師弟関係は良いものだが、それを持つことができない立場の人も現代には多い。
宗教家・庭野日敬「自己流はクズ」(立正佼成会の教え)、仏教学者・辛嶋静志「独学はクズ」(創価学会、浄土真宗の教え)ということであれば、そういうわけで、彼ら「旧世代すぎる死人たち」は日本国憲法「信教の自由、学問の自由」を蹂躙している。
ただでさえ助けがないのに、意思を持たずに何もせず生きろ、とな?
道心、向学心で生きる人に対して目的を果たせぬままに自殺を煽っているも同然であり、「生存権」さえ否定するようなものである。
不幸な殺人カルト(牛の自警団に同じ)専門家に従属するバクティ依存関係 (bhakti) がお好きならばご勝手に、という感じである。
私の「ヒッキー大学」および「集合知先生 (Professor or Dr. Sifazzi)」という考え方は、社会的包摂の目的を兼ねている。
善き師・善き友、世俗的な意味においても私などは惨めでありますから、小学校の半ばより乏しくありながら、同時にその善き師や善き友を得られることの何と有難いことか、誰よりも知っておりました。
今、また独りでかたじけなくも仏教を学んでいて、やはり仏道を共にする人間がいれば何より心強いことを実感します。
このように、善知識・善友の価値を訴えることは、これまた小乗や大乗の別はございません。
日本でも有名な言葉のパーリ語原文です→Ekassa caritaṁ seyyo, natthi bāle sahāyatā, Eko care na ca pāpāni kayirā, Appossukko mātaṅgaraññe va nāgo.
A parable of a lost son can also be found in the Mahayana Buddhist Lotus Sutra.[30][31] The two parables are so similar in their outline and many details that several scholars have assumed that one version has influenced the other or that both texts share a common origin.[32] However, an influence of the biblical story on the Lotus sutra is regarded as unlikely given the early dating of the stratum of the sutra containing the Buddhist parable.[32]
任意の認知主体 S が、任意の認知客体 O を a という属性で認知した後の亜属性 b に同化してしまう(もしくは主体自身に移したがってしまう)、という現象は、世間で広く見られる。
亜属性 b が、主体 S にとって良い印象であれ、悪い印象であれ、何かしらその S が b に同化する。
当記事では、特に b が悪い印象であるものが、人々にとって無意識であるばかりか、多く発生しやすいものとして私は例示する。
これは主体側の人々の、認知バイアス (cognitive bias)、防衛機制 (defense/defence mechanism) からの攻撃性として、言動に発露する。
そこから、文明と社会の差別構造を解明し、教育の目線から人権状況の改善を図ろうと私は模索する。
例1.1: 日本の新潟県長岡市 "Nagaoka" が、名古屋 "Nagoya" になる。
According to Bloomberg, its largest shareholder is the founder Tsai Eng-Meng, and second largest is Iwatsuka Confectionery, based in Nagoya.
—英語版Wikipedia - "Want Want China" oldid 972834726, 959826202 版間の比較
;台湾創業、中国企業についての説明で、創業者と縁が深い長岡の岩塚製菓についての説明で「名古屋所在 "based in Nagoya"」とされた。典拠とされるBloombergのページでは、"Nagaoka"であり、英語圏のウィキペディアンがその理解の誤りを犯したろう。
例1.2: 日本の愛知県豊橋市 "Toyohashi"が、 東京 "Tokyo" になる。
Shaxware is a company located in Tokyo, Japan. They created a Proof of Concept, fashioning the Japanese National ID Card (My Number Card) into a FIDO roaming authenticator. They proposed to extend WebAuthn by using the external IC card as a primary digital certificate.
— "2021 FIDO Developer Challenge: Outcomes and Winners". November 8, 2021
既知の通り、名古屋市と東京(東京都または23区、旧・東京市)は日本国の中でも指折りの大都市であり、英語圏の編集者にとっては長岡と豊橋に対するもの以上に、認知度がある。
普通に見ると、この現象は「同一国の内でも多くの企業が所在する有名な大都市」に単純化されている。
綴りが一緒の別の都市 (e.g., cities named Miyoshi: Miyoshi, Aichi and Miyoshi, Tokushima) ならば多少は譲歩できる話だが、長岡と豊橋に対する認知的な誤謬の例では、綴りが異なるために、Googleなどで検索すれば全く異なる都市であると分かるものである。
「時間が無いから」といい加減に扱った、チェックを怠った、どころではなく、アジアの全体主義を知る人たちの認知構造がそれ自身に客体の亜属性を移入させた結果だとしか思えない。
