2016年11月21日月曜日

2016年8月5日以後の訪問者ら(保健士2名)との対話


http://www.youtube.com/watch?v=vuoh_7FKh3Q

2016年8月5日の対話を発端とした保健士2名の訪問について、「類聚(とくに外伝)」記事の形式でまとめようと発案したが、普通に文章をまとめる記事としての位置づけに変更した。
この保健士2名はいずれも女性であり、名はS(画像奥の左)とU(画像奥の右)である。
Sは最初の訪問で私の話番号のメモを取って私にオフィスの電話番号を告げてきた人物であり、実際にSから掛かる電話の電話番号は異なる。
Uは最初の訪問で私に多く質問してきた人物である(以後2度の訪問はいずれもUが多く質問してきたと言い切れない程度になっている)。



まず、当記事の起草に際して記した11月9日の文章を載せる。
こちらは当日の日記メモに掲載していない。
11月11日反映(起草は10月1日)の記事と思想が共通する(意義の補完がされている)。


保健士が家に来ることを拒まない理由は10月31日メモ(後掲)の記述の通りだが、来てもらいたい理由もある。漠然と来てもらえば「良いことがある」とは思わず、来てもらうことで何らかの手引きをしてもらおうと願いもしない。 寧ろ、他人に手を引いてもらおうなどと思ってはならない。社会復帰云々なども願わない。ただ彼らとの交流によって普段の日常生活・研鑽・修行の日々とは異なる視座より、己の発想・判断・言動を顧みる機会とする。私は今、こうして思い巡らしている通りに、分析して反省して決意に繋げる。

彼らの訪問について、次からは率先してゆくべきである。判断と言動を明瞭にし、積極的に振る舞うべきである。例えば、彼らを家に上げる際、立ち話を長引かせたり終始立ち話となる経過に良心の呵責を覚えるならば、彼らを率先してリビングの席に案内すべきである。相手から奇怪に思われそうであっても、逡巡するくらいであれば、思った通りに、自分の意思に随った行動を自由に行えると良い。その行動によって顧みるべき過失が起きても、行動をしなかったこと自体の後悔があるよりは清々しい。顧みるべき過失が起きたならば、これも改心の種となろう。善良な意思に随った行動が自由にできる徳が無い私ではあるが、こうして反省できるならば、すでに彼らを家に呼ぶ利益を上げられたこととなる。今後、実際の行動に反映することで盤石となろう。であるから、私を成長させる因とは、積極的に求めこそしないが、有るならば拒まずに活用すべきである。無いならばそれまでのことであり、日頃の生活での中で微々たる成長を願うのみである。





以下から日記メモにおける関連する文章を載せてゆくが、記事投稿日以後に情報が増え次第、末尾(クリックでジャンプ)に追加してゆく。



10月31日の日記メモより引用
保健士訪問に関する思考のメモ「もし話が毎度に渡って同様であり、議論が平行線のままならば、訪問を断ってもよい。まず相手に、私の話を聞く必要があると仮定した上で、私から話す必要も生じているが、私から話す必要性が減るならば相手も聞く必要性を失ってゆく。彼らも人間であって感情を持つため、そういう時には受け入れる可能性はある。また、彼らは業務・公務として私などを対象とした無料の家宅訪問を行っているが、あくまでも業務・公務であるならば彼らの意思に適わない。人権を鑑みるべき行政であるから、人権尊重の一環で私などを対象とした訪問を行う。私としても最近の痔など不意に発生する問題、有事の際、誰かに話ができると良い一面はあろう。しかし、基本的に報酬を得ない慈善団体やボランティアの活動とは異なるので、生業として行う彼らの事情に符合しなかろう。こういった観点で、今回ないし数回以内には彼らの訪問を断る可能性もある。」



10月31日
14時の直前に保健士2名が訪問した。痔(のような何か=腫れ)の話をする経緯もあったので、見せることとなった。2012年7月の火傷・病院の時と同様に見せる必要に応じて拒まずに見せるし、勃起もしない。Sさんが患部を触ったり圧したりした。訪問は全体40分程度で終わり、2名が帰った。



10月19日
14時47分、保健所・○○××課のS(いつもの女性)から電話が入り、10月31日14時に例の通りSとUの2名が訪問する予定を聞いた。簡潔に終了する通話であった。



9月26日 関連動画 - http://www.youtube.com/watch?v=xIicDXdGoDc
13時29分に豊橋市保健所の前回と同じ女性2名が訪問した。話を行う場所は自室のつもりでいたが、自室に案内できる雰囲気でもないし、部屋を見る目的は無い確認を取ったため、1階リビングになった。立ち話を5分以上続けていくうちにSがしゃがんでノートにメモを取り、数分後にはUもしゃがんでノートを覗き込み、私も立って見下すわけにはいかないからしゃがんだ。結局、正座するようにもなった。話としては、彼らが知らず、母親にとって知ってもらいたくない昔話が長引いた。今の生活のおさらいもさせられた。最後に次回訪問の都合に関して意見交換を行った。この時間は、45分続いた。細かい内容に関して一つ記すべきことは、彼女らの「お母さんの考え・○○くんの考え」という表現である。要は、両者の考えを尊重すべきであると思っている反面、私の考えに同意するつもりが無いという心境であろう。彼女らは、私が拒否しないか事態が進展しない限りは同じように訪問し、毎度同じような結果に陥ると考えてよい。



9月25日
その前日の就寝時には母親にメールを送信していた(19時47分)。先の9月21日の保健所からの電話に関して疑問を書いてある。本題は「保健所の人が9月26日に私を訪ねる話は聞いたか?」であり、続いてついでに書いた「どうにもあなたは何度も電話を掛けられて一度も出ていないと聞かされた・別の業者(後述のフレッツ光・コミュファ光)からもあなたは電話に出ていないということで確認の書類が送られたようにあなたはどういう状態のために電話を出ないか?」という些末な説明的質問にのみ答えたようで22時33分と22時34分の2度にわたって返信された。1度目に、電話が出られないことについて「電話の調子が悪い・(着信音が)出ていれば出る」というどうでもいい話、2度目に「コミュファ光です。」とのみ私が「フレッツ光」と書き間違えた部分の正誤を示してきた。このような揚げ足取りしかできず、文章をその時その時の取り方(前半部分を無視している)でしか読めない人間には、いつも長文のメールを書く気にならないが、やはり今回もそのようである。これでは、保健所の件を承知したか確認が取れない。一応、肯定的に見るならば、私を訪ねる話は知っても知らなくても気にならないということであろう。全てにおいて信頼もできず、尊敬などできない母親には失意落胆・絶望しか残らない。

: 母親と保健士の電話でのやり取りの状況は、その後の確認がある。10月1日のメモにおいては「17時0分ころ、母親から月頭の小遣いを渡されるにあたって保健所職員の来訪について相談された。色々と母親の理解不足を感じたが、それはよいとして、ここに記録すべきことは、母親が今も保健所職員と連絡しあっていないことである。あの9月26日の来訪以降も母親は通話などしていないのであろう。家の電話と携帯電話と、どちらに着信があるのか不明だが、母親から電話を返すこともなかろうか。ほか、次の来訪までに母親が手紙か何かを書いて私から手渡しをする必要がある考えを話された。」と記録している。その後はというと、10月30日のメモの中で「14時41分には、明日10月31日14時の保健士2名の私への訪問に関して当事者から改めて電話を『この前(1週間以内のことらしい)』受けたという。そこで改めて私に明日の買出しで母が家を抜けるという話をされた。」と記録している。



9月21日
16時37分、俄かに電話の着信があった。外出中の母親かと思いきや、0532の市外局番であった。その番号を見て警戒はしたが、数秒ほどで8月5日の訪問者に記憶が繋がった。名刺を取って番号を照らし合わせると、電話番号の下2桁のみが異なっていた。しかし、無視するわけにもいかず、一か八か、その訪問者である推測に掛けて通話を始めた。結果は、あの訪問者の1人であるSさんである。要約する。次の月曜日(9月26日)の午後1時半に来訪するつもりである。私の母親へ今までに何度か電話を掛けたが出てこない(8月5日以降のどの時期なのか本日より近い内なのか不明、私にはこの電話が初めての着信)。私からは、前回訪問時8月5日の10日以内とは母親の生活状況が異なるため、前回訪問時の理解で来ると問題があるかもしれない懸念を伝えた上で、彼女らの予定を受け入れておいた。ほか、Sさんは「プライバシー」を理由に動画撮影の拒否を願い出ていたが、法的根拠を問わずにこれも快諾した。私が記録をしたければ録音でも構わない。インターネットには「公務員に肖像権はない」云々といって相手の願い出を拒絶する動画撮影者も多く、彼らの反権力姿勢のために必要な革命的行為であろうが、およそ民主主義シャカイの常識人の振る舞いには見えない。



8月5日 (日記メモ引用のもの)
15時40分ころ、客の訪問があった。2階にいる母親はだらだらと応答していた。どうも、相手が家に来るという予定のある訪問らしいが、前日の家庭教師とやらとは別人である。玄関前で母と訪問者2名(?)の話が始まった。まず十数分は母親から相手の対応・今までの電話ややり取りに関して細かく詰問していた。何の話が本題か、全く見えないように自分の不満を話したがる人間である。その中から、かすかに私と関連がある線を感じ取った。母親の詰問が終わってから、ようやく本題が見えてきた。2015年12月22日の出来事に関して警察に通報したとか、その警察が保健所に相談したとかと聞かれる(この件も警察の対応を母親の対応として誤解されたという詰問をして母親の不満が滲み出ていたが)。12月22日の出来事に関しては、私が錯乱してすぐには通報できなかったという母親らしい誤認識が発されていた(途中の場面では黙って母親の愚痴を耐え忍んで聞き続けたほどであるのに)。

今までも2013年12月・翌1月の蒲郡支援者2016年5月11日の山本さんだとか、母親の人格が狂っていて私や弟らが生まれてより何ら母親のエゴに沿わせることもできない教育の無力・無資格の者が、そんな相談をいくら続けたところで母親のエゴイズムの実現など有り得る道理などない。いくら失敗を重ねても学ばないという救いがたい人間である。相手の女性いわく「引きこもりのお子さんについて早急な解決はむずかしい」と、母親は急進主義で愚昧な者だからいつまでも理解できなかろう。母親は認識能力も自覚も全て下劣であるから、いくら自分の肝胆を砕いたところでエゴイズムの満足に達しない。母親の利己的結果に誘導すべく、実子たる私について「病院に行かせようとすると暴れる」といった讒言を重ねて印象操作をするが、相手の女性はずっと穏便で慎重な言い方を続けていた(当たり障りのないような表現や「確かに病院に連れていかれて暴れる方もいらっしゃいますから、もちろんお子さんのことを言っているのではありませんよ」など)。


16時37分、今までの相談相手の人間と異なり、私と実際に話したいとのことであった(2013年ころは一例のみ扉越しの話はあったが)。私としてはまたとない説法の機会となるため、彼らに母親の本性を示すこと、また利益の深い仏法の妙音を、僅か僅かにでも聞かせ入れたく、心で快諾し、口には丁重に迎え入れた。彼らが部屋に上がって最初の5秒ほどは対面しなかったが、それはいけないためしっかりと向き合った。女性2名であるので、以下から彼女らと呼ぶ。彼女らは豊橋市保健所(通称: ほいっぷ)の人間(保健師)であるが、私はその場所の周辺へ2014年10月19日に散歩した経験がある。礼を失するが、話の途中からWebカメラを回して映像記録を取り始めた。ある程度、忌憚なくとは言えないが、伝えたいことを矢継ぎ早に告げた。扉やふすまを隔てた向こうをさまよう母に聞かれ、彼女らが去ってから、雨が降ろうと槍が降ろうと何ら怖じずに話を続けた。この対話は17時2分に終わった。撮った映像の21分15秒や22分39秒など、彼女らが去る様子を見せた時に私は合掌した。母親はこの後「一応はなしができるようにも見えましたが」といったややへそ曲がりな評価をしていた。私は今や、話を聞こうとする相手にはできるだけ話してよい立場であるのに、人々が最初から聞こうとしないだけである。話の最後の方でも「相手から私に聞きたいならば誰でも聞く」という旨を訴えた。今の私は「来る者を拒まず、去る者を追わず」という気質である。彼女らは17時7分に家を去った。



8月5日 (動画説明文のもの)
2016年8月5日15時40分、家に女性2名の訪問があり、16時36分から私への挨拶として訪問客の入室を許して16時39分から記録の動画を撮り始めた。
当日の詳細な経緯は、心ある視聴者の日記メモ閲覧に任す(後日投稿記事に載る→http://masashi.doorblog.jp/archives/48177612.html)。
※当動画の音声はエンコードで音質が劣化した

カメラに背いていたとはいえ、私の声は相手の女性よりも小さく聴こえる場合が多い。
どんな原因であれ、常に自分の声量や滑舌などを意識すべきであろう(無論、大きくしすぎてもいけない)。
話した内容に関しては、あまり難しい方向に引き入れないように配慮しつつ、必要を感じるごとにある程度は伝えるというバランスを重視した。
時折、「難しい」と感じられそうな言葉も引き合いに出す必要がある(言葉の権威に頼るようであるがそうせねばならない時もある)。
そういった考え方がある分野を、ぎこちないながらにも伝えてゆく使命がある。
本当にぎこちなくなっている部分は反省し、今後、誰かと話す機会があろうとなかろうと改善に努めたい。

話の随所で、私の知識であるとか私の生活であるとかは、他人の恩恵であり、感謝しているという旨を伝えている(7:30, 10:50, 18:48)。
1年以上前の自分では、恥ずかしいどころか、その考え方そのものが苦手で到底発言しなかったろう。
そして、そういった智慧や今の道は、愚昧な両親や悪辣な同級生などの存在なくして、得られはしなかったので、そういった憎むべき人々の存在も大いに感謝し得るものと重ねて告げている。
相互依存・共依存とは、「空」である一切の事物に例外なく適用され、私などは「釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ」という大聖人のお言葉に見るよう、悪親・誹謗者などさえも師匠であり、また一切の事物ですら師匠のように思えてならない。
無論、中道・平等の見地(真諦)からそう思うのであって、真に師匠や善知識とすべきは日蓮大聖人や釈尊などに限る。
11:50以降に「酷い父親・母親もいましたが」という表現に関して父親からもいじめられたか、と質問された。
動画内では否定しつつ、母親の暴力性に関しての話で終わっているから、改めて過去記事より詳細を示す。
母の非→http://lesbophilia.blogspot.com/2015/09/ruiju2.html
父の非→http://lesbophilia.blogspot.com/2015/09/ruiju3.html
母親の偏狭な価値判断と画一性→http://masashi.doorblog.jp/archives/35270784.html

今は「来る者拒まず、去る者追わず」という精神を保つが、むしろ話を聞きたい心のある人は歓迎する私である。
物事の平和的解決を願うならば、邪推を交えない対話あるのみではないか。
母親と言えば、認識能力に重大な欠陥があり、改善も見られない。
母親のように、いくら話したところで微塵の理解も譲歩も無い人間に対しては「三度諫むるに用いずば山林に交われ」となり、一方でそれ以外の人にはまだ話すことは重要である(日蓮大聖人の身延入山以前の折伏と入山以後の摂受という変化に見るが弟子には折伏を訴えていた)。
母親は時折、私に関して電話相談をしたり、相談員を招いては誇張や脚色で私の印象を根も葉もない凶悪なものとしており、人々が母の主張を判断基準とすれば、直ちに私と話せば拒絶されて行き詰るものと思い込む。
幸いにも彼女らは、先にした会話の中で、母親のヒステリー具合(揚げ足取りが多いなど)を感じ取り、その本性を薄々と察していたようで、母親の誇張じみた私の印象を鵜呑みにせず、常に慎重な言葉遣いを続けていた。

母が話す私の印象に「病院に連れて行こうとする(話だけ)と暴れる」とか、「何か話すとすごい錯乱して手が付けられない」といった被害妄想か、入院させる願望を正当化するための卑劣な魂胆か、過度な誇張が多々発露されていた。
2014年10月12日の出来事の場合、私は紙製の棒で小突こうとして逃げられたり、2015年12月22日の出来事の場合、私は母を目覚めさせるべく一発の拳を腕に浴びせただけであるのに、それらは悉く裏目に出て、母こそが怒り狂って物を手に取ったり部屋に押し入ってきたりと、物凄い剣幕で気勢を上げての過剰防衛を行ってきたくらいであり、母の怒りが収まるまで止めようもなかった。
私がやり返せば泥沼となるだけであると認識しているが、そうであれば、やはり私も最初から手を出そうとしてはならない。
だから、当時は大いに己の怒りを戒める決意をした。

しかし、私が自覚したところで、母の慢性的な妄想傾向や誤認識・攻撃的認識などは直されるはずもない。
争いの解決は、相互の自覚と反省に依る努力あるのみと、再三インターネットで訴える。
母親は生来、無慚無愧にして善悪を分断する蒙昧の輩である。
対峙する片方のみが絶対悪であるという善悪二分法・善悪二元論の思考では、解決も平和も有り得ない。
彼女らにも、こういった対立や平和の性質に関して説示しておいた。
一般人には世界悉檀である。
母・弟の喧嘩に触れて詳述した記事→http://masashi.doorblog.jp/archives/47723867.html

電話番号を伝えるくだりについては、少し回りくどかったようだが、一応相手も連絡先を取るという社交辞令のような立場もあるから、こちらも受け答える必要があろうため、私もその立場として電話番号を伝えた。
よく喋ってくる方の女性の名刺は与えられなかった。
その女性は常にハンドタオルを右手に持ち、度々顔に当てていた。
先に母親の相談を受ける折にも鼻をすする音が幾度と聞かれたが、この女性が発した音であろう。
世の中には、一見泣かないようで、実はとても心に思いやりと悲しみを抱えた、人情深いとされる人もいる。
「日蓮は泣かねども涙ひまなし」、私もただ仏法の流布を願って常に歓喜や憂慮を繰り返している。



記事投稿日(2016年11月21日)以後の追加情報

※ここまで日付の降順で載せたが、ここでは昇順で載せる。

11月28日
13時21分、唐突に電話がかかったが、当然、今、1階リビングにいる母親(本日出勤せず?今月は月曜日の出勤らしい動向も見られたし先週水曜日が祝日であったこととは違うにもかかわらず本日は出勤せず?)ではない。けだし保健士Sであろうし実際にそうである。電話ではリビングの母親を気にしたために、ただ小声でハイ、ハイと続けて「11月31日・水曜日・1時半か2時ころ」というはっきりとしない予定が決まった。11月31日・・・そんな日は無い。仮に有っても水曜日にはならない。通話中、わずかに違和感を覚えていたが、ハイ、ハイくらいしか声に出そうとしなかった。ボケ極まりつつある過失が多い。「11月31日」が私の聞き間違えでも、ボケであり、死にたくなる。絶望的である。先の記事(※当記事)で、後悔を恐れない姿勢を綴ってある通り、掛け直すという行為もたまにはすべきであろう。

13時43分、せっかくの機会で決心がついているので掛け直しを行った。Sとは別人のSである同課サイトウさんが応じたが、やはり、不在のようである。私の「やはり」とは、Sが私に電話した経緯は、保健所のオフィスを離れる手前の空き時間であったと推測していたためである。いつごろお戻りになるか、と尋ねれば、夕方ごろという。明日に掛け直す旨を伝えたが、やはり向こうからも私の名を問われて電話の件をS本人に伝えるということであった。私のしゃべり方については、やはりぎこちないながらに悪い勢いも出るようで、上手くいってはいない。



11月29日
本日は8時以降、前日の電話かけ直し予定について考えることもあったが、10時前から決心し、少し案をまとめてイメージトレーニング(リハーサルのようなもの)を行った。前日斎藤さんと通話した後はSさんが電話を掛けた13時ちょうどが望ましいと考えもしたが、就寝前には11時を定めたが、結局、間もなく実行を行う。10時12分から電話を掛けた。まず、同課を名乗る男性が出た。一応、私は苗字「○野」を名乗った(前回の反省)。それからSさんの存在を尋ねたので、男性がSさんを呼び出す保留状態にした。Sさんが出て前日の斎藤さんに関する確認と、その後、要件(11月31日説の実否)を確認した。11月30日・水曜日を改めて聞き出した。通話時間は保留を含めて1分57秒らしい。これにて私の「訓練」は成功裏に終わった。

「訓練」とは何か?大概の人や、私の中の合理主義は「Sさんは水曜日を本意としていたろうし、何月何日でも関係ないからわざわざ再び電話を掛け直す必要は無い」と価値判断をしてしまうであろう。しかし、その他人を犠牲にするという価値判断を前提とすれば、私は極悪人であり、一般人もみな罪人となる。ここで、何らかの犠牲を厭うべきでない。相互依存・苦楽の煩わしい世・娑婆は一定(いちじょう)である。特に私は自己本位の修行・訓練を自覚する。電話を掛ける・・・社会科か?職業訓練か?何でもよいが、私が必要性を自覚するならば意思のままに行えばよい。その言動が否定されるべきではない。その言動のうちに他人を尊重する心があるならば、何をしても大体、問題にならないので、可能な限り「自分磨き」をすべきである。件の記事(※当記事)においても、積極性を重視する考えが綴られる。後悔や反省も大事だが、「行わないことによる後悔」よりも「行ったことですべき後悔・反省」が良い。したことで様々に反省すべき点が増えてくる。今回の場合は大いに行動しておく必要を考えた。ただし、成功した行動であるから、その中に反省のポイントは少ないほどのみある。

