年6月9日




本日6月10日は寝ない状態で日を越して至る。1時50分から外出を始めた。事前に、経路が示される:まず県道407号線に行き、ひたすら南下し、伊古部東交差点から計2車線ある場合の多い道路を南に進み、伊古部海岸(表浜海岸の一部)に出るような外出。「豊橋市 少年自然の家」「豊橋市 野外教育センター」に進まないように。夜明けが遠ければ、ささゆりの里を見るのもよし。帰路は、東の高塚海岸へ回って北に進み、高塚交差点から西に進み、伊古部東交差点から県道407号線を北上することで帰宅する。

この外出の風景などに関して記そうと思うが、写真や動画の記録がある限りの情報は、ここで記さない(e.g. コウモリ目撃)。多くの場面で虫の飛び出しに遭遇した。暗い時間帯で頻繁に、草や低木や樹木の茂みでガサゴソ、バチッ、ドサッという音を聴いており、蛇(ヘビ、へび)など爬虫類なのか蛙(カエル、かえる)など両生類なのか猫(ネコ、ねこ)など哺乳類なのか鳥類なのか見当がつかない。前の家で子ヘビの死骸を見ることは多くとも、こちらでは一度もないと私は思った後、ヘビの死骸を見た際に動画記録(5時3分38秒ころ)を取った。しかし、前の家では成体ヘビの死骸を見たことが無い。これは車道の端で轢死の状態であり、蠅(ハエ、蝿)がたかっている。海岸にある漂流物は海藻、ヤシの実じみた木の実、流木などである。見た目としてカニ(蟹、かに)、貝、魚、ウミガメ、サメなどは見られなかった。海岸で最初に見た人は釣り人であり、後で人の多いあたりからサーファー、遠めに4人ほど乗っているようなボートが見えた。伊古部海岸にある物体のうち1つは「エールオブジェ」(NHK朝ドラ『エール』より)と言い、2020年8月2日ころに設置されたようである。帰路である5時37分にキジ、雉の鳴き声を聴いた。豊橋市に来て初めてである。私が数百メートル離れまで歩いても別の個体であろう鳴き声を聴いた。海辺で靴の泥を払うなどして休む間、敷物(端材、綿100%)を置き去りにしたことを海から遠くない蛇の死骸を見たあたり(5時4分ころ)で思い出した。車の往来など道路事情がよくないために引き返さなかった。鳥の巣の材料にでもなれば…。行きよりも帰りは交通量が多く、海岸目当てと思われる自家用車がまばらに見られ、スポーツカーや、同じ見た目のトヨタ・クラウン2台が前後に連なって走行する様子(不鮮明だが2021061005450000DSC_1006.jpgに写る)も見られた。行きも帰りも私は、できれば車道を歩きたかったので、覚悟をしていたが、6時30分台あたりで短くクラクションを鳴らされた。運転手はサングラスの兄ちゃん。親切心であるよりも。「煽り、あおり運転」と同じような心理からの行動か、車道歩きに対する牽制かもしれない。「コリジョン、ノイズキャンペーン」という集団ストーカー陰謀論を言うつもりは無い。私は車道を歩かないと、ブヨ(ブイ、ブユ)の群れに潜り込みやすいし、茂みからの虫の飛び出しに気づきづらい。4時50分ころの海辺は涼しさの極みだが、帰路でしだいに強まる朝日の日照りは歩く私の体力を奪う。結果的に、7時31分に帰宅した。家ではブユの死骸のようなもの1つと生きている小さいアリ1匹を、私が履いていたDickies 874 パンツに接している状態を見た。靴下の中に砂が入り込むなどもあるが、タオルケットを広げた状態で私は数十分程度、横になり、乱さない程度に砂もその上に落とした。7時50分ころ、食事をしていなさそうな弟が外出したが、作業所ではないかもしれない(徘徊行為であるかもしれない)ので先述の通り、横になっている。体が休まった8時10分台からぼちぼち、色々と整理をしたり、砂が入るなどして汚れた靴を掃除したり、洗濯機作動をした。靴 (Mobus, Hannover) に関しては「砂丘のような砂浜を700 mほど歩いた」という経緯とともに、靴にどんな影響があったかをレビュー文案に追記した。砂浜はブーツやハイカットスニーカーか、人によっては洗えるサンダルが適している。9時台に自身の顔にニキビが増えている状態を確認した。毎日気にしている以上、ここで中規模1つと小規模2つ(膿が出る)が起きていることで、外出に関連したマスクにきび(マスクネ、マスクニ maskne, mask akne)ではないかと感じた。外出の間は頻繁にマスクを外していたとはいえ、累計の着用時間が長いことに違いない。