彼らの深層心理が「どうせナガオカとナゴヤは同じニッポンだから "So the cities Nagaoka and Nagoya are the same as in their country Japan, anyway"」とささやいたはずである。
記号で整理しよう:
認知主体 S = 誰か英語を用いた人の認知機能(知能と精神)
認知客体 O = 1 ナガオカ, 2 トヨハシ
属性 a = ニッポン(大都市:1 ナゴヤと2 トーキョーを有する)
亜属性 b = 全体主義、反西洋の秩序、画一性
彼ら主体にとっての客体 O は、「理想的なダメ人間」、「大多数の日本人たち」、「留学を拒む日本の学生たちとその国、日本」がある。
それら客体に、「ニート」や「ひきこもり」といった無関係の属性 a が彼らの中に想起されたのであろう。
フジムラ氏のみ生まれがアメリカ合衆国であり、父親が日本生まれの音声学者でも、日本語ができるとみなされないが、彼ら3人とも英語を理解して他の言語にも理解があるはずである。
メーダー女史はサンスクリットについて英語で説明する教科書を作り、谷山氏は日本について英語で紹介する著書を作っていた。
しかし、これらの発言には、英語の個人主義(定冠詞と不定冠詞と無冠詞の峻別=定性 definiteness)と合理主義と科学に関する歴史が適用されていない。
発言をした彼らも彼らなりの「ニート、ひきこもり」ステレオタイプを持っていて負の属性もとい亜属性 b が「無能」、「視野狭窄」、「口先だけで行動できない」、「夢が無い」、「将来性が無い」、「寄生虫」、「怠惰」、「大きな子供 (kidult)」、「鎖国(サコク sakoku)」などといったものであると、亜属性 b に同化し、こういう言論になる。
これにも「どうせ... "..., anyway"」という深層心理があるはずである。
個人主義をどう評価しようとも、彼らがまともなシャカイジン様であれば、なんだかんだで同じ人間、ヒト Homo sapiens sapiens として十人十色の特徴が想像できるのに、こういう認知的な異常さが出ている。
SDGs「誰ひとり取り残さない」("No one left behind", "No one will be left behind" or "Leave No One Behind" LNOB)とある。
ひろゆき「無敵の人」(2008年、秋葉原通り魔殺人事件の加藤智大がきっかけの概念)と言われる。
どういうことについてであれ、誰かが「取り残された」と思い、「無敵の人」となって凶悪犯罪を起こすことが無いように、誰もが自由と責任を健全に行うことのできる社会の維持に努めてもらいたい。
文明全体、もしくは日本国に限る場合でも、その土地の人々が不幸な傾向があるのに、誰かが抜け駆けしたり、地方どうしの人口の争奪戦に勝者が出ても、そんなことでは共倒れに繋がるだけであり、SDGsでもなんでもない。
「誰ひとり取り残さない」人権状況の改善をして誰もが各々の立場を尊重して活躍できるようにしないと、地獄への特急列車に人々は相乗りして一人残さず堕獄する。
任意の認知主体 S が、任意の認知客体 O を a という属性で認知した後の亜属性 b に同化してしまう(もしくは主体自身に移したがってしまう)、という現象で、良い効果があるのかについても考えてみたい。
仏像(菩薩を含む悟りの人の肖像)を見て「心が洗われる」などとする意見。
視覚的な客体は単に有形物の側面でしかないが、そこからの精神作用は、関連する知識に由来する。
ほとんど仏の人格について知っているからそういう意見になるので、その人格の属性 aを知っていて尊いことに関する亜属性 b に主体が同化する。
当然、「三学(戒定慧)」の前提を除いたにわか作りの悟りというものは無いし(意味が似ている「頓悟」は三学があってこそ;本覚思想などもそういう経緯から言えるもの)、実際に仮の体験さえしているかも疑わしいのだが、それは人による。
「仏道修行をしたい」と一念発起するかも人による。
両萌相応などの件、リンク@。
本日3月14日は前日22時0分にPCをシャットダウンして就寝し、0時10分に夢精で目覚めて起床し、最低限の処理をしてから0時22分に再び就寝し、2時2分に喉のイガイガ不快感と痰の溜まった感覚から目覚めて起床し、その処理をしてから再び就寝し、5時53分に起床した。寒い時期には、とくに1週間前までは、アラームで覚醒してから1時間近く横臥している状況があったが、暖かくなってからは、こういう質の悪い睡眠のもとでも比較的早い段階で起床するようになった。本日の第一アラームは5:37であった。最近、多少の痛みはつらい気持ちになるものの、実用上は酷使しても何でもないような感じがしてさほど気にしなくなった。9時台、名刺がわりに「LINE ID & QRコードカード」、「LINE ID & QRと本名カード」、「LINE ID & QRと活動名カード」をデジタル作成した。印刷対象になるそのデータを眺めて「オマエ何十人ナンパするつもりだよww」と自分で感じた。その段階で「オタク系の人ってみんなDiscord (ディスコード) を使っているご時世だな」と思った。やはりそうですか、じゃあ。そのアプリをスマートフォンにインストールして設定してから、改めて印刷対象データの編集をした。11時18分に一段落した…、と思ったが、まだ補足事項があることを思いだしたり、字体の修正などの必要性に気づくなどした。11時28分に一段落した。13時28分、郵便物を取ろうと屋外に出ると、右手側から人が走ってくる感じがしたが、気にせずに身を乗り出すと、ジャージ姿のポニーテール女子中学生1名であると分かった。彼女はこちらを見ていったん走るのをやめたが、再び走り、私が郵便物を取ってから彼女の方を見ると、左手側に移っている彼女がこちらを見ていた。髪の長い一見美人で口ヒゲの生えている半袖姿の私のことが気になるか?13時37分、同様の外見ポニテJC 2名が、その先のポニテJCが進んだ方向から歩いてきた。学校指定鞄も背負っている。何か私の行動を真似している手ぶりで談笑していた。