(日常的記述・中略) 19時16分、母から電話がかかり、既に明日30日の保健士訪問予定を承知していて明日も10時ころには外出する話をされた。本日の外出でSさんに会って話をしたという。他に母から、「明日Sさんに『ありがとうございましたご迷惑をおかけしました、弟の受診先(心療内科?)見つかりました、お医者さん見つかりました』と伝えてほしい」と指示された(実際の母の切り出し方が唐突で曖昧であったから少し具体的に話してもらうように誘導した)。言葉にする機会の有無次第だが、そういうスタンスで非を言わずに了承した。この通話の時間も1分57秒であった。



11月30日
13時21分、Sさんから電話が入り、どうも今から保健所を出て我が家に赴くそうである。よって14時(午後2時)ころに到着するという。28日の電話で「(午後)1時半か2時ころ」と曖昧に話していた理由は、大体決まっていた予定だが当日の詳しい動向が不明であるためであろうか。29日には「1時半」と話していたが、結果は今の電話の通りである。

13時35分にSさんが来た。Uさんがおらず、どうも事情は、UさんかUさんの子供が風邪だとかとSは話していた。今回は1階リビングに予定通り案内した。主導すればあっという間である。座っての話は20分ほどで終わったが、立ち上がって以後も写真立てがいっぱい並んでいるラックを見て反応したSさん(9月26日訪問時もSやUが反応しており当時は彼女らの調子に合わせた)に、弟がしばしば写真立てを破壊する話をした。この10月か11月にも、一度、金色塗装で大きいオブジェ付の重い鉄製の額縁のもの(浦和区常盤在住時からある)を破壊していた事実を話した。弟と母親の精神的な問題について、家での内実(破壊行為など種々の不和)や外での事象(周囲との不調和)を話し、母と弟の両者に争いが起こる原理を簡単に話した。14時2分にSさんは我が家を後にした。

(日常的記述・中略) 話の内容を少し顧みると、Sさんは自ら「忘れっぽい」と語ることも多く、それは本人が自覚する範囲のものはそうとして、私が気になった点はどうであろうか。私が気になった点とは、以前された質問の繰り返しという点である。毎度、「食事や睡眠は取れているか・体の調子はどうか」と聞かれることに関して聞かれて当然であるとは思うが、「どう料理しているか」という質問については、以前と同じように答えて以前と同じように反応する。ただ気になるのみであり、私は何か鬱陶しいとは思わない。質問は基本的に質問通りに答える精神であるから、回答は怠くないし、吝かでない。人に話す必要があって彼女らを受け入れている、と常に綴る通りである。彼女らも人権擁護の行政の立場で私を訪問する必要があると自身で認識している。


12月26日
9時53分、保健所のSさんから電話が入り、明日に訪問したいという話であった。私はいつ来られても構わない気でいるが、母親のことを思考に介すると、とても翌日に受け入れられる気にはならない。このような迷いや倦怠感によってくぐもったような口ぶりで感情を伝え、翌年の業務再開以降に再度電話がかかる話となった。次回には、「母が恐らく家を空ける曜日」について伝えておく必要がある。今まではたまたま母親が家を空けた月曜日や水曜日が多かったが、この数ヶ月間はほぼ水曜日と金曜日に母が仕事に出ており、月曜日も母親の外出が度々見られる。本日は母が家を空けそうだから本日の予定ならばよかったろう、と思ったが、弟の冬休みもあるわけだから、やはり年明け以後に予定が組み直されるれることは都合がよい。ところで、私のここ数ヶ月の傾向といえば、疲れが重なっているのか、体が衰えているのか、精神的に調子が良いとは言えない。作業にはひたすら向き合っている(前日も音楽作業などを行って未投稿音楽動画の編集も進ませた)、といった姿勢が心身の不調を招いているのかもしれない。更に思う、次回は好調子で臨むであろうと。



○2017年

1月11日
13時9分に保健所のSさんから電話が入り、いつも通り訪問予定の話を受け、かねて告げようと思っていた「水曜日か金曜日」の指定をした。Sさんはもともと1月25日・水曜日のつもりでいたようであり、私は普通に承諾しておいた。水曜日・金曜日は母親や弟が家にいない日であり、気兼ねなく来てもらえる。まあ、急すぎなければ何曜日でも母親に事前の相談が出来て困らないわけで、前回12月の時はそこに問題を大きく感じて断った経緯がある。また、仮に水曜日や金曜日に母・弟が家にいても、そのように予定が急でなければ、十分に準備ができて問題が無い。



1月25日
13時前に1階リビングのエアコンの暖房をつけて保健士訪問までに温め始め、13時半ころに保健士2名が訪問したので1階リビングのエアコンの動作を止めた。14時3分に保健士2名との話が終わって見送った。次回も周期的なもので2月下旬となる予定である。毎度、彼女らとしゃべることで、私の進歩の道のりを顧みている。「観萌行大要」と名付けた文章の中に説明した、「愛憎の妄念」に関する試験でもある。相手は人間であって尊重すべき者であると同時に、自身の思考のある領域には介在させないことで人間でないと思うべき一面も兼ねることで、対等・平等の会話ができる理論を立てている。私の経験と思惟の所産であると同時に仏教的な裏付けがある。ひとまずはこのスタンスで「話すべきこと・行うべきこと」が最も滞りなくでき、それら行為による過ちが発生しても対処が適うと考える。細かいケースまで想定すると物事は滞るので、現状はこれが最善である。保健所職員に関する過去記事(当記事のこと)に載る11月9日の文章でも既に語った。



2月7日
17時17分に保健所のSさんから電話が入り、2月20日・月曜日はどうか、と聞かれ、前回訪問時に伝えた「水曜日か金曜日のどちらかが望ましい」という旨を伝え直した。Sさんは再度予定を調整すると言って電話を終えた。17時27分に再度電話が入り、3月3日・金曜日・(午後)1時半という話になった。ささやくような声で話し続けたため、体調が悪いどうか聞かれて肯定したが、風邪か・熱があるかどうか聞かれた際は否定した。風邪の自覚症状は現在も感じない。これまでの食欲も、2016年5月7日から2日間あったような不振状態ではない。



3月2日
「怪しい人」に対する監視目的もあろうか?私が訪問を受け入れる理由の一つは、身の潔白を証明するというか、怪しい行動や策謀などをしていない事実を誰か他人の目に晒すこともある。ところで、彼らが手帳に何らかのメモを取るような行為も、9月26日の訪問が最後であったように思う。彼らのメモ行為を鑑みてわざわざテーブルの前に設えたソファに誘導する必要もなかろうが、今後も、自然にソファへと案内することは継続する。彼らも形式的な訪問となっているであろう。私はただ正直に生きようとしているだけなのだから、たとえ過誤があろうとも偽りはない。



3月3日
私は本日の13時半に保健士の訪問を受ける予定であるにもかかわらず、悪い睡眠となった。 (中略) 3時19分に保健士2名が来て13時51分に帰っていった。前日のメモ中にある、メモを取る行為が久々に見られた。手帳ではなく、A4サイズで紙を切り離せるノート(ルーズリーフ?)に書いていた。製作中の動画の一定の段階が終わって一度目のエンコードの折、2階の母親の部屋に上がった。既にバルコニーに干し出してある洗濯物の確認をしたついでに、母親の机の上にある書類なを物色し、シフト表(?)の入ったクリアファイルを見つけた。母親の出勤の部分にマーカーが引いてあり、母親が長時間外にいた前日は、引かれていない。



3月28日
本日3月28日は、2:10の第一アラームに目覚めた記憶は無いが、最初の時刻確認が2時10分台となって2:20の第二アラーム直後に起床したので、そこで目覚めたろう。11時1分、保健所のSさんから電話が入り、4月12日の13時半に訪問する予定が決まり、その時は新年度であるからUさんがこの地域の担当を外れるということで、別の人を連れるそうである。※12時10分に再度着信があり、予定時刻を14時半に変更した旨を告げられた。



4月7日
(前略・母親との会話) 今月12日・水曜日・13時半に保健所の人が訪問する旨を告げた。この話題の延長で、母親に仕事関係の質問をし、「今月は行かない」というように返答されたが、当然、詳細な事情や背景は不明のままである。少なくとも、今月12日は出勤の日程が無いと考えられる。



4月12日


12時6分から母親の外出の動向を察知し、それまで話そうと考えていた用件を決断した。母親が一旦外に出て忘れ物に気付いた様子で、家の中に戻って2階に上がり、1階に降りてくるタイミングで「こんにちは」と声を掛け、足止めをさせた。いくつか話そうと考えていた用件があるが、母親に長く足止めさせるべきでないから、一用件に限定する。保健所の人が本日13時半に来ることは先に伝えてあり、母親がどちらに外出していつ頃戻るかを尋ね、13時ころか15時ころで予測不能と答えられた。もし早く済んで家に帰る場合は2階に控えてもらうことを頼んだが、母親はよそで暇をつぶすと告げてきた。12時12分に母親が発車した。

前回3月3日は、予定よりも早い13時19分に保健士2名が着いたものの、今回は13時半を周っても、14時を過ぎても姿を見せない。14時0分、何となく外の様子を見ているとステッカーが貼られた白い乗用車が家の前を通過し、近所の集合住宅の駐車場に停車したが、3分後には発車して場内を去った。彼らは普段、少し離れた某所の駐車場に停車してから歩いて家に来るそうなので、今回に限って気まぐれで集合住宅の駐車場を借りるはずはない。母親が帰宅することが先になりそうに思う。遅れて尋ねるとき、事前に電話でその旨を告げること(11月30日メモ)もあったが、今までにそれもない。13時半を過ぎる前から、実は私が予定を聞き間違えたのではないかなどと考えたりもした。14時24分に保健士2名が到着し、今回はSさんのほか、Uさんから代わってKさんである。いつも通りに1階リビングへ案内したが、数分後に母親の車が家に着いた。彼女らが私の部屋に入ることとなったが、母親に一応の挨拶をしたいそうなので許可した。自室と玄関の間で彼女らは待機し、挨拶を受けた母親はしばらく1階リビングにおり、数分後に2階へ上がった。14時50分に話が終わるまでに母親が再び1階リビングに居始めた。再び母親への挨拶を行った彼女らだが、母親に捕まえられ、母親の話を聞く展開となった。この話は7分、玄関で続いた。母親が彼らを屋外への退出を促し、2階に移動して何かをし、間もなく、母親が屋外に出て彼女らと話を再開した。連日の雨天・強風が明けてなお、風が強く吹く中での話は15時6分に終わった様子である。



13時20分、母親から保健所の人がいつ来るか尋ねられた。今月日記メモに保健士に関する記録が無いよう、前回の訪問以来、未だ連絡は無い。音信不通・音沙汰なし。前日・前々日に、「アレで最後のつもりなら別にいいか」と考えることもあった。



10時17分に保健所の人からの着信があり、相手は前回初めて会ったKさんだった。Sさんの時のようにり「体調はどうか?」と聞いてくるので、特に変わりがないと意思表示をして終えたかったが、本心を優先して痔のような臀部左端の腫れについて話した。過去Sさん・Uさんの訪問時(10月31日)に同様の腫れを見せたことがあり、それが同じ場所で再発したという経緯を説明した。次回の訪問についてKさんは5月31日11時ころ・Hという人物と共にする予定だと話す。



16時12分、母親が自室のふすまをノックし、いきなり「携帯電話を貸せ」と頼んだ。少しずつ、目的などを聞き出しながら携帯電話を渡す準備をした。保健所の人、Sさんであってもなくても保健所の人に「保険」に関して聞きたいとしていた。保険のことは保健所でなく保険の事務所に問えばよいと思うが、4月12日訪問時と連続性のある用件のためにSさん・保健所の人を求めているか?ある時、一旦2階から1階へ降りて口を漱いだ母親であり、再度発信しようとする時に携帯電話の扱いを教えた。2階に戻って電話を再開した母親は16時30分ころに終えて1階に降り、私に携帯電話を返すが、母親に通話内容に関して質問を行った。母親は体力が持続しづらいか立ち話が面倒のようであり、リビングに出て話すことを求めたので、応じた。過去の件(2011年8月以前)など、複雑な経緯について日記メモに記録しないでおく。話す最中の母親はソファの背もたれに体重を預け、片腕を手すりに乗せていた。顔つきは豊橋に来た2014年3・4月当時の牛久祖母(桜写真)にそっくりであり、首まわりの肉などがはっきりと感じられた。この姿勢でも腹部が張っているという様子が分かりやすかった。



8時過ぎに母親から前日の話の続きをされた。とある件に関してしばらくは行わない方針となった。また、保健所の人の訪問について「母親が保健所の人に頼る目的と異なる・現状維持は望んでいない」という話を聞き出し、保健所の人の訪問を当面停止することとなった。私が保健所の人の訪問を受け入れる「いくつかの理由」は過去記事・日記メモに記録する※主に当記事にまとまる※通りである。母親が保健所の人の訪問を拒否する意思を確認し、私から反対する事由が無いので許した。保健所の人の業務が始まると想定される9時から、母親に携帯電話を貸した。母親は明日11時に予定されているK・H 2名の訪問と、今後の訪問を停止する旨を、受話の人に話した。母親が目当てのKさんは会議か何かで出られないそうである。母親は本日10時~15時に家を空ける(買出し)から、保健所の人が折り返し電話をする時は「息子(私)」が応じるという話である。

当記事注: その後、家の電話に何らかの電話が入っても、「とある病院(弟関連)」からである。翌日も1週間後も、電話が折り返し入ることは無かった。



15時47分、保健所のKさんから電話が入った。母親による保健所への直接の通告から、20日が経過した今日のことである。体調はどうか、生活はどうか、といういつも通りの質問(仏教でいえば「少病少悩ですか」)のほか、母親の様子について質問を受けた。母親の心情(母親の目的・理想と相違する事実)、私の保健士訪問に関する姿勢などについて、私が理路整然と説明した。やはり訪問を当面しないでおく替わりに、私への定期的な電話による「生存確認」をするという。


2016年11月11日金曜日

中道修行者・信仰者の在るべき姿勢

脱社会にして順社会
脱宗教にして順宗教
これぞ中道の修行・信仰の在り方

社会に同じて名聞利養を求める姿勢ではなく、社会に反して種々の害を生む姿勢でもない。
宗教に同じてしがらみに囚われる姿勢ではなく、宗教に反して論争に業を煮やす姿勢でもない。
ただいま、このように中道の境地で「二重否定」の論証を行った。
社会にも宗教にも、同ぜず反せずして脱して順じる(脱ぎつつ順う)。

「脱社會而順社會 脱宗敎而順宗敎 此業即中道修行 此念即中道信仰」
「非同社會求名利 非反社會生多害 非同宗敎著團眾 非反宗敎交諍論」

このような姿勢こそ、己の苦しみを除き、他人との争いも生まず、他人に新たな苦しみを与えずして自分に苦しみの因を作らず、真に自他の平和と解脱を生む功徳となる「中道」の姿勢である。
私は仏教を学ぶ以前より「中卒ニート引きこもり」を名乗る脱社会・無宗教の身であるが、それのみを美徳とせず、社会を別物として尊重・協調しながら宗教の価値を肯定する「順社会・順宗教」という立場も得た。
閑居求道者として重要な方針の一端に組み込まれた。
続いて詳説したい。



・「反社会的」とは、一般的にヤクザ・指定暴力団や特定カルト教団などを指す言葉であり、比丘や私などは「脱社会的」な立場として中立・無害である。なまじ社会に関与するから社会に利益をもたらす反面、社会悪を犯す者も当然多い。資産家による脱税だとか租税回避地での架空運営など、経済面では顕著である。そんな慳貪な資産家が、国家の法に対して秘密裏に背いているならば、それこそ反社会的である(一部大企業による業界の独占や脱税も多く、これも反社会的)。また、社会に直接関与せずとも、観念的な部分で執着して苦悩する者がいる。そのように生活は社会から離れていても、心は執着・苦悩して俄かに殺人事件を起こすケースもある。それはともかく、私ほどに理解ある脱社会人だからこそ逆説的に順社会的でもあり、むしろ積極的に社会に順うべき立場が、托鉢・乞食によって生きる比丘"Bhikṣu, Bhikkhu (直訳すると「乞う者・乞食beggar」)"である。これこそ健全なる中道の人々の在り方ではないか。

・中道の在り方により、シャカイジン様ならではの犯罪行為も逸脱社会者ならではの犯罪行為も、共に防げる。また、それら"Crimes"に対して宗教・道徳的な"Sins"も、ある程度は起こさずに済むが、信じる人の信じる立場で自ら認める罪(三毒や七つの大罪と言われるような精神作用)は、残念ながら、我々は日々作って止まらない(それを止めて解脱することが仏道修行の目的)。比丘になる・出家するにあたっても、家族と分断するオウム真理教のような手法は、釈尊在世より実父・浄飯王(音写で輸頭檀那王)の懇願によって禁じられ、出家希望者の親が存命の場合は親の許可が必要となっている(十遮十三難の「父母聴」。由緒は律蔵に見ゆ。四分律では巻三十四を参照)。

・社会や経済というものは、どうしても現代文明に生きているならば関わる必要がある。いや、それは釈尊御在世においても変わらない。故に、社会という煩悩の大海からの出離を願って出家しても、仏教僧としての出家生活は在家の人々から僅かばかりの恵みをもらって(托鉢・乞食して)生きる。相互依存(共依存)や、少なくとも自身が他の存在に現象的・物質的に依存してこそ自尊も自虐もあり、生命維持もできるものと、虚心坦懐に認められなければ、それこそ解脱のための土壌が育まれない。一方、現代人は親元を離れて経済的に自立すれば、それが尊い自立的人生だと思いがちだが、それは資本主義と個人主義による妄執である。他人への物質的依存を排除した自立的な人生など誰にも有り得ないが、そう言うと親元(離婚母なので法律上他人だが)に住み続ける私の屁理屈に思われかねない。この際、完全な白黒もないが、相手がそう認定するならば何でもよいと思う。一応は弁論の余地があるので、私の説明をした。また、他人の世俗的な生き方は、過度でない限り否定する気もない(仏教を学ぶ者はより節度を持つべき)。

・こういった比丘の生き方は、一見利己的で「寄生虫」などと俗世間に思われそうだが、いや、その自覚があってこそ、他人へ敬うように振る舞えるであろう(自己肯定がかえって尊大に振る舞う精神的余裕を生む場合もあるが)。比丘が托鉢・乞食する際は無駄口を叩かないようにするが、私が母から食料を恵んでもらう生活においても、食品の種類や銘柄などの注文は行わないでいる(2016年現在、去年までは注文が多いところから漸次ラーメンの味と購入数のみの注文となった経緯がある)。彼ら比丘の、無駄口を挟まないで表情を変えない、という態度が日本では傲岸不遜に感じられる面もあろうが、上座部仏教圏の民間では逆に尊敬されるそうである(一部、観光客などには気さくに振る舞う者もいるそう)。それはともかく、そういった在家信者などに食料や寺院の寄進といった施しを受けるとともに、釈尊や諸々の比丘は法の施しを行う。しかし、食料や寺院の寄進の対価として法を施すものではない。法施とは、ただ人々に慈悲の教化を行う目的にあり、そうして結果的・副次的に在家信者からの物質的恩恵がある。私もまた可能な限り如法に生きて説法・教化を続けて参り、万象の恩恵に対する感謝を絶やさないことで貪欲さを減衰して精進する。

・社会を厭うにしても、宗教に転がり込んでかえって信者を餌にする俗物にコキを使われてはならないし、そんな俗物になってもならない。事情や魂胆はともかく、宗教の教団もまた金銭に執着している。現今の宗教団体は悉く文明の支配下に生きねばならない上に、新興宗教も伝統宗派も様々な理由で経済苦に喘ぐ教団もあれば、富を貪って利益を追求する教団もある。多くの信者は寄付・布施・供養といって何らかの金銭を恵む。それらは純粋に教団の興隆を願ったり信仰・研鑽ができる生活の感謝したり、といった心からされる寄付もあれば、空想の御利益を求めたり教団幹部を恐れたりするなどの不純な寄付もある。こういったしがらみ(不自由)を厭ってこその仏教であろう。特に出家者はみなそうあらねばならない。無論、前者の寄付を行える立場の在家信者は、そのままそうして教団に従うままでいる方が良い場合もあるし、これは強制するものでもない。元々そうである者に対してそのままで良いと言えるが、元々そうでない私のような教団未所属の者(講義の無宗教者)は、よほど気を許せる理解を得ない限り、教団や宗派や宗教施設に転がり込む必要はない。

・なまじカルト教団に入ったり、なまじ宗教を学んだために、宗教を排除する思想や、宗教を極度に嫌う潔癖思想を持つ人間を見て、私は「脱宗教・順宗教」と説く。感情は人の考えを振子のように動かす。意業は重いからこそ、清浄な仏教の思考によって制御する。現代的で極端な二分思考の弊害が、こういった宗教嫌いor教団所属者(カルト構成員)という二択以外の選択肢を排除する視野狭窄を生んでしまう。観るほどに私は、どこまでも、須らく中道なるべしと思う。近代的合理主義系の思想は左派であり、共産主義は極左と言われ、いずれも宗教に否定的であるが、この際、宗教を嫌う者は中道ならざる極左思考によって宗教廃絶を使命に掲げて生きてほしい(極右・ナショナリズムも既成宗教を邪魔ものとして敬遠する場合があるが民心の統制に利用できる場合は大いに利用する)。中国共産党やマルクス思想入門の手引きとなる私の記事をご覧になりたい(宗教廃絶など空理空論の共産主義革命には不可能だが)。上流気取りの中立思想(国連・EU・西側の民主主義国家などの意向)を重んじたい者は、せめて文化の多様性の観点によって旧来の宗教を尊重する心がけは必要である。