10時10分にPCをシャットダウンして就寝し、12時台や17時台に目覚め、18時41分に起床した。多少の筋肉痛は下肢などにあるが、深刻なものではない。喉には渇いた痰のようなものが絡んでいたりなど、今の体調には風邪にも似た独特な雰囲気がある。22時22分から風呂(シャワシャン)の準備を始め、24時2分に自室へ帰った。
2021年6月10日








記事の起草日は2021年8月6日である。
(部分的でも)原作者が「上海アリス幻樂団」というサークル(人物は博麗神主 ZUN 太田順也)であると明記することは、東方Project作品の二次創作の慣行にしたがうつもりであるが、その原作者が公式にそれを言及しているか、私は疑問である。
「二次創作・使用のFAQ」が、過去、外部のユーザーによって公開されていたこと(同じユーザーの新しいサイトにも公開される)が、原作者の公式サイトからのリンクで分かるので、それについても参照されたい。
これは、中国bilibili動画での使用規定(原作者本人が監修もしくは許可したという根拠は見づらい)の原案にも相当する。
原作者が言及していた経緯を確認したので、その疑問は解決された。
内容を過度に気にすると、矛盾や二重基準も出るわけで、それに関してはここで詳述しないし、多くの二次創作界隈で許容されていることになるが、キャラクター性格や外見に焦点を当ててみると、東方旧作キャラクターに「竹本泉」作品そのままのものが多いことが最大の疑問である。
今回、「蓮メリ」視覚化の役者として「盆歌」「エウジェニア」が動員されたが、この2名は2021年4月30日、純然と私の想像から生まれたわけであり、東方原作と関連していないことについては、将来の絵の練習記事で説明されるとともに、ここでも明言する。

「豊橋野夜行ストーリー from 転石博物誌」文案は2021年6月下旬から書かれたと思われる。
記事の起草以後、「秘封横野夢記」(『秘封ナイトメアダイアリー』と『夢記』より)、「転石博物誌」(『燕石博物誌』より)などと私は、見出しごとにエニグマティック (enigmatic, ZUNカナ: エニグマティク) な名前を与えた。
「転石」は、由来の「燕石」と音読みで /-VC/ 発音の同じ字を選んだことが理由であるが、同時に、役者の盆歌とエウジェニアがパンクまたはメタルのサブカルチャーを示唆するので、ロックンロールのバンド名「ローリングストーンズ」の直訳の名前でもある。
なんと執筆中にそのバンドのドラマー (80) が亡くなった。
…人物としては知らないのだけれども、精神体とか霊体のキャラクターが増えるのではないか?
今更、言うのも難だが、"Touhou" (rather than "Tōhō") 英語圏ファンダム (English-speaking fandom) で愛称「メリー Merī」がなぜかメリークリスマスの"Merry"で綴られている。
日本人は普通に童謡「メリーさんのひつじ Merī-san no Hitsuji」の英語名称「メアリー Mearī (Mary, as in "Mary Had a Little Lamb", the name is equivalent to マリー Marī "Marie" in German and French)」に比較する(過去記事2021-06-04でも東方と無関係の曲名にある「メリー」ついて同じ説明をした;正確な言語音声はIPA表記を参照、日本でのカナ慣習の話)であろう。
夢見、夢現に関連するキャラである点からも、Mary であれば、悪夢 nightmare の -mare という部分(それ自身の意味は「夢」でない)と文字列が重なるし、そういうつながりも感じられる。
※日本国内で、眠り、睡眠のために羊(ひつじ、ヒツジ)を数える習慣があることを引き合いに出そうと思ったが、"sleep". "sheep"という英語ありきらしく、"lamb"に結びつける気にならないでやめる。印象としては関わる。
"Touhou"英語圏ファンダムは「マエリベリー」部分を"Maribel"と推定してラテン文字をあてている (unofficial) 点からも、"Merry"よりは"Mary"が近いであろうと思うが、結局、"Marguerite, Margaret"系の名を"Peggy"とペットネーム pet name で呼ぶ伝統がある言語に、この話をしても意味が無いか?