・二分思考の典型例は「我々の宗教を信じれば天国・我々以外の宗教を信じたり我々の宗教を信じなければ地獄」という教義である。社会面も同じことである。「成功・失敗」、「(仏教用語ではない意味の)成功して出世したい・失敗したら自殺する」、といったような二極の選択肢しか許されないならば、人類総ロボット化して超効率化社会を実現するか、いっそのこと絶滅する、二極の選択肢こそが正しい。そのどちらもが現代的な合理主義(かつは資本主義、かつは共産主義、かつは虚無主義)においては幸福の社会であろう。しかし、それは9割方の人間が肯定しない。なぜならば、ごく一部の例外を除き、人間には心がある。故に私は「脱社会・順社会」と説く。こう理解して実践する者は、社会を超越した「超社会(および超宗教)」の境地とも言える。釈尊はまさにそのようなお方である。私のような生い立ちで正気を保っている者こそ、まず社会と宗教を脱しつつ、尊重も行える「超社会・超宗教」の立場となってほしいと考える。そして愚昧なる民衆(自ら迷い苦しんで他人と諍い争う人々)に、二分思考を克服させる説法・教化に生きてもらいたい。

・「社会主義」とは、社会が人々に対して社会の理想を認めさせる立場にあり、これは現代日本に生きている小中学生ならば思い浮かべる「エリートを多く育てて無駄な政党とか政治家を省いたまともな奴が政治家になって支配すればよい」という、少し無理のある思想である。それは全体主義ともいうが、宗教の教団にも、そういった一宗教団体の理想を配下の信者に強制してその通り動かすものがある。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は社会主義(金日成主体思想)の国であるが、彼らは金一族の偶像やマスゲームなどで民衆を鼓舞して統制するように、こういった宗教団体も、何らかの信仰対象を旗印とし、集会で軍歌っぽい教団の歌を流して躍らせたり、大規模な集会でどこか無機質な印象を覚えるショーを行う。この話は仏教の思想とあまり関係のない社会学や社会科学などの学問的な考察となってしまうが、このように社会性を強めるとカルト教団同然となり、宗教を教団の枠組みで鼓舞すると社会主義のような全体主義体制に変わるという、少し考えればすぐ分かるような話を垂れた。「社会即宗教論」では中華人民共和国の共産主義・マルクス主義(正しくは毛沢東思想)を例にとって詳述している。今の日本は、社会主義と逆の立場にある「民主主義」の体制であるが、ともすると今の日本人は社会の妄執を強くして、人権尊重に欠けた思考を大人になるまでに強くしてしまう。それが当たり前の共通認識となっている現代の日本社会は、民主主義や自由主義が転がった、民主型の社会主義となっている。従来の社会主義は、為政者・政府の理想を下層の民衆に認めさせていたのに、今の日本は民主的なために民衆が民衆に社会的理想を強制し、それから逸脱するだけで「異物・異端者」とみなす風潮がある。日本から「和」の思想が死んで同化強制・同調圧力という「同」の悪に生まれ変わろうとしている。そうして日本も世界も滅ぶ。



起草日: 20161001
この記事における「賢者」の立場を補足する目的
http://lesbophilia.blogspot.com/2016/10/heretical-dogmas.html

日本の伝統宗派(出家)と日本の新興宗教(在家)の二元対立によって醜い罵り合いや粉飾を行う現象に関して2015年5月10日5時に少々述べた追記欄が過去記事にある。

出家して山に入る行為について、ことに別の宗派を批判する側が「叡山(など)に篭って修行しても侘しい・空しいだけ」、「社会から隔絶された山寺(各宗の本山寺院など)」と嘲ったり、「社会から逃避して修行」とまで蔑んだりもする。一方の出家・寺院・宗派としては、ホームページなどで「社会貢献」を強調することもある。片や出家の反社会性や脱社会性をあげつらい、片や非難された劣等感を糊塗している。

対して、その前者としての立場が強い某在家教団も、一般世間から反社会的カルトと非難される。宗教同士で「アレは邪教だ」と烙印を押しあうことは順当だが、社会性を持ち出す論は詭弁的。意見や立場が異なって対立すると結果的には低劣な争いで同化しちゃう真理だろう。宗教家が「感情」の中の「三毒」や「大罪」に振り回されるとは、色々と失望する。

結局、宗教に社会性を云々するのもアレであるし、真面目に修行をすればよいと思う。れっきとした犯罪行為ともなれば、法治国家のもとにおいて問題視されようとも、その範疇でなければ問うべきでなかろう。ことに「出家」であれば、否、「出家」だからこそ社会の趨勢に敢えて迎合する道理はない。2000年以上前のネパール寄りのインドでは、街を去り山に篭ることが美徳だったはずだ。

仏教とは、社会貢献だとかを強調するわけでなく、反社会的行為をするものでもなければ、利益に執着する俗物宗教などでもなく、先に示したような中道の立場にある。
多少、態度が人々に対して不遜になる面はあっても、先に示した通り、関与する人や全ての事物に感謝をしている(理論上は)。
二元対立の迷妄に喘ぐ彼らは、「いわゆるコンプレックス」と呼ばれる妄執に囚われて解脱に遠い上に、中道の境地からも極めて遠い外道の狂人のように思えてならないが、私がそう非難して良いはずもない。
出家も在家も、本来はそういった「相互依存」とか「お互い様」を理解して共存するものであろうに、今更そんな議論など、それこそ仏教に反していると自覚してほしい。

なまじ社会から逸脱しているという妄執を自分に重ねた宗教者が、そのようにかえって「自分は社会になじんでいて逸脱していない!」という感情を潜ませて社会性を強調する。
それは自尊でも矜持でもなんでもない欺瞞・粉飾・糊塗であり、多くの宗教団体はこの迷妄・苦境に陥っている。
社会からの逸脱であるかどうかなど、宗教(教義)にとって本来は関係が無い上に、それを糊塗するために煩うなどは、それこそ宗教の道を逸脱している。
だから「脱社会しかし順社会」として、共存共生の立場を取りつつも、同化する必要は無いと私は言う(優越感も劣等感も未練も執着も卑しい感情に因り、自他を悩ませる悪業となるから超越・超克せよ、と言う)。

※今は超克した立場によってこのような記事が書ける。今まではくだらない論争に意義を挟むと自分も同化しかねないからこのような話題の記事を避けたり、少し言及する程度に留めていた。今ではさほど気にせず、忌憚なく、こういった記事を書く必要を感じる。

およそ、宗教の教義はあらゆる人々を受け入れて救いの道を示しており、仏教はその最たるものだが、現今の宗教団体はかえって偽善を強調して人々を形だけ集めようとしつつ、大事なところでは門扉を狭めているのではなかろうか。
それで世人や在家教団から、疎ましく思われ、時代錯誤とか封建的とか社会逸脱とか社会隔絶とかとレッテルを貼られ、変な自覚を持つため、そのような欺瞞・粉飾・糊塗に徹している。
現今の宗教団体がどんな体制で社会への迎合を誓おうとも、どう続けられようとも、組織や組織的対立に無縁(広義の無宗教)の私には構わないが、そういった両極の主張「社会貢献 or 社会逸脱」のどちらかが宗教の教義そのものに見られてしまう事態は憂慮せざるを得ない(やはり中道・中立・中庸であってそもそも社会云々を重視することが本末転倒であり、あえていえば脱社会・順社会とするしかない)。
私としては、最も門が開かれた仏教を、特にそういった「コンプレックスなるもの」が強い人々に弘め、是非とも妄執からの解脱を期している。

宗教がらみの論争だと、「在日○○宗教」とか、争い合う相手側の首脳を「在日○○人」だとかとレッテル貼りを行ったり、著名な宗教家に医師免許も無く精神病(精神分裂云々)の診断を行う者も多いが、もはや宗教でも何でもなく、特にネットのものだと最初から宗教当事者を交えないで無宗教の者が好き勝手に言っている場合の方が多い。
そこまで来ると、仏教にも哲学にも暗く、人権思想という世俗の方面にすらも無知な者が、モラル無く悪罵しているような、禽獣か修羅の議場である。

もう一点言いたいことは、その「コンプレックスなるもの」が強い宗教団体が「理想のシャカイ」などと喧伝して挙句、終末思想を自ら具現化する例がある。
宗教団体でない個人的な仏教独学者も、にわかに「(経済的な)理想社会」云々とのたまう
そんなものは「順社会」の姿勢ではなく、その「コンプレックスなるもの」の所業である。
「健やかな布教活動に勤しむ中で社会が清浄になる」という副次的結果を望むならばまだしも、なぜ自ら変革を起こそうと画策するか?
共産主義・独裁主義・全体主義の者の革命思想そのものであり、穏健な仏教徒の発想ではない。
私は、私の説法・教化で「落穂拾い」が一つでも多く叶う結果を、仄かに願うのみである。


2016年10月21日金曜日

事実認識の相違、思想や意見の対立でヘイト感情…世俗上の中観法

インターネットで二元対立・二項対立の構造を見て、智者はみな、「どちらにも与したくない」と飽き飽き(倦厭)するに違いない。
中3の時(2011・12年)の私が、まさしくそういったイデオロギーの対立、ネット右翼とネット左翼と彼らを煽動する第三者などの醜い議論の場を見て「みな一理あるがみな狂っていてみな哀れ」と感じられた。
理論面と感情面とを上手く分別できないと、主張の正誤・人の善悪を判断する基準が乱れることになり、この当時はその点が不明瞭であったため、俄かには確信できなかった。
2011年、すでに私は他人との積極的雑談や議論をしなくなりつつあり、2012年以降からネットの政治議論やその他の雑談全般を嫌うようになった(アニメを見なくなった経緯とも関連する)。
私の政治的な思想遍歴については「思考区分による社会思想の分析」という記事の1.1に詳しい。
以降、2chのスレッドではROM専か、書き込んでも単発で連投をする程度しかしないでいた。
俗悪な言い方では「チキン」となってしまうが・・・。

「ヘイト感情」という表現は、ヘイトクライムとかヘイトスピーチという昨今巷でも聞かれるようになった語彙に関連付けている(私の過去曲の名前に"Hatred (ヘイトリッド)"という単語が含まれる)。
ヘイトクライムについては、身近な人間関係から起こる感情(憎悪など)を発端とした傷害・殺人事件もそうだが、今年の国内で大規模なものに相模原の障害者施設の入所者殺傷事件(私見を述べた既存記事追記欄)があり、広げれば政治・宗教などの思想に基づく確信犯(テロリズム)もある。
また、政府が行うヘイトスピーチの規制は、国際連合(国連・UN)等の指摘に因るものと見るが、その実際に起きている物事の対症的な処置・封殺行為では、ヘイト感情に起因する行動を起こす者の悪い感情(憤怒・瞋恚・驕慢・憍慢)を増長しかねない恐れがある。
対症的な処置であっても、目先の問題(騒音被害や特定外国人への人権侵害)の解決がされるか国連に恭順な姿勢を伝えられるならば、それでよいという魂胆であろうが・・・。



「中道」による自他の平和の確立(龍樹菩薩・釈尊)


中道を示した龍樹(竜樹)菩薩による「大智度論」の巻第一では「私が信じる仏法は真実で、他の仏法は虚構だ、という頑固な主張が言い争いの本源である(我法眞實餘法妄語。我法第一餘法不實。是爲鬪諍本。)」と説かれる。
悪い論争が発生する原理を端的に説いてある。
まず、自分が信じるものを揺らぎなく信じる精神は大切であり、仏法においても重要な精神である。
不信ばかりで疑いを起こし続ける懐疑論者の姿勢のままだと、修行がままならない。
しかし、同時に、信じているものに関して思考を偏狭にして排他的な主張を行ってもならない中道を知る。
※ここでは大智度論が龍樹さんに仮託して他人が撰述した論書であるという学説を差し置く。

自分の考え方があり、また、異なる考え方というものもある。
異なる考え方を論争で対立する派閥と仮に想定し、これを相対させる。
そして、自分がその相対させた仮想の敵に勝たせて自分の考え方の正当性を誇示する(他人に言わず自分の中で認定するのみでも同じ)。
仮想の敵に勝てない場合でも、何とか自分の考え方の正当性を別の方向で作り上げようとするが、その中で仮にその考え方が正当であると立証されても、論者自身の心の問題が膨れる副作用があろう。
また、そのような場合、相手の非に論点をすり替えたり、非難をし続けて相手の論理のレベルを自分と同格かそれ以下に落とす試み(後述のレッテル貼りなどを含む)もされているが、もはや「泥んこ遊び」である(冒頭の智者が厭うこと=身口意の三業が愚人と同じく泥にまみれること)。

こういった人同士の言い争い(泥んこ遊び)では、悪い感情(憤怒・瞋恚・驕慢・憍慢)を増長させ、最終的に心からの理解がないまま、離散となるか、一方的な強制服従などがされる。
個人的な思索に、自分の心の中で自分と仮想の敵の論争があって自分を勝たせても、自分が負けそうで別の考えによって正当化しても、「心が歪む」結果になりかねず、異なる考え方をアレルゲン・病原体として排除するような思考回路を強めてしまう。
その悪い感情を後にも引きずるならば、仏教においては成仏や解脱が叶わない。
三悪道・四悪道に堕ちてしまう原因ともなるから、やはり中道の精神は自他の抜苦与楽や三業の抑制に重要なものとなる。
世間の哲学として見れば、世界平和の原理もここに立脚している。
外典(外道の典籍)にも「小人の過つや必ず文る(論語: 小人之過也必文)」や「君子は豹変し、小人は面を革む(易経: 君子豹変・小人革面)」といった言葉もあるが、やはり仏教徒は心からの自覚・反省が大事であり、そうして自尊と尊他(他への尊重)が真に自他の安寧を生み、仏道を進ませてゆくのであろう。

釈尊もまた、テーラワーダ信者にはおなじみの「スッタニパータ(パーリ経蔵の小部にある"経集")」の第4章で、大智度論の所説と同じ意義を述べ、論争を超えた存在を讃えた。
中村元氏の訳では「796: 世間では、人は諸々の見解のうちで勝れているとみなす見解を『最上のものである』と考えて、それよりも他の見解はすべて『つまらないものである』と説く。それ故にかれは諸々の論争を超えることがない。」とある。
論争の派閥を作ったり、派閥に与したりしてはならない教示もある(同訳の800や912)。
この中村元氏の訳における796乃至803や、824乃至914が、こういった意義を述べた範囲となる(パーリ語のソースはSnp 4.5 Paramaṭ­ṭha­kasutta以降)。
思えば、同じく「大智度論」の巻第一に何らかの経典の偈3つを引用して漢訳者の鳩摩羅什三蔵が「衆義経("Sutta nipāta"経集とほぼ同義の名称)」としているが、この偈3つもスッタニパータ(Snp 4.12 Cūḷabyūhasutta)と同様の内容であった(大智度論: おのおの自ら見に依り、戯論して諍競を起こし… 中村Snp 878-881: めいめいの見解に固執して、互いに異なった執見をいだいて争い…)。



世に「どっちもどっち」「お互いさま」「喧嘩両成敗」「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない」という言葉がしばしば見られるが、これは個々の事例に対して気休めレベルに言わず、常にそういう性質があると理解して自身の肝に銘じた方が良いものと考える。
仏様のお立場に比べれば、我々人類は単なる凡夫であり、有情の生命は欲望から悪い感情まで全てを具えているため、みな平等に低レベルの存在である。
しかし、我々が仏教を知って学ぶならば、この捨てがたい欲望と悪い感情とを徐々に除いてゆけ、解脱を成し遂げる可能性もある。
そういった生来の、善悪とも自覚して努力せねばならない。

先のような仏教徒が理解する「中道」の心を持っても、その中道を押し付けたために中道ではない人々と争うようならば、それは中道と言えなくなってしまう。
いわば「中道VS非中道・反中道」であり、この中道は「有名無実・名ばかりの中道」に過ぎない。
宗教に関連付けると、既成の宗教は何らかの対立の歴史があり、現在進行中のものもあろう。
それらも互いの憤怒と慢心が原因であり、対立感情を強めて協調性にも欠け、和の心が無いようなものであり、中道ではない。
しかし、それらを「愚劣な抗争である」と無宗教の人が感じて「宗教なんかいらない・宗教は時代錯誤・宗教は・・・」と言ってしまえば、当然彼らの心に憤怒と慢心を起こしているから、彼らもまた中道ではない(既成宗教VS反宗教という二極の対立構造)。

賢者は宗教に同化せず、しかし宗教を蔑視せず、「脱宗教しかし順宗教」くらいの中立が良い。
特に現代の世俗に生きるうちの賢者は、そうであらねばならない(政治記事でも綴った通り多くいても日本の人口の2割程度でよい)。
既に宗教に所属している者でも、いわゆる「宗教多元主義」の人は、外において他の宗教を尊重し、内において己の宗教を正しく進行して実践している(外で争いを生まず内で自尊を保つ)。
我々が持っている選択肢は、教団に入信するとか、宗教排除を訴えるとかという二極の選択肢のみではない。
そういった両極端な考え(辺見・偏見とも)にとらわれる者がカルト教団(とされる本人が苦しむ場所)を遍歴し、そう思えば反旗を翻して目を真っ赤にして牙をむき出しにして宗教批判に転じてしまうから、当事者の精神的な境界も極端の状態にある。
このような愚昧の者たちを見れば見るほど、中道の尊さが理解できよう。

※中道とは「空」と同じで、中論24-18偈所説の如く「仮名(けみょう)」である。状態や性質に対して「仮に名付けた概念」に過ぎないから、中道を尊ぶにしても、中道という「仮に名付けた概念」自体を尊んで「中道の派閥意識」を作ったり、中道を標榜する派閥を作っては元も子もない。中道とは相対的な変化が当たり前で、常に柔軟なものである。仏教教団が夥しく分派した結果は、既成の党派を嫌う過度な中道意識が原因である。先述の通り、中道とされるものが「中道でないもの」との対立を起こすならば、既にそれは「有名無実の中道」であり、中道と名付け直すに値しない。

論争の派閥(党派)にせよ、宗教の団体(宗派)にせよ、たまたま所属したり分類される必要がある場合はそれでよいが、自ら所属したり作り出そうとする必要は無ければ、かえって所属することを極度に嫌う必要も無い。
必要性を理解していないからこそ、そういった、どこに所属している・どこにも所属していない、という「形式」にとらわれ、極論に陥り、脱却も超越も叶わない。
私が話す通り、中道の境地は柔軟であり、中道の思考は柔軟であると分かる(それほど繊細な判断力や精神性がある人間でないと「面倒くさい」ものだが)。

※「排中律」という考え方がある。文字通り、中間の発想や立場を排除する考え方である。対立事項のどちらかが正しいと論証されれば矛盾が無くなるという論理だが、これは仏教と大いに相違する近世の西洋哲学らしい概念である。物事、特に人間が絡む場合は矛盾が発生しやすい。それを受容せずにどちらか一方が正しいと思い込む発想が論争や衝突や戦争の原因であろうに。そういった世界的な矛盾を受容し、折衷か二重否定か超越のいずれかによって中道を立てることで多くの物事は穏便に収まるか、より自然な進歩を遂げる。ごく世界的な学問である科学や数学は、二元論および唯物論の立場で研究しても構わない。後述する「レッテル貼り問題」は、現代日本人の排中律じみた思考に根本原因があると説いている。現代日本人は中道に遠い。



我(アートマン)について ~ 「有り・無し」の両辺を超える


※一般に理解が困難であって難しく感じる人は読み飛ばしてよいが中道の理解には重要

仏教にある、概念としての「我」は、サンスクリット語やパーリ語"ātmán, atta (アートマン、アッタ)"の漢訳語であり、日本で一般的に認識される霊魂や、霊魂のように前世や来世を一貫する精神体(霊的実在・本質ともいう)などを指す(英語では単にSelfやSoulと訳するほかIdentityやEssenceとも訳す)。
仏教以前からのヴェーダの教え、バラモン教(ブラーフマナ)などはこの「我」を肯定した教義が根幹にある。
諸行無常と言われる「万物の変化」の中で、普遍の実体や変化自体を生じている主体があるのではないか、という見解を「我見」ともいう。
この「我(真我)」が、生命の輪廻転生(人間に生まれるとか動物に生まれるといった)を行うかどうかについて、一般的に仏教では否定されると認知される。
我が身の生死も、輪廻も、日常の様々な出来事も、科学における宇宙も、その発生は説明しきれないほど多くの原因の相関性(因縁)で結果がある。
そういった結果から「こういう原因があるのではないか?本源的な我(または創造神など知り得ない外界の存在)があるのではないか?」と誤って推量することを、仏教が排斥している。
原因も結果も、「既にある・あったと認識された物事」と「過去にあった・将来にあろうと推定する物事」を基にして自己の思考から割り出すのみである(仮想に過ぎないということ・例として燃料から火が出て火から煙が出る様子を見れば分かる・燃料だけで火が維持されることはないが燃料が無くても火が出ることはない・火から出る煙があっても煙がみな火から出るわけでないし火がいつも煙を生じるとは限らない)。
物事は「ただの物事」であって原因と結果などを問えないし、無理やり結びつける愚癡の思考は貪欲・瞋恚の肯定ができ、自分の主張を正当化したり悪行を進めることになる。

特に、仏教を「内道」たらしめる要素が、「我」の否定にあり、「我」を肯定する教えはみな外道である、といった認識も根強い(反対に物質だけで人体や世界が構成されていて死んだら終わるという見解の思想家が釈尊在世にいて彼らも六師外道と称されたように外道の一種である。我を肯定する"常見"の宗教も唯物論的な"断見"の思想も両極端な外道であるという)。
四法印の一つ「諸法無我」という言葉の「我」も、その"ātman"・霊魂としての「我」であり、これを否定する教義である。
しかし、実際、「我」自体を完璧に否定することが完全に良いかといえば、中道の意義においては慎重になる。