自称オリンピックアニメの『夢想夏郷』関係者は、いかがお過ごしであろうか、と暑中/残暑お見舞いを申し上げる。
一足先に海辺で独り無観客オリンピック、空手の演武を私はしたのであった。
現場に、「空手」と同じく2020 (2021) 東京オリンピックの新競技「サーフィン」の豊橋版プレーヤーもいるなど、立派な会場であったと本文に記されている。
「4人ほど乗っているようなボート」について「カヌー」と呼ぶには難しい。
帰りに「車椅子の未来宇宙」ともパラリンピック車いす競技ともつかない、「空席の車椅子を押す高齢男性」を見たことは、動画に写真が載せられている。
私はスポーツの業界と組織とファン・サブカルチャーといったものを好んでいないが、大会の開催に反対することはしていないし、コロナ禍でも同じである。
2016年のリオ大会までは、『夢想夏郷』と秘封音楽CDのどちらも、2012年や2016年の夏コミに新作が発行されていた。
ZUNもとい博麗神主が「今年はオリンピック」と呟いていた2020年の正月(私が最初にツイートを見た日は同年4月以降か)、原作ファンでも二次創作ファンでも色々な期待を持っていたに違いなかったろうが、1月下旬には日本国内の「新型肺炎」と当時呼ばれた感染症の最初の症例が報告されるなど、翳りが見え始めていた。
2020年の東京大会それ自体も、コミックマーケットのような大きい同人誌即売会の日程に影響あるものであったが、新型コロナウイルス感染症 COVID-19 のコロナ禍では、東京大会の延期も重なり、日本同人界隈のリアル・アクティビティが大きく打撃を受けた形になる。


17.5作目『東方剛欲異聞』、リリースされないで来つづけたことは、東方以外の無関係の作品にもたとえたくなるが、特に示さない。
黄昏フロンティアの海原さんが肉体的に何か懸念を持たれても、2021年8月、YouTube動画で制作の近況が報告されていたので調査すると、Steamで8月中(延期で9月以降)にリリース予定である。
愛知原人さん(黄昏フロンティア『東方心綺楼』で関わっており、私が『妖々剣戟夢想』から知っている)はその作品でも関わっているか、あんかけスパ活動において彼はどういう現況であるか定かでない。

その作品は石油がテーマのストーリーであるとして、2019年の最初の発表の時から記憶されている。
石油産業は、その原油の蒸留(分留)精製品と副産物(または残留物、残油)が色々な用途になっているが、有機溶剤とアスファルト(アスファルトコンクリートの材料であり、他の材料である小石は石油と無関係)とエアゾール缶ガス(液化石油ガス LPG, ジメチルエーテル DME; 化石燃料のうち液化天然ガスもある?)以外は昨今の環境意識の高まりおよび持続可能性の追及から、敬遠されてきている。
例えば、高分子素材(プラスチック類 plastic)はバイオマス由来、バイオプラスチック (bioplastic) としてのポリ乳酸素材、菌類、キノコ由来の素材など、色々と実用化されており、生分解性であるかどうか (being biodegradable plastic? having biodegradability?) ここで問題にしない。
燃料であれば、バイオエタノールとかアンモニアとか、任意のクリーンな方法による発電からの電気など、代替の手段が多く用意されている。
採掘しても尽きない原油であり、採られた分は使うにしても、減産することが主要な動きとして見られる。
原油とかナフサとかと呼ばれる先物価格の銘柄から、有機溶剤の価格が下がればよいものの、無理なのであろう。
それはそうとして、東方Projectの幻想郷は、社会的に「忘れられた」事物が流入するというわけで、実際に世間の風説から石油がそういう扱いになりつつあると看取される。
ひどいよね、石油王が死んだとか、自家用車での燃料使用なんて私も反対の立場なだけで、石油化学産業は十分、歴史的に優れているし将来的にも社会に貢献するに違いない。
サステイナブルのじゅもん「サステナブルブル (某CMのフレーズ)」で犠牲になる/殺されるというものではない。
無論、石油合成でなくても炭素数の少ない炭化水素を生成する酵素とか微生物とか藻類 (ボツリオコッカス・ブラウニー Botryococcus braunii) とか哺乳類(牛のゲップによるメタンが有名)というものは私も過去記事『日本語由来の物質名(化学、生化学、有機化学、その他)』で示しているため、錬金術じみた生化学もしくは化学全般の方法で開発ができる側面も理解している。
実用化が容易でなくて研究作業や投資額が多くないと成立しないことも分かる。
石油産業の採掘現場=第一次産業が重労働であるか、労働者の人権が守られているどうかは、そもそも聞こえてこない。