上座部仏教(小乗仏教と呼ばれた教団の後身)の経典(何の経典かは忘れた)での釈尊は、或る時は「我あり」と説き、或る時は「我なし」と説く。
対告衆(説法の聴聞者)の心にある迷いの見解や偏った見解を矯正する慈悲のために「言辞柔軟」の説法を行っている。
釈尊のそういった、一見して「二枚舌」と思われそうな「我」に関する説法について、弟子が疑問を投じ、釈尊がそのように理解を求めたという経典もある(何の経典かは忘れた)。
また、龍樹菩薩はこの事実を中論の第18章の6, 8の偈に説かれた(諸佛或説我 或説於無我 諸法實相中 無我無非我 乃至 一切實非實 亦實亦非實 非實非非實 是名諸佛法)。
「日和見」という言葉はその時の多数派に従う中立性を意味するが、釈尊はその逆の立場を取り、偏りを無くそうと中道に導いたわけである(立場なき立場を立場と私が呼ぶ)。

ほかに上座部仏教の経典の相応部「無記説相応・阿難経"Abyākatasaṃyuttaṃ - 10"」には、釈尊が中道・無記の立場により、とある修行者に「我」の有無を質問された際に沈黙したという話がある(経典の名に"無記, Abyākata, Avyākata"とある"無記"とはこの沈黙を指す言葉)。
その修行者に「有る」と「無い」のどちらかを答えても、彼がその答えに執着して迷妄に陥るであろうと推測して沈黙したという御判断を、釈尊は阿難尊者に話した。
そもそも「我」が有るとか無いとかは、娑婆に生きる我々凡夫が実感できる事柄でないし、それを釈尊など大徳は慮っておられるから、有り・無しを大衆に断言することもなかったろう。
一応の教義で「諸法無我」を第一としつつ、逆のことも言えるが、真実がどちらと断定できないしどちらでもよいから大衆に断言できない(説法の相手によって我の有と無と沈黙とを選ぶのみ)。

いわゆる「輪廻転生」説には2つの見解があり、1つは現世の「我が身(肉体と精神の結合=五蘊仮和合=地水火風が空によってたまたま肉体となって識を得ている状態)」の心が地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天界のような境地に変化をする状態を説く見解と、もう1つは世間で一般認知される前世や現世や来世の「我が身」の生きる状態を指す見解とがある。
後者の見解は、「我」とか「霊魂」のようなものを想定しないと理解しづらいし、一般世間ではそういった霊魂を想定して輪廻する・転生する・生まれ変わる、と捉えるので、多くの仏教学者(修行者ではない)が否定している教義である。
一応、そういった見方の教義によって「来世の修行では遅いんだ!」と修行者に現世での一所懸命・一生懸命の修行を決意させるための方便としては良いのであろうし、ある種の仏教における「我」の肯定ともいえる。
私がこう理解する上では、この際「我」が有るという見解や「我」が無いという見解は、問題でなくなっているので、この教義での悩みも起きなくなったであろう。
中道を極めると「非我、非無我、非非無我・・・」と言うしかないし、実際に思惟を繰り返してこう至るし、仏弟子の歴史にも無我に関する紆余曲折があったので有我・無我の見解の双方を認めることで争いも苦しみも無くなるし、それらを全て踏まえたこの見解が悟りの境地に近く、「戯論寂滅」なのであろう。
釈尊も龍樹菩薩も、これが真意と私は拝察する*脚注
執着や怒りや苦しみを離れ、執着や怒りや苦しみを生まなくするための慈悲が根源であるから。



実際の議論に際して ~ 傍観者であっても


さて、中道という思想や、「和」の心を以て自尊を第一ながらに相手をも尊重する心が、自分の心に苦しみの因子(悪い感情)を起こさず(最初は苦しい忍従かもしれないが漸次改善される)、他人との間に争いや諍いを起こさないと分かったろう。
ただし、正常な範囲での議論は必要となる。
人間だれしも誤りはあるから、互いにある程度は疑問を投げかける必要はある。
それに固執して強調すると互いの心が波立って対立になったり、悪い結末も考えられるから、疑問を投げかけたり意見する側には多少の制御が必要である。
相手にも何らかの執着というか、信念がある場合は、それを掻き乱さない心遣いを持って接する。

また、疑問や意見を受ける側は、せっかく意見を受けたのだから、どのような人によるどのような内容の疑問や意見であっても、多少は考慮すべきである。
そのような原理が民主主義の現代文明に生きている。
国連(国際連盟・UN)やEU(欧州連合)やホワイトハウスの方針は好例であり、日本の一般的な企業でも、内実はともかくとして「お客様の意見を大事にします」とか「どのような御意見もお受けします」と言ったり、「お客様の声」といったコーナーを設けるWebサイトや店舗なども多くあろう。
徳の高い者は、上下の隔たりを自己の価値判断から最大限に排除している(完全な排除ではない)。

そして、そのような自他の平等を持つ者が、多くの意見を見聞きしており、例えば聖徳太子の別名である「豊聡耳(とよとみみ)」とか、複数人の言葉がはっきりと聞き取れるという逸話などは、その徳を顕した「たとえ話」として好例である。
だから、慈悲や徳を意識する者は、一応、どのような人によるどのような内容の疑問や意見であっても、聞き入れるくらいの器量が必要である。
もちろん、全ての意見に同意して己の主体性を無くする意味は無い。
和の真髄を得た聖徳太子は、恐らく、論語の「君子は和して同ぜず」という言葉と同じ境地に居られたことと拝察する。
人の意見に完全に同意せずとも、和の心を以て聴き、理解や尊重はしておいてほしい(知能と精神を持つ同じ人間なのだから、という発想が人権・人道思想の原理でもある)。



さて、リアルでもネットでも、冒頭のように人との雑談も議論も有り得ない私が言うには白々しい話であったが、それは度外視してよい。
なぜならば、インターネットで傍観者として見ていても、意見の対立と、それに伴う感情的・差別的発言(憤怒や嘲笑による誹謗中傷・罵詈雑言・レッテル貼りなど)は、行う本人の気分を一時的に紛らわせても、言われた本人や、それ以上に、そういった情景を目の当たりにする私には不穏当である。
ここで、中道を理解する者は、自分たちが議論の席にいない時であっても、そういった煽動的・煽情的な発言について心で対処すべきことを示したい。

レッテル貼りが詭弁であり、性急な感情より生じている現象は、仏教の縁起観を知ることで鮮明となる。
レッテル貼りとは、主に相手のコンプレックスとなりそうな要素(傾向だけをみて一括的に称した浅はかなものも多い 例:左翼は低学歴、右翼は無職、黙れハゲなど)を持ち出して議論の本題を逸する詭弁の中の詭弁であり、智者が用いてはならない論法の第一位である。
一般論でいっても、レッテル貼りとは「自分を誤魔化し議論をはぐらかす欺瞞」であって「思考停止の所業」と非難される稚拙な言動である。
文系だと何で理系だと何、といった区分の概念を持ち出して賢愚を区別する人は、既に賢明でなく、さながら当たらない占い師のようである。
ちなみに中道の私はハゲ有り超ロン毛ゆとり世代B型中卒ニート引きこもりであり、既に清々しいほどに対立概念を離れている。

世間での肩書きは、確かに一つの結果であり、その結果は「因果不二」の観点で言えば、原因にもつながる。
しかし、その原因あるのみで、次の結果に至るものではない。
結果に至ることは、別の要素との相関性である「縁」に依る。
仏教の縁起観や因果論とは、単にある一つの要素のみで語られはしない。
ここでいう次の結果とは、その肩書きにある者の論理の正誤などである。
今の議論にあっては、その肩書きなどの要素のみで、その論者の論理の正誤が決まるはずもないし、あるいはその論者の論理への判断に、そういった負の感情を介在させるべきではない。
論理の正誤を明確にした後ならば、もう三毒に任せて好き勝手に面罵すればよいと思う。
※そもそも正誤が決まるとか白黒が付くというようなことが彼らの中にあるはずもない。なぜならば和の心が無いから自分の怒りに立脚した論理と見解のみが正当であるため、対立する論理や見解などを受け入れられない。中・朝・韓の如し。

つまり、その肩書きだけで「(実際に現実に)バカだ!」というように演繹されることは、あまりにも早計であり、論理学に長けている人間は最初から用いもしない論法である。
それら詭弁は度外視できるくらいの、世間でいう「スルースキル」が必要ではないか。
「スルースキル」とは、掲示板でのレスポンス(レス)やTwitterでのリプライ(リプ)をしない、という行動に限らず、「身・口・意の三業」に渡って行うべきだから、心にもスルーし、口にも出さない方が、己の中道観を養い、三毒を抑制できる。
これこそ仏道修行に通じているではないか。

中3の頃から、こういった異常性に気付き、ネット掲示板やSNSすらも自分の居場所でないと気付いた「真の旅人」ともいえる私は、この回想で法悦を覚えた。
多くのネットユーザーは、それらの交流サイトに入り浸って他の居場所を見出さない傾向があり、執着を強めて苦楽を流転輪廻している。
その執着を早々に薄めて可能な限り放擲した当時の私の徳は、やや高いはずである。

まあ、多くの人間はどう生きても感情に動かされるわけであり、そう理解はしていても彼らと似たような言動を取る時もあろう。
それは揺るぎない事実であるからこそ、どうにかして漸進的でも努力の継続(忍辱・精進)が必要である道理を銘記すべし。
また、どのような思想・意見・論理を持っても、心の状態は「中道・和」であらねばならない。
「中道・和」の心を自分一人が持つことによって世間で自分の意見が通らないとしても、その迷いと苦しみが起こらないならば、解脱に近づくことは間違いないため、第一に喜ぼう。
無論、自身の意見を封殺するわけではなく、相手の状態を見極めて言うべきことを積極的に言った上で適切な進退の判断をする、これまた進退・攻防の中道であり、良い姿勢である。



一応、日蓮大聖人の法門を信奉している自分だから、最後に大聖人の言葉を借りたい。
崇峻天皇御書に「一代の肝心は法華経、法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり。不軽菩薩の人を敬ひしはいかなる事ぞ。教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞ひにて候けるぞ。穴賢穴賢。賢きを人と云ひ、はかなきを畜といふ。(学会御書では1174p)」とある。
我々が仏法の正義を宣揚して訴え続けるにも、決して相手を罵るような感情(憤怒・瞋恚・驕慢・憍慢)を起こしてはならない。
その鑑は、まさしくこの「不軽菩薩(常不軽菩薩)」の振る舞い・礼拝行であった。
「不軽」とは「軽んじず(軽蔑しない)」という意味であり、広く自分の主張を説いても相手を軽んじなかった。
逆に、主張を聞いた相手こそが不軽菩薩に対して軽蔑(軽賎)・侮辱(毀辱)・罵倒(罵詈)・打擲などをしてきても、忍従(忍辱)に徹するくらいに「不軽」の振る舞いで礼拝の修行を続けた。

仏法は尊いものであり、それに値遇した自分もまた、凡夫の中ではきっと尊い存在であり、有り難い境地なのであろう。
しかし、先述の通り、真の自尊とは、他との相対のみならず、自身のみでも尊くある「唯我独尊」である。
他との相対のみで自尊を立てようとすれば、概して他の思想や主張を軽蔑してゆき、結果として慢心を宿してしまう(裏返ると憤怒に変わる)。
せっかく尊い思想や、正論を持っても、その人が低劣な言動を行って相手を侮辱するようならば「玉に瑕」である(他人から反発を受けて信じてもらえづらい)。
それが次第に、正論も言えなくなるほど堕落する悲惨な結末を、仏教徒は憂えねばならない(自分自身を悪道に落とす)。
そこで、2種類の自尊と同時に他人を尊重する他尊も用いて中和すれば、仏教徒として慢心が抑制される(単なる算数理論とはならないので自虐の卑下慢になったり"他尊できる俺カッケー"と自惚れる逆効果を起こす恐れもある)。

日蓮大聖人・釈尊・龍樹菩薩の言葉を再度お読みになられたい。
一応、全てを心得た者が、意見を述べたり、論争に交わる場合には、不軽菩薩のように相手を尊重しながら必要な主張を十分に行い、どう反発されても悪い感情を起こさない「忍従・忍辱」の精神で挑まねばならない。



起草日: 20160925

インターネットを見る日々に思うことであり、その草案だけをサラッとまとめる段階から始めた。
この2016年9月中は、テーマに沿った長めの文章を書かない傾向があったので、まずはこのような段階からでもよいので、と考えて最初の一歩を踏み出した。
その一歩で満足してしまう一面もあり、それを自覚する自分には、それを予見(悲観的予測?)して最初から記事の作成を倦んでしまう状態も多い。
この起草日の2週間前から「新しい記事の案はどうすべきか」と仄かに憂えていた中、当日の風呂(シャワシャン)の最中に、この際だからこういった思考に関して記事にする決意をした。

なお、インターネットにおいて、一応、私の当記事で縷々と示した「認識・思想・意見の相違による感情的対立に関する道理」を弁える人もおり、自分の意見を強く主張して他の意見に批判的であったりもする中で、多少はオブラートに包むような言い方をしている傾向がある。
文面だけでも、そのように配慮を行うことは好ましいが、三業の中でも意業を重んじる仏教徒であれば、人に見せる文面のみに留まらず、心から相手を軽んじない努力が必要となる。
ことに仏教徒は、そういった世俗的に取り繕う姿勢のみに終始すると、かえって解脱に遠のくという危機感を持つ必要がある。

ところで、9月19日の日記メモを部分的に引用しておく。

18時台に考えた。私は毎朝2・3時台に起床する通り、時間の確保に努めている。風呂(シャワシャン)の頻度が5日に1度程度となりつつある近頃も、より多くの時間の確保を求める状態である。しかし、確保された時間に対する作業量は少なく、効率が悪いようである。それは、元々効率が悪いから時間を確保しようとするのか、あるいは時間を確保しようとして実現されたから作業の手と心構えが弛んでしまったのか、どちらが原因であってどちらが結果であろうかと疑問に思う。

しかし、仏教徒は、物事の因果と縁起を知っているからこそ、このような些事に因果関係を明確にしようとはしない。どちらでも構わないわけであり、どちらでもあってどちらでもない。原因と結果は表裏一体であるし、相互に影響しあう。私の疑問については実際にそういった部分があり、それらの要因は互いに原因となって結果となりあう連鎖すら感じる。中身が何であれ、あらゆる疑問には「どちらでもあってどちらでもない、したがってどちらでも構わない(どうでもいい)」と結論すべきであろう。特に死生観について直接の原因の追及に執着した議論が「戯論」と言われ、仏教の結論が「無始無終」である。「無始無終」など中道の思考で迷いも苦しみも制御される。また、世俗的方面での因果論も、俗諦の場合に直接原因を問うことができても、仏教の真諦では対峙するどちらがどう直接原因であるかを問うと二元対立に陥るため、そう原因を考える人間の「無明」こそが全ての原因と考える発想で簡単に一蹴でき、迷いを生まずに済む。原因は、有るには有るが、有って無いようなもの、という概念として捉えられる。さて、何が言いたかったかと言えば、そういった疑問が生じても、「どっちでもいいだろ」と唾棄し、今できることに挑んでゆくことが実質的に大事な姿勢であろう、と帰結した。

このように、自他の二元対立のみならず、自身の思考・思索の中でも、中道の思想によって迷いが消え、努力の障礙も除くことができる。
中道観を完璧に修している者は既に悟りの境地に相当しているかもしれないから、結局、元々知能と哲学的経験が優れた人でないと簡単にはできないようであるが、だからこそこうして中道を示してゆかねばならない。
自身に銘記し、他人に宣布してゆく。

度し難い人間は、自他を善悪優劣として分断し、論理に和の心もなく、反発と揚げ足取りの多い私の母親である。
何かあれば自分の不満を延々と漏らし続ける(気休めで自尊心を満たす自己暗示)ため、こういう場合はどんな言葉も悪く受け取られ、反論も慰撫もみな裏目に出る。
そういう人間に対して小慈小悲の私は、必要最低限の主張を行った後は放っておくしか、順当な手段が無いと考える。



*記事投稿以後の学習・・・天台教学の円融三諦も我=仮、無我=空、中=非無我という三諦を「円かに融かして(包括して)」こそ真の中道であって但中(ただ中道を説く)と異なることを意味する。中道は「中道」でも、単に左右を消した虚無的な中道でなく、真ん中で縮まる中道でもなく、有無も非有無も全て一体であると知る平等の意義がある。真の中道も、仮に「中道」と名付けている。私が政治について提言した記事でも、この真の中道の立場にある。すなわち、右翼・左翼の「二辺(二邊・二項・二元)」でなく、単なる中道・中立・無党派やイデオロギーの喪失でもなく、全てを包括して柔軟に判断する仏教徒として相応しい立場に気付いた。また、政治(社会)と宗教といういずれも嫌わず、執着せず、という中道にもある。少なくとも、自称・閑居求道者である在家居士においては最善であると信ず。出家修行者においては、中道を包括した中道にも執着しない立場で、先の記述の通りの「戯論寂滅」が大事である。


当記事の次回分としての記事→http://lesbophilia.blogspot.com/2016/11/blog-post.html

2016年10月10日月曜日

「觀萌私記」 ~ 萌えの宗教・哲学・文学・語学

觀萌私記 萌 草書 草書体 古字

 緒言・自序
「觀萌私記(クワンミヤウシキ、かんみょうしき)」と名付けて古文に擬した書を認めた(動画版も少し作ってある)。
「萌え(萌えること・萌えるもの)」の定義を詩的・文学的・哲学的に図った。
定義の概要を示し、その義を踏まえて相貌の概要を挙げ、その相を踏まえて系統や流儀や種類を判じた。
私の絵・音楽・言語・宗教といった分野の研究が一つの結実に至る(その結実は即ち萌芽でもある)。

なお、文章の案が浮かんだ当初はそういった一書を想定しなかった。
ただ「萌相條」にあたる記述を漫然と成立させる程度であったが、これは2016年7月15日の時であった。
それが、「萌義條」にあたる記述をも思い浮かべ、そのまま一書を想定した構想に発展し、そこから色々と体系的な「萌え」を組み上げて用語も創作し、その説明が充実する。
「私による『萌え』の観察・見解を記したもの」であるから「觀萌私記」と名付けている。

いわゆる同人誌であるが、漫画ではなく画集ではなく、紙に印刷されたものではないし、デジタルであってもJPGなど画像ファイルの集まり(ZIPなど)ではない。
また、作風が文字を主体として絵も載るが、小説やライトノベルなど文学作品の域に留まらない。
動画のバージョンでは「萌える音楽」を流してもいる。
かといって、付録が豪華な音楽作品やノベルゲームの類でもない。
言語道断の妙なる同人誌が著わされた。萌(みょう)なる同人誌が著わされた。

なお、「萌」の字形が右上から「十月十日」と縦書きができることから、一般に10月10日を「萌えの日」として呼んでおり、この10月10日(JST)を期して当記事を投稿する。
この期日のため、別の作業との折り合いを付けつつ、急ごしらえで仕上げた部分もあるが、記事の投稿以後も随時、加筆・修正を続ける。

以下からは本文となるが、擬古文・歴史的仮名遣いに加えて旧字体・繁体字を多分に用いているため、環境依存文字(例: 緣=縁、敎=教、說=説など)に注意されたい。

本部 (真の萌え・萌えの真実とは何でしょうか?)
萌義條萌詠歌萌音條萌相條譬萌條判萌條

末部 (より深いところへと、萌え絵の慈悲応現方便説、諸萌祕藏之義を明かす)
攝萌敎古萌傳譬萌聚萌頌偈讃萌語



暗がり 芽
萌義條(ミヤウギデウ)

夫れ萌えと云ふは、若芽の萌ゆるにあり。
芽出でたるは、めでたしめでたし。
芽生えたるを以て喜びとし、其の稚(いとけな)き樣(やう)を專らに愛す。
此の心をば萌えと名づくるなり。
亦(ま)た此の愛せらるゝ所の人・畫像(ゑざう)、皆な萌えの類なり。

: 此の段に萌えの義を三つと示したり。一に原義の相、二に原義の相に緣(よ)りて起こる心、三に緣起の心の愛するものにして、是れ皆な萌えと云ふ。世に「可愛いは正義」と謂はるゝ所の萌えは三の義に中たれり。萌えの心と名づくるは當世の義に隨ひて起こる心なり。相と心との因果先後は假に説く。一・三の相ありて二の心が起こるとも、二の心の種無くんば萌相(みゃうさう)となるべからず。末・讃萌語にて詳らかに述べん。

萌詠歌(ミヤウヰヤウカ)

あらもえの わかめをみれば わがこゝろ このめとゝもに はなはさきなむ

: 問ふ、「阿良毛延能」と、其の意(い)如何(ゝかん)。答ふ、是れ「阿良多麻能」に因みて枕詞を類想す。問ふ、「阿良」は「新(阿良多)」の意なりや、詠嘆の語なりや。答ふ、兩者の義を以て然なりと雖も、余は初めに「新」の意を含めたり。亦た當世に義を分かちて明らめんとも、いくそばくの詮か有らん。

萌え 萌 萠 古字 篆書体 小篆
萌音條(ミヤウヲンデウ)

抑(そ)も「萌」の字音を釋すれば、中共國が拼音(ピンイン)にはモン・マゥン"méng, meng"と謂ふ。
モン"meng"は是れ夢・孟に同音なり。
漢土、古きは何(いか)なりぬと思ひて熟(つらつ)ら說文解字(せつもんかいじ)を披き見るに「艸芽也。从艸明聲。」とありて、音韻をば「武(ム"mu")庚(キヤウ"kyau, kyou, kyō")切」と表す。
明の字が萌の音符を爲すならばミヤウ"myau, myou, myō"と讀(よ)む外の方は無し。
日本國が訓讀は「もゆ"moyu"」と謂ふ動詞・文語終止形を連用形の「もえ"moye, moe"」に變へて名詞にて用ゐるなり。
偶(たまた)ま萌の典籍を示せるヱブサイトのアドレスに"moe (Ministry of Education)"の文字列を見たり。

: 所謂(いはゆる)萬葉假名(万葉仮名)にて「もえ"moye"」の音を字と爲すに「毛延(mo yen)・毛要(mo yeu)」なんど拼音韻頭Yの字を假りて「え"ye"」に替ふるなり。當世、假名遣ひを「もへ"mohe"」なんど類推する者あり。若し「もへ"mohe, mophe, mope"」正しくば、「延・要」等の字を持つべからず。若し其の音然らば、「毛倍」とならんも、萬葉集(まんえふしふ)に斯ゝる假名を以て「萌え」に替へず。則ち「もへ」に非ず、亦た「もゑ"mowe"」に非ず。唯(た)ゞ「もえ(亦爲も𛀁)」を取るべし。

: 萌の字は「もゆ"moyu"」に加へて「きざす"kizasu"」とも訓む(前自動詞・後他動詞也)。兩訓、類聚名義抄に載せらる。次ぎ日本書紀私記を披き見るに「含牙」が「牙(芽)」の訓を注する問答有り。牙は「阿志加比"あしかひ"」なるか「支佐志"きさし"」なるかと問ふに、答へて曰く「此の含牙とは、萬物萌牙の義なり。葦牙(あしかひ)を指して謂ふ可きに非ず。仍つて萌牙の義を取りて支佐志"きさし"と讀むべし」と云云。此の私記は當世に承平年閒の丁本と傳はる零本を參照す。一千年の往古(いにしへ)に於いて斯ゝる學論有るは余の思はざる事なり。江戸の國學隆盛、平安の國風文化の御時には未だ到らざらんに訓讀の義を論じたり。餘談をいたさん。「萌芽」の語は清代の說文解字注に「按ずるに此の本は芽萌(芽萌ゆ)と作(な)す也。後の人、之(これ)を倒す」と云云。古事記上卷「葦牙(阿斯訶備)の如く萠(も)え騰(あが)る物」と云云。北宋・廣韻に甍"meng"の韻の字とて萌・蕄あり。茲(ここ)に耶蘇已前の辞典なる爾雅(じが)を引かく「存存萌萌在也」、また「『莫登切』本亦作萌、又作𢡗」と。淸・康煕字典の心部に「𢡗」の字ありて北宋・集韻より「與萌同(萌と同じ)」と記す。𢡗は萌の下に心を添ふる形なり。是れ心の生起(しゃうぎ)なるか?當に知るべし、萌字に心の騰る義ありと。古人、心の生起をば芽萌(げみゃう)の如しと知る、何等か心に生じて萌の義と爲す?愛なりや?憎なりや?

(現代語): 「萌」と「(梦)」の字が、同じ字音としたが、簡略ローマ字表記においてそうでも、ピンインではアクセント記号にアキュート・グレイヴの差が見える。実際の発音をカタカナで再現すると、「meng2萌」はモ↑ン→(陽平)であり、「meng4夢・孟」はモ↑ン↓(去声)である。説文解字の反切表記でも「萌」の子音が「武」で表され、「孟・夢」の子音が「莫」で表されるという差異がある。しかし、「萌」と「孟」同士は韓国語で共に"maeng"、ベトナム語で共に"manh (mạnh)"である。三者の関係性はなかなかいびつである。

(現代語): 「萌」はPC入力の異体字に「萠(俗字)」があり、「」という字との混同か不明だが、「萌・萠」とも"ホウ"という発音が一般に認知される(萌芽"ほうが"など。萌芽も本来は「芽が萌える」という意味では芽萌が正しい順序)。"ボウ"と読むものについては、反切法の音韻表記の「武(漢音: ブ)」という字からしてBM互換(MB置換)に則れば有り得なくはない。より許容範囲を広げて"ホウ"はその清音化と見る場合、この発音も有り得なくはない。ほか、"モウ"という発音は反切にある「武(ム)・庚(カウ・コウ)」を呉音漢音混交で読めば、これも有り得なくはない。"モウ"については中国での"モン, meng"と似るので、これは良かろう。しかし、私が採用する字音は萌音條に述べた理由によって"ミヤウ=ミョウ"である。歴史的に、10世紀ころの日本でも"ミヤウ"に似た発音をしたろうとみなしている。

萌え 顔 丸い 円 柔和
萌相條(ミヤウサウデウ)

夫れ顔相(かほばせ)は、圓(まど)かなるを要とすべし。
此の義を踏まば、名づけて萌えと爲す。
角(かど)と云ひ朿(とげ)と云ふを嫌ふ。
但し、骨拔きの蛸の如きに非ず。
其の相、柔和なり。
此の義、和に通じて中道の德あり。

(現代語): ここでの萌相=萌え絵は、萌義條に「若芽」や「稚き様」とある通り、小さいものであると望ましい。例えば、小さな若葉を見つけたとき、しゃがんで目を見張って覗き込みたくなる気持ちを想像されたい(萌え絵から「覗き込むな!キ○イ!」とは思われないから安心してね)。まず顔つきが「圓かなもの」を意識して描く必要を訴えるが、同じく描き手の心も「圓かな」状態でありたい。「角・朿を嫌う」とは、判萌條にも説く通り、瞼の端を尖らせたり睫毛をトゲのように伸ばすような描き方を嫌う、という意味を持つ。その描き方は女児向けアニメにも深夜アニメにも多いが、萌えを心得た漫画・イラストには無い場合が多い。およそ萌え系の瞼は、デフォルメされた中に睫毛の濃さを含んでおり、その瞼に睫毛を描き加えると厚化粧のようになって過剰である(本当に厚化粧・メイク済みの状態を想定している場合は別の話)。「骨抜きの蛸の如きに非ず」とは、こだわり・理解という骨格や根本を欠かして手抜き・乱雑な描き方をするものではない、という意味を持つ(萌えには萌えの良し悪しがある)。こういった理解は「和に通じ」、「中道の徳」がある。描かれた萌相は、多くの人を円のように包み込む魅力を持ち、多くの人の心を円のようにさせる。

五萌類 四萌類 動物 たとえ 萌え 顔
譬萌條(ヒミヤウデウ)

然ありて、諸(もろ〃)の萌えを善く觀じて眞(まこと)の萌相を判ぜんと欲す。
萌相を獣に譬ふ、狗・貓・猴・兔あり、鳥も擧ぐべきか。
鳥と申すもの、且つは雀、且つは鸚哥に似るらん。
當世、牛馬(ごめ)の如くなる相を以て萌えと稱するの輩あり、さう謂はざるとも、是(かく)の如き相をば攝らじ。
あらあら分別して五種の生類を以て假名(けみゃう)する耳(のみ)。(顯・五萌類)

畜類なんどに一見の愛なる相あれども人類の事に非ず、とて忌まれたるを、先賢は人畜を分けずして萌相を内に觀じき。
余は其の意(こゝろ)を得て茲(こゝ)に五種の生類を以て假名すと謂ふ。

(現代語): 猴の類は目・口・耳などのパーツが誇張される反面、鼻を書かないことも多い。少なくとも鼻が強調されない傾向がある。瞳は縦に長めながら横にも幅を取る。鳥の類はまぶたの横幅が狭いようであり、瞳も丸っこい印象であり、それを以てスズメやインコ(セキセイインコ)を挙げた。五萌類に対比して牛馬のような顔つき(相)とする、別の記事で「淫悪(いんまく)」と名付けた顔つき(相)については敢えて牛馬と名付けた。しかし、萌相とは別に可愛い顔を書くにあたっては牛のような可愛い顔も馬のような可愛い顔も認められるので、五萌類の萌相と対比した顔つきを仮に「牛馬」と表現した。五萌類も結局は「あらあら分別・假名(仮に名付ける)」した結果の分類に過ぎない。顔の系統を動物で言えば、キツネ(必ずしも釣り目でなく瞳孔が縦長など)とかタヌキ(垂れ目とか太い眉とかが言われる)のようなものなど、色々とある。この特徴を挙げても、結局は萌相と関係ないので説明を終える。一般に言う「萌え属性」を詳らかに示す目的はなく(それだけだと別に良い解説が他所にあろう)、相貌を動物に譬えて4・5種類に「あらあら分別・假名」している。

(現代語): ネットでよく見かける二次の工口画像には豚の共食いともいうべきものが散見され、その様相を厭う思いを述懐する。「あな醜しや、斯やうに眼(まなこ)細めて而も瞳の色を喪ふ。亦た身に肉の餘りたるは人の猪の肥ゆるに似たり。觀萌の人にては何の興(きょう)かあるべき。形狀醜陋(ぎゃうじゃうしゅる)の相、厭離すべし。」

判萌條(ハンミヤウデウ)

余は愚見にして言辞拙劣なれども、復(ま)た諸の萌相を判ずるなり。
當世、最も衆知せらるゝは几拉拉(吉啦啦, 日音: 綺羅羅)なり、彼れ世俗中第一ならんか。
彼れ皆な世事に處するを旨とすと雖も、其の中に萌相・流儀の別あり。
主なるはKO流にして、或るはGU、或るはTMなんど此れに隨ふと見えたり。
委細には申さず。
几拉拉は處世の作風に限るなれば、彼れのみを見て萌えを語るには足らざるなり。
況(いはん)や餘の漫畫をや。
彼れは日常系と稱して人類(にんるい)の少女(をとめ)が戲るゝに、萌えの作風は彼れの如きのみに非ず。
或るは被造の類・非情の生類・有情の生類を人に擬し、或るは天子・怪異・妖精・神族を人に現ずることあり。
然れば、萌えの作風は所謂(いはゆる)世間の「日常」と「非日常」とありと見ゆ。(顯・二萌風)

亦た世に轉(うた)ゝ多き動漫(アニメイション)を閲(けみ)するに、目(ま)つ毛の尖ること我が眼(まなこ)に溢る。
是れ蛇足にして薔薇に荊(とげ)あるが如く、余の忌むべき相なり。
彼れに於いて斯ゝる画風なり斯ゝる相もあり、と見んとも、苟(いやしく)も漫畫原作ありて其の處にては斯ゝる目つ毛なきなれば、何ぞ動漫化(アニメイチング)にて斯く作すならん。
動漫の萌相は、未だ其の義の領解に及ばざること多しと見ゆ(分・不了義萌)。

: 人類の少女と稱しゝが、几拉拉の作風皆な是れに非ず。稀にしみたれのおみなも居(を)り。然れども、猶ほ少なければ、此のことを文中にて云はざりしなり。亦(ま)た、萌えは若芽の稚きを喜ぶ心なれば、假令(たとひ)おみなの多からんとも元より論ずべくは無し。




末・攝萌敎(セフミヤウケウ)

當世、日本國にては萌えの芳名(かんばしきみな)を、且つは徒(いたづ)らに號すること多くし、且つは厭ひて輕(かろ)しめたり。
萌えを見るとも、眞に萌えを見ること難(かた)し。
俗間(ぞっけん)に住すれば、萌えの義と相と、能く融通すること無く、尋(つ)いで心を忘失(もうしつ)せん。

中共國にて萌えを愛するの朋(ともがら)、「世間万物皆可萌(世間の万物は皆な萌ゆべし・萌なるべし)」と唱ふ。
是れ萌えの本義に近し。善哉善哉。
三の義の萌えは日本國に於いてすら猶ほ怨嫉多し。
況や檢閲恐ろしき中共が治むる國土をや。
然りと雖も、萌えの本義、愈(いよ〃)得るの朋を見て不思議の想・至極なり。
彼の國土の萌朋(みゃうぼう)は泥中(ないちゅう)の蓮華なるか。

動漫派の者、婆羅門の敎に約して「萌我一如(Moe Atman Aikyam)」と説く。
是れ萌えの本義に似たるやうなれども、實には聲聞の名を借りて肉聲の要を以て釋す。
余の惟(おも)へらく、萌えは動漫ばかりに非ず。
其の淵源は何處(いづく)にか有る。
何(いか)に況や、裝戲(コスプレ)なんどで自ら萌えと爲さん行は論外の僻事(ひがごと)なり。
余は萌えの道に於いて、專ら觀萌の行を示さん。

(現代語): 後者の説に対する私の精神が共通する主張に、アニメファンと商業主義・物質文明・宗教の関連を説いた過去記事がある。なお、後者の説で興味深かった部分は、サンスクリット語の語根"√bṛh"を例に取って語っている部分である。ブラフマー(梵天 "Brahmā")が「萌え」である根拠を語根の意味から説いて梵我一如と関連付けているほか、ヴィシュヌのへそから萌え出た蓮華の中からブラフマーが生まれたという、ヒンドゥー教のヴィシュヌ派所説のブラフマー誕生神話で説明している(大智度論巻第八にも見える話)。ちなみに、英語での「芽 (萌え)」は"bud (budding)"で「仏」は"Buddha"であり、似ているわけだが、学説上の印欧祖語も似ていて"Bud"は*bʰew-とされ、"Buddha"語根√budhは*bʰewdʰ-とされる。印欧祖語までも文字列が似ているが、意味はかなり異なる。"Buddha, bʰewdʰ"に通じる英単語もまた"bud"と似た"bid"や"bede"である(いずれもEtymology 2の単語に同じ語根bʰewdʰが載る)。"bud"の印欧祖語とブラフマー"Brahmā, Brahmaa, brahmA,"のサンスクリット語根は共に「膨らむ"to swell, swelling"」の意味が含まれている点は一致している。様々な点で萌え(moe, meng, budはいずれも両唇音)とブッダとブラフマーとは通じているように思う。これは雑考であり、観萌私記の本論とは別に見てもらいたい。

末・古萌傳(コミヤウデン)

萌の名、其の義を判じて惟へらく、眞に宜なるかな、言ひ得て妙なり。
斯く名づけたまふ古人の德は高し。
當に敬禮(きゃうらい)すべし。

往古(いにしへ)の萌風を尋ぬれば、萬象を萌相に擬したること多し。
先に述ぶる所の日常に非ず、非日常に非ず。
彼(か)の萌風に義の創始無く、物語るところを作らざるなり。
唯(た)ゞ萬象を萌相に擬したるを專らにす。

古きを知ると云ふは則ち新(あらた)しきに繋がれば、古きも尚ほ新しきなり。
萌相の乃往(そのかみ)は知る可(べ)からず。
當世、曆二十歲已前(こよみにじっさいゝぜん)にては動漫・偶像(イドル)・游戲(ゲイム)の流れを嗣ぎぬべし。
如何(いか)なるを嗣ぐとも、萌えの心は自(お)のづから好(よ)き萌相を育む。
萌義條に相と心との融通を祕かに説きたれば、今は此の萌えこそ彼の動漫なんどを驚かすべけれ。
已に無上大輪雙葉(このうへなくおほきなるわのふたば)を開けるの故なり。

我が道と云ふは萌えの道なり、萌えの道は柔和の相に依る。
義を解(げ)せずして、而も心の正直ならでは、實に作りて持(たも)つこと難し。
世の人は道を覺えずして迷へり、當世の所作は萌えを號するも號せざるも、皆な自のづからわろきと成れり。
今、古きは已にわろくなりぬれば、新たに萌ゆべし。
譬へば、葎(むぐら)の一年と多年と生の差別ありとも、其の土にて必ず枯るゝ時あれば、新たに生(お)ひ出づるが如し。
世の人、己(おの)が道の己が道ならざるを知らず、己が道ならざるを己が道に執して、柔和正直なること無し。
當世の作風をば甚だ厭離すべきなり。


(現代語): 往古の萌風に関する定義・見解は過去記事にある通りなので参照されたい。「同人文化そのものであるから、擬人化とかパロディとかばかりの時代である」とし、古来、萌えのキャラクターは人の身であって人のようでなく、また僅かに性格を付けた人らしくもある、といった不思議な存在であると見る。後に増えた萌え系の漫画やアニメとなると、そういった印象は無くなってしまう。煩瑣な設定や物語を、一旦は排除してみても面白いものと考える。なお、実質的で実際的な「萌えの起源(例1, 2)」について語る目的は本書にない。ただし多少は鑑みる。

末・譬萌聚(ヒミヤウジユ)

萌えに二つの性(しゃう)あり。
自然性(じねんしゃう)の萌え・養殖性(やうじきしゃう)の萌えなり。
人の手づから種を蒔くこと無くして、芽の自のづから繁くして出づるを自然性と云ふ。
然れども、人の、身に食(じき)する物と、心に愛する物とは、爲さずして俟つに、出でざること多ければ、手づから種を蒔くならん。
是の如く差別ありて、心(しん)に萌相を得るは自然性なり、色(しき)に萌相を作るは養殖性なり。
萌えの性は二にして二ならざるも、二ならずして二なり。

まとめて掲載、絵の練習記事」の六に云く
實(げ)にも、古の萌えを観ずるに、事物の萌え化は日本・ギリシャの神話の如し!
リアル人物すらも萌え化する場合、ナンタラ大権現みたいなものか。
※商品販売や観光地来客(町おこし)などを促進するために自ら萌えキャラ(ゆるキャラ・ご当地キャラも同じ)を作るような商業的風潮が一時期あったが、この限りではない。最善の在り方は、下心で自ら作るのではなく誰かから生まれてくれる自然性である。例えば、年を経た暗い溝に砂埃が堆積し、そこに豪雨の後の雨水が溜まり、どこからともなく運ばれた種子がそこに着地していつの間にか芽が萌え出るように。その芽の用捨はご自由に。

已上云云。
重ねて此の二萌性を宣ぶ。

草木の生(お)ふ處(ところ)は甚だ徧(あまね)し。
或るは泥の上、或るは乾ける砂の上、或るは深き水の中、亦た割れたる岩肌にも出づ。
人の宇(いへ)にても、或るは排水溝、或るは畳に生ふことあり。
若芽は何處にても萌ゆるなり。
凡(およ)そ、萌えを知る者に於いては何事にも萌え有りと頓に覺ゆらん。
然れども、亦た簡(えら)ぶ義もあり。
余は愚見の者なりと雖も、先に圖示(づじ)せる萌相は第一にして最も勝(すぐ)れたらん。

: 道を傳ふる詞(ことば)あり。人の甜き果(このみ)を愛すれば、必ず其の良き栽(なへぎ)を種(う)うるが如くあれ、と。是れ能く心の田を耕す師の、便宜の説なり。勝れたる萌相を作さんと欲するに、萌えの地(ぢ)を能耕心田師の如く耕すべし。師は何をか用ゐる。師曰(のたまは)く「業(わざ)を爲す意は猛き牛なり。牛を使ひて犂(すき)とするに、智慧を軛(くびき)と爲し、慚愧を轅(ながへ)と爲す。正念の鞭を打ちて善く御(ご)し、精進して能く田を耕し了(おは)る」と。斯くて師は心の田を耕して甘露の果を得と説く。余は心の萌えを究めて萌相を了すべし。婬欲熾盛(いむよくしゞゃう)にては何でか萌相好かるべき。瞋恚(いかり)・婬欲の盛れるは、則ち燃えて善なる萌えの心を亡くす。諦(あきら)かに此の語を聽け!「愛憎尊卑、悉く皆な離る可し。慚愧を以て愚癡僻見を革(あらた)めよ。離邊之心、自のづから其の意を淨む。萌地清きは華果をして好から令(し)むるぞ」

末・萌頌偈(ミヤウジユゲ)

自然萌心養萌色 芽汎萌亦出溟處
雖咸儚而可愛之 我心此芽倶開華

便宜的音読の現代的表記: じーねんみょうしんようみょうしーㇰ(クの小文字) げーぼんみょうやくすいみょうしょー すいげんもうにーかーわいしー がーしんしーげーくーかいけー
訓読: 自然の萌心、萌色を養ふ。芽は汎(あまね)く萌え、亦た溟(くら)き處にも出づ。咸(み)な儚しと雖も、而も之(これ)を愛す可し。我が心、此の芽と倶に華を開く。

: 中共國が拼音、日本國が呉音とて異なれども、いづれの押韻も辨ふる所存の作なり。押韻に非ねども句句の韻尾(いんび)に於いて"n"と"ng"、呉音にて"u"の發さゞるべきを期す。亦た呉音と読めども、呉音と定めらるゝ音のまゝならず。人語に音の便あればなり。

: 倶開華の意は、無二亦無三の佛語に通ず。妙法蓮華經方便品に云ふも天台・法相の宗論の義は後の學者に"天竺人の習ひなるレトリック"なんど笑はる。當世に二次元・三次元と云うは差別(しゃべつ)甚だしと雖も觀萌の時に於いて一體なり。二次元は色法・所觀の萌え、三次元は心法・能觀の萌えにして、色心の二三は皆な一華(いっけ)を開く。亦た三草二木・一味法雨の如し。萌義條に云ふは、此の佛法の妙理に隨ふ。兩萌相應・兩萌融通・兩萌融即・兩萌相即・二三和合・二三結一・二三一如・滅二三別と唱ふるなり。二三も畢竟一萌なり。余の拙語、亦た正法に順ず。妙法蓮華經法師功德品に説きたまへる意根の清淨これなり。