こういう話題こそ秘封倶楽部の蓮メリ「文科好きの理科系大学生」に似合うのではないか?ということで、お一つ、休日にバイクで暴走する蓮メリの音楽CDをいただこう。
彼ら(彼女ら)は、こちらよりも未来の時間か近未来SFパラレルワールドにいるらしいので、難しいと思う。
『蓮台野夜行』以降の秘封ZUN音楽CDはすでに最後の作品『旧約酒場』(2016年8月13日) から5年が過ぎたが、これはストーリーの無い『未知の花 魅知の旅』(2011年5月8日)を数えた場合、空白時間として過去最長である。
本文に「Aのんちゃんは霊的存在たちに抹消されてしまった。『秘封倶楽部』の二人組は無関係の『秘封倶楽部』初代会長・宇佐美菫子に抹殺されてしまった」とある部分は、この現実世界の状況を指している。

2021年8月3日火曜日

日本語由来の物質名(化学、生化学、有機化学、その他)

西洋人が名付けたシキミ酸から、日本人が名付けたピカチュリンまでピンキリである。
ここでは19世紀以降のもののみを挙げる。
「〇〇語由来」とは、そのように直ちに理解しうる語形がローマ字(ラテン文字)で表記されていることを根拠とする。
「ニホニウム」"nihonium" は、漢字の「日本」の音読みである Nihon (正確には慣用音 kan'yō)から付けられている。
漢字の「日本」を Nihon とラテン文字に音写することは、ただ日本語 (Modern Japanese) にのみありえるものであり、数ある中国言語(Sino-Tibetan, Sinitic, Chinese languages: 中国語普通話=北京語、広東語、閩南語…)のいずれにも相当しないし、朝鮮語やベトナム語の漢字の語句にも似ないし、中国大陸の中古音 (Middle Chinese) でもありえない、と理解できる。

反例で「ベンゼン」"benzene"(「安息香酸」"benzoic acid"にも)というものがあり、おおもとはアラビア語で「ジャワの乳香 لُبَان جَاوِيّ 」という意味であったようである(ローマ字表記の lubān jāwiyy にある"lu"相当の部分の発音は、イタリア語またはそれに伝えた他のロマンス語にとって"la"のように l で始まる定冠詞と混同されて欠落したという)。
これは古くヨーロッパの言語で借用されて変化を経ており、またアラビア語話者には語源がアラビア語のそのような意味であると直感的に理解できない。
同じ語幹または形態素 benz- を持つ「ベンゾイン」"benzoin"の化学物質でない方の意味は「安息香」であるが、アラビア語のウィキペディアで: لُبّان جاويّ (في الحقيقة هو من سومطرة) 意味:ジャワの乳香、実際にはスマトラ(スマトラ島)から;と紹介されていた。

話は変わるが、生物学は、二名法の祖(似たようなシステムは天文学にも以前からあるが)であるリンネさんによる命名にさえ種小名"mume", 属名"Ginkgo"という当時の日本語理解や発音由来の名前が付けられており、これは構造的に化学にも関わるとはいえ、当記事では問題外にする。
生物学の学名には地名と人名由来の名前が多いように、鉱石 (mineral, minerals) の名前にも地名由来が多い (e.g., 「手稲石」"teineite", tellurium を多く含む) ので、これらは掲載されない。
先述のベリルの元のインド言語は鉱石の名前だったとしても、後で元素の名前になっているように、元素などの物質は掲載対象であることも注意されたい。
また、医薬品に代表される製品名は、販売者の国の言語と結びつきが強く、物質名として国際的に/学術的に言われるものでないので、製品名も、当然、掲載されない。