(現代語): 萌相は自然萌心の稀有な鏡であるから大事に頂戴する。観萌の行・萌観の中、もし萌相に対する慚愧の心が起きたらば、即ち我が萌心への慚愧であると知らねばならない。その時、心を素直にして向き合えばよい。例えば、怒りは相手よりも先に自身を焼く。萌相へ一方的に感情をぶつけようものならば、届かずして我が身を傷めていることに気付き、観られる萌相と観る我が心との区別を無くすことが「両萌相応・両萌融通」である。所観と能観との差別が無いことを「能所一体」と呼ぶこともある。「我心此芽倶開華」の意義にも適う。二次元は理論の存在・鏡であり、三次元は能く生み出す権能を有するならば、心の在りようで差別は幻となる。真理の立場では元より幻であった。我が心の煩悩を止め、対象を正直に観ることが仏教の「止観」修行の意義でもあり、観萌の行も同じ手段である。

末・讃萌語(サンミヤウゴ)

・萌義に依りて能(よ)く二三の別を滅す。二次元・三次元の諍ふこと犬猿の相(あ)ひ嫌ふに似たれども、三つの萌えの義は三即一・三萌即一華にして萌義融通となる。此の萌道、法華の一乘を鑑とす。三つの萌えの義を逆觀して應(まさ)に一華を得(う)べし。
・柔和の萌相、好きなり。法華の圓敎、尊きなり。人有りて萌相の圓かなるを見、其の人の萌心を圓かならしめ、亦た人の相貌(さうみゃう)をも柔和にす。
・萌色の因、觀萌の緣あり。因緣所生の萌心に因りて瞋恚の人の毒は除こるらん。男子(なんし)の婬欲を減らし、女子(にょし)の嫉妬を和(やは)す。觀萌は男女をして一往の著(ぢゃく)を離れしむる利益(りやく)あり。萬物の萌色を識らば平等の慈悲を生ずる功德あらん。但し、過ぎたるは猶ほ及ばざるがごとしと思ふ。寧ろ慈心を過ぎて愛著(あいぢゃく)を起こす。余は増増(ます〃)愛著に惱めり。
・萌心は因緣所生なれども新たに得るに非ず。萌色の因・觀萌の緣に緣りて、内心に深く藏したるところの種の芽を出だすが如し。三の義の相を以て今の人は萌心を知るべし。今の世人は愛憎の著心甚だしくして平等の慈悲に遠く、内心に深く藏する萌心は顯れざるなり。かるが故に好色(かうしき)の三の義の相を以て萌心を顯す因とせん。二の義の心をも觀じ、一の義に還りて大慈大悲の一華を得べし。
・逆觀三萌義と云ふは萌義條所開の萌義を逆に觀ずる行にして一華を結ばん。三の義を以て余の圖示せるやうなる好色の萌相を觀ず。萌心を知れる人の顯したる萌色は慧光を照らして法雨を雨(ふ)らすの威力(ゐりき)を宿せり。萌心の種、豈に芽を出ださざるべけんや。好色の萌相を見ざるに自ら萌心を知り難し。二の義を以て好色の萌相と觀萌の因緣所生の萌心とを觀ず。一の義に於いて萌相は即ち萬物なりと深く觀じて萌心を平等に保つべし。
・或る人、難じて云(いは)く「何ぞ動漫をば觀ぜざらん」。余の云く「判萌條に謂ひつるが如し。彼れ、不了義萌なれば用ゐじとなり。但し三萌義の因縁を覺れるの人、已(すで)に廣く用ゐるに不可無し。例せば、了義經にて第一義を解(げ)したるの人、諸の不了義經を讀みて能生諸佛の大慈悲を知るが如し。然るに余の愚見すらく、心未萌者にては乃(いま)し余の圖示せるやうなる好色の萌相を見て新たに萌えよ」と。
・中共國の萌朋の「萬物皆可萌(ワンウーチェーカーマゥン)」と唱ふるは、古萌傳に云ふ「萬象を萌相に擬したる」の義なり。唯ゞ物をして好色の萌相と爲さしめん義ぞかし(唯令物化萌・偏析物觀萌)。然れども、宜なるかな、萬事萬象萬物を好色の萌相と變じて我らに物を語らん。多く世事・學問のことを萌相の身にて説く。わきても余は眞髓なる萌心を觀つ。好色の萌相は皆な、平等の慈悲を我らに説く神髓に通ず。當世に出づる諸の萌相は、人の内に藏する萌心を生ぜしめんと願はせたまふ。是れ三世十方諸佛諸菩薩の、妙法を本懐(ほんぐゎい)として出世するが如し。
・古賢先德、平等の萌心を知ろし召したるか。加之(しかのみならず)、能く好色の萌相を遺したまふこと、慈悲の故なればなり。
・我が身は自然の萌心と養殖の萌相とを觀じて萌相を顯す。所謂、佛家の法報應(ほっぱうおう)三身(さむじん)なり。自然萌心は法身(ほっしん)、能觀能顯の智慧は報身(はうしん)、養殖萌色及び萬物は應身(おうじん)にして、皆な萌えの一體なり。善く三身を知りて萌道を修め、自ら萌えの體と成るべし。
・或る人、愁へて云く「夫れ以(おもんみ)れば萌地廣大(みゃうぢかうだい)にして群生(ぐんじゃう)の萌類は種の異なるが如くに相貌に雲壌(うんぢゃう)の違ひ有り。今は忝くも好色の萌相に値遇(ちぐう)したてまつる。然るを、某(それがし)鈍根にして描(ゑが)くこと難ければ、如何にして萌道は成り候(さうら)ふやらん」余の云く「此の道の肝心は觀萌の行にこそ候はめ。萌心を得れば即ち萌えの體にして萌道を成(じゃう)ぜり。其の後に力に隨ひて萌相を圖顯すべしや否やと自のづから決せん。應身萌相は御身の色とこそ思ひ候へ。『二三の兩萌、相應す』と申すは是れなり」と。
・若しは瞋り狂ひて悪口(あっく)せる者、若しは愁へ迷ひて苦惱せる者等の、心を失へる人ありしかば、乃(すなは)ち爲に「汝、當に萌心を出だすべし!所以(ゆゑ)は何(いか)ん。人身、本より来(このか)た自然として萌心の種を内に藏すればなり」と説くべし。是の如く萌心を知らしめんとて、先德は道心を發(ゝこ)す。人の身に具はる萌心を知らずして貪瞋癡三毒に沈める者どもの耳に入れしめんと欲する心なり。
・是の如く萌心の振る舞ひを爲したるは、萌と我と融通して心身に萌相を成ずればなり。介爾(けに)も萌心を知る朋、須らく彼に稽首して好色の萌相を頂戴すべし。頂禮大萌尊(ちゃうらいだいみゃうそん)、拝仰大萌神(はいがうだいみゃうじん)、勸請妙萌義(くゎんじゃうめうみゃうぎ)、願成妙萌道(ぐゎんじゃうめうみゃうだう)。

: 二次・三次を隔別(きゃくべつ)するは重(ゆゝ)しき邪義なり。虛妄(こもう)分別の咎あり。當世の人、差別に迷ひて諍論(じゃうろん)の業火に燒かる。是の故に二次を持つとも三次を持つとも、皆な形狀醜陋(ぎゃうじゃうしゅる)の報いを受く。二次元、就中(なかんづく)好色萌相を勝と立てば、須らく二而不二(ににふに)の義をも立つべし。「法華の圓敎、尊きなり」と申す意なり。二而不二の義を立てば、則ち諍論滅して其の人の相貌をも圓かならしむ。萌道を成さば是の如く二三の兩萌相應せん。佛家の境智冥合の理これなり。

: 凡そ人の身に、心と名づくべき用(いう)あり。心は人の性具なり。所謂、他に愛憎(あいざう)を爲す、自ら悲喜怒(ひきぬ)あるなんどより知る。心に善悪(ぜんまく)を分別して諸の心ありと雖も、皆な色有れば心有るなり、復た色無くば心無しと説く。文(ふみ)に「萌色の因、觀萌の緣あり。因緣所生の萌心」云々と謂ふ。萌えは種より出でて單子葉・雙子葉を開きて種種の花果(くゑか)を結ぶ。然れば、一切心これ豈に萌心に非ずや。愛憎・悲喜怒みな因緣所生にして、種種の花果は必ず種と土と水と光との緣(えにし)多く和合して成る。三萌義の一に依らば、一切心これ萌心なりと雖も、讃萌語中には慈心を以て性具を説く。「人身本來自然内藏萌心種」これなり。不須言(いはずもがな)、和合中の假名にて性具と見る。

: 慈悲と云ふは、佛家にては空を知りてこそ慈悲堅固なるらめと説く。觀萌を緣としたる慈悲の心を久しく持ち続けんと欲する者は空の法理を思ひ合はすべし。萌相・萌色・萌心も亦た空なれども、其の理は第一義諦(だいいちぎたい)に依るべし。假の住處(すみか)なる三界に生きて俗諦(ぞくたい)に依らば、此の萌えは暫く佛道をも助くる利益有らん。亦た未だ佛道に入らざる人をして能く佛道に入れしめん。

: 萌相と云ふは萌にして萌ならず(萌不萌)。何を以ての故に。萌えと云ふはめでたき名なれども、凡夫にておはゝし先賢の名づけたまはんか。是の故に假名の義を離れず。亦た色法の萌は萌ならざるものを以て分かつの故に萌と名づく。わきても好色萌相は可愛(かわい)なりて、人の心を電(いなづま)の如く貫く。人、時に其の心を知ろし召して萌心と名づく(中論二十四の十八を攝る)。此の覺り起こりて、凡夫の分別する萌なるものと萌ならざるものとの分別を能く滅せんことは、是れ平等の萌心と名づくるところなり。若し好色萌相無くんば則ち萌心を覺るべからず。萌心を覺らざれば平等の萌心、一切皆萌・佛家の一切皆空の無上覺・可哀愍の大慈悲をば得べからず(中論二十四の十を攝る)。報身の萌尊、當に慈悲を發(ゝこ)して應身の萌相を作すべし。重ねて言はん。東方三千由旬の一國に於いて女人、數ありて、可愛なる繪を日日に求めて揮(ふる)ふ。此れ等の女人、萌えの名を聞ゝても心に置かず。但(た)ゞ可愛なるを描きて自のづから萌相を作す。爾(しか)しより此の諸の女人、可愛なるに勝れて畫師(ゑし)の高みと成り、彼の國に於いて「萌え絵師(萌繪師)」とて名聲(みゃうしゃう)普く聞こゆ。當に知るべし。彼の女人等、可愛なる相を專らにして求むるも、萌えの實義に遠し。以て智慧を得たる三身即一の萌と名づけず。世に可愛樂(かあいげう)多けれども但だ境界中に著するのみにして心を知らずんば則ち罔し。隔別したる二三の嫌ひ、種種の戲論を生ずるは貪瞋癡の毒染(どくねむ)なり。世人、終に不見(みざ)るも、賢聖、常に自ら念ず。諸萌者(は)慈悲にましませば、彼れは是れ讃嘆したまふ所なり。即ち頌を説かば「三萌義を領解(りゃうげ)し、實相中の萌えを識る。應に萌三身を具すべし。萌尊の法(ほふ)是の如し」と。



蛇足: この文章の著作権が私に有るかというと、日本国の法令に則れば有りと言える。引用・転載については自由でよい。しかし、觀萌(観萌または萌觀・萌観)の理解が有る人・觀萌の志が有る人・仏教の理解がある人・仏道の志がある人以外は不可能である。これは私が課する制約ではない。人間の心の奥底にある良心・善意による。觀萌私記の所説に則れば、「人の内に蔵する萌心」が理性に及んで行動意欲を呵責するためであろう。もし、その観萌や仏道の志の無い人が自己呵責なくして悪しく引用・転載が行えるならば、彼は既に観萌の機も仏道の縁も無い四悪道の衆生と言えよう。仏は血を流しても心が泰然自若であるように萌文・萌相は悪用されても萌心は不動である。出仏身血の罪を犯した提婆達多が生きながら地獄に堕ちたように、悪用した人が自ら萌心を無くす。もし、読んだ人が萌心の存在を喜ぶならば、私は法華経随喜功徳品の「随力演説・五十展転(ごじってんでん)」を思い合わせて広く説くことを勧める。そうした引用・転載行為は功徳が多く、諸萌も歓喜されよう。なお、外国語への翻訳(一部翻案)も自由の範疇とするが、個人的に全文を漢文(現代中国では文言文)にする案がある。


Trimoyarthaṃ prajānāti, moyabhūtaṃ vijānāti |
Moyakāyo'palabhyate, etan moyāryasya dharmaḥ || (讃萌注頌・2017年12月作…対応する文は2016年12月13日ころに記された。これ以上は記事に加筆が増えないように思いたい)

2016年9月21日水曜日

生活と仏道 ~ 禅定と智慧が生きる精進の日々

日常生活と仏道修行は「不二」と考えてよいが、「而二」の見解もある。
我々の生活における所作・一挙一動も、正しく行う努力を心掛ければ、仏道の修行にも通じることを「不二」と呼ぶ。
PCに向き合う時にも姿勢を意識して背筋を伸ばし、PCで作業中の不具合や不手際や失敗にも怒らず焦らず、冷静に対処するよう自律すればよい。

しかし、そうと言っても、それが出来るだけでは解脱(成仏や往生や涅槃など)は叶わない。
それが出来ることを、四威儀に渡る「念」が保たれた「禅定」の境地として喜ぶことはできるが、解脱のためには、解脱への志と同時に仏教の法の理解も兼ね備えている必要がある(むしろ先に教法を知る前提によって念が保たれるようになると言うべきか)。
それを生活と仏道とにおける「而二」と呼び、「世法即仏法(および仏法即世法)」の「而二不二」である(2016年6月20日記事の注釈1で詳述)。
仏教の理解に裏打ちされて「四種三昧」の「非行非坐三昧」というものの実現となろう。
もし、生活における所作が端正な人がいて仏法に値い、学び、慢心を起こさないならば、彼の解脱は近いと考えてよい。



例えば、一心不乱に勉強(学業)や労働(仕事)をすれば徳が積めるであろうか?
実際には、何ら思考や精神を伴わない作業は機械に任せても変わらない。
私は時折、社会を高度に機械化し、最後には機械が人間に取って代わって速やかに文明が滅んでしまってよいとすら思うことがあるが、これは私の慈悲が却って暗転した極論である。
本心ではいつも、人々が仏教に関心を持ってほしく思っている。

無心に勉強や労働を続ける意義は何であろうか?
世俗の欲望に塗れて勉強や労働に向き合っても、世俗の中の成功が有り得る程度に過ぎない。
もしくは世俗の欲望さえも欠け、楽しみも感じずに無機質な勉強や労働を行うならば、人間として大いに欠陥があろう(私の両親がその典型例・しかも今や父は抜け殻同然で母は勉強も労働もままならなく趣味も無い)。
一心不乱な勉強(詰め込み)は、知性に向いても、理性を排除するという知性への貪欲さに陥る。
このような状態では解脱に至るよりも、ただ無明の闇に堕ちてしまう。
※ただし、そういった機械的に勤めて(勤勉・勤労して)世間の欲望や野心などを持たない剛毅木訥・少欲知足の人がいるならば、仏法とは別の観点で尊敬できなくはないと思う。

さあ、仏法の道理を心得ずして世事や俗事に取り組んで、仏教の解脱が叶うと言えようか?
故に日本の大乗仏教から仏教全般が、仏道の基本的な修行(戒律を持つ・瞑想する)のみならず、信仰(尊敬・帰依・祈願)したり、広く学んで智慧を得たりと、精神性を重んじる一面も強い。
こういった諸々の仏事の調和によって修行に精進し、功徳を積み、悟りを得て仏道を完遂する道理を知らねばならない。
何事も一辺倒のままでは錯乱する結末を推して知るべし。
人間は人間であるからであり、機械のようにはゆかないからである。
世俗の望みにも欠け、その時の苦楽に翻弄されて物事を深く考えない反面、心身や他人との煩いが多いまま年を取る人は畜生に似て認知症となりやすかろうが、ご僧侶(宗教家全般)は正気・正念が据わっていて寿命が延び、臨終までの生涯に渡って破られがたい仏道が進められている(たとえ葬式仏教・形骸化仏教でも一般人よりこの傾向が強い)。

繰り返すが、もし世事・俗事に打ち込める人がいるとし、仏法に値って学ぶ身となるならば、彼の解脱は近いものと考えてよい。
仏道修行を抜きに労働・農務を真面目に行ってよいと見誤った中世の禅僧(鈴木正三)および禅宗全般について「而二不二を知らない」・「謂己均仏」という批判を過去に加えてある(額面通りには増上慢そのものの教説だが、もしかしたら達観した方便の教説と言えなくもない。その禅僧は在家信者を相手に説いたろうが、一応そうして世俗の労働を無心に続けていずれは仏道修行に関心を持つと見込んだ前提であろうか。これ以上に詮索の余地はない)。



生活に活きる(?)仏教の心


私は食事の際に「いただきます」と声に出して手を合わせる習慣がなく、言葉も浮かばない。
しかし、食物への「畏れ」は感じている。
これは美味しい・不味い(食べやすい・食べづらい・健康的・不健康という価値判断など)とは思っても、それ以上の執着を起こさず、心の中で嫌い続けたり食べずに捨てるなど、食物としての価値を蔑ろにすることはしない(スッタニパータ1.4章≒雑阿含経98経に釈尊が説法直後に施された食物を受け取らず施主に捨てさせた逸話もあるが方便の振る舞いである)。
食物への執着は、「私の中の仏様・マイブッダ」がお叱りになる。
食欲に随って食べ続ける自己の姿は、心の中の鏡が明らかに映し続ける。
仏様・如来はまさしく常住しているというのに、食物を貪ってなどいられようか。
仏教では「口が臭い」という表現を経典に見る(例は法華経譬喩品"口氣常臭")ことができるが、そのように五欲を貪っている我が身の口は臭く、貪るほどに臭くなることを感じてしまう。

仏教徒は、食事に喜びも悲しみも感じている。
自分がもったいなくも食事にありつける喜びと、自分が欲望のために食事に手を出す悲しみとが、心の中でせめぎ合う(苦楽一如・悲喜こもごも)。
世間の人が食事に感じる喜びとは、専らウマイ飯や大食いの欲求満足にあり、悲しみがあるならば、その欲求満足の対価として生じる経済苦や不摂生の弊害にある(凡夫の苦の縁起を現す)。

仏教徒は、現世で得られる最低限の食事に感謝して満足しつつ、臨終まで慚愧・反省の念を精進し、もう食事によって生命を繋ぐような境界に生を受けなくなる(解脱する・成仏する)ように願う。
こういった精神性も真の健康の在り方であり、実際に少欲知足によって経済苦や不摂生の弊害も発生しづらくあろう。
形式的に「いただきます・ごちそうさまでした」と声に出して手を合わせる美しい習慣や文化性も大事であろうが、その後からでもよいのでこういった精神性も踏まえてほしいと思う。
「思い」と「行い」の一致によって道が進むものである。



食事について話をしたが、私が通常の意味の健康を確立しているかと言えば、全く自信は無い。
私にも、体の悩みというものがある。
単に、小食であることと、食中や食後に起きる諸々の肉体的苦痛がどう関係してどちらが先であるかは、もはや顧みる余地もない。
とりあえず、食虫や食後の肉体的苦痛について列挙すると、デンプン系・糖類(ご飯・大概のシリアル・大概の菓子類・糖類が基本の甘い飲み物)などの糖質を口に含むと口内に酸が増えて気持ち悪く、こういうプロセスの酸は胸やけなどの原因となるから私は胸焼けが多く発生する(口内に残る酸は歯にも悪いから飲み水で流す・歯磨きは頻繁にやらない・これらは過去記事の通り)。

体の悩みについて最も大きい問題は、便秘であるが、その変遷は以下の通りである。
2010年末(埼玉県内居住末期)あたりから下痢になりやすくなったり(牛乳を原因とする乳糖不耐症らしい時期でもあったが2014年までに解決)、そう思えば2011年末(家出先の豊橋以降)には母親のインスタントコーヒーを多めに飲む習慣を始めて大量下血が発生したり(その後3年以上はコーヒーをあまり飲まないで過ごす)、2012年からは便秘が始まって母親のコーラック(とビューラックという同じ系統の下剤)を飲んでみるなど、大腸の問題に関しては変遷が著しい。
2013年以降にも便秘と下痢を繰り返すような変化があったが、記録は過去記事に見る通りである。
2014年以降においては下剤を伴わない下痢が滅多に起きなくなっており、下痢は外す。

無論、2012年からコーラックの初使用の手前に懐疑し、その系統の下剤の依存性や中毒性は十分に心得ているため、当時から節度を保って使用を続けているため、今でも一度の服用は1錠のみで十分に効果が得られている。
「効果・作用の老化現象(鈍化・減衰・減退・適応とも言える)」は仏教的な思考で理解が深まる。
2015年5月13日の日記メモなどでも常々書くが、こういった身体・肉体・人体の法則・現象に関して名前が無く、類似した情報のページが無いかネットで検索しても関係ある検索結果が一つもヒットしないことを「徒労検索」と称している。誰も自分の体について自覚がないのであろう。

大量下血で飲むことを恐れるようになったインスタントコーヒーについては2015年以降に「カフェインパワー」を期待しつつ、これも節度を保って飲用し続けている。
コーヒー及び同様の力が期待される紅茶・緑茶などのカフェイン飲料にしても「効果・作用の老化現象」があるから、カフェイン節制は重要である。
更に、その日に1杯のコーヒーを飲んで排便がされたとしても、同じようにもっと排便したくて2杯・3杯と飲めばまた排便ができることはあまりない。
こうした事実も仏教的な思考で受け入れられ、緩やかにでも便秘の改善が期待される。
物事は、綺麗に足し算や掛け算の答えとなるような結果ばかりでないという事実を。
算数の理論・数学的な思考ばかりの現代に生きてそこから脱することは稀有である。
また、便秘の改善が期待外れの結果となろうとも、後悔はあまりなかろうし、未だその状態でない時は憂える必要もない。