本題に戻ろう。



「ウルシオール」"urushiol",
「ヒノキチオール」 "hinokitiol",
「ヒノキニン」 "hinokinin",
「ホノキオール」"honokiol" (ホオノキ Magnolia obovata より、ヒノキオールは不明),
「シキミ酸」"shikimic acid",
「ニホニウム」"nihonium" (元素記号: Nh),
「ジョロウグモ毒」"JSTX" "joro spider toxin" (英語版Wikipedia記事名は"joro toxin"とする),
「シコッシジン(シコシジン、シコチジン、cc二重綴字の英語読みに似せるとシコクシジン?)」"shikoccidin" (ウィキペディア記事の無い例、ジテルペンというC20のテルペン類の一種;ヤマハッカ属のミヤマヒキオコシ Isodin shikokianus, シノニム Rabdosia shikokiana の種小名より),
「ショウガオール」"shogaol" (cf., 「ギンゲロール、ジンゲロール 」"gingerol"),
「シオノン」"shionone",
「*ショーワセン」"showacene" (Botryococcus braunii var. showa の変種の名より、同じ生物から単離される botryococcene ボツリオコッセン、ボトリオコッセンの一種とのこと;生物学に関わった昭和天皇の献名?炭化水素がらみで昭和シェル石油からの命名?),
「メイジコッセン」"meijicoccene" (カナ表記は唯一共立女子大学のサイトに載る、Botryococcus braunii の株Berkeleyから単離される botryococcene の一種とのこと;明治天皇の献名?研究者が明治大学に関連するのでそこからの命名?),
「シコニン」"shikonin" "shikonine" (ムラサキの根=紫根の読み「シコン、しこん」より),
「カメバニン」"kamebanin" (カメバヒキオコシ Isodon kameba or Plectranthus kameba より、ただし和名でいうヤマハッカ属に相当するのか定かでない;一論文によるとエンメイソウ=ヤマハッカ属のヒキオコシRabdosia japonica などから単離されるとのこと;同様のジテルペン、ジテルペノイド系物質の名前として kamebacetal, kamebakaurin, kamebakaurinin などが見られた),
「(右記参照)」"kadsurin" (Yang, Hattori, et al. 1992 論文以外ではほぼ分離や単離の報告が無い、化学での hapax legomenon?日本語文献ナシ、慣用的にカズリンと表記できる…後で調べると「カドスリン」とされる;植物としてはサネカズラ属 Kadsura があるがその種 Kadsura heteroclita は一般的に見られない名前で synonym は K. polysperma など),
「カサノシン」"kasanosin" (2008年の木村らによる英語文献で初めて報告されたかもしれない、Talaromyces属の種 sp. から単離されるという物質である。平成20年という同じ年の日本語文献では採取地に葛西臨海公園 Kasai... が挙げられる。後年の外国人著者英語文献でも葛西臨海公園から採取された生物から単離される同じ旨が載っている),
「キョートルフィン」"kyotorphin",
「リシチン」"rishitin" (ジャガイモ栽培品種「リシリ」が由来とされる。そのまた由来が何かは不明だが、日本の地名「利尻(利尻島)」からであると私は思う),
「ダイジン」"daidzin",
「ダイゼイン」"daidzein",
「ナスニン」"nasunin",
「ギンコール酸」"ginkgolic acid" (イチョウ、ギンナン Ginkgo biloba の葉に含まれ、その植物の名に由来する;銀杏の音読みの一種「ぎんきょう」 ginkyō を17世紀に日本に長期滞在した経験のあるケンペル Engelbert Kaempfer が ginkgo と綴り、18世紀に学者リンネ Linnaeus が採用してこの綴りが定着した。参考までに、古英語 Old English でも硬口蓋接近音または硬口蓋化子音の音素 /j/ を y ではなく g で綴ることがあったが直接そういう古典語の知識がケンペルにあったのかは不明),
「オカダ酸」"okadaic acid",
「コージビオース」"kojibiose",
「サンショオール」"sanshool",






化学的な物質とは少し違う例(IUPAC名を与えることができない)

「ナットキナーゼ」"nattokinase"(比較:日本の大阪府堺市から発見された微生物 Ideonella sakaiensis が持つ酵素 PETase ペターゼ),
「ピカチュリン」"pikachurin" (タンパク質、遺伝子の一つ; EGFLAM とも呼ばれる),
「シガトキシン」"shigatoxin" (タンパク質毒素の一つ;ベロ毒素、志賀毒素とも呼ばれる。医学者、細菌学者の志賀潔より。cf., 赤痢菌 Shigella dysenteriae 種形容語の語形がラテン語での複数形に見えるが血清型が15あるということから来るものか、謎;他は S. flexneri など -i で終わっていて男性複数形みたいな属格みたいな不安定さ;この比較には Escherichia flexneri, E. marmotae など同様の真正細菌にある),
n