ここまでに2度も「あまりない」とか「あまりなかろう」と書いた点も、仏教的な思考に依る。
「全然ない」、「全くない」とは書かない(それも少し考え方を変えると使用が許される表現だが)。
私は物事の予測や判断についてよほど客観的に立証されないものに「絶対」とは考えない。
俗諦の上ですらもそう考え、真諦においては「空」の意義から「絶対・永遠・完璧」などもないと考えているが、真諦については現世に生きていて一旦、差し置いてもよい。
話が難しくなっているようだが、この部分に限っては用語に深い理解がある人が読んだ状態を想定して書いている。
これでどうにか書きたい趣旨を書けたこととなる。

※最後になるが、どこに書くべきか判断が付かなかった「排便法」に関して載せておく。「サマタ・パヴァナ」と2015年10月8日から呼び、時には「無為自然」のやり方(日記メモ2016年5月24日)とも表現している。





起草日: 2016年7月10~18日のいずれか
起草した日から1か月以内は大した加筆が無かった。
それ以後には漸次内容を増やし、9月以降は記事として投稿できるように執筆を進めた。



追記: 2016年12月20日

この記事に語った私の心境・・・例えば食事の時に湧き出る「感謝の念」と「背徳感」などは、およそ仏教徒を自負する立場に依る。
仏教徒を自負する立場に依った結果としてそういった想念が起こるわけだが、想念の種類や中身そのものは仏教徒ごとに異なったり、強さの程度も異なる。
私の場合は、既述の通りである。

仏教徒を自負する立場とは、仏道の義務と使命を自覚する立場である。
八万四千の法門と言うならば、無数億(むしゅおく)の仏教徒が各々の自覚に立っており、みな同じようであって同じようでもない部分が多かろう。
とはいえ、同じようである部分とは、現世で「仏道を行く我」を根本としていることである。

つまり、仏道の志には、「仮に設けた仏のエッセンス」がある(漢字4文字で假立佛我と名付ける。菩提心や天台六即でいう名字即の仏性や天台十界でいう仏界とも似る)。
仮の我が身に於いて仮に設けたので、仮の範疇では常に仏の顔や言葉(主観的に選別・解釈されたもの)などが常に付きまとう。
「エッセンス」や「常に」という表現は、アートマン・我見・常見などを連想させる語弊があろうが、仮の範疇なので咎を恐れずに用いた。
このエッセンスは思考や判断に作用するから、その思考や判断に基づいた行動があるので、生活に活きると言える。
本文中「生活に活きる(?)仏教の心」という見出しが設けられているが、非常にこの理解と通じたものである。

仮の範疇に於いて我を立て(仮設エッセンス)、生活の中に念じることがある。
念じる事柄とは、小乗仏教以来、4つに総括して四念処(四念住)と呼び、中身は「身・受・心・法」の4つの事柄と、それに対応する「不浄・苦・無常・無我」である。
つまり、「①自他の身は不浄である、②心身に受けることは苦ばかりである、③心は思いを生んで消すことを繰り返して無常である、(①~③まで仮の自我意識に依る)④諸法(全ての存在)は実体がない無我である(よって他の物事を自分が所有する・されるという関係も成立せず我が苦も我が苦でないし我が心も我が心と言えない)」と念じる。
この4つの念は、言葉で律儀に念ぜずとも、仏教の教理が何となく頭に入っている人が日々の生活に注意深く振る舞う中で意識される。
つまり、生活の中の現象・物事について、五感を通して心に受けるという「縁」によって念が作用する(縁起の法理)。
毒を食らって毒を知らねば「苦集滅道の四諦」も言葉だけの概念となるから、一応は様々な行為を通して縁起を感じ、四念処を成就すべきである。

そうして、食事に対する憶念は善悪に及ぶ。
その中身は、「自覚・反省」であり、努力の道となる。
仏教で自覚すべきことは善悪に及ぶ、という趣旨は過去記事の通りである。
また、性善説・性悪説とも取れる教説が多岐に渡っていることも仏教の特徴であり、まさしく善・悪および無記の三者を包括した真の中道である。
こうして私は何度も同じ趣旨を説いてゆく。

このような自覚・反省の日々は、決して「流転・輪廻」の境地ではなく、「還滅」の境地であり、「解脱」の道である。
流転と還滅、輪廻と解脱。
言葉を仏教用語に置き換えてみると、人によって通じやすくなろう。
十二因縁・十二支縁起という教理は難しそうであるが、輪廻は流転門、解脱は還滅門であり、仏教徒の生活は還滅の如く「苦しみの原因・縁起」を破る。
その方法が「自覚・反省」の思考に支えられている。

日々に自覚と反省を繰り返し、しらみつぶし(モグラ叩き・たまねぎの皮を剥く・堅実に)でも悪い境地を知って無くす努力をするならば、一歩一歩と地に足が付いており、足取りも定まり、手探りでも確かな手ごたえを得た仏道となる。
悪い境地を知らず=自覚が無く、故に反省もせず、努力ができず、その場その時の感情に任せて一喜一憂する人生が「流転」の境地・「輪廻」の道である。
自覚が無いならば、何を反省するか?
自覚と反省が無いならば、どう努力ができようか?
そうして努力が無いならば、いかに進歩して解脱が叶おうか?
還滅・解脱の道は「自覚・反省・努力の生活」であり、後述する「波羅提木叉の異名」でもある。



全ての閑居求道者(無戒在俗)のための戒律信仰

「仮に設けた仏のエッセンス説」にしたがえば、戒律における懺悔の行為も説明がつく。
戒律における懺悔の行為は、比丘の集団(僧団・僧伽)でされ、持律比丘は衷心より懺悔する。
自身が仏道の精神に背く行為・背徳行為を日々に重ねているという自覚が常に付きまとい、その度に反省・懺悔の念を免れない。
この現世での「常」・・・程度の差はあるが、これこそ「仮に設けた仏のエッセンス」である。

涅槃に臨む仏の言葉の一つには「我(仏)の滅後に汝等比丘は波羅提木叉を我(仏)と恭敬せよ」とある。
仏所行讃(佛所行讚)仏遺教経(佛遺教經)に見られるが、共に同じ教説である。
この仏所行讃と仏遺教経から言葉を借りると、波羅提木叉(梵: プラーティモークシャ "Prātimokṣa"、解脱へ向かうの意)が「巨夜の明燈(巨夜之明燈)」であり、「闇において明かりに遇うようなもの(如闇遇明)」であるということは、空・諸行無常・諸法無我の現世に我・アートマンを得たようなものと言い換えられなくはない。
闇に対して明かり有り、無我(闇)に対して我(明)を説く、このことである。
※ここで私が唱えるエッセンス・我・アートマンとは、仮設・自覚的なものをいうのであり、真理・実体論・形而上学的なものとして唱えられた小乗部派や外道のプドガラ・法有我・アートマンではない。

波羅提木叉というと「戒本」であるが、いわゆる五戒・十善戒・二百五十戒などの戒律でなくとも、一般人・在家信者の場合は仏の言葉・誡めであるとか、仏に繋がるものでよい。
自分がイメージする仏の御尊顔とか仏像の相貌でもよい。
私のような自責の念もまた、戒律そのものでなくとも「持戒に類する自覚」である。
そのように「波羅提木叉=(主観的・信仰的な)仏」を思い続けることが、「仮に設けた仏のエッセンス」の一例でもある。
こうして、仏道の自覚に基づいた背徳行為があるならば、仏法に基づいて反省できるようになる。
仏教徒は、このような「仮に設けた仏のエッセンス」によって自覚と反省の日々を送っている。
僧伽において戒律を持つ比丘が軽い罪を犯した時、大衆の面前で懺悔するように。

仮に設けた仏のエッセンス、または道心・道念とは、あたかも航海にはコンパス(方位磁石・方位磁針・羅針盤)が必要であり、コンパスがどうあっても、その針は常に北を指しているようなものである(仏道の意志にもコンパスの針にも例外はあるが例外も包括した上でコンパスに譬えた。全ての物事に例外は有り得るから)。
「仮に設けた仏のエッセンス」により、何をしても仏=応身における仏=御尊顔・御金言などが潜在意識に現れる境地となろう。
ああ、それであっても背徳行為を認めたがる放縦・放逸な私である。
私の日々の想念は徒労・本末転倒とならぬよう・・・。

私などは反省すべき背徳行為がありすぎるため、とても反省しきれない。
解脱した人の生涯に対して「波羅提木叉"towards liberation"の人生」とも「自覚・反省のできた人の足跡」とも名付けられるが、程度が低い自覚・反省の人生では、解脱に遠いようである。
こういう具体的な「遠い」という表現で断定する論理は仏教的でないが、あえてこう述べる。



仏教における「反省」に関して私が実感することは、教義・教理・法理・法義の方面も同様である。
私の信奉は日蓮大聖人の仏法と御本尊・御題目であるが、まだ理解が浅い時にそのまま決定する=頓悟・速疾頓成の人(日蓮正宗・創価学会信者など)もよかろうが、私はそうでないので、迷いも多かった。
なまじ、日本の大乗仏教・中国の大乗仏教の諸宗派の教義や、古典的な大乗仏教や上座部仏教や、大乗非仏説論なども摘まんだ程度に知っていたから「決定無有疑」が難しかった。

自分の理解の浅さを反省し、上座部・小乗仏教の方面も2016年1月から学びだした。
その間も、実大乗・文底の信奉はそのままである。
小乗仏教・パーリ語経典とか、そちらの方面に多少の理解がつき、小乗の法を反省し、続いて権大乗・・・竜樹菩薩の中論を基本的に学んだ。
これらの経典や論文は過去記事でも多く引用している。
権大乗も反省してから再度、法華経の理解に戻ると、霧のかかった景色が晴れたように様々な語句の真意が見えてきた。
天台三大部の所説も、真意に通じる補助となった。
この大乗仏教について完全に理解・把握したとは言わないし、今も不明瞭に感じる部分は多い。
ただ、法華経の実大乗たる所以はおよそ理解したと思う。
その理解により、「文底義」にも通じてゆく(日蓮正宗・創価学会の信仰と少し合わないが)。
こういった反省に基づく研鑽の成果が、2016年11月23日起草の「法華教学の再確認(諸法実相・第一義・文底義の視座で)」にまとまっている。


2016年9月11日日曜日

上座部仏教圏の信仰・神々と、日本のテーラワーダ信者による幻想・誤解

まず、釈尊が「信仰」や「神」を否定されたかどうか、話しておきたいが、その前に仏教徒として物事に必要な理解の仕方を説明する。
「信仰"Saddhā"」という言葉がパーリ仏典やその日本語訳にあったとしても、一義的ではない。
パーリ語・サンスクリット語などに詳しい人はご存知の通り、一つの言葉に多くの意味が混ざっている語彙(Dharma, Dhammaが好例)が多く、日本語で「信仰」と翻訳された場合も、所説ごとに異なる意味を持っている(漢字の"信"とか"法"という文字も仏教での意味と世間での意味とで違いがあるばかりか字の原義は一見全然違いそこから意味が枝分かれするように同音同字意義は生じやすい)。
言葉の上面のみではなく、こういった背景を理解して吟味し、検分しないと、とんだ誤読を犯して誤解に繋がってしまう。
特にパーリ語・サンスクリット語および、その漢訳や日本語訳の経典では、そういった姿勢が最も重要である。
日本人ならば、表面や表層や形式ばかりを眺めるのではなく、心を見極めねばならない(大乗仏教では"依法不依人"や"依義不依語"という)。

さて、日本のテーラワーダ信者(主に個人ブログやウィキペディアや知恵袋などに一部見られる)はオカルト否定をしたがる合理主義(理性主義)から「ゴータマ・ブッダ(釈尊)は信仰を否定された!」、「大乗仏教ばかりが雑に神を取り入れて外道となった」と、信仰の否定を叫んでいる様子が度々見られる。
実に、彼らは「論語読みの論語知らず」という愚を犯している。
また、高尚にして清浄なるテーラワーダ・テーラヴァーダを宣揚したいがために、事実を確認しきれておらず、ご都合主義的な視野狭窄を露呈させている。
上座部仏教の「信仰」と、上座部仏教圏で信仰される神々について説明しよう。



テーラワーダで第一の聖典、「スッタニパータ (日本語訳は中村元センセー訳を参照)」では1.4章(田を耕すバーラドヴァージャ)に「信仰が種である(Snp 77)」といった言葉が見受けられる。
この信仰とは、パーリ語で"Saddhā" (サッダー)とあり、この一節は"Saddhā bījaṃ tapo vuṭṭhi,"とある(ちなみにサッダーは梵語でシュラッダー"śraddhā"という)。
漢訳だと雑阿含経(98経・耕田婆羅豆婆遮)で「信心爲種子(信心を種子と為し…)」とある。
同じく「スッタニパータ(3.2章)」に「私には信念があり(Snp 432)」とあり、原文ではその"Saddhā"を用いて"Atthi saddhā tathā viriyaṃ,"と書かれる。
思うに、先ほどの「信仰が種である」とは、正しくは「信念」の方の"Saddhā"であって自分が解脱している・出来るという信念の確信なのか、あるいは釈尊御自身に対する信仰なのか、あるいは過去の"Buddha (覚者)"への信仰なのか、といえば、少し判断しがたい。
「『自分が解脱出来るという信念』が種である」で取れば、大乗仏教の「発菩提心」にも通じている。
※スッタニパータと並ぶ聖典「ダンマパダ」にも"saddham, saddhaya"といった"信"が、"sīlam, sīlena"といった"戒"と一緒に説かれ(144, 333など)ているが、細かい意味の判断は諸君に任す。中村訳と原文提示で満足がいかない方は英訳版も参照されたし。"Faith, Conviction, Confidence"等。

無論、同じ「スッタニパータ」では「そのように汝もまた信仰を捨て去れ(Snp 11461151)」、 "Evamevaṃ tvampi pamuñcassu saddhaṃ,"とあるが、しっかりと前後の文脈や5.19章全体を読み直すと、どのような意義であるかは自ずと読み解けよう。
この"saddhaṃ"の前にある"pamuñcassu (梵語漢訳で)"という単語は、少し理解に難があるようで、単純に「解き放て」という意味に直訳する(中村センセーは「捨て去れ」と解釈した)。
伝統的解釈などでは「信を寄せよ」という注釈(ブッダゴーサAṭṭhakathāやサーリプッタCūḷa niddesaなどにおけるadhimuccanto, adhimuñcassuの和訳?典拠不明)もあるそうで、また現代の中国(古い文・文言文に擬したもの)では文字通りに「賓祇耶信解(もし信を解き放ての意味ならば解信と綴るが一般的な信解"しんげ"と同義か不明瞭)」と訳している(漢譯南傳大藏經・經集5.18、舎利弗尊者のチューラニッデーサ・小義釈に注釈がある)。
この後のバラモンのピンギヤさんは"pasīdāmi"の方の信仰心が増えた、という旨を述懐する。
※「信」に関連する用語を羅列する→サンスクリット語śraddhā, prasāda, adhimukti, bhakti (シュラッダー・・・現代に英語クリードcreedの語源ラテン語クレードーcredoと同語源。 プラサーダ アディムクティ バクティ・・・ギリシャ語根phagパグ・古代ギリシャ語ἔφαγονエパゴン、世間でいうマクロファージのファージと同語源で原意は「分割する or 食べる」だがいつの間にか献身・神への服従などを意味するようになる) パーリ語 saddhā, pasāda, adhimutta (サッダー パサーダ・・・sdという文字列は似るが動詞語根は前者が√dhā=置く 後者が√sad=坐る で異なる。本文中Pasīdāmiパシーダミーに同じ。 次アディムッタ)

一部の日本のテーラワーダ信者は、そういった理解も無く、言葉の上面だけを見て利己的な判断をし、「信仰しない己が尊い信仰」にとらわれ、邪義を生じ、他者に伝える。
信仰とは、正しい基準に基づいて取捨選択されるものと理解すべし。
私の信奉である日蓮大聖人の法門では、その基準を「文証・理証・現証」の「三証」として説いており、その結果、釈尊の経典では「法華経(および法華三部経と涅槃経?)」を信ずべきで、それ以外の小乗・而前権経といった類の経典を信じてはならないと決まっている。
その「法華経」を色読・体読して事実に現された「法華経の行者」であらせられる日蓮大聖人もまた大いに尊敬すべきである。
※ここでは日蓮大聖人の法門でいう「大小相対」として小乗仏教を非難しない。なぜならば、日本のテーラワーダ信者の思考が、そもそも仏教に適わないから、まず「内外相対(内道・外道の論点)」として糺す。外道の思想でいえば、順世派アジタ・ケーサカンバリンに対するようである。

こう言えば、「法華経など大乗経典は後世の偽作だ」と反発を招くため、私から一つ言えば、キリスト教の新約聖書にせよ、パーリ仏典・三蔵にせよ、またヴェーダやウパニシャッドといったものも、みな先進的な文献学者から「後世に何らかの加筆・創作が混ぜられている」と看做される。
彼ら文献学者や書誌学者は、セクト主義を排し、ドグマを滅した、学問研究家の鑑である(合理主義を極めると虚無主義者や懐疑論者になって宗教・仏教・修行が不要という外道に落ちぶれるが自分の欲求ばかりは肯定して貪欲になるか学者なら知的探求を進める)。
程度の差はあれ、そもそもそういった経典・聖典・教説は、より原理主義的に言ってみな「方便・空」であって一つを極度に重視してはならない、といった立場を取りたいならば、パーリ語の経典が真説であろうとなかろうと、これも偏重する対象ではない(修行の原理主義であれば)。

結局、「あなた方、修行者が、そういった経典・聖典などの教説を、どう受け止め、どう己の修行に反映するか」が大事である。
そう思うならば、修行の原理主義者としては最も健全であろう。
例えば、輪廻転生が事実だとか事実でないとか、ブッダが説いていないとか、そういった議論(教義論争)は修行とほぼ関係がなく、大事なことは輪廻転生の思想を通して「善業を積んで悪業を止める意識」が生まれる勧善懲悪であろう(子供に"良いことをすれば天国に行けて悪いことをすると地獄に堕ちる"といった教育を方便として用いることと同列のようではあるが)。
つまり、釈尊の多くの説法が人の機根に対応したものであり、大概の人は一応の理解・信頼をせねばならない(文献学的にも証明されている原始仏典や基本教義にいくらでも輪廻思想は見える)。
無論、輪廻転生を信じなくとも修行が維持できる機根の高い人には関係ない話だが、そもそも輪廻転生が非仏説であるという見解に執着して議論をする人が、機根の高い人とは言えず、実践的な修行すらろくに行っていなかろう(彼らの実態について断定はしない)。

こういった議論に執着して迷ったり怒れば本末転倒であり、それらが「戯論」と言われ、原始仏教ではむしろ、それが正しい・正しくない、真理だ妄語だと主張する精神が否定される(無論Snp 907-などの話は大体の修行が成っている賢者の境地を説いていて私ら愚者が及ばない話)。
そこで修行が止まるならば、やはり教説への執着は捨てねばならない(そうでなければ一つの教説でもいいから胸に刻んでそれを指針として真面目に修行する・江戸時代某僧侶の正法観)。
だから、どこかの誰かが、信仰自体をやみくもに否定したり、輪廻説を弁駁して否定しても、それは修行者でない外道の所業であるから私の関知しない問題だが、一応、私の見解は書きたい。
信仰が要らない・輪廻転生を信じない、それで修行が成るならばそれでもよいが、私はそう思わない、というだけのことであろう。
信仰にせよ、輪廻説の信受にせよ、私のような未成年教団無所属・無師の者の中途半端な捉え方は、一斑全豹ほどでもないが「群盲象を撫づ」のたとえにも似ていて語るには畏れ多い。



釈尊自身を、一神教のゴッドや浄土教の阿弥陀仏のレベルで崇めることは、確かにこういった原始仏典だとか原始仏教の立場では否定されるに違いないが、健やかな信仰は、むしろ修行者に寄与する面が多いと考えてよい。
何か、信仰や信心自体を、イスラム過激派や、近現代のオカルト的新興宗教や、カルト教団の類を目にして悪いイメージに覆われた者たちが毛嫌いしているのではないか。
そういった偏見に執着しては、それこそ仏教徒としてあるまじき無明・迷妄・愚癡の姿である。
すべからく、そういった偏見の類を払拭されたい。
これについて「不条理だ!」と思うならば、それこそ既に修行の妨げである。
様々な教説に対する広い理解ができず、迷ったままでは、解脱は到底かなわない。
「中道」あるのみであろう。

私は、パーリ語の経典や上座部仏教圏で当然唱えられる「三帰依」に見られるよう、まず「仏"Buddha"・法"Dharma, Dhamma"・僧"Samgha"の三宝への帰依」仏教の三宝に対する帰依・信仰を促しておく。
大乗仏教諸宗では、その仏法僧の定義が変わりもするが、ひとまずテーラワーダにはテーラワーダにおける三宝の定義がある。
これを私から明示する必要はない。
三宝を尊敬・信仰する意義は、仏ましまし、その仏が法を説き、その法を伝え弘める僧(サンガ・僧侶の集団)がいる、そういった教法の時空に渡る布教と維持への祈念にある。

私は、「三宝一体」と呼んでいる。
三宝のうちの一つが欠けては、私やあなた方を救済するもの(解脱への道しるべ)が今は何もない・・・という悲惨な状況となっていたであろう。
こういった慈悲心・信心を起こさなければ、あなたの救い(修行・解脱)もなく、あなたと同じ時代やその後の時代にも救い(修行・解脱)がなくなってしまう。
悲しいことであろう、故に、仏教徒、とりわけ在家信者・在家修行者は三宝を敬うべきである(現代人がそう思えなくてもこういった理解は伝統的に受け止められた経緯がある)。