冒頭に記そうと思ったが、雑多なのでやめた文章

インド系の語彙では、ロシアのメンデレーエフによる、サンスクリットからの「エカ」という接頭辞が例として考えられるが、他はベンゼンと同じような反例や19世紀以前の例が多くを占めると思う。
その反例の一つは、「ベリリウム」"beryllium", 「ベリル」"beryl"のおおもとに当たる वैडूर्य (vaiḍūrya, サンスクリットでの語形) である(日本でも漢訳仏典を経て昔からおなじみ、瑠璃や毘瑠璃=吠瑠璃=琉璃=流離王にも見られる任意の中期インド言語 MIA類より)。
インド亜大陸の言語はドラヴィダ語族など系統の異なる言語が古くから混ざっているなどで系統の推定が難しいものでもあるし、サンスクリットとパーニニ、パーリ語とプラークリット類であるとかの人物ベースや典籍ベース(それらもまた実在性や系年などの問題がある)の判断が強いられる。
日本に近い、隣国である中国大陸、朝鮮半島の諸国は?→ノーコメント、ただ今後は増えるのかもね。



小類聚「生物学で見られる名前の問題」

生物学・・・絵の練習記事に断片的な言及がある他に一つの過去記事(学術的メモ帳2015年1月16日)の2018年8月9日追記にもある。ブログで執筆された範疇には見つけづらい。個人的な執筆や調査の記憶は外部サイトでの投稿にも多い。植物や動物の生態や分布はもちろん、社会科学とも関連して現代的な分布(園芸・ペット目的で移入された外来種と帰化)と生育環境に関してしっかりと把握する。日記メモにも虫や植物など身近なものが稀に記される。生物学の先鋭性は分子生物学 (molecular biology) にあって一般人には無理(空理)であるため、各々の身近な範囲で民間的な実用を考えたい。植物の系統分類にAPG体系があり、そこで、例えば一般的なハスとスイレンとは形態や生態が類似するのに目 (もく order) レベルで分類が異なる。ハス科・ハス属・ハスのあるヤマモガシ目の他の科は木本(樹木の特徴の枝や幹がある)であってハスと著しく形態や生態が異なる。たとえハスとスイレンがDNA, 塩基配列・遺伝子レベルで異なることが精密な実験から立証されても、その技術の無い一般人の五感で知覚できない・推論が成立しない事柄である。なお、2017年に私は、パーリ仏典に基づいて古代インドのブタ (sūkara またはイノシシ varāha) とキノコ (ahicchattaka) に関する考証をした。 https://lesbophilia.blogspot.com/2017/12/sukara-maddava.html 萌えの典籍に「鸚鵡」という名の鳥を登場させる際にも「仏典で鸚鵡は緑色の外見だという傾向がある。オウムと読むが生物学の和名オウム科はインドに生息しない。架空であるかを問わず仏典の鸚鵡はそのモチーフとしてインドに生息する限りのインコ科に比定できる」という見解を注釈している。
2019年6月23日投稿動画
説明文より抜粋

他にリンネさんと天文学のチェコ学者の某甲についての文章もあったと記憶するが、見当たらない。





起草日:2021年6月29日

以前、私の投稿で多かった言語学の話題(比較言語学から認知言語学まで広すぎる分野をアレコレと行っていたこと)が、去年や今年には少量が含まれた記事が投稿されるに過ぎなかった。
これにしても、難しい内容でないし2016年ころに持っていたような知識の基盤と変わっていないが、言語学の話題が無いよりはよかろう。

日本語で「物質」として使われる単語を英語で言う場合に考えられる候補:material, matter, substanceの違いとは?インターネットで調べてみてね。

2021年8月2日月曜日

2021年7月中の日記メモ

(前月に続き)本文をコメントアウトで公開します。ソースからご覧ください。ご不便をおかけします。

●口上
日記メモは学問・宗教・生活のトリレンマである(2019年以前の文言、復活!)。日記メモにはその便宜のために定型的な表現と語句を含んでいるが、それらは広く「日記メモの用語と解説」ページに説明がされている。

●私感
当月1日から家の他人の1人が復職し(薬剤師)、私は家に1人でいる時間が多くなったので、何かしらできることの多い時間が長くなった。
とはいえ、時期が時期で外の虫などに警戒する上に、新型コロナウイルスのいわゆる「変異ウイルス」(変異株; variant, variants of SARS-CoV-2)の感染拡大にも警戒するので、1~3月に多く行ったような外出に関してはナシであると当初から考えた。
と、当年5月分の掲載と同じようなことを記す。
結果的に、家の周囲でAさんのような武術なりスポーツなりしたり、当月29日には近所の公園にブラついたりしていた。

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