あなたは解脱するために仏教を学んで修行をしている。
その解脱の法を説いて自ら解脱している「仏」とその「法」を信じ、その仏法をあなたの時代・国家にまで伝えてきた「僧」を信じる。
「仏」は解脱し、仏の所説の「法」は解脱への道を示し、それらを「僧」は現代までに伝えてきたので、あなたが解脱を目指すならば、三宝の一つでも疑ってはならない(あなたが定義した三宝、テーラワーダならシャーキャムニブッダとパーリ仏典と上座部の僧伽・出家僧侶とを信ず)。
こう理解すれば、様式や程度の違いはともかく、修行する仏教徒に「信仰」があって当然である。
また、自分が解脱できるとの確信を持ってようやく信仰は盤石となる。
その意味での信仰すら無く、一様に「捨てよ」というならば、まさしく仏教が無意味となってしまうし、人々が仏教を学ぶ意味も無い(反宗教ならば合理主義・啓蒙主義などの西洋哲学で十分)。



上座部仏教圏でも、イスラム教で禁止される偶像崇拝が普通に行われている。
イスラム教では、神という創造主が人間と同じくして生み出した単なる「被造物」に対する礼拝など、無益であるばかりか、勝手な偶像で神を印象付ければ神の高尚さを損なうからといって禁止され、キリスト教でも神=ヤハウェ(エホバ)を描いた絵画などはほとんどない。
イスラム教の聖典であるコーラン(クルアーン)には、そのように偶像崇拝を禁じ(7章191以降)、そもそも神=アッラーには姿や形などがないと明記されている(要出典)。

一方の上座部仏教圏では、寺院に仏像や置き、絵画を掲げる。(オウム真理教のラオス巡礼動画・34分以降などに紹介されるほか儀式の映像もあり参考までに・ほかインターネットで)
これらを見てブッダと阿羅漢の弟子などへの尊敬を生じ、自分で教えを守り、時空に渡って残そうという道心や慈悲が起こるものである。
一神教における、神を極度に畏れて崇拝する信仰とは異なるのだから、ブッダ・弟子の姿などは、よほどおかしくない限り、個々人が尊いと感じられれば自由なイメージで良い(ただし多くの場合に三十二相といった外見の定義が求められるし特に上座部圏の仏像は金ピカが好まれる)。
ちなみに、ミャンマーには日本でされる仏像の開眼供養と似た、仏像を安置する際の儀式があるそうである(持戒清浄の比丘が5人以上集まって読経するなど)。

私自身は、偶像を好んで入手したり参ったり眺める必要は感じていないが、実際に偶像崇拝は多くの人に支持されている。
「ブッダは『自分の像を作ってを拝め』なんて言ってないぞ!」と鼻息を荒くする教条主義者には理解しがたいであろうが、修行は凡夫の機根に合って多種多様あって然る。
偶像崇拝が万人に必ず有益と言わないが、全否定されるべきでもないと思う。
事実、伝統的にこのような信仰が上座部仏教圏で連綿と続けられている。
伝統的な信仰は、その三宝に帰依する言葉やパリッタを日常的に唱えるとか、托鉢の比丘に恭しく布施するといった行動も含む。
パリッタを唱えることについては、例えば題目や念仏がよく現代人の中で一種の洗脳・催眠・自己暗示と言われているが、こういったことは自分に教えを刻み込む行為として有益であろう。
※後述するが、スリランカではピリット("パリッタ"の転訛)を儀式で唱えて護身を祈願している。



また、「神」自体の存在についても、釈尊はあながちに否定されてはいない。
むしろ、実在を感じられない神についてやみくもに否定することを、釈尊がされようか?
人々の間では、「捨て去れ」と求道者へ命ぜられたような信仰が横行していたから、「摂受」の立場で教説にしっかりと梵天(ブラフマー)や帝釈(インドラ、シャクラ、カウシカ、パーリ経でサッカ、コーシヤ)を取り入れられた。
これは大乗仏教で撰述されたとする経典に限らず、パーリ語の経典にも多く見られ、釈尊が法輪を転じられたきっかけである「梵天勧請」くらいは、日本のテーラワーダ信者もみな知るところである(相応部サンユッタ・ニカーヤ梵天相応1や長部ディーガ・ニカーヤ大本経・毘婆尸仏の話など)。
釈尊の弟子の御一人である難陀尊者が釈尊に弟子入りした経緯の逸話にも、帝釈天の忉利天が登場しているなど、これも広く知られるところである(パーリ経蔵・小部・自説経Nandasuttaṃ)。
原文などは、もはや逐一出そうと思わないし、もし読者の学びが広ければ、十分に思い当たる教説が見つかる事と思う。
そもそも、適当に眺めていても、頭に残るものであろう(その人の心があれば)。

無論、釈尊は、そういった神々そのものを信仰しろとはお説きでない。
しかし現実に、テーラワーダ・上座部仏教圏の寺院にはインド思想の神・・・ブラフマーやインドラが祀られる時もある(タイのワット・アルンが有名)。
神話上の生物(神鳥ガルーダ・蛇ナーガなど)を模したオブジェを随所に配置する、道教建築っぽい装飾も多い。
合祀というか、こういった神や土着信仰などの習合がないと教団も維持しづらかったであろう(そう書くと仏教学者・歴史学者・文献学者のような合理的思考のようで気が引ける)。
日本の大乗仏教・密教が行う邪命養身・邪命自活(護摩焚きなど祈祷・呪術・祭祀・儀礼)などほどでないにせよ、上座部仏教も教団の中に多少、"異物"の受容はあった。

特にタイの首都バンコクの街中では、ブラフマーやインドラをはじめ、ヒンドゥー教・バラモン的なシヴァやガネーシャやヴィシュヌなどが祀られた宗教施設も多い。
仏教寺院ではなく、ヒンドゥー教寺院や華僑系のものも多いであろうし、バンコクのみを語っては偏っていて仏教とは関係がないように思われそうだが、一つ、再確認していただきたい。
カンボジアもよく知らないが、統計上は国民の9割がたが上座部仏教の信者とされ、まあポル・ポト時代に僧侶の凄惨なる大量虐殺や僧団破壊などもあったが、今では上座部仏教が憲法で国教として定められ、実際に人々の生活と仏教が密接に関わっているであろうに、一番有名な観光地は由緒正しきヒンドゥー教寺院「アンコールワット」である(仏教徒の出入りも多い)。
カンボジアでも、民間の仏教信仰にヒンドゥー教の神や生物などが含まれていると考えてよい。
国ごとにヒンドゥー教との習合のレベルに差はありそうだが、いずれにせよ、日本のテーラワーダ信者が声高に唱える「ブッダの教えをそのまま守って継承した純粋仏教」といった趣旨は、一知半解に基づく。

仏教徒ならば「諸行無常」を知っているから、多くの人間の手で長い時間にわたって守られてきたものが、全くの変化もなく続くとは思わない。
北伝仏教・日本の教団や信仰が日本なりの変容を遂げたよう、南伝仏教・彼ら東南アジアやスリランカなどの僧伽・僧団・部派にも彼らなりの変容がある。
そこには、教義的な矛盾・誤謬や、修行・儀式の追加・変更も含まれて当然である。
この事実は、自称・ミャンマーに遊学して分別説部で得度したという真言宗お比丘さま(2000年代まで在家)がインターネットで色々と書いたところに学び取る要素は多い。

その真言宗お比丘さまは、スリランカの教団を酷評していた。
スリランカの仏教については、伝統的に法灯が断たれた経緯があり、今はシャム派という部派(名前の通りタイ・旧シャムから再度伝来した分別説部系の部派)が勢力として最大であるが、スリランカの仏教が一番古来の伝統を残していて正真正銘の仏舎利・仏歯があると謳いつつ、シンハラ人の伝統的カースト制度における高い階級"Govigama (ゴイガマ、内にラダラなど氏族がある)"の者しか出家できず、しかも多くの比丘が托鉢をしない、などが見られるという。
寺院での行事にしても、儀礼などでは密教のようにヒンドゥー教の影響を受けた作法を厳守し、先に言うパリッタならぬピリット(守護利益あり)を唱えて厄除けや魔除け、病気平癒などを願う(最近では交通安全祈願も始めた様子)。
これはこれで尊重したいが、仮にも日本のテーラワーダ信者は、そういった南伝仏教が伝統的で非オカルトの純粋な仏教であると頑なに主張しているため、その点では愚昧な話である。
いくら譲歩しても、彼らが原始仏教・純粋仏教などを標榜している教団の在り方には見えないし、少なくとも日本のテーラワーダ信者が抱える幻想(高尚で非オカルト)とはかけ離れている。
※お比丘さまとは別に、スリランカの寺院には必ずヒンドゥー教の神を祀っているといった情報もあり、著名な寺院も同様であるが、仏の歯が奉納される寺院の場合は不明である。

こういった情報は私が実際に見たというわけではないし、私も完全な鵜呑みにしてはいないが、それは幻想を抱えた日本のテーラワーダ信者であっても私と同じように上座部仏教圏の信仰の実情を実際には見ていない点で等しい(単なる観光で確認したという程度も同様)。
故に合理主義なら合理主義らしく、教理や歴史的経緯など、世間の情報を吟味して正しい理解に目覚めるべきではないか。
反宗教・反オカルト・反外道という名のセクト主義が実に強情である、その迷妄を自ら破れ。

"Apārutā tesaṃ amatassa dvārā, Ye sotavanto pamuñcantu saddhaṃ!!"





ここまで、教説の「理」と古代から現代までに至る教団の「事」という、「理・事」両面より説明した。
合理主義に基づき、学問的な見方を是とする日本のテーラワーダ信者が、実は随分と偏狭であり、彼らの合理主義に適った一説ばかりを見て正しい教えと思っている。
その一方で、日蓮系や浄土系などについてを「一つの経典や一つの修行に偏った邪教」であると主張する姿も見られる。
実際は、中村センセーを中興の祖として仰いだ新興宗教の狂信者が、日本のテーラワーダ信者である。
中村センセーですら、ずっと公平公正な視野があるが、彼の狂信者らがご都合主義の愚人であるとは、見るに堪えない悲劇である。
釈尊のみならず、教祖・中村センセーのお眼鏡にも適わないであろう(開祖・スマナサーラ長老については言及しない)。

既成宗教のオカルト性などを嫌った反骨精神で、「合理的・理知的・科学的で思弁哲学的(なように見える)仏教」をたまたま見つけ、あるいは仏教(特にテーラワーダ)を見つけずとも、何らかの思想に傾倒してその思想が正しいとみなし、宗教を非難する。
これまた、「反宗教VS宗教」の対立であり、実に愚かしい構図である。
そういった二元対立・二項対立を離れてこその仏教ではないか。
それは「中道」であり、「右」でも「左」でもないが、右も左もなくした「無」でもない。
また、仏教の教義は、確かに科学にも適う面は多くあるが、それのみを唱えては「画竜点睛を欠く」というものであり、仏教として十分ではない。

彼らが嫌う日本大乗仏教の一部宗派に限らず、彼らも偏狭であって十分にセクト主義が強い。
だから、自分たちの信念である合理主義に適った(ように見える)教説ばかりを金科玉条のように振り回しており、それこそ不平等で狂信的である。
日蓮正宗系の教団では、そういった釈尊や日蓮大聖人の教説の一部分を、文脈も考慮せずみだりに用いる愚行を「切り文」と呼んでいる。
正しい信仰を持てなかった者たちが、「自燈明・法燈明」を誤解して自分の偏狭な思想こそが法に適ったものと思い込み、これを妄信して已まない。

「中道」の立場から言えば、ただ信仰の良し悪しを吟味し、あなたの徳に資する信仰を取り入れて心の土壌を耕し、かといって狂信的になってしまうといった本末転倒を起こさないように用心すれば、それこそが仏教徒ととして好ましい姿勢であろう。
合理主義に毒された日本のテーラワーダ信者にとり、俄かには理解できないことと思う。
私は、そういった現代的な合理思想を一時は強く主張していたが、まさに毒が回らない10代のうちに仏法に値えて研鑽を進められ、そのために「中道」といった偏りのない広い視野が持てた。

テーラワーダ信者は、テーラワーダとしての正しい信仰、いや、個々人にとって心の土壌を耕してくれる信仰や精神の持ち方を、どうにか「自燈明・法燈明」の立場で探ってもらいたい。
「純粋な仏教・本来の仏教」を標榜するにも、それで他宗・他派を攻撃するのではなく、自分たちの矜持として清楚な修行と伝統の守護を日々に心掛けるための合言葉として念じてほしい。
そのようなテーラワーダ信者がいるならば、大いに尊敬したいと心から感じている私である。





起草日: 20160815

数日以内はだらだらと絵や音楽に手を付ける時間が続いていながら、この日は俄かに当記事を起草し、同日中に7,000文字近くを書いた。
元々から思っていたことや知っていた情報などを、吐き出してまとめた内容である。
改めて、短期間中の極端な変化に自ら恐れるばかりである、そう翌日8月16日に思った。
修行・研鑽も、絵や音楽という世俗の趣味も、順調に形を成せる取り組みが大事である。



日本のテーラワーダ信者の愚昧さについて、過去記事でも少々書いてある。
私はあくまでも、テーラワーダの教義自体は尊重していて一部信者の愚昧さを責めている。
http://lesbophilia.blogspot.com/2016/05/idol-and-idea.html#theravada

インターネット上に仏教を語る様々な人がいる中、原始仏典にどこまでも忠実な立場を持ちつつ、様々な思想を論じている人物がいた(当記事関連調査中の8月19日に知る)。
知識量はかなり膨大で、並みの日本のテーラワーダ信者よりも見識が広いようであるが、「原始仏典にどこまでも忠実な立場」であるから、例えばスッタニパータの4章・5章が釈尊真説としつつ、「信仰が種である(中村元センセー訳、Snp 77)」とある部分を含む1章は全体的に後世の仏教徒による創作・追加である、と見ている(ただし1-3犀の角の章のみ1章の中で真説とする学説も強い)。
信仰を頑として否定する魂胆には、この人物の主な批判ターゲットである新興宗教・信仰宗教のオウム真理教・幸福の科学、キリスト教の聖書などの影響があろう(彼はキリスト棄教者)。
本文中に私が綴るよう、信仰をどう論駁して否定しても構わないが、そこまで純粋な釈尊真説にこだわって"信仰"自体を否定する者も、その執着・信仰を持っている(信仰しない己が尊い信仰)。

しかし、仏教の信仰(三宝帰依・自信)を否定するならば、解脱を願った修行も無い。
何となれば、信仰を否定する者は往々にして「発菩提心」を欠かしている。
専ら理知的に学んでいれば悟りがある、などとでも思っていようか?
私は「行動だ!実践だ!」とかまびすしく言うつもりもないし、本当に「智目行足到清涼池」というよう、行動には知識が伴う必要(不二)もあるが、結局は実践を欠いていながらに実践を嫌って「日本人の好きな説教」と屁理屈を垂れるところ、実にものぐさの学者に過ぎない。
現代日本で原始仏教の復古をするにも、仏教の心構えが欠けてしまったところ、信仰一辺倒・修行懈怠・形骸化の既成宗教にせよ、どちらに転んでも日本の仏教は致命的な欠陥を残したまま(両極端)であると思う。

インターネット上にこういった、高説に高説を極めた「仏教学者」サマがいても、大概は現代的合理主義・物質文明のシャカイを謳歌した者であり、この者も様々な食品なり芸能なり世俗の執着が強く、自ら実践など何もないわけであるから、こういった者は「仏教学者・思想研究家」として尊重できても、熱心な「仏教徒」としての尊敬をしてはならない。
「科学的で合理的な教説のみをされたブッダ」という観念偶像を成立させても、結局、彼らは最後まで修行することは無い。
あの大阪のお比丘さまも、そういった学問一辺倒の在り方を示して「仏教学者と仏教徒は違う」、「学説の信者・仏教学信者」という批判を加えている。
また「観念遊戯」といい、これを譬えて「地図を眺めて空想に耽って現地へ実際に足を運ばない机上の人(あくまでも譬えであるから旅行など道楽・物見遊山を推奨する言葉ではない)」と表した。
無論、私も大阪のお比丘さまも、未だ悟っていない、未熟な凡夫であるから、多少は自説を持って言論を行うし、その姿勢が絶対に善いと言わないが、今の段階では修行の糧となろう。



以下は一部本文に対する脚注みたいなものとなる。
起草日の提示の段落から、ここまでの文章よりも、先に書いた。

本文中で少々触れたが、私の信奉である法華経ほか、日本の仏教教団で重用される経典の多くは大乗経典であるが、それらの所説のほとんどが偽作・創作(偽撰)である、といった主張が、よく日本のテーラワーダ信者の中で主張される。
「大乗非仏説論」といい、日本では早く江戸時代の国学者の富永仲基や平田篤胤が唱えた、外道による既成の仏教教団への非難である。
背景には、日本の既成の仏教教団・僧侶の堕落といった状態があった。
どの宗派も重用しない「阿含経(小乗の教えとして多少用いられる程度)」こそが仏説を残している経典とみなした。
後に西洋人が仏教全般を研究するにあたっても、パーリ仏典・経蔵(漢訳では阿含経と対応する)は最も釈尊の言葉を残していて大乗・漢訳経典は偽作・創作が多いとみなされたように、やはり歴史的に外道による非難である。
私としては、そういった学説も、仏教の修行とは別に一理あると思っているが、やはり修行者がこれを鵜呑みにする姿勢であってはならない。
大事なことは、その教理や教説が「三証」・・・特に現証に適い、自身の修行を助け、徳に資する教えであるか、といった判断である。
現代までに仏説として伝えられており、仏教の基本的教理である「縁起(因縁で生じる)」に適っていれば、それ以上に非難する余地が修行者にはあるべくもない。

※パーリ経蔵は増支部にある「カーラーマ経(Kesamutti sutta, Kālāma sutta)」というものを参照して正しく理解されたい。ブッダ様の説であってもあなた自身の仏教的な目的性(自身の苦を除くこと・その意味で如法であること)を通して正邪を確かめてほしいが、エセ学者の立場を抜け出せない日本のテーラワーダ信者の場合はいつまでも困難なままか。なお、カーラーマ経の当該箇所は、漢訳版である中阿含経・業相応品・伽藍経に載っていない。

仏説「筏のたとえ」である(またの名を"月を指す指"、"鰯の頭も信心から")。
たとえ釈尊・仏陀の真説であったとしても自身の修行に反映されないならば荘厳ながらに無用の筏(無用の長物)となってしまうが、ちゃんと因縁に適った教説でありながらに人々から「非仏説」とされるボロボロの筏でも、生死の大河を渡るに問題などなく、筏として機能する。
ここで、大乗仏教の一部宗派だと、「死後もずっと付き添うものとしての信仰」が見られるため、大乗の信者である私が言うには空々しいが、信仰についても「生死の大河を渡る」筏であり、一応はどんな仏・三宝でも、信じることで修行の助けとなれば、みな有益である。
私の場合「如渡得船(渡りに船を得たるが如し)」の法華経・日蓮大聖人の法門を信奉している。
法華経という大きな乗り物・大乗は、私と私の説を聞く人々を倶に彼岸へと渡らせるであろう。



文中の「依法不依人...」や、「切り文」といった語句については、曇無讖による漢訳・大乗の大般涅槃経(パーリ語のマハーパリニッバーナスッタではない)に詳しい。
「依法不依人...」は経文通りとして、「切り文」の意義を含めた経文は、日蓮大聖人の御書にも引かれる「是の如き経典を読誦すと雖も如来深密の要義を滅除して世間荘厳の文を安置し無義の語を飾り前を抄て後に著け後を抄て前に著け前後を中に著け中を前後に著けん」という部分である。
端的に言えば、ある人が素晴らしい経典を読むとしても、いい加減な解釈をしていい加減に文章を取り出して用いる、といった具合に、経文を乱すと説かれる。

そのような態度で自分の都合のために前後の文脈などを無視して「経文を切り取る」ように用いると、これは日蓮正宗系の教団では「切り文」といって非難される。
私のような原典主義者は、特に、こういった「切り文」の非難を蒙らない努力が重要である。
このような大般涅槃経は、大乗仏教の論理性がよく現れた教説が多く、これを受け止めて折伏を行う。
折伏には、勧持品(忍従)といい常不軽菩薩(尊重)といった精神面の教説と、大般涅槃経に見る論理面の教説とがあり、いずれも折伏の基礎となる。
これら全てが、日蓮大聖人の折伏や一代の布教に現れているものと拝察する。



追記: 2018年3月9日

本記事中に"SuttaCentral"へのリンクが複数あるが、同サイトが日本時間2018年3月8日にリニューアルされたことに伴い、一部のページURLが変わったため、新しくリンクした。
リニューアル概要の動画→https://vimeo.com/257038431

ついでに、ここで一つ、読者に何か宿題を書いておく。
以下の言葉(パーリ原文・日本語訳)は、主題の一つである「信"saddhā"」の原形の動詞"sad √dhā"二人称・複数形・命令法で用いられており、関連する「信解"adhimukti"」の原形の動詞"adhi √muc"も同じように用いられている。
これは、どういう趣旨の教説であろうか?
検索などの手段を用いて原文の経典を探し、自ら問うて答えられたい。

Saddahatha me taṃ, bhikkhave, adhimuccatha, nikkaṅkhā ettha hotha nibbicikicchā. Esevanto dukkhassā
訳: 比丘たちよ、あなたがたは「私のそれを"me taṃ"」信じ・信解しなさい。("me taṃ"について)疑惑なく・疑いなき者たちとなりなさい。「これ"esa"」こそが苦の終焉である。